発明 Vol.100 2003-6
判例評釈
米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為をわが国内で
行った被告に対する差止請求,損害賠償請求等を認めなかった
原判決を結論的に支持した事例
(最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決,平成12(受)第580号,損害賠償等請求事件,
民集56巻7号1551頁,判例時報1802号19頁,判例タイムズ1107号80頁)
木棚 照一
<はじめに>
 本件は,米国特許権に基づく,被告の日本国内における米国特許の積極教唆・寄与侵害行為に対する差止め・廃棄請求および損害賠償請求の許否に関する事件の上告審判決である。外国特許権の侵害がわが国の裁判所で争われ,最高裁の判断が示された最初の判決である。しかも,多数意見のほか,藤井裁判官の少数意見や井嶋裁判官,町田裁判官の補足意見も付けられており,外国特許権の侵害に対する国際私法上の問題をかなり詳細に検討した興味ある判例であるといえよう。
 外国特許権の侵害訴訟に関するものとしては,日本で適法に実施権を取得した者の製造した特許製品(多極真空管)を第三者が大量に購入し,それを使用したラジオ受信機を製造し満州国に輸入して,満州特許を侵害したとして訴えが提起された,いわゆる,満州特許事件に関する東京地裁昭和28年6月12日判決(下級民集4巻6号847頁)があるのみであった。ちなみに満州特許事件は,満州特許を満州国で侵害した者に対して満州特許権者が損害賠償請求を行った事例に関し,法例11条2項の適用に関するものであった。本件は,米国特許の侵害をわが国で侵害した行為に関する差止め・廃棄請求と損害賠償請求に関し,差止め・廃棄請求の法性決定,特許権の効力の準拠法,法例33条の公序,法例11条1項の「原因タル事実ノ発生シタル地」の意義,法例11条2項の適用等につき新たな興味ある問題点を提供している。


<事実の概要>
 日本に住所を有する日本人X(控訴人,上告人)は,日本法人訴外A社の技術部長をしていた昭和58年に本件の「FM信号復調装置」と称する手動式カード・リーダーに使用される発明を完成し,昭和60年9月10日に特許番号第4540947号の米国特許権(以下,本件米国特許権という)を取得した。他方,Y社(被控訴人,被上告人)は,訴外A社が昭和61年9月ごろ約30億円の負債を抱えて倒産状態になったので,A社の有した本件米国特許権と同一の発明を対象にした日本特許権等を含め営業譲渡を受け,同年10月に新たに設立された日本法人である
 Yは,昭和61年ごろから平成3年ごろまで本件米国特許の構成要件をすべて充足するカード・リーダー[以下,被上告人製品一という]を,平成4年ごろからは本件米国特許の技術的範囲に属するかどうかにつきXY間で争いがあるカード・リーダー[以下,被上告人製品二という]を,それぞれわが国で製造し,Yが100%出資して設立した米国子会社等を通じてアメリカに輸出していた。そこで,Xは,Yが米国に輸出する目的でわが国でこれらの製品を製造し,米国にこれを輸出し,子会社等に米国における被上告人製品一および二の販売または販売の申し出をするよう誘導する行為を本件米国特許権の積極的誘導(米国特許法271条(b))および寄与侵害(同条(c))に該当し,米国特許法上このような行為については直接侵害が米国で行われれば,それが世界中どこで行われようとも米国特許権の侵害になる,として,これらの行為を差し止めることを求めるとともに,日本において所有するY製品の廃棄処分および損害賠償1億7000万円とその利息の支払いを請求した。
 一審の東京地裁平成11年4月22日判決(民集56巻7号1575頁,判例タイムズ1006号257頁以下,判例時報1691号131頁以下)は,次のような理由でXの請求をいずれも棄却した。《1》1国1特許,属地主義の原則,特許独立の原則に照らすと,「特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては,当該特許権が登録された国の法律を準拠法とすべきものと解するのが相当である。したがって,本件の差止め及び廃棄請求については,米国特許法が準拠法になるというべきである。「しかし,国際的に広く承認されている属地主義の原則によると,米国特許の効力は米国の領域内に限られるから,わが国における行為が米国特許権を侵害するということはあり得ないはずである。わが国には特許法を日本国外の行為に適用すべき旨を定めた規定はなく,他国との間で相互にそのようなことを認めることを定めた条約もない。」「米国特許法の域外適用規定は,わが国の特許制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものというべき」であり,「法例33条によりこれを適用しない。」《2》「損害賠償請求を認めることは」「あくまでも当該社会の法益保護を目的とするものであるから,不法行為の問題と法性決定し,法例11条1項によるべきと解するのが相当である。」「そして,Xが不法行為に当たると主張するYの行為は,すべて日本国内の行為であるから,本件においては,日本法<民法709条以下>を適用すべきものというべきである。」とし,「我が国においては,外国特許権について,我が国の特許と同様ないしこれに準ずる保護を与える法例上の規定は存在せず,かえって,」我が国に妥当する属地主義の原則によれば,外国特許権の効力は「当該国の領域内においてのみ認められ,日本国内にはその効力を及ぼさないのであるから,米国特許権は,我が国の不法行為法によって保護される権利には該当しない。」と判断した。
 そこでXは,次のような理由で原判決の取り消し,Xの請求を認めるべきとして控訴した。《1》原判決は,米国特許法の域外適用規定を法例33条に反するものとしてこれを適用しないとする。しかし,「直接侵害行為が領域内で行われることを必須要件として間接侵害行為の違法性を認めることは,属地主義に反するものではなく,属地主義との調和を図ったものである」。法例33条は,「当該外国準拠法の規定を具体的事例に適用した結果がわが国の私法秩序に反するときにはじめて当該規定の適用を排除すべきとする趣旨である。しかも,原判決は,本件で積極的誘導ないし寄与侵害に関する米国特許法規定を具体的に適用した場合,わが国の私法秩序との関係でいかなる弊害が生ずるかという点に関し何ら審理していない」として,「直接侵害行為がわが国において行われていれば,教唆,幇助等の間接侵害行為が国外で行われたとしても,これを違法とすることは属地主義に反しない」とする学説を近時の通説的見解として引用する。そして,「本件において,米国特許権の域外適用を認めたとしても,」「法廷地であるわが国社会において真に忍び難い事態が生ずる可能性は皆無といってよい。」とし,さらに,近時の急速な国際化の進展の中で考えれば,「本件のように,米国に100パーセント子会社を作り,子会社をわら人形として直接侵害行為を行わせて海外から間接侵害の形態を採れば,米国特許権の実効性を実質的に弱めることが可能となり」,「極めて不合理な事態を招く結果となる。」と指摘する。《2》原判決が「Yの行為はすべて日本国内の行為である」とした点について,「法例11条1項で規定する『不法行為』の原因発生事実は,Yが日本国内で行った行為の積極誘導または寄与侵害だけでなく,当事者間に争いのない事実であるY以外の第三者による米国内での直接侵害行為,及び右直接侵害行為とYの右積極的誘導または寄与侵害との因果関係も含むものである。」と反論し,原判決のように不法行為と法性決定したとしても,先に示した学説は,「いずれも日本特許権について,国外で行われた教唆,幇助行為に対して,法例11条の解釈として日本の不法行為を適用するとしており,その法律構成として,結果発生地である日本を『原因タル事実ノ発生シタル地』とする考えと,これを共同不法行為とみて直接侵害行為が行われた日本を『原因タル事実ノ発生シタル地』とする考えを示している。」として,米国法が不法行為地法になると主張する。さらに,法例11条2項,3項による日本法の累積適用についても,「ここで適用される具体的条項は,原判決で説示された民法709条ではなく,教唆者及び幇助者について規定した民法719条2項」であり,これによると,「教唆者及び幇助者はこれを共同行為者とみなすとしていることから,直接侵害行為者との関連性が認められれば,本件でYに不法行為責任を問うことは,法例11条2項に照らし何ら問題ない」と主張した。
 しかし,東京高裁平成12年1月27日判決(民集56巻7号1600頁,判例時報1711号131頁)は,次のように述べて控訴を棄却した。
 1「特許権については,国際的に広く承認されているいわゆる属地主義の原則が適用され,外国の特許権を内国で侵害するとされる行為がある場合でも,特段の法律又は条約に基づく規定がない限り,外国特許権に基づく差止め及び廃棄を内国裁判所に求めることはできないものというべきであり,外国特許権に基づく差止め及び廃棄請求については,法例で規定する準拠法決定の問題は生じる余地がない。そして,外国特許権に基づく差止め及び廃棄請求を我が国で行使することができるとする法律または条約は存しないので,Xの請求は理由がないといわざるを得ない。」
 「仮に,右各請求が渉外的要素を含み,どの国の法律を準拠法とすべきかが問題となるとしても」「一般にある国で登録された特許権の効力が当然に他の領域内に及ぶものと解されていないことなどに照らすと,準拠法は我が国の特許法または条約であると解するのが相当である。そして,」「我が国特許法には,他国の特許権につき積極誘導または寄与侵害に当たるとされる我が国領域内における行為の差止めやそのような行為によって製造された製品の廃棄を認める規定はなく,我が国と他国(米国)との間で互いに相手国の特許権の効力を自国において認めるべき旨を定めた条約も存在しない。」
 2 損害賠償請求については,差止め請求等と異なり渉外的要素を含むものとして,法例11条1項によるべきとしながら,「Xが不法行為に当たると主張するYの行為は,すべて日本国内の行為であるから,本件においては,日本法<民法709条以下>を適用すべきものというべきである」としたうえで,「前記のとおり,我が国においては属地主義の原則を排除して米国特許の効力を認めるべき法律または条約は存在しないので,米国特許権は,我が国の不法行為法によって保護される権利に該当しない。したがって,米国特許の侵害に当たる行為が我が国でされたとしても,右行為は,米国特許権侵害に当たるとの主張事実のみをもってしては,日本法上不法行為たり得ないと解するのが相当である」とする。さらに,不法行為地を結果発生地とみたり,共同不法行為とみて直接侵害行為が行われた地を不法行為地とみる見解に対して,「特許侵害行為の準拠法は,教唆,幇助行為等を含め,過失主義の原則に支配される不法行為の問題として行為者の意思行為に重点が置かれて判断されるべきであるから,本件では不法行為者とされる者の行動地である我が国が法例11条1項にいう『原因タル事実ノ発生シタル地』に当たるというべきであり,」Xの主張は採用することができない,とされた。
 そこで,Xは,次のように述べて上告受理申立を行った。《1》原審判決は,属地主義の原則から,外国特許権に基づく差止めおよび廃棄請求を内国裁判所に求めることができないというが,属地主義は,BBS事件に関する最高裁平成9年7月1日判決からみても,米国特許権の侵害に基づく差止めおよび廃棄請求を内国裁判所に求め得ないとする内容を含むものではない。本件で問題としている間接侵害行為は,米国領土内における直接侵害行為と合わさってはじめて侵害と認められるものであり,それゆえに,属地主義に反しないと解釈されているのであり,原審判決には属地主義の解釈の誤りがある。《2》原審判決は,米国特許の効力を日本法に基づいて判断しているが,本件は,米国特許権の侵害が主張されている事案であり,米国特許権の効力は,米国の法律によって定められるとするのが属地主義の要求である。本件で,差止請求,廃棄請求を求めている対象は,相手方が,米国における100パーセント子会社をわら人形のように使用して行っている行為に対するものであり,何ら不合理なものではなく,極めて合理的なものである。このような請求を準拠法選択を根拠に否定することは,わが国裁判所が米国特許権の間接侵害行為を擁護し,これに加担するに等しく,このようなことは国際的にも,許されるべきものではない。《3》原審判決は,損害賠償請求の準拠法につき法例11条1項により,Yの行動地を日本とみているが,過失責任主義が妥当する不法行為の不法行為地を行動地とする理由は,行動者の行動基準を明確にすることにあるとすれば,本件Yのように米国子会社に米国においてYの製品を販売させる目的で米国への輸入を行っていた場合,これら一連の行為と日本におけるYの行為は一体とみることができ,行為者の意思活動の基準となっている地は,むしろ米国であるとみるべきである。したがって,本件においては,法例11条1項の「原因タル事実ノ発生シタル地」は,直接侵害が行われている米国とみるべきであり,米国法が損害賠償請求の準拠法になる。

<判旨>
上告棄却。
 1「本件差止請求及び本件廃棄請求は,私人の財産権に基づく請求であり,本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり,我が国における行為に関する請求ではあるが,米国特許法により付与された権利に基づく請求であるという点において,渉外的要素を含むものであるから,準拠法を決定する必要がある。」「特許権についての属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。すなわち,各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続きでいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており,我が国においては,我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない。しかし,このことから,外国特許権に関する私人間の紛争において,法例で規定する準拠法の決定が不要となるものではない」
 2「米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求は,正義や公平の観念から被害者に生じた過去の損害のてん補を図ることを目的とする不法行為に基づく請求とは趣旨も性格も異にするものであり,米国特許権の独占的排他的効力に基づくものというべきである。したがって,米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求については,その法律関係の性質を特許権の効力と決定すべきである。」「特許権の効力の準拠法に関しては,法例等に直接の定めがないから,条理に基づいて,当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律によると解するのが相当である。けだし,(ア) 特許権は,国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであり,(イ) 特許権について属地主義の原則を採用する国が多く,それによれば,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとされており,(ウ) 特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる以上,当該特許権の保護が要求される国は,登録された国であることに照らせば,特許権と最も密接な関係があるのは,当該特許権が登録された国と解するのが相当であるからである。」「したがって,特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法は,当該特許権が登録された国の法律であると解すべきであり,本件差止請求及び本件廃棄請求については,本件米国特許権が登録された国であるアメリカ合衆国の法律が準拠法となる。」
 3「米国特許法271条(b)項は,特許権侵害を積極的に誘導する者は侵害者として責任を負う旨規定し,直接侵害行為が同国の領域内で行われる限りその領域外で積極的誘導が行われる場合をも含むものと解されている。また,同法283条は,特許権が侵害された場合には,裁判所は差止めを命ずることができる旨規定し,裁判所は侵害品の廃棄を命ずることができるものと解されている。したがって,同法271条(b)項,283条によれば,本件米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為については,その行為が我が国においてされ,又は侵害品が我が国内にあるときでも,侵害行為に対する差止め及び侵害品の廃棄請求が認容される余地がある。」「しかし,我が国は,特許権について前記属地主義の原則を採用しており,これによれば,各国の特許権は当該国の領域内においてのみ効力を有するにもかかわらず,本件米国特許権に基づき我が国における行為の差止め等を認めることは,本件米国特許権の効力をその領域外である我が国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって,我が国の採る属地主義の原則に反するものであり,また,我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから,本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為を我が国で行ったことに米国特許法を適用した結果我が国内での行為の差止め又は我が国内にある物の廃棄を命ずることは,我が国の特許法秩序の基本理念と相いれないというべきである。」「したがって,米国特許法の上記各規定を適用して被上告人に差止め又は廃棄を命ずることは,法例33条にいう我が国の公の秩序に反するものと解するのが相当であるから,米国特許法の上記各規定は適用しない。」「よって,上告人の米国特許法に基づく本件差止請求及び本件廃棄請求は,これを認めるべき法令上の根拠を欠き,理由がない。」
 4「本件損害賠償請求は,本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり,我が国における行為に関する請求ではあるが,被侵害利益が米国特許権であるという点において,渉外的要素を含む法律関係である。本件損害賠償請求は,私人の有する財産権の侵害を理由とするもので,私人間において損害賠償請求権の存否が問題となるものであって,準拠法を決定する必要がある。」「特許権侵害を理由とする損害賠償請求については,特許権特有の問題ではなく,財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならないから,法律関係の性質は不法行為であり,その準拠法については,法例11条1項によるべきである。」
 5「本件損害賠償請求について,法例11条1項にいう『原因タル事実ノ発生シタル地』は,本件米国特許権の直接侵害行為が行われ,権利侵害という結果が生じたアメリカ合衆国と解すべきであり,同国の法律を準拠法とすべきである。けだし,(ア) 我が国における被上告人の行為が,アメリカ合衆国での本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為であった場合には,権利侵害という結果は同国において発生したものということができ,(イ) 準拠法についてアメリカ合衆国の法律によると解しても,被上告人が,米国子会社によるアメリカ合衆国における輸入及び販売を予定している限り,被上告人の予測可能性を害することにもならないからである。」「米国特許法284条は,特許権侵害に対する民事上の救済として損害賠償請求を認める規定である。本件米国特許権をアメリカ合衆国で侵害する行為を我が国において積極的に誘導した者は,米国特許法271条(b)項,284条により,損害賠償責任が肯定される余地がある。」
 6「その場合には,法例11条2項により,我が国の法律が累積的に適用される。本件においては,我が国の特許法及び民法に照らし,特許権侵害を登録された国の領域外において積極的に誘導する行為が,不法行為の成立要件を具備するか否かを検討すべきこととなる。」「属地主義の原則を採り,米国特許法271条(b)項のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼすことを可能とする規定を持たない我が国の法律の下においては,これを認める立法又は条約のない限り,特許権の効力が及ばない,登録国の領域外において特許権侵害を積極的に誘導する行為について,違法ということはできず,不法行為の成立要件を具備するものと解することはできない。」「本件米国特許権の侵害という事実は,法例11条2項にいう『外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ』に当たるから,被上告人の行為につき米国特許法の上記各規定を適用することはできない。」

裁判官井嶋一友の補足意見

 「属地主義を原則とする各国特許法によって規律されている現在の特許権に関する国際秩序の下では,特許権者は,特許権が登録された甲国の特許法によって甲国内における直接侵害について保護を求める一方,乙国において,同様の保護を求めるのであれば,乙国において同一の発明について特許権を設定して乙国における侵害について保護を求めることとしている。ところで,米国特許法271条(b)項は,上記のように,特許権侵害を積極的に誘導する者は侵害者として責任を負う旨規定し,直接侵害行為がアメリカ合衆国の領域内で行われる限りその領域外で積極的誘導が行われる場合をも含むものと解され,同国の領域外の行為を原因事実として損害賠償責任を肯定しているが,これは,上記の国際秩序の下で他国とは異なる立場を採用しているものと言わざるを得ず,このような規定を持たない我が国の特許法は,我が国の領域外における積極的誘導行為に我が国の特許権の効力を及ぼすことを肯定しない立場を採っているものと解するほかはない。とすれば,我が国の民法の解釈論によって,共同不法行為者とみなして,国外において積極的誘導行為をした者の損害賠償責任を肯定し,また,教唆,幇助行為の犯罪地に関する刑事判例を引用して,国外において行われた積極的誘導行為を国内における直接侵害と一体のものと解して,損害賠償責任を肯定する藤井裁判官の反対意見には同調することはできない」「特許権は,各国の産業政策に従って,各国別に設定登録され,その効力は当該国の領域内にとどまることを原則とする権利であるから,所有権のような普遍的な権利の侵害の場面と同一に論ずることはできない」「本件のように,我が国の領域内において行われた製造,輸出等の行為者について,米国特許法の規定する積極的誘導行為に当たる者として不法行為責任を肯定することはできないものというべきである」

裁判官藤井正雄の反対意見

 1「本件損害賠償請求の法律関係の性質は不法行為であり,その準拠法は法例11条1項によるべきであること,同項にいう『原因タル事実ノ発生シタル地』は,本件米国特許権の直接侵害行為が行われ,特許権侵害という結果が生じたアメリカ合衆国と解すべきであり,同国の法律が準拠法となることについては,多数意見と見解を同じくする。」
 2「不法行為については,法例11条2項により,法廷地である我が国の法律が累積的に適用される。本件において,同項にいう『外国ニ於テ発生シタル事実』に当たるのは,本件米国特許権の侵害を我が国の領域内において積極的に誘導してアメリカ合衆国において侵害の結果を発生させたという事実であり,この事実が原因事実発生地法と我が国の法律の不法行為の成立要件をともに満たして初めて不法行為が成立することになるのである。そして,この場合において,我が国の法律を適用するに当たり,被侵害利益である米国特許権の存在は先決問題であり,その権利がそれ自体の準拠法によって成立したものである限り,これを所与の前提として,その種の権利の侵害が我が国の法律上不法行為と認められるかどうかを判断すべきである(米国特許権が我が国においては効力を有しないことの故に,それが権利として存在しないものとみなして判断すべきではない。)。」「我が国の民法709条,719条2項によれば,特許権の侵害を積極的に誘導する行為は,特許権侵害の教唆又は幇助に当たるというべきであり,その行為を行った者は,共同行為者とみなされ,直接侵害者と連帯して損害賠償責任を負うことは明らかである。したがって,我が国の法律によっても不法行為が成立する場合に当たる。このように解しても,特許登録国の国外における行為自体に直接に米国特許権の効力を及ぼすものではなく,特許登録国において生じた直接侵害に基づく損害の賠償について直接侵害者との連帯責任を負わせるものにすぎないから,属地主義の原則に反するとはいえない。」
 3「井嶋裁判官の補足意見は,法例11条2項を適用するに当たり,我が国の特許権の侵害の場合を念頭に置いているもののようにうかがわれるが,本件においては,さきに述べたように,本件米国特許権の侵害を我が国の領域内において積極的に誘導してアメリカ合衆国において侵害の結果を発生させたことが『外国ニ於テ発生シタル事実』なのであり,我が国の特許権が侵害された場合のことを前提にして,我が国の不法行為法の適用を論ずるのは,法例11条2項による累積適用の正しい手法とは思われない。」「今仮に,我が国の特許権の侵害を国外で積極的に誘導した場合について検討したとしても,私の結論は変わらない。すなわち,我が国で登録された特許権の侵害を積極的に誘導する者の行為が我が国の国外で行われた場合であっても,特許権侵害者の直接侵害行為が国内で行われたときは,侵害を積極的に誘導した者は,国内における特許権侵害に加担した教唆者又は幇助者として共同行為者とみなされ,直接侵害者と一体となって国内での損害を生じさせたものとして損害賠償責任を負うべきものと解するのが相当である。そして,これが属地主義の原則に反するとはいえないことは,2で述べたところと同断である(ちなみに,これは,属地主義を建前とする刑罰法令の適用上,特許法196条の特許権侵害の罪について,我が国の国外で教唆又は幇助行為をした者も,正犯が国内で実行行為をした場合には,刑法1条1項の『日本国内において罪を犯した』者として我が国で処罰されると解されることとも整合する。最高裁平成5年(あ)第465号同6年12月9日第一小法廷決定・刑集48巻8号576頁参照)。」
 4「以上の理解の下に本件についてみると,被上告人製品をアメリカ合衆国に輸出していた被上告人の行為は,同国において被上告人製品を輸入し販売していた米国子会社の行為に加担しその営利活動に協力したものと解することができ,同国における米国子会社の行為が本件米国特許権を侵害するものであれば,その侵害行為を教唆又は幇助したものに当たる。そして,これは,上記2又は3のいずれの理由よりしても,法例11条2項にいう『外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ』には当たらないから,被上告人は,米国子会社との共同不法行為者として損害賠償責任を免れないというべきである。」

<評釈>
 1 本件判決は,外国特許権侵害の準拠法について判断した最初の最高裁判決として注目される。現段階では下級審判決が少なく,学説も十分に展開し尽くされているとはいい得ないこの問題について積極的に上告受理申立を受理して,最高裁が自ら判断を示した積極性については評価したい。しかし,内容的には検討すべき多くの問題が残されており,本件の最高裁判決に賛成し難い点も少なくない。
 2 本件判決は,第一審判決や原審判決と同様に,差止請求,廃棄請求を損害賠償請求と区別し特許権の効力の問題と法性決定して特許権の準拠法によらしめている。そのうえで,必ずしも十分に検討されることなく,属地主義の原則を持ち出して,米国特許法による侵害行為の差止請求・侵害製品の廃棄請求を法例33条によって排除している。確かに,差止めおよび廃棄請求を特許権の効力の問題とみる限り,わが国の裁判所が外国の特許法を適用して差止請求を認めることは難しい側面があることは否定することができないであろう。外国の特許の効力を直接わが国の領域に及ぼすことは属地主義の原則からみて許されないと考えられてきたからである。しかし,比較法的にみれば,差止めおよび廃棄請求は,権利侵害の法的効果として損害賠償請求とともに全体として調和するように規定されたり,捉えられたりすることが多いように思われる。国際私法上の法性決定をどのようにすべきかについては議論のあるところであるが,比較法的観点を踏まえて国際私法独自に行うべきであるという点ではほぼ一致する。そうとすれば,少なくとも抵触法上は差止め・廃棄請求も損害賠償請求とともに違法な侵害に対する法的効果として一体的に捉えれば足り,あえてこれらを異なるように法性決定する必要はない。むしろ,いずれも不法行為の効果と法性決定するほうが困難な適応問題を生じる可能性を回避し,かつ,属地主義の原則を緩和することができるので,市場のグローバル化に適合した解決が可能になるように思われる。
 不法行為の問題とみる限りは,保護国法上適法に成立している権利であれば,わが国からみても不法行為によって保護されるべき権利であることを否定することは明らかに誤りであるというべきである。特許権の本質をどのように捉えようとも,いったん保護国法によって有効に成立した特許権は外国の権利であっても財産権として不法行為法上保護されるべき権利であることに変わりはないはずである。ただ,特許権の効力の及ぶ領域的範囲との関係で不法行為とされる行為が特許権の保護国の領域内で行われなければ,権利侵害は生じないことになり,不法行為が成立しないだけである。そこで問題となるのは,日本において行われたアメリカ特許の侵害についての教唆・幇助行為は,アメリカにおける直接侵害行為と結合した行為であり,アメリカで効果を生じる行為であるから,むしろアメリカで行われた行為とみるべきかどうかである。思うに,不法行為地につき行動地説が採られるのは,行為者が行為の基準とした法によって不法行為の成立及び効力を決定するのが行為者の予測可能性の面から妥当であるからである。日本からアメリカに向けられた故意のあるアメリカ特許侵害の積極的な教唆行為や幇助行為は,アメリカで行われたものとみなしてアメリカ法を適用したとしても,その行為がもっぱらアメリカ特許の侵害に向けられ,直接侵害がアメリカで行われたものであれば,行為者の行為の基準となったのはむしろアメリカ法であるから,行為者の予測を害することもないはずである。
 しかし,本件最高裁判決はこのような見解を採らず,差止め・廃棄請求を特許権の効力の問題と法性決定した。ただ,これがアメリカ特許権に基づくものであるから,渉外性を有する私人間の紛争に関し,準拠法の決定が必要になる,とする点で原審判決と異なる。また,特許権の効力の準拠法に関しては,法例に直接の定めがないから,条理に基づき当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律によるのが相当であり,本件の差止請求および廃棄請求については,本件特許権が登録された国であるアメリカ合衆国の法律が準拠法になる,として,この点でも日本法を準拠法とした原審判決と異なっている。さらに,米国特許法271条(b)項,283条によれば,侵害行為の差止めおよび侵害製品の廃棄請求が認容される余地があるが,これを認めることは,本件米国特許権の効力をその領域外であるわが国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって,わが国の採る属地主義の原則に反するものであり,わが国の特許法秩序の基本理念と相いれないから,法例33条のわが国の公の秩序に反するものと解し,これらの米国特許法の各規定を適用しない,とする。この点は,本件第一審判決が米国の域外適用規定がわが国の公序に反するとしたのと異なっている。これは,米国の域外適用規定が一方的抵触規定であり,保護国法の範囲に属する実質法規定ではないから,わが国の国際私法の観点から当然に適用される規定ではないとする指摘(たとえば,木棚・判例評論,判例時報1712号222頁参照)を考慮して,実質法規定のみを適用する趣旨を明らかにしたものであろう。この点は評価しておきたい。
 しかしながら,米国特許法の規定を適用することが法例33条の公序に反するとしている点は検討を要する。法例33条の規定する国際私法上の公序は,外国実質法の内容自体を問題とするものではなく,その適用結果の不当性・異常性を問題とするものであることは広く認められているところである。ところが,判旨は,米国特許法の適用を認めると米国特許権の効力をわが国に及ぼすと同一の効力を生じ,わが国の採る属地主義の原則に反すると一般的に述べるにとどまり,その具体的な結果の検討には至っていない。本件は,同一発明が日本と米国で異なる者に帰属している事例に関するので,具体的結果を検討するまでもないとする趣旨かもしれない。確かに,同一発明に関する特許に基づき,同一の特許製品が日本とアメリカで製造されているのであれば,この趣旨は是認できる。しかし,より具体的にみれば,本件の被告が日本の特許権に基づいて日本やヨーロッパその他の諸国に向けて製造していた特許製品とアメリカ向けに製造し,輸出して,アメリカの子会社に輸入・販売させていた特許製品とは同一ではなく,アメリカ向けの製品はアメリカとカナダにおいてのみ使用できる特殊な物であった。そうとすれば,本件被告のアメリカ向け製品の製造・輸出等の差止めを認めたとしても,わが国の私法秩序を破壊するような異常・不当な具体的結果が生じるわけではない。逆に少なくともTRIPs協定発効後のWTO加盟国間では,「新規性,進歩性および産業上の利用可能性のあるすべての技術分野の発明に」特許が与えられ(27条1項),「侵害行為に対し効果的な措置・・・・・・が採られることを可能にする」ことが約束されているのである(41条1項)から,むしろ,このような場合には差止めや廃棄請求を認めるべきであるようにも思われる。
 3 損害賠償請求については法例11条の不法行為と法性決定する点では,多数意見,補足意見,少数意見のいずれも変わらない。多数意見は,特許権侵害を理由とする損害賠償請求を「特許権特有な問題ではなく,財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならない」としたうえで,法例11条1項の「原因タル事実ノ発生シタル地」(以下,不法行為地と略す)をアメリカ合衆国と解し,原審の判断を相当でないとしている。その理由として,「(ア)我が国における被上告人の行為がアメリカ合衆国での本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為であった場合には,権利侵害という結果は同国において発生したものということができ,(イ)準拠法についてアメリカ法によると解しても,被上告人が,米国子会社によるアメリカ合衆国における輸入および販売を予定している限り,被上告人の予測可能性を害することにならない」ことを挙げている。この点は井嶋裁判官の補足意見と藤井裁判官の反対意見も同様である。それに対して,町田裁判官の意見は,被上告人の具体的行為が専ら日本国内で行われた行為であるから,日本法によって不法行為の成否を判断すべきとして,この点に関する原審の判断を是認する。
 法例11条1項の不法行為地の意義については,行動地説,結果発生地説,類型説に分かれている。本件判決の多数意見は,おそらく学説上多数意見である類型説を前提としたものであるとみることができるであろうが,厳密にみるとそのうちどの見解に立ったのか必ずしも明らかではない。理由の(ア)は結果発生地説的な説明であり,(イ)は行動地説的にみても不当でないことを述べるにとどまる。この曖昧な点が後に述べる多数意見の法例11条2項の解釈に影響しているようにも思われるので,やや詳しく考えてみたい。本件の被上告人の積極的誘導行為は,行為者の意思活動に重点を置いて行動地説に立っても不法行為地をアメリカ合衆国とみるべきではあるまいか。不法行為地を行動地とみるのは,行為者が行動を起こすことを決定する際に基準とするのが通常行動地の法であり,行動地の法によって不法行為とならない行為を不法行為とすべきではないからである。本件の被上告人の行為は,アメリカ合衆国における特許権の直接侵害行為に向けた積極的教唆・誘導行為であり,アメリカ合衆国における子会社の直接侵害行為と一体となって初めて不法行為となるのである。被上告人の行動の重心はアメリカ合衆国にあり,被上告人の行動の基準となっているのは,日本法というよりはむしろ保護国法であるアメリカ法とみるべきである。このように考えることができるとすれば,本件の行動地は保護国であるアメリカ合衆国であり,本件の被上告人の行為は外国における外国特許権の侵害に当たることになる。このようにみれば,外国の特許権の効力を日本に及ぼすことにはならないから,特許権の属地性に反することもないことになる。
 ところが,本件判決の多数意見は,不法行為地をアメリカ合衆国としながら,法例11条2項を持ち出して,「属地主義の原則を採り,・・・・・・特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼす規定を持たない我が国の法律のもとにおいては」「特許権の効力が及ばない登録国の領域外において特許権侵害を積極的に誘導する行為について,違法ということはできず,不法行為の要件を具備するものと解することはできない」として上告を棄却した。本来法例11条1項の不法行為地が特許登録国であるアメリカ合衆国にあるとみた場合に,この事実を同条2項の適用に移し替えるとすれば,米国特許権と同種の日本の権利が日本で侵害されたときに不法行為となるかどうかを判断すれば足りるはずである。何故そうならないのかは,むしろ井嶋裁判官の補足意見に素直に表明されている。「米国特許法271条(b)項は」「直接侵害行為がアメリカ合衆国の領域外で積極的誘導が行われる場合をも含むものと解され,同国領域外の行為を原因事実として損害賠償責任を肯定しているが,これは,上記の国際秩序の下で他国と異なる立場を採用している」「我が国の特許法は,特許権を侵害する行為を登録された国の領域外で積極的に誘導する行為について不法行為責任を肯定する立場を採っていない」と。アメリカ合衆国では,特許権も競争法上の権利と位置づけており,したがって,外国で生じた事実を国内特許法上考慮することができるかどうかは,競争法の域外適用の問題とみられる。米国法上の域外適用の規則は確かに特異の点があり,ヨーロッパをはじめ世界の諸国と対立してきたところである。従来からわが国は,競争法等の公法の域外適用については慎重な立場を採ってきた
 しかし,わが国では特許権は私権である一種の財産権とみられてきたし,本件判決自体それを前提としているはずであり,本件のような特許侵害を公法の域外適用理論で説明しなければならないわけではない。確かに,保護国法という概念(判旨は登録された国の法と言い換えている)は,その領域について保護が求められる国の法を意味し,単に法の場所的適用範囲(Anwendungsbereich)を示すだけではなく,当該の権利の場所的効力範囲(Geitungsbereich)をも示すものとして用いられてきた。保護国法が侵害行為または利用行為のあった国の法に置き換えられるのもこのことと関連する。とはいえ,ある行為が保護国の領域内で行われた行為であるかどうかは,法廷地国際私法または保護国法の解釈問題であって,法の域外適用の問題とみるべきではない。井嶋裁判官をはじめとする多数意見は,この点ではあまりにもアメリカの規定の性質や特許権の見方に引きずられ,消極的になりすぎているように思われる。もし,多数意見が法例11条1項について不法行為地をアメリカ合衆国とみているとすれば,同条2項で問題とされるのは,日本で日本の特許権が侵害されたとすれば不法行為となるかどうかという問題に置き換えられるはずであり,これが肯定されることは言うまでもないことになる。たとえ,町田裁判官の意見に明確にみられるように,米国の領域外から米国特許権を侵害したと考えていたとしても,日本の特許権を日本の領域外から侵害することが属地主義の原則から常に否定されるわけではないはずである。少なくとも,本件のYのように100%子会社を使って,積極的,意図的に日本特許侵害に向けられた行為をする場合には,日本国の領域外からの行為を日本特許の侵害とみても属地主義の原則に反するものではないとみるべきである。この点に関する法例11条2項の解釈・適用については,藤井裁判官の反対意見のほうが妥当であると思われる。なお,属地主義の原則の意義,根拠等に関する考察との関係でのより詳細な検討は後に述べることにしたい。
 4 すでに述べたように,本件判決は,外国特許権侵害の効果につき,一方では差止め・廃棄請求を知的財産権の効力の問題と法性決定し,条理により登録国法により,他方では損害賠償請求を不法行為の問題と法性決定して法例11条に定める不法行為の準拠法によっている。確かに,実質法上は,損害賠償については不法行為の問題として実質的違法性を要求しながら,差止請求等については物権的請求権に類似するものとみて実質的違法性の要件を不要とする見解はあった。しかし,抵触法上は,これらの法律関係を分割して異なる単位法律関係に属するものとみるこのような見解はこれまでみることができなかった新たな見解である。これまでは権利侵害に対する法的効果として一括して単一の単位法律関係に属するものと法性決定されてきた。知的財産法学者や国際私法学者の一部からは,これを特許権の効力の問題とみて,特許権の成立および効力の準拠法によらしめるべきであると主張されてきた。それに対し,わが国の国際私法学界の多数説によれば,外国特許権侵害を不法行為の問題と法性決定するが,権利の存在については先決問題として権利自体の準拠法によるべきものとみてきた。しかし,この見解から,どのような問題が不法行為の準拠法により,どのような問題が先決問題として特許権の成立および効力の準拠法によるべきなのかを特許権の属地主義の原則との関連でより詳細に検討されることはなかった。
 そこで,本件判決でも特に厳密に検討されることなく当然の前提とされている知的財産権に関する属地主義の原則について検討することにしたい。属地主義の意義,機能や根拠については種々の見解がある。ここではそのすべてを詳細に検討することはできないので,私の結論のみを述べるにとどめたい。属地主義の原則は,抵触法的には,知的財産権の成立,効力,消滅がその領域について保護が要求される国の法によって決定されるとする保護国法の原則として現れる。しかし,それにとどまらず,実質法的には,知的財産権の効力が権利を付与したり,登録を認めたりした国の領域においてのみ認められるとする原則に現れる。属地主義の原則により認められるこのような機能は,古くから認められていたように思われることが少なくないが,これが明確に認められたのは20世紀に入ってからであるという指摘があることにも注意する必要がある。本件の外国特許権侵害の問題を考察する場合に重要となるのは,属地主義の実質法的機能である。このような機能が認められる根拠を主権理論に求め,その国の主権の及ぶ領域を越えて無体物である財産に対する排他的支配権である特権を認めることができないからであるとする見解が有力であった。しかし,このような特権理論は次第に克服されている。
 現在最も説得力があると思われる見解は,知的財産権の無体財産としての法的性質にその根拠を求める見解であろう。知的財産権は,有体財産としてその排他的性質と関連して必然的に特定の所在地に結びつく物権と異なって,無形の,したがって,どこででも存在し得る性質を持つので,その客体を特定し,与えられた権利の妥当範囲を限定する必要が生じる。この無体物の特定とかかわって,特に特許については,発明の捉え方,保護範囲等は,特別な条約がない限り,各国の産業政策とかかわる部分も少なくないので,各国ごとに異なる可能性が高く,排他的権利の抵触をできる限り回避する観点から,このような機能が認められているのである。そして,このような議論を前提としたとしても,ある行為が自国の領域内で行われ,したがって,自国の特許権の侵害行為に当たるかどうかを保護国法の適用に関する問題とみれば,保護国法によって決定すべきことになる。このようにみれば,法例11条1項の適用については,米国法により米国国内における侵害行為と同視して,不法行為の成立を肯定し,同条2項の適用については,日本法を適用して,日本国内の行為とみることができないとすることもできるはずである。
 本件判決の多数意見にこのような観点から結論的に賛成することもあり得よう。しかし,このような見解に立ったとしても,法例11条2項の適用の際に,ある行為が日本の領域内において行われた行為かどうかは,あくまで保護国法である日本法の解釈問題であることに変わりはない。そうとすれば,BBS事件の最高裁判決でも明らかにされたように,外国で生じた事実を内国の特許権の効力を制限するために考慮することが属地主義の原則に何ら反することがないのであるから,外国で生じた事実を先に述べた属地主義の実質法的機能の根拠と矛盾しない限度で内国特許権侵害の要件として考慮することは,属地主義の原則に反することはないはずである。本件のYの行為のように,日本の領土外からであれ,日本特許の侵害に向けられた意図的,積極的誘導行為であることが明らかな場合には,外国の特許権と抵触するわけではないから,日本の特許権の侵害とみてよいのではあるまいか。
 本件判決は,伝統的な属地主義の原則を先験的に前提とされているように思われるが,WTOのもとで市場がグローバル化し,それに応じた知的財産権保護の強化が行われている現在,もう一度より根本的に考え直されなければならないのではあるまいか。


(きだな しょういち:早稲田大学教授)


《参考文献および注》

 満州特許事件判決は,「外国特許権を外国において侵害した行為は,日本の法律によって外国特許権が認められない以上法例第11条第2項の規定によって不法行為とならない」とした。これについては,山田鐐一『国際私法の研究』(有斐閣,1969年)142頁以下,田中徹・本件判例批評,ジュリスト215号93頁以下,折茂豊『国際私法各論[新版]』(有斐閣,1972年)187頁,桑田三郎『工業所有権における比較法』(中央大学出版部,1984年)339頁,土井輝生「工業所有権」国際法学会編『国際私法講座第3巻』(有斐閣,1964年)825頁以下,石黒一憲・本件判例解説,特許判例百選(第二版)228頁以下等ほとんどの学説が判旨に反対の立場を採る。
 本件の前に,Y社がXに対し,特許権譲渡手続義務確認等請求事件が提起され,XがA社にいたときになした職務発明であり,A社に移転する黙示的合意があったとして,米国特許の移転登録を求めた。東京地裁平成5年10月22日判決は,Xの請求を大筋において認めた。しかし,東京高裁平成6年7月20日判決は,特許法35条が従業者等の保護規定であるという「趣旨からみれば,従業者等の明示の意思が表示されておる場合あるいは黙示の意思を推認できる明白な事情が認定できる場合は別として,そうでない場合には特許を受ける権利又は特許権を会社に帰属させる結果を招来させることが従業者の合理的意思に合致すると軽軽に推認することはできない」として,原判決を取り消して,Yの請求を棄却した。最高裁平成7年1月24日第三小法廷判決も,Yの上告を棄却している。その結果Yに米国特許が帰属することが確定された。
 控訴審の判旨は,なぜ,どの段階で属地主義の原則が出てくるのかについて正確に理解されていないように思われる。差止め等の請求の準拠法は,権利の効力と法性決定する限り,侵害されたと主張される権利の準拠法であるアメリカ法である。しかし,アメリカ特許法の域外適用の規則は,競争法についていわれるのと類似する一方的抵触規定であるから,わが国の国際私法からアメリカ法が準拠法として指定されたとしても,そもそも適用されるべき性質の規定ではないのである。準拠法として指定されるのは実質法規定のみであって,抵触法規定はあくまで法廷地法であるわが国の法が適用されるのが原則なのである。そのようにみると,属地主義はあくまでわが国の抵触法との関連で問題となるように思われる。
 差止請求等と損害賠償請求は,権利侵害に対する効果として全体として不法行為の抑止効果が目指されている。たとえば,知的財産権の準拠法が差止請求等に厳格な要件を課すが損害賠償額については実際の損害より多く認め,不法行為の準拠法によると,差止めについては寛大な要件で認めるが損害賠償額については実施料相当額に制限するような場合には,一種の適応問題が生じ得る。
 域外適用に関するアメリカの実務とわが国の立場について触れた国際私法学者の論文としては,道垣内正人「法適用関係理論における域外適用の位置づけ」松井芳郎=木棚照一=加藤雅信編『国際取引と法−山田鐐一先生退官記念論文集』(名古屋大学出版会,1988年)213頁以下,出口耕自「競争法・知的財産法」国際法学会編『日本と国際法の100年 第7巻 国際取引』118頁以下参照。
 たとえば,木棚照一『國際工業所有権法の研究』(日本評論社,1989年)308頁以下参照。
 紋谷暢男「知的財産権の国際的保護」『國際私法の争点(新版)』(有斐閣,1996年)27頁,中野・前掲基本コンメンタール74頁参照。
 江川英文『國際私法−改訂−』(有斐閣,1957年)235頁,溜池良夫『國際私法講義』(有斐閣,1993年)374頁,中野俊一郎・基本法コンメンタール國際私法71頁等参照。
 Arnuf Wiegel,Gerichtsbarkeit,internationale Zustan−digkeit und Territorialitats−Prinzip im deutschen gewerblichen Rechtsschutz(1973)S.81f.