発明 Vol.93 1996-12
判例評釈
特許を無効とする審決の取消訴訟係属中に明細書
の訂正を認める審決が確定した場合において無効
審決の要旨認定の誤りが審決の結論に影響せず審
決を違法とすることはできないとされた事例
〔東京高裁平成7.8.3判決,平成3年(行ケ)第225号審決取消請求事件,判例時報1550号110頁〕
高林 龍
<事件の概要>

1 はじめに
 Xは,名称を「大径角形鋼管の製造方法」とする本件発明の特許権者である。Yは,昭和61.5.26,本件発明は,出願前公知の技術により容易に推考することができたとして,無効審判請求をしたところ,特許庁は,平成3.7.25,本件特許を無効とする旨の本件審決をした。そこでXが右審決の取消しを求めて提起したのが本件である。
 ところで,本件発明についてXは,本件審決がされた後である平成3.12.17,本件特許の明細書及び図面の訂正を内容とする審判を請求し,本訴係属中の平成5.10.28,右訂正を認める旨の本件訂正審決がされて確定した。
 本件の第一の争点は,訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて発明の要旨を認定した本件審決は,その後の本件訂正審決の確定によって発明の要旨認定を誤ったものとして取り消されることになるか否かであり,第二の争点は,仮に本件審決の発明の要旨認定に誤りがないとすると,本件発明の進歩性を否定した本件審決の結論の正否である。本稿は,主として第一の争点である法律論を検討し,第二の争点は必要な限りで簡単に検討するにとどめる。
2 訂正前発明の要旨
 従来の建築用大径角形鋼管は2枚の鋼板を合わせて溶接する方法で製造されており,1本の鋼管に2本の溶接線が生じていた。一方,一枚板を曲げ加工して単一の溶接線で接合することは小径角形鋼管についてしか行われず,大径角形鋼管をこの方法で製造することは不可能と考えられていた。本件訂正前発明は,角形鋼管を一枚板鋼板で製造することで,溶接量及びそれに付随する作業を半減させ,製造コストの大幅な低減を目的とするものであり,その発明の要旨は次の各構成要件に分説できる。
 (a) 大径角形鋼管を製造する方法であること。
 (b) (a)の方法において一枚板鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行うこと(一枚板鋼板を長さ方向に移送し,その過程で将来の接合面に当たる部分すなわち鋼板の長さ方向から見て両側部分を接合しやすい形状に加工することをいう。)。
 (c) (b)の後に,プレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を1カ所宛順次曲げ加工して開先間の隙間はそこから金型が抜き出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形すること(一枚板鋼板を角形鋼管に成形するため,その鋼管の四隅に該当する部分を順次折り曲げるが,その際に鋼管内部に存する成形用金型が加工終了後に容易に取り出せるように,開先部を完全に接しさせずに余裕をもたせておくことをいう。)。
 (d) ついで複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送して順次仮付け溶接し,次に開先部内外面を自動溶接によって溶接すること(角径鋼管に成形する際には角面の成形を複数段の成形ロールをもって行い,順次開先部を仮に溶接しておいた後に,右開先部内外面を自動溶接することをいう。)。
 (e) (d)の後に,歪取りロールを通過させることによって歪取りを行うこと(最後に全体の歪みを整形する工程を経ることをいう。)。
 (f) 以上の(a)ないし(e)の順に大径角形鋼管を製造すること。
3 本件審決の理由の要旨
 本件審決は,無効審判請求人が本件特許出願前に大径角鋼管一貫生産法を完成したことを報ずる新聞記事(引用例1)に示されている技術(引用技術1)と本件訂正前発明はほぼ技術的思想を共通にしており,右引用技術と本件訂正前の発明が相違する点についても他の引用例などから当業者が容易に想到することができるとしたものである。
 理由の要旨を簡単に説明する。まず,本件発明の目的自体が引用技術1と共通している。本件発明の構成要件(a)は引用例1に開示されている。構成要件(b)のような工程で開先加工を行うことは引用例1に開示されてはいないが,溶接部である開先部に事前に加工を施すことは周知技術にすぎない。構成要件(c)は引用例1に実質記載されているともいえるし,技術常識として当業者が適宜選択しうる設計事項にすぎない。構成要件(d)にある「複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送する」こと,開先部内外面を自動溶接する前工程で「順次仮溶接する」ことは,引用例1に開示されてはいないが,他の引用例に記載されている技術そのものであったり,周知慣用の技術手段にすぎず,これを発明の構成にすることに困難性はない。構成要件(e)の歪取り工程は他の引用例から容易に想到でき,被請求人もこの点の主張をしていない。構成要件(f)にいう各工程を経ることは引用例1のほか他の引用例にも開示があり,これを発明の構成として採択することに困難性はない。
4 本件訂正審決の内容
 本件訂正審決は,明細書の特許請求の範囲のうち,構成要件(b)の「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に(以下,「訂正《1》」という。),構成要件(d)の「ついで複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送して」を「ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合せ面を」に(以下,「訂正《2》」という。)訂正するとともに,発明の詳細な説明中の11カ所を訂正するものである。発明の詳細な説明の訂正内容の詳細は不明であるが,第一表での板厚が「9〜25mm」とあったのを「12〜25mm」と訂正する部分がある。
 本件訂正審決及び本判決によると,明細書の特許請求の範囲の記載の訂正のうち,構成要件(b)に関するものは特許請求の範囲の減縮に,構成要件(d)に関するものは特許請求の範囲の減縮ないし明瞭でない記載の釈明に相当し,発明の詳細な説明の記載の訂正はいずれも明瞭でない記載の釈明に相当するという。


<判旨>
 請求棄却(無効審決を維持)
一 「訂正審決が確定したときは,『その訂正後における明細書又は図面により特許出願,出願公告,出願公開,特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみな』される(128条)ところ,別紙本件審決書によれば,本件審決は,訂正前の特許請求の範囲に基づいて本件発明の要旨を認定したことが認められるから,本件審決には発明の要旨認定に誤りがあることは明らかである。しかしながら,審決取消訴訟において,審決が違法とされるためには,審決の認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要し,訂正発明の要旨のとおり発明の要旨を認定しても,審決が引用した公知ないし周知技術と対比して審決と同旨の理由により審決の結論に達するときは,その誤りは審決の結論に何ら影響しないから,審決を違法として取り消すことはできない。」(判例時報115頁4段22行から116頁1段8行)。
 本件審決は,「その判断の過程において,訂正《1》に関連し,引用例1に,肉厚6mm,9mm,12mm,16mmの一枚板鋼板の角形鋼管を製造する方法が開示されていること,訂正《2》に関連し,引用例4に複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形し,かつ移送し自動溶接すること,引用例7,8に順次仮付溶接した後開先面を本溶接することが開示され,溶接を開先部分の内外面に行うことは本出願当時の技術水準からみて自明の事項である,と認定判断しているのであるから,本件審決の上記判断が正当であるときは,本件審決を違法として取り消すことはできない,というべきである。したがって,本件審決が違法として取り消すべきものであるか否かは,結局訂正発明が引用技術1ないし8に基づいて容易に発明することができたものとした認定判断の当否によって決するべきものであって,本件審決の前記要旨認定の誤りは当然に本件審決を違法とするものとはいえない。」(判例時報116頁1段23行から2段11行)
二 「訂正発明と引用技術1等とは基本的に技術的思想を共通とするものであり,訂正発明は,引用技術1等に前記各引用技術を適用することにより当業者が容易に想到できたものというべきであって,これら引用技術の相互的結合に格別の技術上の困難は認められず,訂正発明によって奏する作用効果は当業者が容易に予測し得た範囲内のことにすぎない。したがって,訂正発明は各引用技術から容易に発明することができたとした本件審決の認定判断に誤りはない。」(判例時報119頁3段25行から4段3行)

<評釈>
 1 はじめに
 訂正審判は,無効審判が請求された場合に,権利者が特許が無効になることを回避するための防御手段として請求する場合が多いにもかかわらず,従前は,両者は全く別の手続とされ,請求の時期やどちらを先に審理すべきか等につき法律上の制約はなかった。そのため,(1)無効審判が係属中に訂正を認める審決がされて確定した場合,(2)無効審判の審決取消訴訟が東京高裁又は最高裁に係属中に訂正を認める審決がされて確定した場合,(3)訂正審判が係属中に無効審決が確定した場合,(4)訂正審判請求不成立審決取消訴訟が東京高裁又は最高裁に係属中に無効審決が確定した場合につき,進行中の審判手続や審決取消訴訟の帰趨のいかんが常に問題になっていた。
 (3)及び(4)の場合の問題については,最三小判昭和59.4.24(民集38・6・653)が,無効審決の確定により,(3)の場合は係属していた訂正審判請求は不適法になり,(4)の場合は係属していた訂正審判請求不成立審決取消訴訟の訴えの利益が失われるとの判断を示し,実務的には解決済みである。また,平成5年法律第26号による特許法改正(平成6.1.1施行)により,無効審判係属中の明細書等の訂正は被請求人(権利者)が無効審判手続内でのみすることができるようになった(126条1項,134条2項)から,無効審判請求に対抗して訂正審判請求がされていた現状に鑑みれば,(1)の場合の問題も立法により一応解決済みといえる(ただし,例外的に訂正審判が無効審判よりも先に申し立てられている場合については,審判便覧51−09では,「まずは無効審判を先に審理するが,訂正で無効事由を回避できるとの権利者の主張が通りそうなときは,訂正審判の審理を先に行う」としているだけであって,未だ問題が解決されたとはいえない状況にある。)。しかしながら,無効審判の審決取消訴訟が東京高裁又は最高裁に係属中に権利者が訂正審判を別途特許庁に請求することは制限されないから,(2)の場合の問題は前記法改正によっても解決されていない。また,本件は無効審決がされた後に,権利者が無効審決取消訴訟の提起と訂正審判請求を並行して行った事案であることからも,今後も同種事案が問題になる可能性は多いといえよう(なお本件は,前記改正法施行時点で無効審判が既に係属していた事案であるから,権利者は無効審判係属中であっても独立して訂正審判請求をすることはできた。右改正法付則2条6項参照。)。
 本判決は(2)の場合に関する判断であるが,結論はともかく,判旨には理論的な疑義がある。以下,その理由を述べる。
 2 訂正を認める審決の性質
 訂正審判によって認められる明細書又は図面の訂正は,《1》特許請求の範囲の減縮,《2》誤記又は誤訳の訂正,《3》明瞭でない記載の釈明,に限られる(126条1項)。そして,訂正審判制度が,いったん権利の及ぶ範囲を明細書及び図面を特許公報に掲載することで公示した後に明細書又は図面の訂正を認め,その効果を出願時に遡らせるものである以上,右訂正は明細書又は図面に記載した範囲内におけるものでなければならず,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであってはならない(同条2項,3項)のは当然のことである。ところで,同条4項は「特許請求の範囲の減縮」の場合については,「訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものでなければならない」と規定している(なお,平成6年改正法で追加された「誤記又は誤訳の訂正」の場合は本件と関係しないし,本件は右改正前の法律が適用される事案であるから,ここでは触れない。)。特許請求の範囲の減縮とは,限定要件を付加することにより発明をより限定された小さなものとすることを意味するが,訂正後の発明がそれでも特許としての登録要件を具備しているか否かは未だ審査を経ていないことになる。そこで,出願手続において審査官が登録要件を具備しているとして特許査定をするのと同様の意味で,訂正審判の審判官が訂正後の発明も登録要件を具備しているか否かを審査する。このことを定めたのが4項と解される。一方,不明瞭な記載の釈明として明細書や図面が訂正された場合は,発明の実体そのものは訂正前と訂正後とで変動するものではなく,発明の実体を変動させるような訂正を不明瞭な記載の釈明として行うことはできないから,訂正後の発明は,訂正前の発明が特許要件を具備している以上は当然に特許要件を具備しており,4項の要件を審判官が判断する必要はない。
 なお,明細書の特許請求の範囲の記載を訂正せず,発明の詳細な説明の記載及び図面のみを訂正した場合でも,単なる不明瞭な記載の釈明ではなく特許請求の範囲の記載の減縮になる場合があると判示した判例として最三小判平成3.3.19(民集45・3・209)がある。一方,その後,右最判と同一の権利についての当該訂正の無効審判請求があったところ,特許庁は右訂正を無効とする審決をし,右審決取消訴訟につき東京高判平成6.10.26(知的裁集26・3・1366)は,特許請求の範囲の記載文言自体を訂正することが容易であるにもかかわらずこれをせずに,発明の詳細な説明及び図面の訂正をしても,これをもって特許請求の範囲の減縮としての訂正であるとすることはできないとし,かつ右訂正は明細書の不明瞭な記載を正すものともいえないとして,訂正無効審決を維持した。当事者対立構造を採らない訂正審判において請求を認める審決は,送達によって確定し,訂正の効果は出願時に遡り(128条),平成5年法律第26号による特許法改正(平成6.1.1施行)前においては,右訂正が無効であると主張する者は別途訂正無効審判を請求するほかなく,訂正無効審決が確定すると,訂正は当初からなかったものとされていた(130条)。同一の訂正を巡ってこれが特許請求の範囲の減縮としての訂正であるか否かについて最高裁と東京高裁とで見解を異にしている点は興味深く,右東京高判の上告事件の最高裁の判断が注目されたが,後日右上告は取り下げられた。
 3 無効審判の審決取消訴訟係属中の特許請求の範囲を減縮する訂正審決の確定
 無効審判の審決取消訴訟が東京高裁に係属中に明細書又は図面の訂正を認める審決が確定した場合については,本判決と東京高判昭和59.9.27(判例時報1136・138)以外の多くの東京高裁の判例は,無効審判の審決は発明の要旨認定を誤ったとして審決を取り消している。右東京高判昭和59.9.27は,訂正審決の確定によって本件発明の特許請求の範囲の記載が訂正され,その結果,無効審決は判断の前提となる発明の要旨の認定を誤ったことになるが,訂正後の発明についても審決で既に判断されているから,右誤りは無効審決の結論に影響を及ぼすものではないとして,審決を取り消さなかったもので,上告されずに確定している。なお付言するに,本判決の判例時報のコメントは,本判決と右東京高判昭和59.9.27が裁判実務の趨勢であると述べているように読めるが,事実と相違するように思われる。
 右無効審判の審決取消訴訟が最高裁に係属中に訂正を認める審決が確定した場合については,最二小判昭和54.4.13(取消集54−101)が「原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものであるから,原判決には民訴法420条1項8号所定の事由が存するものといわなければならないが,このような場合には,原判決につき判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があったものとしてこれを破棄し,更に審理を尽くさせるため事件を原審に差し戻すのが相当である。」と判示し,最三小判昭和60.5.28(判例時報1160・143)も全く同様の判示をしている。この両事件の訂正審決はいずれも明細書の特許(実用新案登録)請求の範囲の記載を訂正するものであるが,これが特許請求の範囲の減縮であるか不明瞭な記載の釈明や誤記の訂正にすぎないのかは判断さ れていない。しかしながら,前掲最三小判平成3.3.19(民集45・3・209)は,訂正審決が特許請求の範囲の減縮としてされたことを指摘したうえで,前記各最高裁判決と同様の判示をして,右各判決を引用している。さらに,最二小判平成4.7.17(判例時報1432・133)は,「本件無効審判請求につき前にされた審決の取消訴訟における判決は,右訴訟の係属中に特許請求の範囲の減縮をも目的とした訂正審決が確定したことにより,訂正前の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明を対象とした右審決は結果的に審判の対象を誤った違法があることになるとし,更に進んで,訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明につき無効原因はないとの判断も加えて,審決を取り消したというのであり,そうであるならば,右取消判決の拘束力の生じる範囲は,審決が審判の対象を誤ったとした部分にとどまるのである。」と判示している。
 これらの一連の最高裁判例から見ると,最高裁は,無効審判の審決取消訴訟が最高裁に係属中に明細書の特許請求の範囲の減縮を認める訂正審判が確定した場合には,原判決ないしは無効審判が審理の対象としていた特許発明(特許査定という行政処分がされそれが登録されることによって創設された権利)が,訂正審決という行政処分の確定によって別の特許発明になったとして,これは民訴法420条1項8号(後の行政処分により判決の基礎となる行政処分が変更された場合)に該当する事由であるから,訂正前の特許発明を対象とした判決ないしは審決には民訴法394条にいう判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があることになるとして,原判決を破棄するとの立場を一貫して採用している。再審事由のうち,民訴法420条1項7号については,同号に該当する事由の存在が確定判決の結論に影響するか否かの吟味が必要になる(最一小判昭和43.5.2[民集22・5・1110]等参照)が,同項8号に関する一連の前記最高裁判例は,同号に該当することが直ちに原判決の結論に影響するとの立場を採用していることは明らかである。そして,その根拠は,審理の対象が異なるものに変更されたということに加えて,訂正後発明が特許登録要件を具備しているとした審判官の判断の適否は,無効審判における審判の対象として特許庁に第一次判断をさせ,その後に審決取消訴訟において司法の判断を経由すべきであるとするものであろう。
 無効審判の審決取消訴訟が東京高裁に係属中に明細書の特許請求の範囲を減縮する訂正審決が確定した場合については,多くの東京高判が審決は結果的に訂正後の発明の要旨認定を誤ったとして審決を取り消していることは前述のとおりである。「発明の要旨」とは法規上の文言ではないが,審査・審判・審決取消訴訟で審理の対象とされる明細書の特許請求の範囲に記載された発明の実体のことを意味しているから,発明の要旨認定の誤りを理由に審決を取り消す東京高判の判示と,最高裁の判示とにさほどの違いはない。そして,法律審としてその審理範囲が限定される最高裁が,明細書の特許請求の範囲の減縮を内容とする訂正審決の確定を理由に原判決を無条件に破棄していることは前述のとおりである以上,同様に東京高裁も,特許庁の第一次判断権を無視して訂正後の発明について判断を加えることはできないというべきである。つまりは,右訂正審決の確定により,訂正前の発明を審理対象として発明の要旨を認定した審決は,審理対象を誤り必然的に発明の要旨の認定を誤ったことになり,これをもって審決の結論に当然に影響し,審決は違法として取り消され,再度行われる審判手続において訂正後の発明を審理対象とした審理が行われるべきである。
 最高裁に無効審判の審決取消訴訟が係属中に,不明瞭な記載の釈明を内容とする訂正審決が確定した場合,後の行政処分(訂正審決)は前の行政処分(特許査定)を実質的に変更するものではないから,民訴法420条1項8号に該当する事由といえない。また,仮に右事由に該当するとの立場を採っても,訂正前と訂正後で発明は同一であって,既に訂正後の発明についての特許庁の第一次判断は経ているから,右再審事由は原判決の結論に影響せず,いずれにせよ,右事由をもって直ちに原判決を破棄すべきことにはならない。同様に,東京高裁に無効審判の審決取消訴訟が係属中に,不明瞭な記載の釈明を内容とする訂正審決が確定した場合,右訂正は発明の実体を変更するものではないから,訂正前の明細書によって発明の要旨を認定した審決に誤りはない。また,仮に審決の発明の要旨認定に誤りがあることになるとの立場を採っても,訂正前と訂正後で発明は同一であって,既に訂正後の発明についての特許庁の第一次判断は経ているから,右誤りは審決の結論に影響せず,いずれにせよ,右事由をもって直ちに審決を取り消すべきことにはならない。
 4 本件の訂正《1》及び訂正《2》は特許請求の範囲の減縮か否か
 本件の訂正《1》及び訂正《2》は,明細書の特許請求の範囲の記載を訂正するものである。ところで,特許請求の範囲の記載文言自体は訂正せずに発明の詳細な説明の記載のみの訂正が,特許請求の範囲の減縮を内容とする訂正といえる場合があることについては前出の最三小判平成3.3.19(民集45・3・209)が判示しており,このことは前出の東京高判平成6.10.26(知的裁集26・3・1366)も否定していない。そして反対に,特許請求の範囲の記載の訂正であっても,これが常に特許請求の範囲の減縮を内容とする訂正であるとはいえず,単なる誤記の訂正や不明瞭な記載の釈明を内容とするものも当然にある。本件における訂正《2》は,特許請求の範囲の記載の趣旨を誤解のないように明確化したものにすぎず,訂正前の発明が訂正後の発明よりも大きい発明を包含していたと解することはできないし,そのような理解は明細書の読み方を誤るものというべきである。訂正《1》も,「一枚板鋼板」を単に「一枚厚肉鋼板」に訂正したにすぎず,鋼板の厚さの具体的範囲は特許請求の範囲に何ら記載されていない。発明の詳細な説明の一部に板厚「9mm〜25mm」とあった記載を「12mm〜25mm」と訂正したことをもって,訂正前の発明は厚板を含むあらゆる鋼板を用い,訂正後の発明が厚肉鋼板のみを使用するものに減縮されたと解するのは困難である。発明の要旨認定の際の特許請求の範囲の記載の重要性については最二小判平成3.3.8(民集45・3・123)の判示するところであり,このような重要性のある記載を,本件のようにより不明確にするにすぎない訂正は,本来許されるべきではない。
 しかし,本件の訂正が適法であることを前提とするならば,右訂正は,単に言葉の意味を明確化したか,誤記を訂正したものにすぎず,これをもって発明の実体を変動させるもの(特許請求の範囲の減縮)ではないと解するべきである。
 5 結論
 本件発明は,出願前に無効審判請求人が既に完成していた引用技術1と近似するものであり,訂正審決があろうがなかろうがいずれは進歩性が否定されるべきものと考えられる。また,無効審決を覆すために権利者がした訂正審判請求もその趣旨が不明確であって,無効原因を回避するための対応としては不十分であり不誠実である(例えば,審決が厚さ9mmの鋼板を使用した引用例をもって本件発明の進歩性を否定したならば,本件発明の鋼板を厚さ12mm以上のものに減縮する意味がある。しかし,本判決が指摘するように厚さ6mm〜16mmの鋼板を使用する引用技術1を主たる引用例として本件発明の進歩性を否定した本件審決に対抗して,訂正《1》の訂正をしても無効原因への防御として不十分であることは明らかであり,手続をいたずらに遅延させるにすぎない。)。
 本判決が,本件訂正審決が特許請求の範囲の減縮を内容とするものであるとしながら本件審決の発明の要旨認定の誤りはその結論に影響しないとした判示には前述のとおり疑義がある。しかし,右訂正は特許請求の範囲の減縮を内容とするものではないと解することができるから,本件審決が訂正前の明細書をもって発明の要旨を認定したことで発明の要旨認定を誤ったということはできない。あるいは,右の点は発明の要旨認定の誤りであるとの立場を採用したとしても,本件の訂正内容からするならば,右誤りは審決の結論に直接影響を及ぼすものではない。そして,本件審決は既に訂正後の発明についても引用技術1等から容易に推考することができるとの判断をしており,右判断は本判決が判断しているとおり正当であるから,本件審決を維持すべきものとした本判決の結論には賛成することができる。

(たかばやし りゅう:早稲田大学教授)