発明 Vol.101 2004-4
判例評釈
商品の品質誤認のおそれがないとされ,
拒絶審決が取り消された事例
−Afternoon Tea事件−
(東京高判平成15.6.4平成14(行ケ)596号・最高裁ウェブサイト)
長塚 真琴
〈事実の概要〉

1 経緯
 X(株式会社サザビー)は,1972年4月に家具の輸入販売を目的として設立され,後にバッグ袋物や被服などの企画製造販売にも進出した。Xは1981年9月,オリジナルブランド「アフタヌーンティー」を使用して生活雑貨の販売を開始し,それと共に,東京都渋谷区の渋谷パルコ内に,喫茶店(ティールーム)と生活雑貨の販売店を合体させた店舗を開設し,その店名として「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」を採択した。この名称をもつ同様の店舗(以下アフタヌーンティー店舗)は,その後北海道から沖縄まで全国的に展開され,2001年3月末現在で140店に及んでいる。
 Xは2000年12月27日,下図に示す商標(以下本願商標)につき,指定商品を第32類※1のうち「ビール,清涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース,乳清飲料」(以下,本願商品)として,商標登録出願した(商願2000−140265)。ところが2001年12月4日に拒絶査定を受けたため,Xは2002年2月13日に拒絶査定不服審判の請求をした(不服2002−2346号事件)。これに対し2002年10月15日に,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決がなされた。審決理由の要旨は以下のとおりである。『本願商標は,その構成中の「Tea」の文字が「茶」を意味する親しまれた英語であるから,これをその指定商品に使用したときは,商品「茶」であるかのごとく,需要者をして商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわざるを得ず,商標法4条1項16号に該当するものであり,これを理由とする原査定は取り消すべきではない。』
 Xは審決の取消しを求め,2002年11月27日に東京高裁へ提訴した(出訴平14−596)。




2 争点
 Xは審決を,本願商標を本願商品に使用したときに,商品「茶」であるかのごとく,需要者をして商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあると誤って認定し(取消事由1),また,店舗名としての著名性をもって,上記認定を覆すほどに,商品の品質の誤認に影響を及ぼすとするには証左が足りないと誤って認定したものである(取消事由2)という。
 以下,取消事由のそれぞれについて,Xの主張と,これに対するY(特許庁長官)の反論を要約する。

(一) 取消事由1(本願商標の意義についての認定誤り)
 この点について,Xはまず,本願商標の外見は特徴的であり,常に単一の識別標識として機能し,そこからは,Xの周知なブランド名としての観念しか生じないと主張した。
 これに対しYは,本願商標の外見は格別特異ではないと反論した。また,それは2つの親しまれた英語を並べたものにすぎず,「飲料」である本願商品との関係において特定の観念を生じるほど,強い結びつきのある一体的な関係のものとはいえないとも反論した。
 Xはまた,「Tea」や「茶」といった語を含む商標であっても,商標全体の構成からみてその使用商品との間に不実関係がなければ登録されるべきであるとの前提に立ち,「Afternoon Tea」が有する本来の意味は,「午後のお茶会」「昼半ば過ぎの軽い食事」であって「茶」ではないと主張した。
 これに対しYは,本願商品も「茶」も飲料であり,両者は密接な関係を有するので,本願商標と本願商品は一般的に不実の関係にあるばかりか,本願商品中には「ビール」が含まれるので,運転者等がこれを「茶」と誤認すれば,混乱や悲惨な事態が生じると反論した。
(二) 取消事由2(X店舗名の著名性についての判断誤り)
 審判を振り返ると,Xはそこで,本願商標がX経営の店舗名として著名であることを主張した。しかし審決は,そうだとしても商品の品質の誤認に影響を及ぼすとするには証左が足りず,また,本願商品の需要者は当該店舗に関心を寄せる若い女性に限られないとして,この主張を採用しなかった。
 本件においてXは,本願商標はXの周知なハウスマークとして,常に全体で1つの標識としてとらえられてきたものであり,本願商品に使用されても,商品の品質について誤認を生じさせることはあり得ないと主張した。主張の要点は以下に挙げるとおりである。
 《1》本願商標は,アフタヌーンティー店舗の名としてだけでなく,衣食住にわたるさまざまな商品・役務について,永年使用されてきた。他の審決取消請求事件の判決(東京高判平成10.6.30最高裁ウェブサイト)においても,本願商標と同一の表示の周知性が認められている。《2》アフタヌーンティー店舗では,本願商品のうち清涼飲料等が20年前から提供されてきたし,「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」商標を付したコーヒーやココアが販売されてきたが※2,これらが「茶」と誤認されたことは一度もない。仮に審決のいうとおり,本願商標が若い女性だけに周知だとしても,それが実際に使用される商品の需要者に周知である以上,品質誤認を招来しない。
 以上の主張に対しYは,本願商標が一部の若い女性の間で店舗名として著名であるとしても,本願商品について品質の誤認が生じないとはいえないと反論した。その要点は以下に挙げるとおりである。《1》Xの商品は,アフタヌーンティー店舗でのみ購入できるにすぎないものである。従って,本願商品の取引の全容が,需要者も販売地域も限定されず,問屋・小売店・自動販売機等を介するものであることに照らせば,現状程度の店舗拡大により,本願商標が一般的に周知であるとはいえない。《2》Xが証拠として挙げる新聞・雑誌の記事や広告は,若い女性向けに店舗を紹介したものがほとんどである。周知性を認めた判決も,若い女性を対象とする商品についての,若い女性の間での周知性の判断であり,しかも商標法51条1項の他人の不正使用の取消しに関する判断であるから,本件には影響しない。

〈判 旨〉

 請求認容※3
1 取消事由1(本願商標の意義の認定誤り)について
 『本願商標の構成において,「Afternoon Tea」の欧文字は,ギャラモンドの書体を基礎にデザイナーがデザインしたもの(甲69)であって,各欧文字の大部分が白抜きの二重線(二重線の一部は右側が幾分太い。)というやや特徴的な字体で描かれ,語頭の「A」と続く「f」の文字の下部が連結して表されているほか,「Afternoon」と「Tea」との2つの単語の間に空白部分がわずかに設けられているため,通常の2単語の各別の商標と比較すると,まとまりのよい一連のものと認識されやすい。そして,本願商標からは,「アフターヌーンティー」との一連の称呼のみが生じるものと認められる。
 また,「Afternoon」及び「Tea」のいずれの英単語も,我が国において親しまれたものであり,「午後」及び「茶」「紅茶」を意味することは,本願商品の取引者,需要者において容易に認識し得るところである。したがって,本願商標から「茶」「紅茶」の観念が生じることは明らかであり,「Afternoon Tea」の一連の文字部分から,「午後の紅茶」という英語の直訳的意味が認識できるとともに,「飲み物に通例紅茶を用いる昼過ぎの軽い食事」「午後の招待」「お茶の会」という意味(甲303)も認識されるものと解され,本願商標からは,これらに対応する観念が生じるものと認められる。』
 『本願商標の欧文字は,やや特徴的ではあるが,格別変化に富んだ識別力の高い字体,書体を採用するものではなく,標章全体として独創的なデザインを有するものでもない。また,「Afternoon」と「Tea」との2つの単語の間には,空白部分が設けられており,全く一連のものとして表記されているわけではない。しかも,「Afternoon」及び「Tea」のいずれの英単語も,「午後」及び「茶」「紅茶」を意味する親しまれたものであるから,本願商標から,「茶」「紅茶」「午後の紅茶」の観念が生じることは当然であり,「飲み物に通例紅茶を用いる昼過ぎの軽い食事」「午後の茶の会」といった観念も生じるものと認められる。したがって,後述するX店舗名である「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」の周知性及び本願商標の称呼の一連性を併せ考慮しても,本願商標からXの周知なブランド名としての観念のみが抽出されるものとは到底認めることができず,Xの主張は採用できない。』
2 取消事由2(X店舗名の著名性の判断誤り)について
 『「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」が,Xの経営するアフタヌーンティー店舗のいわゆるハウスマークであり,本願商標が,アフタヌーンティー店舗を示す標章として使用されていたことは,比較的若い女性の間では遅くとも本件審決時おいて周知であったことが明らかであると認められる。また,アフタヌーンティー店舗は,若い女性のみを対象としない全国各地の地域の情報紙でも頻繁に取り上げられており,Xによるアフタヌーンティー店舗の経営内容や販売展開の状況は,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞,日本経済新聞等の一般新聞や週刊誌で紹介され,飲食業界や流通業界の業界紙でも多数回にわたり紹介されているから,「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」の名称が,アフタヌーンティー店舗のハウスマークであることは,若い女性に限定されず,一般の需要者・消費者にとって,上記時点においてかなりの程度で周知であったものと認められる。
 さらに,アフタヌーンティー店舗では,長年にわたり,「Afternoon Tea/アフタヌーンティー」の名称を付し,本願商標を掲載したメニューを使用して紅茶以外のコーヒー・ジュース等の飲み物を提供してきたものと認められるから,このような飲食物の提供形態をとることにより,注文者が品質を誤認するような混乱を生じることはなかったものと推認するのが相当である。また,同様に,Xでは,近年,本願商標を付して紅茶以外のコーヒー・ココアなどの飲み物を販売してきたものと認められるところ,このような飲食物の販売形態をとることにより,需要者が品質を誤認するような混乱も生じることがなかったものと推認される。
 なお,Xの経営方針として,本願商標を付した各種商品は,アフタヌーンティー店舗においてのみ販売されており,一般の需要者・消費者が,他の店舗及び自動販売機等によって本願商標を付した各種商品を購入することは困難な状況にあるものと認められる。
 以上の諸事情に加えて,前記説示のとおり,本願商標から「茶」「紅茶」の観念のみが生じるものではなく,「飲み物に通例紅茶を用いる昼過ぎの軽い食事」「午後の茶の会」といった観念も生じるものであり,必ずしも商品の品質のみが想起されるものでないことも併せ考慮すると,本願商標をその指定商品について使用した場合に,商品「茶」であるかのごとく,需要者をして,商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものと認めることはできないといえる。
 したがって,Xの取消事由2の主張には理由がある。』
 『Xが,アフタヌーンティー店舗の周知なハウスマークとなっている本願商標のみを付して,他にアルコール飲料であること明示せずにビールを販売するものとは想定し難い上,・・・・・・具体的販売形態として,一般の需要者・消費者が,アフタヌーンティー店舗以外の店舗及び自動販売機等によって本願商標を付した各種商品を購入することは困難な状況にあることを考慮すると,Yの主張するような混乱や悲惨な事態が生じるものとは到底考えられず,上記主張は採用できない。』

〈評 釈〉

 商標法4条1項は,同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない商標を列挙する。その16号に,「商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標」が挙げられている。
 本判決は,4条1項16号の適用を否定し,商標登録を認めた事例である。これまでの裁判例にない判断を示しており,その結論にも論理構成にも問題なしとしないため,本稿で取り上げることとした。
1 本判決の位置づけ
(一) 4条1項16号に関する裁判例は少なくない。田村善之『商標法概説 第2版』(有斐閣,2000年)206頁以下,判例工業所有権法(第2期版),および最高裁ウェブサイトを調査した結果,本判決のほかに52件の東京高裁判決があった(旧法下の事件5件を含む)※4。52件のうち42件は同号を適用して商標登録を認めなかったものであり,そのうち6件については,最高裁でも同じ判断が下されている(《1》最判昭和39.1.23民集18−2−50(旧法)[ヤグルト],《2》最判昭和54.4.10判時927−233[ワイキキ],《3》最判平成2.4.19判工所(2期)7385−9[スピルリナゲイトラーI],《4》最判平成3.2.8判工所(2期)7109−3[EXPERT],《5》最判平成4.12.15判工所(2期)7385−27[スピルリナプラテンシス],《6》最判平成5.6.8判工所(2期)7385−28[スピルリナゲイトラーII])。
 残る10件が,同号の適用を否定した例である(《7》東京高判昭40.2.23行集6−2−236(旧法)[TWIN DISC],《8》東京高判昭46.12.24最高裁サイト[ハイチーム],《9》東京高判昭52.7.20最高裁サイト[ハイチオール],《10》東京高判昭55.1.30判工所2785−36[CABINET(II)]),《11》東京高判昭59.2.28判時1121−111[アマンド],《12》東京高判平10.11.26判工所(2期)7097−37[スーパーDC(デオドラントクリーン)],《13》東京高判平10.11.26判工所(2期)7385−45[ケミカルアンカー(I)],《14》東京高判平11.11.27判工所(2期)7385−49[ケミカルアンカー(II)],《15》東京高判平12.10.25判時1743−126[紅豆杉],《16》東京高判平12.12.5判工所(2期)7097−94[カライーカ])。本判決は,このように比較的少ない否定例に,一事例を追加するものである。
(二) 指定商品の中に,問題の商標がさす産地,品質,原材料,効能,用途等を実際に有する商品とそうでない商品とが含まれる場合もある。この場合,前者については3条1項3号が,後者については4条1項16号が拒絶理由となる。上記否定例のうち《7》[TWIN DISC]・《8》[ハイチーム]・《9》[ハイチオール]・《11》[アマンド]・《12》[スーパーDC]・《14》[ケミカルアンカー(II)]・《15》[紅豆杉]は,これらの拒絶理由が両方通知されたが,いずれにもあてはまらないと判断された例である。
 これに対し本件では,4条1項16条のみが問題とされた。上記否定例のうち《10》[CABINET(II)]・《13》[ケミカルアンカー(I)]・《16》[カライーカ]が,この点で本件と共通する。
(三) 本判決は,本願商標がXのハウスマークとして周知であることを理由のひとつとして,4条1項16号の適用を否定した。
 これまでの裁判例にも,問題の商標が,出願人の周知な商号である例はみられる(《1》およびその原審である《17》東京高判昭和35.11.8民集18−2−60(旧法)[ヤグルト],《18》東京高判昭和40.1.28判夕174−198[SANYO SCOTCH],《19》東京高判昭和53.1.25判夕365−412[ピン],《20》東京高判平成8.6.18判時1579−133[COPIER],そして《7》[TWIN DISC]と《11》[アマンド])。
 しかし,このうち《1》と《17》〜《20》は,だからといって商品の品質誤認があることに変わりはないとされた例である。《7》と《11》は品質誤認がないと判断された例だが,《7》では,「TWIN DISC」から観念される「対の円盤」が,指定商品(機械類)に含まれる商品の必須の構成要素ではなく,当該商品を端的に示す一般的特徴をなすものとはいえないとされたことが,決定的理由となっている。《11》では,「アマンド」が単に出願人の商号ないしハウスマークとしてのみでなく,その製造販売する洋菓子の出所表示として周知になっていたことが認められている。本判決はこの点で,今までにない判断を示したものといえる。
2.本判決の問題点
 本判決は,取消事由1に対する判断において,本願商標からはXの周知なブランド名としての観念のみならず,「茶」「紅茶」「午後の紅茶」の観念や,「飲み物に通例紅茶を用いる昼過ぎの軽い食事」「午後の茶の会」の観念も生ずることを認める。その上で,取消事由2に対する判断において,本願商標のハウスマークとしての周知性と,本願商品の具体的販売態様に照らせば,本願商標をその指定商品について使用しても,商品の品質について誤認が生じるおそれはないと判断する。以下,それぞれの判断について検討する。
(一) 4条1項16号と観念の多義性
 4条1項16号は,旧法2条1項11号「商品の誤認・・・・・・を生ぜしめるの虞あるもの」に由来する。旧法では出所の混同防止の規定(現4条1項15号)と未分化であったが,現行法では,15号は私益的な規定,16号は公衆の取引保護のための公益的な規定と説明される(網野誠『商標第4版』(有斐閣,1998年)390頁)。いわゆる絶対的不登録事由の1つである(小野昌延『商標法概説 第2版』(有斐閣,1999年)139頁)。取引界に混乱をもたらすおそれのある商標に,わざわざ登録により全国的かつ理論上無期限に更新可能な排他権を与え,その分他人の商標選定の自由を奪うのは,有害無益だからである(田村・前掲商標法206頁参照)。
 ここで商品の品質とは,商品の特性という程度の広い意味に解される。その誤認には,商品の質の良否について誤認する場合と,その商品を他の種類の商品と誤認する場合とがある。そして,品質誤認のおそれの有無は商標じたいから客観的に判断される(小野前掲書139頁)。
 その判断は商標の外観・称呼・観念についてなされるが,品質が問題である以上,観念の果たす役割が大きい。ここで特徴的なのは,16号の適用いかんを考える際には,必ずしも,問題の商標から導かれる観念を1つに絞らないことである。例えば,商品の成分や原材料を表示する語に接頭語が付されていても品質誤認を招くことに変わりはないと判断された事例のうち,《21》東京高判昭44.9.2判夕241−252[UNICHROME]と《22》東京高判昭44.9.2最高裁ウェブサイト[ANOZINC]においては,「UNICHROME」や「ANOZINC」を特定の観念のない一連の造語とみる可能性も,決して否定されてはいない。
 本判決もこれらと同様に,「Afternoon Tea」から生じる観念を1つに絞ってはいない。このように,16号との関係で登録の可否を論じる場合には,《23》最判平成9.3.11民集51−3−105[小僧寿し]のような侵害事件※5の場合と違って,観念を一義的に確定する必要はなく,生じ得るさまざまな観念の中に,品質誤認につながる観念がなお残存するかを考えればよいのである。
 この点に関する本判決の判断は妥当であると考える。なお,「午後のお茶会」という観念は,英語や英国文化に関心をもつ一部の層(若い女性など!)においてのみ生ずると推測される。
(二) 4条1項16号と商標やハウスマークの周知性
 4条1項16号に加えて3条1項3号の拒絶理由もあり,かつ,当該商標が実際に使用されて出所表示としての二次的意味を持つに至っている場合には,3条1項3号の拒絶理由を解消するため,使用による識別力の獲得(3条2項)が主張される。
 3条1項3号と4条1項16号双方の適用を否定した裁判例としては,《7》[TWIN DISC]および《11》[アマンド]が挙げられる。このうち《7》においては,1(三)で前述したように,使用による特別顕著性(旧法)はそれほど重要な役割を果たさなかった。これに対して,《11》においては,使用による識別力の獲得により3条1項3号の拒絶理由が解消されているばかりか,特段の理由を示さず,4条1項16号の拒絶理由解消までもが認められている(賛成,平尾正樹『商標法』(学陽書房,2002年)184頁)。
 一方,3条1項3号にはあてはまらないが4条1項16号にはあてはまるとした裁判例もある。そのうち《24》東京高判昭45.5.14最高裁ウェブサイト[GOLF]は,指定商品のうち下着などについては使用による識別力を認めたが,それ以外の服についてはなお,ゴルフ用以外のものをゴルフ用と誤認する余地があるとした。《25》東京高判昭48.6.29判夕298−252[TELEPULSE](指定商品は電子応用機械器具)は,使用による識別力があるとしても,なお品質の誤認があるなら16号による拒絶は正当であるとし,実際に識別力を得たかどうかを判断しないまま,拒絶審決を支持した。
 条文からわかるように,4条1項16号は,使用による識別力があれば拒絶理由が解消される仕組みにはなっていない。しかし裁判例においては,3条1項3号の拒絶理由を伴わないケースでも,商品の品質誤認を阻却する事由として,商標の周知性が主張される場合がある。《19》[PING]がその一例である。裁判所は,商標「PING」に使用による識別力を認めたが,カタカナ書きの「ピン」には認めず,これを指定商品であるゴルフクラブに使用すれば,ゴルフ用具のピンと誤認されるおそれがあると判断した。
 4条1項16号の立法趣旨や条文構造に照らせば,商標の周知性による拒絶理由の解消が認められる場合は,極度に限定しなければならないであろう。すなわち,3条2項の要件を満たすだけでは足りず,著名となった結果,日本語に定着し誰も産地等を示していると誤解しない程度に達することを要すると解される(田村・前掲注5知的財産法144頁)。
 本件に戻ろう。本願商標は,次の(三)でみるようにその実際の使用態様が限定されているものの,あくまで商品商標として出願されている。そうである以上,審決やYのいうように,あらゆる取引段階で品質誤認のおそれがないもの以外,登録してはならないはずである。そして,本願商標の周知性は,Xのハウスマークとして獲得したものであるにすぎない。Yが指摘するとおり,本願商品への使用の実績は,その取引全体からすれば微々たるものでしかない。清涼飲料やビール等の取引のあらゆる段階に関わるさまざまな人の脳裏から,「茶」「紅茶」の観念を消すほどの著名性を獲得したとは,とてもいえないと思われる。判決は,Xのハウスマークとしての観念と「午後のお茶会」の観念が相まって,「茶」「紅茶」の観念を打ち消すと考えているが,若い女性向けブランドにも英語や英国文化にも関心がない人は,その視界に入っていない。
 以上を要するに,本判決は,《11》[アマンド]判決の悪しき影響下にあると考えられる。この判決は,3条2項の要件を満たして1項3号の拒絶理由を解消すれば,4条1項16号の拒絶理由も自動的に解消されると考えている点で,16号の解釈を誤っている。田村・前掲商標法211頁は,「アマンド」商標の識別力は,フランス語で洋菓子材料のアーモンドをさす元々の意味を消すに至っていないとして当該判決に反対しているが,私見も田村説を支持する。さらに問題なことには,1(三)でもふれたように,「アマンド」商標には,3条2項の要件を満たす程度に指定商品への使用実績があったのに対し,本願商標にはそれさえもなく,あるのはハウスマークとしての周知性のみなのである。
(三) 4条1項16号と現実の使用態様
 網野前掲書389頁は,商品の品質の誤認が生じるかどうかは,「取引界における世人の認識いかん」を基準として判断すべきものだが,商標の態様が変更して使用されるであろうというような「取引の実情」は,品質誤認のおそれの有無を判断する際,考慮に入れてはならないと指摘する。
 これに従えば,本判決が取消事由2のところで,Xは本願商標を付した本願商品を直営店でのみ販売する方針であることや,Xがビールにアルコール飲料である旨明示するであろうことを考慮したのは,不適切であったといえよう。確かにXは登録時点ではそのような販売方針をとっているかもしれないが,将来,使用態様を変えるかもしれない。そして,商標は譲渡され得ることにも注意が必要である(田村・前掲商標法208〜209頁)。商品商標の出願である以上,商標がどの取引段階においてどのような態様で使用されても,商品の品質誤認のおそれがないような場合にだけ,登録を認めるべきである※6
 この点,《19》[ピン]においては,店頭で買う際にゴルフクラブとピンを間違える者はないという出願人の主張を,小売段階以外の取引も考慮すれば,品質誤認の余地はあるとして退けた。電話による取引などを考えれば,妥当な判断であるといえる。これに対し,取引に関わる者の認定が狭すぎると思われるのが,《8》[ハイチーム]・《9》[ハイチオール]・《10》[CABINET(II)],そして《11》[アマンド]であるが,紙幅の関係で詳細な検討は省略する。結局,これまで登録を認められた例の中で,私見に照らして賛成できるのは,言葉の意味として品質や原材料の表示とはいえないもの(《7》[TWIN DISC]・《12》[スーパーDC]・《13》《14》[ケミカルアンカー(I)(II)]・《15》[紅豆杉],《16》[カライーカ])に限られるように思われる。
結語
 以上より,筆者は本判決の結論・理論構成の両方に反対である。本判決は,ハウスマークとして周知な商標を商品について出願した場合に,4条1項16号の拒絶理由が解消されるための要件に関し,先例としての価値を有しないと考える。


(ながつか まこと:獨協大学法学部助教授)


(注)

 国際分類表第7版に基づく。
 持ち帰り用のコーヒーやココアの粉として販売されたことが認定されている。
 本判決を受けて,2003年7月28日に原査定を取り消す旨の審決がなされた。不服2002−2346号事件を特許庁IPDLの審決公報DBで検索すると,この審決を見ることができる。結局,本願商標は2003年8月8日に登録された(第4699286号)。
 判例工業所有権法第1期現行法篇には,このほかに,旧法下の事件を中心に14件が掲載されているが,本稿では検討を省略する。
 著名商標「小僧寿し」は,商標全体からのみ観念を生ずるので,登録商標「小僧」の侵害にはあたらないとされた。ただし田村善之『知的財産法 第3版』(有斐閣,2003年)117〜118頁は,無理な解釈であると批判する。
 16号該当を理由とする無効審判には除斥期間がないので(47条),一定の使用態様を条件として登録を認め,使用態様が変更され商品の品質誤認を生じるようになったら無効審判で対応すればよいとの反論がなされるかもしれない。しかし,47条の趣旨は,《15》[紅豆杉](指定商品は茶等)のように,現時点で原材料表示ないし品質表示として取引者・需要者に認識されていない商標の登録を認め,取引者・需要者の認識が変わってそれが原材料表示ないし品質表示とみられるようになったら,無効審判で対応することにあると思われる。