発明 Vol.100 2003-12
判例評釈
減速機付きモーターを製造販売することが
意匠に係る物品を減速機とする意匠権を
侵害しないとされた事例
(東京高裁平成15年6月30日判決,平成15年(ネ)第1119号,意匠権侵害差止等請求控訴事件,最高裁ウェブサイト)
茶園 成樹
〈事実の概要〉

 X(原告・控訴人)は,意匠に係る物品を「減速機」とする登録第798521号の意匠権(以下「本件意匠権」といい,この意匠権に係る登録意匠を「本件登録意匠」という)を有している。Y(被告・被控訴人)は,モーターに減速機を取り付けたイ号物件及びロ号物件(以下,併せて「Y製品」という)を製造販売している。Xは,Yに対し,Y製品における意匠が本件登録意匠と類似関係又は利用関係にあり,YがY製品を製造販売する等の行為が本件意匠権を侵害するとして,それらの行為の差止め及び損害賠償を求めた。
 原判決(東京地判平成15年1月31日(平成14年(ワ)第5556号)最高裁ウェブサイト)は,本件登録意匠の要部がケーシングのモーター側端の具体的な形状にあること,Y製品がいずれも,開口されている一端にフランジが形成されている円筒状の第1のケーシング(減速機部分)と,該第1のケーシングの他端に,その一端を連結し他端には開口部を有する円柱状の第2のケーシング(モーター部分)とからなり,第1のケーシングと第2のケーシングの連結部分は,ねじによって固定されており,第1のケーシングの膨出部の存在により僅かな間隙が形成されているが,そのモーター側端の形状全体は外部からは認識できないこと等を認定した上で,次のように述べて,Xの請求を棄却した。
《1》 本件登録意匠に係る物品とY製品の物品は異なり,Y製品の意匠は本件登録意匠と同一又は類似であるということはできない。また,利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても,本件登録意匠の要部は,「Y製品の意匠においては,外部から認識できないから,このような場合には,利用関係が存すると認めることはできず,したがって,利用関係による意匠権の侵害も認められない」。
《2》 Xは本件登録意匠との類否判断の対象となるべき製品はY製品の減速機部分であると主張するが,「減速機部分は減速機付きモーターの一構成部分にすぎないというべきであるから,Y製品の減速機部分のみを切り離して本件登録意匠との類否判断の対象とすることはできないというべきである(もっとも,利用関係の判断に当たっては,減速機部分のみを類否判断の対象にすることがあり得るが,利用関係も成立しないことは前述のとおりである。)」。
 「意匠法の保護の対象となるのはあくまで物品の外観であって,外観に現れず,視覚を通じて認識することがない物品の隠れた形状は,意匠権侵害の判断に当たっては考慮することはできないというべきであり,この点は,利用関係の判断に当たっても変わらないというべきである」。
 これに対して,Xは控訴し,意匠保護の根拠は創作の保護であると解すべきであり,物品を内製さえすれば意匠の創作を冒用しても許されるような解釈は不当であり,また,意匠法は意匠の持つ「形態価値」を保護するものであり,「形態価値」を保護するためには保護されるべき意匠が物品の流通過程で見えるかどうかは問題ではなく,モーターと減速機を結合させる「組み立て場面」と,減速機付きモーターとしての「使用される場面」に注目しなければならないのであり,自己の商品に他人の意匠の創作をそのまま冒用するような行為は,たとえ最終的な製品において他人の意匠が外部から認識できなくても許容されるべきではないと主張した。


〈判 旨〉

 控訴棄却。
1.本件登録意匠とY製品の意匠との類否
(1)「本件登録意匠に係る物品とY製品の物品とは,異なるものであるし,また,・・・・・・本件登録意匠とY製品全体の意匠の共通点と相違点によれば,両者の構成態様は,《1》Y製品の全体の構成態様が,第1のケーシング(減速機部分)のみならず,その直径と略同一の直径であり,その長さの約2倍の長さである第2のケーシングと連結されたものである点,《2》Y製品の全体の構成態様においては,本件登録意匠の要部である前記ケーシングのモーター側端の具体的な形状(膨出部の背面視における形状全体)が外部から認識できない点において,大きく異なっているものといわざるを得ないから,Y製品中の第1のケーシングの基本的構成態様や具体的構成態様の一部が本件登録意匠のそれらと共通するものであるという前記共通点を十分参酌しても,本件登録意匠とY製品の意匠は,全体として,看者に異なる美観を与えるものというべきであり,両者が類似しているということは到底できない」。
(2)「意匠の保護は,最終的には産業の発達に寄与することを目的とするものであるから(意匠法1条),意匠保護の根拠は,当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において,取引者,需要者が当該意匠に係る物品を混同し,誤って物品を購入することを防止すると同時に,上記取引者等の混同を招く行為を規制することにより意匠権者の物品流通市場において保護されるべき地位を確保することにあると解すべきである。そうすると,意匠権侵害の有無の判断に際しては,流通過程に置かれた具体的な物品が対象となるものというべきである。そして,本件においては,YがY製品を減速機部分とモーター部分とが一体のものとして製造販売していることは当事者間に争いがないし,前記のとおり,Y製品の減速機部分は,ねじによりモーター部分と固定されているものであるから,結局,Y製品において減速機部分は減速機付きモーターという物品の一構成部分にすぎないというべきである。したがって,Y製品の減速機部分のみを切り離して本件登録意匠との類否判断の対象とすることはできない筋合いである」。
(3)「意匠とは,物品(物品の部分を含む。)の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美観を起こさせるものをいうのであるから(意匠法2条1項),外部から視覚を通じて認識できるものであることを要するものであり,また,前記のとおり,意匠保護の根拠は,当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において,取引者,需要者が当該意匠に係る物品を混同することを防止することにあると解すべきであるから,結局,当該意匠に係る物品の流通過程において取引者,需要者が外部から視覚を通じて認識することができる物品の外観のみが,意匠法の保護の対象となるものであって,流通過程において外観に現れず視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は考慮することができないものというべきである(なお,X主張のとおり,意匠保護の根拠が『創作』であると解したとしても,それが必ずしも意匠権侵害の判断に当たり,物品の隠れた形状をも考慮すべきであるとの見解には結びつかない筋合いである。)」。

2.Y製品における意匠の利用関係
 「Xの主張するように,利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても,前記認定のとおり,Y製品の全体の構成態様においては,本件登録意匠の要部である前記ケーシングのモーター側端の具体的な形状(膨出部の背面視における形状全体)が外部から認識できないものであるから,Y製品が本件登録意匠を利用ないし包含しているということはできない(なお,利用関係の判断においても,前記のとおり,当該意匠に係る物品の流通過程において取引者,需要者が外部から視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は,考慮することができないものというべきである。)」。


〈評 釈〉

 1.本件は,意匠に係る物品を「減速機」とする本件意匠権を有するXが,減速機付きモーターを製造販売するYに対して,意匠権侵害に基づく差止め及び損害賠償を求めたものである。Y製品において,減速機はその構成部分であり,減速機とY製品は部品と完成品の関係にある。
 本件登録意匠とY製品全体の意匠を対比すれば,本判決が述べるように,物品及び構成態様が異なることから,両者は類似するものではないであろう。Xも,この点を認めているために,本件登録意匠との侵害判断の対象となるべき製品がY製品の減速機部分であると主張したと思われる。これに対して,本判決は,意匠保護の根拠が流通過程における物品混同の防止にあることを理由に,意匠権侵害の有無の判断に際しては,流通過程に置かれた具体的な物品が対象となると判示して,Xの主張を認めなかった。
 意匠保護の根拠を混同防止とすることには疑問があるが(後述5.参照),この点はともかく,意匠権侵害の判断においては,通常,対象となる製品は,製造,販売等の「実施」(意匠法2条3項)に当たる行為がなされる製品(以下,「イ号製品」という)であり,対象となる意匠は,イ号製品全体の意匠である。しかしながら,まず,イ号製品の部分の意匠が登録意匠と対比されることがある。平成10年改正における意匠の定義規定の改正によって部分意匠が導入されたが(この点について,加藤恒久『部分意匠論』(2002年,尚学社)208頁は,「意匠の定義規定を変更しなくても,部分意匠を運用で認め得た」と述べる),登録部分意匠の類否判断においては,イ号製品における部分意匠に対応する部分が対比対象となる(部分意匠の位置,大きさ,範囲が考慮されるか否かについては,見解が分かれている。青木博通「タイプ別部分意匠類否論」DESIGN PROTECT 50号8頁〈2001年〉参照)。そもそも部分意匠として物品の部分に係る意匠が認められるのであるから,意匠登録を受ける対象としての部分意匠のみならず,イ号製品に関しても,製品全体の意匠とともに,製品の部分の意匠が存在することになるのである。
 そして,通説判例は,イ号製品の構成部分が侵害判断の対象となる製品になる場合があることを認めている。それは,原判決も示唆するように,登録意匠が「利用」される(26条1項参照)場合である。意匠の利用とは,「ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を,その特徴を破壊することなく,他の構成要素と区別しうる態様において包含し,この部分と他の構成要素との結合により全体としては他の登録意匠とは非類似の一個の意匠をなしているが,この意匠を実施すると必然的に他の登録意匠を実施する関係にある場合をいう」と定義されるのが一般的である(大阪地判昭和46年12月22日無体集3巻2号414頁[学習机事件],名古屋地判昭和59年3月26日無体集16巻1号199頁[豆乳仕入機事件1審],名古屋高判昭和60年4月24日無体集17巻1号183頁[同事件2審],神戸地判平成9年9月24日日本知的財産協会判例集V〈平成9年〉2396頁[細幅レース地事件],大阪高判平成10年9月25日判例工業所有権法[第2期版]6675の82頁[鋸の背金事件])。
 多くの学説によると,本件のような部品と完成品との関係の意匠が,利用関係が成立する典型例である(斉藤瞭二『意匠法概説(補訂版)』〈1995年,有斐閣〉319頁,加藤恒久『意匠法要説』〈1981年,ぎょうせい〉348頁,高田忠『意匠』〈1969年,有斐閣〉507〜508頁)。特許庁編『工業所有権法逐条解説(第16版)』(2001年,発明協会)923頁は,利用関係の具体例として,ハンドルの意匠とそのハンドルを用いた自転車の意匠の場合を示している。部品と完成品では物品が異なり,意匠全体としては非類似となることが多いが,完成品を構成する部品部分が部品の登録意匠と対比され,両者が同一又は類似であり,部品の登録意匠が完成品の意匠に利用されている場合には,意匠権の侵害が成立すると解されているのである。
 2.このように侵害判断の対象は,イ号製品とイ号製品全体の意匠に限られない。もっとも,意匠権者が,侵害判断の対象となる製品あるいは意匠を自由に選択できるとすると,物品の製造や販売をする第三者は,いかなる意匠権との関係で侵害が問題となるのかを予見することが困難となり,法的に不安定な状態におかれることになる。そのため,侵害判断の対象を,その対象となることが明らかなイ号製品・イ号製品全体の意匠以外の製品・意匠に求めようとする場合には,第三者の予見可能性が考慮されなければならない。この点,部分意匠については,物品の部分に係る意匠として公示されているため,侵害判断の対象をイ号製品の部分の意匠としても第三者が不測の不利益を被ることにはならない。また,利用関係として,どのような場合にイ号製品の構成部分が侵害判断の対象となる製品になるかは,後述するように,上述の利用の定義に従えば第三者にとって予見可能であるといえよう。
 ところで,意匠の利用は,通説判例では,類似関係が成立しない場合に認められると解されており,本判決も,類似関係と利用関係を区別して検討している。そのように解される類似関係の判断において,対象となる製品をイ号製品の構成部分とすることは,イ号製品の製造や販売がその構成部分の製造や販売でもあると容易に認識できるような場合でなければ,法的安定性を害することになろう。本件においては,Y製品は減速機部分とモーター部分が一体のものとして製造販売され,両部分がねじで固定されているというのであるから,そのような場合には当たらないと思われる。したがって,本判決が,利用関係と区別する類似関係の判断において,Y製品の減速機部分が対象となる製品にはならないと判断したことは妥当であろう。
 3.しかしながら,類似関係が成立しない場合に利用関係に基づく侵害を肯定することは,意匠権の効力につき,「意匠権者は,業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する。」と規定する23条との間に齟齬が生じることとなる。学説にも,非類似の場合に利用関係を認める必要があるのかについて疑問を呈する見解がある(佐藤恵太「意匠権侵害訴訟における意匠の類否判断」斉藤博・牧野利秋編『裁判実務大系27巻・知的財産関係訴訟法』〈1997年,青林書院〉546,558頁)。本判決も,原判決も同様であるが,「Xの主張するように,利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても」と述べて,利用関係による意匠権の侵害が認められるかどうかについて明言を避けている。
 思うに,部品と完成品が物品として異なり,部品の意匠と完成品全体の意匠が非類似であることを理由に,完成品の製造や販売が部品の意匠権の侵害を構成することがないとすれば,部品の意匠に対する保護の実質は相当に失われる結果となる。部品の意匠に適切な保護を与えるためには,完成品の部品部分が侵害判断の対象とされ,侵害が成立する場合を認めるべきであろう。利用関係による侵害はまさにこの場合に当たるといえる。そして,平成10年改正における意匠の定義規定の改正により,利用関係を23条と整合的に位置づける,次のような解釈が可能になったと思われる。
 すなわち,前述したように,イ号製品に関して,製品全体の意匠とともに,製品の部分の意匠が存在するのであり,完成品が製造販売等されている場合には,完成品全体の意匠が実施されているだけでなく,その構成部分の意匠も実施されていることになる。そして,完成品の構成部分の意匠の実施が部品の登録意匠の実施と同視しうる場合には(本件に即していうと,減速機付きモーターの減速機部分の意匠の実施が減速機の意匠の実施と同視しうる場合),完成品の構成部分の意匠と部品の登録意匠が同一又は類似であることに基づいて利用関係による侵害が成立すると認めても,それは類似関係による侵害と変わらないものということができ,よって,利用関係は類似関係の一態様であると解することができるであろう。
 このように解釈できるとすると,翻って,部品と完成品の関係にある意匠の場合に利用関係が認められるためには,完成品の構成部分の意匠の実施が部品の登録意匠の実施と同視しうることが必要条件となる。前述したように,意匠の利用とは,「ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を,その特徴を破壊することなく,他の構成要素と区別しうる態様において包含」するものと定義されていることは,この条件を反映したものと考えることができよう。他の構成要素と渾然一体となって区別できない態様になっている場合には,部品の登録意匠の実施を観念できないからである。また,利用関係の成立を他の構成要素とは截然と区別される場合に限定することによって,完成品の製造や販売をする第三者に対し,どのような場合に部品の意匠権が問題となるかについての予見可能性を与えることができる。
 4.本判決は,他の構成要素と区別しうる態様であるか否かを問うことなく,利用関係を否定した。それは,Y製品の全体の構成態様において本件登録意匠の要部である部分が外部から認識できないことを理由とするものであった。
 利用関係を,本判決のように類似関係とは別個のものと解するか,あるいは私見のように類似関係の一態様と解するかにかかわらず,イ号製品において登録意匠と同一又は類似の意匠が存在しなければ利用関係は成立しないから,利用関係の成否が類否判断によることに変わりはない。外部からの認識可能性を問題とすることは,類否判断において外部から認識できない物品の隠れた形状は考慮されないことを前提とするものであり,この点から検討することにしよう。
 5.本判決は,意匠の定義及び意匠保護の根拠が流通過程における混同防止であることに基づいて,類似関係の判断において,「流通過程において外観に現れず視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は考慮することができない」と述べ,利用関係の判断においても同様であるとした。
 意匠とは,2条1項に「視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定義されており,視覚的に認識できないものは,視覚を通じて得られる美感とは無関係であるから,保護の対象とすることはできず,また類否判断において考慮されないことになろう。仮に視覚的に認識できないものも考慮されるとすると,部品と完成品の関係にある意匠の場合,完成品を販売する者は,部品の意匠権の侵害を避けるために完成品を分解して調査しなければならないことになる。外部から全く認識できない部品の形状も考慮されるとすれば,完成品の販売業者の負担は極めて重いものとなり,取引の円滑さが著しく損なわれることになろう(なお,東京高判平成6年2月1日判例工業所有権法[第2期版]6601の16頁[端子金具事件]は,端子金具の意匠権者が,端子金具を組み込んだ電球セットを輸入販売する者に対して,端子金具の製造販売の差止めを求めたという事案において,電球セットに組み込まれた端子金具が物品性を欠くことを理由に,侵害を否定した)。完成品の製造においても,同様に部品をいちいちチェックすることが必要となる。
 Yは,意匠の持つ「形態価値」を保護するために,モーターと減速機を結合させる「組み立て場面」と減速機付きモーターとして「使用される場面」に注目しなければならないと主張した。この主張では,〈事実の概要〉では紹介しなかったが,意匠の「実施」に当たる「使用」が問題とされ,「形態価値」として,「機能的工夫により生じた形状の意匠的価値」に着目されている(峯唯夫「意匠の使用概念からのアプローチ」DESIGN PROTECT 51号2,10頁〈2001年〉も参照)。この主張の趣旨は必ずしも明確ではないが,保護される形態価値が発揮され利用されることが意匠の「使用」であり,「使用」がなされるためには形態が外観に現れている必要はないから,形態価値を保護するために,類否判断において視覚的に認識できない物品の隠れた形状も考慮すべきとするもののようである。しかしながら,意匠の「使用」とは,2条3項の定義からすると,意匠に係る物品を使用する行為なのであって,意匠の持つ価値の発揮・利用それ自体ではないし,とりわけ「機能的工夫により生じた形状の意匠的価値」の発揮・利用に保護を及ぼすことは機能を保護する結果となりかねない。また,意匠の「使用」に関しては物品の隠れた形状が考慮されるとするならば,完成品を購入し業として使用する者は,完成品の販売業者について左記と同様の負担を負わなければならないこととなる。
 したがって,本判決が,視覚を通じて認識できないものは類否判断において考慮されないとすることは妥当であるが,流通過程における視覚的な認識可能性だけを問題とするかのように述べている点には疑問がある。意匠の定義から流通過程への限定を導くことはできないし,また,意匠保護の根拠については見解が分かれているが(加藤恒久『意匠法要説』〈1981年,ぎょうせい〉24〜37頁参照),意匠の「使用」が「実施」に当たることや,競合しないのが通常である部品と完成品の関係にある意匠の場合に利用関係による侵害が認められることから,意匠保護の根拠を流通過程における混同防止とすることはできないからである(牛木理一「意匠法の目的から見た登録意匠の利用」知的財産法研究128号1,6〜7頁〈2003年〉も反対)。本件では,流通過程だけが問題となるか否かによって結論が変わることはなかったであろうが,流通過程においては視覚的に認識できないが他の場面では認識できる物品の形状をどのように取り扱うかは検討を要する。
 6.視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状が考慮されないとしても,それだけで利用関係が否定されるわけではない。大阪高判昭和57年9月16日無体集14巻3号571頁[鋸用背金事件]が述べるように,物品の一部の形状が外部から見えない場合,「意匠の一部を実施しているに過ぎないものとすると,或る先願意匠権の対象である部品(例えば自転車のハンドル)を後願意匠権の対象である本体(自転車)に結合して使用する場合,右結合部分は外部から見えないのが通常であるから,先願部品を後願本体に使用する場合は意匠法26条の適用されることが殆どなくなる結果となり,先願部品の意匠権の保護が全うされないことになる」。
 鋸用背金事件では,鋸用背金を意匠に係る物品とする本件意匠権と,イ号物件(鋸用背金)を把持柄に挿入固定させたロ号物件(鋸の柄)及びロ号物件に鋸の換刃を装着したハ号物件(換刃鋸)との利用関係について,本件意匠とイ号意匠は中子部に差異があるが,「中子部についての形状は視覚上の印象が弱い上,中子部は把持柄内に挿入されて外部から見えないものであるから,意匠の要部と云うことはできない」として,本件意匠とイ号意匠が類似すると認定し,ロ号物件及びハ号物件の意匠は,背金部分において本件意匠を利用する関係にあるとして,侵害を肯定した(類似の事例として,前掲・鋸の背金事件)。
 本判決は利用関係を否定したが,それは,減速機の意匠と減速機付きモーターの意匠との間に利用関係が成立しないことを意味するものではない。仮に,前掲・鋸用背金事件のように,Y製品において本件登録意匠の要部である部分が外部から認識できた場合には,Y製品の減速機部分の意匠が本件登録意匠に類似し,モーター部分の意匠と区別しうる態様になっていると認められたならば,利用関係が成立したであろう。本稿では本件登録意匠の要部に関しては検討できなかったが,その要部がモーターとの結合によって隠れてしまう部分にあると認定されたために,利用関係が否定されたのは,その当然の結果といえよう。




(ちゃえん しげき:大阪大学大学院法学研究科教授)