発明 Vol.96 1999-3
判例評釈
特許権損害賠償等請求事件において
実施料率5%が認められた事例
[東京地裁平成10年1月23日判決,平成7年(ワ)
第12712号特許権損害賠償等請求事件(控訴)](判例集未登載)
山田 恒夫
<事実の概要>

 本件は,溶接用反転装置に関する特許権(以下「本件特許権」といい,その登録にかかる発明を「本件特許発明」という。)を有する原告Xが,被告Yは本件特許発明の技術的範囲に属する別紙物件目録記載の形鋼用万能反転機(以下「イ号物件」という。)を製造販売したとして,Yに対し,本件特許権に基づき損害の賠償を求めた事案である。
 Yは,イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属することは認めているが,損害額(実施料率の相当性)を争っている。

争いのない事実
1. Xは次の特許権を有している。
 発明の名称  溶接用反転装置
 出 願 日  昭和52年2月15日
 出願番号  特願昭52−14572号
 出頭公告日  昭和57年2月13日
 出願公告番号  特公昭57−7839号
 登 録 日  昭和57年9月29日
 登録番号  特許第1115820号
2. 特許請求の範囲
 機台59に回動自在に支承されたリング状の回動体61内に,主材Mを固定自在の固定機構65を備えるとともに,前記回動体61の上部を開閉自在に設けてなる反転回動装置5を複数個並設してなる溶接用反転装置にして,前記回動体61は比較的大きな円弧状の第1円弧体107と第1円弧体107の上部に開閉固定自在に装着した比較的小さな円弧状の第2円弧体109よりなり,前記主材Mの下側部を支持すべく前記第1円弧体107内の下部側に配置した第1固定杆141の両端部を,第1円弧体107内に上下方向に互いに平行に固定した一対の案内杆の下部付近に位置調節自在に固定して設け,前記第2円弧体109より下側において主材Mを上側から前記第1固定杆141へ押圧固定するための押圧部材227をほぼ中央部に備えた第2固定杆143の一端部を,前記一対の案内杆の一方に主材Mの長手方向へ退避するよう回転自在かつ案内杆に沿って位置調節自在に固定して設け,第2固定杆143の他端部を他方の案内杆に係脱自在に設けたことを特徴とする溶接用反転装置。
3. Yは,別紙「イ号物件の販売実績一覧表」(略)記載のとおりイ号物件を製造販売し,その売上額合計は13億7560万円である。
4. イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属する。

争点(損害額)
1. Xの主張
 イ号物件は溶接に関する機械であるが,財団法人(正しくは社団法人:筆者注)発明協会発行「実施料率」によると,このような機械については,その販売価格の5%が最も頻度の高い実施料率となっている。被告がイ号物件の販売によって得た金額は13億7560万円であるから,本件特許発明の実施料として6878万円が相当である。
2. Yの反論
 実施料率は,当該技術の難易,代替可能性の有無,契約各当事者の技術に対する評価等,多種の要素を勘案した上で合意されるものであって,単に統計的な数字で実施料率の妥当性を主張することは正しくない。本件特許発明は,さして難度の高いものではなく,代替可能な技術も存し,X自身が本件特許発明の実施品の製造販売に力を入れているものではないこと等を考慮すれば,本件における実施料率は高くても2%程度が相当である。


<判旨>
X勝訴
1.「前記争いのない事実によれば,Yがイ号物件を製造販売したことは本件特許権を侵害するものであり,右侵害行為につきYには過失があったものと推定されるから,Yは,本件特許の出願公告のあった昭和57年2月13日以降のイ号物件の製造販売によりXが蒙った損害を賠償すべき責任がある(平成6年法律第116号による改正前の特許法52条1項及び2項,68条本文,103条,民法709条,右改正法附則8条1項)。」
2.「そこで,Xの蒙った損害(通常受けるべき金銭の額)を検討するに,甲9の1ないし4(財団法人発明協会発行の『実施料率(第4版)』)及び弁論の全趣旨によれば,右協会研究所が調査収集し,解析した産業分野毎の実施料率についての調査結果では,本件特許発明は,金属加工機械の技術分野に属するものと解されるところ,昭和43年から平成3年の全調査期間(昭和53年から昭和62年を除く)における右分野の実施契約においては,イニシャル・ペイメントの有無を問わず,5パーセントの実施料率を定めた契約が最も多いことが認められる。
 そして本件は,昭和60年から平成7年までの間になされたYによるイ号物件の製造販売が問題となるところ,右書証に表われている昭和63年から平成3年にかけて締結された契約の状況をみると,右分野における実施料率の平均値は3.75パーセントないし4.22パーセントであり,イニシャル・ペイメントのない最頻値は5パーセントではないが,右期間のイニシャル・ペイメントのない場合についてのデータ数は少なく,平均値に必ずしもとらわれる必要性はないと考えられるし,後者については最頻値件数と5パーセントの件数とは1件の差に過ぎない(なお,右書証中では,昭和53年から昭和62年までの間については調査結果が掲げられていないが,昭和49年から昭和52年までの間の実施料の平均値は,金属加工機械の分野では5.68パーセント(イニシャル無)と5.02パーセント(イニシャル有)となっている)。右調査結果は,当事者間の合意によって定められる実施料であるが,ここで問題とすべきは,Yの違法行為による損害の額として,本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する金銭の額の算定のための実施料率であるから,Yの指摘する実施料率の算定要素を考慮に入ても,特許法102条2項にいう『特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに用いる実施料率は,右資料における最頻値である5パーセントとするのが相当と解される。」
3.「Yは,イ号物件を製造販売したことにより,合計13億7560万円の売上をあげているから,本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は6878万円となり,これがXの損害であると認められる。」

<評釈>
 平成10年4月24日,第142回通常国会において特許法改正案が可決成立した。損害賠償に関する規定は,特許法102条が改正された。この点については若干後述するが,本件はこの改正をある程度見越した判決と見ることもできよう。
 本件は,本件特許権侵害に基づく損害賠償請求以外に,別件の同じ溶接反転機に係る実用新案権侵害に基づく損害賠償請求と併せて判決が下されたものである(実用新案公告平5−43996)。また,本件判決については,日刊工業新聞,日経産業新聞(いずれも2月4日付),機械新聞(2月12日付),鋼構造ジャーナル(2月16日付)等にも掲載されたもので,業界でも注目された事件といえる。
1.本件の争点は,損害額算定に当たっての実施料率の1点に絞られている。
 我が国において特許権侵害が生じた場合,権利者は損害賠償を求める場合には,次の3つの計算方法により損害額を主張し,賠償を求めることができる。
@
 民法709条に基づき具体的な逸失利益額を請求する方法(具体的逸失利益型)
A
 特許法102条1項(現行法)の推定規定に基づき損害額を請求する方法(侵害者利益に基づく推定型)
B
 特許法102条2項(現行法)に基づき相当な実施料額を損害賠償として請求する方法(相当実施料型)(飯塚卓也「改正特許法における実施料相当損害賠償規定の解釈に関する一試論・ドイツ特許法との比較において(上)」NBL No.641,1998.5.15,23頁)。
今回の特許法改正に当たって工業所有権審議会によって平成9年12月16日に出された答申によると,損害賠償請求認容判決のうち,侵害者利益によったものが37%,実施料相当額によったものが54.5%,さらに,実施料相当額認容事例における請求額に対する認容額の平均割合は63%,認容実施料率は3%が最も多く,平均値は4.2%にとどまっている。
 本件は,Bの相当実施料型に属することは明らかである。この102条2項は,損害賠償の理論からすると,損害の発生,損害と侵害行為の相当因果関係及び損害額についてその存在を擬制したものということになるが(久々湊伸一「実施料相当額の認定」特許判例百選<第二版>別ジュリNo.86,196頁,1985.12.有斐閣),実施料相当額を損害の額と認めることによって,立証を容易にしたとはいっても,具体的な事件において何が実施料相当額として適当であるかは,なお依然として決定困難な問題である。従来の判例も,実施料率を0.5%とするものから10%とするものまで多岐にわたっている[0.5%−東京地判昭41.11.22(磁気録音機用ヘッド事件=下民17巻11・12号1116),2〜3%−東京地判昭36.11.20(書架用支柱事件<実用新案>=下民12巻11号2808),2.5%−東京地判昭37.9.22(2連発銃玩具事件=判タ136号116),東京地判昭42.7.3(ストレプトマイシン事件=判時505号51),3%−東京地判昭48.2.28(乾式ひげそり器事件=判タ302号305),東京高判昭48.4.5(消火器事件=判タ306号269),大阪地判昭50.3.28(関着接手事件=判タ328号364),4%−富山地判昭45.9.7(メラミン樹脂事件=無体集2巻2号414=判タ253号142),5%−東京地判昭49.6.26(揚網装置事件=取消集29),東京地判明55.5.9(生検針事件=無体集12巻l号163),5〜6%−東京地判昭39.3.18(ズボン裏腰地事件=判タ160号l33),10%−大阪高判昭44.7.17(カーテン事件=判タ240号279)―中山信弘編著「注解特許法上巻」709頁以下,昭58.3青林書院新社]。この理由は,個々の事件において何らかの形で実施料率についての契約がなされていたか否か,当該特許発明技術が製品の中で占める割合がどの程度か,公益上特に実施が必要なのか,既に実施され実用化されているかどうか等及び発明技術を工業化したり,実施製品の普及宣伝に多額の費用を要するか否か等を考慮に入れて実施料率を算出するからにほかならない。この点については判例は「被告が製造,販売するヤシカJ−7において,別紙図面(ニ)記載の回路を有する露光計は,機構上も,商品価値の構成上も,写真機全体と密接に結合した関係にあるので,本件露光計についての特許権の実施料額の算出にあたっては,右露光計のみの価格を基準とすべきものでなく,写真機全体の価格にもとづいて,これを算定するのが相当であるというべきである。ところで,成立に争いのない甲第八号証によれば,国が普通財産として有する特許権の実施料の算出基準は,その実施価値(これは,発明の技術的価値,経済的価値,社会的貢献度,その特許発明にかかる製品の需要量および価値などの諸要素にもとづき,総合的に判断して決せられる。)が上の場合は,販売価格の4%,中の場合には3%,下の場合が2%であって,実施価値上とする場合の率が最も多く用いられていることおよび国有特許の実施契約においてされる実施料率の算定は,国有特許の特殊性にかんがみ,実際民間で行われているものより若干低い率でされているのが通例であることが認められる。してみれば,他に実施料の算定について採用できる証拠もなく,また,全立証によっても,本件特許発明の実施価値が特に低いとも認めるべき資料のない本件においては,右基準にしたがいその率は,写真機の販売価格の4%とするのが相当である。・・・・・」(東京地判昭47.5.22=無体集4巻1号294)としている。さらに,「時計,光学器械,人工臓器等の精密機械器具に関する発明もしくは考案については,その通常実施料の料率を5%とする契約事例が最も一般的であることが認められるところ,本件発明の対象である生検針は,その構造が複雑かつ細密であるうえ,その使用に際しては生体臓器の侵襲を伴うものであって,生命身体の安全に少なからぬ影響を有するものであること先に説示したところから明らかというべきであるから,その設計,製造に当たっては高度の技術ないし精密度が要求されるものと考えられ,したがって,生検針は前記精密機械器具に類するものとみるのが相当である。加えて,成立に争いのない乙第四号証によれば,被告は昭和53年1月31日特許庁長官に対し,実用新案法第22条第3項の規定に基づき原告を相手方として,本件特許権につき通常実施権を設定すべき旨の裁定を請求し,現に右手続が係属中であるところ,被告は右手続において右通常実施権設定の対価としては実施品の販売価格の5%が相当である旨主張していることが認められる。
 右に述べた点を考え合わせれば,本件発明の通常実施料の料率としては,原告が主張するように,実施品の売上額の5%をもって相当と認めるべきである。」とした判例も見られる(前掲生検針事件)。
 これらの判旨に照らして本件を見るに,公益上特に実施が必要であるということはなく,工業化や普及宣伝に多額の費用を要したとのX主張もなされていないので,これらの要件は考慮の外におくことができると思われる。本件発明技術が,製品の中で占める割合についてもX主張は特になく,技術的判断によらざるを得ないが,本件にあっては何も触れられていない。本件にあっては,争点が実施料率のみに絞られており,X主張の5%が妥当か否かを判断せざるを得ない。本件判旨は,5%と認定する根拠を,ママX主張の根拠である財団法人発明協会発行の「実施料率(第4版)」のみにおいている。この「実施料率」の金属加工機械の技術分野に示された統計資料の主たる部分は,図2,図3に示すとおりである。これらのデータは外国から技術を導入する場合の実施料率を中心としている。実施料率そのものは外国から技術を導入する場合と国内でのそれの場合とで本質的に差異があるとはいえないかもしれない。けれども,Yの側で,例えば図4に示すような資料を提出して,本件における抗弁をしたならば,判決に若干の影響があったかもしれないとも考えられる。
 図4は特に金属加工機械ということに限定せず,実施料率全般にわたる状況を示している。もし本件における実施料率判断の資料に図4を用いるとするならば,一応3%が妥当ということになり,5%ということの根拠とはなり難いかもしれない。けれども,本件にあっては,Yが一方的に特許権を侵害しているのであって,その損害賠償額算定の根拠としての実施料率を判断するのであるから,もし実施料率を低く認定すると,侵害したほうが得をしかねないことになりかねない。従って,平均的ロイヤルティよりも高めに実施料率を認定することは当然の結果といえよう。
2.既述のごとく,本年4月24日,通常国会で特許法は改正されることになった。102条も改正されたので,この点も考慮に入れて,本件について若干の考察を試みることは,今後の何らかの参考になるものと思料する。




1)今回改正の理由と要点
 特許庁から第142回通常国会に提出された特許法等の一部を改正する法律案関係資料に示されている提案理由説明の102条にかかわる部分には,次のように示されている。
 「特許権等の権利の保護の強化を図るため,損害賠償制度の見直し等を行うものであります。具体的には,侵害行為による権利者の損害について適正に補填が行われるよう,損害賠償額の算定方法を見直し,賠償額の立証の容易化を行うとともに,侵害に対する抑止力を高めるため,法人により侵害が行われた場合の罰金の引き上げ等を行うものであります。」
 この背景には,特許権が侵害された場合に,わが国で裁判を起こしても,長時間をかけて得られる賠償金は,米国の場合に比して一桁,あるいは二桁も低い額にとどまるといわれており,一言でいえばわが国では「侵害し得」の状況が生じているとの特許庁の判断があることは明らかである(山本雅史・特許庁工業所有権制度改正審議室長,「特許法等改正の今年の課題」NBL632号,1998.1.1,41頁)。そして,今回の改正に当たっての工業所有権審議会の答申によると,知的財産権の侵害による逸失利益を厳密に立証することは(侵害人利益をもって損害額と推定するとの特許法102条1項の規定を活用する場合も含めて)相当に困難であり,さらなる推定規定等によって立証責任の軽減が図れないか,最低限の賠償額として「通常受けるべき」実施料相当額を定めた同条2項等の規定では侵害に対する賠償としては十分でなく,これが「侵害し得」につながっているのではないかといった指摘がされている(同上,42頁)。
 このような観点から,102条はこのたび,次のとおり改正された。
(損害の額の推定等)
第102条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に,特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を,特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において,特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
2. 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3. 特許権者又は専用実施権者は,故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
4. 前項の規定は,同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において,特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかったときは,裁判所は,損害の賠償の額を定めるについて,これを参酌することができる。

2)改正を考慮に入れた本件の実施料率の妥当性
 この点に関しては,改正の趣旨から考えて原告が5%を主張することは妥当であるといえよう。仮に改正法が適用されないとしても,侵害に基づく損害賠償についての考え方は審議会の答申にも示されているとおり,権利者を厚く保護しようとする傾向は明白であるから,原告主張の5%の実施料率を認める判断をくつがえすことは困難であると思われる。
 むしろ,改正102条1項で請求したならば,実施料率の場合よりも高額の賠償請求も可能となるかもしれない。ただし,「単位数量当たりの利益の額」をあまり高額にすることは,該企業の経営全般に影響を与えかねないので十分注意を要する。


(やまだ つねお:東京理科大学経営学部教授)