判例評釈 |
工業的に量産されるスモーキングスタンド,ダストボ ックス等の商品の設計図の表現方法に独創性,創 作性が認められないとして著作物性を否定した事例 |
〔東京地裁平成9年4月25日判決,平成5年(ワ)第22205号, 著作権侵害行為差止請求事件,判例時報1605号136頁(確定)〕 |
生駒 正文 |
<事実の概要> | ||||||||||||
原告Xは,建築物の内部の設備,造作,備品等のデザインを行うインテリア・デザイナー(以下「インナー・アーキテクト」という。)であり,訴外Aの依頼に応じ,インテリア備品であるスモーキングスタンド,ダストボックス,レインスタンド,プラントボックスの設計図21枚(以下,「本件設計図」という。)を製作した。
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<判旨> |
(1)「本件設計図は,・・・・・・(中略)・・・・・・通常の製図法によって表現したものである。工業製品の設計図は,そのための基本的訓練を受けた者であれば,だれでも理解できる共通のルールに従って表現されているのが通常であり,その表現方法そのものに独創性を見出す余地はなく,本件設計図もそのような通常の設計図であり,その表現方法に独創性,創作性は認められない。本件設計図から読みとることのできる什器の具体的デザインは,本件設計図との関係でいえば表現の対象である思想又はアイデアであり,その具体的デザインを設計図として通常の方法で表そうとすると,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記と大同小異のものにならざるを得ないのであって,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記等は,表現の対象の思想である什器の具体的デザインと不可分のものである。本件設計図の右のような性質と,本件設計図に表現された什器の実物そのものは,デザイン思想を表現したものとはいえ,大量生産される実用品であって,著作物とはいえないことを考え合わせると,本件設計図を著作物と認めることはできない。」
(2)「本件設計図の一つにより製作される商品は,素材や仕上げの方法等により,必ずしも一種類とは限らず,数種類の商品が存在しうること,これらの商品は,形態のみならず素材,仕上げ,色彩等によっても異なった印象を与えるものであることが認められる。他方,Xが本件設計図により製作されたと主張する訴外Aの商品の種類は相当数に及ぶところ,それらの商品に,Xがデザインしたものと一般通常人や消費者が認識できるような表示等がなされていることを認めるに足りる証拠はない。・・・・・・(中略)・・・・・・したがって,XがYにも利用許諾しているとの印象を持つことを前提とする請求原因5(二)(1),(2),(4)及び(5)の事実を認めるに足りる証拠はない。また,仮に,YがXのデザインした訴外Aの商品の模倣品を同5(二)(2)ないし(5)のような態様で製造販売したとしても,そのことによってX自身が不愉快に感じることは別として,Xの社会的評価や信用が低下するものとは考えられないし,Yが被告商品を製造販売する前と比べてXの社会的評価や信用が低下した事実を認めるに足りる証拠はない。」 《3》「有体動産である本件設計図の所有権は,Xに帰属するものと推認される。しかしながら,有体動産である本件設計図に対する所有権は,その有体物の排他的支配にとどまるものであり,仮に,被告が何らかの機会に本件設計図に接して本件設計図の表現を知り,本件設計図に表現されたところから認識できるデザインと同一又は酷似した商品を製造,販売したとしても,その行為は,本件設計図の所有権を侵害することにはならない。」 |
<評釈> |
(1)工業的に量産されるスモーキングスタンド,ダストボックス等の実用品を対象とする本件設計図は,著作権法によって保護される著作物に該当するかどうかである。本件設計図が著作権法上保護の対象となるためには,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(2条1項1号)を備えていなければならない。ウルマー教授もいわく,「著作権の意図する著作物とは,精神的創作(geistigen Schaffens)の結果としての所産であり,文学的又は芸術的な個性(Individualitat)が存在する。」(Urheber−und Verlagsrecht,1960,2.Aufl.S.105f.)として,著作物は個性の表れた精神的創作物であると考える。そこで,当裁判所は,「本件設計図から読みとることのできる什器の具体的デザインは,本件設計図の表現の対象である思想又はアイデアであり,その具体的デザインを設計図として通常の方法で表そうとすると,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記と大同小異のものにならざるを得ないのであって,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記等は,表現の対象の思想である什器の具体的デザインと不可分のものである。本件設計図の右のような性質と,本件設計図に表現された什器の実物そのものは,デザイン思想を表現したものとはいえ,大量生産される実用品であって,著作物とはいえないことを考え合わせると,本件設計図を著作物と認めることはできない。」として,本件設計図の表現方法には独創性 創作性がないと判示した。
このように本件では,本件設計図の対象たるインテリア備品が実用品でそれ自体著作物とはいえないものであって,デザイン思想を表現した本件設計図それ自体も,インテリア備品の用に供される実用品として著作権法上の著作物性を認めることはできないと判断しているが,この判示は誤解を招きやすく筆者は反対である。 従前,設計図の著作物性が問題になった裁判例は次のとおりである。 《1》建築設計図については,設計者の知識と技術を駆使して作成したとして創作性があることを認定し著作物性を認めることが多い(冷蔵倉庫の設計図事件,大阪地判昭和54年2月23日・判例タイムズ387号145頁,マンションの設計図事件,東京高判平成3年5月31日・判例時報1388号22頁,住宅の設計図事件,福島地決平成3年4月9日・知的財集23巻1号228頁)。 しかし,《2》建築物外装用資材設計図については,各図面は産業用に利用されるものとして製作され,現にそのように利用されているものであるから,各図面は文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属しないものであって,著作物に該当しないとした(装飾用窓格子フェンス門扉の設計図事件,東京地判平成4年1月24日・特許管理別冊判例集,平成4年1号1頁)。著2条1項1号の著作物性を備えるためには,「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」の解釈について,「パックマン」事件(東京地判昭和59年9月28日・判例時報119号120頁),「動書書体」事件(東京地判昭和60年10月30日・判例タイムズ569号93頁),「木目化粧紙の原画」事件(東京高判平成3年12月17日・判例時報1418号120頁)等の判決のように,創作されたものが芸術作品として鑑賞されようと,学究目的で利用されようと,全くの娯楽的利用であろうと著作物性に影響を与えるものではないとして,知的・文化的精神活動の所産全般と解しているため,「思想又は感情を創作的に表現したものをいう」の要件が重要で,その著作物が個性の表れた精神的創作物であるという判断だけで十分ではなかろうか。こように著2条1項1号の要件が広く解釈されているにもかかわらず,当《2》事件の各図面は文芸,学術,美術または音楽の範囲に属しないとして著作物性を否定しているのが問題であろう。 これに対して,《3》機械設計図については,それぞれ丸棒矯正機に関する機械工学上の技術思想を,創作的に表現した学術的性質を有する図面として著作物に当たるとした(機械の設計図事件,大阪地判平成4年4月30日・判例時報1436号104頁)。工業所有権によって保護される技術的思想を表現した設計図の著作物性を認めた意義は大きい。本件設計図を検討するうえで参考になるであろう。しかし,丸棒矯正機のような実用の機械は,建築の著作物と異なって,それ自体は著作物としての保護を受けるものではないから,設計図に基づいて同一性のある機械を製作しても設計図の複製に該当しないとされた。 本件設計図の著作物性については,デザイン思想を表現したものとはいえ,大量生産されるインテリア備品の実用品自体が,著作権法にいう著作物とはいえないことを考え合わせると,本件設計図を著作物と認めることはできないとしているが,これでは工業所有権によって保護される技術的思想を表現した設計図の著作物性を認めた《3》の機械の設計図事件に比して,《2》の建築物外装用資材設計図や本件設計図等が著作物として保護される可能性はないであろう。 本件設計図の表現形式から読み取り得る著作者のデザイン・技術等の思想またはアイデアこそ,まさに著作物の核心的な要素と考えなければならないであろう。すなわち,保護を要すべき著作物の表現形式については,「外面的形式」と「内面的形式」とが含まれると解するにいたっている(半田正夫『著作権法概説』<第8版>一粒社81頁以下参照,なお,本稿は,半田教授のこの概説書に負うところ大である。)。この見解にいう「外面的形式」とは,著作者のデザイン・技術等の思想・アイデアを文字,言語,線,点,色,音等の他人により感知される媒介物を通して客観的存在たらしめる外的構成を意味する。これに対して,「内面的形式」とは,著作者の内心面に形成される思想体系を意味している。この両者の関係については,「内面的形式」が変更されない限り,いかに「外面的形式」が変更されても,著作物の同一性は失われないものとされる。したがって,「外面的形式」と「内面的形式」ともに著作物の本質と認めながらも,「内面的形式」に重点を置いている。このようにデザイン・技術等の思想またはアイデアの内面的形式が著作物の本質であることを考えると,本件設計図の場合には,工業所有権法である意匠権と著作権法である著作権とが競合することは是認しなければならない。 従来の判例(博多人形・赤とんぼ事件,長崎地佐世保支決昭和48年2月7日・無体例集5巻1号18頁,天正菱大判事件,大阪地決昭和45年12月21日・無体例集2巻2号278頁,アルファベット・デザイン書体事件,東京地判昭和54年3月9日・無体例集2巻1号114頁,ティーシャツ事件,東京地判昭和56年4月20日・無体例集13巻1号432頁,仏壇彫刻事件,神戸地姫路支判昭和54年7月29日・無体例集11巻2号371頁,袋帯図柄事件,京都地判平成元年6月15日・判例時報1327号123頁,木目化粧紙の原画事件,東京高判平成3年12月17日・前掲)においては,仮に実用品の図案や模様等が純粋美術に当てはまるものでなければ著作権法上の保護する著作物に含まれないという見解に立ったとしても,実用目的として大量生産された場合でも,「鑑賞の対象」たる性格を有する等,すなわち美的・文化的精神活動の所産全般として解しているため,「思想又は感情を創作的に表現したものをいう」の要件が表現されたものであるか否かが重要なファクターである。特に創作性の程度が問題で,個性の表れた精神的創作物であるというだけで十分であろう。よって,本件設計図に表現れたデザイン思想による性質や大量生産される実用品によるインテリア備品等は,設計図が通常の製図法であっても,本件設計図が創作された当時,設計図を通したデザイン思想が平凡でありふれた表現であったか否か。既存のインテリア備品に関する設計図の表現形式にどのような創作者の独創的努力の結果が付加されているか否か等を基に創作性が判示されていれば説得力があったのではないかと思われる。 (2)Xが,仮に本件設計図が著作物でないとしても,本件設計図を自由に使用,収益,処分する権利である所有権の一つとして,民法206条に基づき設計図を他人に利用させ使用の許諾の対価として使用料を収益する権利を有するところ,Yによる被告商品の製造・販売自体はXの許諾を得ることなくなされたもので,Xの本件設計図に対する所有権を侵害すると主張した。 この件については,美術の著作物の原作品の所有権と著作権との関係を論じた顔真卿白書建中告身帖事件(最高二小判昭和59年1月20日・民集38巻1号1頁)に見いだすことができる。すなわち,「美術の著作物の原作品は,それ自体有体物であるが,同時に無体物である美術の著作権を体現しているものというべきところ,所有権は有体物をその客体とする権利であるから,美術の著作物の原作品に対する所有権は,その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり,無体物である美術の著作物自体を直接排他的に支配する権能ではないと解するのが相当である。」として,所有権も著作権も,それぞれの権利の対象を直接排他的に支配できる権利で,所有権の権利の対象は有体物であると,もっとも基礎的なことを判示している。本件についても,Yが本件設計図に表現されたところから認識できるデザインと同一または酷似した商品を製造・販売したとしても,有体物としての本件設計図所有者であるXの所有権の及ぶところではないとした判示は正当である。 ただ,本件では,Xが主張するインナー・アーキテクトとしての名誉・信用という人格権侵害で,Xの統一されたデザインコンセプトでデザインされたインテリア備品が,Yのパーツ販売によって芸術家としてのXの人格的価値が害されることは全くないのかどうか疑問が少し残るところでもある。 (3)Xが本件訴訟の提起にあたっては,Yに対して,自社製品のスモーキングスタンド,ダストボックス等の実用品自体の製造・販売を差し止め,損害賠償が認められない限り意味のないところ,前記《3》の機械設計図事件のごとく,実用品自体の製造・販売は,設計図に係る著作権侵害とはならないことによって,本件設計図による著作権法の救済を求めても実質的な意味はなくなる。 したがって,新不正競争防止法1条1項3号(平成6年5月1日施行)やインテリア備品自体の著作権法・意匠法の保護による法的構成をすべきであったであろう。しかし,本件は,新不正競争防止法施行前であったこと,また,インテリア備品の意匠権を取得していなかったこと等により,本件設計図による著作権保護等の構成をとったのであろう。 なお,最近の問題として,著作権法による著作物性が否定された事件において,商品のデッドコピーが不正競争防止法または不法行為法による救済が増えている(袋帯図柄事件,京都地判平成元年6月15日・前掲,木目化粧紙の原画事件,東京高判平成3年12月17日・前掲)。 |