判例評釈 |
商標権者が独占的通常使用権者以外の者にも登録 商標の使用を許諾している場合の独占的通常使用 権者の損害賠償請求 |
〔東京地裁平成15.6.27民46部判決,平14(7)10522号商標専用使用権侵害差止等請求事件,判例時報1840号92頁〕 |
盛岡 一夫 |
〈事件の概要〉 |
Aは,指定商品を第30類菓子,パンとする登録商標(漢字の「花粉」をゴシック体活字で縦書きにし,その右側にひらがな「かふん」を縦書きしてある。以下,「本件登録商標」という。)の商標権者である。XはAとの間で平成13年8月1日に独占的通常使用権の許諾契約を締結(使用商標は「花粉のど飴」,使用商品はキャンディー,使用期間は平成13年12月1日から2年間)し,次いで平成14年4月1日に専用使用権の設定契約を締結(同月23日設定登録,使用期間は平成16年1月26日まで)した。Xは,平成13年7月12日に指定商品30類につき「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願をし,平成14年4月24日にその出願を取り下げている。AはBに対して平成14年4月ころまでに本件登録商標の使用を許諾していた。 |
〈判 旨〉 |
(1) 本件登録商標とY標章の類否について
「Y標章においては『のど飴』ないし『のど飴2』の部分を除いた『花粉』の部分が自他商品識別機能を有する部分として,見る者の注意をひく部分というべきである。」「Y標章においては,『花粉』の部分をもって要部ということができる。」「Y標章は,本件登録商標と外観において類似し,その要部の称呼,観念が同一であるから,いずれも本件登録商標に類似するものというべきである。」 「『花粉のど飴』の語が,『花粉症に効くのど飴』ないし『花粉症対策用のど飴』を意味する一個の独立した語として一般的に使用されていたことまでは認めることができない。」「したがって,『花粉のど飴』を一体としてとらえて本件登録商標との外観,称呼,観念の類否を判断するべきであるとのYの主張は,採用できない。」 (2) Y標章は商品の効能等を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか 「Y標章(『花粉のど飴』)ないしそのうちの『花粉』部分が,『指定商品の普通名称,効能,用途等を表示する商標』(商標法26条1項2号)に当たるとするYの主張(抗弁)は,採用できない。」 (3) Xの本訴請求は権利の濫用に当たるか 「Xは,商品名として『花粉のど飴』を用いることを前提として,『Kabaya/花粉のど飴』の商標登録出願をしたが,その過程で本件登録商標の存在を知り,本件登録商標の商標権者であるAとの間でライセンス取得の交渉を行い,当初独占的通常使用権の許諾を受け,次いで専用使用権の設定を受けて,Yに対して警告書を送付し,その後,本件訴訟を提起したものである。このような経緯に照らせば,Xの本訴提起は,本件登録商標の商標権者から正当な権利を取得しての権利行使であって,権利の濫用と認めることはできない。」 (4) XがAから専用使用権の設定を受けたことは信託法11条違反に当たるか 「Aに代わってYに対する訴訟行為を行うことを主たる目的として,XがAから専用使用権の許諾を得たものであるとは到底認められない。上記によれば,XがAから専用使用権の設定を受けたことが信託法11条に違反し,無効であるとのYの主張(抗弁)も採用できない。」 (5) 独占的通常使用権者による損害賠償請求の許否 「通常使用権者は,同人の登録商標の使用に対しては商標権に基づく権利行使をしない旨の合意を商標権者又は専用使用権者(以下「商標権者等」という。)との間で得て,商標権者等に対して当該合意に基づく債権的請求権を有するものであり,独占的通常実施権者は,これに加えて他者に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意を商標権者等との間で得ているものである。」 「独占的通常使用権者は,商標権者等に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが,商標法は商標権者等に対して登録商標の専用権を保障しており(商標法25条,36条),商標権者等は,契約上独占的通常使用権者に対して当該登録商標を唯一使用し得る地位を第三者との関係でも確保すべき義務を負っているものであるから,独占的通常使用権者は,このことを通じて,当該登録商標を独占的に使用し,これを使用した商品を市場で販売することによる利益を独占的に享受し得る地位にあるものと評価することができる。 このように独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば,独占的通常実施権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても,一定の法的保護を与えるのが相当である。すなわち,独占的通常使用権者が現に商標権者等から唯一許諾を受けた者として当該登録商標を付した商品を自ら市場において販売している場合において,無権原の第三者が当該登録商品を使用した競合商品を市場において販売しているときには,独占的通常使用権者は,固有の権利として,自ら当該第三者に対して損害賠償を請求し得るものと解するのが相当である。そして,この場合,当該第三者が,独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば,独占的通常使用権者に対する関係においても,商標法39条により過失が推定されるものと解するのが相当である。 もっとも,同法38条1項ないし3項の規定は,商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有し,何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として,商標権者等の権利行使を容易ならしめるために設けられた規定であるから,独占的通常使用権者の損害についてこれらの規定を類推適用することはできない。したがって,独占的通常使用権者は,第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につき,その賠償を請求することができるにとどまるものと解するのが相当である。」 「商標権者は,前記使用商品(キャンディー)においては,本件登録商標を第三者に使用許諾しない旨が定められている(同第5条)から,Xは,本件登録商標につき,独占的通常使用権者であったと認めることができる。」 「Bは,平成14年初めころから『花粉のど飴』の標章を付したのど飴(キャンディー)を販売していたところ,Aは,Xとの間の上記使用許諾契約(第5条)に違反して,遅くとも平成14年4月までに,Bに対して,50万円の使用料で,同年8月末日まで本件登録商標の使用を許諾し(このことは,X自身が訴状15頁において自認している。)これに基づいてBは『花粉のど飴』の標章を付したのど飴(キャンディー)を市場において販売していたことが認められる。そうすると,Xは商標権者との間で本件登録商標につき独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結したものの,同契約による許諾期間において実際には本件登録商標は競業他社に対しても使用許諾され,同社により本件登録商標を付した商品が市場において販売されていたのであるから,本件においては,Xは,商標権者等から唯一許諾を受けた者として本件登録商標を付した商品を市場において販売していたということはできない。 前述のとおり,独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるにしても,それは独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるところ,本件においては,Xはこのような前提を欠くものである。したがって,このようなXが独占的通常使用権の侵害を理由として損害賠償を請求することは許されない。」 「加えて,本件においては,YがY商品を市場において販売したことにより,相当因果関係の範囲内においてXが被った損害を確定することも不可能であるから,この点からしても,Xの上記請求は理由がない。」 「『花粉』の文字を含む標章を付された多数の競合商品が,X商品及びY商品に先行して販売され,あるいは同時期に販売されていたものであり,また,これに加えて,前記のとおり本件登録商標を付したX商品が平成13年12月に初めて販売されたものであることに照らせば,本件登録商標は,それ自体として強い商品出所識別機能を有するものではなく,また,特定の商品につき長期間継続的に使用されたことを通じて市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできない。上記のような競合商品の存在及び本件登録商標の自他識別力の脆弱性に加えて,さらに,《証拠略》によれば,Y商品はX商品と同等の内容であり,かつ内容量も同じ(70g)であるにもかかわらず,小売価格においてX商品(200円)よりも25%も安い価格(150円)で販売されていたというのであるから,Y商品は小売価格が低廉であることにより消費者に好んで購入されたと推測される。 上記の各事情を総合すれば,YがY商品を市場において販売したことにより,X商品の売上に何らかの不利益な影響が生じたことが推測されるとしても,Yの行為と相当因果関係のあるものとしてXがどれだけのX商品の売上を失ったのかを確定することは到底不可能である。 上記によれば,Xが本件登録商標につき独占的通常使用権者であった期間について,独占的通常使用権の侵害を理由として損害の賠償を求める請求は,理由がない。」 (6) 専用使用権者としての差止請求及び損害賠償請求について 差止請求については,Xの専用使用権の範囲である「のど飴その他のキャンディー」にY標章を付すことの差止め等を求める限度で理由があるとし,損害賠償については商標法38条2項に基づき損害額を定めている。 |
〈評 釈〉 |
1 商標の類否は,登録阻却の場面(登録商標と類似であると判断し登録を認めない場合)及び商標権侵害訴訟の場合で問題となる。その類否の判断内容は同様であるが,侵害訴訟の場面においては,被告の使用している標章の具体的な取引の状況を勘案して判断することを要する(田村善之・商標法概説〔第2版〕126頁参照)。 最高裁は,商標の類否は同一または類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきであるとの立場をとっている(最判平成4年9月22日判時1437号139頁は,具体的な取引を判断し「大森林」と「木林森」は類似するとしている。登録阻却の場面につき最判昭和43年2月27日民集22巻2号399頁参照。学説として,渋谷達紀・商標法の理論334頁以下,網野誠・商標〔第6版〕429頁以下,工藤莞司・注解商標法〈小野昌延編〉188頁以下参照)。結合商標は,自他商品または役務の識別力を有する部分すなわち要部を抽出して類否が判断されるが,不可分一体のものとして判断される場合もある(最判平成9年3月11日民集51巻3号1055頁は,「小僧寿し」は全体が不可分一体となって「コゾウズシ」の呼称を生じるとして「小僧」と類似しないとしている。工藤莞司・実例でみる商標審査基準の解説175頁以下,平尾正樹・商標法65頁以下参照)。 本判決は,「花粉のど飴」の語が「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する一個の独立した語として一般的に使用されていたことまで認められないから,「花粉のど飴」を一体としてとらえて本件登録商標との外観,称呼,観念の類否を判断すべきであるとのYの主張は採用することができないと判断していること,また,Y標章は「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する部分として,見る者の注意をひく部分であり,これが要部であるからY標章と本件登録商標とは外観において類似し,その要部の称呼,観念が同一であるから本件登録商標に類似すると判断していることは,いずれも従来の最高裁の立場を踏襲するものであり妥当であろう。なお,研究会においては,スギ花粉症の罹患率が15〜16%であるので「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」を意味するものであると一般的に認識されていると認めてもよいのではないかとの意見もあった。 Yは,Yの標章は商品の効能,用途等を表示するものであるから,商標権の効力はこれには及ばないと主張している。しかし,「花粉のど飴」の語が「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する語として,一般的に認識され使用されているとまでは認めることができないのであるから,本判決が,Y標章が指定商品の普通名称,効能,用途等を表示する商標に当たるとするYの主張(抗弁)は採用できないと判示しているのは妥当である。 2 Yは,Xの本訴請求は権利の濫用に当たると主張している。しかし,Xの本訴提起はAから専用使用権の設定を受けての権利行使であるから,本判決が権利の濫用に当たらないとしているのは妥当である。 Yは,YがAから専用使用権の設定を受けたことが信託法11条に違反し無効であると主張している。しかし,Xは自ら「花粉のど飴」の標章を使用するためにAから専用使用権の設定を受けたのであるから,本判決が,XがAに代わってYに対する訴訟行為を行うことを主たる目的として,XがAから専用使用権の許諾を得たものとは認められないと判示しているのは妥当である。 3 通常使用権者に損害賠償請求権が認められるのであろうか。裁判例は,非独占的通常使用権者(実施権者)には損害賠償請求の行使を否定している(東京地判昭和36年11月20日下民集12巻11号2808頁,大阪地判昭和59年4月26日無体例集16巻1号271頁等)が,独占的通常使用権者(実施権者)には固有の損害賠償請求権の行使を認めている(大阪地判昭和59年12月20日無体例集16巻3号803頁等,学説・判例につき,中山信弘・注解特許法〔第3版〕上巻834頁以下,渋谷達紀・知的財産法講義(I)269頁,南川博茂・注解商標法〔小野編〕507頁以下参照)。 本判決は,一般論として,無権原の第三者が当該登録商標を使用した競合商品を市場において販売しているときに,独占的通常使用権者は,固有の権利として損害賠償を請求することができるとしている。その根拠について,独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば,独占的通常使用権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても,一定の法的保護を与えるのが相当であるとしている。 本判決は,独占的通常使用権者の有する利益を非独占的通常使用権者の有する経済上の利益(事実上の利益)と基本的には同質のものであると解し,ただ使用権を事実上専有している場合にのみ法的保護が与えられるとするものであるが,独占的通常使用権者の権利は,単なる事実上の経済的な利益にとどまらない,法律上の利益であるとの見解がある(野沢正充・判例評論546号22頁)。このように独占的通常使用権者の権利は,法律上の利益であると解してよいであろう。 独占的通常使用権の侵害についても過失の推定規定(商標39条・特103条)が類推適用されるのであろうか。類推適用を認める裁判例は,特許法の推定規定の根拠は,特許発明の存在及び内容が公示されていることにあり,それが何人の権利であるかが公示されていることにはないから,特許発明の権利者として公示されない独占的通常実施権者の法的利益の侵害行為についても類推適用すべきであるとしている(東京地判平成10年5月29日判時1663号129頁,大阪地判昭和54年2月28日無体例集11巻1号92頁,大阪高判昭和55年1月30日無体例集12巻1号33頁,青柳ヤ子・注解特許法〔第3版〕上巻〈中山編〉1138頁)。類推適用を認めない裁判例は,独占的通常実施権は意匠権者に対する債権的請求権にすぎないから,損害賠償請求権の成否は,債権侵害に関する一般原則によって決するほかはないとして,過失があったものと認めることは困難であるとしている(大阪高判昭和57年9月16日無体例集14巻3号571頁)。 本判決は,「当該第三者が,独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば,独占的通常使用権者に対する関係においても,商法39条により過失が推定される」と解している。登録商標は公示されているのであるから,新たに標章を使用する者は調査をすべきであり,その場合に重要なことは使用したいと考えている標章と同一または類似の登録商標があるのかということであって,何人の登録商標が公示されているのかということではないから,本判決のように,第三者が「認識し得る状況にあった」場合に限定して類推適用する必要はないであろう。 商標法38条1項ないし3項の規定は,独占的通常使用権の侵害の場合にも類推適用されるのであろうか。 類推適用を認める裁判例は,損害額の推定規定は侵害行為によって発生した権利者の侵害額の立証が困難であることに鑑み設けられた政策的規定であり,このことは独占的通常実施権においても変わることはないからであると述べている(前掲東京地判平成10年5月29日,前掲大阪地判昭和54年2月28日,前掲大阪高判昭和55年1月30日,仙元隆一郎・特許法講義〔第3版〕203頁以下)。 類推適用を認めない裁判例は,独占的通常実施権者のする損害賠償請求については,通常実施権を許諾されたにすぎないのであって,損害額の推定規定の適用ないし類推適用の余地はないとしている(東京高判昭和56年3月4日無体例集13巻1号271頁)。 結論として類推適用したのと同様の算定方法をとる裁判例は,完全独占的通常実施権者が特許発明に係る製品の製造販売を独占し,他にこれを製造販売していたのは侵害者のみという関係にあったから,侵害者の得た利益をもって,侵害者の行為と相当因果関係にある損害と推認するのが相当であるとし(大阪地判平成3年5月27日知的裁集23巻2号320頁),また,独占的通常実施権者が被った逸失利益の額を算定するに当たり,侵害者の販売した数量に独占的通常実施権者の利益額を乗じた額であるとしている(東京地判平成10年10月12日知的裁集30巻4号709頁)。 本判決は,商標法38条1項ないし3項の規定の類推適用を否定している。その理由として,これらの規定は,商標権者等が登録商標の使用を物権的権利として専有し,何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として,商標権者等の権利行使を容易ならしめるために設けられた規定であるからであるとしている。商標法38条1項及び2項は,商標権者または専用使用権者が商標権または専用使用権の侵害行為による損害賠償を請求する場合に,損害額を立証することが困難であるので,これを救済するために設けられたものである。逸失利益の立証が困難であることは,独占的通常使用権の侵害の場合にも同様であるから,独占的通常使用権の侵害においても商標法38条1項及び2項を類推適用してもよいであろう。 4 AがX以外のBにも本件登録商標の使用を許諾している場合に,XはYに対して損害賠償の請求をすることができるのであろうか。 本判決は,一般論として独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるのであるが,本件事案においては,AはXの独占的通常使用権の許諾契約に違反し,Bに本件登録商標の使用を許諾しており,Xは商標権者等から唯一許諾を受けた者とはいえないとして否定している。その理由として,独占的通常使用権者に損害賠償請求権を認めるのは,独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるが,本件では,Xはこのような前提を欠くものであるからであると述べている。 裁判例では,特許権者のシメチジン製剤の製造販売を独占的通常実施権者以外の6社に和解により許諾(合意の際には独占的通常実施権者の意向も反映されていると解している)していたとしても,独占的通常実施権者としての地位に何ら影響はないとして,損害賠償を認めた判決がある。その理由として,6社に製剤の製造販売を許容した結果,「独占的通常実施権者としての地位に変動が生じるとするならば,先行する特許権侵害者と特許権者ないし独占的通常実施権者との和解によって,後行侵害者は何ら独占的通常実施権者からの損害賠償請求を受けないという不合理な結果を放置することになり,独占的通常実施権者の不利益の下で不誠実な者の利益を擁護する結果となる」と述べている(前掲東京地判平成10年10月12日)。 学説では,専用実施権者が第三者に通常実施権を許諾したとしても専用実施権であることに変わりはないことに照らせば(特77条4項),第三者に通常実施権が許諾されるとしても,それが独占的通常実施権者の同意を要するものとされている場合には,無断で他人に通常実施権を許諾されることがないという限りにおいて,なお当該独占的通常実施権者の独占性は法的保護に値する利益と評価しうるとの見解がある(田村善之・特許判例ガイド〔第2版〕(増井和夫=田村善之編)412頁以下,田村・前掲書410頁以下)。 独占的通常使用権者には,商標権者から使用許諾を受けた第三者が存在するか否かにかかわりなく,商標権を侵害する第三者に対して一定の請求をなしうる場合があり,他に使用許諾を受けた者が存在することは,独占的通常使用権者の権利行使を否定する積極的な理由とはならないと解する見解がある(野沢・前掲22頁)。 商標権者から独占的通常使用権者以外の者に登録商標の使用が許諾されている場合でも(商標権者が独占的通常使用権者の同意を得ている場合が多いと思われる),独占的通常使用権者は当該登録商標を独占的に使用する権利を有するものとして,侵害者に対して損害賠償の請求を認めてもよいのではないかと解する。 独占的通常使用権者のほかに商標権者から登録商標の使用許諾を受けた者がいるとの理由で,侵害者に対する独占的使用権者からの損害賠償の請求を否定することは,独占的通常使用権者の不利益の下で侵害者を不当に擁護することになるのではないか。商標掲載公報によって,どのような商標が登録されているかは知ることができるのであるから,登録商標を使用したい者は,商標権者から使用の許諾を受けるべきであり,許諾を得ないで使用している者には,損害賠償の責任を負わせるべきである。 複数の侵害者がいる場合に,そのうちの一部の者が和解によって使用許諾されたことを理由に,残りの侵害者が損害賠償の責任を免れるというのは不合理である。商標権を侵害している者は,もともと商標権者から損害賠償を請求される立場にあるのであるから,独占的通常使用権者から請求されても,損害賠償をすることについては変わりがないのであり,不当に害されることにはならない。 専用使用権者は,商標権者の承諾を得た場合に,他人に通常使用権を許諾することが認められており(商標30条4項・特77条4項),この場合に損害賠償請求が否定されていないことを考えると,独占的通常使用権者のほかに登録商標の使用を許諾されている者がいる場合でも,独占的通常使用権者は侵害者に対して損害賠償を請求することができると解する。 本判決が,Xの専用使用権者であった期間の損害賠償について,商標法38条2項により損害額を算定していること(本件登録商標が強い商品出所識別機能を有するものではなく,市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものでないこと等を考慮している)及び差止請求について,のど飴その他のキャンディーにY標章を付すことの差止め等を認めていることは妥当である。 |