発明 Vol.98 2001-3
判例評釈
外国における他人の商標の存在を知りながら,
無断で出願し登録を受けた商標を
商標法4条1項7号の公序良俗に反し,
無効とした審決が維持された事例
(東京高裁平成11年12月22日判決,平10(行ケ)185号,
審決取消請求事件,棄却(確定),判例時報1710号l47頁)
木棚 照一
<事実の概要>

 Xは,「ドゥーセラム」の片仮名文字および「DUCERAM」の欧文字を上下2段に横書きした第1類「人工歯用材料,その他本類に属する商品」を指定商品とする登録商標の商標権者であり,人工歯用材料の輸入,販売等を行っている日本法人である。Yは,「DUCERAM」の欧文字からなる商標につき人工歯用材料を指定商品としてドイツ連邦共和国(以下,ドイツという)および世界知的所有権機関(WIPO)に登録しているドイツ法人であるが,平成6年2月21日にXを被請求人として,本件商標につきXが出願当初からYの商号および商標と類似であることを知りながらパリ条約の同盟国でYに無断で商標登録出願を行っており,同盟国民の権利を侵害し,国際信義に反し,商標法4条1項7号に該当するとして,登録無効審判の請求をした。特許庁は,平成10年4月27日「本件商標は商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものと判断するのが相当であるから,本件商標の登録は,同法第46条第1項の規定により無効とすべきである」との審決をした。
 そこで,Xが次のような理由から審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。《1》Xは,本件指定商品に本件商標を付して,日本国内に輸入し,それを日本国内で販売するために商標登録出願を行ったものであり,この行為は,基本的に登録主義を採用するわが国の商標法の下において,自己の業務に係る商品について使用する商標につき権利化を図ったものであって,合法かつ正当なものである。本件商標は,登録後9年を経過し,その間におけるXの宣伝広告および努力によって需要者・取引者間で周知となったものである。他方,商標法4条1項7号に該当する商標とされるためには,商標の表示自体から,何らかの公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあることが窺われるか,商標を使用することが社会公共の利益に反しなければならないが,本件商標はこれに当たらない。《2》本件商標出願当時(昭和61年3月14日)Y製品は全く無名の存在であり,本件指定商品の市場規模も平成9年で4億9000万円と極めて小さい状況の中で,Xは,歯科技工士を集めて過去何度もセミナーを開催し,宣伝広告費を費やして本件商標を付した製品を徐々に市場に浸透させていった。これに対し,Yは,優先権を主張して「DUCERAM」商標をわが国で出願し権利化を図ることが可能であったにもかかわらず,これを行わず登録を受ける機会を放棄したものである。《3》本件商標の出願当時,ドイツではY商標は出願中であり,未だ商標登録されておらず,このように出願中の商標が登録されたか否かは,保護の必要性を判断する上で重要な要素である。また,本件商標出願当時,XとYとの間に取引関係があったことを認めるに足りる証拠はない。《4》Yは,本件商標が商標法53条の2に違反するとして,その登録の取消しを請求したが,Y商標が出願中のものであり商標権に該当する権利でないとして,同請求は不成立とされている(平成6年審判4532号審決)。本件商標のようにパリ条約6条の7およびこれを受けた商標法53条の2の要件さえ満たさない場合に,商標法4条1項7号の規定により,除斥期間の制限なく,遡及的に無効とするのは,法体系のバランスおよび法的安定性を著しく害することは明らかである。《5》Y商標は,本件商標出願当時,日本国内および外国で周知ではなく,このような商標と類似の商標をわが国で出願しても,非難されるいわれはないし,本件商標を無効とすることは,周知商標の保護を定めた工業所有権の保護に関するパリ条約上の要請でもない。特に,商標法4条1項19号は,不正目的による著名商標等の出願の排除を規定しているところ, この規定からみても,周知でない商標を「不正の目的」をもって登録した場合について,法は何ら規定しておらず,Y商標のように,使用に基づき一定の業務上の信用を獲得していない未登録の商標を一律に保護することは適切ではない。
 これに対し,Yは,審決の認定判断は正当であり,Xの主張の取消事由は理由がない,として,次のように反論した。《1》XがYから輸入して販売している人工歯科材料「DUCERAM」は,本件商標の出願前から,Y商品の商標としてYが用いていたものであり,世界各国で商標出願を行って商標登録を得て,「DUCERAM」の名称で世界各国に輸出しているものである。Xは,Yが製造し「DUCERAM」との商標が付されている商品をそのまま輸入しているにすぎず,Xによる商標登録およびその権利主張は,Yが直接または他の第三者に対し,Y商品を日本国内で販売することを妨害するためにほかならない。Xは,自らの長年にわたる宣伝広告および努力を強調するが,本件商標は,Yがドイツやその他の輸出先で現に使用していた商標であり, その輸入代理店や販売店が宣伝広告および努力を行うことは当然である。本件商標登録により,Yは,日本における代理店の選択に制限を受けるなど,XがYとの取引関係において不当に有利な立場を得ているのであり,このようなXの行為は,公正な取引秩序を害するおそれがあるばかりではなく,国際信義に反し公の秩序を害するものである。《2》Xは,「本件商標を利用して不正な利益を得る意図はなかった」旨主張するが,Xの代表者は,ドイツにおいてY商品の評判を聞いた上で,日本における同商品の独占的な輸入代理店となるべく,帰国後,直ちに本件商標の出願をしているのであって,これもまた「不正な利益を得る意図」にほかならない。《3》Yが1989年5月31日すべての資産と債務を含め一切の経営の譲渡を受けたA社は,Yと所在地および代表者を同じくする,Yの子会社であった。当時,A社は,Yの子会社として,Yの委託によりYの商品の管理を行っていたものであって,Y商標は,実質的にYの管理下にあり,Yが使用していたのである。Xは,他人が現に使用している商標を,当該商品が日本に輸入されるようになることを予想して,自らがその代理店になるべく,これに類似した本件商標をYの許諾なく無断で出願して登録を受けたものであり,このようなXの行為は,当該商標が,出願中であるか登録になっているか,その名義がいずれであるかにかかわらず,不正なものである。《4》別件審決において,本件商標がパリ条約6条の7および商標法53条の2に該当しないと判断されたのは,これらの規定が厳格にわが国の商標権に対応する権利の所有者の代理人・代表者を対象としているからであって,本件商標がこれらの規定に該当しないことと,全く異なる規定である同法4条1項7号に該当するか否かとは何ら関係なく,本件商標がパリ条約6条の2および商標法4条1項10号,19号に該当しないから同法4条1項7号に該当しないとする論理には,何らの根拠も理由もない。《5》Yは,Y商標を1985年4月2日から使用しており,Yの商標を付した商品が歯科用材料という実際に購入する需要者が少数である特殊な商品であることを考えれば,これが周知であったと推定するのが自然である。


<判 旨>
請求棄却(確定)。
1 「Xの代表者は,1986年2月にドイツのYを訪ね,『DUCERA』の商号を有するYが『DUCERAM』の欧文字からなるY商標を,同社が販売する人工歯用材料等の商品に付して使用しており,実際に,Y商標を付した当該商品をドイツのみならず諸外国に輸出販売していたことを知り,当該商品『DUCERAM』について詳細な説明を聞いて帰国した後,本件書簡において,Yに対し当該商品の日本への輸入許可手続のための資料請求を行い,輸入業務の具体的準備に着手する一方,Yに何ら告げることなく,『DUCERAM』の欧文字を含む本件商標の登録出願を行い,その登録を得たものであり,このようなXの行為に基づいて登録された本件商標が,国際商道徳に反するものであって,公正な取引秩序を乱すおそれがあるばかりではなく,国際信義に反し公の秩序を害するものであることは明らかであり,これと同旨の審決の判断も正当といわなければならない。」「商標法4条1項7号に該当する商標は,X主張のように,商標の表示自体から公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあることが窺われる場合や,商標を使用することが社会公共の利益に反する場合に限定されるものではなく,前示のようなXの行為に基づいて登録された本件商標も,公正な取引秩序を乱し,国際信義に反し公の秩序を害するものであることは明らかである。」「上記認定判断に照らして,Xが,本件商標の指定商品に本件商標を付して,日本国内に輸入し,それを日本国内で販売するために商標登録出願を行ったものであり,この行為は,基本的に登録主義を採用するわが国の商標法の下において,自己の業務に係る商品について使用する商標につき権利化を図ったものであって,合法,かつ,正当である旨の主張が採用できないことは明らかである。」。

2 上記Xの代表者の「行為に基づいて登録された本件商標が,公正な取引秩序を乱すおそれがあり,国際信義に反し公の秩序を害するものとされるのであって,審決は,本件商標の出願当時,Yの商品が著名であったり,Y商標が周知であることを前提として,これと類似する本件商標を使用して不正な利益を得る意図がXに存する旨を認定するものではない」。また,「Xによるこのような行為を予想して,Y又はその関連会社が優先権主張に基づく商標出願を行うべきであるということ」はできない。「Yが,わが国における本件商標の出願当時,A社により出願中のY商標を,Y商品に付しており,ドイツ国内及び諸外国への輸出用の販売商品に使用していたことは,前示のとおりであるから,このような商標を一定の公正な取引秩序及び国際信義の範囲内で保護すべきことは当然」である。

3 「商標法53条の2の規定と同法4条1項7号の規定とは,その趣旨,要件及び効果等を異にするものであり,前示のXの行為に基づいて登録された本件商標が,公正な取引秩序を乱すおそれがあって国際信義に反し公の秩序を害するものである以上,同法53条の2の規定の要件を充足するか否かにかかわらず,同法4条1項7号の規定により無効となるのは当然のことであり,前者に該当しないことを理由に後者にも該当しないということができないことは明らかである。」「本件商標がパリ条約6条の2及び商標法4条1項10号,19号に該当しないことと,前示のXの行為に基づいて登録された同商標が,公正な取引秩序を乱すおそれがあって国際信義に反し公の秩序を害するものであることは,直接の関連性がないものと認められ,審決も,本件商標が周知であるか否かを認定することなく,同法4条1項7号に該当する旨を判断しているものである」。

<評 釈>
1 本件判決は,ドイツの訴外A社が同社の製品の販売,諸外国への輸出,販売に使用し,ドイツで出願中てあったY商標と類似の商標を,Xの代表者がドイツを訪れ,A社(後にY社に営業譲渡したYの関連会社)の商標使用の事実と製品の評判を知ったうえで,将来日本における同製品の独占的輸入代理店となる場合の便宜を考えて,帰国後直ちに登録出願した事例につき,「本件商標が,公正な取引秩序を乱すおそれがあるばかりではなく,国際信義に反し公の秩序を害するものといわなければならないから,商標法4条1項7号の規定に違反して登録されたもの」とみて,その商標登録を無効とした審決の取消請求事件において,審決と同様の結論を採って,Xの請求を棄却したものである。
 従来,市場の国際化,グローバル化に伴って,外国商標を外国の商標所有者に無断で日本で登録出願する者が増え,このような悪意の商標登録をそのまま認めることは国際信義に反するという観点から一般条項としての商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるものとしてこれを無効とすべきであるという主張があった(1)。他方,確かに公序良俗に反するか否かは時代の変化によりあるいは社会状態によって異なるが,同条7号の性質からみてもむやみに解釈を広げるべきではなく,1号から6号までを考慮して解釈すべきであるとしたり(2),7号の反公序性の判断基準時が出願時ではなく査定時であるため(商標法4条3項),悪意の登録により現実的に対応することができるというメリットがあることを認めながら,このような登録に本号を適用することは本来の趣旨から問題がないとはいえない(3)とする慎重論がみられた。
 このような議論のあるなかで,本件判決は,ドイツでその標章が商標として使用されていることを知りながら無断でわが国で商標登録出願をし,その商標と類似の本件商標の登録を得たXからの無効審決の取消請求を棄却し,このようなXの行為に基づいて取得された本件商標が国際商道徳に反するものであって,公正な取引秩序を乱すおそれがあるだけではなく,国際信義に反し公の秩序を害するものであるとした。外国商標の悪意の無断出願について商標法4条1項7号を適用した判決としては,傍論でこの点に触れた判決を別とすれば,おそらく最初のものといえよう。これまで商標法4条1項7号を適用した判例は少なかったが,同条同号を積極的に適用した判例として最近本件判決と時間的に接近して東京高裁の同一部の判決があり,いずれも悪意の出願人の登録出願に対して一般条項である同号を積極的に活用して具体的妥当性を確保しようとしたものとして注目される(4)。本件判決については,商標法4条1項7号の解釈,適用が中心的論点になる(判旨1)が,日本における本件商標登録出願当時,いわゆる外国の著名商標あるいは周知商標とまではいえない外国で出願中の商標に関する点からみれば,商標における登録主義の基本的なあり方にも関 わる点を含む(判旨2)ように思われる。また,外国商標の保護に関するパリ条約の規定とそれに基づく商標法の諸規定との均衡(判旨3)も問題となるであろう。

2 まず,商標法4条1項7号に関するこれまでの判例を概観し,本件判決の意義を考えてみたい。同号でいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は,旧商標法2条1項4号の規定(「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」)を引き継いだものであり,表現において相違があるが,立法趣旨において異なるものではないといわれている(5)。判例は少ないので,旧法時代のものを含めてみてみたい。
 古くは,「征露丸」に関する大審院の大正15年6月28日判決がある。この商標は,日露戦争中に出願され,明治38年9月8日(講和条約調印の3日後)に登録された。征露丸という名称は,露国を征伐するという意義を有し,ソヴィエトになった後も国際信義に反し秩序を紊すものであり,本件商標は,出願ないし審査時においては交戦中であるから国際信義に反しないとしても,登録時においては戦争が終結し正常な状態に復しているから,公序良俗に反するといわざるを得ない,と判決した。これは商標を構成する文字自体が公序に反するものとみられた例といえよう。なお,東京高裁昭和41年4月7日判決は,「セイロ丸」という商標については,登録時である昭和7年当時,露国を征伐する丸薬という感情表示語として用いられた事実はなく,公序に反するとはいえないとした。
 東京高裁昭和27年10月10日判決は,BOYSCOUTの英文字とボーイスカウトの図形からなる商標を旧商標法2条1項4号に反するので,登録することができない,とした審決の取消請求事件において,商標法2条1項4号の「規定は,商標自体が矯激な文字や猥褻な図形等秩序又は風俗をみだすおそれのある文字図形,記号又はその結合等から構成されている場合及び商標自体はそのようなものでなくても,これを指定商品に商標として使用することが社会公共の利益に反し,又は,社会の一般的道徳観念に反するような場合に,その登録を拒絶すべきことを定めているものと解するのを相当とする」としたうえで,本件「商標自体が前述のようなものではないのはもちろん,原告の指定商品は,第三類香料及び他類に属しない化粧品であるから,右商標を,これら商品に使用することが,秩序又は風俗を乱すものとは解されない」として,原告の請求を認容した(6)。この判決は,傍論ではあるが,商標の構成自体が公序に反しなくとも,指定商品いかんによっては公序に反することがあることを認めたものである。
 現行法におけるものとして,東京高裁昭和56年8月31日のいわゆる特許建築学博士事件判決がある(7)。この事件は,第26類の印刷物,書画,彫刻,写真,それらの付属品を指定商品とする特許建築学博士,特許医学博士等の文字からなる商標を商標法4条1項7号に該当するとして拒絶査定を支持した審決の取消しが求められたものである。本件判決は,原告の請求を棄却して,「本願各商標が先に述べたように学位規則所定の博士の名称と紛交ないし誤認混同を生ずるおそれのある態様であることを併せ考えると,その指定商品があたかも学位規則に定められた博士の学位を有する者が執筆するなどして関与したもののようにその品質その他について誤認し, この誤認に基づいて取引に当たることも少なくないと考えられる。そうすると,本願各商標をその指定商品について商標登録を許容することは,商標の保護と需要者の利益を保護する商標法の意図する商品流通秩序の維持の目的にも反するものというべきである」とした。これは,他の法律によって使用が禁止されている標章をその利用態様との関連で公序に反する商標とした判例とみられる。なお,本件と類似の判決として,「PATENT UNIVERSITY」商標に関する東京高裁昭和56年8月25日判決,「特許大学院」商標に関する東京高裁昭和56年8月31日判決,「特許管理士」商標に関する東京高裁平成11年11月30日判決等がある。
 さらに,「毋衣旗」という漢字と「ほろはた」という平仮名からなる商標(以下,本件商標という)に関する東京高裁平成11年11月29日判決がある(8)。原告である福島県石川郡石川町が,第32類の食肉,卵,食用水産物,野菜,果実,加工食品を指定商品とする本件商標につき登録無効審判を申し立てたが,本件審判は成り立たないという審決を受けたので,本件商標が商標法4条1項3号,6号,14号および7号に違反すると主張して,この審決の取消しを求めたものである。本件判決は,一方で,原告が昭和47年ころから伝承的名称に係る母衣旗を公共的な刊行物に使用してきたこと,昭和62年に石川町の経済振興を図る目的で「母衣旗まつり」と称するイベントを開催し,町の産品に母衣旗標章を付けることを奨励してきたこと,これによって地域周辺の業者の誰もが自己の商品に母衣旗標章を使用することができるとの認識を有するに至っていたことを認定し,他方で,被告は,その代表者が石川町に居住するから,原告のこのような施策や母衣旗標章に関する状態を知りながら,平成元年に本件商標の出願をし,平成4年にその設定登録を受けて,他の業者の使用を不可能または困難にしていることを認定したうえで,「被告による本件商標の取得は, ・・・・・・原告による町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して,その遂行を阻害し,公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら, ......『母衣旗』名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ず,本件商標は,公正な競業秩序を害するものであって,公序良俗に反するものというべきである」とした。この判決は,本件標章を限られた範囲内であれ独占することにより,地方自治体の追求しようとする公共的利益が損なわれることを知りながら,地方公共団体の施策に便乗して商標出願をし登録を受けた商標を,出願者の意図なども考慮して公序良俗に反する商標とみたものである。公共の利益のために開かれた標章として使用されていることを知りながら,商標登録されていないことを奇貨として登録し,独占の利益を受けようとした事例に,商標法4条1項7号を適用した点で新しい判例として注目すべきものといえよう。

3 以上のような判例の展開のなかで,本件判決は,さらに一歩進めて,ドイツを訪れて「DUCERAM」商標が付せられている他人の商品についての情報を得て,その評判を知ったうえで,日本で同一の文字を含む商標をその他人に無断で出願し,登録を受けた場合について,当該商品の著名性や当該商標の周知性を問うことなく,「国際商道徳に反するものであって,公正な取引秩序を乱すおそれがあるばかりではなく,国際信義に反し公の秩序を害する」商標と判断して,登録無効審決を支持した。確かに,どのような商標が公序良俗に反する商標であるかは社会通念によって決せられるべきものであり,時代の変化に従って変化するものである。国際化,情報化が進み,国際的な競業秩序をどのようにして整備し,発展させていくかが重要な課題となっている現在,外国における他人による当該商標ないしそれに類似する商標の使用を知りながら,当該商標がわが国で登録されていないことを幸いに,その他人に無断で出願し,登録を受けた場合に,そのような登録商標を商標法上どのように扱うかは重要な問題である。少なくとも,先進諸国ではこのような商標について商標法上,あるいは,不正競争防止法等他の関連法規との関係で一定の規制が行われている。わが国においても,このような商標登録の実態調査を含む研究が行われている(9)。 しかし,当該外国商標の周知性・著名性を問うことなく,外国で当該商標が使用されていることを知りながら,将来同商品をわが国へ輸入する場合に総代理店等有利な立場を得ようとして,出願し,登録された商標を商標法4条1項7号に反するものとして無効と解釈するのが妥当かどうか,それは従来の判例との関係でどのように位置づけられるか,わが国における社会通念からそこまでいえるか等検討すべき論点は少なくない。
 この点に関する本件判決における判断をより明確にするために,まず,東京高裁平成11年3月24日の本件と同一部による判決をみておこう(10)。原告は,第21類の装身具,かばん類,袋物等を指定商品とする本件第一商標と第17類の被服,布製身回品等を指定商品とする本件第二商標(いずれも「Juventus」の文字からなる商標)の商標権者である。本件商標いずれもは,昭和58年1月12日に登録出願され,昭和60年6〜7月に設定登録を,平成7年9月28日に存続期間の更新登録を経ている。Yは,平成8年7月15日に本件商標の存続期間更新登録の無効審判を請求した。特許庁は,平成9年12月22日と17日にそれぞれ本件商標の存続期間更新登録を商標法4条1項7号に該当する商標に関するとみて,無効とする審決をした。その理由は,「ユベントス」という名称は,イタリアのプロサッカーチームの略称であり,本件商標の更新登録時においてスポーツ愛好者の間で周知・著名であったので,これを商標として指定商品に使用すると,その商品があたかもユベントス・チームまたはそのチームと関係のあるものの業務に係るものと,その出所について混同を生じるおそれがあり,このような商標は公正な競業秩序を乱し,ひいては国際信義に反する,という点にあった。東京高裁は,次のような理由から,これら2つの審決を取り消した。つまり,一方では,「ユベントス」という名称が存続期間の更新登録時で周知・著名であったと認定したことは誤りということはできないが,本件商標の登録出願時はJリーグ創設の8年も前であって,その当時にわが国において著名であったと認めることはできないことを,他方で,原告が昭和59年8月ごろから現在まで本件第二商標を付した婦人用衣料の販売を行っており,平成7年8月ごろ頃まで本件第一商標を付した婦人用ハンドバッグの販売を行っていたことを認定したうえで,「その登録出願の際には,当該団体もその略称もわが国において著名ではなく,それゆえ,登録出願が,・・・・・・不正な意図を伴うものでなかった場合は,その登録出願後に,当該団体およびその略称が我が国において著名となったとしても,このことの故をもって直ちに該商標に係る商標権を保有することが公序良俗を害するものになるとは解し難く,したがって,商標の登録出願時におけるかかる不正な意図の有無を問うことなく」本件商標が商標法4条1項7号に該当すると解することは誤りである,とした。
 この事例は,平成8年の改正法で付け加えられた同条同項19号が適用されないところから,7号の適用が問題となったものである。この判決で特徴的であるのは,一般論としては本件判例とほぼ同様な立場を表明したうえで,その名称がわが国において著名であったかどうかを不正な意図を認定する要素として捉えている点である。つまり,当該団体の名声を借用する不正な意図で登録された商標を商取引の秩序を乱し,公序良俗を害するものとみているのである。このような捉え方の延長線上で本件判決をみると,本件商標の出願の経緯やその後の利用の仕方すなわちもっぱら本件商標を付した外国商標権者の製品を輸入,販売するため等にのみ利用し不当な利益を得ようとしていて,自らの製品に利用しているわけではないことから,出願人の不正な意図が認定できる場合には,当該外国商標が著名・周知であるか否かを問わず,本件商標を公序良俗に反するということができるとみているように思われる。
 確かに,他人の標章を不正に利用する意図をもってなされた出願については登録を拒否しようとする傾向が諸国の立法や判例においてみられるところである(11)。たとえば,1994年の英国の商標法3条6項は明文でそのように定めている。しかし,公序良俗に反する商標については同条3項でこれとは別に定めている。不正な意図で出願された商標を公序良俗に反する商標とみることには,伝統的な公序良俗概念を基礎とした場合に,疑問がないわけではない。しかし,近時民法学者のなかからも,市場秩序の維持を公序の内容として捉える見解が主張されており(12),他に登録を拒絶したり,無効とする適切な規定がない場合に,わが国の商標法4条1項7号を公正な競争秩序を維持するために一般規定として積極的に適用することは場合によっては必要かつ有益であろう。おそらくこのような規定を積極的に適用しようとされる最近の特許庁審判にみられる傾向は,三極の会議その他の国際的な場における議論を反映しているのではあるまいか。しかし,このような一般条項を適用する場合にも,解釈論である以上,注意すべきであるのは,関連する他の法規と均衡がとれているかどうかである。この点で最も問題となるのは,不正競争防止法との関係である。同法2条1項1号は「他人の商品表示として需要者に広く認識されているもの」を使用等して「他人の商品又は営業と混同させる行為」を,同2号は「自己の商品表示として他人の著名商品表示と同一若しくは類似のものを」使用等する行為を不正競争行為としている。また,前述の平成8年改正で挿入された商標法4条1項19号においても,「不正の目的」のほかに,他人の商品または役務を表示するものとして「日本国内又は外国における需要者の間で広く認識されている商標」であることを要求している。パリ条約6条の2による保護もあくまで同一または類似の指定商品に使用されているものとしてその同盟国で広く認識されていることを要件とする。TRIPs協定16条もパリ条約6条の2の適用範囲を役務に拡大し(2項),類似していない指定商品や役務に拡大してはいるが,周知性そのものの要件を変更してはいない。
 これらの規定との関連で外国標章に関連する問題を考えてみれば,本件判決のように,当該外国標章が日本国内ばかりではなく,当該外国においての周知・著名であるかを問わず,本件商標を公序良俗に反するものと解釈することに躊躇を感じるところである。もちろん,一般条項としての商標法4条1項7号を適用するということは,これらの規定の枠を超える面を持つことを意味する。また,本件のような商標登録を認めることは国際信義に反し,公序を害するとしたのは,個別的例外的事例の妥当な解決を目指したものであるから,判旨は支持できるとも考え得る。しかし,どこまで超えてよいかは,解釈論として展開する以上,他の規定との均衡を考慮して行うべきである。もし,悪意の出願の場合に,絶対的登録拒否事由とする趣旨であれば,これまでの基準と異なる別の基準を設定することになるから,商標法4条1項7号の規定によるのではなく,立法上明文を置いて解決すべきであるように思われる(13)。また,判旨1の末尾で,Xの悪意の出願行為を予想して,Yまたはその関連会社が優先権主張に基づく商標出願をわが国で行うべきであるということはできないとされる点も,属地主義,登録主義の根幹に関わるところであるだけにより慎重な判断が必要とされるところではあるまいか。


(きだな しょういち:早稲田大学教授)


≪注≫
(1)  池永光弥「商標法の改正についての雑感」『国際工業所有権の諸問題−故中松潤之助先生追悼論文集』(AIPPI日本部会,1976年)397頁以下,木村三朗「商標登録における悪意の先願者」パテント34巻1号5頁以下小野昌延編『注解商標法』(青林書院,1994年)159頁等参照。なお,蕚優美・判例解説『商標・商号・不正競争判例百選』(有斐閣,1967年)は,著名商標のただ乗りも商標法4条1項15号により処理することができない場合には,7号により処理すべき問題とされている。
(2)  特許庁編『工業所有権法逐条解説[第13版]』(発明協会,1996年)915頁,小野昌延編・前掲書158頁等参照。
(3)  土肥一史「周知商標の保護」『紋谷暢男教授還暦記念−知的財産法の現代的課題』(発明協会,1998年)331頁参照。
(4)  東京高裁平成11年11月29日判決,判例時報1710号141頁参照。なお,Christopher Heath, The Protection of Well−known Marks in Japan,C.Heath and K.−C.Liu (ed.),The Protection of Well−known Marks in Asia (2000) ,p.79は悪意の登録の防止に商標法4条7号を使おうとする学説があるが,この点に関する判例法は明らかに欠けているように思われる,とされている。
(5)  特許庁編・前掲書917頁参照。
(6)  行政裁判例集3巻10号2023頁。
(7)  無体財産権関係民事・行政判例集13巻2号608頁。なお,本件判例評釈として,神谷巖・判例批評『判例商標法−村林隆一先生還暦記念論文集』(発明協会,1991年)143頁以下がある。
(8)  判例時報1710号141頁。
(9)  『外国著名商標の保護の実態及び商標の冒認出願に関する調査研究報告書』(知的財産研究所,1994年3月)。
(10)  判例時報1683号138頁以下。
(11)  諸外国の法制については,木村三朗・前掲論文7頁以下,知的財産研究所・前掲研究報告書77頁以下,Heath and Liu(ed.).op.cit.,p.27tt.参照。
(12)  大村敦志「取引と公序−法令違反行為効力論の再検討(下)」ジュリスト1025号68頁参照。
(13)  悪意の登録も有効と認めたうえで, このような商標権の行使の段階で権利濫用等の法理で制限する方法も考えられる。本件判決の解決によると,Xは判決確定後直ちに本件商標出願すれば登録が認められることになるであろう。そこまでXを保護するのが妥当かは慎重な検討を要する。なお本件判決後に出された商標法4条1項7号に関する判例として,東京高裁平成12年5月11日判決がある(知的所有権判決速報No.302,8頁参照)。商標法1条の商標法の目的に照らして,「商標の使用が,社会の一般的倫理観念に反するような場合や,それが,直接に,または商取引の秩序を乱すことにより社会公共の利益を害する場合に」商標は同号に該当する,としたうえで,「企業市民白書」という文字商標を政府刊行物としての「白書」と誤認するおそれがあるから,公序に反するものとした。しかし,この事案は,出願人の悪意や国際信義違反を問題にしたものではない点で本件とは異なる。