発明 Vol.104 2007-9
判例評釈
職務上作成された講習資料の法人著作物性および
その複製についての黙示の許諾
―計装士講習資料事件―
知財高判平成18年10月19日判例集未登載、裁判所ホームページ(知財高裁平成18年(ネ)第10027号)
(原審:東京地判平成18年2月27日判時1941号136頁)
国士舘大学 法学部 教授 三浦 正広

事案の概要

 Y(被告、被控訴人:高砂熱学工業株式会社)(注1)の従業員であったXは、Y在職中に、Y(被告、被控訴人:社団法人日本計装工業会)(注2)主催の講習において講師を務めた際、講習資料を作成したが、その後、B(Y従業員)がXの後任として上記講習の講師を務めた際に、Yは、Xが作成した12年度資料(本件講習資料)を複製して、Bに13年度資料、14年度資料を作成させ、Yがその写しを受講者に配布したことについて、Xは、Xの著作権(複製権、口述権)および著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害されたと主張して、《1》Yらに対し、民法709条、710条および719条に基づき、著作権侵害による損害440万円および著作者人格権侵害による慰謝料160万円の合計600万円の支払い、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載、《2》Yに対し、著作権法112条2項に基づき、13年度資料および14年度資料の廃棄、さらに、《3》Xが本件講習資料について著作権を有することを前提に、Yらは同資料の複製等を行って収益を得ており、それが不当利得に当たると主張して、選択的に、民法703条に基づき、600万円の支払いを求めた。
 これに対し、Yらは、X作成の12年度資料は、職務著作としてYが著作者となり、Xは著作者ではない、職務著作でないとしても、その複製について、Xの許諾を受けているなどと反論した。
 昭和59年、建設大臣認定資格として計装士の資格制度が発足し、その後、平成13年にYが計装士の資格の認定を行うこととされた。Yは、計装士の知識および技術の維持向上のため、毎年1回、全国数カ所の会場において維持講習を実施している。維持講習の講師は、Yの依頼を受けて会員企業から派遣された者が務め、それぞれの講師が、原則として、同じテーマで5年間継続して担当することとされており、講習資料についても、大幅な変更がされないことが前提とされている。維持講習の講習資料は、各テーマごとの資料を合綴した講習資料集が用いられる。
 Yは、平成10年度から、Yに維持講習の講師派遣を依頼することとし、計装システム部の担当課長であったXに講師応嘱の打診をして、Xの内諾を得た。その後、人事部長の決裁を得て、Xの応嘱が承認された。
 Xは、平成10年8月31日までに、Yの社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文、他の文献等をも参考にして、10年度資料の原稿を作成し、Yは、10年度資料として、他のテーマの講習資料と合綴して講習資料集を作成した。
 維持講習は、おおむね5年間同一の講師およびテーマで実施されることとされ、平成11年度および12年度の維持講習についても、Xが講師として派遣された。Xは、平成12年度の維持講習の講師を務めるにあたり、最新の論文等の内容を取り込むなどして、10年度資料および11年度資料の改訂を行って原稿を作成した。
 なお、X作成の12年度資料が他のテーマの講習資料と合綴されている平成12年度の講習資料集の作成名義は、表紙の下段にYと表示され、そして、Xが作成した12年度資料の表紙には『高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長 X』と記載されていた。
 その後、Xは、平成13年4月にY東京本店品質・環境部に異動となり、それに伴い、維持講習の講師についても、計装システム部員であったBが充てられることとなった。
 平成13年5月、Yから維持講習の講師派遣の依頼を受けたYは、Xの後任の講師としてBを派遣することを承認し、A(Xの上司)は、Xに対し、Bに講習資料を引き継ぐように依頼した。その後Bは、Xから、MOディスクに保存された12年度資料の電子データの交付を受けた。
 Bは、平成13年7月ごろ、最新技術の情報を取り入れて同年度の維持講習の講習資料を作成するため、Xから提供を受けた12年度資料を用いて、13年度資料の原稿を作成した(注3)
 Bは、平成13年度の維持講習の日程が終了した同年11月ごろ、Xから、「原稿書くのは苦労したんだ」、「計装工業会から謝金があっただろう、いいアルバイトになっただろう」と言われたため、金銭の要求を受けたものと考え、維持講習の講師謝金としてYから支払われた21万6000円のほぼ半額に相当する10万円を、Xに手渡した。平成14年度についても、同様である。
 以上のような事実関係のもとで、原判決は、「12年度資料は、Y被告会社の発意のもと、Yの業務従事者であるXが、職務上作成したものであると認めることができるが、Y名義で公表されておらず、公表されるべきものであったということもできないから、Yの職務著作とはいえず、Yがその著作者となるとは認められない」と述べ、Xが12年度資料の著作者であることは認めたものの、Yらがその複製についてXの黙示の許諾を得ていたなどとして、12年度資料に係る著作権および著作者人格権の侵害、並びに不当利得返還請求権に基づくXの請求をいずれも棄却したため(注4)、Xは、これを不服として、その取り消し、および損害賠償の支払い等を求めて控訴した。


判 旨
控訴棄却
1.法人著作物性―公表名義について
 「Xは、12年度資料の作成当時、Yの東京支店計装システム部に所属しており、Yから派遣されて、Y主催の同年度の維持講習において講師を務めた際、12年度資料を作成したものであり、上記講師としての業務は、計装士の資格認定を行うYがその会員企業であるYに講師派遣の依頼をし、Yがこれを受託した結果、実施されたものである。
 そうすると、12年度資料の作成当時に、XがYの業務従事者であったことは明らかであるが、12年度資料についてYらが主張する職務著作(著作権法15条1項)が成立するためには、Yの著作名義を付して公表したことを要するところ、Xの担当する講習に係る12年度資料が他のテーマの講習資料と合綴されている平成12年度の講習資料集の作成名義は、表紙の下段に表示されているYであると認められ、Yが講習資料の内容について最終的に責任を負うことを表示したものということができる。
 そして、Xの作成した12年度資料の表紙の『高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長 X』との記載は、講師がXであることを表示しているにすぎず、また、『高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長』は、講師の肩書であって、そこに『高砂熱学工業(株)』との語があるとしても、Xの所属する会社名を表示するにすぎないものと理解するのが通常というべきである」
 「12年度資料の表紙の『高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長 X』との記載は、講師がXであることを表示しているにすぎず、Xの肩書に『高砂熱学工業(株)』という記載があったとしても、Xが所属する会社名を表示するにすぎないものであって、直ちにYの著作名義に結び付くものとはいえない。
 Yらは、仮に、講師としての表示がYの著作名義と評価できない場合には、その著作名義を表示しないことを選択したということができ、公表するとすればYの著作名義が表示されることが予定されているものであるから、職務著作の公表要件を充足する旨主張する。
 しかし、12年度資料にはYの著作名義が付されず、講師名を付するにとどまり、平成12年度の講習資料集として、Yの作成名義の下にまとめられて一つの冊子となり受講生に配付されているものであるから、公表するとすればYの著作名義が表示されることが予定されているとするYらの主張は、その前提を欠くものである」

2.本件講習資料の複製についての黙示の許諾
 「Yは、Yからの依頼を受けて、平成10年から平成14年までの5年間、同一のテーマ及び内容で、Y主催の維持講習の講義を担当することになっており、毎年、YとYとの間で講師派遣の合意をし、その合意に従って、従業員の中から担当者を決め、その担当者に不都合があれば、代わりの者を指名して、講義をさせていたこと、平成10年ないし平成12年には、その講義の担当者としてXが指名され、その結果、Xは、業務命令により、社外用務応嘱として人事部長の承認を受けて講義を行っていたことが認められる。
 そして、当該講義を行うに当たって、Yから、事前に講習資料を準備し、講習資料に基づいて講義をするように要請されていたため、講習資料の作成は、維持講習の講義を担当すべき業務に付随する業務であったものということができる。
 また、維持講習は、5年間同一のテーマで行われるのが原則であり、その間の講習資料の大幅な変更は予定されていない上、テーマが『空調技術の最新動向と計装技術』であって、自己の担当業務に関することであり、また、空調技術の最新動向を内容としているために、最新の資料、論文等の内容を取り込むなどして内容を充実させなければならず、X自身の担当業務を離れて作成し得るものではなかったものであり、Xは、当該担当業務の延長上で、Yの社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文等を適宜参照しつつ、10年度資料及び12年度資料の原稿を作成したものというべきである。
 このような事情の下で、Xは、上司であるAからの引継ぎの指示を受けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、上記指示に基づいて、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付したのであるから、13年度資料及び14年度資料を作成するために利用させる意思であったものと解すべきであり、ここに利用させるとは、Xの後任者が13年度資料及び14年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等の改変を加えることをも含むものであって、Xは、そのような意味で12年度資料の複製を黙示的に許諾したものと解するのが相当である」
 「Yの著作名義で公表されたものと認めることができないため、Yの職務著作とならないとはいうものの、12年度資料は、Xの業務の一環として作成されたものであって、Xの私的な著作物ではなく、しかも、業務の引継ぎとして自己の後任者に12年度資料の電子データを渡しているのであるから、これを単なる閲覧とか参照のために交付したと解するのは困難である。
 なお、Xは、・・・・・・自らの判断で、勤務時間外の150時間程度の私的な時間を費やして10年度資料を作成し、また、10年度資料を元にして12年度資料を作成した旨主張しているが、仮に、Xが勤務時間外の私的な時間を費やしたとしても、Yの業務の一環として行ったことには変わりがない」

3.氏名表示権の侵害について
 「12年度資料の表紙に講師名として記載されているXの氏名の表示は、あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであって、12年度資料の著作名義を表示するものとはいえない。氏名表示権の、著作者名を表示するかしないかを選択する権利であるという側面からみた場合、Xは、12年度資料について、少なくとも、Xの氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解される。
 そうすると、13年度資料及び14年度資料に講師名としてBの氏名を付するとともに、その他は、12年度資料及び同資料を含む講習資料集と同様の表示をして、平成13年度及び平成14年度の維持講習の講習資料集を作成し、使用することは、著作者名を表示しないこととしたXの措置と同様の措置をとっていることになるから、著作者名の表示に関するXの当時の意思に反するものではなく、Xの氏名表示権を侵害するものとはいえないと解するのが相当である」

4.同一性保持権の侵害について
 「著作権法20条1項は、著作者の有する同一性保持権について、『著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。』と規定している。この趣旨は、著作物が、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり、その人格が具現化されていることから、著作物の完全性を保持することによって、著作者の人格的な利益を保護する必要があるため、著作者の意に反してその著作物を改変することを禁じているものであるが、一方、著作者自身が自らの意思によりその著作物の改変について同意することは許容されるところであって、著作者が、第三者に対し、必要に応じて、変更、追加、切除等の改変を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾しているような場合には、第三者が当該著作物の複製をするに当たって、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改変は、著作者の同意に基づく改変として、同一性保持権の侵害にはならないものと解すべきである。
 そこで、本件についてみると、・・・・・・12年度資料は、Yの著作名義で公表されたと認めることができないため、Yの職務著作とならず、Xがその著作者ということになるものの、Xが自己の業務とは別に私的に作成したというものではない。
 そして、Xは、・・・・・・後任者が13年度資料及び14年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾していたものである。
 また、・・・・・・Yは、その内部規程に従って、計装士の知識及び技術の維持向上のために、毎年1回、全国数か所の会場において維持講習を実施するとともに、計装士は、5年毎に維持講習を受講しなければならず、この維持講習を受講しない者については、Yの会長が更新を拒絶することができるものとされているのであり、維持講習は、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とするものであること、10年度資料ないし14年度資料は、いずれも、『空調技術の最新動向と計装技術』をテーマとする維持講習の資料であり、5年間(計装士の登録の有効期間)、計装士の資格を有する者に対して、上記テーマの下で、計装士として有すべき知識及び技術を正しく伝え、また、関連する最新の情報を伝えるとともに、講習者の個性ではなく当該分野での経験に基づく正確な専門知識を伝達することが期待され、かつ、予定されている性質のものであったことが認められる。
 このような事情を総合すると、Xの後任者が作成すべき13年度資料及び14年度資料は、大幅な変更をしないという制約の下で、12年度資料を基礎としつつ、表現をより適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実させることが求められていたのであり、X自身も、このような事情を十分認識して、10年度資料を基礎として12年度資料を作成したものであるから、Xは、上司であるAからの指示を受けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、原稿の引継ぎの指示に基づいて、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付し、複製を黙示的に許諾したと認められる時点で、上記目的に沿って充実した内容の講習資料が作成されることに異存はなかったものといわざるを得ない。
 そうすると、Xの後任者が、13年度資料及び14年度資料を作成するために、12年度資料の表現についての基本的な構成、内容を前提として、上記目的に沿って12年度資料の表現をより適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実させることは、上記講習資料作成の目的に沿い、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改変であって、Xが黙示的に許諾していた複製に含まれ、著作者の同意に基づく改変として、Xの同一性保持権を侵害するものとはいえない」
 「そうすると、変更箇所一覧表記載の各変更部分は、いずれも、Xが黙示的に許諾していた複製に含まれる必要な範囲内の改変であると認められるから、著作者の同意に基づく改変として、Xの同一性保持権を侵害するものとはいえない」

評釈
1.本判決の意義、位置づけ
 本判決は、法人著作の成立を否定して、本件講習の12年度資料の著作者は、Yではなく、創作者であるXであることを認めた。
 認定事実によると、本件講習資料は、Yから維持講習の講師派遣の依頼を受けたYにおいて、社外用務応嘱における業務として、その従業者によって作成されるべきものであるから、本来的にはXの使用者であるYが著作権の主体となるべき事案であると思われるが、結果的にYは著作権法15条1項の成立要件を充たしておらず、Y名義による公表要件を欠いているわけであるから、著作権法15条1項の要件を厳格に解釈して、創作者主義の原則に立ち返り、法人著作(職務著作)の成立を認めなかった本判決の判断は妥当であると考える。
 また、同一性保持権の侵害に関しては、著作物の性質とその利用態様を踏まえて、その複製についてXの黙示の許諾があったとして、同一性保持権の侵害を否定した。
 12年度資料の著作者がXであることは認めたものの、5年間にわたり同一のテーマで行われる維持講習の講習資料として使用されるものであるといった本件講習資料の性質や、Y内における人事異動の結果、講師がXからBに引き継がれた際の経緯などを考慮すると、Bが必要な範囲で講習資料に修正を加えて13年度および14年度資料として使用したとしても、事実関係から、この複製についてXの黙示の許諾があったとみなすことは妥当であり、それにより同一性保持権の侵害を否定したことも、具体的な紛争解決方法として妥当な判断であると考える。

 以下では、(1)職務上作成された講習資料の法人著作物性、(2)本件講習資料の複製についての黙示の許諾、(3)同一性保持権の侵害と複製の範囲という3つの主要な論点について検討することとする。

2.職務上作成された講習資料の法人著作物性
 法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物は、一定の要件のもとで、法人著作となり、法人がその著作物の著作者となる(著作権法15条1項)。本来、思想や感情を表現することによって著作物を創作することができるのは自然人であるはずであり、法人が著作物を創作することは不可能である。しかし、著作権法15条1項は「法人」が著作者となること、職務著作が原則として法人著作となることを規定している。創作者が著作者であるとする著作権法の原則の例外である。法人が著作者であるから、著作者の権利はすべて法人に帰属し、著作者人格権も原始的に法人に帰属することになる。
 特許法における職務発明の場合、特許を受ける権利は発明者である従業者に原始的に帰属し、使用者は、あらかじめ契約や勤務規則等において、特許権および特許を受ける権利の承継、あるいは専用実施権の設定を定めることが可能である。この職務発明の場合と同様に、職務著作に関する法制としても、著作者は著作物の創作者である自然人であり、著作者人格権および著作権は自然人に原始的に帰属するが、勤務規則等により、著作権だけが法人に承継されるという法制も考えられるが、わが国の法制は、本来は自然人にしかなしえない著作物の創作行為を法人が行うかのように擬制するものであり、個人よりも団体の利益を尊重するわが国の社会実態を踏まえた独特の制度であるといってよい。
 著作権法15条1項によると、法人著作が成立するためには、《1》法人その他使用者の発意に基づくものであること、《2》法人等の業務に従事する者が職務上作成するものであること、《3》法人等が自己の著作の名義のもとに公表するものであることが必要である。この《1》〜《3》の要件をすべて充たす場合は、原則として法人著作となるが、著作物の作成のときに、勤務規則等において、創作者である従業者個人の著作物とするというような定めがある場合に限り、法人著作とはならず、従業者個人の著作物となる(注5)。本件講習資料が、著作権法15条1項のこれらの要件を充たすか否かについて検討する。
《1》法人その他使用者の発意に基づくものであること
 「発意」とは、著作物の創作が使用者の意思に基づいて行われることを意味するものであるが、職務命令のような、使用者の具体的な意思でなくても、職務上行われる創作行為は、原則として法人等の「発意」に基づくものであると考えるのが支配的な見解である。本件の場合、Yは、Yからの依頼により、社外用務応嘱として人事部長の承認を受けて維持講習の講師を派遣しており、その講習資料の作成も、Yにおける業務として認識され、その内容や性質についても検討されていることなどから、平成12年度資料の作成はYの発意に基づくものであるといえる。
《2》法人等の業務に従事する者が職務上作成するものであること
 「業務に従事する者」について、使用者と従業者との間に雇用関係があることが必要であるとする考え方もあるが(注6)、雇用契約に限定せず、どのような契約関係であれ、両者間に指揮監督関係がある場合には、この要件を充たすものと考えられている(注7)。Xは、12年度資料の作成時はY計装システム部の担当部長の職にあり、Yの業務従事者であったといえる。
 「職務上作成する」という場合は、勤務時間や場所に限定されず、従業者が自らの職務として著作物を作成することを意味している。本件の場合、維持講習への講師の派遣および講習資料の作成が、Yにおいて社外用務として承認された場合には、勤務時間内にその業務を行うことや、Yの人員、機材を用いることが認められていることなどから、12年度資料は、Xの職務上作成されたものと認められる。Xが主張しているように、勤務時間外の私的な時間を費やして講習資料を作成したとしても、Yの業務の一環として行ったことに変わりはない。
 この「法人等の業務に従事する者」の解釈をめぐって争われたRGBアドベンチャー事件において、最判平成15年4月11日は、「法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断すべきものと解するのが相当である」と判示している(注8)
《3》法人等が自己の著作の名義のもとに公表するものであること
 法人名義で公表されたものだけではなく、まだ公表されていなくても、公表するとすれば法人名義で公表されるものも含まれると考えられている(注9)
 ただし、コンピュータ・プログラムの著作物については、企業内で利用する目的で作成し、公表を予定していないものが多いという社会実態を踏まえ、例外として公表名義が法人著作の要件とはなっていない(著作権法15条2項、昭和60年著作権法改正により追加)(注10)。すなわち、公表を予定していない著作物、他の法人名義で公表される著作物であっても、これ以外の要件を充たすプログラムの著作物は法人著作となる。
 昭和60年の著作権法改正によって、法人著作であるコンピュータ・プログラムの著作物の成立要件として15条2項が設けられる以前、すなわち、コンピュータ・プログラムについても法人著作となるためには「法人等が自己の著作物の名義の下に公表するもの」という要件が必要であった時代において、職務上作成された公表されていないコンピュータ・プログラムが法人著作といえるかについて争われた事件がある。
 重機械メーカーを退職した被告人らが、その在職中に開発したコンピュータ・システムのシステム設計書、仕様書、説明書、回路図等を退職前に社外に持ち出してコピーした行為が業務上横領に当たるか否かが争われた刑事事件において、会社の機密事項として社外には公表されていないコンピュータ・プログラムが法人著作といえるかどうかが議論された。
 東京高判昭和60年12月4日〔新潟鉄工事件〕は、「『その法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの』には、公表は予定されていないが、仮に公表するとすれば法人等の名義で公表されるものも含まれると解するのが、少なくともコンピューター・プログラムやその作成過程におけるワーキング・ペーパーに関するかぎりワーキング・ペーパーの・・・・・・性格上やはり相当といわなければならない」。「現行法〔昭和60年改正前の著作権法〕においては、公表を予定されていないが、仮に公表されるとすれば法人等の名義で公表されるものは含まれないとの解釈を必然的なものとし、あるいは有力ならしめるものとは到底いえない」(注11)と述べて、公表されていない著作物について、法人著作の成立を認めた。
 本件においても、Xが職務上作成した12年度資料についてYらが主張する職務著作(著作権法15条1項)が成立するためには、Yの著作名義を付して公表したことが必要であるが、平成12年度の講習資料集の表紙下段に表示されているY名義は、Yが講習資料の内容について最終的に責任を負うことを表示したものであり、また、12年度資料の表紙にある「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長 X」という記載は、講師がXであることを表示しているにすぎず、しかも、「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部 部長」は、講師の肩書であって、Xが所属する会社名を表示するにすぎず、直ちにYの著作名義に結び付くものとはいえないとする裁判所の判断は妥当な判断であると思われる。
 このような事実を前提とすると、本判決が述べるように、12年度資料は、Yの発意のもと、Yの業務従事者であるXが職務上作成したものであると認めることができ、《1》と《2》の要件を充たすものの、Y名義で公表されておらず、公表されるべきものであったということもできないから、《3》の要件を充たさず、Yの法人著作とはなりえないので、Yがその著作者となるとは認められないということになる。

3.本件講習資料の複製についての黙示の許諾
 本判決は、本件講習資料についてYの法人著作を否定し、Xが著作者であることを認定したわけであるが、たとえ本件講習資料(12年度資料)がXの著作物であるとしても、その性質や利用目的を踏まえ、維持講習が5年間同一のテーマで行われることや、Yの業務との関係などを考慮すると、人事異動によって維持講習の担当講師がXからBに変更された場合においても、YおよびBにおいてXの12年度資料の利用が認められるような方向で考えるべき事例であるように思われる。
 本件講習資料について、毎年継続して使用される講習資料であるという著作物の性質や利用態様を踏まえ、X自身が10年度資料に修正、変更を加えて、11年度資料および12年度資料を作成して利用していたように、Xの後任であるBによっても同様の利用のされ方がなされるであろうことは容易に想像できる。XがBに維持講習の講師の職務を引き継ぐ際に、X作成の12年度資料の電子データを引き渡しているという事実からも、講習資料が修正、変更を加えながら利用されることについて黙示の許諾があったものと推定することは可能であると思われる。
 維持講習の講義については、主催者であるYと、講師派遣の依頼を受けたYと合意において、従業員の中から担当者を決め、その結果、Xが、Yの業務命令により、社外用務応嘱として人事部長の承認を受けて講義を行っていた。講習資料の作成は、維持講習の講義を担当すべき業務に付随する業務であったといえる。
 また、維持講習は、Xの担当業務と関連した『空調技術の最新動向と計装技術』というテーマで5年間継続して行われることとなっており、Xが作成した本件講習資料は、空調技術の最新動向が必要とされるために、最新の資料や論文等の内容を取り込むなどして内容を充実させなければならず、X自身の担当業務を離れて作成しうるものではなく、Xは、その担当業務の延長上で、Yの社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文等を参照して、10年度資料および12年度資料の原稿を作成したものと認定されている。
 このような事情において、Xは、上司であるAからの指示を受けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付したのであるから、13年度資料および14年度資料を作成するために利用させる意思であったと解する判断は妥当であるといえる。そして、この利用させる意思のなかには、Bが13年度資料および14年度資料を作成するために、必要に応じて12年度資料に変更、追加、切除等の改変を加えることをも含むものであると解され、Xは、そのような意味で12年度資料の複製を黙示的に許諾したものと解するのが相当であるとした裁判所の判断は妥当な判断であると評価することができる。

4.同一性保持権の侵害と複製の範囲
 著作権法において「複製」とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(著作権法2条1項15号)をいうが、著作物の複製という場合には、その複製が原著作物と全く同一のものである必要はなく、既存の著作物に依拠して再製されたものであれば(注12)、多少の修正増減が加えられていても、あるいは、著作物全体ではなく、その部分が複製されているにすぎない場合であっても、著作物の同一性が失われていないと認められるときは、複製にあたるとされる。
 裁判例においても、仏壇内部を飾る各部品の種々の紋様や形状を有する仏壇彫刻について、その著作物性とともに複製権侵害が争われた事案において、判決は、「著作物複製の有無は、創作にかかる具体的表現が製作物中に利用されたか否かにあり、末節において多少の修正等が施されていても、当該作品が原作の再現と感知させるものはなお複製とみるのが相当であって、本件においても、・・・・・・その作品の出来映えなどからすれば、Yの施した修正は微細なものにすぎず、本件彫刻と彼此対比すると、Y製作にかかる・・・・・・彫刻が本件彫刻の再現であることは容易に首肯することができ、Yの本件彫刻取得の経緯、その利用の方法・目的などをも勘案するとき、Y製作の・・・・・・彫刻は本件彫刻の複製であり、改作あるいは新作等には当らない」と判示している(注13)
 また、同一性保持権について、著作権法は、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする」と規定している(著作権法20条1項)。著作者の思想や感情が創作的に表現された著作物には著作者の人格が反映されており、著作物としての表現の完全性または同一性を維持することで著作者の人格的利益を保護することを目的とするものである。著作物を利用する者は、著作物の内容についてはもちろん、その題号についてもその著作者の意に反する変更、切除やその他の改変を加えて利用することはできない。
 ただし、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」など、著作権法20条2項1〜4号に該当する場合は、同一性保持権の侵害とはならない。
 同一性保持権に関する裁判例では、大学懸賞論文受賞作の学内誌への掲載に際し、大学側が本件雑誌の編集方針として行った送り仮名の変更、読点の切除、中黒の読点への変更、改行の省略が同一性保持権の侵害にあたるとされた事例のほか(注14)、コミック誌の編集長による漫画の原画の絵柄やセリフの改変(注15)、送り仮名、中黒、新字体への変更など編集者によるノンフィクション作品の改変(注16)、引用した短歌に読点を打つことによる改変(注17)、雑誌のインタビュー記事を書籍として出版する際に加えられた表現の変更や切除(注18)、商業広告の素材として提供された恐竜イラストについて著作者の意に反して行われた表現の変更や切除(注19)、建築家が建築物を設計するにあたり、その構想をフリーハンドで描いたスケッチであるエスキースを広告の下地絵として利用するために、色調の濃度を大幅に薄くし、広告文を重ねて印刷するなどの改変(注20)などの事例について同一性保持権の侵害が認められている。
 他方、劇場用映画をテレビ放送する際に行われるトリミングや(注21)、漫画を論評した書籍において引用された漫画のコマに描かれた人物の人格的利益を保護するために加えられた目隠しについて(注22)、同一性保持権の侵害が否定されている。
 先に論証したように、本件の場合、本件講習資料は、同一テーマで5年間継続して使用することが予定され、大幅な変更はしないという制約のもとで作成されており、X自身も、このような事情を十分認識して、10年度資料を基礎として、それに手を加えて12年度資料を作成しており、さらに、維持講習の講師をBに引き継ぐ際に、Xは、上司であるAの指示に基づいて、何らの留保をすることもなく、12年度資料の原稿の電子データをBに交付したという事実から、複製を黙示的に許諾したものと認められる。12年度資料の複製を黙示的に許諾したものである以上、B作成の13年度資料において修正、変更が加えられていたとしても、それは著作物の改変について同意があったものとみなされ、同一性保持権の侵害が生じる余地はないということになる。
 本件において、Bが、13年度資料および14年度資料を作成するために、12年度資料の表現についての基本的な構成、内容を前提として、その表現や内容をより適切なものにし、資料全体を充実させるために、必要に応じて変更、追加、切除等の改変を行ったとしても、それは、著作権法20条2項4号における「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」にあたるということではなく、Xが黙示的に許諾していた複製の範囲に含まれ、著作者の同意に基づく改変として、Xの同一性保持権を侵害するものとはいえないと判示した裁判所の判断は妥当なものであると評価することができる。
 本判決は、法人著作の成立に関しては、著作権法15条1項の要件を厳格に解釈して、創作者主義の原則に基づき、本件講習資料の著作者がXであると認めたものの、同一性保持権の侵害に関しては、大幅な変更が加えられることなく、毎年継続して利用されるものであるという本件講習資料の性質とその利用態様を踏まえて、その複製についてXの黙示の許諾があったとして、同一性保持権の侵害を否定した理論構成は妥当であると思われる。


(みうら まさひろ)


は、冷暖房、換気、衛生、水道、乾燥、蒸発、燃焼、冷凍、製氷、温湿度調整装置および一般熱交換装置の設計、監督、工事ならびに保守管理等を業とする会社であり、昭和58年からYの会員となっている。

は、昭和49年に任意団体「計装工業会」として発足し、昭和55年に、社団法人として発足し、計装技術の総合的調査研究、計装士に関する技術審査等の事業を行っている。

13年度および14年度資料の変更箇所については、「変更箇所一覧表」(判時1941号149頁以下)参照。

東京地判平成18年2月27日判時1941号136頁

著作権法15条1項におけるこの《2》および《3》の要件に関する裁判例として、東京地判平成8年9月27日〔四進レクチャー事件〕判時1645号134頁(控訴審:東京高判平成10年2月12日判時1645号129頁)参照。

斉藤博『著作権法(第2版)』121頁以下(有斐閣、2004年)。

半田正夫『著作権法概説(第12版)』64頁以下(法学書院、2005年)、作花文雄『詳解著作権法(第3版)』193頁以下(ぎょうせい、2005年)、田村善之『著作権法概説(第2版)』380頁以下(有斐閣、2003年)など。

香港在住の中国人デザイナーXは、3回にわたって来日し、アニメーション製作会社Yのオフィスで、キャラクター等のデザインを行い、本件図画を作成した。Xの1回目、2回目の来日は観光ビザによるものであり、3回目は就労ビザによるものであった。Yは、Xが作成した本件図画を使用して、アニメーション作品「RGBアドベンチャー」を製作したが、Xの氏名は、この作品において本件図画の著作者として表示されていなかった。そこでXが、Xの複製権、翻案権および氏名表示権を侵害するとして、本件作品の頒布等の差し止めおよび損害賠償を請求したという事案である。
 第1審は、本件図画がすべて職務著作にあたるとして、Xの請求を棄却したが(東京地判平成11年7月12日労働判例849号32頁)、控訴審は、1、2回目の来日ついて、就労ビザを取得していないことなどを理由に、XY間に雇用契約が成立していたとは認められず、職務著作にあたらないとしたが、3回目の来日について、Xが就労ビザを取得したことなどを理由に、雇用契約が成立したと認められるとして、職務著作にあたることを認め、本件図画のうち、1、2回目の来日期間中にXが作成したものについてのみ著作権侵害を認めた(東京高判平成12年11月9日判時1746号135頁、労働判例849号27頁)。しかし最高裁は、「Xは、1回目の来日の直後から、Yの従業員宅に居住し、Yのオフィスで作業を行い、Yから毎月基本給名目で一定額の金銭の支払いを受け、給料支払明細書も受領していたのであり、しかも、Xは、Yの企画したアニメーション作品等に使用するものとして本件図画を作成したのである。これらの事実は、XがYの指揮監督下で労務を提供し、その対価として金銭の支払いを受けていたことをうかがわせるものとみるべきである。ところが、原審は、Xの在留資格の種別、雇用契約書の存否、雇用保険料、所得税等の控除の有無等といった形式的な事由を主たる根拠として、上記の具体的事情を考慮することなく、また、XがYのオフィスでした作業について、Yがその作業内容、方法等について指揮監督をしていたかどうかを確定することなく、直ちに3回目の来日前における雇用関係の存在を否定した・・・・・・。・・・・・・原判決には、著作権法15条1項にいう『法人等の業務に従事する者』の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、論旨は理由がある」と述べて、原審に差し戻した(最判平成15年4月11日判時1822号133頁、判夕1123号94頁、労働判例849号23頁)。
 なお、差し戻し後控訴審は、「Xは、Yの指揮監督下で労務を提供し、その対価として金銭の支払いを受けていたものと認めるのが相当であり、XとYの関係は、1回目の来日後から雇用関係であった」と認定し、「本件全図画は、Yの業務に従事していたXが、その職務上作成したもの」であると判示して、Xの控訴を棄却している(東京高判平成16年1月30日判例集不登載)。

加戸守行『著作権法逐条講義(五訂新版)』146頁以下(著作権情報センター、2006年)参照。

この15条2項の規定は、昭和60年の著作権法改正によって、コンピュータ・プログラムがプログラムの著作物として保護されることになったこととの関連において追加された規定である。

東京高判昭和60年12月4日〔新潟鉄工事件〕判時1190号143頁(原審:東京地判昭和60年2月13日判時1146号23頁、判夕552号137頁)

最判昭和53年9月7日〔ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件〕民集32巻6号1145頁、判時906号38頁、判夕371号71頁参照

神戸地姫路支判昭和54年7月9日〔仏壇彫刻事件〕無体集11巻2号371頁。そのほか東京地判平成7年5月31日〔ぐうたら健康法事件〕判時1533号110頁、判夕883号254頁、東京地判平成11年10月27日〔雪月花事件〕判時1701号157頁、判夕1018号254頁など参照。

東京高判平成3年12月19日〔法政大学懸賞論文事件〕知財集23巻3号823頁、判時1422号123頁

東京地判平成8年2月23日〔やっぱりブスが好き事件〕知財集28巻1号54頁、判時1561号123頁、判夕905号222頁

東京地判平成13年10月30日〔魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ事件〕判時1772号131頁、判夕1084号301頁

東京高判平成10年5月28日〔短歌引用事件〕判時1681号104頁(原審:東京地判平成9年10月31日判時1681号107頁)

東京地平成10年10月29日〔SMAPインタビュー記事事件〕判時1658号166頁、判夕988号271頁

東京高判平成11年9月21日〔恐竜イラスト事件)〕判時1702号140頁、判夕1057号256頁(原審:東京地判平成10年10月26日判時1672号129頁)

東京地判平成12年8月30日〔エスキース事件〕判時1727号147頁

東京高判平成10年7月13日〔スウィートホーム事件(第2審)〕知財集30巻2号427頁

東京高判平成12年4月25日〔脱ゴーマニズム宣言事件〕判時1724号124頁(東京地判平成11年8月31日判時1702号145頁、判夕1016号217頁)