判例評釈 |
ロックグループの解散コンサート等を撮影した 写真集の出版がメンバーの肖像権を侵害する 不法行為に当たらないとされた事例 |
〔損害賠償請求控訴事件,東京高裁平14(ネ)1704号,平成14年7月17判決,控訴棄却(確定),判例時報1809号39頁〕 (第一審東京地裁平13(ワ)3477号,平成14年2月22日判決,判例時報1809号41頁) |
堀江 亜以子 |
〈事案の概要〉 |
Xは解散したロックバンド「黒夢」の元メンバーであり,Yは出版社である。 黒夢は平成3年5月にA,B及びXの3人によって結成され,X,A及びBは,平成5年4月14日,Cとの間で,Cに黒夢のマネージメント業務を委託して,Cが楽曲の原盤権や肖像使用権等の権利を専属的に取得し,Xらに給料を支払うことを内容とする本件専属契約を締結,平成7年1月1日ごろ,DがCから本件専属契約における契約上の地位を譲り受け,X,A及びBは,これに同意した(その後Bは脱退)。 Dは,平成10年2月,代表取締役のEが刑事事件を引き起こして逮捕されたことによって,対外的に信用を失い,黒夢のマネージメント業務を継続することが困難となったため,同年7月,A及びEが中心となって,黒夢のマネージメント業務を行うための新会社としてFを設立した。Xは,Eから,Fの取締役に就任することを誘われたが,すでにAとの間で仕事に対する考え方に相違が生じていたため,Aと一緒に仕事を続けることはできないと考え,その誘いを断った。同年9月ごろ,EをはじめとするDのスタッフの大部分がFに移動したためDのスタッフはいなくなり,同月以降,Fが黒夢の一切のマネージメント業務を行い,さらにマネージメント業務の移転につき,取引先などに挨拶状を送付し,またファンクラブ機関誌に掲載した。F,D,G(Fがコンサートツアーの興行を委託)の三者は,同月ごろ,Dが黒夢が解散するまでXの給料を負担し,解散コンサートまでのコンサートツアーの収益を上記三者の間で清算する際に,Dに対し,Xの解散までの給料相当分を支払って調整する旨の合意をし,さらに,上記三者は,解散コンサートが終了した際,GがDに支払うべき金員のうち1000万円をGがXに直接支払う旨合意した。なお,Dは,黒夢のマネージメントを開始した後,黒夢が解散するまで,Xに定額の給料を支払い続け,FがXに対し,給料を支払ったことはなかった。 黒夢は,平成11年1月29日,解散コンサートを行い,同日,解散した。 Yは,平成11年3月27日,Fとの間で,平成10年6月12日から平成11年1月29日にかけて行われた黒夢のライブツアーにおけるX及びAの肖像写真を掲載した本件写真集の出版について本件出版契約を締結,Yは,同年4月10日,本件写真集初版分2万部を出版した。本件出版契約は,Yが平成9年12月ごろ企画し,平成10年5月ごろまでにEとHとの間で成された合意を前提として,EとYとの間で部数,定価などの詳細部分について協議した後に締結されたものである。 Xは,YがXの使用許諾を得ることなく,Xの肖像写真を掲載した写真集を出版したことが,Xのパブリシティ権又は肖像権の侵害に当たるとして,肖像使用許諾料相当額の損害賠償を請求した。 第一審は,本件専属契約上の地位の譲渡については,Xが承諾していないため,Xとの関係で本件専属契約におけるDの地位がFに移転したとはいえないものの,D・F間での譲渡の合意がなされた事実は認められるものであると認定したうえで,肖像使用権につき, 《1》肖像使用権は,契約上の地位ではなく一個の権利であるから,本件肖像使用権の譲渡に対するXの承諾は必要ないものであり,そして,本件専属契約の内容には,マネージメントを行うものがXの肖像使用権を専属的に有することが含まれていたといえるので,本件専属契約上の地位の譲渡の合意には,本件肖像使用権譲渡の合意が含まれていたといえる, 《2》仮に,本件肖像使用権の譲渡にもXの承諾が必要であるとした場合でも,Yにおいて,FがXの肖像使用権を専属的に有しており,本件出版行為が適法であると信じるについて相当の理由があったといえるから,本件出版行為には,故意も過失もなかったというべきである, と判示してXの請求を棄却した。 これに対しXが, (1) 肖像の使用は一定の信頼関係が構築されている者に対してのみ許諾されるのが通常であるから,肖像の使用許諾は,原則としてその使用許諾を定める専属契約等を締結した当事者に限定されるとするのが当事者の合理的意思であり,肖像使用権者が肖像使用権を譲渡する場合は,当該専属契約において肖像使用権の自由な譲渡を許諾する定めがあるなど特段の事情がない限り,肖像使用許諾権者の承諾を要するとするのが相当である, (2) 仮に,肖像使用権の譲渡に肖像使用許諾権者の承諾が不要であるとしても,肖像使用権の実態は肖像使用許諾権者が肖像使用権者に対して肖像を使用させることを内容とする債権であるから,その譲渡には少なくとも民法467条1項の通知又は承諾が必要とされるべきである, 等の補足的主張を付加して控訴したのが本件である。 |
〈判 旨〉 |
請求棄却。補足的主張につき理由付加。 「本件専属契約においてはXの肖像を使用することができる権利をCが保有するものとされているところ,契約書上CがこれをXの承諾なく第三者に譲渡することを禁止するとの取り決めは存在せず(《証拠略》),その他本件専属契約においてXの肖像使用権の譲渡の際その承諾を必要とするとの合意があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって,Cから本件専属契約における契約上の地位を譲り受けたDとXとの関係も同様であり,DはXの承諾を要することなく肖像使用権を第三者に譲渡することができるものである。 Xは,肖像は経済的利益を生むのみならず個人の人格的価値に直結するもので,このような肖像の重要性に鑑みると,肖像の使用は何人に対しても承諾されるものではなく一定の信頼関係が構築されている者に対してのみ承諾されるのが通常であり,とりわけ芸能人の場合はこの要請が高いから本人の承諾が必要である旨主張する。しかし,肖像の重要性に鑑みてもX主張のように一個の債権である肖像使用権の譲渡に際し本人の承諾が必要であるとまではいえず,更に本件では専属契約書(《証拠略》)六条二項にはXのイメージの保持等正当な理由があるときは肖像を使用するいわゆるキャラクター商品の製造・販売を拒否することができる旨定められているなど本人の保護が図られており,Xの主張は理由がない。Xは,仮に肖像使用権の譲渡に本人の承諾が必要でないとしても,その譲渡には対抗要件として民法467条1項の通知又は承諾が必要である旨主張するが,本件はYがXのパブリシティ権又は肖像権を侵害したかどうかが問題とされている事案であり,Fが対抗要件を具備しているかどうかとは関係がないから失当である。」 |
〈評 釈〉 |
結果として妥当であるが,判断の内容については疑問である。 1.本稿の射程 本判決は,芸能人の肖像を使用する権利の譲渡可能性について,初めて裁判所において判断が下された事例であるといえる。昨今,芸能人等の肖像の有する経済的利益に関しては,知的財産権の一種である「パブリシティの権利」の一部として,氏名権とともに論じられるのが常であり,また「パブリシティの権利」の問題として論じられる対象は「物のパブリシティ権」等近年さらに拡大している。この「パブリシティ権」の対象となる範囲自体が現在最も重要な論点の一つであり(1),非常に興味深い問題ではあるが,本件の評釈として最初から「パブリシティ権」一般を対象として議論することはかえって焦点が曖昧になる可能性がある。また「パブリシティ権」の内容を著名人等に限定したとしても,本判決が射程としているものはあくまでも肖像のみであり,特にその譲渡性に関するものであることを考えると,すでに氏名と肖像とでは相違することが容易に予想されるため(2),本稿では「肖像」のみに限定して論じることとする。 また,本判決は,Yの誤信の相当性についても判示しているが,もっぱら事実認定の問題であって,法解釈上のものではないから,本稿では言及しない。 2.本判決における「肖像使用権」の定義 判決(第一審・控訴審)及び当事者の主張から整理すると,本件において, (1)「肖像権」は芸能人であるXに帰属しており,その移転等は問題となっていない, (2)「肖像使用権」は契約によってXからCに許諾された「権利」であり,「一個の債権」である ということが前提となっており,この「肖像使用権」がX・C間の専属契約に含まれるものであるため,専属契約上の地位の譲渡における「肖像使用権」の附従性,第三者たるYの誤信の相当性が問題となっている。 本件では「パブリシティ権又は肖像権」の有無,「肖像使用権」の存在について当事者間に争いがないため,裁判所は特にこれらの「権利」について定義することなく判断を下している。しかしながら,「肖像使用権」につき「契約上の地位ではなく一個の権利である」と断言するに当たって,それがいかなる性質を持つ権利なのか,ひいてはその基となる「肖像権」とはいかなる権利なのかを明らかにする必要があろう。 従来,「パブリシティ権」に関する論考の中で,「肖像権」とは別個に「肖像使用権」の性質が論じられた例はほとんど見当たらない。かつて,肖像に生ずる精神的・人格的利益について「肖像権」,財産的・経済的利益について「肖像利用権」という区別がなされた例はあるが(3),一般的であるとは到底言い難い。仮にこのように分類した場合,「肖像権」に含まれるのはいわゆるプライバシー権としての肖像権ということになり,本判決の基準に照らせば,「パブリシティ権」的側面たる「肖像使用権」は一個の債権として譲渡可能であるといいうる。しかしながら,本件においてXに帰属する「肖像権」は常に「パブリシティ権又は肖像権」という形で言及されており,本件における「肖像権」の語にはプライバシー権的側面と「パブリシティ権」的側面の両者が含まれていることが明らかである。 むしろ,本件における「肖像使用権」とは,あくまでも「肖像権」に基づいて許諾されたライセンスであると考えるのが妥当であろう。本件においては裁判所及び両当事者ともそのコンセンサスに基づく議論をしていることが伺える。現実に著名人等の肖像権ビジネスにおいて,契約を締結したマネージメント会社が肖像権使用許諾契約に基づいてビジネスを行うのが通常であり,著名人本人の意見を取り入れることはあっても,本人がすべて取り仕切り,単独でビジネスを行うことはまれである。「肖像使用権」が契約によって設定されるライセンスの一種であれば,基本的にそれは債権であって譲渡されうるものである。しかしながら,本判決のように,専属契約上の地位の譲渡とは別個のものとして,肖像使用許諾契約のみを債務者の承諾なく譲渡することが果たして妥当なのであろうか。 3.「肖像使用権」の譲渡可能性 「肖像使用権」の基となる「肖像権」,特にその「パブリシティ権」的側面に関しては,現行法上は明文の保護規定が存在しないため,基本的には民法の規定に則って判断するしかない。 指名債権の譲渡について定める民法466条1項は但書において「其性質カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス」と規定する。現行の解釈では,「其性質カ之ヲ許ササルトキ」とは債権者が変わることによって債務の内容が達成されない場合等に限られ,また近年においてはその範囲もさらに狭く解釈される傾向がある。 他方,明文上保護規定のある他の知的財産権については,以下のような制限がある。 (1) 特許法94条は通常実施権の移転につき,実施の事業とともにする場合,特許権者の承諾を得た場合,相続その他の一般承継の場合に限定する。このうち実施の事業とともにする場合については国民経済上の観点から認められるものであるといわれている(4)。 (2) 商標法31条3項は通常使用権の譲渡につき,商標権者の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合に限定する。これは,通常使用権者が商品の品質または役務の質について誤認を生ぜしめるような商標の使用をなした場合には,商標権が取り消されるおそれもあり,また商標権者にとっては通常使用権者が何人であるかはその業務上の信用を維持増進していくためにも重大な利害関係があるからである(5)。 (3) 著作権法63条3項は利用許諾権の譲渡につき著作権者の承諾を要すると規定する。 では,本件のような「肖像使用権」と,これら通常実施権,通常使用権,利用許諾権とは本質的に異なるものであろうか。すなわち,通常実施権等は特別法上に規定された創設的権利といえるのか。設定範囲において独占的権利が生ずる専用実施権や専用使用権,出版権に比して,通常実施権等は債権契約にすぎない。専用実施権・専用使用権設定に関しては行政的側面もあるが,特に著作権法上の出版権は明らかに権利を創設するものであるといえよう。これに対し,通常実施権等はあくまでもライセンス契約であり,契約上,実質的に専用実施権等と変わらない独占的なものにしうるとはいえ,もしそれに反することがあったとしても結局のところ当事者間における債務不履行責任の問題が生ずるにすぎない。だとすると,同じくライセンス契約の一種である「肖像使用権」の譲渡に関しても,本来的には同様に解釈することが妥当ではないだろうか。 しかしながら,「肖像使用権」譲渡について,特許法94条や著作権法63条3項を類推適用できるわけではない。「肖像権」及び「肖像使用権」について明文規定が存在しない以上,むしろ,民法466条1項但書に該当する可能性を解釈上探るべきであろう。 そのうえで重要なのは,「肖像使用権」の基となる「肖像権」の内容である。前述のとおり,本件において「肖像権」は「パブリシティ権」の語と並んで用いられているのであり,肖像から生ずる財産的・経済的利益を指していると考えられる。そしてその「権利」は,プライバシー的側面であると「パブリシティ権」的側面であるとにかかわらず,肖像本人の有する外見・容姿からのみ継続的に生ずるものである以上,本来的には,当該肖像本人に帰属するものと考えられる。ただし「パブリシティ権」的側面に関しては,本人において効果的に行使することが困難であるため,本件のような「肖像使用権」許諾契約が締結されるのが通常である。 「パブリシティ権」的側面において「肖像権」が譲渡可能であるか否かという点につき従来争いがあり,大きく,「パブリシティ権」としての経済的利益側面を重視して譲渡可能とする立場と,「肖像」の人格的側面から否定する立場とに分かれる。しかし,そもそも,肖像の源泉たる人物の容姿はその本人から分離して存在することのできないものであって,肖像とは,その容姿をある一時点において,無形であれ有形であれ何らかの媒体に固定することによってしか存在しえないものであること,及びある「肖像」についてプライバシー権的側面と「パブリシティ権」的側面とを明確に分離することは不可能であることから,「肖像権」そのものを移転することはできないと考えるのが妥当であろう。 そして,このような肖像及び肖像権の性質を考えた場合,「肖像使用権」とその譲渡は,許諾契約に含まれる許諾範囲いかんによって区別される必要があるのではないだろうか。 すなわち肖像の利用に当たっては,肖像の固定と,具体的な肖像の利用行為という2段階の行為が必要である。肖像使用許諾の内容を行為態様によって分類すれば,既存の肖像の利用についての許諾と将来生ずる肖像の利用の許諾(肖像固定行為を含む)につき,それぞれ利用態様を限定する場合と限定しない場合という計4種類の許諾が考えられよう。このうち,既存の肖像の限定的利用許諾については,許諾範囲が明確であることから,通常の指名債権譲渡にもなじむものと考えられる。他方,利用態様に制限が設けられていない場合,利用された商品や広告によっては肖像本人のイメージ等が低下する可能性もあり,たとえ意に染まない利用行為がなされた場合には製造・販売等を拒否できる等の契約条項が結ばれているとしても,どのような利用行為がなされているのかを常にすべて把握しなければならなくなり,現実的ではない。また将来的に生ずる肖像全般についての許諾に関し譲渡しうるとすれば,肖像本人が他人に知られたくないようなものが流出する可能性も出てくる。このような場合,やはり使用権者(債権者)が信頼に足る者か否かというのは当該債権契約の締結に当たって非常に重要な要素であることは想像に難くなく,だとすれば,当該債権を譲渡するに当たっても,譲受人が何者であるかということは契約の存続に大きく影響するはずである。このように考えれば,既存肖像の限定的利用許諾でない限り,たとえ譲渡禁止の特約がなくとも,性質上譲渡しえない債権であると解釈すべきである。 この点を本件に則して考えた場合,D・F間の肖像使用権譲渡はXの承諾なしには認められるべきではない。しかしながら,YがFと締結した本件出版契約は,実質的にはY・D(E)間の合意に基づくものであり,また本件コンサートツアーに限ったものであったとすれば,既存の肖像の限定的利用と同視しうるものと考えて,譲渡あるいは再許諾しうる性質のものと解釈する余地がある。 4.民法467条1項の対抗要件具備と「肖像権」侵害 本判決は民法467条1項の対抗要件具備につき,本件が問題とする「パブリシティ権又は肖像権」侵害の有無とは無関係としている。前述のとおり,「肖像使用権」の譲渡が本人の承諾なく認められる場合も考えられるから,この点も考察するが,対抗要件の有無と,実際の譲渡の有無及びそれに付随する権利侵害の発生とは無関係であるから,判断は妥当である。 |