発明 Vol.103 2006-6
判例評釈
実用新案権侵害訴訟において、均等の成立を肯定し、
確定審決を根拠に特許無効の抗弁を排斥した事例
〔名古屋高判平成17年4月27日
平成15年(ネ)第277号、同第655号・最高裁HP〕
小島 喜一郎
事実の概要

 シリンダ等の空油圧機器の製造販売を業とするX(原告・被控訴人・附帯控訴人)は、名称を「圧流体シリンダ」とする考案について実用新案登録出願を行い、その後、実用新案登録を受け、実用新案権を取得した。そして、Y(被告・控訴人・被附帯控訴人)の製造販売に係る圧流体シリンダ(イ号物件)が同実用新案権を侵害すると主張し、Yを被告として、損害賠償を求め、本件訴えを提起した。
 本件訴訟係属中に、Yが前記考案の実用新案登録につき無効審判を申立てたところ、特許庁は、進歩性欠如を理由として登録を無効とする審決を行った。そこで、Xはこの無効審決の取消訴訟を提起すると共に、「実用新案登録請求の範囲」を減縮する訂正審判を請求したところ、これが認容され、前記無効審決も取消された。その後、数度にわたる無効審判を経たものの、実用新案登録は維持され、存続期間を満了した(以下、訂正後のX実用新案権を「本件実用新案権」とし、同権利に係る考案を「本件考案」とする)。
 原審では、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否か、本件実用新案権が明らかに無効であるか否か、および、損害額が争われた。
 原判決は、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて、本件考案の構成を、(A)バレルの側壁に軸方向にスリットを有し、該スリットよりバレル内の遊動ピストンに連設されたドライバーの先端が突出し、スリットはスチールバンドにて密封されるようになっている所謂ロッドレスシリンダにおいて、(B)バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみには、その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し、そのベースの上にピストンの軸芯と平行な棒状の案内レールを一体に突設し、(C)その案内レールには、前記スリットの幅方向の両外側に前記軸芯と平行な案内面を夫々備え、(D)これらの案内面に案内される案内面を有する案内子を前記ドライバーに設けたことを特徴とする圧流体シリンダ、と分節し、構成要件B乃至Dについて充足性を肯定した。構成要件Aについては、「実用新案登録請求の範囲」にスチールバンドを用いる旨の記載があるのに対して、イ号物件は樹脂製のバンドであり、この点において両者は異なるとしつつも、最判平成10年2月24日民集52巻1号113頁を引用し、同判決に示された均等の要件につき検討した上で、本件実用新案とイ号物件は均等であり、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属すると結論づけた。また、本件実用新案権の有効性について、Yが証拠として提出した各公知技術には構成要件Bが開示・示唆されていないとして、本件実用新案が明らかに無効であるとのYの主張を排斥した。そして、実施料相当額を損害額と認定し、これを限度として原告の請求を認容した。
 Yはこれを不服として控訴し、Xは損害額の増加を求めて附帯控訴したのが本件であり、原審と同様の点が争点として争われた。


判 旨
控訴棄却(請求一部認容)
〔争点1〕イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて
○構成要件充足性について
「〔実用新案法26条・特許法70条〕の趣旨からすると、実用新案権請求の範囲に記載された文言の意味内容を解釈するには、その言葉の一般的な意味内容を基礎としつつも、詳細な説明に記載された発明の目的、技術的課題、その課題解決のための技術的思想又は解決手段及び作用効果並びに図面をも参酌して、その文言により表現された技術的意義を考察した上で、客観的、合理的に行うべきである。ただし、実用新案権請求の範囲は、実用新案権の及ぶ範囲を画し、第三者に対してこれを明示する作用を有するものであるから、上記のように周辺事情を斟酌する場合も、請求の範囲に記載された文言の通常の意味以上に考案の技術的範囲を拡大するような解釈をしてはならない」と述べた上、原判決を引用し、イ号物件は、構成要件BないしDを充足するものの、構成要件Aについては、「構成要件Aの『スチールバンド』は、『スチール』の材質からなる『バンド』の意味と解されるところ、イ号物件においては、これが存在せず、『樹脂製』の『バンド』によって構成されているから、構成要件Aの『スチールバンド』を充足しない」と判断した。
○均等論について
 「一般に、実用新案権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品(以下「対象製品等」という)が考案の技術的範囲に属するか否かを判断するときは、願書に添付した明細書の請求の範囲の記載に基づいて、その技術的範囲を確定しなければならず(法26条、特許法70条1項)、請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、これらの対象製品等は、考案(実用新案権)の技術的範囲に属するということはできない(したがって、権利侵害は存しない)のが原則である。しかし、(ア)出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において、その構成の一部を出願後に明らかになった物質・技術等に置き換えることによって、実用新案権者による権利行使を容易に免れることができるとすれば、考案の保護・奨励を通じて産業の発達に寄与する等の法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、このような点を考慮すると、考案の実質的価値は、第三者が請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当である。他方、(イ)考案の出願時において公知であった技術や、当業者が出願時にこれから容易に推考することができた技術については、そもそも何人も実用新案権を受けることができなかったはずのものであるから(法3条)、対象製品等がそのようなものであれば、考案の技術的範囲に属するものということはできないし、(ウ)出願手続において出願人が請求の範囲から意識的に除外したなど、考案者の側においていったん考案の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとった等、権利者が後にこれと反する主張をすることが、禁反言の法理に照らし許されないといった事情が存在する場合には、当該考案について保護は与えられるべきではない。
 したがって、以上を総合すると、上記のように対象製品等に考案の構成要件と一部に異なる部分が存する場合であっても、《1》当該部分が考案の本質的部分ではなく、《2》当該部分を対象製品におけるものと置き換えても、考案の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、《3》上記のように置き換えることに、当業者が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、《4》対象製品が、考案の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく、かつ《5》対象製品が考案の出願手続において登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、その対象商品等は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年2月24日第3小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。」
 「《1》の本質的部分とは、登録請求の範囲のうちで、先行技術と対比して当該考案特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分、言い換えれば、当該部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいう・・・・・・。そのような本質的特徴に係る構成要件を欠く場合には、もはや対象製品等は当該考案と技術的思想を異にするものであって、同一の技術という余地はないと考えられるからである。」
 「本件考案の特徴は、バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに、その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け、その上にスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた棒状の案内レールを一体に突設して、片持ち状態でドライバーを案内することによって、装置を小型化しつつ、圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく、摺動抵抗を極めて小さくして、ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたことにあり、この構成が本質的部分であると認められる。他方、ロッドレスシリンダにおいて、スリットを密封し、バレル内に供給された圧流体を封じ込めるものとして、スチールバンドを用いることは、本件考案の本質的部分でないことも明らかである。」
 「構成要件Aの『スチールバンド』は、スリットを密封し、バレル内に供給された圧流体を封じ込める作用効果を有しているところ、この目的、作用効果を達成するためのバンドが鋼製でなければならないという技術的理由は見当たらず、イ号物件の樹脂製のベルトも、同様の目的、作用効果を有していることは、その構成から明らかであるから、《2》の置換可能性を肯認することができる。」
 「〔控訴人は〕樹脂製バンドが、『スチールバンド』と比較して、種々の利点を有すると主張し、両者の作用効果が同一であることを否定するが、本件考案における『スチールバンド』が果たすべき役割は、上記のとおり、スリットを密封し、バレル内に供給された圧流体を封じ込めることにあり、かつそれでもって足りるから、樹脂製バンドが、この役割を果たすに際して、『スチールバンド』が有していない利点を持っているとしても、置換可能性が否定されるものではな(い)。」
 「《3》の要件について判断するに、証拠・・・・・・によれば、ロッドレスシリンダにおいて、スリットを密封するシールバンドとしてスチールバンド又は樹脂製バンドを用いることは、本件考案出願当時において公知であったと認められ、これに照らせば、イ号物件の製造開始時において、当業者は、『スチールバンド』を樹脂製バンドに置き換えることを容易に想到することができたという・・・・・・。」
 「控訴人は、《4》の要件に関し、イ号物件は、公知技術・・・・・・を併せれば、当業者が極めて容易に推考できた旨主張するが、この点に関する判断は、〔争点2に対する判断〕のとおりであり、公知技術によって、本件考案ひいてはイ号物件を容易に推考できたと認めることはできない。」
 「控訴人は、本件出願時に樹脂製バンドは既に存在し、容易想到であり、上位概念である『シールバンド』という用語を用いるについて何の支障もなかったにもかかわらず、被控訴人は、出願に際し、あえて(誤って)樹脂製バンドを含まない『スチールバンド』という文言で請求の範囲を特定し、これを訂正することなく放置しているというのであるから、そもそも予見不可能な構成要件を備えた被疑侵害品の出現による不利益・不公平の防止を目的とする均等論を適用する余地はなく、不作為による意識的除外(《5》の要件)に該当するか、包袋禁反言の法理により、これに反する主張をすることは許されない旨主張する。
 確かに、出願人は出願に際し、自由にその請求の範囲を確定し得ること、また、請求の範囲が、先に述べたとおり、実用新案権の及ぶ範囲を第三者に対して明示する根幹的な役割を果たすものであることからすれば、周辺技術を開発しようとする第三者に対し不合理な危険を強いる結果になることは、厳に慎まなければならない。しかしながら、本件考案の技術的特徴及びその課題と効果は先に判示したとおりであり、『シールバンド』が属する構成要件Aは公知であって、本件考案において、その本質的部分ないし技術的特徴に関する限り、スリットを密封するシールバンドの材質が何らの技術的意味も有しないことは、当業者であれば、一見明らかにこれを知り得るものというべきである。そして、被控訴人が、本件考案の出願手続において、樹脂製バンドによる構成を意識的に除外したと認めるに足りる証拠はない(・・・・・・本件明細書中の考案の詳細な説明にも、従来技術の説明においてロッドレスシリンダの一般的な構成を示すために1回だけ『スチールバンド』の用語が使用されているにすぎないことが認められる・・・・・・)。均等論の本質が、前記のとおりの点にあって、本質的でない文言の相違によって保護を否定される権利者と第三者との間の利害を法の趣旨及び正義、衡平の観点から調整を試みようとするものであることに鑑みると、本件のように構成要件を異にする部分が考案と実質的に同一の範囲に属することを第三者が一見明白に知り得るような場合には、これに考案の技術的範囲が及ぶことを予想することを強いる結果となったとしても、なお衡平に悖るとは言えないというべきである。
 控訴人は、包袋禁反言の法理を援用するが、上記の法理は、例えば出願中の審査官からの登録拒絶通知又は無効理由通知に対応して、権利者がその権利の登録ないし存続を図るべく、権利の範囲を限定し、あるいはそれを明確ならしめる特定文言を付加したなどの事情が存する場合に、後日、これに反する主張をすることは、信義則によって禁じられるという内容であるところ、本件のように、より広義の用語を使用することができたにもかかわらず、過誤によって狭義の用語を用い、かつ広義の用語への訂正をしない・・・・・・というだけでは、均等の主張をすることが信義則に反するといえない・・・・・・。」
 「したがって、樹脂製ベルトを用いたイ号物件は、『スチールバンド』を構成要件Aの要素とする本件考案と均等であり、同考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」

〔争点2〕本件実用新案権が明らかに無効であるか否かについて
 「実用新案権に無効理由が存在することが明らかであるときは、その権利に基づく損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり、許されないものとされているが、本件では・・・・・・無効審判について請求が成り立たない旨の審決がなされ、これが確定した。・・・・・・本件において、本件考案の無効原因として主張されている事実及び証拠は同一であるものと認められる。したがって、本件において、控訴人の主張するような無効理由が存在することが明らかとは言えないし、実用新案権登録無効の審判の確定審決の登録があったときは、何人も、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することはできない(法41条、特許法167条)のであって、上記と異なる判断がされる可能性もない以上、その余の点について判断するまでもなく、これらの争点に係る控訴人の主張は理由がない」として、Yの主張を排斥した。

〔争点3〕損害額について
 「諸般の事情を総合考慮」して、原判決と同額の実施料相当額を損害額として認定し、その限度で、Xの請求を認容した。

【評釈】
判旨疑問
1.本判決の意義および射程
 本判決は、実用新案権侵害訴訟において、最判平成10年2月24日の示した均等論にもとづく判断を行い、均等の成立を認めたものである。本件で問題となった実用新案権は、昭和60年の出願に係るものであり、平成5年一部改正において、実用新案法が無審査主義を採用したことに照らすと、同改正以降の出願に係る実用新案権の侵害訴訟に対し、本判決の射程が及ぶか否かは議論の必要があると解されるものの、特許権および前記改正以前の出願に係る実用新案権の侵害訴訟に関する先例の一つと位置付けられるものと考える。
2.均等の判断について
(1)各要件の立証責任について
 最判平成10年2月24日は、均等の要件として、本判決引用の要件《1》ないし《5》の五つの事項を掲げているところ、それらの立証責任の分配が学説上の議論の一つとなっている。
 最判平成10年2月24日以降に均等論について判示した裁判例は、概ね、均等の成立を主張する側が、要件《1》ないし《3》の立証責任を負い、要件《4》および《5》は、均等の成立を否定する側がその成立を否定する立証責任を負うとの立場にあると認められる*1
 本判決は、この問題に対する立場を明らかにしていないものの、均等の成立を認める結論を導く上で、要件《1》ないし《3》に関しては、均等が成立するとのXの主張に応える判断を示す一方、要件《4》ないし《5》に関しては、均等の成立を否定するYの主張に対する判断のみであり、とりわけ、《4》に関しては、イ号物件が本件考案が均等であることを前提として判断していることに鑑みると、本判決もこれらの裁判例と同様の立場に立つものと解される。
(2)均等の要件《1》について
 最判平成10年2月24日以前の裁判例は、作用効果の同一性を内容とする「置換可能性」と、置換可能性を容易に推考できるという「置換容易性」の二つの事項のみを均等の要件とする傾向にあった*2。そのため、最判平成10年2月24日で新たに導入が図られた要件《1》の理解をめぐる議論が活発になされており、とりわけ、「本質的部分」の意義にその焦点が当てられている*3
 本判決は、「本質的部分」を「他の構成に置き換えられるならば、全体として考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分」と定義する。これと同様の定義は平成10年2月24日以降の裁判例で示されてきており*4、本判決もこれらを踏襲するものと解される。
 ところで、この定義の採用は、「実用新案登録請求の範囲」を離れて考案の技術的思想を確定できるとの前提を採ることに繋がる。しかし、これは「実用新案登録請求の範囲」が実用新案権の対象なる考案という技術的思想を表現したものとする実用新案法の規定(5条5項)と相反することとなり、その点で問題があると言える。また、同規定を前提に、最判平成10年2月24日は、考案の構成要件を充足しない技術にその技術的範囲が及ばないとする原則を堅持する姿勢を明らかにしており、本判決もこれを支持するところ、これと矛盾することにもなる。したがって、このような定義付けには、少なからず疑問を覚える。
(3)均等の要件《2》について
 作用効果の同一性は、最判平成10年2月24日以前より、いわゆる「置換可能性」として均等の要件の一つとされてきている。
 本要件に関して、「実用新案登録請求の範囲」(「特許請求の範囲」)記載の構成に限定した理由が考慮されていないとの指摘がなされてきており、学説上その解決が模索されてきているところ、本判決はこれに答える姿勢を示しておらず、その点に問題があると言える*5
 また、樹脂製バンドに種々の利点を有することを根拠として、要件《2》の成立を否定するYの主張に対して、本判決は、「樹脂製バンドが、この役割を果たすに際して、『スチールバンド』が有していない利点を持っているとしても、置換可能性が否定されるものではな(い)」と述べ、積極的理由を示すことなく、これを排斥している*6
 しかし、構成の相違により、作用効果の性質上の違いが生じなくとも、量的な違いを生じる場合には、本要件の成立を否定する先例もある点に着目すると*7、本判決の説示は、Yの主張を排斥する理由付けとして、必ずしも充分と言い難い。要件《2》の文言を素直に解釈し、特許発明の作用効果を認定した上で、それとY摘示の利点とを対比しつつ、Yの主張を排斥する積極的理由を明らかにする必要があるのではないかと考える。
(4)均等の要件《3》について
 本判決は、「スリットを密封するシールバンドとしてスチールバンド又は樹脂製バンドを用いることは、本件考案出願当時において公知であった」ことを決め手として、イ号物件の製造開始時に当業者が容易に置換できたとしている。
 この趣旨は、本判決において必ずしも明らかにされていないものの、公知である事柄は、当然に、当業者が容易に想到する事柄であるとの前提に立った上で、当業者の技術水準は時間経過と共に向上するものであり、低下することは想定し難いというのが社会経験則であることから、出願当時に公知である事柄は、その後のイ号物件の製造開始時においても、当業者が容易に想到できたはずの事柄であるとの理解に根ざすものと解される。
(5)均等の要件《4》について
 本判決は、要件《4》の判断を、本件考案が新規性・進歩性を備えているとの判断にもとづいて、イ号物件が自由技術でないと結論づけている。これは、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とするものと解される。
 しかし、本判決が、イ号物件が本件考案の構成要件を充足していないと認定していることを考慮に入れると、本件考案が新規性・進歩性を備えることと、イ号物件が自由技術でないこととを、直接結びつけることには困難がある。それ故に、本判決は、イ号物件が自由技術に属するか否かについての判断をしていないとの批判を免れ得ないのではないかと考える。
(6)均等の要件《5》について
 要件《5》に関して、Yは、Xが出願の際に、スチールバンドと樹脂製バンド双方の上位概念である「シールバンド」という用語を用いて「実用新案登録請求の範囲」を作成することができたにもかかわらず、スチールバンドに限定していることを根拠に、樹脂製バンドを用いたイ号物件を、実用新案権の対象から意識的に除外したものと解すべき旨を主張する。これに対し、本判決は、スチールバンドが出願において強調されていないこと、および、樹脂製バンドを用いることを明確に排斥していないことを理由に、Yの主張を排斥する。
 しかし、本判決も指摘しているように、「実用新案登録請求の範囲」は、実用新案権の対象となる考案の技術的範囲を示すものとして、実用新案権者(出願人)の責任において作成されているものであること(実用新案法5条5項・26条、特許法70条1項)、および、実用新案制度におけるその責任の重要性に鑑みると、本判決の結論には疑問を覚える。本件のように、実用新案権者(出願人)が、出願の際に、「実用新案登録請求の範囲」に記載することができたはずの構成については、これを意識的に除外したものと評価することにより、もしくは、出願時に実用新案権者(出願人)が当該構成を記載する機会があったことをもって、「特段の事情」と捉えることにより、均等の成立を否定する余地はあるものと思われる*8
3.無効事由の存否について
 本件実用新案権に明らかな無効事由が存するとするYの主張に対し、原判決は、本件考案を証拠として提出された各公知技術を対比して、本件実用新案権の有効性を確認した。これに対し、本判決は、本件で提出されたのと同一の公知技術にもとづく無効審判請求が成立しないとする審決が確定していることを理由に、Yの主張を排斥しており、この点で原判決と相違する。
 ところで、本判決は、実用新案権登録無効の審判の確定審決の登録があったときは、何人も、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することはできないとする規定(実用新案法41条、特許法167条)を判断の根拠として挙げている。ここで、同規定が「何人も」としていることに着目すると、本判決は、侵害訴訟と審判の当事者が異なる場合にも、前者は後者の審決に拘束されるとの見解を示したと見ることもできる。
 しかし、その一方で、本判決は、判断の根拠として審決と異なる判断がされる可能性がないことも掲げており、この点に着目すると、本判決は、むしろ、侵害訴訟と無効審判の当事者が同じ場合であっても、侵害訴訟においては審決に拘束されることなく、改めて、実用新案権の有効性について独自に判断することができると理解していると見ることができる*9
 そうすると、本争点に対する本判決の結論は妥当性を有するといえるものの、判断の根拠として挙げられている二つの事柄の整合性に疑義の生じる余地があることから、侵害訴訟と無効審判の関係につき、本判決がいかなる立場にあるかは、必ずしも明らかでないと言うべきである。
 なお、無効審判請求が成立しないとする審決と侵害訴訟との関係をめぐる問題は、平成16年特許法一部改正において、実用新案法30条が準用する特許法104条の3第1項が規定されたことから、今後、解決されるべき課題の一つとなるものと考える。


(こじま きいちろう:
 東京経済大学 現代法学部 非常勤講師)


【注】

 こうした姿勢を明らかにし、均等の成立を認めた裁判例として、大阪地判平成11年5月27日判時1685号103頁がある。
 この点に関する筆者の分析として、拙稿・「特許発明の技術的範囲の解釈に関する一考察−均等論を中心に−」知財管理55巻11号1543頁・1545頁以下(平成17年)参照。
 こうした議論を整理し、分析したものとして、西田美昭「侵害訴訟における均等の法理」牧野利秋・飯村敏明編『新裁判実務大系4・知的財産関係訴訟法』182頁・190頁以下(青林書院・平成13年)参照。
 例えば、大阪地判平成10年9月17日知的裁集30巻3号570頁。
 大場正成「特許侵害訴訟における均等の問題」原増司判事退官記念『工業所有権の基本的課題(上)』359頁・414頁(有斐閣・昭和46年)参照)。
 もっとも、こうした傾向は、均等の成立を認める裁判例全体認められるものと言える。例えば、最判平成10年2月24日以降のものとして、大阪地判平成11年5月27日判時1685号103頁、東京地判平成12年3月23日判時1738号100頁、東京高判平成12年10月26日判時1738号97頁、東京地判平成13年5月22日判時1761号122頁、大阪地判平成14年4月16日判時1838号134頁、東京地判平成15年3月26日判時1837号101頁がある。なお、同最高裁判決以前の裁判例については、拙稿・前掲(*2)1546頁参照。
 例えば、大阪高判昭和47年6月26日無体裁集4巻1号340頁がある。
 こうした方向性を明らかにするものとして、設楽隆一「ボールスプライン事件最高裁判決の均等論と今後の諸問題」牧野利秋判事退官記念『知的財産法と現代社会』299頁・313頁(平成11年)、愛知靖之「出願時におけるクレームへの記載可能性と均等論−原理間衡量モデルを用いて」中山信弘先生還暦記念『知的財産法の理論と現代的課題』218頁・231頁(平成17年)。
 こうした姿勢を示したものとして、大阪地判昭和45年4月17日無体裁集2巻1号151頁。