発明 Vol.101 2006-4
判例評釈
インクジェットプリンタ用インクタンクに関する特許権の
消尽等が争われた事件の知財高裁判決
〔H18.1.31知財高裁 平成17(ネ)10021特許権 民事訴訟事件 判決
 平成17年(ネ)第10021号 特許権侵害差止請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成16年(ワ)第8557号)〕
牧野 和夫
 はじめに

 本稿は、2005年11月11日に発明協会主催・知的財産権法判例研究会の発表及び討議を踏まえ、筆者が責任執筆したものである。同研究会では、東京地方裁判所平成16年(ワ)第8553号及び第8557号の2事件を発表したが、発表後に第8557号事件の控訴審判決(知財高裁判決)が下されたので、第8557事件の原審・控訴審の判決・評釈を中心に論じる。
東京地判平成16年(ワ)第8557号


 事件の概要

 インクジェットプリンタ用インクタンクの特許権を有する原告が、実施品である原告製品の使用済み品を利用して製品化された被告製品を輸入する被告に対し上記特許権に基づき、製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めたのに対し、被告が特許権の消尽等を主張し争った事案である。
(1)原告の有する特許権
 特許番号 第3278410号
 発明の名称 液体収納容器、該容器の製造方法、該容器のパッケージ、該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置
 出願日 平成11年4月27日
 登録日 平成14年2月15日
(2)構成要件の分説
 ア 本件発明1の構成要件分説
A 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と、
B 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えるとともに実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と、
C 前記負圧発生部材収納室前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と、
D を有する液体収納容器において、
E 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し、
F 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であるとともに、
G 前記第2の負圧発生部材前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり、
H 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く、かつ(I及びJは欠番)、
K 液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている
L ことを特徴とする液体収納容器
 イ 本件発明10の構成要件分説
A′〜H′(D′欠番を除き、A〜Hと同じ)、
I′液体収納容器を用意する工程と、
J′前記液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と、
K′前記負圧発生部材収納室に、前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程と、
L′を有することを特徴とする液体収納容器の製造方法。
(3)原告製品
 原告は、本件発明1及び10の実施品として製品番号BCI−3eBK、BCI−3eY、BCI−3eM、BCI−3eCのインクジェットプリンタ用インクタンク(「原告製品」又は「本件インクタンク」)を日本国内で製造し一部を日本国内で販売する。海外では原告、原告関連会社又は商社が原告製品を販売する。少なくとも原告らが海外で販売した原告製品については、国際消尽の問題となるが、原告らは、海外における原告製品の譲受人との間で、販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意をしていないし、その旨の合意をしたことを原告製品に明確に表示していない。
(4)被告製品
 被告は、中国マカオの会社(「甲会社」)から所定の構成を有するインクタンクを輸入した(以下、「被告製品」)。甲会社の関連会社(「乙会社」)は、原告製品のインクを使い切って残ったインクタンク本体(「本件インクタンク本体」)を北米、欧州及び日本を含むアジアから収集しそれを乙会社の子会社(「丙会社」)に売却する。丙会社は次の手順で本件インクタンク本体を製品化する。
《1》 本件インクタンク本体の液体収納室の上面に、洗浄及びインク注入のための穴を開ける。《2》 本件インクタンク本体を洗浄する。《3》 本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す。《4》 《1》の穴から、負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分まで及び液体収納室全体にインクを注入する。《5》《1》の穴及びインク供給口に栓をする。《6》 ラベル等を装着する。甲会社は丙会社から被告製品を買い入れ日本に輸出している。被告は、平成16年6月までに被告製品を2445個輸入し1561個販売した。
(5)被告製品の構成要件充足性
 被告製品は本件発明1及び本件発明10の各々の構成要件をすべて充足し各々の技術的範囲に属する。


 争点(1)に関する判旨

(1)原告製品の日本国内及び海外における販売により、物の発明である本件発明1の特許は消尽したか。
(1)法律論
 ア 国内消尽について
(ア)特許権者が国内において特許発明に係る製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達して消尽し、特許権の効力は当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(BBS事件最高裁判決)。
 しかし、特許権の効力のうち生産する権利はもともと消尽はありえないから、特許製品を適法に購入した者でも、新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば、特許権を侵害することになる。
(イ)そして、本件のようなリサイクル品について、新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
 特許製品の製造者、販売者の意思は、価格維持の考慮等が混入していることがありうるから、特許製品の通常の使用形態を認める際の一事情として考慮されるにとどまる。
 イ 国際消尽について
(ア)我が国の特許権者又は権限者が国外において特許製品を譲渡した場合は、特許権者は、譲受人との間で当該製品につき販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意したうえ特許製品にこれを明確に表示した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、当該製品につき我が国において特許権を行使できない(BBS事件最高裁判決)。
(イ)しかしながら、上記アと同様な事情が認められる場合には、特許権者による権利行使は許される。
 ウ 原告の主張に対する判断
 インクを使い切った本件インクタンクが廃棄された後のリサイクル業者の行為に関しては、新たな生産か修理かを判断する必要がない旨の原告主張は採用できないが、インクを使い切った本件インクタンクが消費者によって廃棄され又はリサイクルに付されたという事情が、新たな生産か修理かの判断の考慮要素である取引の実情の一部として考慮される。
(2)国内消尽について
 ・特許製品の構造等 本件インクタンク本体はインクを使い切った後も破損等なく十分再利用することが可能であり消耗品のインクに比し耐用期間が長い。この点、撮影後にフィルムを取り出し新たなフィルムを装填すると裏カバーと本体との間のフック、超音波溶着部分等が破壊される使い捨てカメラ事件判決の事案とは大きく異なる。そして液体収納室の上面に注入孔を開ければインクの再充填が可能である。インクの変質等に起因する障害を防止する観点からは、原告指摘のとおり本件インクタンク本体を再利用しないことが最良であるが、上記障害が有意なものであることの立証はないし、純正品を使うかリサイクル品を使うかは、本来プリンタの所有者がプリンタやインクタンクの価格との兼ね合いを考慮して決定すべき事項である。
 ・特許発明の内容 界面部分の上方までインクを充填することは本件発明1の構造に規定された必然の充填方法である。そして本件インクタンク本体では上記毛管力が高い界面部分の構造はインクを使い切った後もそのまま残存する。また本件発明1ではインクの充填は構成要件のー部を構成しているが、インク自体は特許された部品ではない。
 ・取引の実情等 本件インクタンク本体はもともとゴミ廃棄される割合が高かったが、環境保護及び経費削減の観点からリサイクルされた安価なインクタンクへの指向が高まり、近年再充填品を売る業者数が多くなり、平成16年4月実施のアンケート調査結果によると、リサイクルインクカートリッジの現在の利用割合が8.8%に達しており、リサイクルされた安価なインクタンクへの指向は、今後更に高まることが予想される。
 よって本件インクタンク本体にインク再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たらないから、日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき国内消尽が認められる。
(3)国際消尽について
 前記事実によれば、海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品についても国際消尽の成立が認められる。


 争点(2)に関する判旨

(2)原告製品の日本国内及び海外における販売により物の生産方法の発明である本件発明10の特許は消尽したか。又は黙示許諾があったか。
(1)法律論
 ア 国内消尽について
 物を生産する方法の特許についても物の特許と同様に国内消尽が成立し、特許権の効力は当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが、特許権の効力のうち生産する権利はもともと消尽がないから、特許製品の適法購入者であっても新たに別個の実施対象を生産すると評価される行為をすれば特許権を侵害する。新たな生産かそれに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
 イ 国際消尽について
 国内消尽と同様に上記アの諸事情を総合考慮して判断すべきである。
 ウ 原告の主張に対する判断
 物を生産する方法の特許の場合も、物の特許の場合におけると同様な考慮要素を総合して新たな生産か修理かを判断すべきであり、これに反する原告の主張は採用できない。
(2)国内消尽について
 本件発明10の特許についても、本件インクタンク本体を用意し特定態様にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たると認められないから、日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき、国内消尽の成立が認められる。
(3)国際消尽について
 海外で譲渡された原告製品を再製品化した被告製品も上記(2)と同じ理由で国際消尽が成立する。


 原審判決についての評釈

 本件判決は、特許権消尽の原則と例外について、BBS最高裁判決の消尽説をベースとして新たな基準を認めた。すなわち、新たな生産か修理かの判断基準については、「新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。」。すなわち、以下の事情を総合考慮し判断すべきとした。つまり、《1》特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、《2》特許発明の内容、《3》特許製品の通常の使用形態、《4》加えられた加工の程度、《5》取引の実情等である。本件判決では、《1》、《2》、《5》が検討されたと思われる。上記基準は使い捨てカメラ事件 東京地決(H12.6.6)で既に示されたものである。
2. インクカートリッジの再生行為が新たな生産でなく修理であるという総合判断を導いた理由は以下と思われる。つまり《1》インクの再充填・再利用が構造的に(破壊行為をせずに)可能であったこと、《2》インクカートリッジの再利用はアメリカとドイツでは大規模に行われ確固たる市場が形成されており、国内でも広く行われていること、《3》リサイクル利用は、近時の環境保護政策の国際的な流れにも合致することである。
H18.1.31知財高判平成17(ネ)10021特許権民事訴訟事件


 事件の概要

 原審と同様である。


 主要争点及び判旨

 以下の理由により、控訴人の請求はいずれも理由があるから、これを棄却した原判決を取り消し、控訴人の請求をいずれも認容する。


 争点1 国内販売分控訴人製品にインク再充填等で製品化された被控訴人製品につき物の発明(本件発明1)に係る本件特許権行使の許否

(1)物の発明に係る特許権消尽
 ア 特許権者又は許諾実施権者が我が国の国内において当該特許発明に係る製品(「特許製品」)を譲渡した場合には、当該特許製品について特許権はその目的を達して消尽し、特許権者は当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し特許権に基づく差止請求権等を行使できない(BBS事件最高裁判決参照)。
 イ しかしながら、(ア)当該特許製品が製品の本来の耐用期間を経過しその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(「第1類型」)、又は、(イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(「第2類型」)は特許権は消尽せず、特許権者は当該特許製品につき特許権の権利行使ができる。
 ウ 原審は、「本件のようなリサイクル品について、新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。」と判示し、特許製品に施された加工又は交換が「修理」であるか「生産」であるかにより、特許権侵害の成否を判断すべきとした。
 しかし、この考え方では特許製品に物理的な変更が加えられない場合に関しては、生産であるか修理であるかによって特許権に基づく権利行使の許否を判断することは困難である。またこの見解は「生産」の語を特許法2条3項1号にいう「生産」と異なる意味で用いるものであって生産の概念を混乱させるおそれがあるうえ、特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合であっても、当該製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度や取引の実情等の事情により「生産」に該当しないとして特許権に基づく権利行使が許されないこともある趣旨であれば判断手法として是認できない。
 エ まず、第1類型にいう特許製品が製品としての本来の耐用期間が経過してその効用を終えた場合とは、特許製品について、社会的ないし経済的な見地から決すべきものであり、(a)当該製品の通常の用法の下において製品の部材が物理的に摩耗し、あるいはその成分が化学的に変化したなどの理由により当該製品の使用が実際に不可能となった場合がその典型であるが、(b)物理的ないし化学的には複数回ないし長期間にわたっての使用が可能であるにもかかわらず保健衛生等の観点から使用回数ないし使用期間が限定されている製品(例えば、使い捨て注射器や服用薬など)にあっては、当該使用回数ないし使用期間を経たものは、たとえ物理的ないし化学的には当該制限を超えた回数ないし期間の使用が可能であっても、社会通念上効用を終えたものとして、第1類型に該当する。
(2)第1類型の該当性
 インク費消後の控訴人製品の本件インクタンク本体にインクを再充填する行為は、特許製品を基準として、当該製品が製品としての効用を終えたかどうかという観点からみた場合には、インクタンクとしての通常の用法の下における消耗部材の交換に該当するし、またインクタンク本体の利用が当初充填されたインクの使用に限定されることが法令等で規定されも社会的強固な共通認識として形成されてもいないから、当初に充填されたインクが費消されたことで特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたとはいえない。したがって、本件で特許権が消尽しない第1類型には該当しない。
(3)第2類型の該当性
 被控訴人製品は、控訴人製品中の本件発明1の特許請求の範囲に記載された部材につき丙会社により加工又は交換がされたものであるところ、この部材は本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部に当たるから、本件は、第2類型に該当するとして特許権は消尽せず、控訴人が被控訴人製品につき本件発明1に係る本件特許権行使をすることは許される。
(4)被控訴人の当審における主張
 被控訴人は控訴人による本件特許権の行使が認められないと解すべき根拠として、環境保全の観点からもリサイクル品である被控訴人製品の輸入、販売等を禁止すべきではないこと、控訴人のビジネスモデルの不当性を主張するがいずれも採用し難い。
(5)結論
 被控訴人製品について当初充填されたインクが費消されたことで第1類型に該当することはないが、丙会社によって構成要件H及びKを再充足させる工程で被控訴人製品として製品化されたことで第2類型に該当するから、本件発明1に係る本件特許権は消尽しない。


 争点2 国内販売分の控訴人製品にインク再充填等で製品化された被控訴人製品につき物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権行使の許否

(1)物を生産する方法の発明に係る特許権の消尽
 物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)については、特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が国内でこれを譲渡した場合には、当該成果物については特許権はその目的を達したものとして消尽し、特許権者は当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権に基づく権利行使をすることができない。そして、(ア)第1類型又は(イ)第2類型の場合には、特許権は消尽せず、特許権者は、当該成果物につき特許権に基づく権利行使が許される。
 特許法2条3項2号規定の方法の発明の実施行為、すなわち特許発明に係る方法の使用行為は特許権者が発明の実施行為としての譲渡を行い、その目的物である製品が市場において流通することが観念できないため、物の発明に係る特許権の消尽の議論がそのまま当てはまらない。しかし、次の(ア)及び(イ)の場合には、特許権に基づく権利行使が許されない。
(ア)物を生産する方法の発明を実施し特許製品を生産するにあたり、その材料として物の発明に係る特許発明の実施品の使用済み品を用いた場合に物の発明に係る特許権が消尽するときには、物を生産する方法の発明の特許権の行使も許されない。
(イ)物を生産する方法に係る発明においては、特許権者又は許諾実施権者が専ら特許発明に係る方法により物を生産するために用いられる製造機器を譲渡したり、その方法による物の生産に不可欠な原材料等を譲渡した場合は、譲受人ないし転得者が当該製造機器ないし原材料等を用いて特許発明に係る方法の使用をして物を生産する行為については特許権者は特許権に基づく差止請求権等の行使が許されず、当該製造機器ないし原材料等を用いて生産された物について特許権の行使も許されない。
(2)本件についての判断
(ア)成果物の使用、譲渡等について
 本件発明10において、構成要件H′及び構成要件K′は発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すものでその効果は本件発明10の成果物である控訴人製品中の部材(本件発明1の構成要件H及びKを充足する部材)に形を換えて存在するところ、丙会社によって前記工程により被控訴人製品として製品化されたことで第2類型に該当するから、控訴人は本件発明10に係る本件特許権に基づく差止請求権等の行使が許される。
(イ)方法の使用について
 本件発明10は、本件発明1に係る液体収納容器を生産する方法の発明であって、インク充填使用を当然の前提とする液体収納容器に公知方法により液体充填するものであるから、本件発明1への新たな技術的思想の付加ではなく別個の技術的思想を含まない。本件発明1の本件特許権が消尽しない以上、丙会社が本件発明10の技術的範囲に属する方法により生産した成果物である被控訴人製品につき控訴人が本件発明10の本件特許権を行使することは許される。


 争点3 国外販売分の控訴人製品にインク再充填等で製品化された被控訴人製品につき本件特許権行使の許否

(1)物の発明に係る特許権
 我が国の特許権者又は権限者が国外において特許製品を譲渡した場合、特許権者は、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する合意をしたうえで特許製品に明確に表示したときを除き、当該製品を我が国に輸入し、国内で使用、譲渡等する行為に対して特許権行使はできない(BBS事件最高裁判決)。本件は、国外で販売された控訴人製品について、譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意はないし、その旨控訴人製品に明示されてもいない。したがって国外で販売された控訴人製品を使用前の状態で輸入し、国内で使用、譲渡等する行為は本件特許権行使の対象でない。
 当初充填されたインクが費消されたことで、第1類型に該当するとはいえないが、丙会社によって構成要件H及びKを再充足させる工程により被控訴人製品として製品化されたことで、第2類型に該当する。
(2)物を生産する方法の発明に係る特許権
 ア 物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)は同様に、一定の場合を除き、当該成果物を我が国に輸入し、国内で使用、譲渡等する行為に対して特許権を行使できないが、(ア)第1類型又は(イ)第2類型の場合には、特許権者は、当該成果物について特許権に基づく権利行使が許される。
 イ 物を生産する方法の発明の実施態様のうち、まず当該方法で生産された物(成果物)の使用、譲渡等(特許法2条3項3号)について、本件発明10の成果物である控訴人製品が、当初充填されたインクの費消で第1類型とはできないが、本件発明10において構成要件H′及びK′は発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すので、その効果は本件発明10の成果物である控訴人製品中の部材(本件発明1の構成要件H及びKを充足する部材)に形を換えて存在するところ、丙会社によって前記工程により被控訴人製品として製品化されたことで第2類型に該当するから、控訴人は被控訴人に対し本件発明10の本件特許権に基づき国外販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を請求できる。
 ウ 次に物を生産する方法の発明の実施態様のうち特許発明に係る方法の使用をする行為(特許法2条3項2号)につき、物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が物の発明の対象ともされており、かつ物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含まない場合には、特許権者又は権限者が国外で譲渡した特許製品につき、物の発明に係る特許権の行使が許されないときは、物を生産する方法の発明に係る特許権の行使も許されない。


 控訴審判決についての評釈

1. 控訴審判決では本件キヤノン特許の範囲を原審判決よりも広く解釈しており、その意味では日本の知財高裁もようやく国家的な知的財産戦略計画の下でプロパテントの判決を下したという点で高く評価できる。
2. 控訴審では、新たな主張や事実の立証は見られなかった模様であり、今回の逆転判決は、リサイクルメーカーのカートリッジ再生行為が新たな生産行為に該当するかどうかの判断基準を変更したことに専ら起因すると考えられる。つまり、控訴審判決では、特許侵害を認めた写るんです東京地裁判決の判断基準を採用しており、本件インクカートリッジ事件との結論における整合性を試みたものとも思われる。
3. 控訴審判決では、リサイクル行為が新たな生産行為に該当するかどうかの判断基準として、特許の権利者が特許製品を譲渡した場合には特許権が原則として消尽するが、例外的に、(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用された場合(第1類型)、又は、(イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には特許権は消尽しないとして、写るんです東京地裁判決と同様の判断基準を採用した。本件再生行為は、第1類型には該当しないが、第2類型に該当するものとして特許権は消尽せず、本件特許権に基づく権利行使が許されるとした。BBS最高裁判決などの消尽説を基本とし、生産について消尽はありえない前提と考えられる。
4. 控訴審判決では、争点整理を行い、《1》国内販売分の物の発明特許に基づく権利行使可否、《2》国内販売分の物を生産する方法の発明特許に基づく権利行使可否、《3》海外販売分の本件発明特許(物の発明及び物を生産する方法の発明)に基づく権利行使可否の3つの争点に整理したうえで、上記の判断基準を基本として、各々の争点につき判断を行っている。
5. 物を生産する方法の発明(本件発明10)について、判決を導くのに不要としながらもあえて判断を行った。その実施態様を当該方法により生産された物(成果物)の使用、譲渡等(特許法2条3項3号)と、特許発明に係る方法の使用をする行為(特許法2条3項2号)に区分して判断した。前者はインク充填工程を構成要件の一部と認め、成果物の使用、譲渡等を特許侵害と認めている。
6. 後者の方法の使用については一般論として、特許法2条3項2号規定の「方法の発明」の実施行為(方法の使用行為)について、特許権者が発明の実施行為としての譲渡を行いその目的物である製品が市場流通することが観念できず、物の発明に係る特許権の消尽の議論がそのまま当てはまらないとしつつ、以下(ア)及び(イ)の場合は特許権の行使が許されないと判断した。つまり、(ア)物を生産する方法の発明を実施して特許製品を生産するにあたり、その材料として物の発明に係る特許発明の実施品の使用済み品を用いた場合で物の発明の特許権が消尽するときは、物を生産する方法の発明の特許権の行使も許されない。
 (イ)物を生産する方法に係る発明では、特許権者又は実施権者が専ら特許発明に係る方法により物を生産するために用いられる製造機器を譲渡したり、その方法による物の生産に不可欠な原材料等を譲渡した場合は、譲受人ないし転得者が当該製造機器ないし原材料等を用いて特許発明に係る方法の使用をして物を生産する行為に対し特許権に基づく差止請求権等が行使できず、当該製造機器ないし原材料等を用いて生産された物についても同様とした。前記(ア)(イ)の例外にかかわらず、「物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が物の発明の対象ともされており、かつ物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含まない場合には、特許権者又は権限者が国外において譲渡した特許製品につき物の発明に係る特許権の行使が許されないときは、物を生産する方法の発明に係る特許権の行使も許されない」とした。
7. 本判決の結論は是認できるものの、欧米諸国(特に米国、英国及びドイツ)ではリサイクル市場が確立しているといわれており、近年重要視されている「環境リサイクル」推進の国際的な流れの中で本判決は違和感を持たれるリスクはある。



(まきの かずお:弁護士・弁理士・
     大宮法科大学院大学教授)