発明 Vol.101 2004-10
判例評釈
競走馬の所有者は,当該競走馬の名称を無断で利用したゲームソフトを製
作,販売した業者に対し,その名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値
を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)の侵害を理
由として当該ゲームソフトの製作,販売等の差止め及び損害賠償を請求す
ることはできないとした事例 −ギャロップレーサー事件−
〔最判平成16.2.13平成13年(受)第866号,867号・最高裁HP〕
諏訪野 大
〈事実の概要〉

 XないしX22(以下「Xら」という。)は,トウカイテイオーやオグリキャップなど本件において名称の使用が問題となっている競走馬(以下「本件各競走馬」という。)のうちいずれかを所有し,又は所有していた者である。
 Yは,ゲームソフトの製造販売を業とする株式会社である。Yは,Xらの承諾を得ないで,本件各競走馬の名称を使用したゲームソフトである「ギャロップレーサー」及びその続編である「ギャロップレーサーII」(以下「本件各ゲームソフト」という。)を製作した。本件各ゲームソフトは,プレイヤーが騎手となり,登録されている競走馬の中から選択した馬に騎乗し,実際の競馬場を再現した画面においてレースを展開するものである。ギャロップレーサーIIには2人が対戦して遊ぶことができる機能が付加されている。
 本件各ゲームソフトには「家庭用」と「業務用」がある。「家庭用」とは,家庭用テレビゲーム機で遊ぶためのゲームソフトであり,「業務用」とは,ゲームセンターなどに設置して,不特定多数の人が遊ぶことを予定するゲーム機用のゲームソフトである。なお,ギャロップレーサーIIについては,「家庭用」に発売されたゲームソフトを一定期間後に低価格で販売するものであって,家庭用と同一内容である「ベスト版」も存在する。
 本件各ゲームソフトに登録されている競走馬の名称は,ほとんどが実在の競走馬の名称であり,レース名および競馬場も実在のものである。本件各競走馬については,ギャロップレーサーの家庭用に33頭,同業務用に14頭,ギャロップレーサーIIの家庭用及びベスト版に19頭,同業務用に19頭の名称が使用されている。また,本件各ゲームソフトにおいて使用されている本件各競走馬を含めた馬の頭数は,ギャロップレーサーの家庭用が1079頭,同業務用が211頭,ギャロップレーサーIIの家庭用及びベスト版が1305頭,同業務用が299頭である。
 本件各ゲームソフトのうち,ギャロップレーサーの家庭用のパッケージの裏面には「実在の競走馬が1000頭以上も登場」との記載があり,そのパンフレットには「騎乗可能な馬は1000頭以上。この中にはトウカイテイオー・・・・・・といった名馬たちはもちろん」との記載があるが,トウカイテイオー以外には,本件各競走馬の名称が,本件各ゲームソフトの宣伝広告等に使用された形跡はない。
 Yはギャロップレーサーの家庭用を単価5800円で平成8年9月27日から,同業務用も単価19万8000円で同日から,ギャロップレーサーIIの家庭用を単価5800円で平成9年11月20日から,同業務用を単価21万8000円で平成9年9月29日から,同ベスト版を単価2800円で平成10年7月27日から販売を開始した。平成10年11月26日までにギャロップレーサーの家庭用は25万6800枚,同業務用は2142台,ギャロップレーサーIIの家庭用は26万200枚,同業務用は3369台,同ベスト版は2万2000枚が販売された。
 Xらは,本件各競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)を有することを理由として,Yに対し,YがXらの承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記財産的権利を侵害したと主張,本件各ゲームソフトの製作,販売,貸渡し等の差止め及び不法行為による損害賠償を求め提訴した。
 第1審(名古屋地判平成12.1.19判夕1070号233頁)は,競走馬の名称等には,著名人の名称等が有するのと同様の顧客吸引力を有するものがあり,従来のパブリシティ権には含まれないが,競走馬の所有者は,競走馬の名称等が有する経済的価値(無体的価値)を独占的に支配する無体財産権(物のパブリシティ権)を有するものと解すべきであって,顧客吸引力を有する競走馬の名称等を第三者がその所有者に無断で使用するなどして物のパブリシティ権を侵害した場合には,不法行為が成立し,損害賠償請求権が発生するとしたうえで,本件各競走馬のうち,中央競馬のいわゆるGIレースに出走した競走馬35頭についてその名称に顧客吸引力があると認め,これらの競走馬を所有し,又は所有していたXらのうち20名の損害賠償請求を認容した。ただし,現段階においては,物のパブリシティ権は経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると,差止請求は認められないと判示した。
 Xら,Yが互いに控訴。
 原審(名古屋高判平成13年3月8日判夕1071号294頁)も物のパブリシティ権についてほぼ同様の判断を示したが,本件各競走馬のうち,GIレースを優勝した競走馬19頭についてのみ,その名称に顧客吸引力があると認め,これらの競走馬を所有し,又は所有していたXらのうち14名の損害賠償請求を認容した。
 Xら,Yが互いに上告。


〈判 旨〉

 原判決中のY敗訴部分を破棄。同部分につき,第1審判決を取り消したうえ,同部分に関する14名のXらの請求を棄却し,Xらの上告棄却。
 「Xらは,本件各競走馬を所有し,又は所有していた者であるが,競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1号1頁参照)。本件においては,前記事実関係によれば,Yは,本件各ゲームソフトを製作,販売したにとどまり,本件各競走馬の有体物としての面に対するXらの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないことは明らかであるから,Yの上記製作,販売行為は,Xらの本件各競走馬に対する所有権を侵害するものではないというべきである。」
 「現行法上,物の名称の使用など,物の無体物としての面の利用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。
 上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。」
 「競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で行われることがあり得るのであり,上記のような契約締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。」

〈評 釈〉

 結論賛成。理論構成の一部に疑問。
一 本件は,本件各競走馬を所有し,又は所有していたXらが,本件各競走馬の名称が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)を有することを理由に,Yに対し,YがXらの承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記「物のパブリシティ権」を侵害したと主張し,本件各ゲームソフトの製作,販売,貸渡し等の差止め及び不法行為による損害賠償を請求した事案である。最高裁が,いわゆる物のパブリシティ権について初めて判断を示した重要な判決である。
 従来,パブリシティ権とは,有名人の氏名・肖像等が経済的価値を持つものとして情報伝達手段に用いられるとき,それをパブリシティ価値とよび,この価値をコントロールすべく想定される権利(阿部浩二「パブリシティの権利と不当利得」谷口知平=甲斐道太郎編『新版注釈民法(18)債権(9)』564頁),あるいは著名人がその氏名,肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(以下「パブリシティ価値」という。)を排他的に支配する権利(東京高判平成11年2月24日判例集未搭載「キングクリムゾン事件」)であると一般的に解されている。わが国において,パブリシティ権を明文で規定した実定法はないが,芸能人やスポーツ選手の氏名・肖像が無断で商業使用されたことが問題となった裁判例が少なくなく(東京地判昭和51年6月29日判時817号23頁「マーク・レスター事件」,東京地決昭和53年10月2日判夕372号97頁「王選手800号記念メダル事件」,東京高判平成3年9月26日判時1400号3頁「おニャン子クラブ事件」,東京地判平成12年2月29日判夕1028号232頁「中田英寿事件」,前掲「キングクリムゾン事件」控訴審判決など),それらの裁判例を通して人の氏名・肖像に関するパブリシティ権の存在は認められているといえる。ただし,そのパブリシティ権の法的性質については争いがあり,財産権とする説(前掲「キングクリムゾン事件」控訴審判決),人格権であるとする説(渡辺修「人格メルクマールの利用権−人格権の一元的構成に関する覚書き−」法学60巻6号286頁),両者の折衷的なものとする説(内藤篤=田代貞之『パブリシティ権概説』18頁)が対立している。
 しかしながら,本事件においては,そのような法的性質に関する対立は意味をなさない。今回,問題となっているのは,競走馬の名称であり,競走馬は自然人ではありえず,そこに人格的利益を見いだすことは絶対にあり得ないからである(パブリシティ権については人に限定すべきであって,物については認めるべきではないとする見解として,内藤=田代・前掲116頁以下,金井重彦=パブリシティ権問題研究会『パブリシティ権−判例と実務−』20頁)。
 競走馬の名称がパブリシティ価値を有するとしても,パブリシティ権自体が実定法上に明文の根拠を有するものでない以上,損害賠償責任について問題となるのは民法709条であり,その要件を満たすかどうかが焦点である。その一方で,差止請求に関しては,商標法や不正競争防止法のように明文で規定されているか,あるいは物権的請求権のように当然のものとして認められている場合以外には,たとえ民法709条の要件を満たしたような場合にも必ず認められるものではないことが通常である。この意味で,立法論であればともかく,「物のパブリシティ権」というものが存在しているとの前提で議論を進めることには躊躇を覚えざるを得ない。事実,本判決において最高裁が自身の判断を述べている部分については,「物のパブリシティ権」はおろか「パブリシティ権」という言葉さえ一切用いていないことには注意すべきであろう。
二 本判決が不法行為の成立と差止請求を認めなかった理由のそれぞれについて,以下,検討を加える。
 まず,本判決は,本件各競走馬の名称の使用がそれらの競走馬を所有し,又は所有していた者の所有権侵害となるかについて判断している。
 この点につき本判決は,「競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1号1頁参照)。」と顔真卿事件の最高裁判決を引きながら,所有権の侵害を否定した。民法は「所有者ハ法令ノ制限内ニ於テ自由ニ其所有物ノ使用,収益及ヒ処分ヲ為ス権利ヲ有ス」(民法206条)とし,「本法ニ於テ物トハ有体物ヲ謂フ」(民法85条)のであって,競走馬の名称は無体物であることから,所有権の客体になり得ず,したがって競走馬の名称の使用は,たとえそれが所有者に無断でなされたとしても,所有権の侵害とはならない。逆に,所有権に基づいて,所有物の名称を排他的に支配できるとするならば,商標法や不正競争防止法の存在価値が皆無になるのであって,到底是認できるものではない。よって,判旨に賛成する。
 この点,下級審において,「物のパブリシティ権」を認めたものであるとして挙げられる判決がある(東京地判昭和52.3.17判時868号64頁「広告用ガス気球事件」,高知地判昭和59.10.29判夕559号291頁「長尾鶏事件」,神戸地伊丹支判平成3.11.28判時1412号136頁「クルーザー事件」)。顧客吸引を目的とする広告用ガス気球の影像の利用は所有権の使用収益権能に含まれ,影像の無断利用自体が違法性を有するという判断をした「広告用ガス気球事件」は,顔真卿事件最高裁判決以前のものであり,同最高裁判決が出たことにより否定されたと解される。一方,「長尾鶏事件」と「クルーザー事件」は,顔真卿事件の最高裁判決後のものであるが,両者とも「広告用ガス気球事件」とは異なり,長尾鶏やクルーザーの影像の利用自体が不法行為となるかどうかを問題にしたものではないことに注意すべきである。「長尾鶏事件」は被告が原告に対してなした前訴が不当なものであって,そのことによって被ったとされる財産的及び精神的損害の賠償を求めて提起されたものであり,他方「クルーザー事件」は原告経営によるホテルのシンボルとして使用していたクルーザーの写真を,クルーザー等の輸入・販売会社である被告が販売広告用に無断で雑誌に掲載されたため,「クルーザーが売りに出ている,ホテルも経営悪化で売りに出される」等の噂が広がり,原告の営業上の信用,名誉が著しく侵害されたとして損害賠償を求めて提起されたものである。つまり,両判決が述べている所有物の影像を無断で利用することが“所有者の権利”(「所有権」ではない。)の侵害になるという判断はそれぞれの損害賠償請求認定の前提問題であって,その前提問題を判断している判決理由中の判断自体には既判力がない(民事訴訟法114条1項参照)。この意味で,「長尾鶏事件」と「クルーザー事件」は,競走馬の名称の無断使用自体が不法行為を構成するかどうかが争われた今回の最高裁判決の事案と同一平面上にないと解される。
三 次に,本判決は現行知的財産法制度の趣旨からの判断を行っている。すなわち,「物の無体物としての面の利用に関しては,・・・・・・知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。」と述べる。無体物はその無体性ゆえ民法上の占有を観念できず,無体物自体やそれを客体とする権利の及ぶ範囲や限界を明確にしなければ,多数の間でいたずらに争いが起こるばかりであり,明確性の要求は知的財産権の性質からくるものであると解される。よって,判旨は妥当であり,賛成する。
 さらに,左記のような知的財産法制度の趣旨に鑑みて本判決は,《1》「競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく」,《2》「また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。」と述べたうえで,続いて「したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。」と判断した。《1》と《2》とを合わせて差止めと不法行為成立の否定理由であるようにも見えるが,《1》が差止め否定の理由であり,《2》が不法行為不成立の理由であると解される。《2》が不法行為不成立の理由であることは明らかであるため,差止め否定の理由は《1》に求めざるを得ないからである(少なくとも《1》が差止め否定に重きを置いた記述であることは疑いないと思われる。)。
 差止めを否定するにあたって本判決が理由とするのは,法令等の根拠もなく排他的な使用権等を認めることは相当ではないということである。明文により規定がなされている場合以外にも差止請求が認められる場合があることは周知のとおりである。物権的請求権や人格権に基づく差止請求権は明文の根拠がなくとも所有権や人格権がその排他性を有することから認められており,大正10年制定の各旧工業所有権法も差止請求権の規定を有しなかったにもかかわらず,やはりそれぞれの工業所有権の排他性により差止請求が認められていた。このように,排他性の有無は明文の規定がない場合でも差止めが認められる重要な基準である。本判決の述べる「法令等」の「等」はそのことも含まれると解される。
 競走馬の所有者がその所有者であるということのみでその競走馬の名称を排他的に使用できる権利が法令に明文で認められているものでないことは明らかである。この意味で,排他性の有無が焦点となるが,とくに今回の事件は競馬という特殊な事業と関連することと相まって,排他性は認められないとの結論に至る。
 競馬事業は,刑法上,賭博に関する罪(刑法185条,186条)に該当するが,競馬法(昭和23年法律158号)により違法性が阻却されているため,行われることが可能となっているものである(競馬法1条)。したがって,日本中央競馬会(Japan Racing Association,JRA)所属競走馬の取扱いは,法的効力はないが同会の定める「日本中央競馬会競馬施行規定」(以下,単に「規定」という。)により実質上,決定されている。この規定は,JRAの競馬の施行,馬主,馬及び服色の登録,調教師及び騎手の免許並びに入場料について定めることを目的とし(規定1条),JRAの開催する競馬に関係する者は,この規定を知らないことを理由としてその適用を免れることができない(規定2条)。競走馬の名称登録については,登録が拒絶される場合が列挙されている。有名な馬の名称もしくは馬名と同じである馬名又はこれらと紛らわしい馬名(規定17条1項),父母の名称もしくは馬名と同じである馬名又はこれらと紛らわしい馬名(同条2項),既に競走馬登録又は地方馬登録を受けている馬の馬名や競走馬登録又は地方馬登録を抹消された馬の馬名であって,当該登録を抹消された日の属する年の翌年の1月1日から4年を経過しない馬名と同じである馬名又はこれらと紛らわしい馬名等(同条3項),奇きょうな馬名(同条4項)明らかに営利のための広告宣伝を目的として会社名,商品名等と同じである名称を附したと認められ,かつ,競走馬の馬名としてふさわしくない馬名(同条5項)などが登録を拒絶される馬名である。
 例えば,GIレースを4勝し2002年・2003年と2年連続で年度代表馬に選ばれたシンボリクリスエス号の名称は,規定17条1項により,たとえその所有者といえども,今後,競走馬名として登録することができない。さらに,同条2項により,その産駒には「シンボリクリスエス」と名付けられない。また,同条3項によれば,下級条件馬であっても,登録抹消の翌年の元日から4年を経過するまでは同じ名称を登録できず,期間経過後はその所有者が登録することもできるが,その一方でその所有者以外の者がその名称を登録することも妨げない。
 このように,競走馬の名称は,競馬主催者であるJRAの一括管理下に置かれている。名称が有する顧客吸引力を排他的に支配しようとするならば,結局,その名称自体の排他的使用権を認めなければならないが,所有者には上記のような競走馬の名称の本来的な使用形態にさえ排他的な使用が認められていないのであり,法の明文規定に基づく権利が存するならば格別,競走馬の名称から派生する顧客吸引力を排他的に支配できるとは到底いうことはできない。したがって,Xらに差止請求権を認めないとした判旨に賛成する。
 他方,競走馬の名称の無断使用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないとの判断が示された。
 しかし,保護規定は立法化されていないが財産的価値のあるものの保護について,不法行為が大きな役割を果たしてきたことは周知のとおりである(代表的なものとして,大判大正14.11.28民集4巻670頁「大学湯事件」,東京高判平成3.12.17知裁集23巻3号808頁「木目化粧紙事件」)。この意味で,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっていないという点を強調しすぎると,これまで示されてきた不法行為規定の有する柔軟性を損なうおそれがあるのではないだろうか。
 ただし,そのように解するとしても,不法行為が成立しないとする判旨の結論には賛成する。競走馬の名称に顧客吸引力があるとしても,その顧客吸引力は本件ゲームソフトの購入者に対して向けられるものであるが,本件各競走馬の名称がそのゲームソフト自体の購買を喚起するかという疑問がある。本件各競走馬のうち,本件ゲームソフトのパッケージに記されているのはトウカイテイオーのみであり,他は実際のゲームをプレイしない限り目に触れない。顧客吸引力が本件ゲームソフトの購入に影響を与えるものであるとするならば,購入者に対する影響はその購入時点までのものが主となる。この意味で,本件ゲームソフトについて顧客吸引力たり得るのは,本件各競走馬の名称が有するとされる顧客吸引力ではないと解される。
四 さらに,本判決は慣習法の存否という面からの判断を行っている。前述のとおり,知的財産法制度からの判断を行っている中で「法令等」という言葉が用いられている。「法令等」の「等」が示す範囲の限界は明らかではないが,慣習法が含まれることは疑いのないところであり(法例2条。なお,民法92条),また,そのことを意識したからこそ「法令等」という言葉が用いられたと思われる。この点,本判決は「競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で行われることがあり得るのであり,上記のような契約締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。」との判断を示した。
 契約内容が競走馬の名称等の使用料支払であるとしても,その締結に際しては排他的使用権の存在を前提とする必要はなく,当事者の意思の合致が存すればよい。加えて,その契約の効力は当事者にのみ及ぶことが原則である。つまり,そのような契約締結実例が存在するということは,当該契約が契約自由の原則に基づいてなされたことを意味するにすぎず,競走馬の名称の排他的使用権が存在するという慣習法をただちに導くものではない。よって,判旨に賛成する。
五 ところで,Xらは,やはり競馬を題材とする別のゲーム(ダービースタリオン)を製作した会社に対しても,「パブリシティ権」の侵害に当たるとしてゲームソフトの製作等の差止め及び不法行為に基づく損害賠償を求めて訴訟を提起した(以下,「ダービースタリオン事件」という。)。第1審(東京地判平成13.8.27判夕1071号283頁)及び控訴審(東京高判平成14.9.12判時1809号140頁)において敗訴し,最高裁においても上告を棄却され(判例集未搭載。日本経済新聞平成16.2.14朝刊39頁),Xらの敗訴が確定している。
 ダービースタリオン事件第1審判決は,まずXらの主張に係る「物の顧客吸引力などの経済的価値を排他的に支配する財産的権利」の存在を肯定することはできないと判断した。その理由は,《1》排他的な権利を認めるためには,実定法の根拠(人格権など明文がないものも含む。)が必要であるが,Xらが主張する「物の経済的価値を排他的に支配する権利」を,従来から排他的権利として認められている所有権や人格権の作用を拡張的に理解することによって,根拠付けることは到底できないこと,《2》上記のとおり,排他的な権利を認めるためには,実定法の根拠が必要であるが,知的財産権制度を設けた現行法全体の制度趣旨に照らし,知的財産権法の保護が及ばない範囲については,排他的権利の存在を認めることはできず,また,「物の経済的な価値を排他的に支配する」利益を尊重する社会的な慣行が長い間続くことによって,これが慣習法にまで高められれば,明文上の根拠がなくとも,排他的権利の存在が認められるとの見解に立ったとしても,Xらが主張する排他的権利を肯定することは到底できないことを挙げた。
 さらに,損害賠償請求権に関する付加的判断を行い,Xらの主張に係る「物の経済的価値を排他的に支配する財産的権利」の存在を肯定することはできないから,Xらの損害賠償の請求も理由がないとした。そのうえで,本件各競走馬の名称等は,プレイヤーが,本件各ゲームソフトを使用して,プレイをする段階でゲーム中の要素として現れるにすぎず,Yは,本件各ゲームソフトを販売するにあたって,特定の競走馬に対する関心,好意又は憧憬に訴えて,顧客の購買意欲を高めようとしたことはなく,また,特定の競走馬に関連する宣伝広告をしたことはないこと,他方,Xらの中には,Y以外の競馬ゲームソフトを製作,販売するメーカー数社に対し,それぞれの有する競走馬の肖像,名称等の使用を許諾し,ゲームの販売額や使用する馬の数に応じて使用料の支払いを受けた者がいるが,Xらが,その所有する競走馬の顧客吸引力等を利用して,格別の営業活動を行っていた形跡はなく,このように排他的利用権を有しない領域においても,当事者間において使用許諾契約が交わされる例は世上あり得るが,その目的は,究極的には,紛争をあらかじめ回避したり,より詳細な情報を得るためのものと解されるとして不法行為に当たらないと判示した。
 一方,同控訴審判決は,第1審判決を引用したうえで,パブリシティ権は人格権に根ざすものであるとして物には認められないということを強調する点を付加している。
 本稿の対象であるギャロップレーサー事件最高裁判決は,前述のとおり,競走馬の名称の使用が所有権侵害にならないと判断し,知的財産法制の趣旨から競走馬の名称の排他的使用を認めず,さらに競走馬の名称等の使用料の支払いを内容とする契約が締結された実例があるとしても,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできないとして,Xらの主張を認めなかったが,これらの判断は,パブリシティ権が人格権に根ざすものであるという点を強調するダービースタリオン事件控訴審判決よりも,同事件第1審判決とほぼ同じ立場を採用したように思われる。


(すわの おおき:近畿大学法学部講師)