判例評釈 |
ゲーム機コントロールキー装置に関する 特許を受ける権利の譲渡代金請求事件 |
〔東京地判平成12.9.28平成10(ワ)1141号 判決速報2000年11月号306事件・最高裁ウェブサイト〕 |
長塚 真琴 |
〔事実の概要〕 |
X1は工業デザインを専門とする会社であり,X2は同社の代表取締役である。Yは,ゲーム機器のハードウェアおよびソフトウェアを販売する会社である。 |
〔判旨〕 |
裁判所は,争いのある事実関係に関し,概略以下のように事実認定した。
X1とYの間には1985年ごろから継続的取引関係があり,X1はY製品のデザインを請け負っていた。両者の間では,基本的取引条件として,X1はYの注文によりその製品に使用するデザインを開発・製作する旨,右開発・製作の報酬はX1からYに対して提出される見積もりをYが承認することによって決定される旨,X1が開発・製作したデザインについての工業所有権(意匠権であることが通常だった)の出願はYの名において行う旨が,黙示に合意されていた。 1992年4月ごろ,X2は,Y従業員Hの話に触発され,YのライバルであるN社の実用新案権(実公平3−50594,図(三)参照)を回避するようなコントロールキー装置の開発をX1で手がけることを自ら発意し,ドーム型コントロールキーの試作品を完成した。この時X2が開発したのは,ドーム部とキー部の間にワッシャー(座金)を入れて隙間を設けたものだった。この後6月下旬にかけて,Hに対しX2が複数回にわたり自らのアイデアを説明し,Hはそれを研究した。この間の6月8日,X2とY従業員Kが面談し,その席でKが,一般論として,大企業と下請けの中小企業間の購買契約の不合理さや,ロイヤルティ方式が下請企業にとって有利だが,大企業の側では会社の基本方針としてそうすることもできない旨の話をした。コントロールキー装置発明の対価については具体的な話があったわけではないが,X2は,Kがコントロールキー装置についてはロイヤリティ方式で契約するよう勧めてくれたものと考えた。 6月22日にYの内部会議があり,ドーム型コントロールキーの採用が決定した。30日には本件発明が,キー部とドーム部の間に隙間のないものとして特許出願された(図(一)参照)。補正前の請求項1には「キー部がドーム部の外表面に摺接し」との表現がある。HはX2にも出願内容を検討させたが,X2はもとのアイデアとの違いに気づかなかった。願書でもう1人の発明者とされたDは,このころまでは本件発明の創作に関与していなかった。一方,X2は上記会議の少し前に図面とプラスチックモデルをYに提出した後は,この件に関与しなくなった。7月ごろ,Dらが実製品化の過程で,キー部とドーム部の間に隙間を設けたほうがよいことに気づいた。11月19日,キー部とドーム部の間に隙間のある(二)の発明(図(二)参照)につき,Dを発明者として特許出願がなされた※1。その後,(一)の特許出願の請求項1における該当部分は,「前記凸部上部に配置されるキートップ部」と補正された。 |
7月末頃,X2がHに,対価はロイヤルティ方式で受け取りたい旨伝えた。Hは基本的取引条件が適用されると考えていたため,それと異なるX2の意向を知ってあわて,この問題を知的財産権担当部に引き継いだ。9月ごろ,同部は(一)の特許権をX1とYとの共同出願とすることで対処しようとし,契約書案を作った。しかしこの案はX1およびX2にとって実益がなかったため成案とならず,以後,対価をめぐる話し合いは具体的な進展をみなくなり,対価は長期間にわたって支払われないままとなった。
1994年3月17日ごろ,実費だけでも請求をとのHからの連絡に応じ,X1は「一 アイデア考案(四名),周辺特許考案¥3,024,000,二 構造図面(含改良,修正)¥680,400,三 ワーキングモデル修正(概略検討モデル,精密モデル3回)¥840,000」との記載がある書面(合計454万4400円となる)を送付した。 以上の事実に基づき,裁判所は以下のように判示して,X1の請求を5000万円の限度で認容し,X2の請求を棄却した。 「1 特許を受ける権利の発生 本件発明の発明者は,X2であり,共同発明者として名を連ねるDは本件発明に関与していない……。また,(二)の特許権の基となった発明についても,もともとX2が発明した時点ではこのようにキー部とドーム部との間に隙間があるものであったものが,(一)の特許出願の段階で隙間のないものに修正されたのであるから,X2の発明にかかるものというべきである(……)。 右によれば,本件各発明の特許を受ける権利が,発明者であるX2に原始的に帰属していたことは,明らかである。ところで,X2はX1の代表者であり,本件各発明は,X2が工業デザインをその事業目的とするX1の業務の一環として行ったものであり,X1の業務範囲に属するものであるから,職務発明というべきである。そして,弁論の全趣旨によれば,X1には,その従業者等がした職務発明につき特許を受ける権利を使用者であるX1に承継させる旨を定めた内規が存したと認められるから,本件各発明の特許を受ける権利は,X2による発明と同時に,右内規により同原告からX1に承継されたものと認められる。」 「2 特許を受ける権利の譲渡行為の有無 ……(一)の特許権の出願に当たっては,発明者がX2とされ,出願人がYとされていることからすれば,右1認定の過程を経て,(一)の特許権の出願時ころ,X1からYに対し,(一),(二)の特許を含めて,特許を受ける権利の譲渡がされたものと認められる。もっとも,譲渡代金については,……このころにはまだ十分に双方の考えがまとまっておらず,取り急ぎ譲渡を行って特許出願を先行させたものと認めるのが相当である。」 「3 譲渡代金の定め ……本件各発明の実施品である前記コントロールキー装置については,下請業者からYへの納入価格が約500円となること(Yは,既にメガドライブのコントロールキー装置の生産をしていたのであるから,本件各発明の実施品であるコントロールキー装置の購入価格については当然予想できたはずである。),その販売台数が2000万台ないし3000万台となることが予想されていたのであるから,これらの点に,…右コントロールキー装置の販売に至る経緯における諸般の事情を併せて考慮すれば,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡の対価としてX1とYとの間で黙示に合意されていた額としては,5000万円と認めるのが相当である。」 |
〔評釈〕 |
(1)発明者またはその承継人は特許を受けることができる(特許法29条1項柱書,33条)。一方,発明者またはその承継人でない者による出願は拒絶され(特49条6号),仮に登録されても無効理由を有する(特123条1項6号)。これらのことから,特許法は発明者主義を採用しているとされる※2。
発明者とは,真に発明をなした自然人であるが※3,その確定は必ずしも容易ではない。誰が発明者なのかが争われ,裁判所によって認定がなされた一事例として本判決を紹介する。 (2)玉井教授によれば,発明者の認定をめぐるこれまでの裁判例には,発明に何一つ寄与しなかった者が,発明者から交付された図面や書類を冒用して自らの名で出願するというケースよりは,発明完成までに何らかの共同行為が介在する場合に,関係者のうちの誰を発明者とすべきかが問題となったケースのほうが多いという。玉井教授は前者を「純粋冒認型」と呼び,後者を「共同発明型」と呼ぶ。そして,後者をさらに「従業者発明型」(一個の団体の役員や従業員が共同して発明にあたる),「共同研究開発型」(複数の団体や個人が対等な関係で発明に協力する),「委託注文型」(ある者が他の者に一定の技術的課題の解決を依頼し,委託の趣旨に従って受託者が具体的な発明を完成する)の3つの理念型に分類する※4。 本判決におけるX1とYの関係は,これらのうち委託注文型であったといえるだろう。この類型におけるこれまでの主な裁判例には,<1>東京高判昭和39.10.22判タ170号202頁[洋食用ナイフ],<2>東京高判昭和60.8.15判例工業所有権法2333の36頁[型仕上及び予備試験用プレス],<3>東京高判昭和60.10.24判例工業所有権法2509の67の713頁[家庭用の脱衣収容具],<4>東京高判平成3.12.24判時1417号108頁[自動ボイルエビの成型装置]※5,<5>東京高判平成12.7.4最高裁ウェブサイト[磁気テープ用ガイド]※6,<6>東京地判平成12.7.25最高裁ウェブサイト[ローラチエン用トッププレート一審],<7>東京地判平成13.5.10最高裁ウェブサイト[ローラチエン用トッププレート二審],<8>東京地判平成13.1.31平成11(ワ)20878号最高裁ウェブサイト[ブラジャー]がある。 <1>においては,委託者が提供したナイフの見本に受託者が若干の工夫を加えたにすぎない事例につき,受託者が単独の考案者であることを否定し,両者の共同考案であると認定した。<2>においては,委託者は従来技術の欠点を克服すべきことを指示したにすぎず,具体的にどう克服するかは受託者が着想したものであり,受託者の単独発明であるとした。<3>では,委託者が脱衣収容具全体の特徴ある配置を受託者に説明していたことに着目して,委託者を単独考案者とし,脱衣かご等の個々の構成要素をデザインした受託者は共同考案者にもならないとした。<4>では,エビをボイルする方法について委託者は単に基本的な課題とアイデアのみを示し,専ら受託者においてこれを具体的な装置として完成させたとして,委託者は共同考案者でさえなく,受託者が単独考案者であるとした。<5>は,実用新案登録出願から長期間を経過した考案につき,出願当時の性能試験の記録等により,受託者なしで考案の完成はなかったと認め,受託者は単独考案者であるか,あるいは少なくとも共同考案者の一人であるとした。<6>および<7>では,チェーンカバーに関する2つの発明(1つは委託者の,もう1つは受託者の出願にかかる)につき,他社製品の構成と異なる点を考えついた者が発明者であるとされ,5つの相違点のうちいくつかは委託者,いくつかは受託者が着想したとして,2つの発明は共に両者の共同発明であるとされた。<8>では,受託者が縫製して委託者に送付した試作品と委託者がなした出願の内容とが同一である反面,試作品完成以前に委託者から示されていた技術内容は出願の内容と大きく異なることを理由に,受託者が出願にかかる発明をしたものと認めた。 (3)以上の概観より,当該発明にかかる技術的思想を具体的に着想した者は誰かということが,判断の基準とされていることがわかる※7。本判決も,これと異なる判断基準に立つものではない。判旨は,本件各発明の技術的思想を,ドーム部とキー部に隙間があるものとないものを包含するドーム型コントロールキーと把握し,これが本件発明においてX2により着想されていた一方,Dは本件発明には関与していないと認定した。なお,判決文からは明らかではないが,HはN社の実用新案権を回避するという課題を提示したにすぎないとされたのであろう。 しかし,補正前の本件発明における隙間の空け方と,(二)の発明における隙間の空け方は違う技術的思想であり,D(正確にはDら)が後者をX2とは別個に着想したと認める余地もあったのではないか。すなわち,(二)の発明の技術的思想をドーム部とキー部に隙間があるドーム型コントロールキーと把握するなら,Dは少なくとも共同発明者といってよいのではないか。判旨にはその限りで疑問がある。 なお,玉井教授の分類では共同研究開発型に属すると思われる最近の裁判例として,<9>東京地判平成12.9.28平成11(ワ)1237号最高裁ウェブサイト[腋窩皮下組織削除器],<10>東京地判平成13.4.26最高裁ウェブサイト[コンクリートブロック体等]がある。<9>は共に自然人である亡Jおよび亡Kの相続人同士が争った事例である。出願後長期間を経過したKの特許権について,原告は真の発明者はJであると主張した。しかし,願書および特許公報にJの通称名が記されており,Jが当該発明の「ヒントを与えてくれた」ことをK自身が認めていたとしても,そのことは,Jが発明者であることを裏付けるものではないとされた。<10>では,原告と被告がかつて中空コンクリートブロックを共同して発明したことがあっても,当該発明の技術的欠点を克服して(具体的には,中空部分の形状を変更するなどして)なされた複数の発明について,原告従業員の具体的関与の態様が明らかでない場合には,これら複数の発明は被告の単独発明であるとされた。この<10>と本判決の判旨とは,対照的な判断をなしていると思われる。 (4)発明者の確定が問題となる事件においては,冒認出願を理由に特許権の無効が主張されることもある(特123条1項6号)。すでに紹介した裁判例の中では<1>〜<5>がそれにあたる。このうち<1>と<4>において冒認出願があったことが認められ,実用新案権および特許権の効力が否定された。また,<11>東京地判平成13.1.30平成11(ワ)9226最高裁ウェブサイト[写真付き葉書の製造装置]は,玉井教授の分類では純粋冒認型に近い共同研究開発型にあてはまると思われる最近の裁判例であるが,ここでは,嘱託として被告会社の開発チームに加わった原告が,被告会社の代表者や従業員らによる発明を冒認出願して得た,無効事由を有することが明らかである特許権に基づき,被告会社による侵害を問うのは権利の濫用であり許されないとされた(最判平成12.4.11民集54巻4号1368頁[キルビー特許]が引用されている)。これに対し,本判決においてX1は本件各発明を実施しておらず,Yから特許権侵害で訴えられたわけでもなかったので,本件各発明につき特許を受ける権利を(一)の特許出願のころまでに譲渡したことを自ら認め,Yの特許権を生かす方策に出ている※8。譲渡代金につきX1とYの間に大きな認識の違いがあったところ,おおむねX1の主張に沿った認定をしつつも,認容額を5000万円とした判旨の手法は興味深いが,紙幅が尽きたため分析は省略せざるを得ない。 (5)判旨はX2からの請求を棄却しているが,これは,本件各発明がX1の代表者であるX2の職務発明と認められたからである。Yの取引相手はあくまでX1なのである。X1・X2間の職務発明の認定について特段の問題はないと思われるが,従業者等の職務発明をX1に承継させる旨を定めた内規の存在が弁論の全趣旨により認められたため,職務発明の事例としての先例的意義はさほど大きくないであろう。 |
その請求項1には「前記キートップ部の摺動面は前記弾性可動部の弾性力によって前記傾動支持体の摺動面から微小間隔をおいて離間して保持されており」との表現がある。 |
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中山信弘『工業所有権法(上)特許法〔第2版増補〕』(弘文堂,2000年)57頁以下。ただし,玉井克哉「特許法における発明者主義(1)」法学協会雑誌111巻11号(1994年)1662頁以下は,ドイツひいてはヨーロッパでは,発明者取戻権などにより発明者による特許権の取得を積極的に保障することを発明者主義というのであり,日本の現行特許法はその意味では発明者主義とはいえないと指摘する。 |
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中山前掲書59頁。 |
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玉井克哉〔自動ボイルエビの成型装置判批〕ジュリスト1050号(1994年)180〜181頁。 |
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田中光雄〔判批〕特許管理43巻2号(1993年)187頁。 |
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芹田幸子〔判批〕特許管理51巻2号(2001年)213頁。 |
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増井和夫・田村善之『特許判例ガイド[第2版]』(有斐閣,2000年)398頁[田村担当部分]。 |
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裁判所もこれに応え,X1からYへの譲渡契約の存在を,判旨引用部分2にみるような寛大さで認定した。この認定には,X1からYの特許権の無効が主張されるのを防ぐ意味もあったのではないかと推察される。学説には,発明者以外の者が冒認による無効の主張をすることを認めない見解があるが(中山前掲書242頁および注(13),玉井前掲注4・183頁)によれば発明者の使用者たるX1は主張できることとなる。 |