判例評釈 |
日本国内で著作された著作物であっても,外国における 利用権についてはその所在地が我が国にあるということ はできないとして,著作権確認等請求事件につき 我が国の国際裁判管轄が否定された事例 |
〔著作権確認等請求事件,東京地裁平9(ワ)15207号,平11.1.28民46部判決, 却下(控訴),判例時報1681号147頁,判例タイムズ995号286頁〕 |
石川 明 |
<事実の概要> | ||||||||||
原告円谷プロダクション(X)は被告サンゲンチャイ・ソンポテ(Y)との間で昭51年日本を除くすべての国において本件著作物(その内容は判決文からは不明)の独占的利用権をXがYに与える旨の契約(以下本件契約という)を締結した。 なお,Yについて,若干の注釈を加えておく必要がある。上記契約書の一方の当事者は,President of Chaiyo Film Co.,Ltd.のYと記されている。このような場合通常契約当事者はChaiyo Film Co.,Ltd.と考えられるが,本件において,被告がYとされていることからみると,Yが個人として契約当事者になっているものと考えられる。また後掲平成8年の書簡はXからChaiyo City Studio Co.,Ltd.のPresidentY宛てに出されているし,上記2社ともにタイに存在しない会社であることを考えると,Yを本件契約の当事者であると考えることはあながち不当なこととはいえないように思われるので,以下本件契約の相手方をYとして論述する。 本件契約締結後の平成8年7月,XはChaiyo City Studio Co.,Ltd.のPresidentYに対して右契約に基づいて,タイを含む領域において,本件著作物を市場に広める独占的権利を持つことを確認する旨の書簡を送付した。平成8年12月Chaiyo Film Co.,Ltd.の依頼によって香港のハルダネス法律事務所はXから本件著作物の利用許諾を受けたバンダイの東南アジア子会社3社に対して(タイ・シンガポール・香港)前記3つの子会社が昭和51年の契約による本件右独占権を侵害する旨の警告書を発した。なお注釈を加えれば,ここでも通知の依頼人はChaiyo Film Co.,Ltd.になっているが,一応実質はYと解釈される。 これら警告書に対してバンダイ各子会社より反応がなかったので,平成9年4月Yは前記法律事務所を通して,バンダイ本社および当時バンダイと合併交渉中であったセガに対して平成8年の警告書を発送した旨通知した。 平成9年12月XはYを含む4名に対しタイにおいて訴えを提起して,本件契約書の偽造を理由にして《1》原告の本件著作物に対する著作権侵害行為の差止請求,《2》侵害行為による損害の賠償を請求した。右訴訟はタイにおいて係属中である。 本件訴えにおけるXの請求は,以下の5項目にわたる。
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<判旨> |
1 国際裁判管轄
(1) まず国際裁判管轄の有無については以下のように判示している。 「被告が我が国に住所を有しない外国人の場合であっても,我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは,否定し得ないところであるが,どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際的慣習法の成熟も十分ではないため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして,我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは,原則として,我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが,我が国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一三〇号同五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁,最高裁平成五年(オ)第一六六〇号同九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。」 すなわち逆推知説を原則としてそれによって我が国に管轄権が認められる場合であっても例外的に特段の事情がある場合,我が国の裁判管轄権を否定しようという従前の最高裁判例の立場を,本判決は極めて忠実に踏襲している。 (2) 次に,原告が本件における不法行為地および財産所在地に基づいて我が国の管轄権を認めるべき旨の主張に対して以下のように判示してこれを否定する。 a 財産所在地について次のように判示する。すなわち,「原告被告間で争いとなっているのは,本件訴訟及びタイ訴訟のいずれにおいても,日本以外の地域において被告が本件著作物を独占的に利用する権利を有するかどうかであること」,また「本件著作物が我が国において著作されたものであるとはいっても,日本以外の国における本件著作物の利用に関しては,それぞれ当該国における著作物に関する法規を根拠とする権利が問題となるものであり,これらの権利についてはその所在地が我が国にあるということはできないこと」とされる。 b 不法行為地については次のように判示している。本件警告書は「第一次的には東南アジアにおけるバンダイの各子会社に対して送付されており,これらの各子会社から実質的な内容の返答がなされなかったことから,その後,同法律事務所はバンダイに対して,右各子会社に書簡送付した旨を通知したものであって,同法律事務所の書簡の送付を仮に不法行為と構成し得るとしても,その主たる行為は,香港(同法律事務所の所在地)を発信地とし,香港,タイ等の東南アジアの地(バンダイの右各子会社の所在地)を到達地とする各書簡の送付であって,日本国外の行為である」 (3) 次に,本件において,Yに我が国に国際裁判管轄権を否定すべき特別事情が存することが指摘されている。 「原告はタイ王国において自ら又は第三者に利用権を許諾しているというのであるから,タイ王国において被告を相手方として訴訟を提起し,これを遂行する能力があると認められる(現に,本件訴訟提起後に原告は自ら進んでタイ訴訟を提起し,タイ訴訟は,予備審問の手続きであるとはいえ,既に証人尋問が終了し,原告の請求に対する裁判所の判断が遠からず示される状況にある。)のに対し,被告は,タイ王国に居住する個人であって,日本国内に事務所等を設置して営業活動を行っているなどの事情を認めるに足りる証拠はないから,本件訴訟に応訴することは被告にとって過大な負担であり,右応訴を強いられるとすれば被告は重大な不利益を被ることになること,が認められる。」と判示している。 以上要約すると第一次的に不法行為地,財産所在地の管轄を否定し,次に特別事情の点からも我が国の管轄権を否定しているのである。 2 証書真否確認の訴えの利益 本件判決はその利益を以下の点から否定する「原告と被告との間での独占的利用許諾契約の成否が中心的争点であるところ,本件契約書は右契約の成否を立証する重要な書証ではあっても,原告の一九九六年(平成八年)七月二三日付け書簡等と共にこれを立証するための証拠資料の一つにすぎず,原告被告間の契約関係の存否が専ら本件契約書の成立の真否のみに係っているということはできず,本件契約書の成立の真否を判断することにより原告被告間の紛争がー回的に解決するということもできない」 と判示している。 |
<評釈>判旨に結論的に賛成する |
判示事項は大別して2つある。国際裁判管轄と証書真否確認請求に関する訴えの利益の存否の問題である。順次論じることにする。
1 国際裁判管轄について 《1》 国際裁判管轄の配分については周知のとおり逆推知説,管轄配分説,利益衡量説,新類型説などの諸説が対立している(例えば石川=小島編『国際民事訴訟法』青林書院1994年31頁以下参照)。いわゆるマレーシア航空事件の最高裁判決(最2小判昭56.10.16民集35・7・1224)は管轄配分説を説きながら結局は逆推知説を採用している。この立場は基本的には逆推知説を採りつつもそれに柔軟性を持たせようとしたものと思われる。ここで最高裁は逆推知説ないし管轄配分説の立場に立ちつつ,その欠点を特段事情論をもって緩和するという基本的立場が採用された。そしてその後最高裁は,本件判決が掲記した諸判例においてこの立場を確立したといってよい。マレーシア航空事件をはじめ上記諸判例については数多くの判批・解説があり,また国際民訴法関係の各教科書,民訴法の注釈書にその評価が掲記されているが,ここでは,紙幅の関係からこの問題についてこれ以上の言及は避け,逆推知説ないし管轄配分説十特段事情論が判例の確立した解釈であること,そして本件判決もこれに従ったことを述べるにとどめる。 《2》 証書真否確認請求については,訴えの利益なしとして却下しているが,特に管轄については判断を示していない。管轄の不存在,訴えの利益の不存在のいずれを理由としても訴え却下という点では変わりがないので,後者で却下できるならば前者の存否を判断するまでもない。通常体系書等では両者の審理順序としては前者が後者より先順位に挙げられるが,それは後者をもって訴えを却下できる場合であっても,前者をわざわざ審理し前者をもって訴えを却下できないときに限って後者をもって訴えを却下すべしとまでいっているわけではないというべきであろう。本件判決は証書真否確認請求について管轄判断を示さないままに訴えの利益の欠缺をもって訴えを却下している。訴えの利益に関する判断は納得できる。 法律行為の成立および効力については法例7条第2項(本件の場合第1項の適用できないケースで第2項によることになると思われる)によって判断さるべきものである。しかし7条は法律行為の成立および効力に関する規定であるにとどまり,証書真否確認の訴えの管轄まで決めるものではないから,同項を根拠に契約の成立地が日本であるから日本に裁判管轄を認めるという論理は出てこない。証書真否確認の訴えについては日本の民訴法に規定がなく,逆推知によって日本に裁判管轄を認めることはできない。しかし契約地が日本であれば契約の成立効力に関する資料は日本にあることが考えられるし,契約の成立や効力について日本法が適用されるのであるから,前記特段の事情がない限り,日本に管轄を認めることが不合理とはいえない。 著作権を含む知的財産権についていえば,その成立,移転,効力等について当該国の法律によって定められ,権利の効力が当該国の領域内でのみ認められると解する,いわゆる属地主義の原則が認められている(特許権について最3小判平9.7.1判時1612号3頁)。そこで本件においてXのタイにおける著作権はタイに存在することになる(本件解説,判時1681号147頁参照)。 《3》 請求2はタイにおけるXの著作権確認請求であり,著作権の財産所在地はタイなのであるから管轄もタイの裁判所にある。我が国の裁判所に裁判管轄権はない。 《4》 請求3は消極的確認の訴えであるが,その対象になる著作権および許諾による利用権その他の利用権は,日本におけるそれか,外国におけるそれか,あるいはその双方なのか必ずしも明らかではない。おそらく外国におけるそれを意味していると解されるが,そうであるとすれば上記2と同じことがいえるので,我が国に裁判管轄権はない。ただ我が国におけるそれも含むとすればその部分について民訴法5条4号により我が国に裁判管轄権があることになる。管轄の決定の原則からすれば右の部分について我が国の管轄権を認める余地もあるが,特別事情で我が国の管轄権を否定するのであれば,請求3の消極的確認請求の対象が何かを論じる必要もなかったということになる。本件判決は特別事情を認めているために上記の点について論じなかったものと思われる。 《5》 請求4は日本国内における2つの不作為を請求するものである。おそらく同項における「日本国内において」とは2つの不作為請求の双方にかかるものと読める。2つの不作為請求は不法行為の不作為請求であるから,民訴法5条9号によって,我が国に裁判管轄を認めてしかるべきではないかと思われる。本件判決はこの点について論じていないが,特別事情を認めたことによって請求4についても民訴法5条9号の適用の有無を論じる必要がないと判断したのであろう。 《6》 請求5は不法行為の損害賠償請求である。民訴法5条9号を適用する場合,不法行為地がどこかが問題になる。少なくとも本件の場合バンダイ東南アジア子会社3社に対する警告書による不法行為は,その不法行為地は外国とされているが,しかし,平成9年のバンダイに対する通知はバンダイに対する不法行為であると同時にそれをもって日本国内で行われた不法行為とみられるし,その到達によってバンダイにもXにも損害が発生するのであるから日本において不法行為の原因たる事実があり日本が不法行為地といえる。したがって,原則的にいえば我が国の裁判管轄が認められてしかるべきである。 《7》 本件判決は第一段階として逆推知による我が国の管轄権が認められるか否かを検討しているが,請求1,4,5についてはこの点に紋っても若干問題がないことはない。請求3は趣旨が不明確であるが日本国内のものも消極的確認の対象になっているとするならば,判旨は若干の問題点を残すと思われる。 第一段階で,上記の問題点は残すものの第二段階で特別事情を認めることによって我が国の管轄権を否定しているので,上記問題点はここですべて払拭されることになる。そこで問題は本件の場合,第二段階としての特別事情存否の検討が必要になる。 《8》 そこで特段事情の存否を検討する。ここで本件判決は特段事情を認めるための原告・被告双方の事情を比較衡量している。すなわちX惻の事情として,《1》原告がタイにおいて本件著作物の商品化事業を行っていること,《2》タイにおいてYらを被告として本件関連の訴えを提起していること,さらにY惻の事情として,《1》Yがタイに居住しており,《2》日本国内において営業活動を行っているという事情が認められないこと,《3》したがって本訴への応訴はYにとり過大な負担,重大な不利益になることを挙げている。これら当事者双方に存在する事情は,特別事情として我が国における国際裁判管轄を否定する根拠になるものと思われる。ただXはYがしばしば来日していることを指摘しているが,判決理由のみからではその頻度が必ずしも明らかではないものの来日の頻度のいかんおよび来日の目的等によっては特別事情を否定する余地はあり得る。この点は本件の重要な争点が本件契約書の効力にかかっており,この点に関する判断資料が我が国に存在すること,すなわち,審理の便宜性との比較衡量が問題になるように思われる。この論点についてはもう少し詳細な判断が示されてもよかったように思われる。 さらに次のような問題も考えられる。すなわち請求4は,我が国内における不作為請求なので,タイにおいて国際裁判管轄が認められないことが予想される。その場合には特段事情論で我が国の管轄を否定してしまうことはできず,我が国における緊急管轄を認める余地があり得るのではないかと思われる。 2 証書真否確認の訴えの利益について 本件判決は証書真否確認請求(請求1)について訴えの利益を否定している。正当であると考える。証書真否確認の訴えの対象になる「法律関係を証する書面」とは,その内容によって直接に法律関係の存否を証明できるものであるということは争いのないところである(最判昭28.10.15民集7・10・20民訴判例百選別冊ジュリスト5号昭40参照)。本件判決も指摘しているところであるが,本件契約書が無効であったとしてもXがYに対して平成8年7月の書簡によって独占的利用権を与えたとみる余地がある以上,本件契約書の無効を確認したからといってただちに右利用権の不存在が導かれるわけではない。したがって請求1は訴えの利益を欠く。 3 結語 既述のとおり,本件判決は第一に特段事情論を抜きにして,請求について我が国に国際民訴管轄があるか否かを検討し,第二に特段事情論を検討し,二段構えで我が国の管轄を否定している。国際民訴管轄を否定するについては特段事情が認められればそれのみで十分であって第一段階の判断を必要としない。控訴があったとき,控訴審で特段事情がないと判断されると第一段階の判断の当否が検討されることになる。その場合のことも考えて第一段階の判断を示したものと思われる。念には念を入れた判断であると考える。 第一段階に限っていえば少なくとも請求4,5について我が国の管轄権は認めてしかるべきであったように考えるが,特段事情論で我が国の管轄権を否定するのであれば,その問題点は判決の瑕疵にはならないといえよう。結論的には本件判決に賛成する。 |