発明 Vol.104 2007-2
判例評釈
専用実施権の設定された特許権にもとづく
差止請求の可否
〔最高裁判所平成17年6月17日判決(民集59巻5号1074頁)〕
東京経済大学 現代法学部 非常勤講師 小島 喜一郎

事案の概要

 X(原告・控訴人・被上告人)は、生体高分子構造の探索方法に関する特許権を有し(以下「本件特許権」とし、これに係る特許発明を「本件特許発明」とする。)、本件特許権のすべての範囲についてAに専用実施権を設定している。
 そして、Y(被告・被控訴人・上告人)が記録媒体に収録して輸入・販売するプログラムに使用されている方法が本件特許発明の技術的範囲に属し、前記記録媒体が「その〔方法の〕発明の実施にのみ使用する物」(平成14年改正前の特許法101条2号)に該当すると主張し、Yを相手方として、Xは本件特許権侵害を理由に、また、Aは専用実施権侵害を理由に前記記録媒体の販売差止を求める本件訴えを提起した。
 第一審は、特許法68条・77条2項を根拠に、「特許権に専用実施権が設定されている場合には、設定行為により専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、差止請求権を行使することができるのは専用実施権者に限られ、特許権者は差止請求権を行使することができない」と述べ、さらに、「特許法の規定する差止請求権(同法100条)は、特許発明を独占的に実施する権利を全うさせるために認められたものというべきであって、第三者の請求する特許無効審判の相手方となり、無効審決に対して取消訴訟を提起するなどの特許権の保存行為とは異なり、特許権者といえども、特許発明の実施権を有しない者がその行使をすることはできず、また、行使を認めるべき実益も存しないからである」との理由を述べた。
 そして、すべての範囲に専用実施権が設定されている本件特許権につき、差止請求権を行使できるのは、専用実施権者Aに限られるとして、特許権者Xの請求を棄却した。
 また、Aの請求についても、Yプログラム使用の方法が本件特許発明の技術的範囲に属するものではないとして棄却した。
 これを不服としてX、Aが控訴したところ、原審は「専用実施権を設定した特許権者といえども、その実施料を専用実施権者の売上げを基準として得ている場合には、自ら侵害行為を排除して、専用実施権者の売上げの減少に伴う実施料の減少を防ぐ必要があることは明らかである。
 特許権者が専用実施権設定契約により侵害行為を排除すべき義務を負っている場合に、特許権者に上記権利の行使をする必要が生じることは当然である。特許権者がそのような義務を負わない場合でも、専用実施権設定契約が特許権存続期間中に何らかの理由により解約される可能性があること、あるいは、専用実施権が放棄される可能性も全くないわけではないことからすれば、そのときに備えて侵害行為を排除すべき利益がある。
 そうだとすると、専用実施権を設定した特許権者についても、一般的に自己の財産権を侵害する行為の停止又は予防を求める権利を認める必要性がある」と述べ、「専用実施権を設定した特許権者も、特許法100条にいう侵害の停止又は予防を請求する権利を有すると解すべきである」とした。
 その上で、Yプログラム使用の方法が本件特許発明の技術的範囲に属するとともに、Y記録媒体が本件特許発明の技術的範囲に属する方法のみに用いるものであるとして、Xの請求を、Aの請求とともに認容した。
 Yはこれを不服として上告受理申立を行ったところ、最高裁は、申立てのうち、Xによる差止請求権の行使に関する部分について受理し、判断を示した。


判 旨
上告棄却
 「特許権者は、特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして、専用実施権を設定した特許権者は、専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ、この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上、専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。また、実質的にみても、専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には、特許権者には、実施料収入の確保という観点から、特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上、一般に、特許権の侵害を放置していると、専用実施権が何らかの理由により消滅し、特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると、特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると、特許権者は、専用実施権を設定したときであっても、差止請求権を失わないものと解すべきである。」

評 釈
1.特許法100条1項は、特許権侵害の停止・予防のために、特許権者が差止請求権を有する旨を規定する。
 また、同条は、特許権について専用実施権が設定された場合(特許法77条1項)、専用実施権者が自己の専用実施権にもとづいて差止めを求めることができる旨も定めている。そこで、特許権に専用実施権が設定されている場合に、特許権者も差止請求権を有するかが、特許法上の問題の一つとなっている(注1)
 この点につき、下級審裁判例は、特許権者が差止請求権を有する、もしくは、それを前提とする判断を示す傾向にあったが(注2)、学説においては、差止請求権の存在を肯定する見解と否定する見解の双方が示されている(注3)
 このような状況の中、本件第一審判決は、特許法68条・77条2項を根拠に、特許権者による差止請求権の行使を否定したところ、原判決は、第一審判決を破棄し、専ら実質的理由にもとづいて、特許権者による差止請求権の行使を許容した。
 本判決は、これを受けて示されたものであり、特許権に専用実施権が設定されている場合に、特許権者も差止請求権を有するか否かの問題に関する判断を示した初めての最高裁判決である。
 そして、法的根拠と実質的根拠の双方を挙げつつ、特許権に専用実施権が設定されている場合においても特許権者が差止請求権を有するとの立場を採ることを明らかにしている。

2.本判決は、はじめに法的根拠について述べ、これを差止請求権に関する特許法100条1項が、専用実施権が設定されている場合においても、特許権者による差止請求権の行使を否定していないところに求めている。こうした姿勢は、すでに、下級審裁判例において示されてきたところであり(注4)、本判決はこれを確認したものとみることができる。
 続いて、実質的根拠として、本判決は次の2つの場面で特許権者による差止請求の要請があることを指摘する。
 第一は、専用実施権者の売り上げに応じて実施料が定まるとする専用実施権設定契約が締結されている場合であり、第二は、専用実施権が消滅し、特許権者が自ら特許発明を実施しようとする場合である。
 本判決は、後者の具体例を何ら示していないものの、原判決の指摘するような専用実施権者による権利の放棄や、専用実施権設定契約当事者の債務不履行を理由とする当該契約の解除がなされた場合等を想定しているものと解される。
 原判決および学説も指摘するように、これらの場面において生じる特許権者の不利益は避け難いものであるところ(注5)、いずれの場合の不利益も、実施権を保有していない者による特許発明の実施により、専用実施権者が被るものとは別個ものである。
 ここから、本判決は、特許権者固有の利益に、差止請求権の存在を肯定する実質的根拠を求めようとしていることを窺うことができる(注6)

3.ところで、本判決の述べるこれらの法的・実質的根拠に対しては、次のような疑問の余地がある。
 まず、法的根拠についてみると、一般に、特許権にもとづく差止請求権の根拠は、特許権者が特許発明を業として実施する権利を専有する地位を有すると規定する特許法68条に求められており(注7)、差止請求に関する特許法100条1項はこれを確認するものとして理解されている(注8)
 そして、特許法は、特許権について専用実施権が設定された場合、特許発明を業として実施する権利を専有する地位は、設定行為で定めた範囲内において、専用実施権者が獲得し(特許法77条2項)、特許権者はその地位を喪失する(特許法68条但書)としている。
 そうすると、本判決が根拠規定として挙げている特許法68条・100条の文言解釈としては、本件第一審判決のように、専用実施権が設定された場合、特許権者は差止請求権を失うと解するのが素直である。
 本判決のように、単に、「特許法100条1項の文言上、専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない」との消極的理由のみにもとづいて、特許権者が差止請求権を有すると解するのは困難と考える(注9)
 また、実質的根拠についても、第一の場合に生じる特許権者の不利益は、個々の専用実施権設定契約の内容に左右されるものである。それ故に、専用実施権設定契約の個別的事情に関する具体的判断を示し、それを前提として、特許権者による差止請求権の行使を許容するのであればともかく、本判決のように、特許権者の差止請求権の存在を一般的に肯定する根拠とすることには疑問が生じてくる。
 第二の場合の専用実施権の消滅に伴う不利益は、専用実施権設定契約の内容と無関係に生じるものであるものの、専用実施権設定契約の解除や専用実施権の放棄といった事態が発生する蓋然性は必ずしも高いとはいい難い。
 そこで、この点に着目し、こうした事態が発生した時点において、改めて、特許権者に対応することを許容すれば足り、専用実施権が設定されている場合一般について、特許権者による差止請求権の行使を許容する必要はないとする見解も成り立ち得る。

4.本判決が法的根拠として提示する特許法規定や、実質的理由の中で示している2つの場面をみていくと、本判決は、特許発明の独占的実施により得られる利益のみを、特許権にもとづく利益として念頭に置いていることに気がつく。前述のような疑問が生じる要因はこの点にあるように窺われる。
 しかし、特許権は、特許発明の独占的実施により得られる利益のみから構成されるものではなく、その他の利益も内包する権利であり、専用実施権を設定した場合にも、特許権者が保有する利益も少なくない。
 そして、この点に着目すると、専用実施権が設定されている場合においても、特許権者に差止請求権が存するとの本判決の結論は維持されるべきと考える。
 例えば、専用実施権の設定という契約の性質上、特許権の移転や担保権の設定等の、特許権の交換価値にもとづく特許権の処分に関する利益は、特許権者が保有する。
 特許権の現実の交換価値は、特許発明の実施の専有の程度に左右されるものであることに照らすと、専用実施権が設定されている場合にも、特許権者による差止請求を許容することに対する要請が生じてくる(注10)
 また、特許法は、特許発明を業として実施する権利に関する管理処分権限を、特許権者が保有することを明らかにしている(特許法77条3項・4項)(注11)。その性質上、この権限を実効あるものとするためには、特許権者に差止請求権の行使を許容することが必要となる(注12)
 このほか、特許法は信用回復措置に関する規定(特許法106条)を設け、特許発明を通じて獲得される特許権者・専用実施権者の営業上の信用を保護しようとするところ(注13)、専用実施権が設定された場合にも、特許権者は特許発明にもとづく自身の信用を維持する利益を有すると解するのが素直であるから、こうした特許権者の信用維持の利益保護のために、差止請求が必要となることには異論が生じないと見込まれる。
 したがって、本判決の理由づけは再検討を要するものの、その結論には妥当性を見いだすことができるといい得る。

5.最後に、本判決の意義についてみていく。
 まず、本件は、特許権者単独による差止請求訴訟ではなく、専用実施権者も共に訴えを提起している事件である。それ故に、本件において、特許権者による差止請求権の行使を許容する要請は必ずしも高いといい難いとの見方が成り立ち得る。本判決がこのような事案の下に特許権者による差止請求権の行使を許容していることに着目すると、本判決の射程は、特許権に専用実施権が設定されている場合一般にまで及ぶと解するのが素直である。
 また、本件において、特許権者は専用実施権者と共に訴えを提起しており、特許権者による差止請求権の行使を許容した場合であっても、相手方当事者に実質的な不利益が生じるとは想定され難い。
 そうすると、本判決が、専用実施権者と別個独立して、特許権者による差止請求訴訟の提起することを許容しているかは必ずしも定かでないと解する余地がないではない。
 しかし、本判決が、実質的根拠を、特許権者固有の利益を保護する必要性に求めようとする姿勢にあることに鑑みると、本判決は、特許権者と専用実施権者が各々別個独立して訴えを提起することを許容していると理解すべきである。
 特許法以外の法令と本判決との関係について、実用新案法、意匠法、商標法は特許法と同様の専用実施権制度を設けており、半導体集積回路配置法、種苗法も、専用実施権と類似性のある専用利用権を規定する。
 したがって、これらの諸法令においても、本判決は先例的意義を有すると考える(注14)
 また、著作権者と出版権との関係が、特許権者と専用実施権者との関係に酷似していることに鑑みると、著作権法上の先例ともなり得ると思われる。


(こじま きいちろう)


専用実施権に関する規定は現行特許法においてはじめて設けられたものである。もとより、旧特許法が規定する制限付移転(旧特許法44条)に代わる制度として位置付けられるものである。しかし、専用実施権は排他的効力を有する実施権として明確に意識されており、この点で制限付移転と異なる。
こうした姿勢を明らかにしたものとして、山口地判昭和38年2月28日下民集14巻2号331頁がある。また、東京地裁昭和39年3月18日判時337号63頁は実用新案権に専用実施権が設定されている場合について、名古屋地判昭和49年7月25日無体裁集6巻2号202頁は意匠権にもとづく差止の仮処分について、同様の姿勢を示している。さらに、東京地裁平成10年12月18日判時1676号116頁は、専用実施権が設定されている場合であっても、特許権者が差止請求権を有することを前提とする判断を示した。
否定的見解として、染野義信「特許実施契約」『契約法大系VI』375頁・386頁(有斐閣・昭和38年)、染野啓子「実施契約関係訴訟」鈴木忠一・三ヶ月章監修『実務民事訴訟講座5』239頁・252頁(日本評論社・昭和44年)。また、肯定的見解として、紋谷暢男[判批]ジュリスト349号112頁・113頁(昭和41年)、谷口知平[判批]特許法判例百選154頁・155頁(昭和41年)、中山信弘編『注解特許法〔第3版〕』817頁〔中山信弘〕(青林書院・平成12年=初版・昭和58年)、同943頁〔松本重敏=美勢克彦〕、紋谷暢男『注釈特許法』193頁〔仙元隆一郎〕(有斐閣・昭和61年)等がある。
前掲(注2)山口地判昭和38年2月28日は、「〔特許法100条〕及び同法77条の明文上、特許権者が第三者に対し専用実施権を設定することによつて特許権に基く差止請求権を失うものとは解し難い」と述べている。また、前掲(注2)東京地裁昭和39年3月18日は、「〔実用新案法第16条、第18条〕規定から、直ちに、設定行為で定めた範囲内において実用新案権者の独占的な地位が失われ、右権利が全く内容の空虚な権利となるものと解さなければならない実質的理由はな〔い〕」と述べている。いずれも本判決と同様の理解とみられる。
第一の場合についてみると、特許権侵害の発生により専用実施権者の売上が低下し、それに伴って、実施料収入が減少するという損害を特許権者が被ることが予想される。また、第二の場合には、特許権侵害の発生により特許権者の売上げの低下を招くであろうことは想像に難くない。
こうした不利益を視野に入れて、特許権者の差止請求権を肯定する必要性は、谷口・前掲(注3)155頁が指摘するところであり、吉田清彦「専用実施権設定と特許権による差止請求」パテント33巻11号29頁・34頁、小松陽一郎[判批]知財管理55巻10号1457頁・1461頁(平成17年)、嶋末和秀[判批]知財管理56巻1号37頁・42頁(平成18年)等も支持する。
差止請求に関する規定を設けていなかった旧特許法(大正10年法律96号)の下においても、特許権者が発明を実施する権利を専有する地位にあることを定める規定(旧特許法35条1項)にもとづいて、差止請求権を有すると解されていた。この点につき、紋谷・前掲(注3)245頁〔渋谷達紀〕参照。
特許庁編『工業所有権法逐条解説〔第16版〕』260頁(発明協会・平成13年=初版・昭和34年)。
前掲(注2)山口地判昭和38年2月28日は、前(注4)の説示に続き、「特許権者の専用実施権を設定する関係は、恰かも所有者が所有物を第三者に使用収益せしめる場合の関係に等しく、あくまでも制限的権利の設定に他ならず、右の場合特許権者が差止請求権を失わないのは所有権者が物上請求権を失わないのと同様であると解される」と述べており、特許法100条1項のみにもとづいて特許権者の差止請求権を導くことを躊躇する姿勢を見せている。
いわゆる「知的財産信託」の導入といった、知的財産権にもとづく資金調達が積極的に視野に入れられているところ等から窺えるように、知的財産権の交換価値を活用した企業活動の重要性が認識され、特許権をはじめとする知的財産権の交換価値の維持に対する関心が高まっている。実務家の筆になる、外川英明「特許権者の差止請求権と専用実施権の設定について」知財管理54巻1号59頁・64頁(平成16年)は、特許権固有の財産的価値を強調しており、このことを強く窺わせる。
特許発明を業として実施する権利に関する管理処分権限は、特約により、あらかじめ包括的に専用実施権者に帰属させることが可能と解釈する余地があるものの、こうした特約を要する規定を置いているところに、専用実施権が設定された特許権の財産的価値に対する特許法の理解を見て取ることができる。
田村善之『知的財産法〔第4版〕』320頁(有斐閣・平成18年=初版・平成11年)、外川・前掲(注10)62頁、嶋末・前掲(注6)42頁は、特許法は77条4項によれば実施許諾を独占的に行う利益を有していることから、特許権者の許諾なしに実施している者に対して差止請求権を有するとの結論を本条から導き出すことができるとする。
特許庁編・前掲(注8)278頁は、特許法がこうした姿勢にあることを窺わせる。
登録商標にもとづく商標権者の信用の利益が他の知的財産権と比較して大きなものであることに鑑みると、とりわけ商標法においては、専用実施権が設定されている場合において商標権者自身による差止請求権の行使を許容する必要性が高いといえることから、本判決は重要な先例となると考える。