発明 Vol.94 1997-2
判例評釈
図形と文字との結合商標の類否判断
〔東京高裁平成7年3月29日判決,平成6年(行ケ)150号審決取消請求事件,認容(確定),判例時報1565号131頁〕
盛岡 一夫
<事実の概要>

 原告Xは,図形部分と文字部分を組み合わせた構成からなる商標,すなわち,その図形は,Gの飾り文字を配した白色の箱の台の上に黒猫が尾を立てて横向きに座し,頭部を全面に向けているものであり,文字は,「Gibelty」の欧文字および「ギベルティー」の片仮名文字を上下2段に並べて横書きしたもの(以下,「本願商標」という。)につき,指定商品を第17類「被服,その他本類に属する商品」として商標登録出願をした。
 しかし,拒絶査定を受けたので,これに対し不服の審判を請求した。特許庁は,「GIBALTI」の欧文字と「ギバルティ」の片仮名文字を上下2段に並べて横書きした構成からなる登録商標(指定商品第17類「被服<運動用特殊被服を除く>布製身回品<他の類に属するものを除く>寝具類<寝台を除く>」以下「引用商標」という。)を引用して,本願商標と引用商標とは,称呼において類似する商標であり,その指定商品も同一または類似の商品と認められるから,本願商標は商標法4条1項11号に該当すると判断した。その理由として,本願商標は,「図形部分と文字部分よりなるものであるが,その構成中の文字部分は,その図形部分とは外観上分離しているばかりでなく,その文字部分が該図形部分の愛称として親しまれているという如き両部分が概念上不可分一体の関係にあるものとすべき事由も見い出し得ないものである。そうとすれば,該文字部分は,図形部分より分離独立しても看者の注意を引きつける部分であるということができるから,該文字部分をもって取引に資されることも決して少なくないというべきであ」るとしている。
 そこで,Xは,本願商標は,婦人服に図形部分と文字部分が切り離されることなく合体した一つのマークとして使用されているので,図形部分を除いた文字部分のみの比較によって,本願商標と引用商標が類似しているとした審決の判断は誤りであること,字体が異なること,欧文字の末尾の綴りが本願商標は,「ty」であるのに対し,引用商標は「TI」と区別されうるので外観上その区別ができること,および片仮名部分についても「ベ」と「バ」であり語感が大きく異なっているので称呼においても異なっていると主張して,東京高等裁判所にその審決の取消しを求めた。


<判旨>
 「商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきである〔最高裁昭和39年(行ツ)第110号昭和43年2月27日判決〕。
 また,今日のように情報媒体が多様化し,情報量が飛躍的に増大した社会において,世人は多量の情報を識別認識することに慣れ,個々の情報間の差異に敏感に反応する習性が培われていることは,当裁判所に顕著な事実であり,特に,限られた時間内に自己商品の特徴を取引者・需要者に訴え,顧客の購買力を喚起しなければならない広告媒体・商品表示等においては,従来から,一見して認識可能な図形の持つ情報伝達力が文字の持つ情報伝達力と比肩するに足りる大きさを有するに至っている分野が多くなっているということができることも,経験則上明らかな事実である。
 このことからすると,商標の類否の判断において,商標の外観,観念,称呼の各要素は,あくまでも,総合的全体的な考案の一要素にすぎず,また,図形と文字の結合商標にあっては,文字部分のみをいたずらに重視して図形部分の持つ情報伝達力を軽んずることは,特段の理由のない限り許されず,当該商標における図形部分と文字部分の相互関係を慎重に検討しなければならないというべきである。」
 「図形部分と文字部分との結合商標の場合に,両部分が外観上概念上不可分一体の関係にあるものと認めるべき事由がある場合のみにこれを一体のものとし,これに当てはまらない場合は別個のものとして,文字部分に依拠して商標の要部をとらえるとの考察方法は,前示のとおり,世人が個々の情報間の差異に敏感に反応する習性を有し,また,図形の持つ情報伝達力が文字の持つ情報伝達力と比肩するに足りる大きさを有するに至っている現時の社会情勢からすれば,結合商標の商品識別力を正当に評価する方法としては,安易にすぎるものといわなければならない。」
 「両商標は全体として,その外観が相違し,観念においても差異があることは明らかである。
 のみならず,本願商標から『ギベルティ』の称呼が生ずるとしても,それは,常にその特徴のある黒猫の図形とともに想起されるものであるうえ,引用商標から生ずる『ギバルティ』の称呼とは第二音において差異があり,前示今日の情報社会における世人の習性と,一般に,外国語あるいは外国語を思わせる称呼の場合,発音の違いに比較的強い注意を向け,その差異を聴き分けようとする傾向があるとの経験則上認められる事実によれば,両者の称呼が相当に近似しているとしても,その称呼の近似性は,上記外観,観念の相違にかかわらず,総合的全体的に考察して両商標を類似するものとしなければならない程度にまで達していると認めることはできないというべきである。」

<評釈>
 1 本願商標と引用商標との類否判断について,審決は,本願商標の文字部分はその図形部分と外観上分離しているばかりでなく,その文字部分がその図形部分の愛称として親しまれているというように両部分が概念上不可分一体の関係にあるものとすべき事由も見いだしえないとし,文字部分は図形部分より分離独立しても看者の注意を引きつける部分であり,この称呼が引用商標の称呼に類似することのみを理由に両商標は類似するとした。
 これに対し,本判決は,商標の類否は,同一または類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであるとする最高裁昭和43年2月27曰の判決(民集22巻2号399頁)を引用し,また,今日のように情報媒体が多様化し,情報量が飛躍的に増大した社会において,世人は個々の情報間の差異に敏感に反応する習性が培われており,特に限られた時間内に自己商品の特徴を取引者・需要者に訴え,顧客の購買力を喚起しなければならない広告媒体・商品表示等においては,一見して認識可能な図形の持つ情報伝達力が重視され,図形の持つ情報伝達力が文字の持つ情報伝達力と比肩するに足りる大きさを有するに至っている分野が多くなっているとしている。さらに,図形と文字との結合商標の場合に,両部分が外観上概念上不可分一体の関係にあるものと認めるべき事由がある場合のみにこれを一体化のものとし,これに当てはまらない場合は別個のものとして,文字部分に依拠して商標の要部をとらえるとの考察方法は,前示の社会情勢からすれば,結合商標の商品識別力を正当に評価する方法としては,安易にすぎると述べている。本件の場合,図形部分と文字部分は指定商品である被服等に分離されずに一体として用いられており,本願商標と引用商標との称呼が相当に近似しているとしても,総合的全体的に考察すれば類似していないから,前示図形部分の持つ情報伝達力を十分留意せず,図形部分と文字部分を切り離し,単に本願商標の文字部分の称呼が引用商標の称呼と類似することのみを理由に両商標が類似するとした審決は違法であるとして取り消した。
 本判決は,図形と文字との結合商標の類否判断について,新しい判断方法を述べたものといえる。そこで,まず初めに,図形と文字との結合商標の類否を判断するに当たっては,どのように観察するのがよいのであろうか,という点について,次に,外観,称呼,観念のうち一つが類似している場合に,類似商標であると判断してよいのであろうかという点について検討する。

 2 商標の類否判定について,最判昭和38年12月5日(民集17巻12号1621頁)は,商標はその構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから,みだりに商標構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは許されないが,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は,常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼,観念されず,しばしば,その一部だけによって簡略に称呼,観念され,1個の商標から2個以上の称呼,観念の生ずることがあるのは,経験則の教えるところであるとし,この場合,1つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一または類似であるとはいえないとしても,他の称呼,観念が他人の商標のそれと類似するときは,両商標はなお類似するものと解するのが相当であると述べている。
 最近の判決においても,同様に解されている。東京高判平成6年10月25日(判例時報1523号145頁)は,文字と図形との結合商標と引用商標との類否判断に当たっては,当該結合商標の文字と図形が,構成上どのような結合態様となっているか,外観,称呼,観念において関連性を有しているか否か,識別力の点で一方が特に顕著性を有していないか否か等の点を考慮するとともに,当該結合商標が使用されている場合には,その使用されている商品の取引の実情,あるいは取引者や需要者に当該結合商標が著名,周知であるか否か等を考慮して,当該結合商標の文字と図形の両者が不可分一体をなして1個の外観,称呼,観念を形成するものとして認識される場合には,これに基づいて引用商標との対比をなし,対比される両商標が同一または類似の商品に使用された際,取引者,需要者において,商品の出所につき誤認,混同を生じるおそれがあるか否かによって決すべきものと解するのが相当であるとしている。
 侵害事件においても,大阪地判昭和59年1月31日(無体裁集16巻1号56頁)は,図形と文字とが外観,称呼,観念のいずれにおいても関連性を有せず,かつ,一方が他方を無視しうるほどの顕著性を備えていないときは,図形と文字を各別に観察し,それぞれの要部と対象商標の要部とを対比して類似性の有無を決すべきであると述べている。
 このように,図形と文字との結合商標と他の商標との類否の判断をするに当たっては,図形と文字の両者が不可分一体をなして1個の統一的な外観,称呼,観念を形成している場合には,これに基づいて他の商標との対比がなされるのであるが,それでは,どのような場合に図形と文字とが不可分一体の関係にあると判断しているのであろうか。
 東京高判平成6年3月31日(判例不正競業法3000の474頁)は,星の図形と「CONVERSE」の文字を組み合わせた本願商標と星の図形のみの引用商標との類否について,星の図形と「CONVERSE」の文字部分とは一貫して組み合わせた商標として使用されていたので,両者は不可分一体をなして表示するものと取引者・需要者に認識されているものと認められ,星の図形がそれ自体独立して自他商品の識別標識として機能するとは認められないという取引の実情を考慮することによって,判断している(審決が,星の図形が取引上独立して自他商品の識別標識として機能するものとし,本願商標につき「ホシ」の称呼,「星」の観念が生じるので,称呼,観念上類似すると判断したのは誤りであるとした)。
 前掲東京高判平成6年10月25日は,黒塗りでシルエット風に描かれた疾走する猫科の図形とその上に「Panther」の欧文字からなる本件商標と白い猫科の図形のみからなる引用商標との類否について,本件商標を構成する図形と文字は相接するように位置していて,文字全体が猫科動物の頭部から尻尾に至るまで沿うような状態で配されているうえ,同色をもって表されていること,両者は面積的な点で特に径庭のない大きさで表されていて,一方が特に顕著なものということができないこと,図形と文字が有する意味合いが共通していること等を考慮して,図形と文字とは不可分一体であるとしている。
 図形と文字とが不可分一体をなしていないとは,具体的にどのような場合をいうのであろうか。古代ギリシャの抱琴でリラという名称の図形と「寳塚」の文字を中央に記載し,その上に「リラタカラヅカ」,下に「LYRATAKARAZUKA」の文字を記載した本願商標と「寳塚」の文字からなる引用商標の類否について,前掲最判昭和38年12月5日は,図形が古代ギリシャの抱琴でリラという名称を有するものであることは,本願商標の指定商品である「せっけん」の需要者に広く知れわたっているわけではなく,また「寳塚」はそれ自体明確な意味をもち,しかも中央部に普通の活字で極めて読み取りやすく表示され,独立して看る者の注意をひくように構成されているので,リラの図形と「寳塚」の文字とはそれらを分離して観察することが取引上自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではないから,本願商標からリラ寳塚印の称呼,観念のほかに,単に寳塚なる称呼,観念も生ずることが少なくないと認めて,引用商標と称呼,観念において類似していると判断している。
 従来,判例は,図形と文字の結合商標の場合には,両部分が外観上概念上不可分一体の関係にある場合には,これを一体のものとし,不可分一体の関係にない場合には,各別に考察していた。これに対し,本判決は,従来に比べて,図形の持つ情報伝達力が文字の持つ情報伝達力と比肩するに足りる大きさを有するに至っている分野が多くなっているとし,図形と文字との結合商標の場合に,両部分が外観上概念上不可分一体の関係にあるものと認めるべき事由がある場合のみにこれを一体のものとし,これに当てはまらない場合は別個のものとして,文字部分に依拠して商標の要部をとらえるとの考察方法は,結合商標の商品識別力を正当に評価する方法としては,安易にすぎるものであると判示している。
 本判決は,図形と文字との結合商標の類否判断について,新たな見解を示したものといえよう。今後,特徴のある図形と文字による結合商標が多く出願されるようになるであろうし,また,図形が重要な識別機能を有するようになるであろうことを考えると,本判決は評価されうるものである。しかし,本研究会においては反対の見解もあった。

 3 商標の類否の判断に当たっては,外観,称呼,観念の三要素のうちのいずれか一つ以上の点で相紛らわしいときに,類似であると認めてよいのであろうか。最判昭和43年2月27日(民集22巻2号399頁)は,「商標の類否は,対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それは,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり,その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。」「商標の外観,観念または称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,従って,右三点のうちその一において類似するものでも,他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によって,なんら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標と解すべきではない」と判示している。商標審査基準も商標の類否の判断は,商標の有する外観,称呼および観念のそれぞれの判断要素を総合的に考察しなければならないとしている(38頁・121頁)。この点について,本判決も同じ見解であり妥当である。この理由として,東京高判平成8年4月17日(知的所有権判決速報252号5頁)は,出願商標の外観,観念または称呼のうちの一においてのみ類似することを理由に,直ちにこれを類似商標として登録を認めないとすることは,実際の取引の場において既存の登録商標と商品の出所の誤認混同をきたすおそれがない出願商標の登録までを認めない結果となり,既存の登録商標の保護をいたずらに重くするばかりでなく,商標制度全体の運営が実際の取引社会の需要に応じきれない事態を招くとの非難をまぬがれないことになると危惧されるからであるとしている。
 判例は,取引の実情を考慮して判断しているものが多いが,審決は,取引の実情を検討することなく類否を判断しているものが多いようである。細線の円輪郭の内に肉太の線で欧文字の「M」字状の図形を内接し,下部を裾広がりにしてなる本件商標と,細線の円輪郭の内に内接することなく,欧文字の「M」字状の図形を配し,その図形は下部を裾広がりにしてなる引用商標との類否判断につき,審決は,引用商標は「M」をモチーフにしたものであっても図案化されたものであって,特定の称呼,観念は生ぜず非類似であるとしたが,東京高判平成7年4月20日(判例時報1535号132頁)は,具体的取引状況に基づいて判断すると,引用商標は周知,著名であって,多くの取引者・需要者の間で「マルエム」と称呼されるに至っていたので,両商標は称呼を共通にする類似の商標であるとして審決を取り消している。また,図形と「MIKRON」からなる本願商標と「マイクロン」の引用商標との類否判断について,東京高判平成7年3月15日(パテント48巻8号90頁)は,本願商標は特定の分野に限定される取引者・需要者によって取引される商品であり,MIKRONグループの工作機械等を主力とする商品を表示する商標として「ミクロン」の称呼で認識されているとし,本願商標の使用状況を含めた取引の実情について何ら検討することなく,「MIKRON」の文字から英語風の「マイクロン」の称呼も生ずることのみを理由に直ちに両商標が類似するとした審決の判断は誤っているとしている。
 具体的取引の実情を考慮して商標の類否を判断している判決について,学説をみると,商標類否の判断は,商標自体を客観的に比較してなされるべきであって,実際の使用の態様を想定する必要はないのが原則であるとし,類似概念を不明確・不安定にしないためには,使用を予測して取引界における経験則に基づき,抽象的に両商標が互いに混同されるおそれがあるか否かで決すべきであるとの見解がある(豊崎光衛・工業所有権法〔新版〕368頁以下)。
 この見解に対し,判例は具体的な取引実情を考慮することができるとしているが,実際に考慮に入れてきた取引の実情は,すでに経験則となった商品の取引方法や経験則化していないにしても,商標の現存状況といった一般的・恒常的な取引実情,それに商標の周知著名性に限られているのであって,あらゆる種類の特殊的取引実情まで考慮に入れていないとの見解がある(渋谷達紀「登録商標権の保護範囲」豊崎先生追悼論文集384頁以下)。
 特許庁の審査において具体的な取引実情を考慮することは困難であり,審査に時間も要すると思われるが,可能なかぎり具体的取引状況および商標の周知・著名性も考慮して判断すべきである。
 本願商標が指定商品である被服等に用いられる場合に,図形と文字が一体として用いられることを通常とするものと認められること,特徴のある図形が強い印象を与えるものと認められることおよび本願商標から「黒猫の・・・・・・」との観念が生ずると認められるのであれば,本願商標と引用商標とは,称呼において近似しているとしても,外観,観念において相違することを理由に両商標は類似しないと認定している本判決は妥当であろう。ただし,本研究会では本判決に反対の見解もあった。

(もりおか かずお:東洋大学教授)