発明 Vol.98 2001-5
判例評釈
楽曲の信託譲渡を受けている
(社)日本音楽著作権協会が楽曲の複製をした
日本映像(株)に敗訴した事例
〔東京地裁平成12年6月30日判決
平成11年(ワ)第3101号 損害賠償事件,棄却(控訴)〕
大家 重夫
〈事実の内容〉

1.平成6年,原告補助参加人Aは,B,Cを通じて被告Yの代表者Dと知り合い,Dに依頼されて別紙楽曲目録記載の楽曲(本件楽曲という)を作曲した。
2.被告Yは,映画,テレビ番組,ビデオのプロデュースを行っている会社で,「本気2」など別紙ビデオ目録記載のビデオを制作し,ビデオ,本件楽曲らを複製し,別紙ビデオ目録の支払い金額欄の金員をその都度支払い,支払われた金額は合計453万2000円である。
3.Aは,2.の自分に支払われた金額は,委嘱料であり,別に著作物の複製に対する対価として支払いがあると考え,被告Yに対し,平成8年9月26日に,本件楽曲の「複製許諾料」の支払いを請求した。被告Yは,2.でAに支払った金額の中には,「複製許諾料」も含まれおり,すべて支払われていたとし,応じなかった。
4.Aは,被告Yに対し,平成10年2月5日,本件楽曲の「複製許諾料」の支払いを求める訴えを提起したが,のち自己に著作権がないことを知り訴えを取り下げた。
5.原告Xは,内外国の音楽著作物について各著作権者より著作権ないしその支分権の信託的譲渡を受けて,日本国内の音楽使用者に対しその使用を許諾し,右許諾の対価として,著作物使用料規程に定める著作物使用料をこれら使用者から徴収し,これを内外の権利者に分配することを主たる業としている団体である。
 平成3年1月1日,Aは,Aが有するすべての著作権及び将来取得するすべての著作権を,原告Xに信託譲渡している(信託財産として原告に移転し,原告はAのためにその著作権を管理することを内容とする契約をしている。)。
6.Aは,被告Yに対し,Yと知り合い,最後の「カメレオン」の背景音楽の作曲後の平成8年3月28日,51万5000円受け取った時までの過程で,次のことを告知していない。
 ア.「Aが有する全ての著作権及び将来取得する全ての著作権を,原告Xに信託譲渡している」ということ,イ.本件支払金の外に本件ビデオの複製本数に応じた複製許諾料の支払いを求める意思表示。また,D,C,E(被告Yの関連会社,日映プロジェクト株式会社長)のいずれもAに対し右「複製許諾料」の支払いを行う旨の意思表示をしていない。
7.本件信託契約がAとX間に存することから,原告Xが本訴を提起した。Aは補助参加した。
 平成11年,原告Xは,被告Yに対し,原告Xに無断で,本件楽曲を複製しているとして,被告Yに対し,著作権侵害による損害賠償として複製許諾料2843万7457円を請求する訴えを起こした。
8.なお被告は,ビデオ13種類をすべて各1本(種),1万5800円で売り,合計10万2839本売った。すなわち,総売上額は16億2485万6200円である。


〈判 旨〉
1.著作権法77条1号により,Aの著作権の原告への移転は,登録がなければ,第三者へ対抗することはできないところ,第三者は,登録の欠缺を主張するにつき,正当な利益を有する第三者をいうと解するのが相当である。
2.本件楽曲は,本件ビデオの背景音楽として使用するために,被告がAへ依頼したものであること,右依頼の前後にAは,本件支払金のほかに本件ビデオの複製本数に応じた複製許諾料の支払いを求める意思を表示していない,D,C,E(被告Yの関連会社,日映プロジェクト株式会社長)のいずれもAに対し右複製許諾料を支払う旨を表示していない。
 Aは,被告に対し,自己の著作権が信託契約に基づいて原告に譲渡されていることを何ら告げていない。
 Aは,平成8年9月26日に本件複製許諾料の支払いを請求したが,初めに複製許諾料を含んでいたことを承知していた。
 著作権使用料が複製本数にかかわらず,一定金額であるからといって不合理ではない。
 被告の払った支払金は,複製許諾料込みの金額である。
3.被告は,本件楽曲の作曲者であるAから本件楽曲を本件ビデオの背景音楽として複製して使用することについて許諾を受けた者であるから,本件著作権の移転に関する原告の著作権登録原簿への登録の欠缺を主張するにつき,正当な利益を有する第三者である。

〈評 釈〉
1.音楽の著作物を創作した者は,(社)日本音楽著作権協会(以下,JASRACという)へ著作権を譲渡している。著作権信託契約約款(昭和55年3月21日変更認可)第3条1項には,「委託者は,その有するすべての著作権並びに将来取得するすべての著作権を,本契約期間中,信託財産として受託者に移転し,受託者は,委託者のためにその著作権を管理し,その管理によって得た著作物使用料等を委託者に分配する。」とある。社歌,校歌等特別の依頼により著作する著作物の著作権を当該依頼者に譲渡する場合(2項1号),委託者が音楽出版者に著作物の利用の開発を図るための管理を行わせることを目的として,著作権を譲渡する場合(2項2号)は,受託者の承諾を得て,その著作権の全部又は一部を譲渡することができるとしている。
 すなわち,音楽の著作物を創作した著作者は,JASRACと信託契約を結ぶと,原則として,自分の今まで創作した著作物と,今後創作する著作物の一切の権利が著作権の管理のために,JASRACへ譲渡したことになり,著作者には著作権がない。
2.被告は,補助参加人AがJASRACと信託契約を結んでいるとは知らず,あるいは知らないことにして,ビデオが製作される都度,ビデオの販売本数にかかわりなく,一定の金額で,Aの作曲という著作物の著作権の使用許諾をとった。このことについて両者の意思は合致していたと考えた。
3.Aは,X(JASRAC)と信託契約を結びながら,自分が作曲した曲の著作権は,自分が持っていると考えていたようである。
 本件でのAは,ビデオの背景音楽のための作曲をしたが,その都度の金員を支払われたものの,それは,一種の手付金ないし委嘱料ないし「録音作業料等の音楽制作費」で,ビデオが販売されれば,別途,著作物使用料として,ビデオの販売数に応じた料金(複製権)が支払われると考えていた。あるいは,被告Yのビデオの売行きがよいので,途中から別途複製権に基づく著作権料を要求する気持になったのかもしれない。Aは,他社で作曲した場合,複製本数に応じた料金を支払われたと主張したが,裁判所は,対象となるビデオ,ビデオ製作会社が異なるとして認めなかった。
 また,補助参加人Aは,DがCを通じて,50万円と別に「Aさんには,後でまた入るから」といわれたと述べたが,Cがこの証言に反することを述べ,これも裁判所は認めなかった。
4.被告Yは,その都度,著作権の使用許諾の対価の金員を支払い,これで終わっていたと主張した。
 Yは,通常,プロの音楽家であれば,また,Yの経歴からして,Aは,Xと信託契約を締結していると考えそうなものであるが,この点について聞きもせず,Aが,著作権者である,そして契約は,合意の上なされたと考えた。
5.二重譲渡など,権利者が権利を主張し,異議を唱える者のいる場合について,民法177条にならった著作権法77条がある。すなわち,「一,著作権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。次号において同じ。)又は処分の制限」は,「登録しなければ,第三者に対抗することができない。」。
 裁判所は,Yに対して,その料金規定に基づいて,著作物使用料を請求したXに対し,Xは,登録していないこと,YはAから本件楽曲を本件ビデオの背景音楽として複製して使用することについて許諾を受けた者であるから,本件著作権の移転に関する原告の著作権登録原簿への登録の欠缺を主張するにつき,正当な利益を有する第三者であるとした。
 民法177条の解釈として,「本条にいわゆる第三者というのは,当事者若くはその包括承継人以外の者であって,不動産に関する物権の得喪,変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者をいう」(大連判明治41年12月15日民録14巻1276頁)とされている。
 また判例により次のように背信的悪意者は,第三者に入らぬとされている。
 ア.買い主が山林を買い受けて23年間占有していながら所有権移転登記をしていない事実を知っている者が,買い主に高値で売りつけて利益を得る目的で,右山林を売り主から買い受けてその旨の登記を経た等の事情のある場合の事情を知って買い受け登記をした者(最判昭和43年8月2日民集22巻8号1571頁)。
 イ.山林の贈与に関し,山林が受贈者の所有に属することを確認し,贈与者は速やかに受贈者に対してその所有権移転登記手続をする旨の和解が成立した場合において,立会人として示談交渉に関与し,和解条項を記載した書面に署名捺印した者(最判昭和43年11月15日民集22巻12号2671頁)。
 著作権法77条の解釈として,民法177条と同様に解すべきであると考えられている。
 著作権の二重譲渡について,佐藤紅緑「ああ玉杯に花うけて」事件がある。
「ああ玉杯に花うけて」について著者佐藤紅緑(A)は,昭和3年出版社Xと著作権を共有とし,昭和3年4月から昭和4年8月にかけて1円50銭の定価で1万9400冊売った。
 Aの子息(サトウハチロー)は,Aの代理人として,Xの承諾があれば,同じ著作物をYが発行してもよいと述べ,Yは,Xの承諾をとることなく,昭和4年8月15日,2万部印刷発行し,定価50銭で1万9982冊売り上げた。
 Xは,著作権共有の登録を昭和4年9月13日に行った。XはYを訴え,Yは,著作権法15条(当時)の「登録ノ欠缺ヲ主張スルニ付正当ナル利益ヲ有スル者」と主張したが,裁判所はいわゆる第三者に該当しないとした。不法行為者と同様に考えた。いずれにしろ,民法177条の解釈を著作権法77条の解釈として考えることについて大方の説に異論はない。
 本件では,一方(JASRAC)へは譲渡であり,他方は,使用許諾であるが,これも賃借人(最判昭和49年3月19日民集28巻2号325頁)の判例もあり同様に考える。とすれば現在の法制の下で,判決のような事実認定であれば,この判決のようにならざるを得ない。
6.ただ,次のような問題点があることを指摘しておきたい。
 ア.土地又は建物の不動産の登記の場合,ひとつの不動産につき一つの用紙に記載する。
 イ.著作権の場合もひとつの著作物について,ひとつの用紙に記載される。ただ,音楽の著作物の場合,将来発生する著作物についても,発生すると自動的に信託譲渡する契約になっており,これについては著作物ができあがり,特定して初めて,登録することができる。
 ウ.土地建物の登記は,法務局,地方法務局,それらの出張所が登記所として,一定の場所の土地又は建物について,登記所として管掌している(500カ所以上であろう)。
 不動産の移転登記の場合,当該不動産の所在する場所を管轄する地方法務局に売り主,買い主,両者が出頭することになる。また,この不動産の名義がどうなっているか関心をもつ者は,当該不動産の所在する法務局に遠方からでも写しを請求できる。
 一方,著作権は,東京にある文部科学省の外局の文化庁の著作権課1カ所である。
 著作権登録制度は,審査主義ではなく,申請人の申請どおりの無審査である。
 この制度の趣旨について田村善之教授は,著作権の場合,1.譲渡人が著作権を取得したかどうか,2.譲渡人が著作権を他に移転したことがないかどうか,を譲受人は調査しなければならないが,77条1項により,譲受人から譲り受けた者の登録がないことを確認すればよい。これにより取引の活性化をはかったとされる(「著作権法概説」有斐閣421頁以下)。ただ,音楽の著作者,すなわち作曲者,作詞者は,JASRACと信託譲渡契約をしていれば,その契約時に有している著作物について当然,また将来発生する著作物についても信託者を真の著作者と一応認めて,著作物使用料を徴収して配分すること,文化庁の登録制度に登録しようというインセンティブはほとんどない。JASRACは,年間約4万8000件の著作物の信託譲渡を受けるが,ここ30年間で,文化庁への登録は担保権設定で2,3件のみという。
 著作権登録料について,著作権移転の登録免許税は,1件1万8000円だが,信託譲渡は登録免許税法7条1項1号により,非課税となっている。従って信託の登録1件3000円のみ必要である。
 本判決が,正しいとすれば,今後,JASRACと信託譲渡契約を結んでいる者が,これを秘して,本件ビデオ製作者のような音楽利用者へ著作物を作成の後,譲渡し,金員を得た後,直ちにJASRACへ知らせ,JASRACは,本来自分のものだから当然であると,文化庁で,譲渡登録すれば,JASRACの使用料規程による金額が大きい場合,更に,前に得た金額を差し引いた金額を得ることができることになる(本件の場合は,これと異なり,補助参加人は,JASRACへ今までの著作権と将来発生する著作権を信託譲渡していることを忘れていた。そして登録を欠いていた。)。音楽著作物の利用者は,契約は守られると信じていても裏切られることになる。
 一方,音楽利用者が,音楽著作物の制作者がJASRACへ著作物を信託譲渡している者と知っていても,金銭を支払い,直ちに,共に文化庁へ直行し,移転登録をしていけば,これは有効であろう(JASRACは,作成されたばかりの著作物については,著作者が知らせない以上,これを知ることはできない。常に登録できないことになる。)。
 とすれば,音楽著作者は,高額の金銭対価を提供する利用者には,譲渡して登録し,他の著作物については,JASRACとの信託譲渡契約で処理することが可能になるが,これでいいのだろうか。JASRACは,著作物の質にかかわりなく,使用料規程により,一律のいわば公定価格の使用料を利用者から徴収する(トップクラスの作曲家でもレベルの低い作曲家でも単価は同じ)。そこで,トップレベルのクラスの者がJASRAC抜きの契約を水面下で行い,レベルの低い作曲家が,ともかく仕事を得るために,JASRAC抜きの契約をすることは十分ありうる。
 本判決は,これらの事態を容認しなければならないことを意味する。
 音楽関係者は,JASRACへの信託譲渡で能事終われり,という感覚であったが,そうでないことを知らせた点でこの判決の意味は大きい。JASRACがまずなすべきことは,作詞者,作曲家に対して,信託譲渡をしているから,「著作権」はJASRACにのみあることを教えることである。
7.なお,登録制度について,廃止論がある。半田正夫教授は,1.著作権変動の公示方法として登録制度はきわめて不十分で有効に機能していない,2.著作物の同一性の識別・判定は困難で,著作物を特定して登録しても,意味のない場合があること,3.対抗要件としての登録制度は著作権,出版権についてのみで中途半端だ,4.諸外国の例も対抗要件としての登録制度保持の例はほとんどなく遅れており,ベルヌ条約違反のおそれもある,とされ,登録制度を廃止するよう提言されている(「著作権法概説[第9版]」有斐閣247頁)。代案として半田正夫教授は,「当事者間の関係」「は著作権・出版権の変動の契約の際に,帰属する権利の種類および範囲,さらに排他性の有無について明確にされていればよい。」,「公示方法について」「他の立法例にみられるように,複製物に取得した権利の内容を掲げることにし,しかもこれに排他的権利の取得についての表示がなされているときは対抗力を有するということにすれば,公示手段の技術的困難性を克服できるのではあるまいか」とされる。
 著作権等管理事業法が制定されたが,この法律との関係でも,登録制度の是非は検討されなければならない。まず,プロの作詞・作曲家がどこの仲介団体に,どういう権利を信託譲渡しているかが,インターネットで直ちに一覧できるような公示手段が必要であろう。
 紋谷暢男教授は「著作権等管理事業法の概要」(知財管理51巻3号415頁)において,「同一分野に複数の権利管理事業者が存在しうることに対して,利用者に対する権利管理情報の提供は努力義務でよいのか等々指摘される所である。」と述べられている。
 著作物の二重譲渡の場合の解決手段として,他にいい方法がなければむしろ,登録制度を活用すべきであろう。


(おおいえ しげお:久留米大学教授)