判例評釈 |
カラオケボックスの経営者が音楽著作物の著作権者 の許諾を得ないまま伴奏音楽を再生して客に歌唱さ せる行為が演奏権侵害に当たるとした事例 |
〔大阪地裁平成9年12月12日決定,平成8年(ヨ)1730号,著作権侵害等差 止仮処分申立事件,判例時報1625号101頁,判例タイムズ969号254頁〕 |
堀江 亜以子 |
〔事実の概要〕 |
被告Yは,通信カラオケ業者である訴外Aからカラオケ関連機器一式を購入して本件店舗に設置し,いわゆるカラオケボックスの営業を行っている。YがAとの間で結んでいる通信カラオケ(U−karaシステム)の加入契約には,機材の購入,一端末当たり定額の楽曲使用料及び早見表代金の支払いが含まれている。本件店舗における営業は,あらかじめ店舗において電話回線を通じて受信し,店舗内のコマンダーに蓄積したA製作に係るカラオケ伴奏音楽と歌詞文字のデータを,各歌唱室において顧客が自らカラオケ機器を操作して選曲・再生し,再生した伴奏音楽とテレビ画面に表示される歌詞文字に合わせて歌唱する,というものである。Yは顧客に飲食物を提供するとともに,各歌唱室の利用料を徴収し,これによって営業上の利益を得ている。Yの店舗において使用されている楽曲は,原告X(JASRAC)の管理にかかる管理著作物である。 |
〔決定要旨〕 |
認容・確定。
1 伴奏音楽の再生による演奏について 「本件において,・・・・・・Yは各カラオケ歌唱室内に・・・・・・カラオケ関連装置一式を設置し,客が自ら容易にカラオケ装置を操作しうるようにしており,更に,求められればカラオケ装置の操作方法を説明すること,各カラオケ歌唱室内において通信カラオケ機器等カラオケ機器一式を置いて,客に対して歌詞付楽曲を収録したカラオケデータを提供し,客は提供されたデータの範囲内で選曲するという事実が認められるところ,かかる事実からすると,Yまたはその従業員がカラオケ関連装置一式を直接操作する代わりに,客の好む楽曲を好きなタイミングあるいは好きな順で自ら操作することを承諾しているのであって,実質的には,Yがカラオケ関連装置一式を操作して客に対して伴奏音楽を提供しているということができる。そして,Yにとって本件店舗に来店する客は不特定多数であることは明らかである。 以上により,Yは,伴奏音楽を再生して演奏している主体であって,『公に』再生して演奏しているということができる。」 2 顧客の歌唱による演奏について 「本件店舗における料金の徴収形態は,・・・・・・入室後のタイムチャージであって,客はその時間内にカラオケ装置を操作して歌唱しなくても料金を請求されるのであって,現に歌唱するか否かはあくまでも客自身が決定することである。しかしながら,客のみによる歌唱も店舗経営者の歌唱と同視しうるとしたキャッツアイ事件判決は,歌唱するか否かの自由が客にないことを理由として店舗経営者を著作物の使用主体としたものではない。しかも,・・・・・・Yは,各カラオケ歌唱室ごとにマイク及び店が提供する歌詞付楽曲を掲載した早見表(索引リスト)を備え置いて客の利用に供しており,客はYが指定した特定のカラオケ歌唱室において,(利用時間の延長ができるとしても)Yが許容した時間内で歌唱することが認められ,また,客が歌唱する曲目はYが契約した通信カラオケ業者が製作したカラオケデータ内に収録されているものに限定されているので,客はYと無関係に歌唱しているということはできず,その管理下に歌唱しているものということができる。 確かに,各カラオケ歌唱室は防音壁構造となっているため,カラオケ歌唱室内での歌唱音は他のカラオケ歌唱室には聞こえないし,Yはある特定のグループが利用中の歌唱室内に別のグループの客を案内して利用させることはなく,当該グループ以外の者が立ち入ることを予定していない。このため,歌唱により醸成される雰囲気は当該カラオケ歌唱室内限りのものであって,店舗全体の雰囲気に影響を及ぼすものではない。しかしながら,いわゆるカラオケスナックは,その営業の主たる目的が飲食物の提供であって,客は飲食物の提供を受けることを目的として来店するのであって,カラオケ歌唱ができることはあくまでも付加的なものにすぎないのに対して,カラオケ歌唱室は,歌唱の場を提供すること自体を主たる営業の目的としており,むしろ飲食物の提供は付加的なものであって,客は自ら歌唱し又は知り合いの歌唱を聞くために歌唱する場所の提供を受けることを目的として来店するのである。したがって,Yはカラオケスナックの経営者のように,カラオケ歌唱により醸成される雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益の〔ママ〕増大させることを意図しているというよりも,むしろ客が歌唱する場及び装置を提するということ自体により,より直接的に営業上の利益を得ているのである。 以上のとおり,客はYの管理のもとに歌唱しているということができ,また,Yは歌唱する場と装置を提供することにより営業上の利益を得ているのであるから,著作権法上の規律の観点からはY自身が歌唱により音楽著作物を使用するのと同視するべきである。 そして,右のとおり,カラオケ歌唱室における客の歌唱についてもYがその主体であるとする以上,Yにとって本件店舗に来店する個々の客はいずれも不特定であることは明らかであるから,Yは不特定の者に聞かせる目的をもって,すなわち『公に』歌唱の方法による演奏によって音楽著作物を使用しているというべきである。」 3 著作権法施行令附則3条1号について 「本件店舗は,・・・・・・付加的とはいえ,飲食物を提供していることは明らかであるから,『喫茶店その他客に飲食をさせる営業』に当たる。 カラオケ歌唱室内における伴奏音楽の再生は歌唱を行うためになされるのであって,伴奏音楽自体を聞くことを主たる目的とするものではない。しかしながら,そもそも『鑑賞』とは『芸術作品を理解し,味わうこと』(広辞苑第四版)をいい,言葉の意味からしてその形式,方法や主たる目的であるかどうかを特に限定していないので,伴奏音楽であることから直ちに『鑑賞』の対象とならないとまでいうことはできない。歌唱するにあたって必ずしも伴奏音楽を要しないことからすると,伴奏音楽に合わせて歌唱すること又は伴奏音楽に合わせた歌唱を聴くということは,伴奏音楽をも芸術作品として理解し,味わっているというべきである。したがって,歌唱している客本人はもちろんのこと,同じカラオケ歌唱室内にいる者も伴奏音楽を鑑賞しているというべきである。そして,・・・・・・各カラオケ歌唱室は防音構造となっており,室内にはカラオケ関連機器一式が設置されているところ,これらの装置を利用して客は伴奏音楽を再生して演奏し,しかも,カラオケ歌唱室が防音構造であるため他の客に気兼ねすることなく,再生して演奏する伴奏音楽に合わせて歌唱することができるのであるから,Yは『客に音楽を鑑させるための特別の設備を設けている』ということができる。のみならず,Yは本件店舗に『カラオケルームネットワーク』の名称を付して,カラオケ歌唱室の営業であることを標榜しているから,『客に音楽を鑑賞させることを内容とする旨を広告し』ているということもできる。」 「したがって,カラオケ歌唱室は著作権法施行令附則3条1号に当たる。」 4 YはAとの利用許諾契約によって,Xの管理著作物使用許諾を受けたことになるか 「確かに,Aが承諾しない限りその製作した楽曲データを利用することはできないのであるから,これにより伴奏音楽を再生し,又は,伴奏音楽に合わせて顧客が歌唱することはありえないという意味で両者は密接に関連しているし,Aがその製作した楽曲データをカラオケ歌唱室を有する店舗に送信し,送信先の店舗において伴奏音楽が再生され,再生された伴奏音楽に合わせて顧客が歌唱することは当然に予想される。しかしながら,楽曲データの製作行為と製作された楽曲データの再生行為とは明らかに性質の異なる行為であるから,右のような事情があるからといって,XがAに対して楽曲データの製作について与えた承諾をもって直ちに再生行為まで承諾したということは困難である。疎甲第11号証によっても,XがAに対して承諾したのは,管理著作物を使用した楽曲データの製作及びカラオケ歌唱室を有する店舗への送信行為であって,個々の送信先店舗における伴奏音楽を再生して演奏すること等までも承諾したとまで認めることはできない。」 5 Xの請求は権利濫用に当たるか 「本件全証拠によっても,YとAとは楽曲データの使用契約を締結しているほか何らの関係も認められないし,Aは楽曲データ使用契約に基づき一端末(一室)当たり定額の使用料の支払いを受けているにすぎないのに対して,Yは各カラオケ歌唱室の使用料の他,飲食物を提供することによりその対価を得ていること,売り上げの多寡は利用客数に影響されるところ,利用客の確保は宣伝広告やどのようなサービスを提供するか等店舗の経営者であるYの経営努力に負うところが大きいことからすると,U−karaシステムを利用して楽曲データの送信先店舗で伴奏音楽を再生し,または,再生した伴奏音楽に合わせて顧客が歌唱して演奏する方法により管理著作物を使用している責任をYが免れるものではないことは明らかである。」 |
〔研究〕 |
(1) 結論賛成。しかし,理論構成に再検討の余地がある。
本件は仮処分決定ではあるが,通信カラオケを用いた,いわゆるカラオケボックス営業におけるカラオケソフト利用行為について音楽著作権の侵害が問題とされた初めての事例であって,さらに,カラオケソフトの再生行為についても初めて演奏権侵害を構成し得るものであると判断された事例である。 従来の判例は,いずれもカラオケスナックにおける,テープカラオケあるいはLDカラオケに関するものであり,客の歌唱行為とカラオケソフトの再生行為とについて著作権侵害の有無が検討された。客の歌唱についてはいずれの判決においても,カラオケスナックにおける客の歌唱行為が(1)店の管理下にあって(2)店の営利目的である場合に,店舗経営者による歌唱と同視しうるものとして著作権法上の演奏権侵害を構成すると判断されている。 一方,カラオケソフトの再生行為については,LDの場合,歌詞文字表示及び伴奏音楽に関して,映画著作物中に複製されている著作物の上映権(法26条2項)を侵害するとしている。しかし,テープの場合には自由利用に当たるとするか,あるいは全く言及していない(1)。 これは著作権法附則14条(以下「法附則14条」という)及び令附則3条1号により,適法に録音された音楽著作物の演奏の再生は原則として自由利用であるとされるためである。この点につき,最判昭和63年3月15日(2)において伊藤裁判官は意見として,カラオケ装置が令附則3条1号にいう「客に音楽を鑑賞させるための特別の設備」に準ずるものであって,法附則14条による旧著作権法30条1項第8号の規定は働かない,と述べているが,実際には,従来この点を直接に判断した事例は存在していない。 学説上も,LDカラオケの無断再生が上映権侵害を構成するという点につき異論はない。他方,オーディオテープによるカラオケについては,判例同様,客の歌唱行為をもって演奏権侵害に当たるという意見が多数を占める(3)。しかし,最高裁判決について実際上,歌唱・再生の両面において演奏権の侵害があったと見てよい,とする見解や(4),反対ではないが疑問を呈するもの(5),伊藤裁判官意見と同様にカラオケソフトの再生行為をもって演奏権の侵害とすべきであるという見解(6)もある。 また,令附則3条1号に関して,カラオケスナックにおける場合の「鑑賞」の主体は他人の歌唱を聞いている不特定多数の客である,とする立場が大勢を占める一方で,「鑑賞」行為には音楽を静かに聴くことだけではなく,様々な行為が含まれるべきであるから,歌唱している本人を「鑑賞」の主体と把握すべきである,とする意見もある(7)。 以上のことから,伴奏音楽の再生行為が演奏に当たるとしてその理由が詳細に説示された事例は本件が初めてであり,また,それに伴って令附則3条1号について公的に判断されたという点において注目に値する。他方,客の歌唱行為に関しては最高裁判決を踏襲するものとなっている。最高裁判決は事例判決であるといわれ(8),また,本件の状況が従来の判決からは著しく変化しているものであることは自明であるから,技術の進歩や社会の変化を考慮してなおこういった見解が適用し得るものか否かが重要な問題となる。 (2) 現在のカラオケを巡る問題を検討するにつき,営業形態と機器媒体の形態という2点に留意することが必要であろう。 特に機器媒体に関しては,かつての主流であって多くの判例が対象としているテープカラオケは既にほとんど姿を消しており(9),現在利用されているカラオケ機器の主な態様としては,CD,LD及び通信がある。特に最近では,本件同様通信カラオケによる営業の占める割合が大きくなっている(10)。もっとも「通信」カラオケとはいっても,本件のように,業務用カラオケの大部分は月に数回送信されてくる新曲データを店舗内のコマンダーに蓄積し,それを随時利用する方式が主流であるため,実際にはCDカラオケに近いものであるということができる。これはまだ通信速度が遅く,1曲分のデータを送信するのに時間がかかるためであるが,家庭用通信カラオケやインターネット・カラオケ同様,業務用についても今後通信速度の高速化に伴ってオン・デマンド方式が主流となることは十分に予測され,これをも視野に入れておく必要があるだろう。 また,これらの方式によるものとテープカラオケとの最大の相違点は,歌詞の取扱いである。従前のテープカラオケについては,カラオケ用楽曲作成を目的とする複製行為の中心は文字通り録音権の対象としての伴奏音楽の複製であって,歌詞については収録されている楽曲の歌詞集を作成し,利用客が参照し得るようにしているに過ぎなかった。現在も伴奏音楽の複製が中心的な行為態様であるということは従来と相違なく,伴奏音楽再生用の媒体が変化したにすぎないが,歌詞の複製態様については大きく変容し,いずれの製作業者も,利用客が歌唱する際に楽譜を用いることなしに歌詞と楽曲との対応がわかるよう,楽曲の進行に応じてテレビ画面に歌詞を映し出し,その歌詞文字の色彩を変化させることで,楽曲に合わせて歌うべき部分を指示する画面表示を製作している。この点については,背景映像が一体のものとして製作されるLDやCD動画のみならず,背景映像が別物である通常のCD及び通信についても同様である。そしてこの伴奏音楽と歌詞文字表示とは一体のデータとして通信機器によってアクセス可能なデータベースあるいはCD,LDに収録されているものである。 よって,現在のカラオケソフト再生に際しては,伴奏音楽のみならず,必然的に歌詞文字表示についても再生される。しかし,音楽著作物は楽曲部分と歌詞部分とに分離して把握し得る複合著作物であって,カラオケ自体がそれに端を発するものであるから(11),まずは各々について検討すべきであろう。 (3) 音声部分として伴奏音楽のみに着目して考えるならば,これを著作権者以外の者が営利目的をもって「公に」演奏する行為は本来著作権侵害を構成する(法22条,38条1項)。しかし,いかなる形態のカラオケソフトについても,原著作物たる楽曲を複製し記録したものである以上,録音物と把握し得る(12)のであって,そのように解する限り,営業形態のいかんを問わず,法附則14条を適用すべきかが問題となる。要旨第1点及び第3点はこの問題を論じている。 法附則14条は昭和45年に現行著作権法が立法された際に,当時の小さな喫茶店等における録音物の使用状況を勘案して,大きな混乱を避けるため,営利目的の録音物使用についても例外を認めるべく経過措置として設けられたものである(13)。この30年近い「当分の間」に,飲食店をはじめとする,音楽の使用を主目的としない店舗では,有線放送の利用が増加し,相対的に録音物の再生は減少しているのであって,立法当時に比較して法附則14条の必要性は大幅に低下したといえるであろう。この状況を考えれば,すでに法附則14条を廃止する時期に来ているといってよい。 また,法附則14条を廃止しないとしても,この規定の根本にある原理は音楽を営業の主たる要素とする事業には演奏権が及ぶというものであると考えられる(14)のであるから,少なくとも,まさに「音楽を営業の主たる要素」としているカラオケボックスについては法附則14条の適用を否定すべきであろう。 しかしながら,あくまでも法附則14条の適用を回避できないとするならば,本件におけるように令附則3条適用の可能性を模索するほかない。そして3条1号によるとするならば,やはり「鑑賞」及び「喫茶店その他客に飲食をさせる営業」の2要件の検討が必要である。 ことに重要なのは「鑑賞」の要件であるが,これに関しては本決定も触れているとおり,カラオケソフトは歌唱行為のために利用するものであって,それのみをもって楽しむということがないので,カラオケソフトの再生は「鑑賞」に当たらない,ということもできるだろう。実際に,カラオケソフト以外の伴奏音楽に合わせて歌唱する場合,歌唱者以外の者はともかく,歌唱者が伴奏音楽を「鑑賞」しているとは考えないのであるから,それとの整合性を考慮すれば,歌唱のためにカラオケソフトを再生する行為をもって「鑑賞」とすることは,一見困難なものに映る。また,本決定は広辞苑を引用して「鑑賞」という言葉の定義を「芸術作品を理解し,味わうこと」とするが,これは音楽のみならず芸術一般について述べた広範な定義であって,これのみによって判断することには賛成できない。 しかし,通常,音楽を「鑑賞」する際にはそのジャンルによって様々な形態の行為が考えられる。音楽全般を俯瞰すれば「静かに聴く」ことを要求するのはむしろごく一部のものに限られるともいえるのであるから,「鑑賞」を「静かに音楽を聴く行為」のみに限定するのは鑑賞の対象となるものを必要以上に狭めることになるだろう。このように考えれば,カラオケソフトの再生による伴奏音楽に合わせて歌唱する行為について「鑑賞」に当たるとする結論自体は是認できるものであるといえよう。 他方,「喫茶店その他客に飲食をさせる営業」の要件に関しては,カラオケスナックにおいては格別,カラオケボックスの営業において飲食物の提供が必須とはいえない以上,本来的にはこの要件に該当しない場合も考慮しなければならないだろう。しかしながら,現在のカラオケボックス営業においては本件と同様に付加的にも飲食物を提供するのが普通であり,さらには顧客獲得のために飲食物の充実を図る店舗も多いため,この要件を充たさない場合というのは実際上ないに等しいであろう。 よって,カラオケソフトを用いた伴奏音楽の再生行為を著作権侵害に当たるものと判断した本決定は結論として妥当であろう。 (4) 他方,歌詞部分の利用行為を論じる要旨第2点は,前掲最判昭和63年3月15日を筆頭に従来の判例が採用してきた理論に従うものであるが,この理論構成には賛成できない。 従来の判例は上記のとおり,カラオケスナックにおける客の歌唱行為が(1)店の管理下にあって(2)店の営利目的である場合に,店舗経営者による歌唱と同視しうるものとして,演奏権侵害を構成する,としている。 本件のようなカラオケボックス営業の場合も,一応カラオケボックスの客は店舗経営者の「管理」の下に歌唱し,また店舗経営者は歌唱する場と装置とを提供することにより営業上の利益を得ている,ということはできる。しかし「管理」の内容は,カラオケスナックに比して経営者が関与する割合が著しく低いものである。さらにカラオケ機器の形態を比較した場合,通信カラオケはテープやCD,LDによるものよりも客とカラオケ製作業者との関係が密接なものとなっており,店舗経営者はむしろ両者間の仲介者に近い立場にあるといい得る。オン・デマンド方式に移行すればこの傾向はより強まるであろう。もちろん,経営者の「管理」行為が全くないということはあり得ないが,それを根拠として,店舗経営者自身が歌唱により音楽著作物を使用しているのと同視すべきである,と考えるのは,カラオケスナック従業員の歌唱はともかく,カラオケボックスの客についてはあまりに技巧的すぎるものであって,やはり無理があるだろう。 しかも,本決定は演奏権における「公に」の要件を充たすものというべく,歌唱の主体である店舗経営者が来店する不特定の客に「聞かせる」目的で歌唱の方法による演奏によって音楽著作物を使用している,と述べている。しかし,客が1人でカラオケボックスに来店する場合(15),現実には「自分の歌唱を自分だけが聞く」のであって,これを「店舗経営者による歌唱を不特定の客に聞かせる」と擬制するのはあまりにも不自然であり,また一般の利用客の感覚からは受け入れがたいほど乖離したものである。やはり歌唱行為の主体はあくまでも実際に歌唱している客であって,1人で来店し歌唱する客の歌唱行為は公のものとはいえず,また複数人で来店し歌唱する客の場合も,歌唱している者が聞いている者に対価を要求する関係にない限り,法38条1項にいう自由利用に当たるものであって,演奏権の侵害にはならないと解するのが妥当である。 事実上,店舗によるカラオケ使用行為はあくまでもソフトの再生に関するものであって,その著作権侵害を問うためには,本来ソフト再生行為を問題とすべきである。客の歌唱行為をもって演奏権の侵害とみなす,という構成は,テープカラオケの場合,ソフトの再生行為には歌詞の利用が含まれず,また録音物の再生行為自体が法附則14条,令附則3条によって演奏権侵害を否定される,という事態を回避するために採用されたのであるから,本決定のように伴奏音楽の再生行為について演奏権侵害が認められるならば,まさに擬制以上の何ものでもない。そして,歌詞の利用行為についてもソフト再生行為を通じて著作権侵害に当たるとする構成を模索するべきである。 (5) 従前のテープカラオケの場合,ソフト再生行為をもって演奏に当たるとすると,カラオケテープには歌詞が入っていない以上,作曲家の著作権の侵害を問えるのみということになる(16)。歌唱による演奏権侵害を構成することによって楽曲・歌詞の両面について著作権保護を認めてきた立場からすればこれは容認し難いものかもしれないが,本来的には楽曲の再生のみについて侵害があったと構成すべきであり,また音楽著作物使用行為一般を考えても,楽曲のみの使用と解することにつき実質的に問題を生じるものとは思われない。 他方,現在のカラオケソフトを再生した場合には伴奏音楽のみならず常に歌詞文字が表示される。なかんずくオン・デマンド方式によっている場合には楽曲・歌詞ともに送信可能化権・自動公衆送信権の対象として保護されるものである。またLDに関しては歌詞部分の映像をその要素として有する映画著作物と把握し得ることが判例上認められている(17)。 しかしCD及び現在の通信カラオケについては,JASRACの著作物使用料規定には歌唱による演奏の対価が規定されるにとどまり,歌詞文字表示の再生については著作権の対象とされていない。著作権法上も歌詞文字表示の再生のみをもって何らかの著作権侵害を構成することは困難であるから,CD・通信カラオケをテープカラオケと同等に扱うとすることも可能である。しかし,現実にLDやオン・デマンド方式と同様に著作物の使用がなされていることは明白であり,そのことをもって既に利用者側に「再生された著作物を利用している」という意識,ことに歌詞文字表示のみをもって「映像」と断言できないまでも「映像的なもの」とする認識が存在していることに注目し,LDカラオケとの比較において法26条2項を類推適用し得ると解釈することも,過渡的なものとしては有効性を持つものと思われる。また,今後のオン・デマンド方式への移行を視野に入れた場合に,このように解するほうが主体の擬制を通じて歌唱による演奏権侵害に当たると構成するよりも全体的な整合性を持ち得るのではないだろうか。 歌唱による演奏権侵害という構成は,上記のような機器媒体の形態による相違を踏まえたうえで,営業形態によって生じる侵害行為として把握すべきである。すなわち,カラオケスナックにおいてはカラオケソフトの再生とともに従業員らの歌唱による演奏が著作権侵害行為となり得るが,カラオケボックスにおいてはソフト再生行為のみをもって著作権の対象と捉えるべきである。 (6) 著作権者−カラオケソフト製作業者間における利用許諾契約の内容に,契約の第三者たる店舗に対する音楽著作物の使用許諾が含まれるか,という問題について従来の判例は,カラオケソフトの製作にあたり著作権者に対して使用料が支払われているとしても,それは音楽著作物の複製の許諾のための使用料であり(18),管理著作物を営利目的で公に再生することの許諾までを含むものではない,としている(19)。現実には,管理著作物の使用料が統一されるに至っておらず,JASRACは各事業者との個別交渉によって使用料を決定している。そのうち,業務用通信カラオケに関する音楽電子事業協会AMEI加入のl4事業者との間における使用料規定(20)では利用料算定の基礎として「著作物データのサーバーへの複製から顧客店舗への送信,さらに端末機器への複製を一つの利用形態として捉え」るものとしている。しかし,個別交渉によるものである以上,その他の事業者や家庭用通信カラオケなどに関する使用料は一般には公表されていないが,同様の扱いがされているとのことである。よって業務用と家庭用との間に金額差があるとしても許容し得る程度のものであって,その差額をもってしても演奏料に相当するとまではいえないならば,要旨第4点及び第5点の判断は妥当であろう。また,現実問題として,歌唱による演奏行為のみを対象に店舗面積に応じて使用料を決定する現行の規定の仕方を維持する限り,演奏料を製作業者の管理著作物使用料に含めることは計算上困難であり,現時点において本件決定の結論は妥当なものであろうと思われる。 しかし,本決定のように楽曲の再生行為について著作権を主張し得るのであれば,今後は実際の再生回数に応じて演奏権料を徴収する方向へと転換するのが妥当ではないだろうか。上記の使用料規定に定められている利用単位使用料は実際に店舗において稼動している端末数に基づいて計算されているのであるから,再生による演奏に主眼を置けば,ここに演奏権料を上乗せすることも不可能ではない。さらに今後オン・デマンド方式のカラオケが増加すれば,製作業者側がアクセス件数を集計して実際に使用した分だけ使用料を徴収する等,現在よりもきめ細かい対応ができるようになると思われる。その際に,通信カラオケの演奏料のうち再生行為については製作業者との使用料に含むものとし,カラオケスナックにおける歌唱行為については必要に応じて各店舗から演奏料を徴収する,としたほうが根拠が明確になるだろう。 いずれにしても,技術の進展が目覚ましい分野における保護のあり方については,現行法の枠内での解釈に拘泥するのではなく,本来的・将来的な展望に立って検討すべきであろう。 |
(1) | ただし,高松地裁判決,広島地裁判決については判決理由中に明確に説示されてはいないが,主文では再生行為の差止めが認められている。また,田中豊「カラオケ歌唱室と著作権法」コピライト431号23頁に紹介されている東京地決平成8年12月6日(判例集未登載)も同様であると思われる。 |
(2) | キャッツアイ事件=判時1270号34頁・判タ663号95頁 |
(3) | 前掲田中論文のほか,最高裁判決評釈として,水野・法曹時報41巻9号253頁,尾中・重判評昭63−242頁,井上・著作権判例百選第二版7,福岡高裁判決評釈として,阿部・ジュリスト821号70頁,広島地裁判決評釈として,土井・判評348号58頁(判時1256号204頁)。 |
(4) | 辰巳・民商99巻3号134頁 |
(5) | 斉藤・法学教室51号88頁,田村・発明93巻10号111頁 |
(6) | 最高裁判決評釈として,染野・判評358号62頁(判時1288号21頁),半田・ジュリスト911号26頁,福岡高裁判決評釈として,松尾・ジュリスト927号99頁,半田・著作権判例百選11。また,LDカラオケの場合には上映権侵害のほかに歌唱行為の演奏権侵害にも当たるとする意見(半田)もある。 |
(7) | 前掲・染野219〜220頁 |
(8) | 前掲・水野269頁 |
(9) | 「カラオケの種類」カラオケデータベース(http://www.layla.com/karaoke/html)参照。 |
(10) | ’96年度版「カラオケ白書」(全国カラオケ事業者協会ホームページ<http://www.japan-karaoke.com/>)参照。 |
(11) | 前掲半田・ジュリスト911号26頁 |
(12) | 通信カラオケ,インターネット・カラオケ等,電話回線を通じて有線送信される形式のものに関しては,送信されるのはあくまでも電気的なデータのみであって,通常の録音物と同列に論じ得るかという問題が残るが,既に記録されているものであるという点で録音物と解してよいであろう。 |
(13) | 齋藤博「著作権法附則14条と演奏権の及ぶ範囲」コピライト425号24頁 |
(14) | 同・28頁 |
(15) | カラオケスナックの事例ではほとんどあり得ない状況であるが,カラオケボックスにおいては例外的なことではなく,考慮に入れる必要性は高いものと思われる。 |
(16) | 田村善之「著作権法講義ノート16」発明93巻10号114頁にも同様のことが指摘されている。 |
(17) | くらぶ明日香事件=広島地福山支判昭61・8・27(判時1221号120頁・判タ612号34頁),魅留来事件=大阪地判平6・3・17(判時1516号116頁・判タ867号231頁),大阪地判平6・4・12(判時1496号38頁・判タ879号279頁) |
(18) | 前掲大阪地判平6・3・17,前掲最判昭63・3・15 |
(19) | LDカラオケについて前掲大阪地判平6・3・17 |
(20) | JASRACホームページ(http://www.jasrac.or.jp/jhp/info/97sep.htm#anchor520863) |