発明 Vol.99 2002-1
判例評釈
真の権利者から冒認出願人に対する
特許権移転登録手続請求
〔最高裁平成9(オ)1918号,平成13年6月12日三小法廷判決,判例時報1753号119頁〕
盛岡 一夫
〔事実の概要〕

 X(原告・被控訴人・上告人)とZ(原告補助参加人・被控訴補助参加人・上告補助参加人)とは,平成4年8月11日に生ごみ処理装置の共同開発研究事業契約を締結し,Zが生ごみ処理装置を発明(以下「本件発明」という。)した。同年10月29日,XとZは共同して特許出願「以下「本件特許出願」という。)をした。その後,Y(被告・控訴人・被上告人)は,XからYに特許を受ける権利の持分を譲渡した旨の譲渡証書(Xの代表者の承諾を得ずに,その印鑑を使用して作成)を添付して,出願人名義変更届を特許庁長官に提出した。平成6年7月5日,出願公開され,その公開特許公報の記載内容は,本件特許出願の願書に添付された明細書,図面等と同一であった。平成7年7月12日に出願公告され,同8年3月28日,Z及びYを特許権者として特許権の設定の登録がされた(以下「本件特許権」という。)。
 Xは,本件特許権の設定の登録がされるのに先立って,Yに対しXが本件発明につき特許を受ける権利を有することの確認を求める本件訴訟を提起した。ところが,本件特許権の設定の登録がされたために,Xは,本件訴訟の第1審係属中に訴えを変更して,主位的に,Yに対し本件特許権のYの持分につき,Xに対し移転登録手続をすること,予備的にXが本件特許権を有することの確認を求めた。
 第1審は,Xの請求を認容したが,原審は,Xの請求を棄却した。冒認出願に対して特許権の設定の登録がされたときは,特許権の移転登録手続を請求することはできず,また,特許権の確認請求も理由がないとしている。なぜならば,特許権は行政処分である設定の登録によって発生するものであり,特許の無効事由の存否については専門技術的な立場からの判断が不可避であるため,第1次的に行政機関の判断に委ねられているのであるから,無効審判手続に先立って,真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求または特許出願権の確認請求について,司法判断をすることは,裁判所が真の権利者が求める特許権の設定処分をしあるいは特許庁に同様の設定処分を命ずるのと同様の結果となるが,これは特許争訟手続の趣旨及び制度に反するとしている。そこで,XはY名義に設定の登録がされた特許権の持分についての移転登録手続等を求めて上告した。


〔判 旨〕
 「本件発明につき特許を受けるべき真の権利者はX及びZであり,Yは特許を受ける権利を有しない無権利者であって,Xは,Yの行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,Yは,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。また,本件特許権は,Xがした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,Xの有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。
 他方,Xは,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明についてXが特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである(しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのないZまでもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)また,Xは,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上,Xは,Yに対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,Xの保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。
 これらの不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許自体を消滅させるのではなく,Yの有する本件特許権の共有者としての地位をXに承継させ,Xを本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,YからXへ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。」
 「本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。」
 「以上に述べた点を考慮すると,本件の事実関係の下においては,XはYに対して本件特許権のYの持分につき移転登録手続を請求することができると解するのが相当である。」

〔評 釈〕
〔評釈〕  1 本判決は,XがYに対して本件特許権のYの持分につぎ移転登録手続の請求をすることを認めている。
 その理由として,(1)Xは,特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,Yは,法律上の原因なしに本件特許権の持分を得ていること,(2)本件特許権は,Xがした本件特許出願について設定の登録がされたものであって,Xの有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであること,(3)Xは,特許無効の審決を経て改めて特許出願をしたとしても,特許出願が拒絶され特許権者となることはできないこと,(4)Xは,不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難いこと,(5)Xは,特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,確認請求を不適法とし,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,Xの保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反すること,(6)本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であることを挙げており,妥当な判決である。
 2 特許法は,特許権は特許庁の審査を経て設定の登録をすることによって発生し,無効理由がある場合には特許庁の審判官が第1次的に判断するものとしている。本件において,特許権の設定の登録がYとZの名義で特許庁の行政処分がなされているので,Xが特許を受ける権利を有するとしても,特許法123条1項6号が「その特許が発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき」を無効理由としており,無効審判の請求をすることになる。
 しかし,冒認出願人のために設定された特許権について無効の審決がなされても,特許が無効となるにすぎず,真の権利者は特許権者になれるものではないから,改めて出願しなければならないが,出願公開されすでに新規性を喪失しており特許権を取得することができない。本件のような場合に,真の権利者の救済として,Xは特許を無効にすることができるだけなのか,XはYの持分について移転登録手続を請求することができるか問題となる。
 特許出願後における特許を受ける権利の承継は,相続その他の一般承継の場合を除き,特許庁長官に届け出なけれぱ,その効力を生じないとされている(特34条4項)が,誰がその届け出をすべきかについては定められていない。この届出手続は,特許を受ける権利を譲り受けた者が単独で行うべきものであり,当該届け出にかかる権利の譲渡が譲渡人の意思に基づくものであることは,承継人であることを証明する書面を添付させることにより確認するものとされており(特許法施行規則12条,様式18),裁判例も同様に解している(横浜地判昭和60.3.29無休裁集17巻1号116頁,東京地判平成4.12.21判例時報1454号139頁,商標につき東京地判昭和63.6.29判例時報1278号120頁)。
 不動産登記法26条は双方申請主義が採用されているが,特許を受ける権利の承継の場合には単独申請主義が採用されている(渋谷達紀・判例時報1291号215頁参照)。名義変更の届け出は,譲渡証書を添付させることにしているが,譲渡人の印鑑証明等を必要としていないので無断で名義変更されるおそれがある。本件においても真の権利者が関与しないまま,譲渡証書を偽造して出願人名義変更をなしたものである。名義変更は極めて簡単に行うことができるので,真の権利者が知らない間に無権利者によって勝手に名義変更がされるど,真の権利者は特許権を取得できなくなる等の不利益を受けるおそれがある。このように名義変更は,真の権利者が関与しないまま行われるが,冒認出願人に対して真の権利者からの移転登録手続の請求を認めないのは問題であり,解決方法の検討が必要である。
 裁判例は,実用新案権は設定の登録によって登録名義人に対して生ずるものであるから,実用新案登録を受ける権利を有していたとしても,真の権利者名義で実用新案権の設定の登録がなされない以上,真の権利者は実用新案権を取得しえない。したがって,真の権利者は登録名義人に対し,移転登録手続を請求することができないとしている(東京地判昭和38.6.5下級民集14巻6号1074頁)。原審は,真の権利者の冒認者に対する特許権の移転登録手続請求を認めることは,裁判所が特許庁における特許無効の審判手続を経由せずに冒認者に付与された特許を無効とし,真の権利者のために新たな特許権の設定の登録をするのと同様の結果となるが,このことは,特許権が行政処分である設定の登録によって発生するものとされ,また,特許の無効理由の存否については適正な専門技術的な立場からの判断が不可避であるため,第1次的に行政(審判)機関の判断に委ねられているという特許争訟手続の趣旨及び制度にもとることになるとしている。
 学説は,冒認者から真の権利者へ特許権を移転させることは,現行特許法の解釈としては困難であるとの見解が多数説である(田村善之・知的財産法〔第2版〕278頁以下,荒木秀一・特許判例百選〔第2版〕223頁)が,移転請求を認める少数説もある(川口博也・特許法の課題と機能76頁以)。
 真の権利者としては,無効審判を請求し特許権を無効としても,自己が特許権者となるのではないからあまり意味がない。冒認特許を無効理由としていることに立法論として問題があるのであるから(中山信弘・工業所有権法上〔第2版〕171頁参照),権利の帰属については無効審判以外に救済方法は考えられないのであろうか。
 そこで,権利自体に関する客観的瑕疵の場合は特許庁専属の無効審判によらしめるべきだとしても,権利帰属に関する主観的瑕疵の場合をも無効審判によらしめているのは立法論として問題があるとし,主観的事由の場合には,法の予想する無効審判手続及び出願手続という救済のほかに,解釈論として,裁判所の確認を得て権利の移転を認めてもよいのではないかとの見解がある(紋谷暢男・商事判例研究昭和38年319頁)。
 特許権自体を無効とすることなく,真の権利者への名義人の変更は認められないのであろうか。特許庁は,出願名義人が正当に特許を受ける権利を譲り受けたか否か等の有効性の実質的審査は行わず,形式的な審査のみを行っている。特許を受ける権利の帰属に関する紛争が生じたときに,真の権利者であることの確認判決を添付させて名義変更を行っている。特許要件を備えているか否かの客観的要件の判断は専門的知識を有する特許庁が行わなければならないが,権利帰属の判断は,特許権の設定の登録後においても裁判所が行ってもよいのではないだろうか。本判決は,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許権自体を消滅させるのではなく,YからXへ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが最も簡明かつ直接的であると述べており,妥当である。
 なお,特許権侵害訴訟に関してであるが,最高裁は,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は特許の無効理由の存否について判断することができるとし,特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく請求は権利の濫用にあたり許されないとしている(最判平成12.4.11民集54巻4号1368頁)。冒認出願は無効理由の存在が明らかな場合といえる(飯村敏明「東京地裁における知的財産権侵害訴訟の審理の実情について」民事法情報182号11頁以下参照)。
 3 冒認出願の真の権利者への変更についての射程範囲を検討する。
 (1) 真の権利者の出願後,第三者が無権限で出願人名義を変更した場合
 (イ) 特許権の設定の登録がなされる前
 原判決も述べているように,真の権利者は,特許庁長官に特許を受ける権利を有することを証明して,出願者を冒認者から真の権利者に変更することができ,この証明のため冒認者に対し,当該発明につき真の権利者が特許を受ける権利を有することの確認判決を求めることができる。発明の同一性がある場合のみでなく,冒認者が補正等をしている場合でも,真の権利者への変更を認めてよいであろう。
 (ロ) 特許権の設定の登録がなされている場合特許を受ける権利と特許権とは異なる権利であるとし(仙元隆一郎・特許法講義〔第3版〕150頁),また,前述のように冒認を無効理由としている規定を無視することはできないとの理由(中山・前掲171頁)で否定する見解が多い。しかし,特許を受ける権利は特許権の設定の登録によって消滅するのではなく,発展して特許権になったと解することもできるであろう(和久井宗次・特許判例百選175頁)。無効審判についてはすでに述べた理由により,真の権利者から冒認者への特許権につき移転登録手続の請求を認めるべきである(ドイツ特許法8条は特許権の変換請求を認めている)。確認訴訟を提起しても特許庁の審査は停止するわけではないから,訴訟の係属中に特許権の設定の登録がなされることもあり,また,特許の出願から設定の登録までの期間が今後ますます短くなることを考えると,登録後に真の権利者への移転登録手続の請求を認めないのは問題である。
 (2) 真の権利者が出願しないで,第三者が無権限で出願した場合
 この場合に名義人の変更を認めることは,出願を怠った真の権利者の保護に手厚く,かえって不公正な結果となるとの見解がある(仙元・前掲149頁)。これに対し,真の権利者は,特許出願につき何らの行為もしていないにもかかわらず,確認判決だけで名義を自己に移転せしめてよいものかという点は問題となるが,真の権利者は名義人変更という手続的処理をなす以外に権利回復の方法はなく,そのうえ,出願の前後を問わず,特許を受ける権利があることに変わりはないのであるから,確認判決で名義人変更を認めるべきであろうとの見解がある(中山・前掲170頁)。特許権を取得できるか否かは明細書の記載の巧拙も関係するので,発明をしたにもかかわらず,自ら特許の出願をしない者から冒認出願者に移転登録手続の請求を認めることに問題点もあるが,他人の発明を悪意で自己のした発明であるとして出願した者よりも真の権利者を保護すべきであると考えるので,真の権利者は冒認出願者に対して特許を受ける権利,特許権の移転登録手続の請求を認めるべきであると解する(田村善之・前掲274頁は,準事務管理の法理が存在するという見解に立脚するのであれば認められるが,増井和夫=田村善之・特許判例ガイド〔第2版〕402頁は,日本の民法には準事務管理の規定を欠くので移転を認めるのは困難であると解している)。


(もりおかかずお:東洋大学教授)