発明 Vol.102 2005-4
判例評釈
産地表示と商標法・不正競争防止法
−三輪素麺事件−
奈良地裁平成15年7月30日判決(平成11年(ワ)460号)
茶園 成樹
<事実の概要>

 X(奈良県三輪素麺工業協同組合)は,手延べそうめんの生産,共同加工,共同購買,共同販売,共同保管,共同運送等をその目的とする協同組合であり,指定商品を第32類「そうめん」とする本件登録商標1の商標権(以下,「本件商標権1」という)及び本件登録商標2の商標権(以下,「本件商標権2」という)の商標権者である(本件登録商標1と本件登録商標2を総称して「本件各登録商標」といい,本件商標権1と本件商標権2を総称して「本件各商標権」という)。
 三輪地方は,奈良平野(盆地)の東南部に位置し,一説によれば,約1200〜1300年前からそうめんが製造され,そうめん発祥の地ともいわれており,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の名称は,三輪地方において同地特有の製法で生産されたそうめんの名称として全国的に定着している。
 Xには,主に三輪素麺の製造業者が加盟しており,販売業者は別個に商友会を結成している。商友会は,X自身がその会員となっているほか,Xの組合員も多数会員になっており,Xは,商友会の会員である非組合員を準会員として扱っている。
 Xは,その事業内容の1つとして共同販売事業を掲げ,組合員より一定量のそうめんの供出を受けて販売業者に販売しているが,その量は,昭和60年当時,全生産量中の11.8%にすぎず,組合員の組合による販売への依存度は小さかった。Xの組合員が生産する手延べそうめんは昭和60年度で約25万箱であったが,「三輪素麺」として全国で販売されているそうめんは昭和52年ころで約47万箱にも及んでいた。これらの多くは,三輪地方の業者を含むそうめん業者が,長崎県島原地方のそうめん業者に製造委託したそうめんを「三輪素麺」として販売したことによるものである。



 他方,Yは,茶類の卸売及び販売等をその目的とする株式会社であり,Y標章1及びY標章2(これらを総称して,「Y各標章」という)を容器,包装及び広告に付して,そうめんを販売している。
 Xは,《1》Yの行為が本件各商標権を侵害し,かつ,《2》不正競争防止法2条1項1号及び2号に該当すると主張して,Y各標章の使用等の差止めと損害賠償を請求した。これに対して,Yは,《1》については,「三輪素麺」という語は普通名称として認識されているから,Y各標章は商標法26条1項2号にいう「商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示する商標」に該当し,また本件各登録商標とY各標章との間に同一性ないし類似性は存しない,《2》については,「三輪素麺」又は「三輪そうめん」という表示はXの出所を示す表示として需要者に広く認識されていない,また「三輪素麺」という文字(語)は三輪地方を発祥の地とする製造法に基づくそうめんの総称として既に一般名称化している,と主張した。

<判 旨>

(1)商標権に基づく請求について
 「本件各商標権が出願された昭和56年7月8日当時には,『三輪素麺』ないし『三輪そうめん』の名称は,三輪地方において,同地特有の製法で,生産されたそうめんの名称として全国的に定着していたのであり,しかも,X以外にも,『三輪そうめん山本』,『そうめんの里 三輪池利』等の商標が出願されていたこと等を考えれば,『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』との文字(語)自体による標章は,三輪地方の生産業者・販売業者全体として,その伝統的製法に従って三輪地方で生産されたそうめんとしての自他識別力は存するものの,三輪地方の一業者であるXが販売する商品であるとの自他識別力はないといわざるを得ない。
 そして,Xにおいて,本件各商標権の出願や登録に当たり,上記の意味での三輪素麺の生産・販売業者全体の同意を得ていたことを認めるに足りる証拠がない・・・・・・から,本件各登録商標中の『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』の文字自体をもって,本件各商標権の中核をなす部分であるとすることはできない。」
 「そうすると,本件各登録商標とY各標章との同一性ないし類似性については,文字自体ではなく,その文字部分の形態,構成等を中心にして,これを判断すべきところ」,本件各登録商標は,その全体の構成が一体となって,初めて自他商品を識別する力を有するに至ったものといえ,本件登録商標1とY各標章は,その文字部分の配置と書体が明らかに異なるものであり,また,本件登録商標2とY各標章は,その文字部分の構成及び配置が明らかに異なるものであるから,「本件各登録商標とY各標章とは,同一又は類似とはいえない」。
(2)不正競争防止法に基づく請求について
 「『三輪素麺』ないし『三輪そうめん』の名称は,三輪地方において,同地特有の製法で,生産されたそうめんの名称として全国的に定着していたし,消費者においても,それらの名称は,三輪地方において従来の製法に従って生産された一定の品質を備えたそうめんであるとの信頼を寄せている」。「すなわち,『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』という文字(語)自体による標章には,三輪地方の業者が,同地特有の製法で,生産され,販売しているそうめんとしての,自他識別力,出所表示機能や広告機能があり,これを消費者からみれば,三輪地方の業者が同地特有の製法で生産したそうめんであるとの品質保証機能も備えていると解される。」
 「しかも,三輪素麺を扱う業者の全員ではないにしろ,その大部分は,Xあるいは商友会に加盟しており,X及びその組合員,商友会及びその会員は,長年にわたって,『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』というブランドを守るために,販売するそうめんについての取決めをしたり,広範な営業活動,積極的な宣伝活動を結束して行ってきたこと等の・・・・・・事実を併せ考えれば,『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』の文字(語)は,不正競争防止法2条1項1号にいう,他人(三輪地方において同地特有の製法で生産している業者あるいはこれを販売している業者全体)の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものということができる。
 そして,Y各標章は,『三輪素麺』という文字が用いられていること,Yは,岡山県倉敷市に本店を置く企業であり,三輪地方のそうめん製造・販売業者ではないことに照らし合わせれば,Yが,その商品であるそうめんの販売にY各標章を使用することは,不正競争防止法2条1項1号に該当する『不正競争』であることは明らかである。
 Yの上記不正競争行為により,三輪地方において同地特有の製法で生産している業者あるいはこれを販売している業者全体としては勿論,その業者の一員であるX自身も,営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあることはいうまでもないところである。」
 三輪地方のそうめん業者が長崎県島原地方のそうめん製造業者に下請製造させたそうめんも「三輪素麺」として販売されており,その下請にかかるそうめんの生産高は,三輪地方で製造されるそうめんの生産高よりも多くなったことが認められるが,「三輪素麺の持つ長い歴史,伝統に比べれば,県外の業者に下請製造させるようになったのはごく最近のことであること」,奈良県産以外のそうめんを「三輪素麺」として売っている者に対して,Xは脱退の勧告等を行い,また農林水産省は商品の回収を求める等しており,「県外の業者に下請製造させる方法につき,これを是正する動きが見られること,三輪素麺の持つ長い歴史,伝統によって培われた三輪素麺のブランド力等に照らせば,前記認定判断した『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』という文字(語)自体による標章が,三輪地方の業者が,同地特有の製法で,生産され,販売しているそうめんとしての自他識別力を未だ喪失していないということができ」る。
(3)Xの損害額について
 不正競争防止法5条1項における不正競争行為者が得た利益の額は,「その額が被害者の損害の額(換言すれば逸失利益の額)と推定される性質のものであることを要する」。
 「『三輪素麺』ないし『三輪そうめん』がXを含む三輪地方のそうめんの生産・販売業者の商品等表示として周知であるといえても,X固有の商品等表示としては自他商品識別力はない上,三輪地方のX以外の業者により,『三輪素麺』又は『三輪そうめん』と表示したそうめんが製造・販売されていること等の事情を総合すると,Y商品とX商品との間には,市場において,Yの不正競争行為がなく,需要者がY商品を購入しなかった場合には,Xの商品を購入するであろうという関係が当然に存在するということはできないというべきである。したがって,本件において,Yの不正競争行為がなければ,Xが自己の商品を販売することができたであろうという補完関係が成立しないと認められ,Xが,その営業上の利益を侵害されるおそれがあるものとは認められないから,Xの被った損害とYの上記行為との間には,不正競争防止法5条1項による推定を否定すべき事情があるというべきである。
 そうすると,XがYの行為によって受けた具体的損害について,立証がないことになるから,結局,損害賠償請求には理由がない。」

<評 釈>

 本件の事案は,主に三輪素麺の製造業者が加盟し,手延べそうめんの生産や共同販売等をその目的とする協同組合であるXが,三輪地方のそうめん製造・販売業者ではないYがY各標章を使用する行為が,Xの有する本件各商標権を侵害する,また不正競争防止法2条1項1号及び2号に該当するとして,Y各標章の使用等の差止めと損害賠償を求めたというものである。本判決は,Xの請求のうち,商標権に基づく請求については,本件各登録商標とY各標章が類似しないとして棄却し,不正競争防止法に基づく請求については,Yの行為が2条1項1号の不正競争に当たるとして差止め請求は認容したが,Xの損害額が立証されていないとして損害賠償請求は棄却した。
1.商標権に基づく請求について
 (1)商標法3条1項3号は,「商品の産地,販売地,品質・・・・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は商標登録を受けることができない旨を規定している。このような商標は,「取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ない」からである(最判昭和54年4月10日判時927号233頁[ワイキキ事件])。
 同号は産地等を表示する標章「のみからなる商標」について定めたものであるが,産地名と商品名や品質表示等とを組み合わせたものも,同号の趣旨が同様に当てはまり,商標登録を受けることができないと解されている(東京高判昭和47年4月18日取消集昭和47年459頁〔有明漬事件〕,東京高判昭和57年6月29日判時1055号119頁〔甲州黒事件〕,「商標審査基準」第一−5−1)。
 ただし,産地名のみからなる商標や産地名と商品名等のみからなる商標であっても,使用がされた結果自他商品識別力が獲得されれば,3条2項により商標登録を受けることができる。また,産地名と商品名等だけでなく,これと図形等を組み合わせた商標は,その図形等について自他商品識別力が認められる場合には,登録が可能となる。もっとも,このような商標が登録されても,当該商標中の産地名と商品名等からなる文字部分は識別機能を有しないことから,文字部分は共通するが図形等の部分は異なる商標は当該商標と類似せず,その使用は侵害とはならない(大阪地判平成11年1月26日(平成9年(ワ)5752号)〔河内ワイン事件〕,東京高判平成15年10月30日(平成15年(ネ)1829号)〔武川米こしひかり事件〕。東京高判平成14年9月30日(平成13年(行ケ)518号)〔塩沢紬事件〕も参照)。
 (2)本件各登録商標も,産地名と商品名である「三輪素麺」の文字からなり,又は「三輪そうめん」の文字を含むものであり,本判決は,Y各標章との類否判断において,これらの文字部分の自他商品識別力を問題とし,「本件各登録商標中の『三輪素麺』あるいは『三輪そうめん』の文字自体をもって,本件各商標権の中核をなす部分であるとすることができない」と述べる。そして,本件各登録商標とY各標章との類否は,「文字自体ではなく,その文字部分の形態,構成等を中心にして,これを判断すべき」であるとして,両商標が非類似であると判断した。
 本判決の類否判断手法は,前述した産地名と商品名等の文字部分に図形等を組み合わせた商標の場合に行われているのと同様のものであるが,本件各登録商標は図形等を含まず,文字のみから構成されたもので,とりわけ本件登録商標1は「三輪素麺」という文字だけで構成され,その字体も通常のものであって,Xの主張によると,本件各登録商標は3条2項に基づいて登録されたものである。このような違いがあるにもかかわらず,本判決の類否判断手法そして,字体等において差異がある本件各登録商標とY各標章が非類似であるとの結論は妥当なものと評価することができる。なぜなら,本判決の認定によると,「三輪素麺」あるいは「三輪そうめん」の文字には,Xが販売する商品であるとの自他識別力がないからである。これらの文字の通常の意味や,「三輪」と「そうめん」を含む他の商標の存在等に鑑みれば,この認定は首肯することができる。そうであれば,他人が文字部分を共通にする商標を使用しているというだけでは出所混同を生じるおそれはないから,文字部分が共通であるからといって類似性を肯定することはできない。
 ちなみに,「三輪素麺」あるいは「三輪そうめん」の文字部分にXが販売する商品であるとの自他識別力がない,すなわち使用によってこれらの文字がXが出所であるとの二次的意味を獲得するに至っていないとすると,本件各登録商標はその全体の構成が一体となって,初めて識別力を有するに至ったものと解さざるを得ないが,そのように解しても,本件各登録商標,特に本件登録商標1は,特異な構成をとるものではないため,3条違反の無効事由を有するのではないかと思われる。もっとも,その登録日(平成2年3月27日)から既に5年の除斥期間を経過しているから,47条により,本件各登録商標につき無効審判を請求することはできない。
 この点に関連して,いくつかの裁判例は,特許権に関するキルビー判決(最判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)の考え方を商標権にも及ぼし,無効事由が存在することが明らかな商標権に基づき差止請求権や損害賠償請求権を行使することは権利濫用となると説いているが(東京高判平成13年10月31日(平成13年(ネ)1221号)〔カンショウ乳酸事件〕,東京高判平成14年4月25日(平成13年(ネ)5748号)〔mosrite事件〕,東京高判平成15年7月16日判時1836号112頁〔アダムス事件〕),この権利濫用の抗弁についても,除斥期間経過後は主張できないと解すべきである(田村善之『商標法概説(第2版)』(弘文堂,2000年)313頁参照。なお,平尾正樹『商標法』(学陽書房,2002年)376頁)。平成16年改正により新設された「権利行使の制限」(商標法39条,特許法104条の3)についても,同様である(渋谷達紀『知的財産法講義III』(有斐閣,2005年)275頁)。そうでないと,除斥期間が設けられた意味が実質的に失われることとなるからである。3条違反の無効事由が存在している登録商標であっても,識別力を有するようになった場合には,出所混同を生じるおそれのある類似商標の使用を放任する必要はなく,そのような使用に対する差止請求権や損害賠償請求の行使を認めるべきである。したがって,本件において,非侵害の結論に至るのに,本件各登録商標とY各標章が非類似であることはなく,Xの本件各商標権に基づく請求が権利濫用であることを理由とすることはできなかったであろう。
 (3)ところで,本判決は,「Xにおいて,本件各商標権の出願や登録に当たり,・・・・・・三輪素麺の生産・販売業者全体の同意を得ていた」か否かを検討しているが,同意の有無がどのような意味を有すると考えられているのかは明らかではない。推測するに,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の語が,三輪地方の生産・販売業者全体として,その伝統的製法に従って三輪地方で生産されたそうめんとしての自他識別力が存することを前提として,Xが本件各登録商標を,三輪地方の一業者としてではなく,三輪地方の生産・販売業者全体を代表する者として出願し登録を受けたか否かが問題とされているのではなかろうか。だが,仮にそうだとしても,Xが,三輪素麺の生産・販売業者全体の同意を得て,その代表者として本件各登録商標を出願し登録を受けたということがあったとしても,そのことが本件各登録商標の類似範囲に影響を与えることはないと思われる。団体商標制度を復活させた平成8年改正における議論が,この点に関連する。
 団体商標制度は産地表示の保護がその機能の1つと考えられているが,団体商標であっても,通常の商標と同じく,3条の要件を満たさなければならず,商品名に地域名を冠しただけの単なる産地表示は登録を認められない。その理由として,各地域の組合等が地域おこし等のために単なる産地表示のみからなる団体商標を採択したいというニーズも少なくないと考えられたが,産地表示を特定の団体に独占させることは,その団体に属さない生産者や販売業者がその産地表示を使用できなくなり,かえって,地域おこし等にも支障を生じるおそれがあり,「団体商標であって,一定期間の使用実績を勘案し,産地表示が継続して特定の団体の商品又は役務を表示する商標としての機能を有するに至った場合にのみ(すなわち,将来に亘っても識別力が維持される見通しのある場合に限って),3条2項を適用して商標登録を認めることが適当である」とされたのである(特許庁編『工業所有権法逐条解説(第16版)』(発明協会,2001年)1083頁。小川宗一「団体商標と産地表示保護」商標懇76号37,38〜43頁(2003年)も参照)。
 ここで指摘された問題点と同様に,本件において,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の文字部分を本件各商標権の中核部分とすると,三輪地方で三輪素麺を製造販売する者であっても,これらの文字を使用することが,「産地,販売地・・・・・・を普通に用いられる方法で表示」する場合(26条1項2号)を除き,侵害となる可能性を生じる。Xが,出願・登録時点では三輪素麺の業者全体の同意を得て,その業者に許諾を与えるとしても,その後の新規参入者による使用を制限しない保証はない。そのため,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の語についてXが販売する商品であるとの自他識別力がないのであれば,新規参入による競争を阻害することのないように,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の文字部分が本件各商標権の中核部分であるとすべきではないのであり,よって,出願・登録時点において業者全員の同意を得ていた場合でも本件各登録商標とY各標章が類似であるとすることはできない。
 (4)なお,YはY各標章の使用が26条1項2号に該当すると主張したが,同号の適用は問題とならなかった。三輪地方の業者ではないYについて同号が適用されるためには,「三輪素麺」の語が産地の意味を失い,そうめんの普通名称となっていなければならないが,本判決は,産地が三輪地方であるという意味を有すると認定したからである。また,不正競争防止法に基づく請求に関して,Yは,島原地方等で製造されたそうめんが「三輪素麺」として大量に製造販売されていたことから,「三輪素麺」が普通名称化していると主張したが,本判決はこの主張を否定した。「三輪素麺」が普通名称となったか否かは,結局のところ需要者の認識によるが,本判決の認定に特に問題はないように思われる。
 (5)以上のように,本件各登録商標とY各標章が類似しないとした本判決の結論は支持することができる。本件各登録商標の類似範囲は,産地名と商品名である「三輪素麺」あるいは「三輪そうめん」の文字部分に識別力がないがゆえに,極めて狭いことになるからである。Xは商友会と緊密な関係にあり,三輪素麺を扱う業者の大部分がXあるいは商友会に加盟している一方,Yは三輪地方の業者ではないことを考慮して,Xが商標権に基づきYによるY各標章の使用を禁止できるようにすべきとの意見があるかもしれないが,現行法上は無理であろう。
 そもそも産地名と商品名からなる商標は登録を受けることが容易なことではなく,このように産地名と商品名からなる商標の保護について障害があることに対して,近時,そうした地域ブランドを保護し,地域ブランド化の取組を支援する制度の整備について議論がなされている(渋谷達紀「商標法による地理的表示の保護」特許ニュース11417号1頁(2004年),丸山亮「地理的表示の保護と団体・証明商標制度」特許研究38号45頁(2004年)参照)。そして,産業構造審議会知的財産政策部会報告書「地域ブランドの商標法における保護の在り方」(2005年2月)は,地域名と商品(役務)名のみからなる文字商標が,使用された結果,団体又はその構成員の商品(役務)を表示するものとして一定範囲の需要者に認識されるに至った場合には,周知性を有するものとして登録を認めることが適当であると述べている。
2.不正競争防止法に基づく請求について
(1)不正競争防止法2条1項1号の「他人」とは,表示によって識別される特定の商品出所(又は営業主体)であるが,それは単一の事業者であることは必要ない。表示を使用しているのが複数の事業者であっても,その事業者間に緊密な関係があり,表示がその事業者から構成されるグループを識別しているのであれば,他人性が肯定される。例えば,表示が企業グループを識別する場合(大阪高判昭和41年4月5日高民集19巻3号215頁〔三菱建設事件〕,大阪地判昭和46年6月28日無体集3巻1号245頁〔積水開発事件〕,神戸地判平成5年6月30日判タ841号248頁〔神鋼不動産事件〕,大阪地判平成5年7月27日判タ828号261頁〔阪急電機事件〕),表示がフランチャイズシステムを識別する場合(金沢地小松支部判昭和48年10月30日無体集5巻2号416頁〔8番ラーメンチェーン事件〕,東京地判昭和47年11月27日無体集4巻2号635頁〔札幌ラーメンどさん子事件〕),表示が商品化事業を行うグループを識別する場合(最判昭和59年5月29日民集38巻7号920頁〔フットボール・シンボルマーク事件〕,東京高判平成4年5月14日知的集24巻2号385頁〔ポパイ事件〕)である(その他,東京地判平成14年1月24日判時1814号145頁〔全国共通図書券事件〕,新潟地判昭和63年5月31日判タ683号185頁〔でんでん虫表示灯事件〕)。
 本判決も,「三輪地方において同地特有の製法で生産している業者あるいはこれを販売している業者全体」という複数の事業者を1号の「他人」に当たるとする。本判決によると,消費者においては,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の名称は,三輪地方において同地特有の製法で生産された一定の品質を備えたそうめんであるとの信頼を寄せているというのであるから,この信頼の延長として,消費者が,「三輪素麺」等の表示から三輪地方の業者全体を1個の商品出所として識別するようになることも十分に可能であると思われる。もっとも,このような商品出所としての識別は,自然に発生するのではなく,三輪地方の業者全体,あるいはX及びその組合員ならびに商友会及びその会員による需要者を対象とした,1個の商品出所としての共通の活動が行われることによって生み出されるものであるが,この点は,判決文からは必ずしも明瞭ではない。具体的な活動が詳しく摘示されていれば,より説得的なものになったと思われる。この他人性の問題を除けば,差止請求が認容されたことは,支持することができる。
 (2)なお,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の名称に対する消費者の信頼に照らせば,Yの行為は,商品の原産地・品質を誤認するものであり,不正競争防止法2条1項13号の不正競争に当たる可能性があろう。にもかかわらず,XがYの行為を13号の不正競争として主張しなかったのは,同号の不正競争に基づく損害賠償請求に関しては損害額の算定が困難である(田村善之『不正競争法概説(第2版)』(有斐閣,2003年)427頁参照)ためかもしれない。
3.Xの損害額について
 (1)本判決は,損害賠償請求については,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」がX固有の商品等表示としては自他商品識別力を有しないこと,三輪地方のX以外の業者により「三輪素麺」又は「三輪そうめん」と表示したそうめんが製造販売されていること等の事情から,「本件において,Yの不正競争行為がなければ,Xが自己の商品を販売することができたであろうという補完関係が成立しない」として,「Xの被った損害とYの上記行為との間には,不正競争防止法5条1項による推定を否定すべき事情がある」と述べた。
 しかしながら,2条1項1号の不正競争に関して,5条1項(平成15年改正により5条1項が新設されたため,現行法では5条2項である。以下,「現行5条2項」という)による推定が否定されることはほとんどない。原告と被告の商品・営業が異種のものであり,両者が競業関係にない場合に,被告の得た利益額を原告の損害額と推定することを否定した裁判例はあるが(大阪地判昭和57年2月26日無体集14巻1号58頁〔ヘイグ・ジョニーウォーカー等事件〕,大阪地判昭和55年7月15日無体集12巻2号321頁〔フットボール・シンボルマーク事件1審〕。なお,東京地判平成10年3月30日判時1638号57頁〔ミシュラン事件〕),本件では,XとYはいずれもそうめんを販売しているのであるから,競業関係にあることは明らかである。
 また,現行5条2項による推定が認められるためには,「Yの不正競争行為がなければ,Xが自己の商品を販売することができたであろうという補完関係」が成立していなければならないとしても(東京地判平成13年10月31日判時1776号101頁[カナディアン・メープルシロップI事件1審]・東京高判平成14年9月26日(平成13年(ネ)6316号・平成14年(ネ)1980号)〔同事件2審〕は,商標権者の製品と侵害者の製品が補完関係にないことを理由に,商標法38条1項による損害額の算定及び同条2項による推定を否定した。東京地判平成15年5月28日判時1830号140頁[カナディアン・メープルシロップII事件]も参照),本件において,このような補完関係が成立しないとはいえないのではないか。XとYはいずれもそうめんを販売しているのであり,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の名称に顧客吸引力がないとはいえないと思われるからである。確かに,「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」と表示したそうめんがX以外の業者によっても製造販売されているのであるから,Xは,Yの不正競争行為がなければ,Yの販売量のすべてを販売できたということはできないが,その一定の割合は販売できたといえるであろう。
 ちなみに,5条3項に関して,Xが「三輪素麺」ないし「三輪そうめん」の名称の使用を統制し,組合員等にその使用を許諾しているような場合には,同項に基づく損害賠償を請求できるが,実際にはそのような立場にないようであるから,賠償請求はできないであろう。
 (2)なお,XがYの行為が2条1項13号の不正競争と主張した場合を仮定すると,13号の不正競争に関しては5条2項による推定を認めることは難しいとされているが(田村・前掲),同号の不正競争による損害額の算定それ自体が容易でないことに鑑みれば,被害者に対する適切な救済を図るために,三輪素麺の製造業者それぞれの市場シェアが大きく変動していないような場合には,Yの利益中のXの市場シェアに対応する割合分について推定を働かせることを認めてよいのではないかと思われる(最近の東京地判平成16年9月15日特許ニュース11433号1頁〔CPCペイントシーラント事件〕は,13号の不正競争について被告の利益額に原告の市場シェアの割合を乗じ,さらに寄与率を乗じた額を損害額としている)。

(ちゃえん しげき:大阪大学大学院高等司法研究科教授)