判例評釈 |
カタログを利用した通信販売におけるサービスが 商標法上の「役務」に該当しないとされた事例 |
〔東京高裁平11(行ケ)390号,審決取消請求事件,平12.8.29民6部判決,請求棄却・ 確定,判時1737号124頁,上告(平12(行ツ)335号,平13.7.17・第三小法廷上告棄 却),上告受理申立(平12(行ヒ)322号),平13.7.17第三小法廷不受理〕 |
後藤 晴男 |
〔事件の概要〕 |
原告Xは,平成4年9月29日,「シャディ」の文字を横書きしてなり,商品及び役務の区分第42類「多数の商品を掲載したカタログを不特定多数人に頒布し,家庭にいながら商品選択の機会を与えるサービス」を指定役務とする商標について,商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則5条1項の規定により使用に基づく特例の適用を主張して商標登録出願をしたところ,拒絶査定を受け,拒絶査定不服の審判を請求したのに対し,特許庁は,平成7年審判第23933号事件として審理した結果,平成11年10月4日,拒絶審決をしたので,その取り消しを求める訴えを東京高裁へ提起した。 |
〔判 旨〕 |
1. 商標は,商品又は役務に使用され,商標法1条に係る目的を達成するためのものであるとされていることからすれば,業として,商取引において,標章を付されるこにより自他の商品又は役務の識別機能を有し,出所表示機能,品質保証機能を果たし得るものでなければならないのであるから,商標法にいう「役務」とは他人のためにする労務又は便益であって,付随的でなく独立して市場において取引の対象となり得るものと解すべきであり,他方で,例えば,商品の譲渡に伴い,付随的に行われるサービスは,それが,それ自体のみに着目すれば,他人のためにする労務又は便益に当たるとしても,市場において独立した取引の対象となっていると認められない限り,商標法にいう「役務」には該当しないものと解するのが相当である。
2. 原告の営業は,まず,原告が,一般消費者である顧客に対して本件カタログを頒布することによって,自己の取り扱う各種の商品を広告宣伝し,かつ,売買取引を誘因し,顧客は,代理店を通じて原告に商品購入の申し込みをし,これを受けて原告は,代理店を通じて,在庫の商品を顧客に手渡し又は配送して,売買が成立するという仕組みであることが認められる。これによれば,本件カタログに工夫が凝らされ,顧客において,本件カタログを見るだけで商品の選択ができるようになっており,この点において,顧客を誘因し,販売を促進するための他の手段との間に相違があるとしても,原告の営業が個々の商品の売買という取引以外の何物でもないものであり,本件カタログを利用したサービスは,結局のところ,上記売買において顧客を誘因し,販売を促進するための手段の一つにすぎないことが明らかである。 また,顧客は,原告の提供するカタログによるサービスを積極的に利用するとしても,原告に支払うのは,商品代金のみであり,サービスに対する対価としての支払いは存在しないから,原告が商品の価格に実質的に上記サービス費用等を上乗せしているとしても,それは,他の販売促進手段が採用された場合にその費用等が上乗せされる場合と何ら異なるものではなく(原告が上記上乗せの限度を超えたものを商品価格に加えていることは本件全証拠によっても認めることができない。),上記サービスは独立して取引の対象となっているわけではないことが明らかである。 以上によれば,原告の本件カタログによるサービス業務は,商品の売買に伴い,付随的に行われる労務又は便益にすぎず,商標法にいう「役務」に該当しないものというべきである。 3. 「商標法第6条第2項の政令で定める商品及び役務の区分は・・・・・・ニース協定第1条に規定する国際分類に即して,通商産業省令で定める。」と規定する商標法施行令1条の下でなされる我が国の商標法の解釈においても,そのニース協定の国際分類自体において,小売りに関するサービスは第35類で保護するものとされ,第35類には「主たる業務が商品の販売である企業,すなわち,いわゆる商業に従事する企業の活動」を含めないとしているのであるから,原告の業務の内容が前述のとおりである以上,これを,商標法上の「役務」と解し得ないことは,明らかという以外にないのである。 |
〔検 討〕 |
本件判決は,カタログ通信販売業における「カタログによるサービス業務」が独立して取引の対象となっているものではないから,商標法にいう「役務亅に該当しないと認定・判断したものである。ただ,本件訴訟においては,ニース協定の国際分類における『小売店サービス』の動向をも俎上にのせられた結果,『小売店サービス』」についての扱いの先例的意義をも有することとなっている。
なお,小売業サービスについても本件判決と同様な判断を示している(「ESPRIT事件」東京高裁平成13年1月31日判決・平成12年(行ケ)105号)。 (1) 商標法には「商品」・「役務」についての定義はない。商標法1条の目的や商標の使用の定義等から導く努力がされている。「特許庁編工業所有権法逐条解説(第15版)」によれば,「<商品>商取引の目的たりうべき物,特に動産をいう」,「<役務>他人のために行う労務又は便益であって,独立して取引の目的たりうべきものをいう。」との解釈をしている(985頁)。 本件判決は,商標法1条の目的及び2条の商標及び商標の使用の定義を掲げた上で,「『役務』とは,他人のためにする労務又は便益をいうものと解されるとしている。 しかし,商標法の目的,商標の定義及び商標の使用の定義と「商品・役務」の定義との関連が必ずしもつまびらかになっているとは言い難い。 (i) 商標法1条は,「商標の保護」の形態として商標権を付与し,これにより商標権者に指定役務についての登録商標を独占的に使用する権能(専用権)を与えるとともに,この保護を充分なものとするためならびに,需要者の利益を保護するため,いわゆる類似範囲についても禁止権を与え(最高裁昭和56年10月13曰判決・昭和54年(オ)145号,民集35巻7号1129頁以下。),当該商標が付された物を用いて提供されている役務の出所の表示(出所表示機能)を保証し,当該使用により形成・蓄積される業務上の信用の維持を図ることとしているものと解される。役務は,このような意味での商標によって表示する「出所」の対象とするに値する役務をいうものと解すべきである。果たしてしからば,商標法により保護されるべき「役務」が独立性を絶対要件としているかは疑問である。「独立した取引の対象」となっている役務が商標法上にいう役務に該当することは当然であるとしても,たとえいわゆる独立性が薄いものであっても,出所表示の対象となる役務も商標法により保護すべき役務ということができると解することも不可能ではないであろう。 この点に関し商品についての事件ではあるが,注目すべき判決がある。すなわち,「(イ)商標法によって保護される『商品』とは,譲渡,引き渡し,展示又は輸入の対象となるもの,すなわち,市場において流通に供されることを予定して生産され,又は市場において取引される有体物であり,これに標章が付されることによってその出所が表示されるという性質を有するものをいうと,解するのが相当である。・・・・・・造成地,建物等の不動産であっても,市場における販売に供されることを予定して生産され,市場において取引される有体物であると認めることができるものであって,これに付された標章によってその出所が表示されるという性質を備えていると解することができるから,これらもまた商標法によって保護されるべき『商品』に該当するものと判断するのが相当である。(ロ)商品の販売という役務に用いられるべき標章と同一又はこれに類似する標章を,当該商品の名称として使用した場合には,当該役務の提供者と当該商品の出所とが同一であるとの印象を需要者・取引者に与えると解される。これを本件についてみるに,『建物の売買』という役務と『建物』という商品との間では,一般的に右役務提供の主体だる事業者は『建物」という商品の販売主体となるものであり,需要者も一致するから,役務と商品との間において出所の混同を招くおそれがあるものと認められる。したがって,『建物』という商品は,『建物の販売』という役務に類似するというべきである。」(「VILLAGE事件」東京地裁平成11年10月21日判決・平成11年(ワ)438号)。この判決は,商標法の目的,商標及び商標の使用の定義から説き起こしながら「標章が付されることによってその出所が表示されるという性質を有するものであれば,「商品性」を肯定できるとしていることに特徴がある。 もっとも,従前の判例等においてもいろいろな観点からの考察が加えられてきているところである。1)「商品とは,商取引の目的物であって,その商取引における商品としての交換価値を有するものである。・・・・・・会員組織による右物品(工芸品,民芸品)の頒布及び印刷物の配布は,物品販売の方法及びその宣伝方法に過ぎない。・・・・・・被告が会員に配布している『月刊しゆみ』なる月刊パンフレットは,原告の『月刊趣味の会』と同様に,会員の配布商品に対する鑑賞眼並びに趣味の向上に資し,同時に営業の宣伝の目的で配布商品と共に無料で配布されているもので,会員に対するサービスの意味を持つ宣伝文章であって,その他の宣伝用の印刷物とその目的,効用を一にするものであるから被告の商取引の目的物とはいい難い。また,刊行物としての交換価値は認め得ない。したがって『月刊しゆみ』は,商品ではない。」(「趣味の会事件」東京地裁昭和36年3月2日判決・昭和32年(ワ)5278号),2)「商標制度は商標法第1条に規定するとおり,商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって商業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とするものであるから,商標を付すべき対象物件は,一般取引の対象として流通性を有する代替的な有体動産と解すべきである。・・・・・・本件物件は特殊目的のもとに構築された独特のもので,代替性が認められず,右物件が『ダイダラザウルス』の名称によって取引の対象として市場に流通すべき状態に置かれているとは到底認めることができないし,・・・・・・本件物件は商標法にいう商品ではなく,万国博覧会入場者の娯楽に供するための施設だる土地の定着物であり,不可動物とみるべきである。」(「ダイダラザウルス事件」大阪地裁仮処分決定昭和45年5月20日・昭和45年(ヨ)1219号),3)「商標法上商標とは商品の標識であるが(商標法2条1項参照),ここにいう商品とは商品それ自体を指し商品の包装や商品に関する広告等は含まない(同法2条3項)。・・・・・・ある物品がそれ自体独立の商品であるかそれとも他の商品の包装物又は広告媒体等であるにすぎないか否かは,その物品がそれ自体交換価値を有し独立の商取引の目的物とされているものであるか否かによって判定すべきものである。これを本件についてみるに,被告は,前記のとおり,BOSS商標をその製造,販売する電子楽器の商標として使用しているものであり,丶前記BOSS商標を付したTシャツ等は右楽器に比すれば格段に低価格のものを右楽器の宣伝広告及び販売促進用の物品(ノベルティ)として被告の楽器購入者に限り一定の条件で無償配付をしているにすぎず,右Tシャツ等それ自体を取引の目的としているものではないことが明らかである。また,前記認定の配付方法にかんがみれば,右Tシャツ等はこれを入手する者が限定されており,将来市場で流通する蓋然性も認められない。そうだとすると,右Tシャツ等は,それ自体が独立の商取引の目的物だる商品ではなく,商品たる電子楽器の単なる広告媒体にすぎないものと認めるのが相当である。」(「BOSS事件」大阪地裁昭和62年8月26日判決・昭和61年(ワ)7518号),3)「商標は元来複数の出所からの商品の存在が予定される場合において自己の商品を他の商品から識別させるためのものであり,商標法は商標の有するこの商品識別機能を保護することによって商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図りもって産業の発達に寄与しあわせて需要者の利益を保護することを目的とするものであるから(商標法1条参照),商標法上の『商品』は本来的に流通性を有するものであることを予定しているものと解しなければならない。ところが,店内で飲食に供され即時に消費される料理は,提供者自身の支配する場屋内で提供されるものであるため,出所との結びつきは直接且つ明白であって,そこには他人のものとの識別を必要とする場は存在しないものであって,流通性は全くないものというべきである。したがって,飲食店内で顧客に提供される料理は商標法上の『商品』には該当しないものと解するのが相当である。」(「中納言事件」大阪地裁昭和61年12月25日判決・昭和59年(ワ)5703号),「商標法50条の適用上,『商品』というためには,市場において独立して商取引の対象して流通に供される物でなければならず,・・・・・・本件講座を離れて独立して取引の対象とされていないというはかなく,したがって,これを商標法上の商品ということはできない。(東京高裁平成13年2月28日判決・平成12年(行ケ)109号)」等がある。 (ii) 商標の定義規定との関係についても若干言及しておくべきであろう。 まず,昭和34年の現行法において旧商標法(太正10年法律第99号) 1条1項で「自己ノ生産,製造,加工,選択,証明,取扱又ハ販売ノ営業ニ係ル商品ナルコトヲ表彰スル為商標ヲ専用セムトスル者ハ商標ノ登録ヲ受クルコトヲ得」と規定していたうち,「選択」及び「取扱」を削除し,さらに平成3年のサービスマーク登録制度の導入のための改正の際に「加工」をも削除した経緯がある。 (a) この旧商標法の解釈については,次の解説が参考となろう。 (イ)「生産トハ原始生産ニ當ル自日ソ農園ノ生産ニ係ル林檎ニ或記号ヲ用イ自己ノ牧場ニ産シタル羊ナルコトヲ表彰スル為ニ特定/記号ヲ烙印トシテ用ユルカ如シ三越ニテ取扱フ商品ノ多数ハ勿論自日ソ工場ニ於テ製造加工シタルモノニ非ス広ク全国ノ市場ヨリ現出スル商品ニ就キ優良品ヲ選択シ自己ノ名ニ於テ販売シ自日ソ信用ヲ傷ケストノ観念ニ於テ発売スルモノニ外ナラス従テ右ノ如キ商品ニ用ユル丸越ノ商標ハ即チ選択,取扱又ハ販売ノ商標クルト同時ニ三越ノ信用ニ依リテ顧客ヲ誘フ点ヨリ観察スレハ證明ノ商標トモ論スルヲ得ヘシ現時各種ノ同業組合ニ於テ厳密ナル商品ノ検査ヲ施シ内規ニ適合シタル商品ニ対シテ附スル検査證ナルモノハ最モ好ク證明商標ノ本質ヲ具フルモノトス要スルニ営業ノ種類ノ列記ハ必スシモーラ以テ他ヲ排斥スル厳格ナル規定ニアラス例示的規定ニシテ多ク其字句ニ拘泥スルノ必要ヲ認メス是レ最モ英国法規ノ慣用スル字句ノ用例タリ」(村山小火郎著「特許新案意匠商標四要義」375頁) (ロ) 「生産営業とは原始的生産即ち農業,漁業,鉱業等を之に属す。製造営業とは材料より別異なる新物体をつくること即ち機械の製作,化学品の製出等の営業を云ひ,加工営業とは原料に労力を加ぶるも,製出物が別異新規なる物体をなすにいたらざる営業を謂ひ,即ち彫刻,塗物業等を言ふ。選択営業とは他人の商品中より特種の商品を選出する営業謂ひ,独立の営業となる場合は証明営業を除くほか殆ど之なかるべし。証明営業とは他人の物品の品質を検査し,その品位を保証証明する営業を謂ひ,取扱営業とは広く前示営業以外において,他人の物品を取扱う営業を指示せるものと解する。運送業,倉庫営業もこれに属する。」(三宅発士郎著「日本商標法」78頁)。 (b) 昭和34年改正の経緯については次の説明が参考とされるべきであろう。 (イ) 「証明」は,サービスに対して与えられるものであるけれども,サービス標全体に認めるにはいまだ研究が不十分であるので,これを留保して,今回は見送り,商品の品質に直接的に関係のある証明だけを取り上げることとしたといわれている(昭和33年7月21日総務課審議録)。 (ロ) 「選択」は,実例に乏しく,かつ,選択だけに商標を使うことはまれで,結局は譲渡につながるものだとの判断から,「譲渡」に含めて読むこととし,削除した。また,「取扱」も同様に結局は「譲渡」に含まれるものであり,かつ,このまま存置しておくと運送業者が運送のために物を取り扱う場合のように,サービス業についても商標登録があり得るという誤解を招くおそれがあるので削除したとされている(工業所有権法逐条解説,昭和33年版以来変更なし)。この説明を敷延することが許されるとすれば,その削除の理由の第1は「証明」以外はサービスマークの登録を認めないこととしたことであり,第2はサービスマークの登録を認めているような誤解のもととなるものをすべて排除しようとするものであったと解することができる。 さらに,サービスマーク登録制度導入後の逐条解説によれば,「加工」を削除したことについて1)なお,平成3年の一部改正でサービスについても商標登録されることとなったこと。2)平成3年の一部改正でサービスマーク登録制度を導入するに当たって,「加工」については,ニース協定の国際分類の趣旨をも勘案し,他人の物品についてする加工は,その物品が商品として譲渡される場合も含め役務に係る商標として扱うこととしたこと。また,改正後の商標法においても,商品に係る商標として扱うべきものについての「加工」は商品を譲渡する行為を伴うことから,「譲渡」に含めて読むこととし,商品に係る商標の定義から「加工」を削除したと説明されている。 このように,現在はサービスマークの登録を認めているのだから事情は変わってきている。つまり,「選択」や「証明」が商品に係る商標でなくても,役務として評価できるものであれば,それを拒絶する理由はなく,積極的に取り込んでよいこととなっているといえよう。小売業自体は商品を売るという点だけに着目すれば譲渡の概念に含めることは不可能ではなく,少なくとも現行法制定の際にはそのような解釈に立脚していたふしがあろうことは推察に難くない。しかし,商品の出所を表示するという商標の本質的機能から見た場合,小売りは,行為自体は譲渡であっても,その譲渡が当該商標による出所表示の対象となっているとみることは不自然であろう。出所表示の対象は,譲渡ではなく,商品の選択ないし取扱い等であるとみるのが極めて自然であろう。 (2) 第2点は,原告の業務であるカタログによる商品の通信販売業における労務・便益の独立性についてである。 (i) 特に独立性の要件が絶対であるとみるかどうかは非常に重要である。 商品においでもつとに独立性が問題とされていることはすでに言及したところであるが,そのような判決としては,不使用商標の登録取消審判事件についてのものがある。独立性を重視してした判決に次のものが挙げられる。1)「管継ぎ手は,それ自体独立して商取引における目的物としての流通性を有するものであるから,特定の登録商標を管継ぎ手に使用するときは,独立の商品たる管継ぎ手についてその商標を使用しているものとされるが,右管継ぎ手が機械器具の部品として用いられ,他の部品とともにその機械器具の一要素を成すときは,商取引の目的物として流通するものは,その機械器具であって,管継ぎ手ではない。すなわち,管継ぎ手は,部品として機械器具に組み込まれることによって独立性を失うにいたるのである。」(「アミロック事件」東京高裁昭和63年4月12日判決・昭和62年(行ケ)150号),2)「需要者はその部品そのものとしてそのメーカーに関心を示すものであって,部品を完成品としてのオーディオ部品と同一視しているものではなく,また,本件連合商標が使用される対象であるコンデンサや抵抗器は,製品の内部に組み込まれて外部から目視できない場合が通常であるから,たとえ電気製品特にオーディオ機器等において,主要純正部品であるコンデンサ等が製品の性能に大きく寄与し,製品の信用に貢献することが大であり,内部を開示して宣伝することがあるとしても,部品に表示された本件連合商標が製品に表示されたものと解することができない。・・・・・・本件連合商標が本件請求指定商品の部品に使用されていたとしても,そのことをもって本件連合商標が本件請求指定商品である完成品に使用されていたとは認められない」(「ニチコン事件」東京高裁平成2年10月29日判決・平成元年(行ケ)267号)。 しかし,「完成品に組み込まれた部品に係る商標権侵害の罪の成否(『SHARP』の電子部品のCPUを組込んだパチスロ機事件」の大阪高裁判決(控訴審平成8年2月13日判決・平成7年(う)228号)は看過できないであろう。この判決は,第一審である大阪地裁が「本件CPUは商品としての独立性を失い,これに表示された商標は,CPUについての商品識別機能を失ったと認めるべきであり,商標の使用に当たらない。」として無罪を言い渡した判決(平成7年1月23日判決・平成4年(わ)657号)を破棄し,有罪を言い渡した判決である。 「本件CPUは装着後も元の商品としての形態ないし外観を保っており,それに付された商標も本件CPUの商標として認識される状態にある。さらに,・・・・・・本件CPUとそれに付された『SHARP』の商標は,本体や主基板の流通過程において,取引関係者や需要者に認識される可能性があったということができる。その商標は,もの段階においても前記のような商標の諸機能を保持していたものと考えられ・・・・・・被告人の行為は,本体CPUに付された商標の不正使用行為に当たり,・・・・・・商標権を侵害したものといわなけれぱならない。一般に,商標の付される商品が,部品として完成品に組み込まれた場合,その部品に付された商標を保護する必要性がなくなるか否かは,商標法が商標権者,取引関係者及び需要者の利益を守るため商標の有する出所表示機能,自他商品識別機能等の諸機能を保護しようとしていることにかんがみると,完成品の流通過程において,当該部品に付された商標が,その部品の商標として右のような機能を保持していると認められるか否かによると解すべきであり,その判断に当たっては,商標の付された商品が部品として完成品に組み込まれた後も,その部品が元の商品としての形態ないし外観を保っていて,右商標が部品の商標として認識される状態にあり,かつ,右部品及び商標が完成品の流通過程において,取引関係者や需要者に視認される可能性があるか否かの点を勘案すべきである。これを本件について見るに,前記のとおり,本件CPUは,それに付着したピンを主基板の穴に差し込み,その穴を半田付けすることによって主基板に装着されているもので,装着後も元の商品としての形態ないし外観を保っており,それに付された商標も,『リノ』や主基板の商標としてではなく,本件CPUの商標として視認される状態にあることは明らかである。さらに,前記認定事実によると,主基板及びそれに装着された本件CPUは,『リノ』本体と主基板の流通過程においては,(a)『リノ』本体と主基板が別々にパチンコ店に配送された後,主基板が本体に組み込まれるまでの間,(b)主基板が本体とは別に補修部品としてパチンコ店に販売された場合,それが同店等に配送されて保管され,故障した主基板と取り替えられるまでの問,(c)パチンコ店において主基板が故障した際に,丁原株式会社から新しい主基板がパチンコ店に配送された後,故障した主基板と取り替えられるまでの間などに,主基板に装着された本件CPU及びそれに付された商標が中間の販売業者やパチンコ店関係者に視認される可能性があることが認められ,本件CPUとそれに付された『SHARP』の商標は,『リノ』本体や主基板の流通過程において,取引関係者や需要者に視認される可能性があったということができる。したがって,その商標は,右の段階においても前記のような商標の諸機能を保持していたものと考えられ,本体CPUを部品として組み込んだ『リノ』を販売した被告人の行為は,本体CPUに付された商標の不正使用行為に当たり,『リノ』に組み込んで販売する目的で本体CPUを保持した行為も,その予備的行為に当たるというべく,いずれも商標権を侵害したものといわなければならない。」と説示している。 この判決は,商品としての独立性を問うことなく,付されている商標の機能に着目して使用の有無を判定したことに刮目すべきものがあり,最高裁で支持されている(上告審最高裁平成8年(あ)342号・同12年2月24日判決,判例時報1574号144頁)。 (ii) 本件カタログは,個々の商品の広告宣伝,販売促進のためではなく,ギフト商品等の選択購入をする機会に便宜を提供するためのものであるというのであるから,どちらかといえば,本件についてみるに,商品の選択のための情報提供というべきではないか。カタログ通信販売業の本質は,単なる小売業ではなく,その業者が自己の責任において選択し,カタログに掲載する個々の商品について,自己の選択・取扱いに係るものであることを示し,他の販売業者が選択し取り扱う商品とを識別し,かつ,その品質が間違いのないものであることについて保証をすることにあるというべきではないか。カタログに収載された個々の商品を宣伝広告し,販売促進する側面があるとしても,当該カタログの内容である情報に特別の財産的価値があり,その価値についての出所標識の保護を求めているのが本件の中核であろう。この点に関し,「自動車整備業者において,見積書,作業指示書,納品書等の作成が容易にできるほか,顧客や車両等に関する入力データをデータベース化し,顧客管理やダイレクトメールの発送等に活用できるようにしたもの」が法的保護に値する対象として肯定した最近の判決がある(東京地裁平成13年5月25日判決・平成8年(ワ)10047号)。本件では,カタログに付されている商標は,カタログの商標でもなければ,カタログに掲載されている各種商品の商標でもない。当該付されている商標による出所表示の対象は,当該カタログを利用して商品を購入する者へ提供する労務・便益そのものである。さらには,情報化時代の観点からは,むしろ商品に関するそのような情報の提供サービスであると理解することも可能であろう。そして,そのような情報の提供サービスに対する対価はあたかも税における内税のごとく,商品の販売価格の中に含まれていると理解・認識することも可能となろう。 商品商標との関係の複雑化に伴い,商品商標とサービスマークとの関係は,小売サービスマーク特有の問題ではなくなっている。商品商標との間の不均衡は是正されなければならない。小売業のサービスマークは,商品の取扱サービスの出所を表示するとともに,他のそれと識別し,当該サービスの質を保証しているものであり,商品商標と同一の機能を果たしているものであり,両者に差別すべき理論的根拠はなんら存在しない。その実務に習熟するまでは,そのようなサービスの範囲ないし権利範囲の不明確性を憂慮する者もいるかもしれない。しかし,我が国のみが明確化できないということはありえない。世界60力国以上が導入している現状を凝視すべきである。本件サービスについての保謖は,小売業のサービスの保護とともに要請されることとなる。すなわち,1)商品に関する当該情報は商品の購入者に提供されるのだから他人への提供である。2)商品の購入者のため便宜を与えるサービスであり,商品の販売行為自体とは区別できるサービスである。3)カタログに掲載の商品の販売行為とは別個の情報提供サービスであり,当該商品の出所とは別個の情報価値の出所を表示する識別標章の保護がされてしかるべきである(商品商標の保護では足りない)。4)商標法は商標の保護と業務上の信用の維持を目的としている。とすれば,少なくとも業務上の信用形成の基盤となるものがあれば,それを保護・規制し,荒業秩序の維持を図ることこそが,商標法の目的に沿うというものである。5)そのような情報を提供しない小売業も,商標の登録件数の増加を伴うことは避けられないので,商品商標だけでは不十分である。6)小売業のサービスマークと商品商標とはそれぞれ当該商標による出所の対象が異なるので複雑化することはない。7)商標による出所対象としてはそのような情報等の提供サービスに係る商標と商品商標との間に保護すべき価値上の差異はない。8)当該サービスの範囲ないし権利の範囲の不明確性は,サービスを特定する記載表現の問題で処理できるので,問題とするに足りない。9)小売業者の営業活動では,当該店舗が選択,収集,展示,販売しさらには荷物の運送(宅配),チケット販売の取り次等,日常必要な便利を提供するなど,自己の商品のみを販売するときのサービスとは違うサービスを提供し,この場合,需要者は流通サービスを購入していることとなる。このようなサービスを保護することはサービス業界の公正な競業秩序を維持するために有益である。さらには,小売業が取り扱う商品のすべてについて商品商標の登録を受けなければならないとすることは,手数と費用が多大化し実際には耐えられない負担となる。また,他人の商標付き商品をそのままに,自己の商標を改めて付することなく,展示販売している場合もある。この場合の小売店舗の商標は,商品商標として登録されていても,商品商標としては理論的には不使用ということとなり,登録取消審判の危険にさらされていることとなる。しかし,商標の使用の要件としての「商品との具体的関係」を厳格に解する(大阪地裁平成6年2月24日判決,判例時報1522号139頁)と商標登録の不使用取消しの危険にさらされる機会はそれだけ多くなり,商標権者としてはそれへの対応の煩に迫られることとなる。当該小売業の標識が周知となれば,不正競争防止法で保護されるが,それ以前には保護がない。また,商標権侵害等で訴えられたときの対応手段に欠けることとなる。 なお,指定役務の記載については,総合小売業では百貨店,スーパーマーケット又はコンビニエンスストア等の記載が考ええられる。特定専門店については取扱う商品名をを挙げる方法もある。 商品商標としての使用とサービスマークとしての使用とは区別されなければならない。 他方,独立して取引の対象となるものであることに関しては,当該サービスの対価直が直接対応しない場合や直結しない場合の扱いが問題となる。例えば,調剤,機器のリース,旅行代理業,慈善のための募金等がある。このために独立性を極度に強調することには問題がある。また,独立性自体その境界が曖昧なものもある。例えば,持ち帰り食品を店内で食したとき,ワイシャツの仕立屋のサービス,被服等の縫製等の加工サービスなど。欧州司法裁判所は対価は間接的であってもよいと判断しているといわれる。 (3) 第3点は国際分類との関係についてである。 商標法6条は商品又は役務の指定方法自体についての規定であって,商品や役務の内容又は範囲を定めた規定ではない。商品又は役務の記載が不明確な場合は商標法6条1項又は2項に該当するとしても,指定商品又は指定役務として記載されているものが商標法上の商品又は役務に該当しないものについての出願には商標法3条1項柱書の規定を適用すべきものと解される。商標審査基準(改訂第7版)の「2.指定商品又は指定役務の表示が不明確で,かつ,政令で定める商品及び役務の区分に従っものと判断できないときは,第6条第1項及び第2項の要件を具備しないものとして,拒絶の理由を通知する。」との記載は問題ないとしても,「3.指定商品又は指定役務の表示が不明確であるが,政令で定める商品及び役務の区分に従ったものと判断できるときは,第6条1項の要件を具備しないものとして,拒絶する。」との運用は便宜的なものであり,慎重にされるべきである。 他方,国際分類の効果は,各同盟国が定めるものであって,ニース協定で定めているのではないことも看過できない。しかも,国際分類は標章の保護の範囲の評価について同盟国を拘束するものではない(ニース協定2条(2))。国際分類は商品やサービスの範囲を決めているのではない。何が商品かサービスがの決定も同盟国に委ねられている。もっぱら商品やサービスが帰属すべき類(区分)を定めているにすぎない。我が国についても,商品かサービスかの問題は,商標法3条1項の問題であって同法6条の問題ではない。商標法3条にいう商品又は役務に該当するものがいずれの区分に属させるかの問題を規律しているのが同法6条であり,本件判決は,この点,商標法の解釈適用の在り方についても正鵠をえているものとは言い難い。 ニース協定にはストラスプール協定4条(1)のような規定は存在しないけれども,国際分類は標章の登録に関する公文書等の整理・検索等に関する事務上の便宜に供するために設けられたものであって,事務的性質を有することは明らかである。ただ,同盟国によっては,国際分類に事務的性質以上の効果を与えることはいっこうに差し支えない。商標は類(区分)単位で登録する国では,国際分類の類(区分)は出願数を決める基準とする効果を与えていることとなる。他方,多類別(多区分)一出願制度を採用している国にあっては,国際分類は出願手数料を決定する基礎としての効果を与えていることとなる。これらの場合に,商品やサービスの帰属する類(区分)についての特許庁の判断を最終的なものとし,不服申立ての対象とならないことを定めることもできる。このような規定を設けている国では,国際分類は,出願手数料算定の基礎としての効果を有することを除けば,事務的性質のみを有することとなる。なお,米国では,分類表は出願人の権利を制限し,又は拡張してはならないと規定している(米国商標法規則2.85(g))。また,当然のことながら,国際分類は商品やサービスの類似の範囲を定めるものでもなければ,その類否についての予断を与えるものでもないとされている(AIPPI・JAPAN発行拙著「ニース協定と国際分類」11頁参照)。 類(区分)の所属を決める指針は一般注釈で示している。類別表に掲げる商品又はサービスは,当該商品又はサービスが原則として属する分類に関する一般的な表示にすぎないので,ある商品又はサービスが国際分類の第何類に属するかを決定するに当たっては,まず,アルファベット順の一覧表を調査し,同一のものが掲載されていない場合は,一般注釈に従って行うこととなる。原告の指定役務「多数の商品を掲載したカタログを不特定多数人に配布し,家庭にいながら商品選択の機会を与えるサービス」は小売店サービスといえるかの疑問がある。「商品選択の機会を与えるサービス」は,「優れた商品を複数選別し,それをカタログに収載し,消費者が自己の好みに合った商品を選択して購入する便益」の提供であり,第35類にいう「商品の販売に関する情報の提供」に近似したもので,「商品自体の情報」とでもいうべきものであるかもしれない。独立性の要件のほかにサービス自体についての検討の余地はなかったか。ちなみに,一覧表によれば,第35類「商品の販売に関する情報の提供」が例示されており,我が国の特許庁の実務でも現にその記載を許容しているところである。本件においては,国際分類ないしその注釈を偏重した結果,それがひいては商標法の解釈適用の正鵠を誤ることとなったうちみを禁じ得ない。立法政策の問題ではなく,現行法の解釈自体の問題のように思われてならない。 ちなみに,商標法上の「役務」でないものは,商標法6条1項違反として処理する場合には,同法15条3号で拒絶するにとどまるのに対し,同法3条1項違反として処理する場合は,同法15条1号で拒絶となるだけでなく,登録後は同法43条の2第1号又は46条1項1号により,登録異議の申立て又は登録無効審判の請求の対象となることに留意すべきである。 |