判例評釈 |
商標法4条1項15号と広義の混同 ―レールデュタン事件― |
〔最高裁(三小)平成12年7月11日判決 平成10年(行ヒ)85号審決取消請求事件, 民集54巻6号1848頁,判時1721号141頁,破棄自判,原審:東京高判平成10年5月28日(行ケ)164号, 無効審判請求:平成4年7月3日(平成4年審判第12599号);特許庁審決:平成9年2月24日〕 |
久々湊 伸一 |
〈事実の概要〉 |
被上告人(被告)Yは,昭和61年5月21日,「レールデュタン」の片仮名文字を横書きした商標につき,指定商品を商標法施行令(平成3年政令299号による改正前のもの)別表21類「装身具,その他本類に属する商品」として,商標登録出願をし,右商標は昭和63年12月19日,登録された(登録2099693号,以下「本件登録商標」という。)。 |
〈判 旨〉 |
原審破棄自判。特許庁審決の取消し。
(1) 商標法4条1項15号と広義の混同のおそれ 「商標法4条1項15号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には,当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに,当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(以下『広義の混同を生ずるおそれ』という。)がある商標を含むものと解するのが相当である。けだし,同号の規定は,周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の稀釈化(いわゆるダイリューション)を防止し,商標の自他識別機能を保護することによって,商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り,需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ,その趣旨からすれば,企業経営の多角化,同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成,有名ブランドの成立等,企業や市場の変化に応じて,周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには,広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである。」 (2) 混同のおそれの判断基準,総合判断 「『混同を生ずるおそれ』の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである。」 (3) 広義の混同の認定と基準の適用 「本件登録商標は,本件各使用商標のうち『レール・デュ・タン』の商標とは少なくとも称呼において同一であって,外観においても類似しており,しかも引用商標の表記自体及びその指定商品からみて,引用商標からフランス語読みにより『レールデュタン』の称呼が生ずるものといえるから,本件登録商標は,引用商標とも称呼において同一である。また,本件各使用商標及び引用商標は,香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には,Xの香水の1つを表示するものとして著名であり,かつ,独創的な商標である。さらに,本件登録商標の指定商品のうち無効審判請求に係る『化粧用具,身飾品,頭飾品,かばん類,袋物』と香水とは,主として女性の装飾という用途において極めて密接な関連性を有しており,両商品の需要者の相当部分が共通する。以上の事情に照らせば,本件登録商標を『化粧用具,身飾品,頭飾品,かばん類,袋物』に使用するときは,その取引者及び需要者において,右商品がXと前記のような緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということができる。なお,本件各使用商標及び引用商標がいわゆるペットマークとして使用されていることは,本件各使用商標等の著名性及び本件各使用商標等と本件登録商標に係る各商品間の密接な関連性に照らせば,前記判断を左右するに足りない。」 |
〈評 釈〉 |
本件は,商標法において不登録事由(あるいは商標権侵害を含めて)の構成要件としての「混同のおそれ」の中に「広義の混同」の場合が含まれるとした最初の最高裁の判決として極めて重要な意義があると考える。しかしそのことは既に一般に認められていたことを確認したという意味合いを持つにすぎないとも考えられ(後出「2.総合判断」に挙げる大審院の判例は商品に類似性はないが同一店舗内で販売される可能性を理由にする点で広義の混同を既に認めていたともいえるかもしれない),特にその判断基準として「独創性」という要件を認めたところにむしろ本判決の特殊性があるように思う。その他種々の問題をこの判決は示唆するものと思う。
1.広義の混同 本件では,不登録事由として当事者の商標が相互に商標法4条1項15号にいう「商品の混同を生ずるおそれがある商標」に該当するとされ,その理由として「混同」には商品又は役務(商品等)が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標(狭義の混同)のみならず,「当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ」(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものとした。先例を更に一歩進めたものであるが妥当であると考える。先例に示された「親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係」(「マンパワー」最高裁[二小]昭和58年10月7日判決,民集37巻8号1082頁)及び「同一の商品化事業を営むグループに属する関係」(「フットボールチームシンボルマーク」最高裁[三小]昭和59年5月29日判決,民集38巻7号920頁)という表現を併記している。ただしこれらの先例は不正競争防止法に関するものである。商標法上の広義の混同を認める下級審の判例に示された「経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者」(「ピアゼ」東京高裁平成元年3月14日判決,無体集21巻1号172頁;「TANINO CRISCI」東京高裁平成8年12月12日判決,判時1596号102頁)という表現を採らなかった理由は定かではないが,前者のほうが具体的で分かりやすい点,当法廷の判断であること及び不正競争防止法における判断との相違を認める必要はないとの趣旨が想定される。 狭義の混同は,強いていえば同一企業の同一商品との混同(直接の混同)と同一企業の他の製品との混同(間接の混同)とに分けられる(渋谷達紀「商標法の理論」東大出版会1973年209頁註9)。 2.総合判断 混同のおそれの判断についてこのように網羅的に判断要素を列記した先例はないようである。「商品の出所について混同の虞があるかどうかは,商標自体だけではなく,商標以外の諸般の事情をも参酌して判断すべきものであり,たとえ,その指定商品が同一又は類似の商品でなくても,共に同一の目的に使用され,あるいは同一の店舗において取り扱われ勝ちの事情が存するときには,著名商標と類似の商標を附した商品は,商品の出所の混同を生ずるおそれがあると見るべきで(「三矢印」大審院大正15年5月14日判決,民集5巻371頁;「インディアン」同昭和15年2月19日判決、審決公報大審院判決号外21号347頁)、その例外は、これを想像することを得ない(大審院昭和18年3月15日判決〔昭和17年(オ)768号〕)。」(「オメガ」東京高裁昭和44年6月17日判決,判タ238号273頁)。「同一店舗内の取扱い」という判断要素は,現時点では,小売店が減少し,コンビニ,スーパーが一般化しているので判断基準になり難くなっているのではなかろうか。 学説では「一般に商品類否の判定基準としてあげられているものに,商品の原料・品質・形状の一致、完成品と部分品との関係や連産関係の存在,生産者の一致,用途の一致,需要者層および取引経路・販売店の一致などがある」(渋谷達紀「商標法の理論」前掲332頁),あるいは「考えられる資料としては,両商品の形態・材料・用途など商品自体の属性から,製造場所・流通経路・販売場所などの取引事情,さらには両商品に実際に付された商標の近似性や認知度など,様々な要素がありうるだろう」(島並良「登録商標権の物的保護範囲」法協114巻556頁)という説明が見られる。本判決はこれらよりもさらに網羅的であるように思われる。必要かつ十分という感じを受ける。 総合判断の結果,混同のおそれの度合いが同一なものと計量された場合には,未登録の周知商標よりも登録商標をより保護すべきであることはいうを俟たない。計量の際,我が国では世論調査はあまり利用されていない。 3.独創性 総合判断の要素として独創性を挙げる。従来商標の特別顕著性とか識別性と称されたものの1要素と考えられる。これを「混同のおそれ」の判断要素と認めたのは新たな傾向で重要な判断であると考えるが,今までに存在しなかった判断である。「時代の風潮」の意義を有するフランス語「L’AIR DU TEMPS」の登録商標に対しその称呼「レールデュタン」なる商標が無効の対象となっている。これについては,商標権侵害排除等に関する「ポパイ表示事件」の当法廷の判決(最高裁〔二小〕平成2年7月20日判決,民集44巻5号876頁)の「『POPEYE』ないし『ポパイ』なる語は,右主人公以外の何ものをも意味しない」という峻烈な判示を想起せざるを得ない。 4.11号と15号の関係 原審が商標法4条11号と15号の判断をしているのに対して,Xが上告理由申立てにおいて15号のみの抵触を主張していることにも関連するが,本件判決は15号のみの判断をしている。しかし11号に対する原審の判断に全く触れていないのは不自然である。フランス語読みの称呼を基礎にしたことで直ちに判断したことになるのか。 15号には括弧書きがあって「10号から前号までに掲げるものを除く」としている。立法理由によると本号が該各号の総括条項であると述べている(特許庁編「工業所有権法逐条解説」15版1005頁)。しかし例えば11号に該当する場合に初めから15号に該当するかどうかを審理して該当性を肯定した場合,法条適用を誤ったという意味ではないと思う。11号の商標の類似性の判断にも混同のおそれ(しかも商品の出所の混同のおそれ)の判断が基礎になっている現時点では解釈上さしたる意味は考えられない。本判決がXの主張に従い15号のみについて判断したことからもそう解したい。 11号の場合,同一商品に対する同一商標,同一商品に対する類似商標,類似商品に対する同一商標,類似商品に対する類似商標の4個の組合せが想定されている。最後の場合などは混同のおそれは一般に少ないと考えられる。また同一商品なる概念すら広狭の判断の幅がある。混同のおそれの判断要素として周知性,著名性を挙げている。侵害要件においては商標の類似と商品の類似を判断する際混同のおそれをその判断の基礎とするとしている。この混同のおそれの基礎として周知性,著名性は問題にしないのか。 5.基準の適用 商標の態様については原審と異なり,本件登録商標が引用商標と同一の称呼:フランス語読みの「レールデュタン」を有すると認定している。かつ独創性を有することを認定したのは珍しい。商品については「香水」と「化粧用具,身飾品,頭飾品,かばん類,袋物」には女性の装飾という用途上の密接な関連性を認めた。周知性については「香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には,Xの香水の1つを表示するものとして著名」であるとの原審の認定で十分であるとし,ハウスマークではなくペットマークでも差支えないとする。高裁の先例で示された高級品が販売数量において低い数字が出ること(前掲「TANINO CRISCI」事件および「ピアゼ」東京高裁平成元年3月14日判決,無体集21巻1号172頁)が本件でも考慮されていると考えるが,この先例ではすべてハウスマークに関するものであったことを考慮すると,独創性という従来判例にも学説にも見られない識別力ないしは標識力を重視して判断をした特殊なケースとすべきであろう。 6.「商標の類否」から「混同のおそれ」へ 商標権の抵触については,従来「商標の類否」が問題とされ,商品の類否と商標の外観,称呼,観念を判断しその商品の出所につき混同が生ずるか否かによって判断すべきものとした(「橘正宗」最高裁〔三小〕昭和36年6月27日判決,民集15巻6号1730頁)が,その際できれば商品の具体的な取引状況に基づいて判断すべきものとし(「しようざん」最高裁〔三小〕昭和43年2月27日判決,民集22巻2号399頁)、さらに外観,称呼,観念において類似しなくても具体的な取引状況いかんで類似する場合があるとした(「大森林」最高裁〔三小〕平成4年9月22日判時1437号139頁、渋谷教授「登録商標『大森林』と商標『木林森』」民商’93,108巻6号936頁以下,939頁は,X側の製品の取引状況を調査して勘案するよう命じたことが理解しにくいとされるが,本件判決を含めて,両者の商標の使用状況を踏まえなければ,混同のおそれなど何ら判断できないとの最高裁の判断が明白になってきていると考えるのはどうであろうか)。 このような先例の流れを見ていくと,商標権の抵触においては,「商品の出所の混同のおそれ」が包括的な基準であり,商標の類否はその判断の一要素となり,判断の手法の逆転がここで遂に行われたとも判断することができる。このことは上記総合判断に関する判旨において明確に示されている。「当該商標と他人の表示との類似性の程度」「当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度」は,11号における「商標の類似」と「商品の類似」にほかならないからである。また「広義の混同」を認めたことは「混同のおそれ」の拡張解釈になり,この基準の重要性ないしは必須要件的な性格をさらに明確ならしめたと見ることもできる。 |