判例評釈 |
甲曲に係る編曲権を侵害する乙曲の利用者に使用を許諾してい た著作権管理団体(JASRAC)に,乙曲が甲曲に係る著作権を侵 害するものか否かについて調査し,著作権侵害の結果が生じる ことのないようにする方策をとるべき注意義務に違反した過失 はないとされた事例 |
〔東京高判平成17.2.17平成16年(ネ)第806号,第2708号・最高裁HP〕 |
諏訪野 大 |
〈事例の概要〉 |
X(原告,被控訴人,附帯控訴人。旧商号金井音楽出版株式会社)は,音楽の著作権,出版権又は使用権に関する代理業務等を主たる目的として設立され,その後有限会社に組織変更された会社である。Y(被告,控訴人,附帯被控訴人)は,平成13年9月30日までは,平成12年法律第131号による廃止前の著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律(昭和14年法律第67号。以下「仲介業務法」という。)により文化庁長官から許可を受けた音楽著作権に関するわが国唯一の著作権管理団体であり,同年10月1日からは,著作権等管理事業法に基づき文化庁長官の登録を受け,音楽著作権を管理している公益社団法人である。Yは,「音楽著作物の著作権者の権利を擁護し,あわせて音楽の著作物の利用円滑を図り,もって音楽文化の普及発展に資することを目的とする」社団法人であり,上記目的を達成するため,音楽の著作物の著作権に関する管理事業,音楽の著作物に関する外国著作権管理団体等との連絡及び著作権の相互保護,特別の委託があったときは,音楽の著作物以外(小説,脚本を除く。)の著作物の著作権に関する管理事業,私的録音録画補償金に関する事業,著作権思想の普及に関する事業及び音楽の著作物の著作権に関する調査研究,音楽文化の振興に資する事業,会員の福祉に関する事業,その他目的を達成するために必要な事業を行うものであることとされている。Yの業務の内容は,音楽著作物の著作権者から著作権の信託譲渡を受け,その利用の求めに応じてこれを許諾し,かつ,著作物使用料規程(以下「本件使用料規程」という。)に基づく著作物使用料等を徴収し,Yの管理手数料を控除した後,著作物使用料分配規程(以下「本件分配規程」という。)等に従って各著作権者に分配することである。Yの平成14年度の年間総徴収実績額は,1060億6000円であった。Yの著作権信託契約約款(以下「本件信託契約約款」という。)においては,委託者がYに著作権の管理を委託する著作物について,他人の著作権を侵害していないことを保障するものと定められ(7条1項),Yは,著作権の侵害について,告訴,訴訟の提起又は受託者に対し異議の申立てがあったときには,著作物の使用料等の分配を保留することができることとされ(20条1号),さらに,Yは,著作権の侵害について,告訴,訴訟の提起又は受託者に対し異議の申立てがあったときには,著作物の使用許諾,著作物使用料等の徴収を必要な期間行わないことができることとされている(29条1号。「管理除外」との名称が付されている。以下「管理除外」という。)。 |
〈判 旨〉 |
原判決中Yの敗訴部分を取消し。Xの請求および附帯控訴を棄却。Xが当審で拡張した請求を棄却。
争点(2)および争点(3)について 「著作権侵害の疑いのある音楽著作物の利用許諾中止という措置は,著作権を侵害されるおそれのある者に対しては,より手厚い保護手段であるといえるが,一方で利用許諾を中止される音楽著作物としては,利用者の判断を経ることなく,Yの判断で楽曲が表現されることが差し止められるのであり,極めて重大な結果をもたらすものであって,後に侵害でないと判断された場合の利用許諾を中止された側の損害の回復は困難である(後に判示する保留された分配金のように,実質的に担保となるものがない。前記保証の制度から,このような場合の損害回復の必要性がないと推論することはできない。)。 一方,使用料分配保留という措置は,著作権侵害であることが争われている音楽著作物の利用許諾を中止することなく,Yが使用料を利用者から徴収し,これを分配せずにYの下に保留しておく措置である。著作権侵害を主張する側にとっては,当該侵害によって受ける損害が分配を保留された手数料を大きく上回るときは,利用許諾中止の措置よりは不十分な救済方法となるが,侵害が争われている音楽著作物の使用料相当の金額が保留されており,実質的に担保といい得るものとなっているので,仮に著作権侵害であるとされた場合でも,回復し難い損害でも生じない限り,侵害された側の損害回復は,通常は基本的に確保されているといえる。したがって,全体としてみて,使用料分配保留という措置は,特段の事情がない限り,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,合理的な措置であるということができる。 ・・・・・・以上によれば,著作権の侵害について,訴訟の提起や異議の申立てがあった場合には,Yとして,使用料分配保留措置又は利用許諾中止措置をとることができることとされているが,必ずいずれかの措置をとるべきであるとする条項は上記のとおり存せず,また,いずれの措置をとるべきかについての条項も存しない。 しかしながら,Yは,多くの音楽著作物の著作権の信託譲渡を受け,それを管理するものであるが,Yの上記の目的や業務の性質,内容に照らせば,著作権の管理を実施するに当たっては別の著作権を侵害することがないように注意する一般的な義務があるところ,著作権侵害の紛争には,事案ごとに種々の事情があることが想定されるので,Yとしては,事案に応じて,合理的に判断して適切な措置を選択することが求められているものと解される。 そして,上記のようなとり得る各措置の特質を考えた場合,いずれの措置をとるべきか,換言すれば,一方の措置をとったことに不法行為責任又は債務不履行責任があるといえるか否かは,著作権侵害の明白性や侵害の性質など,事案ごとの諸般の事情を勘案して判断するのが相当である。」 「別件訴訟についてみると,前認定のとおり,Bは,上記A及びXの請求を争い,別件訴訟の第一審判決では,X及びAの請求が棄却され,後に第二審判決により,請求が認められ,最高裁への上告及び上告受理申立てが排斥されて,請求の一部認容が確定したのであって,第一,二審でA及びXの主張に変動はあったものの,司法判断が分かれたものであった。そして,請求を一部認容した第二審判決をみても,判断が分かれたのは,事実の存否というようなものではなく,多くの音楽関係の専門家から意見書等が出され,種々の見解があった中から,もっとも相当な見解が選択されたことによるものであったことが推認される。 これらの事情に照らせば,著作権侵害が明白であったとはいい難く,侵害の可能性についてのYの判断は,困難な状況にあったといえる。なお,別件訴訟の控訴審判決が請求を一部認容した後については,一般的には,著作権侵害等が肯定される可能性が高まったといえるであろう。しかし,上記の事情に加え,第二審判決は,異なる楽曲として公表された各楽曲間において編曲権侵害の成否が争われてその判断を示したものであって・・・・・・,先例も乏しい分野の争点であることなどにもかんがみれば,最高裁の判断を見極めようとしたYの対応を直ちに非難するのは困難である。」 「Xは,前記状況下にあるYに対し,乙曲の管理除外措置をとることなく利用許諾を継続することになる『使用料分配保留措置』をとることを申し入れて,その後も了承していたものというべきである。乙曲による甲曲の著作権侵害の有無について係争中であるという状況下におけるYの対応方について,上記の申入れ及び了承がある以上,その申入れ等の内容が一見して明白に不合理であり,この申入れ等に従った場合には,申入れ等をした権利者に回復し難い損害を生じるなどの特段の事情がない限り,Yとしては,上記申入れ及び了承に従って,乙曲の使用料分配保留措置をとりつつ利用許諾を継続すれば,後に判決で著作権侵害が確定しても,不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任を負うものではないというべきである(法的評価としては,違法性の問題か過失の問題かなどということはあり得るが,これを基礎付ける事実関係は,当事者が主張するところである。)。 特段の事情についてみるに,全体としてみて,使用料分配保留という措置は,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,合理的な措置であるということができることは,前記・・・・・・のとおりであること,上記の内容証明郵便によるXの申入れは,代理人弁護士によってされたものであり,利用許諾中止措置(管理除外措置)を求めた場合には,仮にXが別件訴訟で敗訴したときに相当額の賠償責任を負うという危険があったことも考慮すれば,別件訴訟の判決が未確定のうちは,使用料分配保留措置を求めるとの方針で申し入れたとしても決して不合理ではないといえること,Xが主張する損害について,別件訴訟の控訴審判決・・・・・・によって検討するも,著作権侵害による通常の財産上の損害にすぎず,決して回復困難な損害であるということはできないことなどに照らせば,特段の事情があるとはいえない。」 「Yは,営利を目的とする法人ではなく,仲介業務法の下においては,業務は文化庁長官の許可制で,使用料の定めは文化庁長官の認可制となっていたのであり,著作権等管理事業法の下においては,業務を行うには登録で足りることになり,使用料規程も文化庁長官への届出制となったものの,その内容の適正さを確保すべき種々の制度上の担保が存在するのであって,Yの定款・・・・・・では,決算において収入が支出を超過する場合の収支差額金があるときは,必ず著作物使用料の関係権利者に分配することとされており(第49条1項),営利企業のように処分することはできない。このようなことからすると,レコード会社,音楽出版会社,テレビ局等の営利企業は,音楽著作物を利用することで収益を上げ,仮に利用した音楽著作物が結果として他の著作権を侵害する事態となった場合でもリスクを分散し得る方策を有するのに対し,Yは,そのような組織原理を有しておらず,両者を直ちに同列に論ずることは困難である。よって,上記ポニーキャニオンなどに対する請求が一部認容されたからといって,本件におけるYの責任を肯定すべきことにはならない。」 |
〈評 釈〉 |
結論賛成,理論構成の一部に疑問 1.本件は,甲曲の作詞作曲者であるAからその著作権等の信託譲渡を受けたXが,Yが音楽著作権管理団体として,平成4年12月1日から平成15年3月13日までの間,乙曲を継続的に音楽著作物利用者に対して利用許諾し,その許諾を受けた利用者に放送,録音,演奏等をさせた行為が,甲曲に係る著作権法27条(編曲権)又は28条の権利を侵害するものであったと主張して,Yに対し,不法行為又はYとX間で締結された本件著作権信託契約の債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。受託者である音楽著作権管理団体の利用許諾行為自体が問題となった初めてのケースであると思われる。 音楽著作権においては仲介業務法が1939(昭和14)年に制定されて以来,信託という方式が長らく用いられ定着をみていることは周知のとおりである。また,2000(平成12)年に著作権等管理事業法が制定され,X以外の者にも音楽著作権の信託をなすことの道が開かれ,さらには2004(平成16)年の信託業法改正で信託財産の制限が撤廃されたことにより著作権を含めたすべての知的財産権の信託が可能となり,最近は各社の進出が目覚ましい分野である(たとえば「信託銀 知財に照準・アニメの著作権みずほ手がける」日本経済新聞2005年4月12日7面)。 本判決は,甲曲の著作権侵害により創作されたと認められた乙曲の利用を許諾したYの不法行為及び本件著作権信託契約の債務不履行に基づく損害賠償責任の成否が問題となっているものであり,この意味で著作権プロパーの問題というよりは民法の一般理論に親しむ問題を扱ったものということができる(潮見佳男「無断編曲された音楽作品の利用・利用許諾と不法行為責任の成否」コピライト527号(2005年)46頁)。また,前述の信託業法の改正により今後現れるであろう知的財産権の信託における受託者の義務に関する問題を考える際にも参考となりうる判決であると思われる。 2.本判決は「『争点』・・・・・・は,・・・・・・原判決の『事実及び理由』中の『第2 事案の概要』・・・・・・のとおりであるから,これを引用する。」としている。したがって,争われた点は,原審と同様,(1)Yの行為によりXの著作権が侵害されたか,(2)Yに過失があるか,(3)Yの行為は債務不履行といえるか,(4)損害の発生の有無及びその額の4つである(以下,それぞれ「争点(○)」という。)。 原審が争点(1),(2)及び(4)について判断しているのに対し,本判決では争点(2),(3)についての判断を示している。争点(4)が不法行為責任もしくは債務不履行責任があることを前提とする損害額の問題となっていることから,それらの責任がYにないとする本判決が争点(4)を論じないのは当然であるが,Xの著作権が侵害されたかという争点(1)について判断を示していない。争点(1)について原審は「Xは,編曲権を侵害して創作された乙曲を二次的著作物とする法28条の権利を有し,乙曲を利用する権利を専有するから,Xの許諾を得ることなく乙曲を利用した者は,Xの有する法28条の権利を侵害したものであり,上記利用者に乙曲の利用を許諾したYは,上記権利侵害を惹起したものというべきである。」と述べた。争点(1)は,争点(2)及び(3)を論ずる前提であるから,本判決は争点(1)の関する原審の判断を支持したものであると思われる。 3.本判決は争点(2)及び(3)をそれぞれ個別に検討せず,合わせて判断を行っている。 まず本判決は「使用料分配保留という措置は,著作権侵害であることが争われている音楽著作物の利用許諾を中止することなく,Yが使用料を利用者から徴収し,これを分配せずにYの下に保留しておく措置である。」とした上で,同措置を「著作権侵害を主張する側にとっては,当該侵害によって受ける損害が分配を保留された手数料を大きく上回るときは,利用許諾中止の措置よりは不十分な救済方法となるが,侵害が争われている音楽著作物の使用料相当の金額が保留されており,実質的に担保といい得るものとなっているので,・・・・・・特段の事情がない限り,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,合理的な措置であるということができる。」と評価する。そして「Yは,多くの音楽著作物の著作権の信託譲渡を受け,それを管理するものであるが,・・・・・・著作権の管理を実施するに当たっては別の著作権を侵害することがないように注意する一般的な義務があるところ,著作権侵害の紛争には,事案ごとに種々の事情があることが想定されるので,Yとしては,事案に応じて,合理的に判断して適切な措置を選択することが求められているものと解され」,「一方の措置をとったことに不法行為責任又は債務不履行責任があるといえるか否かは,著作権侵害の明白性や侵害の性質など,事案ごとの諸般の事情を勘案して判断するのが相当である。」と判断基準を示す。 使用料分配保留措置の担保的機能は利用許諾中止措置にはない利点であり,仮に損害が分配を保留された使用料を大きく上回るときは,その部分を損害賠償で填補することも可能であろう。そして,本判決の述べるとおり,著作権侵害の紛争には事案ごとに種々の事情があることが想定されるのであって画一的な判断をすることはできず,この判断基準は妥当なものであると思われる。 4.そこで,まず,本判決は,「別件訴訟についてみると・・・・・・最高裁への上告及び上告受理申立てが排斥されて,請求の一部認容が確定したのであって,第一,二審でA及びXの主張に変動はあったものの,司法判断が分かれたものであった。そして,・・・・・・判断が分かれたのは,事実の存否というようなものではなく,多くの音楽関係の専門家から意見書等が出され,種々の見解があった中から,最も相当な見解が選択されたことによるものであったことが推認され」,「これらの事情に照らせば,著作権侵害が明白であったとはいい難い」とした上で,「別件訴訟の控訴審判決が請求を一部認容した後については,一般的には,著作権侵害等が肯定される可能性が高まったといえるであろう。しかし,上記の事情に加え,第二審判決は,異なる楽曲として公表された各楽曲間において編曲権侵害の成否が争われてその判断を示したものであって・・・・・・,先例も乏しい分野の争点であることなどにもかんがみれば,最高裁の判断を見極めようとしたYの対応を直ちに非難するのは困難である。」とする。 たしかに,判決が確定するまでは著作権侵害が明白であるとはいい難い。しかし,たとえ先例が乏しい分野の争点であったとしても(あるいはそうであったからこそ),別件訴訟の控訴審判決で請求の一部が認容されたことはその時点において尊重されるべきであろう。 しかしながら,Xにより使用料分配保留措置をとることが申し入れられて,Yがこの申入れに従ったという点は看過できない。 この点,本判決は「Xは・・・・・・『使用料分配保留措置』をとることを申し入れて・・・・・・この申入れ等に従った場合には・・・・・・特段の事情がない限り,Yとしては・・・・・・不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任を負うものではないというべきである」とした上で,「特段の事情についてみるに,・・・・・・使用料分配保留という措置は・・・・・・穏当で,かつ,合理的な措置であるということができ,内容証明郵便によるXの申入れは,代理人弁護士によってされたものであり,利用許諾中止措置・・・・・・を求めた場合には,仮にXが別件訴訟で敗訴したときに相当額の賠償責任を負うという危険があったことも考慮すれば,別件訴訟の判決が未確定のうちは,使用料分配保留措置を求めるとの方針で申し入れたとしても決して不合理ではないといえること,Xが主張する損害について・・・・・・も・・・・・・回復困難な損害であるということはできないことなどに照らせば,特段の事情があるとはいえない。」とした。 前述の使用料分配保留措置に対する評価を前提にするならば,妥当な判断であると思われる。代理人による内容証明郵便によってそのような措置を申し入れておきながら,訴訟を提起するにあたって利用許諾中止措置をしなかったとして損害賠償責任を追及するのは矛盾した感が否めないからである。 5.本判決は以上のような判断を示して,不法行為責任と債務不履行責任の両方がYにないとしたが,両責任の認められる要件およびその立証責任は互いに異なるものである。本判決は両責任の各要件について個別に判断を示していない。前述のXの内容証明郵便によるYに対する使用料分配保留措置の要求および別件訴訟におけるYがなした同措置へのXの謝辞の陳述からすれば,Yに過失は認められず不法行為責任はないとする結論は導きやすい。しかしながら,本件は信託という特殊な契約が基礎となっており,とくに債務不履行責任がないという場合には,受託者たるYの義務の検討が必要であろう。 著作権等管理事業法には信託契約についての定義はなく,信託法が適用されることとなる。信託とは「財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシムル」ことであり(信託法1条),信託財産である著作権は受託者に帰属する。受託者であるYは信託財産に対する唯一にして絶対的かつ排他的な管理・処分権限を保有する中心的機関である。信託契約の効力は当事者のみに及び,原則としてはXは乙曲に対するYの取り扱いに異を唱える立場にない。 その一方で,信託法は受益者保護を目的として受託者の権限濫用行為を牽制・抑止するために種々の義務と責任を受託者に対して課している。受託者の基本的義務は信託事務遂行義務(信託法4条)であり,その義務を履行するにあたって受託者が負う各種の義務は一般的義務と特別的義務に分類される。前者には善管注意義務(信託法20条),自己執行義務(信託法26条1項),合手的行動義務(信託法24条2項),忠実義務(信託法22条),公平義務(明文規定なし)があり,後者には分別管理義務(信託法28条)と書類設置義務(信託法39,40条)がある(新井誠『信託法〔第2版〕』142頁以下)。本件で問題となりうるのは善管注意義務と忠実義務であると思われる。 善管注意義務の具体的な内容や義務の程度等については民法上の善管注意義務に関する一般理論に従って理解すればよいとされており(四宮和夫『信託法〔新版〕』247頁),受託者が属する社会的,経済的地位や職業を考慮した上で,その類型に属する者に対して一般的・客観的に要求される注意能力を基準として判断を行うべきこととなる。ただし,信託法20条は任意規定であり,信託行為によって特約を置くことにより,この義務の加重ないし軽減を図ることは可能である(新井・前掲144頁,能見善久『現代信託法』75頁)。この意味で,委託者に権利侵害がないことを保証させる本件信託契約約款7条1項は受託者Yの善管注意義務を軽減したものと解される。権利侵害が確定するまでは,この点に関するYの善管注意義務は軽減されたままであり,それゆえそれ以上の義務を負うものでもないため善管注意義務違反にはならないと思われる。 忠実義務とは受託者はもっぱら受益者の利益を最大限に図らなければならないというものである(四宮・前掲231頁,能見・前掲75頁)。YはXに対して忠実義務を有しているのは当然であるが,フジパシフィックも同様の義務を負っている。Xとフジパシフィックが権利侵害を争っている間に乙曲の利用許諾を中止することはフジパシフィックに対する忠実義務違反が問題となりうる。他方,使用料分配保留措置は,本判決の述べるとおり,Xに対して担保的機能を有するが,仮に権利侵害が否定された場合,保留分の使用料をフジパシフィックが後に受け取れることにもなり,訴訟係属中においては忠実義務を果たすためには合理的な措置であったと思われる。加えて,Xから使用料分配保留措置をYに対して求め,別件訴訟中でYがその措置をとったことに感謝の念を表している。この意味で,Yに忠実義務違反は認められない。 したがって,Yは受託者の義務を果たし,「その債務の本旨に従った履行」(民法415条)をしており,債務不履行ではないと解される。 なお,判旨ではないが,Yは自己の過失の不存在を主張するにあたって,「信託受託者は,信託行為の定めるところに従い信託財産の管理処分を行う義務を負うのであり(信託法4条),信託行為(信託契約)の定めが受託者の行為を規定する。そして,信託行為により受託者に裁量権が与えられている場合においては,受託者のする裁量権の行使に裁判所が介入することは許されないのであって,受託者に義務違反の問題は生じない。この場合,公平義務が受託者が裁量権を行使する指針となるものである。「本件著作権信託契約においては,委託者間に著作権侵害の成否をめぐる紛争が生じた場合,受託者に対して分配保留の措置(第20条)又は管理除外の措置(第29条)をとる権限が与えられており,その具体的な運用については受託者の合理的な裁量に委ねられている。そこで,Yにおいては,信託法上の公平義務(多数の委託者の著作権を公平に管理すべき義務がある。)や利用者に対する応諾義務(正当な理由がなければ利用許諾を拒むことができない。)に配慮しつつ,委託者の不利益を極小化させる観点から,両措置の具体的運用について,著作権が侵害されていることが客観的に明白であり,かつ,委託者から管理除外措置について明示の要請がある場合には管理除外措置を,それ以外の場合には分配保留措置をとることとしている。」との論理展開を行っている。しかし,公平義務とは1つの信託に関して複数の受益者が存在する場合に受託者は各受益者を公平に扱わなければならないというものである(新井・前掲172頁,能見・前掲88頁)。Xとフジパシフィックは甲曲と乙曲のそれぞれの受益者であり,両者は同一の信託の受益者ではない。1つの信託に複数の受益者が存在するときに受託者に課せられる公平義務は,本件とは関連がない事柄であると思われる。 6.XがYと共同不法行為の関係にあると主張するポニーキャニオン,フジパシフィック及びフジテレビに対しては,X一部勝訴の第一審判決が確定している。Xは,Yとポニーキャニオンらが乙曲の利用について客観的関連共同性があるため,共同不法行為における加害者であり,Yの乙曲の利用許諾により利用者が放送,演奏,録音等を行っているのであるから,Yによる乙曲の利用許諾と利用者の利用行為及び損害の発生との間には相当因果関係があると主張し,請求を拡張したが,その点につき本判決は「営利企業は,音楽著作物を利用することで収益を上げ,仮に利用した音楽著作物が結果として他の著作権を侵害する事態となった場合でもリスクを分散し得る方策を有するのに対し,Yは,そのような組織原理を有しておらず,両者を直ちに同列に論ずることは困難である。よって,上記ポニーキャニオンなどに対する請求が一部認容されたからといって,本件におけるYの責任を肯定すべきことにはならない。」とした。 ただし,現在の著作権等管理事業法の下においては,営利企業である著作権等管理事業者も少なくない(文化庁ホームページhttp://www.bunka.go.jp/ejigyou/script/ipzenframe.asp)。本判決によると,音楽著作物を利用することで収益を上げ,仮に利用した音楽著作物が結果として他の著作権を侵害する事態となった場合でもリスクを分散し得る方策を有する営利企業形態をとる著作権等管理事業者は,Yとは異なり,共同不法行為における加害者になるとも読める。しかしながら,著作権等管理事業法には著作権管理事業者についてそのような区別は設けられておらず,また,そのような区別をする理由も見いだせない。仮にYの特殊性を強調するために述べたのであったとしても,この点については疑問である。 |