判例評釈 |
ライセンス契約における製造地・ 製造者制限条項の違反と並行輸入の許否 |
(大阪高判平成14年3月29日(平成13年(ネ)第425号)最高裁ウェブサイト) |
茶園 成樹 |
I.事実の概要 |
X(甲事件被告・乙事件原告,被控訴人)は,世界的に著名なブランドであるフレッドペリーの商標(本件商標)の商標権(本件商標権)を有している。本件商標権は英国法人AからXが譲り受けたものである。当初世界各国においてフレッドペリーの事業を行う中心的な会社は,A及び英国法人Bの2社であった。Xは,日本におけるAのライセンシーにすぎなかったが,平成7年11月29日に,フレッドペリーの国際事業を買い取り,英国法人Cを設立した。その後,CはDを設立し,DはBの事業を承継した。この買収により,Aが有する,本件商標を除くすべての登録商標,フレッドペリーの事業,グッドウィルが,Cに承継された。 |
II.判 旨 |
控訴棄却
1 「登録商標と同一又は類似の商標を付した商品が外国から輸入され,日本国内で販売等の商標使用行為が行われた場合,当該行為は,日本の登録商標権者の許諾を得ない限り,原則として商標権侵害を構成する。 しかし,商標法が,商標権者に商標の専用権(商標法25条)と禁止権を付与(同法36条)しているのは,商標の出所表示機能及び品質保証機能を保護するためであるから,形式的には商標権侵害を構成するように見えても,当該商品につき,《1》これに付された商標が表示する出所と,商標権者の使用する商標が表示する出所が,実質的に同一であり,《2》当該商標が外国の許諾権者等により適法に付されたものであって,《3》その商品の品質が,商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないものであるときは,登録商標が有する出所表示機能・品質保証機能を何ら害するものではないから,いわゆる真正商品の並行輸入として,違法性が阻却されるものと解するのが相当である」 2 要件《1》について:「本件商品はEが中国のFに製造させたものであるところ,EはAと本件ライセンス契約を締結しており,本件商品が,世界的に著名なフレッドペリーの商品として流通していたことは明らかである。そして,本件商品が日本に輸入された平成8年当時,A及びBが行っていたフレッドペリーの事業は,それぞれC及びDに承継されていたから,本件商品に付された商標は,出所としてC及びDを中心とするフレッドペリーグループを表示していたものと認められる。 他方,Xは,Aから本件商標権の譲渡を受けた平成8年1月25日までは,フレッドペリーのライセンシーであったのであり,本件商品が輸入された当時は,本件商標権の商標権者であるとともに,Cの親会社であったのであるから,Xが本件登録商標をポロシャツ等に使用する場合,その商標は,出所としてC及びDを中心とするフレッドペリーグループを表示していたものと認められる。 したがって,本件商品に付された商標が表示する出所と,本件登録商標が表示する出所は,実質的に同一であるということができる」 3 要件《2》について:「商標法は,商標権者に対し,商標の使用権の専有を認めるとともに,商標の本来的機能である出所表示(自他識別)機能が侵害され又は侵害されるおそれが生じた場合には,これを排除する権限を付与しているところ,商標法がこのように商標の出所表示(自他識別)機能の維持に努めるゆえんは,そうすることによって,当該商標により出所として表示された者に対して,当該商標の下に業務上の信用(グッドウィル)を形成,維持するための努力を促すとともに,築き上げたグッドウィルが他の者によって不法に侵害されないよう保障するためである。そして,商標の付された商品に出所表示主体の品質管理権能が及んでいるということが,商標法の当然の前提となっているものと解される。けだし,商品のグッドウィルを維持するためにはその品質の管理が不可欠であるところ,当該商品に,これに付された商標により出所として表示された者の品質管理権能が及んでいることが前提となっているのでなければ,商標法が意図するように,商標の出所表示(自他識別)機能を維持することを介して,商品の品質,ひいては当該商標により出所として表示された者のグッドウィルを維持することはできないし,また,需要者にとっても,そのような前提があって初めて,商品に付された商標に依拠して,購入すべき商品を適切に選別することが可能となり,その結果,産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護しようとした商標法の究極的な目的が達成され得るものと解されるからである。 以上のように,商標が,その本来の機能を発揮する上では,当該商品に付された商標により出所として明示された者の品質管理機能[権能?]がその商品に及んでいることが不可欠というべきであるから,当該商品の由来を示す限りにおいて出所表示(自他識別)機能が維持されているようにみえる場合でも,出所表示主体の品質管理機能[権能?]が実質的には当該商品から排除されていると認められるときは,そのような商品に商標を付する行為は,たとえ,それがライセンシーによってなされたものであるとしても,適法に商標が付されたものということはできない。」 「本件ライセンス契約においては,2条と4条が商品の品質管理の上で極めて重要な条項とされており,ライセンサーであるAにおいて,これらの条項によってライセンシーであるEの製造する製品に対してその品質管理権能を及ぼそうとしているものであることは明らかである」。「そうすると,本件商品は,単に本件ライセンス契約上の債務不履行に係る商品というだけでなく,これに付された商標の出所表示主体の品質管理権能を実質的に排除して製造されたものといわざるを得ず,かかる商品に本件Y標章を付する行為は,それがライセンシーであるEによってなされたものであるとしても,適法に商標が付されたものということはできない」 |
III.評 釈 |
1.はじめに 本件は,外国における商標権のライセンシーがライセンス契約に違反して製造販売した商品を輸入し,国内で販売した行為について,いわゆる真正商品の並行輸入として商標権侵害の違法性が阻却されるか否かが争われた事件である。本判決は,違法性が阻却されないとして,輸入業者の商標権侵害を認めた第一審判決を支持した。これに対して,輸入業者は異なるが,本件とほぼ同一の事案につき,東京地判平成11年1月28日判時1670号75頁(別件東京地判)及びその控訴審である東京高判平成12年4月19日特許ニュース10555号1頁は,商標権侵害を否定した(なお,控訴審ではライセンス契約の解除が認定された。東京地判平成13年10月25日判時1786号142頁も参照)。よって,大阪地裁・大阪高裁と東京地裁・東京高裁で,後者では製造地制限条項違反だけが問題となったのではあるが,反対の結論が出されたことになる。 2.真正商品の並行輸入 (1) 真正商品の並行輸入について商標権侵害を否定した最初の判決は,パーカー事件(大阪地判昭和45年2月27日無体集2巻1号71頁)である。事案は,パーカー社が製造し香港で販売されていた万年筆を輸入する業者が,パーカー社から日本における「PARKER」商標についての専用使用権の設定を受け一手販売権を与えられていた同社の日本総代理店に対して,差止請求権不存在の確認等を求めたというものである。判決は,「商標法は,商標の出所識別及び品質保証の各機能を保護することを通じて,当該商標の使用により築き上げられた商標権者のグッドウィルを保護すると共に,流通秩序を維持し,需要者をして商品の出所の同一性を識別し,購買にあたって選択を誤ることなく,自己の欲する一定の品質の商品の入手を可能ならしめ,需要者の利益を保護しようとするものである。」として,本件においては,「原告の輸入販売しようとするパーカー社の製品と被告の輸入販売するパーカー社の製品とは全く同一であって,その間に品質上些かの差異もない以上,『PARKER』の商標の附された指定商品が原告によって輸入販売されても,需要者に商品の出所品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全く生じないのであって,右商標の果す機能は少しも害されることがない」から,原告の輸入販売行為は,商標保護の本質に照らし実質的には違法性を欠き,権利侵害を構成しないと述べた。 以後の裁判例も,パーカー判決同様,登録商標と同一又は類似の商標を付した商品を輸入し,国内において販売する行為は,商標の出所表示機能及び品質保証機能を害するものでなければ,商標権侵害に当たらないとする考え方を採用している。この考え方は,商標機能論と呼ばれている。 (2) 本判決も商標機能論を採用するが,侵害が否定される要件として,輸入品につき,「《1》これに付された商標が表示する出所と,商標権者の使用する商標が表示する出所が,実質的に同一であり,《2》当該商標が外国の許諾権者等により適法に付されたものであって,《3》その商品の品質が,商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないものである」ことの3点を挙げている。これらの要件は,第一審判決が述べる要件とほぼ同じであるが,要件《2》について若干の違いがある。これに対して,別件東京地判は,(a)輸入品に付された「標章が輸出元国における商標権者又は商標権者から契約等によって使用を許諾された者(以下「被許諾者」という。)等によって適法に付されたものであり」,(b)「我が国の商標権者と輸出元国における商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に見て一体といえる関係にあって実質的に同一人であると認められ」,(c)「商品の品質が実質的に同一であるといえる」ときは,商標権侵害としての実質的違法性を欠くと述べている。本判決の要件《1》は(b)に,要件《2》は(a)に,要件《3》は(c)に対応すると考えられよう。 3.出所の同一性 (1) 本判決の要件《1》は,輸入品に付された商標が表示する出所と商標権者の使用する商標が表示する出所の実質的同一である。出所の同一性は,パーカー判決でも並行輸入が許容される根拠の1つとされていたが(東京地判昭和59年12月7日無体集16巻3号760頁[ラコステ事件]も同様),これまでの裁判例の多くは,外国で商品を拡布した者と我が国の商標権者が同一人又は同一人と同視されるような特殊な関係がある場合でなければ,その商品の輸入販売が侵害となると解している(東京地判昭和48年8月31日無体集5巻2号261頁[マーキュリー事件],東京地判昭和53年5月31日無体集10巻1号216頁[テクノス事件第一審],大阪地決平成2年1月22日審決取消訴訟判決集(25)604頁[ダンサー事件],大阪地判平成2年10月9日無体集22巻3号651頁[ロビンソン事件],大阪地判平成8年5月30日判時1591号99頁[クロコダイル事件],東京地判平成11年1月18日判時1687号136頁[エレッセ事件])。別件東京地判もほぼ同様に,輸出元国において自ら商標を付した又は商標を付すことを許諾した当該国の商標権者と我が国の商標権者との同一人性を違法性阻却の要件としている。 我が国商標権者と外国拡布者が同一人といえる関係になければ,通常,外国で拡布された商品の輸入販売は商標の出所表示機能を害することになり,その場合に,侵害を肯定することは適切であろう。しかしながら,我が国商標権者と外国拡布者が同一人とはいえないが,我が国商標権者の使用する商標が実際に表示する出所が外国拡布者である場合(例えば,商標が国際的に著名で,我が国商標権者による使用が外国で拡布された商品の輸入販売に限られている場合)には,同一人性を要件とすると,商標の出所表示機能は害されないにもかかわらず,侵害が成立することとなる。そのため,商標的機能論のもとでは同一人性は常に必要とされるわけではないとする学説の批判<木棚照一『国際工業所有権法の研究』(日本評論社,1989年)302頁,川島富士雄・ジュリスト992号137〜138頁(1991年),関谷巖「真正商品の並行輸入と商標権の侵害」『慶應義塾大学法学部法律学科開設百年記念論文集三田法曹会篇』(慶應通信,1990年)325,341〜343頁>は正当である。また,反対に,我が国商標権者が,外国拡布者との間に同一人性の関係があるが,自己の営業努力によって独自の信用を形成している場合,商標の出所表示機能は害されることになるのに侵害が否定されてしまう<田村善之『商標法概説(第2版)』(弘文堂,2000年)474〜475頁参照>。 (2) 本件においては,EはAのライセンシーであり,XはAの業務を引き継いだCの親会社であることから,我が国商標権者と外国拡布者との同一人性の要件は満たされたとすることができたであろう。それにもかかわらず,第一審判決及び本判決が,同一人性ではなく出所の同一性を要件としたのは,上述の同一人性の要件が生じる問題を考慮したためではないかと推測される。出所の同一性の要件は,商標の出所表示機能が害されるか否かを直接的に問うものであり,このような問題を生じない。同一人性の要件に比して,商標機能論に適合し,より適切なものと評価できる。なお,商標権者が商標を使用していない場合にこの要件がどのように判断されることになるかは明らかではないが,この場合には外国で拡布された商品の輸入販売はもはや並行輸入の問題ではないとして,本判決の三要件がそのまま及ぶものではないと解することができよう(この場合につき検討するものとして,田村・前掲書475頁)。 本判決は,本件において出所の同一性の要件が満たされることを認めたが,フレッドペリーの商標の世界的な著名性に基づき,本件商標が表示する出所がC及びDを中心とするフレッドペリーグループであると認定したことは首肯できる。この点に関し,登録商標が表示する出所は,法律形式上,商標権者であるとする見解があるが<渋谷達紀「登録商標の出所表示機能」日本工業所有権法学会年報11号77頁(1988年)>,商標法が商標の出所表示機能を確保しようとするのは,それによって信用の形成・維持を図るためであるから,出所とは商標が実際に識別する信用の主体を指し,登録を受けた者である必要はなかろう<宮脇正晴「商標の機能と商標法の目的」国際公共政策研究5巻1号275,279〜280頁注14(2000年)>。これに対して,本件商品に付された商標が表示する出所については,後述するようにEのライセンス契約違反が考慮されていない点に問題があり,本件では出所の同一性の要件は満たされないと判断されるべきであったと思われる。 4.商標を付すことの適法性 (1) 本判決は,輸入品に商標を付すことの適法性を要件とし(要件《2》),Eのライセンス契約違反をこの要件の問題としている。この点は,第一審判決及び別件東京地判も同様である。第一審判決は,商標権侵害の違法性を欠くといえるためには,「商標の出所表示主体が第三者に与えた許諾のうち商標を付する際の約定に定められた範囲内で商標が付されていなければならない」としたが,その根拠としては,ライセンシーはそのような範囲においてのみ商標を付する権限を与えられるにすぎないと述べるだけで,商標の機能との関係は明らかではなかった。これに対して,本判決は,出所表示主体の品質管理権能を取り上げ,これが輸入される商品から実質的に排除されている場合には適法性要件が満たされないとする。品質管理権能は商標の出所表示機能の発揮に不可欠なものとされており,よって,この権能が実質的に排除された商品では出所表示機能が正しく機能していないこととなろう。つまり,本判決は,第一審判決に比して,適法性要件を,出所表示機能と明確に関連づけて解しているといえる。 別件東京地判も,適法性要件を出所表示機能(及び品質保証機能)との関係において解しているようであるが,本判決とは出所表示機能の捉え方において大きく異なる。そして,この差異によって,本判決と別件東京地判及びその控訴審判決の結論が反対になったということができる。別件東京地判は,Eの製造地制限条項違反を認定したが,「被許諾者(E)において許諾契約に違反する行為があった場合でも,許諾契約が解除されない限り,商標権者(A)から許諾を受けた者が製造販売した商品であるという点に変わりはないから,当該商品の出所が商標権者に由来していることを示すという意味において」,出所表示機能等が害されることはないと述べて,適法性を認めた。同判決では,出所表示機能を,単に誰が商標を付したかに関わるものと捉えているようである。 品質管理権能という言葉自体は唐突な印象を与えるが,それは出所表示主体の品質ないし品質管理に関する意思と同じものであろう。そのような意思から離れた商品が市場に置かれると,その商品はライセンシーによって製造されたものであっても,出所表示主体の信用に対する需要者の信頼は裏切られることになり,その信用は商品の品質が劣悪なものであると現実に毀損されることになり,そうでなくとも常に毀損の危険に晒されることになる。これは,商標の出所表示機能を保護して信用の形成・維持を促そうとする商標法の目的に反することになるし,商品が転々流通することを考えると,出所表示主体の救済は,ライセンシーに対する債務不履行責任を認めるだけでは不十分であろう。したがって,本判決のように,出所表示機能を,商標を付した者が誰かという形式だけではなく,出所表示主体の品質管理権能が及んでいるかという実質も考慮されるものと捉えることは支持することができ,この権能が実質的に排除された商品の輸入販売は,出所表示機能を害するものとして侵害を構成すると解すべきである。 なお,出所表示主体の品質管理権能とは無関係なライセンス契約違反の場合には,商品の品質は出所表示主体の意思に従ったものであって,出所表示機能が害されることはない。また,本判決が要件とする適法性は商標を付することを対象とするものであるが(この点は,第一審判決,別件東京地判も同じ),商標が付された以後におけるライセンス契約違反の場合も同様であり,品質保証機能の阻害が問題とされるのであれば,それは要件《3》において取り扱われるであろう。ライセンス契約違反に関する先例として,前掲ラコステ事件では,販売地域制限条項違反が違法性阻却を判断する際に考慮すべき事実とはならないと述べられているが,この種の違反によって出所表示機能の阻害が生じないのは明らかである。 (2) 本判決が,本件ライセンス契約の製造地制限条項及び製造者制限条項が,ライセンサーであるAが品質管理権能を及ぼそうとするものであると解したことも首肯できよう。本判決は,これらの条項の異議について論じていないが,第一審判決では,「出所表示主体が,第三者に商標の使用許諾を与えるに当たって,本件のような製造地及び製造者に関する条項をライセンス契約に設ける場合には,商品製造技術,品質管理の水準及び商品の原材料の調達の難易その他諸般の事情を勘案して,どのような条件で製造された商品であれば,第三者が製造した商品であっても,自己の出所を示す商標を付して流通に置いてもよいかを検討,決定の上,第三者に対して,当該条項をその内容に含む許諾をしている」と説明されており,これは一般的に認められ得ることと思われる<田中豊「並行輸入と商標権侵害(下)」NBL678号50,52頁(1999年),愛知靖之・商事法務1631号46頁(2002年)。松尾和子「フレッドペリー事件解説(下)特許ニュース10700号1,5頁(2002年),小野昌延・判評489号51頁(1999年),小泉直樹「製造地域等制限条項に違反した輸入品は『真正商品』にあたるか」CIPICジャーナル124号16,22頁(2002年)も参照>。そうだとすると,これらの条項に違反して製造された商品は出所表示主体の品質管理権能を排除するものとなるから,その輸入販売は侵害に当たると解すべきである<反対:木棚照一「並行輸入品と知的財産権に関する若干の問題」CIPICジャーナル122号1,22頁(2002年)>。 ただし,本件では問題となっていないが,これらの条項が定められていても,その制限の厳格性は様々であろうから,違反が品質管理権能の排除にまで至らないと解される場合があろう。また,出所表示主体が適切な管理をなさず,違反が多く行われていれば,品質管理権能が排除されていない,あるいは黙示的な許諾がある(よって違反はない)と解されることとなろう。 (3) ところで,学説上,商標の品質保証機能が商標法の保護対象であるかどうかについて争いがあり,輸入品が国内で拡布されている商品と品質が異なっている場合に,商標権侵害が認められるとする見解<小野昌延「真正商品の並行輸入」牧野利秋編『裁判実務大系9巻・工業所有権訴訟法』(青林書院,1985年)437,449頁,関谷・前掲論文344頁,野間昭男「並行輸入と商標」中山信弘編『知的財産権研究I』(東京布井出版,1990年)63,74〜75頁>と,出所が同一である限り,商標権侵害は否定されるべきとする見解(田村・前掲書478頁,木棚・前掲書304〜305頁)が対立している。後者の見解によれば,本判決の要件《3》は削除されるべきものとなろう。 出所表示主体の品質管理権能が及んでいない商品の輸入販売を侵害とすることは,品質が実際に異なるかどうかを問題とするものではないから,前者の見解に依拠するものではない。また,後者の見解は,商品の品質をどのようなものにするかは商標権者の意思に委ねられていることに基づくものであって,出所表示主体の品質管理権能が及んでいない商品とはその意思に従わないで製造された商品であるから,その輸入販売を侵害とすることは,この見解に立っても成り立ちうる。 5.適法性要件の必要性 以上のことから,本判決がY1の商標権侵害を認めたことは支持することができる。しかしながら,商標を付すことの適法性を要件とし,この要件を満たしていないことを根拠とすることには疑問がある。 商標機能論においては,輸入品による商標権侵害の成否は,我が国において商標の機能が害されるかどうかによって決せられるのであるから,その商品の製造販売が製造国ないし輸出元国において適法か否かは問題とならない<美勢克彦「商標権,特許権,著作権による輸入差止について」小坂志磨夫先生・松本重敏先生古稀記念『知的財産権法・民商法論叢』(発明協会,1996年)225,229頁>。よって,商標を付すことが適法か否かは,もっぱら我が国法のもとで判断されることになる。 そして,ライセンス契約違反について,輸入品に商標の出所表示主体の品質管理権能が及んでいない場合に違法性が阻却されないと判断するのであれば,その判断は,適法性要件ではなく,出所の同一性の要件において行うべきであると思われる。本件についていえば,本判決は,本件商品を製造させたのがライセンシーであったことに基づいて,本件商品に付された商標が表示する出所がフレッドペリーグループであると認定しているが,本件商品に同グループの品質管理権能が及んでいなかったことにより,出所は同グループではないと認定して,出所の同一性の要件が満たされないとすべきであったということである。なぜなら,出所表示主体の品質管理権能が及んでいない商品では出所表示機能が正しく機能していないことが肯定されるのであれば,それは出所表示機能における出所それ自体を実質的に捉えることを意味するから,そのような商品を製造販売した者は出所に含まれないことになるからである。そうでないと,出所を同一にする商品によって出所表示機能が害されることを認めることになってしまう。 このように解すると,ライセンス契約違反の問題は出所の同一性の要件で足りることになる。また,ライセンス契約違反以外の場合の問題も同様と思われるから,結局,適法性要件は,出所の同一性の要件に吸収され,独立した要件とする必要はないこととなろう。 |
[追記] |
脱稿後に,東京地判平成13年10月25日の控訴審である東京高判平成14年12月24日(最高裁ウェブサイト)に接した。同判決は,Eが製造地制限条項に違反して中国で製造した商品の輸入販売につき,「製造地域制限条項に違反し,商標権者グループの一員であるライセンサーの品質管理が及ばない商品については,もはや商標の品質保証機能が働かないというべきであり,」そのような商品の輸入販売を実質的違法性がないものとすることができないとして,商標権侵害を認めた。品質保証機能が商標法の保護対象であり,さらに,実際に品質の差異があるか否かを問題としていないことから,この機能が現に害されている場合だけでなく,害されるおそれがあるだけの場合にも侵害が成立すると解しているのであろう。 |