判例評釈 |
傾床型自走式立体駐車場のフロア構造に関する 特許についての職務発明による通常実施権(通 常実施権者地位確認等請求事件) |
〔名古屋地裁平成8年9月2日判決,平6(ワ)第951号〕 |
山田 恒夫 |
<事実の概要> |
本件は平成4年12月21日に名古屋地裁民事第九部で出された判決(昭57(ワ)第1474号通常実施権者地位確認等請求事件)に対し被告Yが原判決の取消しと被控訴人(原告X)の請求棄却を求めて控訴し,控訴審(名古屋高裁平4(ネ)第867号通常実施権者地位確認等請求控訴事件)において原審に差し戻し,新ためて判決に至ったものである。 |
<判旨> |
判決は,Xの通常実施権(特35条1項)を認め,Zの請求を棄却した。
判旨は以下のとおりである。 1.「発明が完成されたというためには,その創作された技術内容が,その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならず,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明として未完成であるというべきである(最判昭和44年1月28日,民集23巻1号54頁)。 これを本件についてみるに,・・・・・・,Aは,Zを退職し,昭和49年4月にXに再び雇用された後,Aにとって初めての傾床型自走式立体駐車場である青山パーキングビルを第一発明を利用して施工し,それを更に改良し一部にねじれ曲面を含む構造とした第二発明に基づく新岐阜駅前駐車場の設計,施工に携わった後に,その設計,施工経験を基にして,新潟丸大百貨店の駐車場の設計に際し,種々の案を検討した末に本件発明と同様の技術思想に至り,これに基づく実施計画図を作成したものというべきであるから,本件発明が完成したのは,右実施設計図が完成した昭和52年6月ころであるというべきである。・・・・・・当時,本件発明がその技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体化されていたとすることは到底できないというべきであって,・・・・・・」 「Xは,建設業,駐車場の経営等を目的とする会社であり,立体駐車場の設計施工の営業をしているのであるから,本件発明がXの業務範囲に属することは明らかである」 「従業者がした発明が職務発明に当たるためには,当該発明をするに至った行為が,当該従業者の現在又は過去の職務に属することが必要であるが,・・・・・・,Aは,Z在職中に,既存のアメリカの技術を基にして,雨漏りの欠点を改善することや日本の実状に合わせて敷地面積当たりの駐車効率を上げる必要があることを認識し,そのために創意工夫したものの,未だその発明を完成するには至らず,その後,Xの業務である新潟丸大百貨店の駐車場の設計業務を遂行する過程で,その責任者として本件発明を完成したものであるから,AがX在職中に本件発明をするに至った行為は,使用者であるXにおけるAの現在の職務に属するものに当たるというべきである。」 「既に認定したとおり,Aが本件発明を完成したのは,Xに在職中であった昭和52年6月ころのことであるところ,特許法35条1項の『現在又は過去の職務』とは,同一企業内での現在又は過去の職務と解すべきであり,退職後に完成した発明が在職中の職務に属するとしても,それは同条の職務発明には該当しないものというべきであるから,・・・・・・,Aが,Zを退職した後,X在職中に本件発明を完成するに至っている以上,Zが,Aが本件発明を完成するについて一定程度貢献していたとしても,Zには本件発明について同法35条1項の通常実施権は認められないから,Zの請求は理由がない。」 |
<評釈> |
本件は,Aが,XからZ,ZからXへと会社を移っており,発明を完成したとされる時期においてX及び特許権者であるYの双方に在籍していたというケースであり,雇用形態が変化している労働界の現状に鑑み,職務発明の成立とその通常実施権の認否についての注目すべき事例といえる。
1.発明完成の時期について 本判決が引用している最判昭和44年1月28日は「危険防止および安全な作動装置の発明完成の要件とされた事例−明細書の記述不備によって発明を技術的に未完成と認めることの当否−発明の完成の有無を判断する資料の範囲」に関する判例であって,発明が完成したといえるためには,実施可能性に加えて,定常的反復性と安全性をも必要であるとした,判例集登載の最初の判例として,広く議論された判例である〔例えば紋谷暢男・法協雑誌87巻6号758頁,耳野皓三・特許判例百選(第2版)12頁,播磨良承・工業所有権法判例解説(手続編)11頁,豊崎光衛・「発明の概念と解釈」ジュリスト500号568頁,渋谷達紀・特許ニュース4110号,中山信弘・注解特許法(上巻)148頁等〕。けれども,この最判の判決で議論の中心となった点は,主に安全性に関する点であり,本判決引用の点については,例えば前掲紋谷においても「『その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術的効果をあげることができる程度にまで具体化され客観化されたものでなければならない』と述べている。そこで,もしこれが実施可能性の程度では足れりとせず,反復性までも必要とするものであるとすれば,いささか過大の要求のように思われる。ただし,特許制度は,・・・・・・ 当該発明の公開を旨とするものではあるが,それは完全な公開を意味するものではなく,平均的専門家として首尾よくより一層の研究ができるべく決定的な方向を与えることで十分である(R.G.19.6.1929,MuW1929,S.499)。当該発明が新規かつ精巧なものである場合には,いかに明細書の記載が明瞭であっても,試験,実験は不可避である(Terrell,on the Law of Patents,11ed.1965,p.81)。そのために我が国法制も明細書記載の程度を前述のごとく“容易にその実施をすることができる程度”としつつ,他方当該発明の試験,研究の為の実施には当該特許権の効力は及ばないとされているのである」として,「反復実施」についての解釈に若干の問題はあるものの,学説もおおむね認めるところとなっている。 本件にあっては,Aが初めての傾床型自走式立体駐車場を施工したのは昭和49年4月の青山パーキングビルであって,これには本件発明の特許請求の範囲に示されるフロア構造は使われておらず,第二発明に基づく新岐阜駅前駐車場の設計・施工にも使用されていない。このことは,第一発明の特許請求の範囲,第二発明の特許請求の範囲から明らかである。したがって,新岐阜駅前駐車場の設計・施工が本件発明と同一思想に基づいていたとしても,第二発明の特許請求の範囲には本件発明のフロア構造は記されていないのであり,他に昭和51年7月ころに既に本件発明がなされていたことを証明する証拠も提出しなければ,判旨で述べられているように,本件発明が完成したのは,新潟丸大百貨店の駐車場の実施設計図が完成した昭和52年6月ころと判断せざるを得ない。 本件判旨は,本件発明完成時期の判断を前記最判の判旨に依拠しているが,これは特許法29条1項に関するものであって,特許法79条の先使用実施も考えて,他との対比も考慮されているものと考えられる。35条1項に関しては他との対比は必要でないとするならば,必ずしも実施設計図が作成されていなくても,技術思想に基づく図面の作成で足りるかもしれない。だとすれば,本件発明の完成時期は,本件発明と同一の技術思想に基づく“図面”の作成された,昭和52年5月ころということになる。 さらに,本件発明のフロア構造の発明時期が第二発明設計図完成の昭和5l年7月ころでないことは,第一発明,第二発明の特許請求の範囲と,提出された証拠からでも,認定できたのではないかとも考えられる。 2.従業者の職務について 特許法35条1項は「・・・・・・,かつ,その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明について特許を受けたとき,・・・・・・」と定めている。ここにいう職務というのは,会社における職責上,当然自明のものとして,その職務上の地位が新技術の開発を無視して成立し得ないような場合であって,これは明示でなくても,黙示であってもかまわないと解されている(染野義信他・発明「特許法セミナー(1)」,昭44.2,有斐閣447頁」。この点につき判例は旧法(大正10年法律第96号)時代から,研究開発の現場の実情について,特に命令ないし指示がある場合だけが任務に属するとの見解は狭きに失する旨を判示しており(最小判昭43.12.13民集22−13−2972,別ジュリNo.86特許判例百選<第2版>33頁),現行法の下においても,大阪地判昭和47年3月31日(昭42(ワ)6537号,判時678号71頁<耐圧ホース事件>)において「原告は会社の代表者として,経営方針の決定,新製品の開発,生産方法の改良等,会社の業務全般を執行する権限と職責を有していたものであるから,右発明をするに至った行為は,被告会社における同原告の職務に属するものといわなければならない」旨説示している(前掲別ジュリ,同頁)。 この点を本件についてみるに,Aは昭和49年4月1日Xに再入社し,昭和51年1月15日に本社営業第一部長として駐車場業務を担当し,昭和52年2月からはX工事課がAのもとに編入され,工事関係も統括するようになったのであるから,駐車場設備の研究開発も,AのXにおける職務ということができる。また,判旨にも示されているように,新潟丸大百貨店の駐車場の設計業務の受注契約は,Yが請け負い,それをXに下請けに出したという事情にあったとはいえ,Y社は,昭和51年4月1日に,X社が設計と施工を分離するため,全額出資して設立した会社であって,Aの給与はXから支払われていたという事情に徴すれば,Aが本件発明をするに至った行為が,Xにおける職務に属することは明らかであり,この点に関する判旨は至当である。 3.参加人の請求について 判旨は「Aが本件発明を完成したのは,Aに在職中であった昭和52年6月ころのことであるところ,特許法35条1項の“現在又は過去の職務”とは同一企業内での現在又は過去の職務と解すべきであり,・・・・・・」と判示している。この点については,「過去の職務とは,同一企業内での過去の職務と解すべきであり,退職後になした発明が在職中の職務に属するとしても,それは職務発明には該当しない」というのが通説であるといえよう(中山・注解特許法上巻243頁)。ただ,ここで考えなければならないことは,発明が完成しないうちに,そのとき所属している会社を退職し,その後に発明が完成したという場合に,退職前に所属していた会社に35条1項に基づく通常実施権が生ずるかの点である。該発明の技術的に主要な部分が在職中に出来ていたことが明らかであったり,金のかかるところだけ在職中にやり,残りの部分を退職後にやって完成したというような場合には,退職前に在職していた会社に通常実施権があると考えてよいのではなかろうか。重要な点は,該発明の7〜8割までが在職中に出来ていたということの挙証である。アメリカの研究者に常に要求される研究日誌は,先発明主義であるから要であるというだけでなく,先出願主義の我が国でも,職務発明の法定通常実施権発生の挙証にとっても,大切なことであるといえるのかもしれない。 発明が完成する前に退職するのではなく,他社へ移り,そこで該発明を完成したという場合も同じに考えてよいかの問題が生ずる。本件にあっては,Aが発明を完成した時期がZからXに戻った(再雇用された)後であり,Zに所属している間に,すなわち,昭和49年3月31日までに,本件発明が完成していたことはもちろん,どこまで出来ていたかも明らかにされていないのであるから,Zに特許法35条1項に基づく法定通常実施権が生ずる根拠はないといわなければならない。ただ,控訴審で無効とされた原審におけるZとY及びAとの間の和解条項一.では「Yら及びZは,本件特許発明(登録・昭和.58年5月26日,特許第1148663号)は,AがZに在職中,その職務に起因して完成したものであることを相互に確認」しているので,ZとY両社にまたがっての職務発明であると考えることもできるので,特許法35条の趣旨からいって,両会社の共同権利というふうに考えてよい場合(吉藤・前掲「発明」430頁)に相当するかもしれない。このことは,上記和解条項二.1.で,Y社がZ社に本件特許発明(その利用発明を含む)の実施を許諾していることからも窺える点ではある。例えば,甲社の従員であるaとZの従業員であるbとが共同で1つの発明をした場合,甲社においてもZ社においても該発明が職務発明に当たり,両社に特別な職務発明に関する規定がなく,かつ,aとbが特許権を取得した場合には,甲社,乙社両方に特許法35条1項に基づく法定通常実施権が生ずることになる。本件におけるごとく,一人の人間が2社にまたがって一発明を完成したという場合にも,時間的“ずれ”を克服して考えれば,両社に通常実施権を認める根拠を見いだせることになるのではなかろうか。 4.本件に関する若干の考察 名古屋高裁は,「本件のような三当事者間の法律関係を合一に確定させることを目的とする訴訟において,そのうちの二当事者のみの間において当該訴訟物につき裁判上の和解(その内容が残りの当事者に不利益か否かを問わない)をすること及び参加人が参加の相手方の一方のみに対して参加の申立てを取り下げることは,三当事者間の紛争を一つの判決により合一に確定すべき独立当事者参加訴訟の構造を無に帰せしめるものとして許されないものと解するのが相当である。 そうすると,被控訴人を除外してなされた参加人を除外してなされた参加人と控訴人及びAとの間の本件和解並びに参加人の被控訴人のみに対する参加申立ての取下げはいずれも無効であり,・・・・・・」として,原判決を取り消し,名古屋地裁に差し戻した。 民訴法47条1項の独立当事者参加の訴訟構造に関する学説は,大別すれば,伝統的な二当事者対立主義の枠内でこの訴訟の構造を把握しようとするものと,三者がそれぞれ対立・牽制し合う三つ巴の紛争の実態をそのまま訴訟の構造に反映させて,二当事者対立構造の例外形態として把握するものとに分かれる。二当事者対立構造を維持する立場はさらに,共同訴訟説,主参加併合訴訟説,三個訴訟併合説に分かれている(高島義郎「独立当事者参加の構造」ジュリ増刊・民訴法の争点130頁)。本件の原審は,三個訴訟併合説をとって,民訴法40条1項に依拠して,ZとY及びA間の和解及びZとXとの間の訴えの取下げをいずれも有効としたものと考えられる。これに対して高裁は,通説・判例である三面訴訟説に基づき,合一確定としなければならない旨判示した。この点は昭和42年9月27日の最高裁大法廷判決で確立された判例法理である(榊原豊「独立当事者参加訴訟の構造」別ジュリNo.76民訴法判例百選第2版88頁)。そして以後はすべて本判決の立場に立って処理されている(佐野裕志「独立当事者参加の構造」別ジュリNo.115民訴法判例百選II.372頁)。この最高裁大法廷によって三面訴訟説が確立される以前からも,当事者参加の判決については合一確定としなければならないことは判示されているところではあった(例えば大審院昭和5年12月22日民一部判決民集9−12−1189,評釈:兼子一「判例民事訴訟法」408頁)。原審名古屋地裁が,あえて大法廷判決で確立された判例法理を覆して,一部和解や一部訴えの取下げを認めたのか,その理由が明らかでない。さらに,原審では和解条項を認めて,Zにも通常実施権が生じたと同様の結果になっていたにもかかわらず,本件判決ではZの通常実施権を認めず,その理由を一つ発明完成の時期にかからしめている点も,さらなる検討も要するのではなかろうか。 |