発明 Vol.94 1997-12
判例評釈
発明を実施した医薬品を特許権の存続期間満了後,製造・
販売するための臨床試験と発明の実施である事業の準備行為
(特許権侵害差止仮処分命令申立却下決定に対する即時抗告事件)
[名古屋高裁金沢支部平8(ラ)4号平成8年3月18日第一部決定,取消(異議申立),
原審富山地裁平7(ヨ)84号ほか,平成8年1月12日決定,判例時報1599号134頁]
土肥 一史
<事実の概要>

 フランス法人である債権者(以下,Xという)は,昭和51年3月26日,フランス国出願による優先権主張に基づき,甲発明及び乙発明の2件の医薬品に関する発明について,わが国に特許出願をした。甲発明については,昭和55年7月11日に出願公告,同56年3月24日に特許登録が,また,乙発明については,昭和59年9月20日に出願公告,同60年6月10日に特許登録が,それぞれなされた。甲・乙両発明に関する特許権は,訴外F会社に実施許諾され,F会社はこれに基づき塩酸チアプリド製剤を製造し,「グラマリール」という商品名で販売している。
 ところで,平成6年法律第116号特許法等の一部を改正する法律(以下『改正法』という)により改正される前の特許法67条1項は,特許権の存続期間を出願公告の日から15年とし,ただし特許出願の日から20年を超えることはできないと規定していたので,甲発明に関する特許権の存続期間は出願公告から15年後の平成7年7月11日に満了し,乙発明に関する特許権は出願の日から20年後の平成8年3月26日に満了することになっていた。ところが,改正法67条1項は,TRIPs協定33条及び70条2項を受け,特許権の存続期間を出願の日から20年としたので,甲発明に関する特許権は,平成8年3月26日まで,存続期間が延長されることになった。
 他方,債務者ら(以下,Yという)は,甲発明に関する特許権が,平成7年7月11日に消滅することを前提に,その後「グラマリール」と同種の医薬品(以下,債務者医薬品という)を製造販売することを計画し,債務者医薬品の安定性に関する加速試験や,生物学的同等性試験(以下,両者を合わせて,本件試験という)を行い,この過程で塩酸チアプリド製剤を製造した。その後,Yは,厚生省に医薬品製造承認申請を行い,同省より薬事法に基づく製造承認を取得し,平成7年7月7日,薬価基準収載を受けている。
 そこで,債務者医薬品がXの特許権を侵害するものであるとして,Xはその製造販売等の禁止を求める仮処分申請を行った。原決定は,次のように述べて,Xの申請を却下したので,これを不服として,Xが即時抗告したのが本件である。


<原審決定>
 「改正法附則五条二項は,旧特許法の規定の下で他人の特許権の存続期間が満了することを前提として,満了前にその発明の実施の準備を行っていた者のうち,改正法施行前にその発明の実施の準備を行ってきた者に,改正法により延長された期間につき,準備をしている発明及び事業の目的の範囲内で通常実施権を認め,これらの者に不測の損害が生じないように救済を図った規定である。一方で,特許権の存続期間内に特許発明の実施行為(侵害行為)を行っていた者については,右行為は違法行為であり,右条項で救済を図る必要はないから除外されると解すべきである。
 そして,改正法附則五条二項に基づく通常実施権が効力を有する期間は,改正法により延長された特許権の存続期間の満了日(本件では平成八年三月二六日)までの期間にすぎないこと及び右に判示した同条項の立法趣旨に照らすと,同条項にいう発明の実施の準備行為は可及的に広く解するのが相当であり,他方,違法性のある侵害行為に及んでいるものとして右条項による救済を否定するには,特許発明の実施行為の要件を端的に充足する事実関係が認められることが必要である。そして,右条項にいう『発明の実施である事業の準備』とは,特許権の存続期間満了後直ちに当該特許発明の実施が可能になる程度の準備行為をいい,本件のように当該特許発明が医薬品に関するものの場合,当該医薬品の製造承認の申請及びこれに付随する行為も右準備行為に含まれるものと解」される。
 本事案の経緯からすれば,「Yらは,改正法の公布の日である平成六年一二月一四日前に甲発明の実施の準備を行っていたものと認められる。右本件試験等は,債務者医薬品の製造承認申請のために必須の前提行為であり,よって,Yらは改正法附則五条二項にいう『特許権にかかる発明の実施である事業の準備をしていた者』に該当する。
 これに対し,Xは,本件試験は,特許法六九条一項にいう試験に該当せず,Yらが塩酸チアプリド製剤を製造し,本件試験に供したことは甲発明の違法な実施行為に当たると主張する。しかし,特許権の効力は業としての実施以外の実施には及ばず(同法六八条),特許権の範囲内の試験及びこれに供するための製剤の製造についても業として行えば格別,そうでなければ,六九条一項の規定をまつまでもなく特許発明の実施に該当しないというべきである」。

<決定理由>
 「Yらは,平成六年法律第一一六号特許法等の一部を改正する法律による改正後の特許法(以下『改正法』という)の公布の日である平成六年一二月一四日より前に甲特許権にかかる発明の技術的範囲に属する塩酸チアプリド製剤につき試験を実施したうえ,薬事法に基づく承認申請を行ったことが一応認められる。そうすればYらの右試験及び製造等は相手方ら医薬品販売のためになされたものであるから『業として』行われたことは明らかであり,右はXの甲特許権を違法に実施したものと認められる。Yらには改正法附則五条二項が適用されないといわざるを得ない」。以上の理由により,特許権が消滅するまで,債務者医薬品を製造・販売することの禁止を認めた。

<研究>
1.本決定の意義
 本決定は,特許発明が医薬品である場合において,当該医薬品の製造承認申請及びこれに伴う準備行為が特許法69条1項の規定により許されるか否か,に関する数少ない裁判例の一つである。農薬登録申請に必要な適性試験を行った事案であるが,先例と評価される昭和62年判決が特許権の浸食状態を是正するため,期間延長制度を導入する以前のものであったのに対し,本決定は延長制度導入後のものである点においても意味を持とう。
 ただ,前述のように,本件は「薬事法に基づく製造承認を得てチアプリド製剤の製造・販売を予定している行為は特許権を侵害するおそれがある」として,Yにほとんど影響を与えない期間について差止めを認めたものであり,くわえて,本件試験結果のデータの使用禁止というような性格のものではない点で,実務への影響は大きくないのかもしれない。特許権存続中の適性試験の実施が権利侵害を構成するのであれば,試験結果のデータの使用禁止を求める請求は理由があると思われ,同種事件への影響は大きい。さらに,本決定は権利の終期が迫っているという理由で,侵害組成物の保管を執行官に移転する請求も認めていない。
 本決定は,「右試験及び製造等は相手方ら医薬品販売のためになされたものであるから『業として』行われたことは明らかであり,右は抗告人の甲特許権を違法に実施したものと認められる」,と判示する。原決定が,「特許権の効力は「業として」の実施以外の実施には及ばず(同法68条),特許権の範囲内の試験及びこれに供するための製剤の製造についても「業として」行えば格別,そうでなければ,六九条一項の規定をまつまでもなく特許発明の実施に該当しないというべきである」としているのと対照的であるように思われる。すなわち,特許法69条1項及び68条の趣旨からすると,特許発明の実施が「業として」行われない限り,権利侵害を構成しないこと,そしてたとえ「業として」特許発明の実施がなされても,試験又は研究のためにする実施が権利侵害を構成しないものであることが,この問題に対する特許法上の基本的な構成である。原決定はこの構成になじむものと考えられるが,本決定は「業として」行われたことから直ちに特許権の違法な実施を導いており,論理的に問題があるのではないか(原決定においても,本件試験が特許法69条1項の試験に当たることまで判断をしていない)。
2.医薬品販売に関する特殊性
 新規医薬品の製造・販売を行おうとする者は,厚生省に対し,当該医薬品の製造承認許可申請が必要である。そのためには,厚生大臣に治験届を提出し(薬事法80条ノ2第2項),特定の医療機関においてGCP(臨床試験実施基準)規則を遵守した臨床試験を行い,ヒトに対する有効性及び安全性を確認し(同14条2,3項),そこで得られた臨床試験データを申請に添付しなければならない(同14条1項)。厚生省の審査の後,製造承認許可を受ける。なお,承認された医薬品については,さらに原則6年間の副作用報告義務期間(再審査期間)が設けられ,新薬の安全性に関する追跡調査が行われる(同14条ノ3)。
 先の6年間の再審査期間中,「新規医薬品と同一性を有すると認められる医薬品を申請する場合にあっては,当該薬品と同等又はそれ以上の資料の添附を必要とする」(昭和55年5月30日厚生省薬務局長通知薬発698号第2−3)ことになっているので,この期間経過後に,後発医薬品の製造承認許可申請がなされることになる。
 この場合(有効性と安全性が確認されている先行医薬品と同一成分の医薬品を製造・販売する場合)には,再度有効性と安全性に関する試験を行う必要はなく,安定性に関する加速試験と生物学的同等性試験だけでよい。これらの試験は6ヵ月程度要するとされているが,審査に1年程度を要するので,特許権終了後直ちに製造に着手するために,特許満了前に承認許可を受けたいということが,後発医薬品の製造者の立場でなる。
3.平成6年改正特許法附則5条2項の趣旨
 平成6年改正特許法は,特許権の存続期間を出願から20年とした。TRIPs協定33条を受けたものであるが,同協定70条2項で,本協定を適用する日における既存の保護の対象であって,当該加盟国において同日に保護されており又はこの協定に基づく保護の基準を満たしもしくは後に満たすようになる保護対象については,加盟国は保護する義務を負うものとされている。このため,わが国でも,平成6年改正特許法の施行日に特許庁に係属している特許出願及び存続している特許権については,出願の日から20年の存続期間を定める特許法67条1項の規定が適用されることになったので,甲発明に関する特許権のように,存続期間が延長される特許権も生じることとなった。
 この結果,存続期間が延長されることになる特許権者と第三者との利益調整が必要となった。本件はこの利益調整に関する経過規定5条2項に基づく事案である。すなわち,従前の特許法の規定する特許権の存続期間が満了することを予定して,満了前にその発明の実施の準備をしている者が存在する可能性があるが,改正法は,その公布の日前にその発明の準備をしている者に対し,延長された存続期間について,その準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において通常実施権を与えるものとし,第三者に不測の不利益が生じないように救済を図ることで,調整を図っている(特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室「平成6年改正工業所有権法の解説」236頁。原決定も同趣旨)。したがって,原決定も述べるように,特許権の存続期間内に特許発明の実施行為(侵害行為)を行っていた者については,本経過規定により救済を図る必要はないので,「特許発明の実施である事業をしている者」は救済の対象とはならない(附則3条3項比較参照)。
 「発明の実施である事業の準備」にいう事業の準備という語句は,先使用権を定める特許法79条にも出てくるが,そこでの概念よりも広い,と解される。先願主義の例外としての先使用権の制度は,当事者間の衡平と国民経済的な利益保護の要請のうえに成立すると考えられるので,保護に値する客観的な事業の準備といえるものが存在しなければならない,と考える。しかし,附則5条2項においては,本来公有におち万人に開放される特許発明の実施をしようと予定するすべての者との間の調整であるから,原決定が述べるように,本件試験行為を含み,可及的に広く解することが適当であろう。
4.特許権の効力とその制限
 いうまでもなく,特許権の効力は,「業として特許発明の実施を専有する」権利であるから,業としての実施でなければ,特許発明の実施は自由に行える。また,たとえ業としての実施であっても,特許権の効力は,試験又は研究のためにする実施には及ばないことも明らかである。そこで,まず「業として」の実施の意味を考える。
 特許法68条にいう「業として」の実施とは,営利の目的や反復継続性を伴う実施であることを必要としない,というのが一般的な理解である(吉藤幸朔・熊谷健一「特許法概説第11版」361頁,中山信弘「工業所有権法上」293頁,盛岡一夫「工業所有権法概説第2版」50頁等。ただし,反復継続性を必要とする見解として,紋谷暢男「無体財産権法概論第6版」129頁)。『業として』とは,『広く事業として』の意味であり,個人的・家庭的実施以外の場合をいい,業としての実施に限ったのは,家庭的・個人的実施にまで特許権の効力を及ぼすことは行き過ぎと,昭和34年法が考えたことにあるが,特許法は産業上利用できる発明を保護するものである以上,産業として利用されないものにまで特許権の効力を及ぼすことは適切でないためでもある。また,「広く事業として」には「事業として」及び「事業のために」をも含む趣旨である,と解すべきであろう(渋谷達紀「後掲評釈」発明1988年3月号98頁)。
 本決定は,試験及び製造等は医薬品販売のためになされたものであるから,「業として」行われたことは明らか,としている。学説のこの問題に対するアプローチとはいささか違っているが,本件試験は事業のために行われたものであることから,業としての実施に当たる構成とすることに異論はない。業としての実施であっても,試験・研究のための実施の場合には特許権の効力は及ばない。ただし,試験研究のための実施であればすべて特許権の効力が及ばないかについては議論がある。
 この分野の先例として,日本植物調節剤研究協会への適性試験の委託及びその試験データに基づく農薬登録申請行為と特許法69条の関係が問題となった事案がある(東京地判昭和62年7月10日無体集19巻2号231頁)。この事案において,東京地裁民事29部は,「本件のような農薬の販売に必要な農薬登録を得るための試験は,技術の進歩を目的とするものではなく,専ら被告除草剤の販売を目的とするものであるから,特許法69条にいう試験研究には当たらない」と判示した。本判決は,当時多くの注目を集め,いくつかの評釈がなされたが,温度差はあるものの判決の結論には賛意が示されている(盛岡一夫「本判決評釈」判時1260号198頁,古沢博「本判決評釈」特許管理38巻8号1064頁,渋谷達紀「本判決評釈」発明1988年3月号94頁)。
 学説も同様であり,試験又は研究がもともと特許に係る物の生産,使用,譲渡等を目的とするものではなく,技術を次の段階に進歩させることを目的とするものであり,特許権の効力をこのような実施にまで及ぼしめることはかえって技術の進歩を阻害することになることが理由として挙げられている(特許庁「工業所有権法逐条解説第12版」197頁,同旨,中山信弘「前掲書」299頁)。
 さらに,この問題について学説から高い評価を受けている見解として,特許法69条の立法趣旨は,技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり,技術の進歩と関係のない試験・研究には,特許権の効力は及ぶとの観点から,同法に定める試験・研究を,対象と目的の2つの側面から絞り込んでいく見解がある(染野啓子「試験研究における特許発明の実施」AIPPI33巻3号138頁,4号206頁)。まず,対象による限定とは,ドイツ特許法11条2項が「特許権の効力は,特許発明の対象(Gegenstand)に関する試験目的の行為には及ばない」と規定することを参考にする。このことから,他の対象に関する試験に特許発明を用いることや,他の発明を開発するために特許に係る物又は方法を利用することは許されない,とする。そして,この基準をクリアしても,目的による限定を受ける,というものである。すなわち,技術の進歩を目的とする試験・研究に限り,許容される態様としては,特許性調査,機能調査及び改良発展を目的とする試験に限るとされている(染野啓子「前掲論文」AIPPI33巻3号141頁)。
 染野説は学説上広い支持を得ており,ここで容喙する余裕も能力もないが,ドイツ法で展開されるような形で対象を限定し,そこをクリアしたものについて目的で限定する場合,例えば,ある硬質物質について特許が成立しているが,その表面に印刷する器機・方法を発明するため,試験・研究する行為は,この基準でいくと侵害になるのではないか。特許発明の対象に関する試験・研究ではないからである。特に,その印刷方法が開発されていないために,硬質物質の市場化がなされていない場合,自らこれを生産することも必要になるのではないかと思うが,この点染野説ではもう一つはっきりしないように思う。ここでは,次の存続期間満了前の製造承認申請のための試験行為に絞って検討する。
5.存続期間満了前の製造承認申請のための試験行為と侵害の成否
 医薬品特許については,薬事法規制により,特許期間の浸食問題があった。この問題は期間延長制度の導入により,一応解決している。具体的妥当性を求められる裁判所の立場からすれば,このような手当がされる以前であれば,特許期間中になされる,後発品の製造販売許可申請のためにする臨床試験の実施を権利侵害を構成することも考えられないではない。しかし,浸食問題は立法上解決しており(延長期間が5年では短いというのであれば,それは立法上解決されるべきである。),純粋に特許法における解釈問題として当該試験行為の是非を判断すべきである。特許法自体の問題とする場合,特許権による独占は,20年なり25年で終了する。その間での排他的独占を認める枠組みであるということがまず前提として承認されなければならない。
 解釈問題として挙げるべきことは,特許法69条1項に定める,試験研究のためにする特許発明の「実施」には,この種の臨床試験を含まないとは規定していない。試験・研究が純粋に学問的なものであるのか,あるいは医薬品の製造承認を受けるデータ収集を目的とするものであるのかを,この規定は区別していないということである。除草剤に関する昭和62年判決は,技術の進歩を目的とするものに限るとするが,それは特許法69条自体からは生じない。導くとすれば,それは特許制度の目的あるいは特許法1条から導かれるであろうが,それとても発明の保護奨励を通じて実現される産業の発達にある。
 産業の発達に寄与するという特許制度の目的から,特許法69条の試験・研究を産業の発達に寄与するものに限定するということはあり得よう。しかし,後発品の販売のための臨床試験を認めることは,医薬品産業界への参入の機会を増大させるものであり,医薬品のコストが下がることと資源の有効活用とによって,全体的な産業は発達することになろう。さらに,マクロ的な視点から見れば,資源の節約がされ,それが研究開発分野に配分されることで技術の発展を促さないとは言い切れない。そうすると,学術的な技術開発を直接目的とするものだけが産業の発達,ひいては技術の発展に寄与するものではなく,許可申請のための臨床試験が特許権侵害を構成するとの結論は出てこないのではないか(清水幸雄・辻田芳幸「特許法69条1項における『試験又は研究』の理論的根拠と著作権法」田倉先生古稀記念141頁も,特許権の経済財としての側面に鑑みたとき,技術の進歩は必ずしも直接的に図られる必要はなく,間接的に図られるものも含むとする)。このように解しないと,「特許発明が実施可能であるか否か,従来技術と対比して新規性,進歩性があるか否かを確認するための試験,研究,すなわち結果如何によっては,特許の異議あるいは無効審判請求の証拠とすることを目的とし,特許権者の利益に反することになる試験,研究」もできないことになってしまう(東京地判平成9年7月18日判例集未登載)。これは特許法の規定する制度間の矛盾にほかならない。
 このような先発者と後発者との間で利害の対立のある場合,問題を解決するのは両者間の合理的な利益調整を行うことであろう。後発者は特許権消滅後直ちに自らもその発明から生じる利益にあずかりたい,したがって,そのためには,特許期間中に行政上求められる手続きを終了させ,直ちに生産に着手したい,これが後発者の利益である。先発者としては,行政手続き上必要な手続きを行ったことは確かであり,このためコストの回収に必要な特許期間の浸食が生じているかもしれないが,それは延長制度で手当てされる。そうすると,彼の保護されるべき利益は,特許期間中その実施の独占が保証されることにつきる。特許期間中の臨床試験を認めることで,先発者のこの利益は侵害されるのかというと,それはされない。彼は依然として独占的に医薬品を販売し,その利益を享受できるからである。そうすると,両者間に引かれるべきラインは,ここに引くべきであるということになるのではないか(ちなみに,医薬品分野での他の先進国,米国及びドイツの現状もこれまでの検討を否定する方向を示していないと理解しているが,紙数の関係もあり,外国法の状況を踏まえての議論は別の機会に譲りたい。)。
 結論としては,特許期間満了後に製造販売することを目的としてなされる臨床試験は,特許法69条1項にいう試験又は研究として許容され,特許権の侵害を構成しないと解する。

(どひ かずふみ:福岡大学法学部教授)