判例評釈 |
建築の著作物における著作物性 −積水ハウス事件− |
大阪地裁平成15年10月30日第21民事部判決(判例タイムズ1146号267頁) 平成14年(ワ)第1989号著作権侵害差止等請求事件(第1事件) 平成14年(ワ)第6312号著作権侵害差止等請求事件(第2事件) |
三浦 正広 |
〈事実の概要〉 |
〔第1事件〕
原告X(積水ハウス株式会社)は,その開発に係る高性能コンクリート壁材「ダインコンクリート」を採用した高級注文住宅「グルニエ・ダイン」を企画開発し,同シリーズ中の郊外住宅地対応モデルである「グルニエ・ダインJX」の設計を行ない,「グルニエ・ダインJX」シリーズ中の住宅として,平成10年4月25日から,「大屋根インナーバルコニータイプ」の高級注文住宅(以下「X建物」,後掲〔資料1〕参照)をXの工場で建築し,販売を開始した。Xは,全国の住宅展示場にX建物を建築して展示し,また「グルニエ・ダインJX」のカタログにX建物の写真を掲載した。「グルニエ・ダインJX」を含むグルニエ・ダインシリーズは,平成10年10月,通商産業省選定の平成10年度グッドデザイン賞を受賞している。 被告Y(株式会社サンワホーム)は,モデルハウス(以下「Y建物」,後掲〔資料1〕参照)を建築し,平成11年8月以降,全国の展示場において展示している。Yは,Y建物の玄関側を撮影した写真を掲載した「百年耐久・檜の家」または「百年耐久住宅・檜の国」なる名称のパンフレットや新聞広告を作成し,全国の展示場の来訪者や新聞購読者などにこれらを配布していた。 X建物は,建築家の芸術的個性と才能が発揮されて創作されたことが明らかであり,建築上の審美的創作性が認められる建築物であるから,著作権法10条1項5号にいう建築の著作物に該当し,Y建物はX建物を複製または翻案したものであるとして,X建物の著作権者であるXは,Yに対し,著作権法112条1項および2項にもとづくY建物の建築等の差止め,およびY建物の玄関側写真の掲載されたパンフレットの廃棄,民法709条にもとづく損害賠償,また,Y建物はX建物の商品形態を模倣したものである(不正競争防止法2条1項3号)として,Yに対し,不正競争防止法4条にもとづく損害賠償を請求した。 〔第2事件〕 Xは,Xが販売している木造住宅「シャーウッド」(木造軸組)シリーズの最高級品「エム・グラヴィス ベルサ」の建物をX工場で写真撮影し(後掲〔資料2〕「X写真《1》」参照),その写真をコンピュータ・グラフィックス(CG)出力処理した写真(後掲〔資料2〕「X写真《2》」参照,以下「X写真」という)を作成した。平成13年4月1日から「エム・グラヴィス ベルサ」の販売が開始され,そのカタログにはX写真が掲載されている。 Yは,Y写真(後掲〔資料2〕「Y写真」参照)を掲載した「木曽檜の家 お客様の家見学会」と題するチラシ(本件チラシ)を作成し,平成14年3月23日,同月24日に長野県松本市内の松本女鳥羽会場(完成現場),松本県会場(構造現場)で開催される見学会に来訪させるため,松本市内で発行された少なくとも5万部の新聞に本件チラシを折り込んで配布し,さらに,平成14年6月22日,Y写真を掲載した「木曽檜の家 大工さんのいる構造完成見学会」と題する新聞広告を地方紙(発行部数6万6400部)に掲載した。 Xは,Y写真はX写真を複製または翻案したものであるとして,X写真の著作権者であるXは,Yに対し,著作権法112条1項および2項にもとづき,Y写真の印刷,複写およびY写真を掲載した印刷物の配布の差止め,およびY写真のデータ等の廃棄を請求するとともに,民法709条にもとづく損害賠償を請求した。 |
〈判 旨〉 |
〔第1事件〕
請求棄却 (1)X建物の著作物性 「著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は,同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして,美的な表現における創作性を有するものであることを要することは当然である。したがって,通常のありふれた建築物は,著作権法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。一般住宅の場合でも,その全体構成や屋根,柱,壁,窓,玄関等及びこれらの配置関係等において,実用性や機能性のみならず,美的要素も加味された上で,設計,建築されるのが通常であるが,一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に,その程度のいかんを問わず,『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは,同法2条1項1号の規定に照らして,広きに失し,社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは,一般人をして,一般住宅において通常加味される程度の美的要素を超えて,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性を備えた場合,すなわち,いわゆる建築芸術といい得るような創作性を備えた場合であると解するのが相当である。 ・・・・・・X建物は,和風建築において人気のある,その意味では日本人に和風建築の美を感じさせるということができる,切妻屋根,陰影を造る深い軒,全体的な水平ラインといった要素や,インナーバルコニー,テラス,自然石の小端積み風の壁といった洋風建築の要素を,試行錯誤を経て配置,構成されていると認められるから,実用性や機能性のみならず,美的な面でそれなりの創作性を有する建築物となっていることは否定できない。また,X建物は,建築会社であるX内において,専門的な知識,経験を有する複数の者が関与して,試行錯誤を経て外観のデザインが決定されたものであり,その意味で,知的活動の成果であることも疑いないところである。 しかしながら,現代において,和風の一般住宅を建築する場合,上記のような種々の要素が,設計・建築途上での試行錯誤を経て,配置・構成されるであろうことは,容易に想像される。本件のように,建築会社がシリーズとして企画し,モデルハウスによって,一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築する場合,当該モデルハウスの建築物が,一般人をして,一般住宅が備える程度の美的な創作性を感得させることはあっても,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得させ,美術性や芸術性を認識させることは,一般的に,極めてまれなことといわざるを得ない。 X建物は,・・・・・・通常の一般住宅が備える美的要素を超える美的な創作性を有し,建築芸術といえるような美術性,芸術性を有するとはいえないから,著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない」。 「グッドデザイン賞の選定に当たっては,美しさ,新規性,独自性など,審美性,芸術性に関連する要素が考慮されることは否定し得ず,また,従来の建築様式との対比の点において,X建物のデザインに,純然たる和風建築でも洋風建築でもない独自の要素があることが認められる。しかし,他方で,一般に,グッドデザイン賞の選定に当たっては,単に外観の美しさだけではなく,工業製品としての機能や,同じ外観の製品の大量生産が可能か否かという工業製品の生産性に関わる事項(「再現性」等)も相当程度考慮されていることが認められる。特に上記のグッドデザイン賞イヤーブック,ウェブサイトコピーの記載によれば,本件受賞の大きな理由として,多様な敷地条件やライフスタイルに適応した設計が可能なシステム商品であるという機能面が強調されており,美感に関しては,商品概要の欄に『オーソドックスな屋根型シルエット』という抽象的な指摘があるにとどまる。 また,本件のグッドデザイン賞の受賞は,JXだけではなく,UX,NEOという異なった形態の住宅を包含するグルニエダインシリーズに与えられたものであり,これらのシリーズ中の各形式の住宅の形態は,外壁や屋根の色,屋根の傾斜など,共通した点があるものの,建物の形態としては,基本的な部分が大きく異なるといえるものも含まれており,このことからも,本件受賞は,機能面が極めて重視されていることが推認される。 したがって,グッドデザイン賞の受賞から,X建物に美術性,芸術性が具備されていると認めることはできない」。 「2階の屋根の交わる部分の下に,下屋に囲まれたインナーバルコニーがある例,2階のインナーバルコニーに袖壁がある例,和風住宅にインナーバルコニーがある例は,従前から通常の住宅建築に存在したことが認められ,また,インナーバルコニーの存在が建物の外観において重要な要素を占めている例が少なくないことが認められ,従前の住宅建築においても,インナーバルコニーの大きさ,位置,上屋屋根及び下屋屋根との関係等が,全体のデザインの中で適正に位置付けられるように設計されていたものと推認される。そうであるとすれば,X建物のインナーバルコニーと全く同じインナーバルコニーが従前存在しなかったとしても,X建物のインナーバルコニーは,従前から存在した通常の住宅建築のインナーバルコニーの延長上にあるものと認められ,その存在によってX建物に美術性,芸術性があることを根拠付けるものではないというべきである」。 「棟から大きく葺き下ろされた切妻型の屋根,深い軒,複合した屋根により作り出される奥行き,陶器瓦の屋根,直線的なけらばのデザイン,モノトーンに近い色使い,壁構造の開口部,開口部周りの厚みを感じさせる処理,表面に凹凸のあるプレキャストコンクリートを使用していること,屋根の傾斜とともに建物全体において水平方向の安定性が強調されていること,軒下に柱を立てて奥行きを作り出していること,2階にインナーバルコニーを設けて軒下に変化を与えていることなどは,従来の住宅建築において普通に見られたデザインや処理であり,従来の住宅建築においても,これらを含む様々な要素を組み合わせ,デザインが完成されてきたことが認められる。そして,従来の住宅建築においても,バランスを考慮して,これらの要素を見栄えよく配置するためのデザインには意が払われてきたものである。X建物におけるこれらの要素の組合せ方は,それと全く同じものが過去に存在しなかったとしても,従前の住宅建築に比して特段変わったものということはできず,むしろ,過去の通常の住宅建築の延長上にあるものというべきである。また,西洋的なものと和風のものを統合したという点についても,・・・・・・我が国の最近の住宅建築においては,純粋に和風又は洋風の建築はむしろ少なく,両者の様式を折衷しているものが少なくないことが認められるから,その点を考慮しても,X建物に美術性,芸術性があるものとは認めることができない」。 「X建物の設計に当たって,建物内部の部屋の配置を整え,住宅としての機能を確保した上で見栄えの良いモデルを作り出すために複雑なプロセスを経ており,その過程で,屋根,壁,窓,バルコニーなど様々な構成要素の適正な配置を決めるために,バランスやシルエットなどが考慮されていることが推認される。 しかし,・・・・・・完成したX建物を既存の通常の住宅建築と比較した場合,X建物にそれらとは異なって美術性,芸術性が備わっているものとは認められないから,X建物の設計において上記のような考慮がされているとしても,その故に,X建物に美術性,芸術性が備えられていると認めることはできない。 ・・・・・・以上によれば,X建物は著作権法上の『建築の著作物』とはいえない」。 (2) Y建物はX建物という商品の形態を模倣したものといえるか 「不正競争防止法2条1項3号は,他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為を不正競争とするものであるところ,ここにいう『商品の形態』とは,流通に置かれる当該商品全体の形態を指すものと解すべきである。もちろん,商品の中には,外観上の一部に商品の形態の特徴の全部があり,他の部分は商品の形態の特徴上意味を持たないようなものもあり得るが,居住用の建物に関しては,玄関側の外観のみの特徴をもって建物全体の特徴であるとし,正面外観を『模倣』の判断基準とすることはできない」。 「Y商品がX商品の商品形態を模倣したか否かの判断に当たっては,玄関側(正面)の外観だけではなく,それ以外の部分の外観も考慮に入れて,全体として形態の同一性を判断すべきである。そして,X建物とY建物を,玄関側(正面)以外の面で対比すると,各面の外観に現れる屋根と壁面の形状,屋根の大きさ,窓の個数・配置・大きさ等において,顕著に相違しており,少なくとも,玄関側以外の外観上は,X建物とY建物の形態が同一ないし実質的に同一といえるほどに酷似しているとはいえないことが明らかである」。 「X建物とY建物のそれぞれの玄関側(正面)の外観は,次のような点で異なっている。 《1》 X建物においては,下屋屋根が建物の左端から建物全体の約4分の3に至るまで続いているのに対し,Y建物は,下屋屋根が建物の左端から建物全体の約3分の2程度までに止まっている。このため,X建物では水平基調が強調されることになるが,Y建物ではそれほどでもない。 《2》 X建物においては,正面右側に地面近くから大屋根付近まで破風勾配サッシがあり,また中央やや右側の1階と2階に1か所ずつ窓があり,しかも1階の窓よりも2階の窓の方が幅が狭い。これに対し,Y建物は,正面右側に地面近くから大屋根付近まで破風サッシがあるほか,その右側1階に更に長方形の窓が配置されており,また,中央やや右側の1階には玄関が,2階には窓が配置され,1階の玄関よりも2階の窓の方が幅が広い。このため,X建物は縦のラインが強調されるが,Y建物ではそれほどでもない。 《3》 X建物では,左側1階が中央部より後退しており,その分下屋屋根の軒が深く,かつテラスが配置されることになる。これに対し,Y建物では,左側1階が,右側や中央玄関位置よりやや突出しており,下屋屋根の軒がさほど深くなく,テラスも配置されていない。また,この結果,X建物では軒の作る陰影美が認められるが,Y建物ではそのような陰影美を認めることはできない。 このように,X建物とY建物の玄関側(正面)外観は,下屋屋根のスペース,窓の配置や大きさ,玄関の位置,壁面の出入りの具合い,軒の深さ,テラスの有無等の違いがあり,印象も異なったものとなっている」。 「したがって,X建物とY建物とは,それぞれの玄関側(正面)の外観においても,実質的に同一といえるほどに酷似しているとはいえない。 ・・・・・・以上のとおり,X建物とY建物は,その外観において相違があり,形態が同一ないし実質的に同一であるとはいえないから,Y建物がX建物を模倣した商品であると認めることはできない」。 〔第2事件〕 一部認容(損害賠償40万円/100万円,差止請求認容) 「Xは,撮影に際し,上記『エム・グラヴィスベルサ』のキャッチフレーズに沿い,しかもXのイメージを損なわず,かつ顧客誘引力あるものとなるよう,構図や光線の照射方法を選択,決定し,調整した上で,撮影した。ただし,撮影された写真は,工場内で建築された状態の建物そのものを被写体としていたため,地面がむき出しとなっている,建築材が置いてある,別の建物も写っているなど,未だカタログに掲載できるような写真とはなっていなかった。そこで,Xは,これを更にカタログ等に掲載するにふさわしいように,かつ上記キャッチフレーズに沿うように,不要なものを消去し,玄関先,バルコニー,テラスなどに樹木等を配し,建物周辺にも敷石や樹木等を配するなどのCG出力処理を施した。その結果がX写真である」。 「X写真は,被写体の選定,撮影の構図,配置,光線の照射方法,撮影後の処理等において創作性があるものと認められ,Xの思想又は感情を創作的に表現したものとして,著作物性を有するものというべきである」。 「X写真とY写真の比較において,次のようにいうことができる。 (ア)X写真とY写真は,どちらも被写体となる建物を,正面左側の位置から,正面と左側面一部が写るように撮影されている。 (イ)X写真とY写真の被写体となっている建物は,次のような共通点を有する。 a 建物正面左側には2階に寄棟造り様の屋根が,右側には2階に寄棟造り様の屋根と1階に正面に葺き下ろす屋根が存在する。 建物正面から見て左側は,右側よりも突出しており,1階は高さのある大きな2連窓が配置され,2階は1階よりやや前方に出た位置に2階の高さの約3分の2程度の高さの4連窓が配置されている。 建物正面から見て右側は,左側よりやや後退し,中央寄り1階に玄関が,2階には更に奥まったところにインナーバルコニーが配置されている。また右寄りは1階部のみが存在し,比較的幅が広く,高さのある大きな窓が配置されている。 X写真とY写真をスキャニングし,原寸でOHPフィルムにて出力したものを重ね併せると,上記寄棟造り様の屋根,建物右側の葺き下ろしの屋根,建物左側1階部分の窓,2階部分の窓,建物右側の玄関,奥まったインナーバルコニー,右端の1階部及びその窓がほぼ一致する。 b 建物左側面には,1階部分に屋根はなく,2階と1階にそれぞれ窓が配置されている。X写真の建物には,1階に突出した部分とその上の2階部分にバルコニーがあるが,Y写真の建物にはそのような突出部分やバルコニーはない。しかし,X写真とY写真のOHPフィルムを重ね併せると,突出部分とバルコニーを除いて,建物正面と建物左側面との接線の位置,正面側の1,2の窓の配置及び大きさなどが,ほぼ一致する。 c 屋根は平坦で,色は濃茶色である。壁は,褐色で,直方体が積み上げられたような外観を呈している。 上記のような共通点により,X写真とY写真の各被写体の建物は,建物の形状,屋根,壁面,窓,玄関,バルコニー等の配置,色彩等を含め,全体として極めてよく似た外観として表示されている」。 「以上からすれば,Y写真はX写真に依拠してX写真を複製して作成されたものであると認められる」。 |
〈評 釈〉 |
1.本判決の位置づけおよび争点
本件は2つの事件で構成されているが,第1事件においては,建築の著作物の著作物性および不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」の意味について,第2事件においては,建築の写真の複製権および翻案権侵害が争点となっている。 建築の著作物について争われた本判決は,居住用の一般住宅における著作物性について裁判所の判断が示された初めての判決であるといえよう。ただ,設計図にもとづいて建築されていた一般住宅について,著作権侵害を理由に建築差止めの仮処分が申請された,いわゆるシノブ設計事件において,福島地方裁判所が,当該一般住宅には建築芸術と認められるほどの文化的精神性があると評価することはできないとして,一般住宅における建築の著作物の著作物性を否定する決定を下した事例が1件あるにすぎない1。 そもそも著作権法によって保護される建築の著作物とはどのようなものか。元来,建築が著作物として保護を受けるための要件として,美術性あるいは芸術性が必要とされており,単なる一般住宅は著作権法による保護の対象となる建築とはいえないというのが著作権法解釈における支配的見解である。前記福島地裁の決定も本判決も,この支配的見解に遵ったものであるということができる。しかし,そうであるならば著作権法10条1項4号の「美術の著作物」に含めて考えればよいということになり,建築の著作物を美術の著作物とは別個にあえて独立して例示する必要性はないともいえるわけである。 本件の論点として,不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」の意味,建築物の写真の著作物性などの論点も含まれているが,紙数の都合上,建築の著作物における著作物性に関する点を中心に,建築を著作物として著作権法によって保護することの意義,それぞれの時代や社会における建築や住宅の果たす役割や文化性,さらに,他の著作物における著作物性の判断基準との比較などの観点から,建築の著作物における著作物性について考察したい。 2.建築著作物の著作物性 (1) 建築の著作物における著作物性 著作権法は建築を著作物として例示し,これを保護している(著作権法10条1項5号)。しかし,すべての建築が著作物として保護されるわけではなく,美術性あるいは芸術性を有する建築にのみ著作物性が認められ,著作権法による保護の対象となると解されている。この解釈は,建築を著作物として保護しているベルヌ条約2条の立法趣旨に由来するものであり,わが国の現行著作権法の解釈においても,著作物性を有する建築の著作物として保護されるためには,一般の居住用住宅のように,どこにでも見られるようなありふれた建築物ではなく,「宮殿・凱旋門などの歴史的建築物に代表されるような知的活動によって創作された建築芸術と評価できるようなもの2」でなければならないと解するのが,立法趣旨を尊重した支配的な見解であるといえるが,果たして「建築芸術」といわれる建築とはどのようなものか解釈が分かれるところである。歴史的な建築物でなければ建築芸術とはいえないのか,あるいは,建築芸術として美術性や芸術性が認められなければ著作物として保護されないのかなど,著作物性の要件である「創作性」との関連においても疑問は多い。 著作権法は,美術の著作物を,保護を受ける著作物として例示しているのであるから(著作権法10条1項4号),建築の著作物の場合もその保護要件として美術性あるいは芸術性が必要であるとするのであれば,建築の著作物をあえて別個に例示する必要性はなく,建築を美術の著作物として保護すれば足りる。解釈の方法として,建築の著作物を著作物として例示した以上は,立法の経緯や趣旨とはかけ離れて,美術の著作物とはまったく別個の類型であると解釈される可能性があることも否定できない。 また,わが国の著作権法は,「応用美術」を著作物として保護していないが,ベルヌ条約は,純粋美術だけではなく,応用美術も著作物として保護している(ベルヌ条約2条)。すなわち,単に一品制作の美術工芸品のような美術的な創作を著作物として保護しているだけでなく,大量生産されるような機能性を具えたものであっても著作物として保護していると解することができる。 このような美術の著作物と応用美術の著作物の関係から考えると,著作権法による保護を,宮殿や凱旋門のような歴史的建築物などに限定する必要はなく,一般の居住用住宅のように,機能性を具え,数多く建築されるような場合であっても,建築家の知的活動の成果として創作性が認められるのであれば,著作物性を認めてよい場合があるといえよう。 (2) 著作権法における建築の著作物の保護の経緯 建築の著作物の例示について,わが国の現行著作権法の根拠となっているベルヌ条約2条も,「建築」を著作物として例示し,著作権法による保護を受けることを規定しているにすぎないが,この「建築の著作物」が保護を受ける著作物として例示されたのは,1908(明治41)年のベルリン改正規定においてである。建築が保護を受ける著作物として新たに追加されることになったのは,フランスの提案によるものであり,その理由としてはベルサイユ宮殿や凱旋門などの歴史的建築物を模倣建築から防ぐことを目的としたものであった3。わが国においても,文明開化の明治時代には西洋建築を模倣した建築物が数多く建築されている例が見られる4。 このようなベルヌ条約における建築の著作物の保護に関する立法経緯を踏まえて立法された現行著作権法における解釈においても,「建物がたっただけでは著作物とはいわない,建築の著作物たり得るためには,単に生活便宜のために構造がよくできているとか,あるいは見てくれがいいからということではなくて,建築家の文化的精神性が見る人に感得されるようなものでなくてはならないという発想」がある5。 (3) 学 説 学説は,建築の著作物が著作権法によって保護されるようになった経緯を踏まえ,美術性あるいは芸術性を具えたものでなければ建築の著作物として保護を受けられないとする厳格な解釈をとる伝統的な見解と,建築の著作物において必要とされる美術の著作物性を緩和し,一般住宅のような建築であっても広く美術の範囲に含まれるものと判断されるのであれば建築の著作物に含まれると解する見解とがあるように思われる。 前者の学説を代表する阿部浩二教授は,「あくまで美術の著作物としての建築の著作物でなければならない。ということは,歴史的な意味からも,また裁判上もそれは承認されてきているということであります」6と述べ,ベルヌ条約やわが現行著作権法の制定経緯や,後に紹介する,建築の著作物における著作物性が争われた唯一の裁判例であると思われる「シノブ設計事件」決定7を根拠としている8。 本判決は,立法経緯を前提としたこの伝統的な学説およびそれらを踏まえたシノブ設計事件に関する決定にしたがったものであるということができる。 一方,後者の学説を代表する半田正夫教授は,建築の著作物が,美術の著作物とは別個に例示されていることを柔軟に解し,創作性や著作物性の判断における他の著作物とのバランスを考慮し,次のように述べている。「通常のありふれたビルとか一般住宅は通常,著作物として保護されないが,かといって芸術性の高い寺院とか公会堂だけが保護されるというように限定的に解すべきではなく,一般住宅においてもそれが社会通念上美術の範囲に属すると認められる場合には,建築著作物に含めて差し支えない」9。 同じく斉藤博教授も,「個人の居住を目的としたものであろうと,行政機関の庁舎としての使用を目的としたものであろうと,美の創作的な表現物に該るときは建築の著作物となる」と述べている10。 (4) 裁判例 すでに紹介したように,建築の著作物の著作物性をめぐる裁判例であるシノブ設計事件の事実概要および福島地方裁判所の決定要旨は次のとおりである。 Y2(建築事務所)の紹介により,Y1から鉄筋コンクリート造の住宅建築の設計を依頼された建築士X(「シノブ設計」)は,基本計画の立案,基本設計の作業を行ない,現地調査や関係者との打ち合わせを経て,実施設計をし,設計図書(本件設計図)を完成した。その後,Y1はXに対し,建築を取りやめる旨を通知したうえ,Xの催促にもかかわらず設計料を支払わなかった。Y1は,従来からの経緯を熟知しているY2に住宅建築を依頼し,Y2が作成した設計図に沿って本件建物を建築中であった。そこで,Xは,著作権法112条1項にもとづき著作権侵害の停止,すなわち建築の差止めを求める仮処分を申請したという事案である。 この著作権法112条1項にもとづく著作権侵害の停止を求める仮処分申請に対し,福島地裁は,次のように理由を述べて,仮処分申請を却下した。 「『建築の著作物』とは(現に存在する建築物又は)設計図に表現されている観念的な建物自体をいうのであり,そしてそれは単に建築物であるばかりでなく,いわゆる建築芸術と見られるものでなければならない」。 「『建築芸術』と言えるか否かを判断するにあたっては,使い勝手のよさ等の実用性,機能性などではなく,もっぱら,その文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべき」である。 Xが設計した「観念的な建物は一般人をして,設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず,いまだ一般住宅の域を出ず,建築芸術に高められているものとは評価できない」。 このシノブ設計事件に関する福島地裁の決定は,基本的に,加戸守行『著作権法逐条講義』11が述べていることをそのまま採用しているようである。すなわち,《1》建築の著作物は,単なる建築物ではなく,いわゆる建築芸術といわれるものでなければならない,《2》建築家や設計者の文化的精神性を感得できるようなものでなければならない,という趣旨のことを述べている。 本判決も,建築の著作物の意義については,加戸守行『著作権法逐条講義』やシノブ設計事件に関する福島地裁決定と同様に理解しているということがいえる。 (5) 建築の著作物における創作性,美術性,芸術性,「文化的精神性」 たしかに,「建築の著作物」保護の歴史的な解釈からすると,ありふれた建築には著作物性は認められず,美術性や芸術性を具えた建築でなければ著作物として保護されないということになる。 しかし,そもそも著作権法上の著作物の定義(2条1項1号)では,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定されており,創作性とは異なる美術性や「文化的精神性」なる要件は必要とされていない。少なくとも高度な美術性という要件は必要ないと考える。なぜ建築の著作物についてだけ,このような不明確な要件が必要であるのかについては何の説明もなされていない。創作性があればよいにもかかわらず,建築の著作物の著作物性の判断基準について美術性,芸術性や「文化的精神性」を要求することは,ほかの著作物の著作物性の判断基準と比較してもバランスがとれず,理論的整合性を見つけるのは困難である。そのような高度の創作性を保護要件とすることによって,著作物としての保護範囲が狭くなってしまい,模倣建築を助長する結果となり,文化の発展への寄与ということにもならない。むしろ長い目で見ると,文化の発展にとってはマイナスの色彩が強いと思われる。 仮に「文化的精神性」というものが必要であるとしても,建築物には歴史的なその時代や気候条件などのその土地や地域に見合った文化的精神性が反映されている。ヨーロッパの専制君主の時代における宮殿や凱旋門のような歴史的建築物を前提として,建築芸術や建築家の文化的精神性を論ずることは,法律の解釈として妥当とはいえない。現代の社会において積極的に評価されうる建築物の芸術性,建築家の文化的精神性を考慮すべきであろう。 本判決は,「一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に,その程度のいかんを問わず,『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは,同法2条1項1号の規定に照らして,広きに失し,社会一般における住宅建築の実情にもそぐわない」と述べているが,たとえば,わが国の場合でも,日本の家は木と紙でできているといわれた戦前の住宅と,戦後の復興期に建築された住宅とでは大きく異なるし,さらに,昭和30年代,40年代の高度経済成長期における建築ラッシュの頃の住宅事情と,いま現在の住宅事情とでは大きな違いがあり,単純に比較することはできない。現行著作権法は,高度経済成長期の真っ只中に制定されたものであり,当時の社会状況とはかなりズレがあるのではないかと思われる。そのような現代において,当時の法案起草段階における解釈をそのまま適用することは,社会の実態を踏まえたものとはいえない。 また,本判決は,「当該モデルハウスの建築物が,一般人をして,一般住宅が備える程度の美的な創作性を感得させることはあっても,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得させ,美術性や芸術性を認識させることは,一般的に,極めてまれなことといわざるを得ない」などと述べているが,決してそんなことはなく,むしろ著作権法が要求していない「文化的精神性」などという要件を考慮する必要はまったくなく,「一般住宅が備える程度の美的な創作性」があれば,建築の著作物として十分に保護に値しうるものであると解するのが妥当であろう。 衣・食・住といわれるように,「住」に関する建築は,人間がもっとも基本的な文化的生活を営むうえで必要不可欠なもののひとつであり,また,「建築物を著作物として保護する趣旨は,建築物によって保護される美的形象を模倣建築による盗用から保護することにある」12と考えると,建築の著作物を「建築芸術」に限定するのではなく,実用建築であっても建築物の外観において,その時代に見合った,判決がいうところの「一般住宅が備える程度の美的な創作性」が感得されるならば,著作物として保護すべきであると考える。 3.複製権および翻案権侵害−類似性と依拠性 本件において,Xは,X建物に関するXの複製権または翻案権を侵害するものであると主張しているが,裁判所は,その前提であるX建物の著作物性についてのみ判断し,複製権または翻案権侵害の判断基準であるいわゆる同一性ないし類似性の要件および依拠性の要件についてはまったく言及していない。 本判決は,類似性の要件について吟味するにあたり,パロディ写真事件における最高裁判決を引用し13,複製あるいは翻案とは,「既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり,ここに類似性のあるものとは,『既存の著作物の,著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分』についての表現が共通し,その結果として,当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものであるということになる」と述べる。 かつて最高裁は,音楽著作物における複製権侵害が争われたワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件判決において,「著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから,既存の著作物と同一性のある作品が作成されても,それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは,その複製をしたことにはあたらず,著作権侵害の問題を生ずる余地はない」14と判示し,複製権侵害の判断基準として,いわゆる「依拠性」の要件を提示した15。その後,この依拠性の要件は,複製権侵害事例のみならず,著作物の類似性が争われる翻案権侵害事例においても準用されるようになる16。 本件における「YがX建物の存在を了知していたことは認めるが,Y建物はX建物に依拠したものではない」というYの主張は,最高裁が,ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件判決において示した「依拠」という言葉の意味とは異なる意味で使用している。すなわち,最高裁は,既存の著作物に触れたり,接したりする機会があったという意味において「依拠」という表現を使っているが,本件YはX建物の存在を了知していたが,依拠したものではないと述べている。最高裁が提示した依拠性の要件の解釈からすると,Yは明らかにX建物に「依拠」したということになろう17。 なお,本件Xは,Y建物がX建物を複製または翻案したものであると主張して,複製権または翻案権の侵害を差止請求の根拠としているが,建築の著作物については,著作権法46条2号により,「建築の著作物を建築により複製し,又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる,こととなっているので,たとえX建物に著作物性が認定されたとしても,翻案権侵害の問題が生じる余地はない。 4.不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」 Xは,Y建物はX建物の商品形態(不正競争防止法2条1項3号)を模倣したものであるとして,Yに対し,不正競争防止法4条にもとづく損害賠償を請求している。ここでは,Y建物がX建物という商品の形態を模倣したものといえるかが争点となっている。 本判決は,「『商品の形態』とは,流通に置かれる当該商品全体の形態を指すものと解すべきである」との立場から,建物については,建物の一部が特徴的であってもその特徴だけで判断するのではなく,建物全体の外観上の形態について判断すべきであるとしたうえで,本件X建物とY建物を比較し,結果的に,X建物とY建物とでは,《1》屋根の長さ,形,《2》窓の数,大きさ,《3》テラスの有無において異なっている,という結論にいたり,「X建物とY建物は,その外観において相違があり,形態が同一ないし実質的に同一であるとはいえないから,Y建物がX建物を模倣した商品であると認めることはできない」と判示した。 住宅会社が販売する居住用住宅が商品であることはまちがいないが,不正競争防止法2条1項3号が想定している「商品」に該当するか否かはそもそも疑問である。ここでの「商品」は,規定の文言から解釈しても明らかに動産であり,不動産商品である建物に本条項を適用し,「商品全体の形態」を動産商品と同じ尺度で比較するのは必ずしも合理的な解釈とはいえないものと思われる。 5.建築の写真の複製権または翻案権侵害について 本件第2事件においては,Xが販売している木造住宅「シャーウッド」シリーズの最高級品「エム・グラヴィス ベルサ」のカタログに掲載された建物の写真(X写真,後掲〔資料2〕参照)が,Yにより複製または翻案されて,Yが販売する住宅の広告チラシや新聞広告にその写真が利用されたとして(Y写真,後掲〔資料2〕参照),XがYに対し,著作権法112条1項および2項にもとづくY写真の差止め,および民法709条にもとづく損害賠償を請求している。 X写真の被写体は,Xが販売している建物であり,X写真はX工場において撮影され,建物販売開始の際のカタログに掲載されたものである。Xは,複製権侵害または翻案権侵害を主張したのに対し,その反論のなかで,Yは,X写真とY写真の同一性を否定するにあたり,Y写真がX写真を複製または翻案したものではないという主張だけでなく,X写真の著作物性についても争っている。すなわち,写真の著作物であるためには,単なるカメラの機械的な作用にのみ依存することなく,被写体の選定,写真の構図や光量の調整に工夫を凝らし,撮影者の個性が写真に表れている場合にのみ創作性が認められるものであるが,X写真は,被写体選定の余地がなく,また,構図,光量の調整についても,撮影者の個性を発揮する余地がないなどと主張して,X写真の著作物性を否定する主張を行なっている。 このYによるX写真の著作物性に関する主張は,X写真が著作権法の保護対象となる著作物ではないから複製または翻案によって利用したとしても著作権侵害の問題は生じないという趣旨であろうか。事実認定の問題であるが,Yの主張には説得力が乏しいといわざるをえない。結局のところ,「Y写真がX写真に依拠してX写真を複製して作成されたものである」として,Xの差止請求を認容し,損害賠償請求を一部認容した本判決の判断は妥当ということになると思われる。 |
福島地決平成3年4月9日〔シノブ設計事件〕知的裁集23巻1号228頁。そのほか,建物,庭園および庭園の構成要素としての彫刻を一体として「建築の著作物」であると認定した事例がある(東京地決平成15年6月11日〔イサム・ノグチ事件〕判時1840号106頁)。 |
|
加戸守行『著作権法逐条講義(四訂新版)』121頁(社団法人著作権情報センター,2003年)。 |
|
阿部浩二「建築の著作物をめぐる諸問題について」(講演録)コピライト2000年3月号(467号)5頁,8頁(社団法人著作権情報センター)。 |
|
阿部浩二・前掲(註3)8頁参照。 |
|
加戸守行・前掲書(註2)121頁。 |
|
阿部浩二・前掲(註3)16頁参照。 |
|
福島地決平成3年4月9日・前掲(註1)。 |
|
加戸守行・前掲書(註2)121頁も同旨である。 |
|
半田正夫『著作権法概説(第11版)』89頁(法学書院,2003年)。 |
|
斉藤 博『著作権法(第2版)』87頁(有斐閣,2004年)。 |
|
加戸守行・前掲書(註2)121頁参照。 |
|
半田正夫・前掲書(註9)89頁。 |
|
最判昭和55年3月28日〔パロディ写真事件〕民集34巻3号244頁,判時967号45頁。 |
|
最判昭和53年9月7日〔ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件〕民集32巻6号1145頁。さらに,判決は「既存の著作物に接する機会がなく,従って,その存在,内容を知らなかった者は,これを知らなかったことにつき過失があると否とにかかわらず,既存の著作物に依拠した作品を再製するに由ないものであるから,既存の著作物と同一性のある作品を作成しても,これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない」と判示している。 その後の下級審判決においても,これら最高裁判決の考え方が踏襲されている。たとえば,比較的新しい東京高判平成12年9月19日〔舞台装置デザイン事件〕判時1745号128頁も,「著作権法によって著作権者に専有権の与えられている複製あるいは翻案(以下,これらをまとめて「複製・翻案」という。)とはどういうものであるかを具体的にいうと,既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり,ここに類似性のあるものとは,『既存の著作物の,著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分』についての表現が共通し,その結果として,当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものであるということになる(最高裁判所昭和55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁参照)」と判示している。 |
|
これらの裁判例を受けて,依拠性の判断基準をより具体的に例示する文献も見受けられる。たとえば西田美昭裁判官は,依拠の認定に関する間接事実として,以下の要件を掲げている。《1》「被疑著作物の作成者が作成当時,被害著作物の内容を知っていたこと」《2》「被疑著作物の作成者が作成当時から見てさらに過去に,被害著作物の内容を知っていたこと」《3》「被疑著作物の作成者が作成当時又はそれより前に,被害著作物に接する機会があったこと」《4》「被害著作物が,少なくともその分野で著名又は周知であることあるいはその分野の著作者が参照するのが通常であること」《5》「被疑著作物が,被害著作物を利用せずに作成されたとは考えられないほどの共通の内容,表現があること」《6》「被疑著作物の作成者が被疑著作物を独自に創作することが時間的,予算的,能力的に困難であったこと」《7》「被疑著作物が被害著作物の公表よりも先に作成されていたなど,被疑著作物の作成者が,被疑著作物の作成時までに被害著作物に接する機会のなかったこと」。 |
|
最判昭和55年3月28日〔パロディ写真事件〕民集34巻3号244頁,判時967号45頁。 |
|
もっとも,本判決ではX建物の著作物性そのものが否定されているので,依拠性の要件に関する議論はここでは意味がない。 |