発明 Vol.94 1997-10
判例評釈
防護標章登録の要件としての
「登録商標の周知著名性」及び
「混同のおそれがある商品」等
(東京高裁平成8年1月30日第6民事部判決,平成7年(行ケ)第88号審決取消請求事件,審決取消)
後藤 晴男
<事実の概要>

 原告Xは,昭和63年5月12日,「SCOTCH」の欧文字からなる商標につき「第19類台所用品(電気機械器具,手動利器及び手動工具に属するものを除く。),日用品(他の類に属するものを除く。)」を指定商品とし,登録第625046号商標及び登録第683925号商標の連合商標として商標登録出願をし,昭和63年商標登録願第52769号として受理されたところ,審査官から平成元年6月12日付けで『この商標登録出願に係る商標は,「スコットランドの」を意味する「SCOTCH」の文字を書してなるものであるから,これをその指定商品に使用しても,スコットランド製の商品を認識させるにすぎないものであって,商品の産地,販売地を表示するものである。したがって,この商標登録出願に係る商標は,商標法第3条第1項第3号に該当する。』旨の拒絶理由通知を受けたので,同年10月20日,商標法65条1項の規定により,登録第428056号商標(本件登録商標)の防護標章登録出願に変更し,平成元年防護標章登録願第119801号として受理された。
 これに対し,審査官は,『本願標章は,他人がこれをその指定商品に使用しても,商品の出所の混同を生じさせるおそれがある程に出願人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものとは認め難い。』旨の理由により拒絶査定をしたので,原告Xは,審判を請求したところ,審判官は『本件登録商標は原告Xがその商品「ビデオテープ,粘着テープ」に使用している商標とはその態様を異にするものであるから本件登録商標を周知著名なものということはできないところであり,かつ,その使用商品と本願防護標章の指定商品とは,生産者,販売店舗,用途等を著しく異にするものてある』ことなどを理由として審判の請求を棄却した。
 そこで,原告Xは,使用商標(「Scotch」)の使用によって本件登録商標は周知著名なものとなっており,ビデオテープ,オーディオテープはコンビニエンスストア等で本願防護標章の指定商品である日用品,台所用品と並べて販売されており,本件登録商標の指定商品と本願防護標章の指定商品とは販売店舗を著しく異にするとはいえないことなどを主張して東京高等裁判所にその審決の取消しを求める訴えを提訴した。


<判旨>
審決取消し
 『原告Xは,現在においては,粘着テープ,反射シート,ビデオテープ,オーディオテープ,フッ素系繊維保護剤,粘着剤付き用紙等,多数(6万種)の商品を製造,販売していること,わが国においては,昭和28年7月8日に,原告により本件登録商標「SCOTCH」が旧69類「電磁音響再生機用音響記録用テープ,その他本類に属する商品」を指定商品として設定登録され,以来,訴外住友スリーエム株式会社(原告の資本比率50パーセント)に対し本件登録商標の使用を許諾し,同社を通じて,「Scotch」の商標を付したオーディオテープ,ビデオテープ等の販売を全国規模で行っているものであること,そのことに伴い,「Scotch」及びそれを大文字で表記した本件登録商標「SCOTCH」は,本件登録商標に係る指定商品の分野においては,取引者,需要者に原告Xの業務に係る商品であると広く認識され,全国的に相当程度著名な商標になっていることが認められる。』

 『「SCOTCH」と「Scotch」とは,その欧文字による綴り字の最初がともに大文字の「S」であり,その余の綴り字も大文字と小文字の違いのみであること,そのため,そのいずれも「スコッチ」という同一の称呼を生ずるものであり,また,一般に,欧文字による商標については,綴り字の最初の文字が大文字か小文字かは注目を引くものの,その余の綴り字については,通常,それが大文字か小文字かはさして注意を引くものではないというべきであること,なお,その書体も,両者とも通常のゴシック体を用いたものであり,その点においても大文字と小文字以外の違いがないこと等を考慮するならば,本件登録商標である「SCOTCH」と商標「Scotch」とは,これに接する取引者,需要者において必ずしも容易に区別しうるものではないというべきであり,したがって,商標法64条の規定する防護標章の登録要件としての「登録商標が自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」こと,すなわち登録商標の周知性を検討する場合,審決及び被告の主張のように,両者を別異の商標であるとみなすことは誤りというべきである。
 本件における登録商標の周知性の面からみるならば,「SCOTCH」と「Scotch」とは,同一性を有するものとして取り扱うべきであり,本件登録商標に係る指定商品(オーディオテープ,ビデオテープ)に「Scotch」の商標が付され,それが周知,著名になることにより,合わせて,本件登録商標である「SCOTCH」も著名性を有するに至ったものと認めるのが相当である。』

 『「原告Xは,・・・・・・わが国においても,訴外住友スリーエム株式会社を通じて,多数(約3万5000種)の工業用品,化学製品等を販売するとともに,「Scotch」の商標の下に,オーディオテープ,ビデオテープのほか,各種の粘着テープ,粘着テープ用ディスペンサー等を販売していること,更に,「Scotch−Brite」の商標により,「キッチン用品」「バス用品」であるナイロンたわし等も販売するとともに,「Scotchgarde」の商標により,繊維保護剤,革靴用防水スプレー等も販売していることが認められるところである。
 そうすると,原告Xは,わが国において,「Scotch」ないしは「Scotch」を組み合わせた商標により,現に台所用品,日用品等をも販売しているものというべきであり,そうであれば,そのことは,台所用品,日用品の取引者,需要者に対しても,商標「Scotch」及びそれと同一性を有する本件登録商標「SCOTCH」それ自体の周知性を高めるとともに,上記の取引者,需要者に対し,そこにおける商標「Scotch」ないし「Scotch」を組み合わせた商標の付された商品が,本件登録商標に係る指定商品と同一の出所によるものであるとの認識を広げることになるものと考えられる。このことに加え,審決時(平成6年10月12日)においては,原告Xの製品を含むオーディオテープ,ビデオテープが,いわゆるコンビニエンスストア等において,台所用品,日用品とともに販売されることも珍しくないことがうかがえること等をも考慮するならば,他人が,本願防護標章の指定商品である上記台所用品,日用品について本件登録商標を付して販売した場合には,原告Xの業務に係る台所用品,日用品との出所の混同を通じるなどして,本件登録商標の指定商品との関係においても,出所の混同を生じるおそれがありうるものといわざるをえない。』

<評釈>

1.本件判決のポイント
 本件判決は,(1)実際に使用されている商標が周知著名なものであることによって,それと同一性のある登録商標の著名性の取得を認定するとともに,(2)原告Xの多角経営及び本件登録商標の指定商品と本願防護標章の指定商品の販売店舗の共通性等を理由として後者が混同を生ずるおそれがある商品に該当するものであると認定し,本件登録商標と実際の使用商標とはその態様が異なり,本件登録商標は周知著名なものということはできず,かつ,使用商品と本願防護標章の指定商品とは生産者,販売店舗,用途等を著しく異にするものであるから,本願防護標章は商標法64条の要件を具備しないとした審決を取り消したものである。

2.防護標章の登録要件
 防護標章制度は,周知著名な登録商標を保護することを目的とし,非類似商品の範囲について他人がその商標を使用できない商品を予め確定して登録し,禁止権を確保することにより,周知著名な登録商標の侵害の防止及び救済をより迅速,簡易かつ確実に行わしめようとして設けられたものであるが,本願防護標章に適用がある商標法64条(平成3年法律第65号による改正前の規定)は,防護標章登録の要件を次のように規定していた。すなわち,(1)その登録を受けることができる者は商標権者であること,専用使用権者又は通常商標権者が登録商標を周知著名化した場合でも,その商標権者だけがその登録を受けることができる。(2)防護標章はその登録商標と同一の標章でなければならない。工業所有権制度審議会答申では登録商標と類似の標章についても認めるべきとしていたが,立案者は防護標章制度は初めてのものであり,あまり拡大することは避けるべきであるとして,立法過程で同一の標章に限定した。(3)その登録商標が商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されており,かつ,その登録商標の指定商品及びこれに類似する商品以外の商品について他人がその登録商標の使用をした場合にその商品と商標権者の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるものであること,つまり,その登録商標が周知著名なものであることを要する。(4)防護標章はその商標権者の業務に係る指定商品と混同を生ずるおそれがある商品を指定商品とするものでなければならない。

(1)登録を受けることができる者
 防護標章登録を受けることができる者は,商標権者に限られる。専用使用権者又は通常使用権者の努力によって登録商標が周知著名となった場合でも,専用使用権者や通常使用権者にはその登録を受ける資格がない。そして,商標法64条にいう「自己の業務に係る」とは,商標権者の業務に係ることを意味する。専用使用権者や通常使用権者の業務に係る商品は,商標権者の業務に係る商品でもある関係にあることが必要となる。もっとも,学説には「周知著名性は,商標権者の商品をあらわすものであろうと,専用使用権者又は通常使用権者の商品をあらわすものであろうとを問わず,正常な権利者の商標として著名であれば登録を受けられると解すべきであろう」とするものもあるが,左袒できない。この点,本件判決によれば,『「Scotch」及びそれを大文字て表記した本件登録商標「SCOTCH」は,本件登録商標に係る指定商品の分野においては,取引者,需要者に原告Xの業務に係る商品であると広く認識され』ていることが認められるとしているが,訴外住友スリーエム株式会社の本件登録商標の使用はその商標権についての許諾に基づくものであり,さらにはその資本比率等をも考慮すれば,本願防護標章登録の出願ができる者を本件登録商標の商標権者である原告Xとすることには問題はない。

(2)本件登録商標と本願防護標章との同一
 防護標章登録を受けることができる標章は,その基本とする登録商標と同一でなければならない(平成元年7月27日東京高裁判決,平成元年(行ケ)第77号,判例時報1326号・145頁)ところ,本願防護標章は本件登録商標と同一であり,問題はない。ただ,このことと当該基本登録商標が周知著名なものであることを認定する資料としての現実の使用商標との関係は区別すべきである。この点本件では,審決は『本件登録商標は,本願防護標章と同一の構成よりなり』と認定しており,また,本件訴訟で原告も『本件は,あくまでも本件登録商標と全く同一の構成による標章「SCOTCH」について防護標章の登録出願をしているものであり,使用商標について防護標章の登録出願をしているものではない』と述べ,両者は明確に区別されていることは看過できない。

(3)本件登録商標の周知著名性
(i)登録商標の周知著名性
 商標法64条にいう「需要者の間に広く認識されている」ことの意味につき,いわゆる周知商標のことであるとするもの〔商標法4条1項10号,32条等,もっとも学説,判例にはこの両者についても区別すべきものとしているものがある。)と,それより程度の強い,著名商標すなわち全国的に一般需要者に認識されているものを意味するとの見解がある(商標審査基準第11.1.2.等)〕。防護標章登録制度が特別に強い指標力を持つ商標についての例外的な保護制度であること,同条では「類似する商品以外の商品に ついて他人が登録商標の使用をすることにより・・・・・・混同を生ずるおそれがある」ことをも要件としていること,また旧英国商標法が採用していた制度と異なり「造語商標」であることを要件としていないことなどから,後者の見解に賛成したい。本件判決は『原告Xは,粘着テープ,反射シート,ビデオテープ,オーディオテープ,フッ素系繊維保護剤,粘着剤付き用紙等,多数(6万種)の商品を製造,販売していること,わが国においては,昭和28年7月8日に,原告Xにより本件登録商標「SCOTCH」が旧69類「電磁音響再生機用音響記録用テープ,その他本類に属する商品」を指定商品として設定登録され,以来,訴外住友スリーエム株式会社を通じて,「Scotch」の商標を付したオーディオテープ,ビデオテープ等の販売を全国規模で行っているものであること,そして,そのことに伴い,「Scotch」及びそれを大文字で表記した本件登録商標「SCOTCH」は,本件登録商標の指定商品の分野においては,取引者,需要者に原告Xの業務に係る商品であると広く認識され,全国的に相当程度著名な商標になっていることが認められる。』と認定しているので,後者の範疇に属するものとみることができよう。
(ii)使用商標の周知著名性による本件登録商標の周知著名性の認定
 商標の宣伝広告において,新聞,雑誌等に掲載した標章が登録商標と観念的に一体性をなす登録商標の要部を有するものである場合に,各地の商工会議所の証明書の記載に証人の各証言を参酌して登録商標の周知著名性を認定した先例(昭和45年1月22日東京高裁第6民事部判決・昭和43年審判第63号,無体第2巻1号1頁)はあるものの,本件判決は使用商標と登録商標の同一性を肯定して使用商標の周知著名性によって登録商標の周知著名性を認定したものであることに特色がある。 (a)登録商標と使用商標が必ずしも一致するものでないことは,日常よくみられるところである。登録商標の範囲は,出願人が提出した「商標登録を受けようとする商標を表示した書面(商標見本)」に基づいて定めるものとされているが(商標法27条1項),実際に使用されている商標は,商標見本どおりのものは少なく,文字の書体,デザイン,色彩等が異なったり,あるいは他の文字図形等を付加したりしているものが多いところ,どこまでが登録商標の使用と認められるかが問題となる。昭和49年12月16日に工業所有権審議会が行った「商標制度の改正に関する答申」において,「現実の使用されている商標が登録商標の使用であると認識できるかどうかの判断については,自他商品の識別をその本質的機能としている商標の性格に照らして考えれば,単なる物理的同一にこだわらず,取引社会の通念に照らして登録商標の使用と認められるかどうかによるべきである。」と述べているところである。したがって,「Scotch」商標が取引の社会通念上,本件登録商標と同一のものと認識しうるか否かを検討すべきこととなる。この点,取引界においては,欧文字からなる商標につき活字体の文字を筆記体の文字又はその逆で使用したり,大文字からなる商標を小文字を用いて使用し,さらには最初の綴り字のみを大文字としその余の綴り字を小文字として使用すること又はその逆もよく行われているところである。例えば「ZYMA」と「Zyma」(昭和51年7月28日審決・昭和40年審判第5931号),「TARZAN」と「Tarzan」(昭和52年2月10日審決・昭和51年審判第1451号),「RODON」と「Rodon」(昭和54年2月19日審決・昭和51年審判第3257号),「HAT−TRICK」と「Hat−Trick」(昭和57年9月21日審決・昭和54年審判第3301号),「MORGANITE」と「Morganite」(昭和58年4月28日・昭和55年審判第9617号),「TRUCKER」と「Trucker」(昭和61年12月25日・昭和57年審判第10046号)等の不使用に基づく商標登録取消審判の審決にみられるごとくである。 「SCOTCH」と「Scotch」との関係はこれらの範疇に属する事例とみることができるので,本件判決の説示するように,両者を別異の商標とみるべきではない。いずれにしても,『本件登録商標の周知性の面からみるならば,「SCOTCH」と「Scotch」とは,同一性を有するものとして取り扱うべきである』との判断は妥当である。 (b)本件登録商標と同一性を有する商標が本件登録商標に係る指定商品の分野において取引者,需要者に原告Xの業務に係る商品であると広く認識され,全国的に相当程度著名な商標になっている以上,本件登録商標自体も同様にそのような著名性を有するに至っているものとみるのが自然であろう。したがって,本件判決が『本件登録商標に係る指定商品(オーディオテープ,ビデオテープ)に「Scotch」の商標が付され,それが周知,著名になることにより,合わせて,本件登録商標である「SCOTCH」も著名性を有するに至ったものと認めるのが相当である。』と判断したのは妥当である。ただ,本件判決は,証明書及び証言により登録商標の周知性を認定した三陽レインコート事件(前掲昭和45年1月22日東京高裁判決・昭和43年審判第63号,審決取消集昭和45年59頁)の場合と異なり,書証で周知著名性を認定しているようである。

(4)出所の混同を生ずるおそれがある商品
 他人が本件登録商標をその指定商品及びこれに類似する商品以外の商品に使用した場合に,その商品と商標権者の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあることが必要である。 (i)他人とは当該非類似商品について本件登録商標を使用する商標権者以外の者をいうものと解釈すべきである。他人とはその商品について防護標章登録があったならば適法にその商標の使用ができなくなる者をいうとの見解もあるが(特許庁編「新工業所有権法逐条解説」昭和34年発行657頁),それは登録防護標章が存在してもそれらの者の商標の使用が違法とならない者を意味するだけてあって,防護標章登録の要 件としての商品の混同とは関係ないことであり,賛成できない。本件判決で「他人が・・・・・・上記台所用品,日用品について本件登録商標を付して販売した場合には,・・・・・・出所の混同を生ずる・・・・・・」と述べるにとどまり,他人にとくに限定がなので前者によっているものと解される。
(ii)その商品と商標権者の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあること。
(a)昭和49年12月16日に工業所有権審議会が行った「商標制度の改正に関する答申」にもみられるように,商標法64条の「混同のおそれ」は同法4条1項15号の「混同のおそれ」と同様に広義の混同概念に従うべきである。すなわち,混同を生ずるおそれがある場合とは,その商標権者の業務に係る商品であると誤認し,その商品の需要者が商品の出所について混同するおそれがある場合のみならず,「その商標権者と経済的又は組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であると誤認し,その商品の需要者が商品の出所について混同するおそれがある場合をもいう。」ものと解釈すべきである。特許庁の商標審査基準も当初は「これらの商品が同一産業部門に属し,かつ,相当程度の関連があるものと一般に認識されること」とあったのを「商品の出所の混同につき原登録商標権者と密接な関連があるものと一般的に認識されること」に改めた経緯はあるものの,その後の進展がみられないところである。商標法4条1項15号の商標審査基準については前記答申に従い修正がされているところであるが,同法64条についても現状を見直し,前記答申に沿った修正がされるべきであると思う。この点に関しては,平成7年5月18日の工業所有権審議会商標問題検討小委員会報告書及び同年12月13日の工業所有権審議会答申にもあまり変化はみられない。特許庁の審決のなかにも広義の混同概念に従っているもの(昭和41年9月12日審決・昭和38年審判4147号,昭和43年10月19日審決・昭和38年審判2935号,昭和54年9月11日審決・昭和48年審判2209号, 昭和55年11月25日審決・昭和51年審判3593号等)とフェザー事件(昭和53年8月18日審決・昭和49年審判1885号)やマルウロコ事件(昭和43年7月23日審決・昭和40年審判546号)のように混同を厳格に解釈しているものもある。本件判決は,上記のような事情にも配慮したのであろうか,『原告Xの製品を含むオーディオテープ,ビデオテープが,いわゆるコンビニエンスストア等において,台所用品,日用品とともに販売されることも珍しくないことが窺えること等をも考慮するならば,他人が,本願防護標章の指定商品である上記台所用品,日用品について本件登録商標を付して販売した場合には,原告Xの業務に係る台所用品,日用品との出所の混同を通じるなどして,本件登録商標の指定商品との関係においても,出所の混同を生じるおそれがありうるものといわざるをえない。』と,やや迂遠な表現をとっているものの,必ずしも広義の混同概念に従っているものとはみられない。
(b)出所の混同を生ずるおそれがあるものとの判断は,登録商標の著名度,造語商標か特異態様の商標か,商標権者の生産・販売の企業形態,商標権者が特定商品の専門企業か多角経営企業として需要者に認識されているか,非類似商品の生産者,販売者,取扱い系統,材料,用途など種々の角度から検討し,取引の実情に照らし総合して商標権者又はその商標権と経済的もしくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であると需要者が誤認し,出所について混同するおそれがあるかどうかにより具体的に決定すべきである。しかるに,本件登録商標の指定商品は大正10年商標法に基づく商標法施行規則で定める商品類別第69類「電磁音響再生機用音響記録テープ,その他本類に属する商品」であり,当該テープは電気通信機械器具の付属品に属する商品と解されるところ,同第69類にはその他に強電機械,電気通信機,電気医療器,電気測定器,電池,電灯,絶縁電線,電線絶縁物及びその各部品等の商品が含まれてい るが,これらの商品と本願防護標章の指定商品である台所用品,日用品とは類似する商品ではないので,後者の指定商品が「混同を生ずるおそれがある商品」に該当するかを検討する必要がある。  三陽レインコート事件(前掲判決)では基本登録商標の指定商品「レインコート」とその防護標章の指定商品「雨ぐつ,かさ等」とは,同時に携行着用され,同様の用途に供用される場合が多いことを理由としている。また,加美乃素事件(昭和55年2月19日東京高裁第6民事部判決・昭和53年(行ケ)126号,無体集12巻1号37頁)では,まず登録商標の構成に着目し「登録商標の構成が独特のもので他人が用いた場合も商標権者が用いたと認識されやすいこと」を挙げ,次いで登録商標の指定商品である化粧品と防護標章の指定商品旧第20類「家具,畳類,建具,屋内装置品,屋外装置品」との関係についてはその家具の中には鏡台,手鏡など化粧品と共用関係にあるものが含まれていること,他の化粧品会社も多角経営化の途を辿っており,すでに第20類の商品について防護標章登録を得ているものもあること,企業の多角経営化が一般化していること等を挙げて,他人が登録商標を防護標章の指定商品に使用すれば,その商品が一般需要者,取引者により原告の業務に係る商品であると誤認されるおそれは多分にあると判断している。  本件では,原告Xは多角経営により多数の工業製品,化学製品等を製造,販売している企業ではあるものの,本件登録商標「SCOTCH」は,造語商標でも,特異な態様でも,一見してその特徴を印象づけるに足る商標でもなく,むしろ,「スコットランド産の」又は「スコットランドの」との意味を有し,商品の産地,販売地を表示する語として理解される可能性の高い文字からなる商標であり,しかも,「ビデオテープ,オーディオテープ」は,主として電気機器の製造者により製造され,電気製品を取り扱う店舗で 販売され,電気機器とともに使用されるのに対し,「台所用品,日用品」は,日用雑貨の製造者,販売者により製造,販売されており,台所や浴室等で日常一般に使用されるものであるから,一般的にはその生産者,販売店舗,用途等を著しく異にするものである。もっとも,コンビニエンスストア等においてオーディオテープ,ビデオテープが台所用品,日用品とともに販売されることが珍しくないという事実があるとしても,それ以外に,両者にどのような密接な関係があるかは明らかではないので,出所の混同を生ずるおそれがありうると判断するには,それにふさわしい十分な根拠が示されるべきであろう。  本件判決は『「Scotch」の商標の下に,オーディオテープ,ビデオテープのほか,各種の粘着テープ,粘着テープ用ディスペンサー等を販売していること,更に「Scotch−Brite」の商標により,「キッチン用品」「バス用品」であるナイロンたわし等も販売するとともに,「Scotchgarde」の商標により,繊維保護剤,革靴用防水スプレー等も販売していることが認められるところである。・・・・・・原告Xは,わが国において,「Scotch」ないしは「Scotch」を組み合わせた商標により,現に台所用品,日用品等をも販売しているものというべきであり,そのことは,台所用品,日用品の取引者,需要者に対しても,商標「Scotch」及びそれと同一性を有する本件登録商標「SCOTCH」それ自体の周知性を更に高めるとともに,上記の取引者,需要者に対し,そこにおける商標「Scotch」ないしは「Scotch」を組み合わせた商標の付された商品が,本件登録商標に係る指定商品と同一の出所によるものであるとの認識を広げることになるものと考えられる。』と説示している。しかし,もともと「SCOTCH」は,識別力の弱い語であり,「garde」との結合により初めて識別性を有するに至るものとみる余地もないではないであろう。また,「Brite」と結合したことにより識別性を有する に至るものとみることができないではない。「SCOTCH」を組み合わせた商標により「SCOTCH」それ自体の周知性を更に高めていると判断することにはにわかには賛成し難いといわざるをえない。「SCOTCH」が台所用品,日用品の需要者にその商品の産地ないし販売地を表示するにすぎないものと一般的に認識させるかどうかが問題であり,もしもそうだとすれば,需要者は粘着テープについての「SCOTCH」の商標を想起しないのであるから,その周知性を高めるということはできなくなるであろう。このことは,『原告Xは,米国において,多角経営により多数の商品を製造,販売しているものであるが,わが国においても,訴外住友スリーエム株式会社を通じて,多数(約3万5000種)の工業用品,化学製品等を販売』しているとの事情のみによっては変わるものではない。「SCOTCH」の文字に接する需要者が「スコットランド産の」ないし「スコットランドの」との意味を有する一般的な語句として認識するか否かが明らかにされるべきである。このためには,需要者の具体的な意識調査の結果等を示すことが望まれるであろう。 (c)登録商標の指定商品が2以上ある場合にはそのうちのいずれかの商品について混同を生ずるおそれがあれば足りるものとされている(前掲「解説」656頁,商標法66条1項ただし書)。同様に,特許庁の実務では防護標章の指定商品が2以上ある場合にも,そのうちの一部の商品についてだけ混同を生ずるおそれがある場合でもよいとされている。本件判決で『本願防護標章の指定商品である上記台所用品,日用品について本件登録商標を付して販売した場合』との記述における「上記台所用品,日用品」が当該指定商品のすべてを指称しているものとは解されないので,本件判決は立法趣旨及び特許庁の解釈・運用に沿ったものであるといえよう。前掲三陽レインコート事件や加美乃素事件についても同様である。

(5)防護標章制度の問題点
 最後に,本件判決との関係で防護標章制度の問題点の一つを指摘しておくこととしたい。防護標章制度は,今回の改正に当たっても母法ともいうべき英国商標法の改正で防護標章制度が廃止されるなど状況の変化,制度の国際的ハーモナイゼーション等諸種の問題を抱えながらも,水際政策上及び刑事制裁の関係等で存置することとなったものといわれている(前掲平成7年答申28頁)。しかし,立法論としては,廃止すべきものと思われる。登録商標の周知著名性の立証の面等で商標権者に有利な制度ではあるが,その弊害のおそれが大きいからである。  まず,使用による識別力を取得したとして登録された商標とその登録商標の防護標章との関係についてである。商標法3条2項の関係では,商標登録を受けることができる商標及び商品は現実に使用されている商標及び商品に限定されることについては特許庁の実務・高等裁判所の判例では異論をみないところであるが,防護標章登録の運用がゆるやかであるとその利用によりそれを潜脱することの途を開くことになりかねないからである。商標法64条は,登録商標が周知著名であること及び混同を生ずるおそれがあることを要件としているものの,識別性の要件を明示していないことによる混乱である。本件判決における「原告の業務に係る商品の出所を示す標章として広く認識されている」との認定では,本件登録商標の周知著名性のカバーできる範囲が問題となる。本件商標は,もともと,長年の使用によるのは粘着テープ等であって,本願防護標章の指定商品のすべてではないこと明らかである。商標法3条2項の場合は,現実に使用されている商品及び商標に限定されるのに,同法26条の規定はあるものの,防護標章登録はそのような制約を受けないというべきものであろうか。混同の要件は指定商品のいずれかについて混同のおそれがあることで足りるので,本件判決の結論には賛成できるとしてもこれを 一般化することにはなお慎重な検討が望まれる。  さらに,登録防護標章の指定商品が2以上ある場合にはそのうちの一個の商品について防護標章登録の要件を具備していれば足り,必ずしもその指定商品のすべてについてその混同のおそれがあることを要しないことはすでに述べた。当該商標権を分割して移転したときは,防護標章登録に基づく権利は消滅する(平成8年法律第68号による改正前の商標法66条1項ただし書)としているのはこのことを前提としているので,問題は簡単ではない。本件の場合でも,指定商品に属する商品のうち具体的にどの商品について防護標章登録の要件を満たしているのかは必ずしも明らかではない。すなわち,本件判決では,形式的には本願防護標章の指定商品である「原告Xの業務に係る台所用品,日用品との出所の混同」があるものとしている。しかし,実際上,日用品や台所用品にはいろいろな商品が含まれている。台所用品には,なべ類,湯沸かし類,調理用具,食器類,過熱器,氷冷蔵庫,流し台,調理台等が含まれ,また,日用品には清掃又は洗たく用具,裁縫用具,浴そう,浴そうがまなどの浴そう類,その他の日用品を含み多岐にわたる。これらの商品すべてが「混同を生ずるおそれがある商品」であるかはきわめて疑わしい。本件訴訟における「陳述書」と称する甲11号証によれば「世上ディスカウントショップといわれる店舗で扱われているものはオーディオ用の生テープ,ビデオ録画用の生テープと割箸,ようじ,ストロー,たわし,ごみ収集用袋等」と記載されているだけであり,本願防護標章の指定商品のすべてをカバーしているものではない。もっとも,商標法68条3項で同法26条の規定を準用しているので,効力が及ばない場合として第三者の救済が図れることとなっているものの,実際の商標権侵害訴訟事件ではその効力の及ばないことを立証しなければならないので,第三者の負担は軽視できない。  この結果,商標権者の業務に係る商品と混同 を生ずるおそれがない商品を含む指定商品について防護標章登録がされる場合があり,そのようなものについては商標権者の過保護に通ずることになるとの非難の謗りを免れないであろう。すなわち,そのような商品を指定商品とする防護標章登録がされている場合には,形式的には第三者によるその指定商品のいずれの商品についての使用も商標権又は専用使用権の侵害とみなされるので(商標法67条),第三者は自己が使用する商標については商標法68条3項で準用する同法26条の規定等により当該商標権の効力が及ばないことを立証しなければならないこととなるからである。また,このように,どこまでが混同を生ずるかが明らかでないものについての登録防護標章に基づき刑事罰を(商標法78条)も科することともなりうること自体に問題が潜んでいるとみることができよう。このように曖昧な指定商品の範囲について禁止権の発生を許容している現行防護標章制度は見直すべきである。一出願多区分制の採用により防護標章登録出願の指定商品の範囲が当然に拡大するとすれば,問題は一層深刻とならざるをえない。  EC理事会指令(商標に関する構成国の法令を接近させるための1988年12月21日の第1回理事会指令(89/104/EEC)5条2やTRIPs(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)協定16条3の規定にもみられるように,登録商標の効力については商標法で規定すべきであり,不正競争防止法よりも,商標法中に混同を生ずる範囲についての商標権の擬制侵害の規定を設けることにより対処すべきである。防護標章制度の下見でも,著名性のある登録商標があり,非類似商品の混同を生ずる範囲についての第三者の行為があっても,現実に防護標章登録がされていない限り,商標権の侵害行為とはならないのであるから,この面でも防護標章登録手続に長時間を要する場合には一層厄介である。今後の検討に待つところである。


(ごとう はるお:日本大学法学部教授)