発明 Vol.96 1999-8
判例評釈
被告のイタリアから輸入した衣料品が真正商品に当
たらないとして外国法人の有する商標権による差止
めおよび損害賠償の請求を一部認容した事例
[東京地裁八王子支部平成9年2月5日判決,平6(ワ)第3004号,平8(ワ)第2329号
商標使用差止等請求,訴訟手続承継参加事件「判例タイムズ」968号242頁]
木棚 照一
<事実の概要>

 Xは,世界的に著名なデザイナーであるジョルジオ・アルマーニのデザインする紳士および婦人用衣料の製造販売を業とするイタリア法人であり,わが国において「EMPORIO ARMANI」「MANI」「GIORGIO ARMANI」の登録商標を有していて,日本企業との合弁会社を設立してこれらのブランドの紳士,婦人用衣料等の総代理店として輸入・販売をさせているほか,「EMPORIO ARMANI」ブランドの婦人,紳士用衣料を製造販売させている。日本法人Yは,家電製品販売を主な業務としていたが,平成5年9月から新規事業として衣料品販売を開始するにあたり,コンサルティングA社とコンサルティング契約を締結し,同社から優良業者として紹介を受けたB社ともコンサルティング契約を締結してXの商標と酷似する商標の付いた本件衣料品をB社のコンサルティングを受けて発注し,本件商品を真正商品と信じて輸入し,販売した。しかし,Xは,Yの本件商品の輸入,販売をXの商標権を侵害するとして,927万余円の損害賠償と輸入・販売の差止め,残存商品の廃棄を求めて訴えを提起した。訴え係属中,平成8年3月11日,7月22日の2回に分けて本件登録商標4件がXの設立した商標管理会社であるスイス法人Z社に譲渡され,Z社が本件衣料の輸入販売の差止め,残存商品の廃棄を求めて本件訴訟に参加してきたので,Xはこれらの訴えについてYの同意を得て脱退した。
 Xは,Yの輸入販売した商品をXの登録商標に酷似する商標を付したX商品の偽造品であるとして,Y商品(一)ないし(六)のそれぞれについてX商品と異なる点を主張する。たとえば,商品(一)については,「EMPORIO ARMANI」ブランドの婦人服を模した偽造品であり,Xの商品と織ネーム(ブランドネームを表示したラベル),サイズ表示ラベル,洗濯付記用語ラベル,布地・裏地・縫製が異なり,とくに洗濯付記用語ラベルに製造業者名が記入されていないこと,商品(二)については,「MANI」ブランドの紳士服を模した偽造品であり,織ネーム,仕立ておよび縫製,型やフィット具合,サイズ表示ラベルのサイズ表示方法が異なること,商品(三)については,「EMPORIO ARMANI」ブランドの婦人服を模した偽造品であり,素材表示ラベル,素材,付されたペンダントの黒印がXの使用しているものと同一ではないこと,商品(四)については,「EMPORIO ARMANI」ブランドの婦人服を模した偽造品であり,生地,裏地,同商品の内側に取り付けられた「MADE IN ITALY」のラベルおよびラベルサイズ,素材表示ラベルおよび織ネームが異なること,商品五)については,「GIORGIO ARMANI」ブランドのうち「ブラックラベル」と称される最高級品を模した偽造品であり,Xの代表者ジョルジオ・アルマーニが直接検品し,Xの商品でないと明言しており,織ネームに一度縫い付けられた後に取り外した形跡が認められることなどを主張した。また,Yは,その輸入した商品がXのライセンシーからさらに製造の委託を受けた下請工場で製造され,商標が付けられたものであると主張したのに対して,下請けに出された商品に適法に商標を付することができるのはライセンシーがXから製造の委託を受けた限度であって,許された個数を超えて商標を付した商品はもはや真正商品ではないとし,ライセンシーが下請工場を用いる場合もあるが,その場合も,各下請工場から,ライセンシーに納入され,ライセンシーから各国の代理店に出荷されているのであって,下請工場から出荷されることはない,とした。Xは,Yの輸入した商品の総売上額は758万4000円を下らないとして,Yの利益はその3割,227万5200円を下らないから,それが商標法38条1項によりXの受けた損害と推定されるとし,Yに対して,信用損害500万円,弁護士費用200万円を合わせた計927万5200円の損害賠償と侵害行為時から弁済までの法定利率の金員の支払いを求めた。
 これに対して,Yは,たとえば,商品(一)については,Xから製造を委託された工場で製造されたもので,この商品に付けられているブランドネームラベルはXの正規販売店で販売されている商品にも付けられていること,Xの正規販売店で販売されている商品にも製造業者名が記載されていないものがあること,Xの商品は受注生産の形態をとり,国ごとに売れ筋の生地を使用し,型を変更するなど購入者(代理店,取次店等)の指示に従って製造されているから,一つの商品の型,生地はさまざまなものがあり得ること,縫い方は,使用するミシンによっても違いが生じ,個々の職人の技術によっても異なるものであること,Xの商品に付けられているのと同じギャランティーカードが添付されていることから真正商品であることなどを主張し,Yの輸入した商品が偽造品であるとするXの主張の根拠には合理性がない,とし,また,本件訴訟が提起された事実が報道機関によって報道された後にも,Yに一般消費者から何らの苦情等も来ておらず,Xの信用は害されていない,と主張した。さらに,Yは,Xの損害賠償請求に対して,次のように抗弁した。つまりYは,衣料品販売業を開始するにあたり,A社とコンサルティング契約を締結するとともに,同社からX商品の並行輸入業者の最大手であり,従前X商品その他著名ブランド衣料品の販売においてトラブルを起こしたことのない業者としてB社の紹介を受け,B社の調査によりXの正規工場で製造された商品であり,商標権侵害等のおそれがないことを確認したうえで購入したものであり,商標権侵害という事態を招かぬよう,できる限りの対策を講じたこと,Xの代理人の弁護士が本件仮処分決定の執行に当たって商品(一)(二)以外は販売を継続してよいと明言したこと,総代理店と取引関係のないYが,下請工場がXに無断で作ったものの真偽を判断することは不可能あるいは著しく困難であることなどから,Yが本件商品をXの真正製品であると信じるにつき無過失であったと抗弁し,また,本件Y製品は通常X製品の製造委託を受けている孫請け工場が製造したもので,過去にXから支給されたブランドラベルの余りを各Y商品に流用したものだから,Xにもブランドラベルという商品管理上きわめて重要なものの回収を怠り,放置していた重大な過失があるとして過失相殺を主張した。
 しかし,Xは,抗弁事実についていずれも否認した。また,商標権侵害においては,侵害者の過失が推定されるから(商標法39条で準用する特許法103条),Yが一並行輸入業者にすぎないB社を信用できると判断し,その言を信用して真正品であると判断したというだけでは無過失ということはできない,と反論した。


<判旨>
一部認容。
 Y商品には,いずれも本件登録商標の「指定商品に付されている登録商標と酷似する標章が付されていることが認められるが,しかし,本件各Y商品は,Xの真正の商品と次の相違点があることが認められる」として,各商品ごとに織ラベル,サイズ表示ラベル,洗濯付記用語ラベル,布地,裏地,縫製等X主張の諸点について相違点を認定している。そのうえで,X商品の流通経路について,「Xは,その商品の製造・顧客に対する商品の送付をライセンシーに行わせている。ライセンシーは,後記買付において注文を受けた商品のみを注文を受けた数に限って製造することができる。Xは,ライセンシーに対して,注文された商品の製造に必要な数量の素材,ラベル及び保証書を供給する。ライセンシーは,X商品の製造を原則として自ら行い,Xの事前の了承を受けなければ第三者にその製造を委託することができない。第三者に商品の製造が委託された場合も,その商品に付される製造工場名はライセンシーの名称である。ライセンシーは,ジョルジオ・アルマーニが承認した最終的な試作モデルに合致していない製品の製造及び販売をしてはならない。Xに対する商品の注文は,新商品が発表されるミラノファッションショーの開催日の二,三日後に行われる買付で行われるが,この買付には各国の総代理店のみが参加できる。右買付で,各総代理店は,Xの社員に対して,ブランド毎にライセンシーのオーダーシートを用いて注文するが,右注文の際に,注文する製品の生地をXの決定した一定の範囲内のものから選択できる。」

 YがB社からそれぞれXのライセンシーから製造を委託された業者が製造した商品であるとして購入したことを認めたうえで,「Yは,いわゆるおとり商品としてではなく,本件各Y商品のすべてを真正品としては考えられないような格安の価格で販売していたこと,特にY商品(二)は輸入元希望価格3万8000円を84パーセント割引の5800円で販売していたところ,右価格は真正品であれば原価割れの価格であることが認められ,・・・・・・従っていわゆる並行輸入品ではあり得ないことが推認される」「本件各Y商品がXの真正の商品と明らかに異なること,Xの真正の商品は,各国の総代理店がXから直接買い付ける以外に購入する方法がないところ,本件Y各商品がXの真正の商品の流通経路と異なる経路で輸入・販売されたものであること,Yが本件各Y商品を真正品では考えられない格安の価格で輸入していることを総合すると,本件各Y商品は,X又はXからその商品の製造の権限を与えられたものが製造したものではなく,偽造品であると認められる。」。また,これらの点から「本件各Y商品の製造業者がY主張の各業者であると認めることはできない」。

 Yの本件各商品の所持・販売の状況からみて,「Yは,本件各登録商標にかかる指定商品に登録商標を付したものを譲渡又は引渡しのために所持しているものと認められ,Zの本件各登録商標にかかる商標権を侵害するものというべきである。したがって,Zは,Yに対し,商標権に基づき侵害の停止又は予防として,本件各Y商品の輸入,譲渡又は引き渡しの禁止を求めることができる」

 「Yが本件Y商品を真正品であれば到底仕入れることのできない低い価格で輸入した事実及び本件各Y商品とXの真正の商品との相違点の存在の事実を合わせて考えるならば,Yが本件商品を輸入するに際し,過失があったことは優に推定されるのであって,Yが主張する前示の事実は右過失の推定を覆すには足りない」として,Yが商標権を侵害して得た利益の額,227万5200円と同額の損害を受けたものとした。

 さらに,「(一)本件各登録商標は,世界的に著名なファッション・デザイナーであるジョルジオ・アルマーニのデザインする衣料品等に付されたものであること,(二)右製品は,高級ブランド商品又は世界的な一流品と広く認識されていること,(三)右高級品としてのイメージがX商品の最重要な価値の一つであるから,Xは,右のイメージの維持を,経営の最重要課題として最高の品質の商品を製造すべく努力していること,(四)Xは,ブランドイメージの維持及び偽造品対策のため,フランスのユニオン・デ・ファブリカという団体に加入して会費を支払っていること,(五)本件Y商品は,男性用にしか用いていない種類の生地を女性用に用いたり,Xがデザインしない型であったりするなどXの高級品としてのイメージにそぐわないものであるところ,本件各Y商品の輸入・販売は,一般消費者が各Y商品をXの商品であると誤解することによりX商品の高級品としてのイメージ,識別力が低下して一般消費者を吸引する力を著しく減殺するおそれや,本件各登録商標によってX商品の品質を保証する機能が著しく低下するおそれが発生したことが認められ」るから,少なくとも500万円を下らない信用損害があり,「右信用損害は,本件各Y商品の売却益をXが取り上げただけでは賄えない損害であるから」,「Yに対して損害の賠償を求めることができる」とした。

<評釈>
 真正商品の並行輸入を商標機能論の立場から,商標の主な機能である出所表示機能を害することがないから,実質的違法性を欠き,商標権の侵害とならないので,商標権で阻止することはできず,損害賠償を請求することもできないとする下級審判例は,パーカー事件に関する大阪地裁昭和45年2月27日判決以来,既にほぼ確立されているということができる。もちろん,理論的にみれば,BBS事件の平成9年7月1日最高裁第三小法廷判決の射程距離をどのようにみるか,また,TRIPs協定16条1項や17条と前述のような商標機能論との関係をどのようにみるかによって,この点についても異なる見解が成り立つ可能性がある。しかし,BBS事件判決の意義を特許,意匠,実用新案に限って限定的に認め,商標にただちに影響するものではないとする見解が有力であるように見受けられる。また,商標機能論による商標権者の排他的権利の制限は,商標権者と第三者の正当な利益を考慮したうえでの制限であるということができるから,ただちにTRIPs協定に違反するものではないとみることもできる。たとえば,平成10年3月26日に改正された大蔵省通達「知的財産権侵害物品の取締りについて」(蔵関第1192号)5(1)でも,そのような前提であり,商標商品の並行輸入については従来の商標機能論が維持されているように思われる。そこで,本稿では,これらの点について理論的には議論の余地があることを否定するものではないが,本件判決がBBS事件最高裁判決以前の判決であることもあるし,問題となっている争点も異なるから,これらの点についてのより根本的な検討は別の機会に譲ることにして,あえて触れないことにする。
 本件判決で問題となったのは,並行輸入業者のなした並行輸入品が真正商品でなく偽造商品であるとして,日本の商標権者が商標権によって差止め,損害賠償を請求した場合に,どのような事実をどの程度証明すれば真正商品でないと認められ,並行輸入業者にどの程度の注意義務が課されるべきか,偽造商品の輸入によって生じた商標権者の信用損害がどのような要件のもとでどの程度認められるべきか,である。この点については,既に最高級シャンパンワイン「モエ・エ・シャンドン・ドン・ぺリニオン・ヴィンテージ・ロゼ」と酷似する「ドン・ぺリニオン・ロゼ・ヴィンテージ1982年」と称する炭酸ガス含有甘味果実酒を真正商品と信じて並行輸入した者に対して商標権の侵害を認めた大阪地裁平成5年7月20日判決(知的裁集25巻2号261頁以下,判例時報1481号154頁以下,判例タイムズ834号204頁以下)があるが,本件判決は,世界的に著名なデザイナーであるジョルジオ・アルマーニが中心になって自らデザインした衣料品を製造販売するイタリア法人が日本の商標権を行使して並行輸入業者に対して偽造品の輸入差止めと損害賠償を求めた事例についてXの主張を認め,偽造品として,Yの偽造品輸入,販売による信用毀損に基づく損害を商標法38条1項の経済的損害の賠償と別に500万円という比較的高い金額で認めた点で特徴的である。著名なデザイナーによる高級衣料は,受注製造されることが多く,その製造をライセンサーの下請業者に委託することも少なくないので,商標権者の側からみれば,どのような商品管理をしていれば,商標権によって偽造製品を阻止することができるか,並行輸入業者からみれば,真正商品であるかどうかについてどの程度,どのような注意義務があるのか,偽造品についてどのような責任を負わなければならないか,が重要な問題となる。並行輸入が一つの業として行われるようになると,偽造品に対する対策も重要になる。本件判決は,この点に関する興味深い事例に関する判断と思われるので,シャンパンワイン事件に関する前述の大阪地裁判決と対比しながら検討を加えてみたいと考える。

 本件の検討に入る前に,並行輸入の抗弁が認められ,商標権侵害にならないためには商標機能論からみてどのような要件が必要であるかを一般的に考察しておこう。商標機能論においては,商標の主たる機能を商品の出所保証機能にあるものとみるので,「出所の同一性」と関連して,並行輸入された商品に付されている商標と内国で拡布されている商品に付されている商標とが同一の出所を表しているというためには,日本の商標権者と最初の拡布国である外国の商標権者が同一人であるか,これと同視することができる特殊な関係にある者であること(主体的要件)が必要であるとされている。問題となるのはそれがいつの時点で必要であるかである。商標登録時と並行輸入時のいずれにおいてもそのような関係が必要であるとみて,そのいずれかの時点で特殊な関係が認められないとして並行輸入の抗弁を否定した判決もある(東京地裁昭和48年8月31日のマーキュリー事件判決,東京地裁昭和53年5月31日のテクノス事件判決)。しかし,並行輸入時にそのような関係があれば,商標権による並行輸入の差止めは認められないとするのが名古屋地裁昭和63年3月25日のBBS事件判決(判例時報1277号146頁以下)である。さらに,商標権の専用使用権の許諾を受けた者が後に譲渡を受け日本で独自のグッドウィルを形成した場合に,3つの要件を示して真正商品の並行輸入の抗弁を否定した大阪地裁平成8年5月30日のクロコダイル事件判決(判例時報1591号99頁以下)がある。つまり,《1》日本の権利者が独占的使用許諾を受けた当時,許諾者であるシンガポールの会社が日本で本件商標を付した商品を販売しておらず,当初は本件商標を付した衣料が専門店で受け入れられなかったこと,《2》日本の権利者が自らの費用で積極的に宣伝活動を開始し,それも専用使用許諾を受けた以降は許諾者の名称を表記せず,自らの商号を明記して宣伝活動を展開し,さらに本件商標の譲渡を受けた後は,毎年1億円から2憶2400万円も宣伝広告費を投下していること,《3》日本の権利者は,経営面でも資本面でも元の権利者と全く関係がなく,本件商標を付した商品の開発から,デザイン,原材料,縫製メーカー,販売方法,宣伝方法まで独自に決定しており,元の権利者の販売している商品とは品質,形態等に差異があること,である。
 それでは,本件で問題となっている真正商品の要件についてはどのように考えたらよいであろうか。まず,真正商品であるかどうかは,日本の商標権者またはその許諾を受けた者が日本で拡布している商品と比較することで十分であるか。日本で拡布されている商品との品質の相違が商標権者によって許容されている範囲内のものであれば,商標の出所表示機能を害することがないのであるから,真正商品とみてよいことは,既に東京地裁昭和59年12月7日のラ・コステ事件判決(判例時報1141号143頁以下)でも認められているところである。一般に真正商品とは,商標権者またはそれと同視することができる関係にある者が外国で製造し,かつ,その商標を付して拡布された商品という。そうとすれば,商標権者またはそれと同視すべきものが製造した商品ではないということを主張,立証するか,そのような者が適法に当該商標を付した商品でないことを主張立証するかのいずれかで真正商品といえないことが認められるはずである。それでは,さらに一歩進めて,本件のXの主張にあるように,ライセンシーやその下請け業者が与えられた権限を超えて,たとえば,許された個数を超えて製造し,商標を付した商品は,もはや真正商品とはいえないとまでいえるであろうか。商標権者の商品管理との関係で実際上はこの点は重要なポイントとなるようであり,X惻からすれば,この点についての裁判所の判断を期待したところが窺われる。確かに,研究会においても,実施権者やその下請け業者が与えられた権限を超えて商標を付した商品はもはや真正商品といえないといってよいとする見解が有力に主張された。しかし,本件判決は,直接この点に関する判断を避け,Y商品とXの真正商品との相違点とX商品の流通経路の相違からみて,Yの主張するようなXのライセンシーの下請け業者が製造した商品とは認められないとした。本件判決は,同時に,Yが真正商品であれば原価割れする格安の価格でY商品を販売していることなどから,いわゆる並行輸入品と推認することができないとしている。しかし,そもそもXのライセンシーの下請け業者の製造した商品と認められないと認定することができるのであれば,偽造品といえるのであるから,それ以外にこのような判断をする必要があったかどうか疑わしい。これは,Y商品がXのライセンシーの下請け業者の製造した商品と認められないとした判断に必ずしも確信が持てなかったので,その判断の前に縷々Y商品が偽造品であると推認することができる事情を認定したともいえないであろうか。
 思うに,本来商標権者から商品製造の許諾または委託を受け,当該商標を商品に付けることを認められていた者がその許諾や委託の範囲を超えて商品を製造し,当該商標を付した商品を拡布したとしても,当該製品の品質等について商標権者のより厳格な管理を経てのみ出荷される等の特段の事情が認められない限り,原則として商標権者との間で契約違反の問題が生じるのみで,商標の出所表示機能を害することがないから,真正商品と認められるべきであろう。

 次に,並行輸入業者が真正品であれば到底仕入れることができない低い価格で輸入したこととY商品とXの真正商品との相違点から,Yに過失があったことは優に推定されるとする点である。商標法39条によって準用される特許法103条によると,商標権を侵害した場合には,侵害者の過失が推定され,挙証責任が侵害者に転化される。ここでいう過失は軽過失とする見解もあるが,重過失をいうとする見解が多いようである。したがって,並行輸入業者が真正商品と信じる相当な理由があり,重過失がなかったことを立証することができれば,推定は覆される。しかし,この判決は,直接商標法39条を持ち出さないで,侵害者の過失を認定している。この点については,前述のシャンパンワイン事件判決では,「日本が世界有数の高級外国著名商標商品の消費国となり,各種偽造業者の標的となっているという事情」を考慮して,「外国著名商標商品の輸入に当たり,偽造品を輸入しないため,仕入先の信用状况を十分調査し,また,当該商品を自らの管理下に置いた時点でそれが偽造品でないかどうかを厳重に検査する注意義務がある」とされている。商品等の相違はあるが,これを本件に当てはめるとすれば,本件輸入の媒介をしたB社の信用状况を独自に十分調査するとともに,Yが輸入商品を入手した時点でXの真正商品と対比し,厳重に検討する注意義務があることになる。本件真正商品とY商品の相違をみれば,このような検討が行われていれば偽造品であることが見抜けたはずである。本件のYは,コンサルティング会社A社の紹介をそのまま信用し,独自にXの真正商品であるかどうかを検討しなかった点に過失が認められることになるであろう。商品が異なるのであるから一概にいえない側面もあるが,本件判決が輸入価格の低さをYの過失認定の重要な要因とみるとすれば,必ずしも妥当でないのではあるまいか。

 最後に,本件判決が,商標法38条1項によって推定される損害の賠償をX主張の通りYの取得した利益の全額について認めるとともに,これと独立にその経済的損害の2倍以上の金額を信用毀損による損害賠償として認めている点である。
 まず,商標法38条1項によって推定される損害賠償額は,侵害者がその侵害により受けた利益の額であるが,侵害者自身の努力によって初めて得ることができた利益も含まれるとしてその額が幾分減額されるのが通常であるので,本件のように侵害者の得た利益全額について損害賠償額とする判決はきわめて珍しいといえよう。このような判決となったのは,Y側があくまで輸入商品が真正商品であるという点に絞って争って,損害賠償額についてとくに争わなかったことにもよるが,Yが売却した商品が必ずしも多くなく,この程度の販売額であれば,Yの独自の努力による部分を認めなくてもよいとしやすかった事案であったとみることもできる。
 次に,商標法38条の損害賠償と別に信用毀損による損害賠償をXの主張通り500万円というかなり高額で認めた点である。商標権者の経済的損害のほかに,信用毀損という無形損害を認めた判例はあまり多くないといわれている。この点についても,前述のシャンパンワイン事件判決と対比してみよう。
 この事件においては,Yの商標侵害行為,不正競争行為は,「Xが多大な投資および宣伝活動によって作り上げてきた商標のイメージ,識別力を低下させ,一般消費者を吸引する力を著しく減殺した」,また「Xが長年にわたる努力の結果築き上げたX商品の品質保証機能,商品としての高いプレステージが著しく低下させられた」として,Yの得た利益相当損害金として850万円,信用損害金として200万円が認められた。
 本件判決は,(一)から(五)までの事実を認定して,Yの行為によって,X商品の高級品としてのイメージが壊れるおそれ,登録商標のイメージ,識別力が低下するおそれ,登録商標によってX商品の品質を保証する機能が著しく低下するおそれを挙げて,信用損害を認定している。(四)でフランスの不正商品対策を研究し,啓蒙活動等をしている非営利法人ユニオン・デ・ファブリカに加入し,会費を支払っていることを挙げている。この団体は,フランス以外の国からも加入するこの点に関する団体であるようであり,Xのライセンス・システムや商品管理が偽造商品を防止するためにかなり整備されているのもこのような団体への加入と関連しているのであろう。この事実は,他の事実と若干異なる性質の事実ではあるが,X惻の信用維持の努力を表す事実とはいえるであろう。
 (一)から(五)の事実は,いずれもXの主張をほぼそのまま認めたものであるが,「X商品の高級品としてのイメージが壊れるおそれ」「一般消費者を吸引する力を著しく減殺するおそれ」「X商品の品質を保証する機能が著しく低下するおそれ」を認め,いずれも「おそれ」という言葉を入れている点でXの主張と異なる。もし,これらがたんなる「おそれ」以上に認定することができないのであれば,Xの主張をそのまま認めたわけではないことになり,信用損害金をXの主張通り500万円とした点と整合性を欠くことになるのではあるまいか。


(きだな しょういち:早稲田大学法学部教授)