判例評釈 |
審決取消判決の拘束力の及ぶ範囲と 審決取消訴訟における主要事実・間接事実 |
(東京高裁平成13.5.24民6部判決,平成10年(行ケ)第267号審決取消請求事件,判例時報1777号130頁) |
高林 龍 |
<事件の概要> |
1 手続きの流れ Xは,名称を「複合シートによるフラッシュパネル※1用芯材とその製造方法」とする本件発明(昭52年12月29日出願)の特許権者である。Yは,平成3.1.14,本件発明は特許法29条の2(拡大先願),同29条2項(進歩性),同36条5項(昭和62年改正前のものであり,特許請求の範囲には「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」との規定。)の規定に違反して特許されたものであるとして,Xを被請求人として無効審判請求をしたところ,特許庁は,平成4.11.25,審判請求不成立との審決(以下「前審決」という。)をした。Yは,前審決の取消しを求める訴訟(以下,「前件訴訟」という。)を提起したところ,平成7.7.11,東京高裁は前審決を取消す旨の判決(以下,「前判決」という。)をし,Xのこれに対する上告も最高裁によって棄却されて,前判決は確定した。特許庁は,特許法181条2項に従い本件につきさらに審理を行い,平成10.4.10,本件発明のうち,特許請求の範囲第1ないし第6項に記載された発明についての特許を無効とし,第7項及び第8項記載の発明については審判請求不成立との審決(以下,「本件審決」という。)をした。なお,以降においては,無効とされた特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下,「本件第一発明」という。)のみが審理対象となるので,他の発明についての記載は省略する。 本件第一発明を無効とした本件審決に対してXが提起した審決取消訴訟が本訴である。 2 本件第一発明の要旨 おおむね等角等辺の山形に屈曲させた同一形状の多数の複合シートを並列しかつ相互に接着してセル構造を形成したフラッシュパネル用芯材であって,前記複合シートの各辺はそれぞれおおむね1/2の部分が隣接する複合シートと接着され,かつ残りのおおむね1/2の部分が自由担持状態にあるように互い違いにずらして接着されていることを特徴とする複合シートによるフラッシュパネル用芯材(別紙図面(1)第1図,第2図参照)。 3 前審決 前審決は,本件第一発明が特許法29条の2の規定に違反して特許されたものであるとのY主張に対して,以下のとおり判断した。 Yは,本件第一発明(昭52年12月29日出願)は,先願(昭52年7月9日出願)でありかつ本件発明の出願後の昭54年2月9日に公開された昭和52年特許登録出願82353号の明細書(昭和54年出願公開17983号公報,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下,「先願発明」という※2。)と同一であるから,特許法29条の2に違反して特許されたものであると主張する。しかし,本件第一発明では,複合シートを用いることが構成要件とされているが,先願明細書には複合シートについての記載はなく,複合シートを利用することが先願発明において自明とはいえないから,本件第一発明と先願発明は同一ではない。 その他,進歩性の欠如及び特許請求の範囲の記載要件不備とのY主張に対しても,これを否定したが,この点は本判決の検討においては不要であるから,以下での説明を省略する。 |
4 前判決の理由
《1》 本件第一発明における「複合シート」に段ボールが含まれることは,当事者間に争いがない。 《2》 先願発明は,ペーパーコアによる芯材に関するものであり,本件第一発明のフラッシュパネルと対象物品を共通にしている。そして,先願発明でペーパーコア用シートとして「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」を用いることは,明細書に記載されているが,クラフト紙以外に具体的にどのようなものを用いるかの記載はない。 《3》 昭和29年出願公告2200号公報(甲4号証)は,本件第一発明や先願発明より23年も昔の刊行物であるが,フラッシュパネルにおいて,芯材を段ボールとしたものが示されており,このことは先願発明出願時において当業者に周知であったと認められる。 《4》 昭和50年出願公告24534号公報(甲5号証)によれば,右特許発明の出願時である昭43年3月の時点で,フラッシュパネル用芯材として,金網に紙を添着したものや,布帛に紙を装着したものも材料として可能であると考えられていたことが認められるから,前甲4号証に記載された技術における段ボール,甲5号証に記載された技術における金網に紙を添着したものや布帛に紙を装着したものは,本件第一発明における「複合シートの板材が層をなして接着されかつ一定の厚みを有する」「複合シート」に相当するものといえるので,先願発明出願時において,本件第一発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で,その芯材を複合シートとするものは周知であったと認められる。 《5》 先願発明は,芯材が抗圧性を有することも目的としているから,先願発明の材料の一例である「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」には,ペーパーコアの芯材として慣用されているシート材として,段ボール等の複合シートを用いることができることは,当業者であれば当然に思い至る。 《6》 したがって,先願発明において,芯材として複合シートを用いることは技術的に自明であるから,複合シートをコア材料として用いることが先願発明において自明であると認めることはできないとした前審決の判断は誤りであり,この誤りは,本件第一発明と先願発明は同一ではないとして前審決の結論に影響することが明らかであるから,前審決は違法として取消しを免れない。 5 本件審決 《1》 本件審決は,複合シートをコア材料として用いることが先願発明において自明であるか否かの点については,次のとおり判断した。
6 本訴での争点 《1》 先願発明におけるペーパーコア用シートを段ボール等の複合シートとすることが,先願発明出願当時に当業者に周知であるとした本件審決の判断の当否 ⇒Xは,本件審決の上記判断は前判決の拘束力に従ったものではないので,その誤りを再度の審決取消訴訟で主張することができると主張している。 ⇒Yは,本件審決の上記判断は前判決の拘束力に従ったものであるから正当であると主張する。 《2》 先願明細書における糊代部の位置を当業者が読み取ることができるとした本件審決の判断の当否 ⇒Xは,本件審決が,先願明細書の第4図(別紙図面(2))について矛盾のある判断を示していることを指摘して,本件審決を誤りであると主張している。 ⇒Yは,前判決は,先願発明が本件第一発明の拡大先願に該当するか否かを判断して,これを否定した前審決の判断を取り消したものであるから,前判決の確定によって本件第一発明と先願発明との同一性に関しては拘束力が及び,本件審決も右拘束力に従った判断として正当であると主張している。また,予備的には,本件審決の上記判断には,単なる誤記程度の誤りがあったとしても,当業者が先願発明の芯材の構成を読み取ることができるとした判断に誤りはないと主張している。 |
<判旨> |
請求棄却(無効審決を維持)
一 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は,特許法181条2項に従い当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることになり,その際,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶことになる。そして,この拘束力は,判決主文のみならず,判決主文の結論が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に対しても及ぶものと解すべきであるから,審判官は,上記事実認定及び法律判断に抵触する認定判断をすることは許されないことになる(最3判平4.4.28民集46・4・245参照)。 二 本件第一発明は,複合シートを利用することが要件とされているのに,先願明細書等には複合シートについて何ら記載はなく,先願発明において複合シートを利用することが自明ともいえないから,本件第一発明と先願発明は同一とは認められない,との前審決の認定判断に対して,前判決は,先願発明においては,芯材として,複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し,同認定を前提として,複合シートをコア芯材として用いることが,先願発明において自明のことであると認めることもできないとした審決の認定判断は誤りであると判断したことは明らかである。そして,上記の,先願発明においては,芯材として,複合シートを用いることが技術的に自明であると認定をするに当たって,先願発明の出願時において,本件第一発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で,その芯材を複合シート(段ボール)とするものが周知であったこと,先願発明において,当業者がこれをみた場合,その材料として,当然に「複合シート」を用いることができると理解すること,を認定しているのであるから,上記事実は,取消判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定であったことが明らかである。そうすると,確定した前判決の拘束力は,上記事実認定に及ぶことが明らかである。 三 前判決は,先願発明においては,芯材として,複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し,同認定を前提として,複合シートをコア材料として用いることが先願発明において自明であると認めることもできない,とした審決の認定判断は誤りであるとの判断はしたものの,先願発明と本件第一発明の構成が同一であるか否かについて,それ以上には何らの認定判断もしていない。そうである以上,この点について,本件審決が前判決の拘束力を受けることはあり得ない。 四 本件審決の別紙図面(2)第4図の説明の一部に誤りがあるが,結論に影響することのない軽微な瑕疵にすぎないし,先願発明にかかる芯材は,特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり,極めて規則的で単純な構造のものであり,接着の工程を終えた後にこれを伸張した状態を示す第4図をみれば,容易にそのことを理解することができるものである。このような場合に,第2図の記載が誤っているとしても,先願明細書全体をみれば,当業者であれば直ちにその誤りに気付いて,・・・・・・芯材の製造方法を明確に理解することができる。 |
<評釈> |
1 まず,判旨三は認定上の問題である。別紙図面(2)の第2図及び第4図の読み方や,当業者の理解の程度等に関しては,実務的には興味もあろうが,本研究の対象とはしないことをお断りしておく。 2 取消判決の拘束力の法的性質 行政事件訴訟法33条1項に規定する処分または裁決を取り消す判決の行政機関その他の関係行政庁に対する拘束力の性質については,従前は民訴法上の既判力と同様のものと理解する説もあった。既判力は判決主文に包含される当該訴訟物についての判断に及ぶものであり,判決理由中の判断には及ばないとするのが通説・判例である。しかし,取消判決の拘束力は,同一処分の繰り返し禁止効ないしは同一過誤の反復禁止のための制度であるから,判決主文のみにとどまらず,判決主文に至る理由中の判断に融通性を認めることがまずは前提となると解されるから,この点で既判力説は既に採用することができない。また,抗告訴訟の訴訟物は当該行政処分の違法性の有無であるが,取り消された前処分とその後に行われる処分とは全く別の処分であるから,前処分を取り消した判決の訴訟物に対する既判力が後の処分に及ぶことを説明することは困難である。さらに,無効審判における審決の取消訴訟においては,拘束力が訴訟当事者でない関係行政庁に対する効力であることも,既判力としては説明に窮する点である。 したがって,現在においては,取消判決の拘束力は民訴法上の既判力ではなく,行政事件訴訟法33条によって認められた特殊な効力であるとする点では,ほぼ異論をみない。 3 取消判決の拘束力の客観的範囲 取消判決の拘束力の客観的範囲に関しては,本判決の判旨一はすべて最3判平4.4.28民集46・4・245(高速旋回式バレル研磨法事件)の判旨を引用している。 高速旋回式バレル研磨法事件の事案は,特定の引用例から当該発明を容易に推考することができたとはいえないことを理由として特許無効審決の取消判決がされ,同一引用例から右発明を容易に推考することができたとはいえないとした再度の審決が取消判決の拘束力に従ってされた場合※3,再度の審決は適法であるから,その取消訴訟において,同一引用例から右発明を容易に発明することができることを主張立証することは許されないとしたものである。特許審決取消訴訟においては,最大判昭51.3.10民集30・2・79(メリヤス編機事件)が,特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において主張することは許されないと判示して,審決取消訴訟における審理範囲を特定の引用例からの容易推考性や新規性の判断に限定している。 そうすると,メリヤス編機事件判決により審決取消訴訟の審理範囲が限定される状況下において,高速旋回バレル研磨法事件判決の判示の範囲内で審決取消判決の拘束力が及ぶ結果,無効審判における審決の取消訴訟での判決が確定した場合のその後の手続きを整理すると,判決の内容によって次のようなものになる。 I 当該引用例から特許発明が容易推考であるとはいえないとする審決を維持する判決が確定した場合には,一時不再理の原則(特許法167条)により,何人も進歩性欠如を理由としてかつ同一の引用例を証拠として再度無効審判請求をすることは許されない。 II 当該引用例から特許発明が容易推考であるとした審決を維持する判決が確定した場合には,当該特許発明を無効とした審決が確定する。 III 当該引用例から特許発明が容易推考であるとはいえないとした審決を容易推考であるとして取り消す判決が確定した場合,その後に再開される審判手続では,当該引用例から右特許発明が容易推考であるとはいえないとする再度の当事者の主張や審決が封じられる結果,無効審決がされることになる。 IV 当該引用例から特許発明が容易推考であるとした審決を容易推考であるとはいえないとして取り消す判決が確定した場合には,その後に再開される審判手続では,当該引用例から右特許発明が容易推考であるとする再度の当事者の主張や審決が封じられ,当該引用例に関する判断には終止符が打たれることになる。高速旋回式バレル研磨法事件はIVの事例に関するものである。 前Iの場合に,この確定判決の判断は再審によってしか再考できないのと同様に,IVの場合にも確定判決の判断の再考は再審によってしか認めるべきではないことを指摘したのが高速旋回式バレル研磨法事件判決であり,このことはIIIの場合であっても同様であろう。結局,高速旋回式バレル研磨法事件判決によって,当該引用例からの容易推考性をめぐる紛争が特許庁と裁判所間を何度も往復して解決が遅延することを防止できることになる。 もちろん,特定の引用例から進歩性や新規性がないとした審決の判断が審決取消訴訟で取り消されたとはいえ,その理由が,たとえば審判手続の違法を理由とする場合や,審決の前提判断の違法を捉えたものであって,進歩性や新規性がないとした実体的判断が違法である(したがって,当該特定の引用例から進歩性や新規性がないとはいえない)と判断したのではない場合には,再度行われる審判手続において,当該特定の引用例からの進歩性や新規性の有無が再度審理判断されることになる。 4 本件への当て嵌め 本件は,3IIIの事例に類似するものではあるが,前判決は,先願発明と本件第一発明が同一であるとはいえないとした前審決を,両発明が同一であるとして取り消したのではない点が異なる。 Xは,本件における前件訴訟,すなわち無効審判不成立審決取消訴訟の審理対象は,無効理由の有無自体ではなく,無効理由の不存在を認定した審決の理由の当否のみであり,審決の判断が違法とされたということは,単に審判において提出された証拠に基づく限り審決の認定では無効理由を否定しきれないということしか意味しないと主張している。しかし,本件では,前判決は,先願発明には芯材として複合シートを用いることは開示されていないが,段ボール等を芯材とすることは先願発明出願時における当業者にとって技術的に自明であると判断している。右判断は,先願発明出願時において段ボール等を芯材とすることが自明であったとは認めることができないとしていた前審決の取り消しに至るのに必要な認定判断であったことは疑いがない。また,前判決は,先願発明出願時において段ボール等を芯材とすることが自明であったとの認定の前提として,フラッシュパネル用芯材の技術分野で,その芯材を段ボールとするものが周知であったことなどを認定しているが,これも前審決の取り消しに至るのに必要な認定判断であったことは疑いがないから,右判断部分に拘束力が生ずることは明らかというほかない。 一方,Yは,先願発明と本件第一発明が同一であるとは認められないとした審決を前判決が違法として取り消した趣旨は,両発明が同一であるとの判断をしたものであるから,両発明が同一であること自体に拘束力が働くと主張している。しかし,前判決は両発明が同一であるか否かについて判断を加えておらず,両発明が同一といえるか否かは再開される審判手続で審理されるべき事項であることも明らかである。 したがって,本判決の判旨二及び三はいずれも正当である。 このように,審決取消判決の拘束力の及ぶ客観的範囲は,判決理由において主文を導くためにどのような判断を経由しているかによって当然に異なることになる。この点を,高速旋回式バレル研磨法事件判決は,拘束力は,判決主文のみならず,判決主文の結論が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に対しても及ぶものと解すべきである,と判示している。 5 審決取消訴訟の審理範囲と同訴訟における主要事実及び間接事実 本判決の判例時報コメントは,高速旋回式バレル研磨法事件判決が取消判決の拘束力の及ぶ範囲が主要事実に関する判断に限るのか間接事実についての判断にも及ぶのかを明示していなかったところ,本判決は,拘束力は主要事実に限られず,主要事実を導くための前提事実(間接事実)についても及ぶとした点が特徴的であると解説している。しかし,本判決中には主要事実あるいは間接事実との表現は全く登場しない。拘束力の及ぶ範囲が主要事実に関する判断部分に限定されることを明言する説(園部逸夫編「注解行政事件訴訟法」(有斐閣)429頁(村上敬一)も存するが,そもそも,審決取消判決の拘束力の客観的範囲を決する場面において,何が主要事実であり何が間接事実であるかを問う実益はなく※4,いずれにせよ審決取消しとの結論を導くために必要不可欠な認定判断であるか否かをもって,拘束力が及ぶか否かは判断されるべきであろう。 たとえば,A特許発明が甲引用例から容易推考であるとした無効審決の取消訴訟において,審決が甲引用例の技術内容の理解を誤っていたために,甲引用例とA特許発明の異同点の認定をそもそも誤ってしまっていた場合には,《1》右違法が審決の結論に影響を及ぼすものであるとして,甲引用例からA特許発明が容易推考であったか否かについて判断するまでもなく審決を取り消すことができるし,《2》さらに審理を進めて,甲引用例の技術内容を正確に理解したならば甲引用例からA特許発明が容易推考であるとは認められないとして審決の判断を取り消すこともできることになる※5。 そして,《1》の判断にとどまった場合には,右取消判決の拘束力は,審決取消しとの主文を導くのに必要不可欠な判断として,前審決のような甲引用例の技術内容の理解やA特許発明との異同点の認定を再度してはならないという限りにおいて働くが,《2》の判断にまで踏み込んだ場合には,A特許発明が甲引用例から容易推考であるとはいえないとした点にまで働くことになる。 前述のとおり,本件訴訟の前判決は《1》の判断にとどまった事例に類するものであるから,その限度においてのみ拘束力が及び,本件第一発明と先願発明の同一性についてまでは拘束力が及ばないとした本判決は,もとより正当である。 |
フラッシュパネルとは,壁面を構成する比較的薄手の2枚の面材の間に,ハニカム等を代表とする芯材からなる展張パネルを接着介在させて,いわゆるサンドイッチ構造としたものをいう。 |
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先願発明の特許請求の範囲は判例時報1777号137頁2段(2)に記載されており,図面は別紙図面(2)第1ないし第4図である。先願発明は,ペーパーコアによる芯材の製造方法であり,本件第一発明のフラッシュパネル用芯材と用途を共通にしており,また,本件第一発明の別紙図面(1)第1図と,先願発明の別紙図面(2)第4図を対比すれば明らかなように,ペーパーコア用シートを糊代部を逐次平行的にずらしていく点も本件第一発明と共通している。ただし,ペーパーコア用シートとして段ボールなどの複合シートを用いるとの記載は明細書にはない。 |
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本間崇「本判決判例評論」判時1797号190頁は同趣旨を述べるが,塩月秀平「第二次審決取消訴訟からみた第一次審決取消判決の拘束力」(秋吉先生喜寿記念論文集「知的財産権その形成と保護」103頁は,高速旋回式バレル研磨法事件における前判決は,特定の引用例から当該発明を容易に推考することができたとはいえないことを理由として特許無効審決を取り消したものではなく,審決が引用例の技術内容の認定を誤り,特許発明と引用例の異同点の誤った認定に基づくものであったことを違法として取り消したにすぎないとして,同最高裁判決は前判決の実際の取消理由の範囲を超えて拘束力を認めたものであると断じている。 |
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そもそも,主要事実について拘束力が及ぶ場合には,その下位に位置する個々の間接事実に拘束力が及ぶか否かを論ずる意味はない。本判決後の東京高判平14.7.9LEX/DB文献番号28072122号はこの点を検討するのに相応しいところ,同事件の手続きの経緯及び内容の要旨は次のとおりである。 i無効審判請求不成立審決取消訴訟における前判決は,実用新案登録出願から特許出願へ変更して登録された本件特許発明は当初明細書に開示されていない事項をその要旨とするものであるから,出願日は遡らずに現実の特許出願日となるとして,審決を取り消した。 ii前判決の理由中には,当初明細書に記載されていなかった事項が当業者にとって自明であることを認めるに足りる証拠はないとの判断が示されている。 iii再度行われた審判手続では,今度は無効審決がされた。 iv上記無効審決の取消訴訟が東京高判平14.7.9の事案である。 v同判決は,「本件特許発明は当初明細書に開示されていない事項をその要旨とするものであるから出願日は遡らない」ことには前判決の拘束力が及んでいるとした。そして,右判断に拘束力が及ぶ以上,再度行われる審判手続で,当初明細書に記載されていなかった事項が当業者にとって自明であるか否かについて再度の主張立証は許されないと判示した。 以上の経緯から明らかなように,同判決は,上位に位置する判断事項(すなわち,実用新案登録出願から特許出願へ変更して登録された本件特許発明は,当初明細書に開示されていない事項をその要旨とするものであるから,出願日は遡らずに現実の特許出願日となるとした判断)について拘束力が生ずる以上は,その下位に属する判断事項(当初明細書に記載されていなかった事項が当業者にとって自明であることを認めるに足りる証拠はないとの判断)については,当然に別異の判断をすることができなくなると判示しているものといえる。前訴訟の段階で,当初明細書に記載されていなかった事項が当業者にとって自明であるか否かについては,当業者は十分に主張立証するチャンスがあったのであり,その上で前判決ではこれを認めるに足りる証拠はないと判断しているのであるから,右認定判断の可否を再度の審判手続での審理対象とすることは,まさに,果てしない紛争の蒸し返しを許すことにほかならない。 |
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《2》の判断にまで踏み込むことを前記メリヤス編機事件大法廷判決が積極的に容認してはいないが,禁止もしてはいない。なお,塩月前掲119頁は,現在の審決取消訴訟の実務としては《1》の判断にとどまる場合が多いことを指摘しながらも,《2》の判断に踏み込むことも視野に入れるべきであると提案している。
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