判例評釈 |
原告作製のデータベースを被告が複製したことは 著作権侵害には当たらないが不法行為に当たるとした 中間判決に続けて,損害額を認定し,被告請求の 虚偽事実の告知等の差止め請求については棄却した事例 |
〔東京地裁平成13.5.25中間判決・判例時報1774号132頁 東京地裁平成14.3.28判決・判例時報1793号132頁〕 |
牧野 和夫 |
<事実の概要> |
1.原告は,コンピュータ,オフィスオートメーション機器及び通信機器の販売及び賃貸並びにコンピュータのソフトウェアの開発,販売及び賃貸等を業とする株式会社である。被告は,ビデオ機器,コンピュータの販売,ビデオ機器のレンタル,リース及び修理並びにビデオソフト・コンピュータソフトの企画,編集,製作,販売,レンタル及びリース等を業とする株式会社である。
2.原告は,昭和61年,自動車整備業用システムである「スーパーフロントマン」(「原告システム」)を開発した。原告システムは,自動車整備業者において,見積書,作業指示書,納品書等の作成が容易にできるほか,顧客や車両等に関する入力データをデータベース化し,顧客管理やダイレクトメールの発送等に活用できるように構成されたものであるが,日本国内において実在する四輪自動車に関する一定の情報を収録したデータベースである「諸元マスター」を構成要素としている。原告は,平成6年ころ,諸元マスターの平成6年度版(「本件データベース」)を作成し,同年6月ころ,その販売を開始した。 3.被告は,昭和61年3月ころから,自動車整備業用システムである「トムキャット」(「被告システム」)を製造販売している。被告システムは,自動車整備業者において,見積書,作業指示書等の作成が容易にできるほか,顧客や車両に関する入力データをデータベース化し,顧客管理等に活用できるように構成されたものであり,実在の自動車に関する一定の情報を収録したデータベース(「被告データベース」)がその構成要素となっている。 4.本件データベースは,自動車整備業用システムにおいて使用されるもので,自動車整備業を営む者に対し,実在の自動車に関する情報を提供する目的で原告により作成されたものである。原告は,昭和57年6月発刊の年製別型式早見表及び平成元年7月12日付けから平成6年2月10日付けまでの官報に掲載された,国産又は国内の自動車メーカーの海外子会社によって日本国内販売向けに海外で製造された四輪自動車について,車検証,自動車諸元表,各自動車メーカーが発行しているカタログ,社団法人日本自動車整備振興会連合会発行のサービスデータなどの資料によって実在の自動車であるか否かの検証をし,実在の自動車であると判断したものに限って,本件データベースに収録した。また,本件データベースには,以上の実在の自動車に加え,他業者による無断複製を検知するためのダミーデータ及び各型式指定番号に属する自動車の代表データとして類別区分番号が「000」である架空の自動車(以下,「代表データ」という。)が収録されている。さらに,本件データベースのデータ項目は,対象自動車に関するすべての情報を網羅したものではなく,主に,自動車検査証の作成を支援する目的で,以下の情報のみを収録している。すなわち,a 型式指定番号,b 類別区分番号,c メーカー,d 車種,e 型式,f 種別,g 用途,h 車体形状,i 寸法(長さ・幅・高さ),j 軸重(FF,FR),k 定員,l 最大積載量,m 車両重量,n 車両総重量,o エンジン(原動機)形式,p 総排気量,q 燃料である。また,本件データベースには,型式指定−類別区分番号1398−039から9542−012まで12万3407件の車両データ(代表データを除くと11万9039件)が収録され,その中には,他業者による複製を検知するためのダミーデータが9件含まれていた。 5.被告は,平成7年1月ころまでには,本件データベースを複製したものを組み込んだデータベースを鏑木自動車に販売した。被告は,平成9年10月28日に鏑木自動車に,平成8年11月6日に富士モータースに,同月8日に大谷自動車に,それぞれ被告データベースを無料で納入した。被告は,原告主張のとおり,上記のとおり鏑木自動車に販売した平成7年1月から,上記のとおり富士モータースや大谷自動車に無料で納入した直前である平成8年10月までの間において,本件データベースを複製したものを組み込んだデータベースを含む被告システムを販売していたものと認められる。 6.本件は,甲事件として,原告が,「被告は,本件データベースを複製しているところ,この複製は,本件データベースの著作権を侵害するか又は不法行為を構成する。」と主張して,被告システムの製造等の差止め及び損害賠償を求めた事案であり,他方で,乙事件として,被告が,「原告が被告の取引先等に虚偽事実を告知した。」と主張し,原告に対して虚偽事実の告知等の差止めを求めた事案である。 |
<争点> |
本事件の争点は,(1)本件データベースの著作物性,(2)被告が本件データベースないしその車両データを複製したかどうか,(3)被告が本件データベースの車両データを複製したことが不法行為に当たるかどうか,(4)原告の損害及び(5)原告が被告の取引先等に虚偽事実を告知したかどうかの5点である。
[東京地裁平成13.5.25中間判決] 争点(1)(本件データベースの著作物性)について 1.対象となる自動車の選択における創作性について 以下の理由により,本件データベースは,対象自動車の選択に関してデータベースの著作物として創作性を有するとは認められないと判示した。すなわち,本件データベースは,原告が,日本国内に実在する国産又は国内の自動車メーカーの海外子会社によって日本国内販売向けに海外で製造された四輪自動車であると判断した自動車のデータ並びにダミーデータ及び代表データを収録したものであると認められるが,実在の自動車を選択した点については,国内の自動車整備業者向けに製造販売される自動車のデータベースにおいて,通常されるべき選択であって,本件データベースに特有のものとは認められないから,情報の選択に創作性があるとは認められない。原告は,本件データベースは,原告によるデータソースの評価や実在の自動車か否かの判断が反映されている点で,自動車の選択に創作性を有すると主張するが,実在の自動車か否かの検証に一定の評価や判断が伴うことは,実在の自動車か否かを確認するための情報の収集過程において一定の知的作業を要するというにとどまり,情報の選択の創作性を基礎付けるものではない。また,ダミーデータ及び代表データを収録している点は,原告が作出した架空データを収録したことにすぎないから,それが情報の選択の創作性を基礎付けることはない。 2.自動車に関するデータ項目の選択における創作性について 以下の理由により,本件データベースは,自動車データ項目の選択に関してデータベースの著作物として創作性を有するとは認められないと判示した。すなわち,《1》本件データベースで収録している情報項目は,自動車検査証に記載する必要のある項目と自動車の車種であるが,自動車整備業者用のシステムに用いられる自動車車検証の作成を支援するデータベースにおいて,これらのデータ項目は通常選択されるべき項目であると認められ,実際に,他業者のデータベースにおいてもこれらのデータ項目が選択されていることからすると,本件データベースが,データ項目の選択につき創作性を有するとは認められない。《2》本件データベースの一部の自動車のメーカーについて,「ダットサン」を「日産」と表示するなど,車検証上の車名と異なる名称を用いたり,車種について,「カリーナED」を「カリーナ」と表示するなど,自動車諸元表や年製別型式早見表といった書籍で用いられている名称とは異なる名称を用いていることが認められるが,これは,すでに選択された車両の情報について,その車名や車種の名称として独自の名称を用いているというにすぎないから,情報の選択の創作性を基礎付けるものではない。《3》原告は,上記データ項目の一部に原告独自のコード番号が付されている点で創作的な特徴を有すると主張する。本件データベースには,前記データ項目のうち一部の項目は,原告が独自に付けたコード番号で収録され,このコード番号は,各コード番号に対応する文字情報を収録したファイルと関連付けられていることが認められるが,このコード番号は,すでに選択された情報に付された番号にすぎないから,情報の選択の創作性を基礎付けるものではない。《4》原告は,各数値データが,参照した資料に記載された数値そのものではなく,原告によって検証されたデータである点において創作的な特徴を有すると主張するが,各データについて,正確な数値を収録しているからといって,それが,データの選択についての創作性を基礎付けるものではない。 3.本件データベースの体系的構成における創作性について 本件データベースは,型式指定−類別区分番号の古い自動車から順に,自動車のデータ項目を別紙「データ項目の分類及びその属性等」のとおりの順序で並べたものであって,それ以上に何らの分類もされていないこと,他の業者の車両データベースにおいても,型式指定−類別区分番号の古い順に並べた構成を採用していることが認められるから,本件データベースの体系的な構成に創作性があるとは認められないと判示した。 争点(2)(被告が本件データベースないしその車両データを複製したかどうか)について 被告が,本件データベースのデータを上記件数分複製して,これを被告データベースに組み込み,顧客に販売していたことは,以下の事実から明らかであると判示した。すなわち,《1》被告が鏑木自動車や大谷自動車に販売した被告データベースについては,本件データベースの車両データのうち,約6万件が一致し,被告が富士モータースに販売した被告データベースは,本件データベースの車両データのうち,10万件以上が一致すること,《2》被告が鏑木自動車,大谷自動車,富士モータースに納入したいずれの被告データベースにおいても,本件データベースに収録されたダミーデータが,それぞれの収録範囲においてすべて含まれており,また,これらのデータベースには,本件データベースにおける誤入力や,本件データベースが独自に使用している車名や車種の名称がそのまま用いられていること,《3》被告が,本件訴訟係属後にこれらの被告データベースをいずれも無料で更新したこと,《4》原告は,この3社以外の被告システムのデータベースにおいても,本件データベースのダミーデータ等を発見していること,である。 争点(3)(被告が本件データベースの車両データを複製したことが不法行為に当たるかどうか)について 1.不法行為成立要件の一般論について 不法行為成立要件の一般論について,以下のとおり判示した。すなわち,民法709条にいう不法行為の成立要件としての権利侵害は,必ずしも厳密な法律上の具体的権利の侵害であることを要せず,法的保護に値する利益の侵害をもって足りるというべきである。そして,人が費用や労力をかけて情報を収集,整理することで,データベースを作成し,そのデータベースを製造販売することで営業活動を行っている場合において,そのデータベースのデータを複製して作成したデータベースを,その者の販売地域と競合する地域において販売する行為は,公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において,著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するものとして,不法行為を構成する場合があるというべきである。 2.本件への適用について 以下の事実によると,被告が本件データベースのデータを被告データベースに組み込んだうえ,販売した行為は,取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を甚だしく逸脱し,法的保護に値する原告の営業活動を侵害するものとして不法行為を構成するというべきであり,被告は,原告に対し,上記不法行為により原告が被った損害を賠償する責任を免れないと判示した。 《1》本件データベースは,自動車整備業を営む者に対し,実在の自動車に関する情報を提供する目的で,官報,年製別型式早見表,車検証等の種々の資料をもとに,原告が実在の自動車と判断した自動車のデータを収録したものであるが,実在の自動車のデータの収集及び管理には多大な費用や労力を要し,原告は,本件データベースの開発に5億円以上,維持管理に年間4000万円もの費用を支出していることが認められる。《2》また,原告と被告は,共に自動車整備業用システムを開発し,これを全国的に販売していたことが認められるから,自動車整備業用システムの販売につき競業関係にあり,実際に,富士モータースにおいて,従前は原告システムを導入していたものの,その後,被告システムに変更したことが認められる。《3》また,被告は,本件データベースの相当多数のデータをそのまま複製し,これを被告の車両データベースに組み込み,顧客に販売していた。 [東京地裁平成14.3.28判決] 争点(4)(原告の損害)について 1.被告が本件データベースを複製したものを組み込んだデータベースを含む被告システムを販売した期間 被告は,原告主張のとおり,上記のとおり鏑木自動車に販売した平成7年1月から,上記のとおり富士モータースや大谷自動車に無料で納入した直前である平成8年10月までの間において,本件データベースを複製したものを組み込んだデータベースを含む被告システムを販売していたものと認められると判示した。 2.原告のマーケットシェアによる逸失利益の算定 原告のマーケットシェアによる逸失利益については,以下の理由によりその存在を否定した。すなわち,顧客は,どのような自動車整備業用システムを購入するかを,自動車に関する情報を収録したデータベースのみならず,ソフトウェアの機能,ハードウェアの仕様,営業担当者の対応やアフターサービスの良し悪し等のいろいろな事情を総合して決することが認められるから,被告が本件データベースを複製したデータベースを含む被告システムを販売していなかったならば,原告のマーケットシェアに相当する数のユーザーについては,原告が原告システムを販売することができたとは認められない。さらに,原告が原告システムと被告システムが競合した事例を調査したところ,平成6年4月から平成8年5月10日まで(25.3カ月)の間において219件あり,このうち,被告システムが受注した件数は67件であった。これを,平成7年1月から平成8年10月までの22カ月に換算すると,58件となる。これに対し,原告が主張するマーケットシェアに基づく原告システムが販売できなかった数は,平成7年1月から平成8年10月までの22カ月の被告システムの販売台数527.48台にマーケットシェア37.1パーセントを乗じた約195台となり,大きな違いがある。このことは,原告のマーケットシェアに基づいて,原告が原告システムを販売することができなかった数を算定することが適切でないことを示している。 3.原告システムと被告システムとの実際の競合件数による逸失利益の算定 原告システムと被告システムとの実際の競合件数による逸失利益については,以下のとおり判示した。 《1》原告が全国の支店及び営業所に通達を発して原告システムと被告システムが競合した事例を調査したところ,平成6年4月から平成8年5月10日まで(25.3カ月)の間において219件あり,このうち,被告システムが受注した件数は67件であって,これを,平成7年1月から平成8年10月までの22カ月に換算すると,58件となることが認められる。 《2》顧客は,どのような自動車整備業用システムを購入するかを,自動車に関する情報を収録したデータベースのみならず,ソフトウェアの機能,ハードウェアの仕様,営業担当者の対応やアフターサービスの良し悪し等のいろいろな事情を総合して決することが認められるから,被告が本件データベースを複製したデータベースを含む被告システムを販売していなかったならば,上記《1》の58件すべてについて,原告が原告システムを販売することができたとまでは認められない。 《3》被告が本件データベースを複製したデータベースを含む被告システムを販売していなかったならば,上記《1》の58件のうち一定数は,原告が原告システムを販売することができたものと認められる。そして,その数については,民事訴訟法248条により,上記《1》の58件の40パーセントに当たる23件と認める。 《4》なお,本件については,中間判決で述べたとおり,著作権侵害は認められないので,同法114条を適用又は類推適用する余地はない。また,原告は,特許法102条1項を類推適用すべきであるとも主張するが,本件について同項を類推適用すべき理由はない。 《5》そうすると,原告が原告システムを販売したことによる1台当たりの利益額は,前記233万6267円から21万2500円を控除した212万3767円と認められる。 《6》以上により逸失利益額を算定すると,4884万6641円(212万3767円×23)となる。 4.値引きによる損害 値引きによる損害については,以下の理由によりその存在を否定した。すなわち,値引きは,原告と顧客との交渉過程においていろいろな事情によってされるものと考えられるから,原告システムと被告システムとの売り込みが競合した場合に,原告が値引きをしたからといって,それが直ちに被告システムの販売によるものと認めることはできないし,まして,その被告システムに本件データベースを複製したデータベースが含まれていることによるかどうかは不明である。競合以外の理由による平均的な値引き額についての立証もないから,いまだ上記具体的な事情が存するとまで認めることはできないし,その他そのような事情を認めるに足りる証拠はない。また,以上述べたところからすると,民事訴訟法248条により算定することもできない。 5.弁護士費用 本訴の提起及び追行に要した弁護士費用として,被告の不法行為と相当因果関係にある損害額は,600万円が相当である。 争点(5)(原告が被告の取引先等に虚偽事実を告知したかどうか)について 以下により,乙事件の請求は,理由がないと判断された。 《1》原告の従業員が,Bに対し,平成8年8月19日ころ,被告が原告のデータベースのデータを盗んでいる旨述べたことが認められるが,被告は,本件データベースのデータを複製したことが認められるから,上記従業員が述べた事実が虚偽であるとは認められない。 《2》原告の従業員が,有限会社神谷モータースに対し,平成8年6月11日ころ,被告の経営状態が悪い旨述べたことが認められるが,上記従業員が述べた事実が虚偽であることを認める証拠はない。仮に,この事実が虚偽であるとしても,原告の従業員が上記事実を述べてから5年以上が経過していることからすると,原告の従業員が同様の事実を告知又は流布するおそれがあるとは認められない。 《3》原告の従業員が,Cに対し,平成8年6月12日ころ,「システムジャパンはあと3カ月もするとおもしろいことになる。」「3カ月間は支払わないほうがよい。」と述べたこと,Cが,この従業員に対し,おもしろいこととはどういう意味か尋ねたところ,この従業員は明確に返答しなかったことが認められるが,このように述べたのみでは,その意味することが不明であって,Cもその意味を理解できなかったものと認められるから,このように述べたことが被告の営業上の信用を害する虚偽事実の告知又は流布に当たるとは認められない。 《4》その他,原告が,被告の顧客,取引先に対して,別紙不正競争目録記載の事実の告知,流布する行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。 結論 以上の次第で,甲事件の請求のうち,差止請求は,原告が主張する著作権侵害は認められず,不法行為に基づく差止請求は認める余地がないから,理由がなく,損害賠償請求は,5613万2135円及びこれに対する平成8年11月1日(不法行為の期間の最終日である平成8年10月31日の翌日)から支払い済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。乙事件の請求は理由がないと判示した。 |
<評釈> |
1.本件は,他人のデータベースを複製し,それを自動車整備業用システムへ組み込んで販売した行為が,著作権侵害にならないが,不法行為には該当すると中間判決で判断された後で,その損害額について終局判決が行われた事案である。
2.「データベース」は,経済産業省・データベース台帳総覧の定義によると「データを整理・統合し,電子計算機による検索を行いうる形態にした集合体」であるが,本件データベースもこれに該当する。こうした「データベース」は,これまで日本法上,《1》著作権法(第12条の2,データベースの著作物。ただし,木目化粧紙事件第二審判決(東京高判平成3年12月17日知裁集23巻3号808頁)では,美の追求は著作権を受ける要件ではないと判示している。)及び《2》不正競争防止法(第2条四号〜九号,営業秘密)で保護されると解されていたが,本件判決により,《3》民法709条の不法行為(権利侵害行為)による損害賠償請求権の救済方法が上記2つに新たに追加されたことになる。 3.我が国では,昭和61(1986)年の著作権法改正において,データベースの法的保護につき特に条文を設けて,「論文,数値,図形その他の情報の集合物であって,それらの情報を電子計算機を用いて検索できるよう体系的に構成したものをいう」(著作権法第2条1項10号の3)と定義するとともに,「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは著作物として保護する」(同12条の2)と規定して,データベースの著作物性の根拠と限界を「その情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有する」ことに求めた。 4.しかしながら,上記改正後現在まで日本の裁判所でデータベースの著作物性が正面から争われた事例はほとんどなく,タウンページ・データベース事件(平成12年3月17日東京地裁判決 平成8年(ワ)第9325号事件)が,その先例として存在するのみである。タウンページ・データベース事件では,職業分類体系によって電話番号情報を職業ポイント別に分類した原告のデータベースにつき体系的な構成によって創作性を有するとして著作権法第12条の2のデータベースの著作物性を認め,被告のデータベースは原告のデータベースに依拠して作成されたものであり,その創作性を有する体系的な構成が再現されているとして著作権の侵害を認めた事例である。 5.本件判決の意義は,《1》本判決は,上記タウンページ・データベース事件判決とは異なり,作成者が行った情報の収録や分類は,同種データベースの作成において通常行われる行為であるとして,その創作性(著作物性)を否定したが,《2》他方で原告が相当の資本や労力を投下して作成したデータベースのデータの相当量を複製して同種のデータベースを作成し製造販売することで営業活動を行っている場合に,原告のデータベースと競合する地域内で販売する被告の行為は不法行為(民法第709条)に当たり,差止めの対象とはならなくとも損害賠償請求の対象となると判断した初めての司法判断である点で注目に値する。 6.ただし,データベースの編集著作物(著作権法第12条)による保護に関しては,本判決によって,データベースを構成する情報の集合体が,「コンピュータによって検索可能」というデータベースの要件を捨象しても,「素材の選択及び配列」の面で創作性を有する場合には,編集著作物(著作権法第12条)による保護(昭和59年12月の文化庁著作権審議会第7小委員会データベース分科会中間報告24頁及び33頁)は妨げられないだろう。 7.本判決の射程範囲については,限定して解釈されるべきであろう。つまり,本件判決の前提事実は,「相当多数のデータをそのまま複製し販売していた」(すなわち,12万2260件の車両データのうち,一つのデータベースは10万件以上,他の一つのデータベースは約6万件が一致し,ダミーデータや誤入力等がそのまま含まれている場合であり,いわゆるデッドコピーに近いケース)を対象とするものであったので,データの相当多数でない一部分のみを利用する場合に対しては判断されていないものと解される。つまり,データの一部を利用する場合について,民法709条(不法行為)が適用されるかについては,残念ながら否定的に解すべきであろう。その法的根拠について考えるに,データの一部分のみに対して独占的な権利を主張することは,民法第1条第3項の権利の濫用によって禁止されると解釈することも理論的には可能であるが,そもそも当該データの一部分に対して法的な権利が認められないのであれば,それも現実的な考え方ではないだろう。著作権法を民法の特別法と考えると,本件判決による民法709条(不法行為)の適用は,法律問題の解決を特別法から再び一般法へ戻す考え方になるが,そうした考え方は,例外的な特殊事情のない限り抑制すべきであろう。 8.また,データベースの法的保護(データ抽出・再利用に対する保護)についての欧米の状況については,欧州では,欧州連合(EU)指令が1996年に採択されており(保護期間は15年),既にドイツ及び英国では国内法制化されている。ただし,欧州連合(EU)指令では,権利の及ぶ範囲は,コンテンツ全体,もしくは実質的部分のデータ抽出や再利用へ限定されており,実質的でない部分のデータ抽出や再利用は,このEU指令の権利保護の対象となっていない点に留意すべきであろう。他方,アメリカでは,連邦議会へ多くのデータベース保護法案が提出されているが未だ成立していない。判例法では,1991年連邦最高裁Feist事件判決で,「額に汗」による著作権性を否定している。WIPO条約案(データベースの知的財産権に関する条約案)では,保護期間が15年もしくは25年を選択することができる。 9.さらに,本件では,被告が本件データベースの車両データを複製したことが不法行為に当たるかどうかについて,本件判決は,一般的な不法行為成立要件について,《1》人が費用や労力をかけて情報を収集,整理することで,データベースを作成し,《2》そのデータベースを製造販売することで,営業活動を行っている場合において,《3》そのデータベースのデータを複製して作成したデータベースを,その者の販売地域と競合する地域において販売する行為の3つの要件を示したが,《1》「費用や労力」はどのくらい掛ける必要があるのか,《2》「販売地域と競合する地域」は,具体的に何であるかの判断基準が不明確な部分もあるので,今後の争点になるだろう。 10.原告の損害額について,本件判決は,「著作権侵害ではないので,損害算定に関する著作権法114条を適用もしくは類推適用,あるいは特許法102条1項を類推適用することはできない。不法行為であるので,民事訴訟法248条を適用する他ない。」と判示した。民事訴訟法248条(損害額の認定)は,「損害が生じたことが認められる場合において,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは,裁判所は,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定することができる。」と規定している。そこで,本件判決では,「被告が被告システムを販売していなかったならば,58件のうち一定数は,原告が原告システムを販売することができたものと認められ,その数については,民事訴訟法248条により,58件の40パーセントに当たる23件と認める」としている。しかし,民事訴訟法248条により,裁判所は,「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定することができる」とされているが,なぜ「40パーセント」と認定したかその合理的な根拠が不明である点については否定できない。 11.なお,本判決では,知的財産権訴訟において,中間判決が活用された事例として意義が大きい。中間判決は,中間の争いについて判断を示すことによって,審理を整序し,終局判決の判断を準備することを目的とする。中間判決の効力は,既判力などの確定判決の効力を持たないが,当該裁判所自身に対する自己拘束力が認められる(伊藤眞「民事訴訟法[第3版]」有斐閣(2004年)438〜441頁)。中間判決によって主要な争点について裁判所の判断がなされるので,実務上の意義としては,当事者に和解解決の話し合いの機会を与え,和解を促進する効果があるといわれている。 12.最後に,民法709条(不法行為)が適用される場合の時効期間は「損害及び加害者を知ってから3年間,不法行為から20年間(民法724条)」となるが,不法行為が行われてから20年間は請求権を失わないので,実質的には保護期間の限定がないことになる。この点は,欧州の保護期間(15年間)に比べて均衡を失うのではないかと思われる。営業秘密の消滅時効期間(侵害事実及び侵害者を知ってから3年間,侵害行為の開始から10年間。不正競争防止法第8条)とのバランス上も問題が出てくるだろう。結局のところ,日本におけるデータベース保護の法的ルールの構築については,判例における解釈ではなく,保護期間を含めて,今後の立法により解決すべき問題と考える。 |
[注] 本稿は,平成16年5月14日に開催された知的財産権法判例研究会において筆者が行った報告とその後の研究会における議論の結果をベースにまとめたものである。ただし,文責はもちろん筆者にある。この場をお借りして,貴重な機会を与えてくださった成蹊大学法学部教授紋谷暢男先生に深謝申し上げたい。 |
「一 自動車データベースについて著作物性が否定された事例,二 他人のデータベースを複製し販売した行為が不法行為に当たるとされた事例,三 いわゆる損害論について中間判決がされた事例」判例時報1774号132〜144頁。 |
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「他人のデータベースを複製し販売した行為が著作権侵害にならず,不法行為に当たるとする中間判決がなされた事件につき,損害論等についての終局判決がなされた事例」判例時報1793号132〜139頁。 | |
紋谷暢男「無体財産権法概論[第9版補訂第2版]」有斐閣(2003年) | |
田村善之「著作権法概説[第2版]」有斐閣(2001年) | |
作花文雄「著作権法」発明協会(2003年) | |
青山紘一「ソフトウエア,データベース,デジタルコンテンツと知的財産権」通商産業調査会(1998年) |