発明 Vol.93 1996-6
判例評釈
《1》通信講座用のテキストが,商標法上の商品であるとされた事例
《2》書籍の題号としての使用に商標権の効力が及ばないとされた事例
〔東京地裁平成6年4月27日判決,平成4年(ワ)第3845号商標権使用差止等請求事件,判例時報1510号150頁《控訴》〕
生駒 正文
<事実の概要>

 原告Xは,平成3年改正前の指定商品区分第26類,雑誌,新聞に商標「氣功術」という商標権を有している(以下,「本件商標権」という。また,その商標を「本件商標」という。)。
 被告Yは,その住所地において,「東洋文化学院」との名称を用いて,平成3年6月から平成5年1月31日まで,「気功術実践講座」と称する通信販売を行っていた。当該「気功術実践講座」と題する通信講座は,気功または気功術についての知識および実践を,道場等に通うことなく自宅で学べるようにしたものであり,申込者に対して,テキスト教材6冊とビデオテープ教材を送付していた。当該テキストの表紙の構成は,中央部に大きく,中国の武人風の服装をした人物一人が気功のポーズと思われる姿で立っている姿が切絵風に描かれ,右上部分が縦長の長方形の黒地とされ,そこに白抜きで,「気功術」,「実践講座」と縦書きで2行にわたって表示され,とびら等には,中央に縦書きで大きく「気功術実践講座」と表示されている(以下,「被告商品」という。)。
 そこで,Xは,被告商品はテキスト教材であって,商品区分26類の「印刷物」に当たり,本件商標権の指定商品である新聞,雑誌に類似する商品であり,また,Yの使用する「気功術」の標章(以下,「被告標章」という。)は,本件商標と,外観,称呼,観念において類似しており,被告標章は本件商標に類似しているため,Xの本件商標権の侵害であるとして,損害賠償の支払いを求めたのが本件である。
 Yは,次のように主張した。第1に,Yの使用している「気功術実践講座」は書籍たるYのテキスト教材(以下,「被告書籍」という。)の内容を示す題号であって,商品の品質を示すものにすぎず,出所表示的性格をなんら有しないから,商標としての使用とはならない。第2に,Yは,中国古来の気功術の内容を説明した被告書籍に,普通名称である「気功術」を,その書籍の内容を表す名称として普通に用いられる方法で表示して使用しているにすぎない。第3に,本件商標の指定商品は新聞,雑誌であるところ,Yの気功術実践講座は書籍,テキストであって,商品は同一または類似ではない。被告書籍の題名は「気功術実践講座」であって,「気功術」ではない。Xの主張する「氣功術」の観念は特別,特異のものである。すなわち,Xは,「氣功術」は,救苦,救難等として,Xのみが「氣功術」を行える能力を有し,特に世の不幸な人々を救済する行為をしているとしている。これに対して,Yの「気功術」は,一般公衆に認識されている「見えないエネルギーを自分自身でコントロールし,有効に活かしていく技術」であって,観念において異なる,と。


<判旨>
 (1)「Yの通信講座の内容は被告商品の販売のほかに,ビデオテープ教材の販売,通信指導という役務の提供も含まれているが,・・・・・・Yの主宰する気功術実践講座という通信講座は,受講者がテキスト教材,ビデオテープ教材によって学習することが中心であり,1回の上達度最終チェック表による判定以外には定期的な添削指導はなく,右通信講座の製作のための経費に占めるテキスト教材,ビデオテープ教材の製作費の割合は90パーセントに達し,通信指導のための費用の割合は10パーセントに過ぎず,Yの通信講座の実体は,被告商品及びビデオテープ教材の販売であって,その後の通信指導は,アフターサービスあるいはその販売を促進するための副次的なものに過ぎないものと認められるから,被告商品は,商標法上の商品と認めることができる。」  (2)「被告商品は書籍であり,本件商標の指定商品である雑誌,新聞の類似商品に該当する。・・・・・・被告商品に用いられている『気功術』の語又は『気功術実践講座』の語のうちの『気功術』のみを独立するものとみても,気功術は,・・・・・・中国古来の健康法,治療法,鍛練法である気功のしかた,方法を表す普通名称であり,気功術の基礎知識,基本姿勢,内功術等を説明した被告商品の内容を端的に表すものとして付された書籍の題号と認められ,また,『実践講座』の語も,ものごとの実践を学ぶための講座に一般的に用いられる用語であるから,『気功術実践講座』の語を一体のものと解しても,気功術の実践を学ぶための講座という被告商品の内容を端的に表すものとして付された書籍の題号であると認められ,いずれにしても,被告商品であるテキスト教材の内容,即ち,商標法26条1項2号所定の商品の品質を,普通に用いられる方法で表示しているに過ぎず,同条1項の規定により,本件商標権の効力は及ぶものではない。そうすると,被告商品に『気功術』又は『気功術実践講座』の表示を使用している行為は,本件商標権を侵害するものではない。」

<評釈>
 (1)本件は,通信講座用のテキストが,商標法上の商品であるとされた事例である。商標は商品の識別標識であって,自他商品識別力を有する商標を同一業務主体が継続的に使用することにより,商標の機能が発揮され,商品取引秩序の維持が図られるため産業の発達や需要者の利益に寄与する。商標は商品に関するものであって,商品を離れて商標は存在しない。商標法は,商品については定義規定を設けていない。このため商品の概念は社会通念に従うべきであるが,商標法の目的,商標の定義規定,登録要件等を考慮して合目的的に解釈すべきであろう。そこで,商標法上の商品の概念としては,《1》取引性を有すること(商1条)。すなわち,商標法上の商品については,それ自体が使用価値を有するとともに,市場における経済取引の対象となるものでなければならない。無料で配布される物品については,商標法上の商品には該当しないとされている(BOSS事件,大阪地判昭和62年8月26日・判例タイムズ654号238頁,武田薬品事件,東京高判平成元年11月7日・無体例集21巻3号832頁)。《2》市場流通性を有すること(商1条)。すなわち,商標法上の商品については,商品取引の秩序維持を図るため,それ自体が取引上流通過程に乗せられるものでなければならない。飲食店で提供されて消費する料理,自家用物品は市場流通性を有しないから,商標法上の商品ではない(中納言事件,大阪地判昭和61年12月25日・無体例集18巻3号599頁)。しかしながら,持ち帰り用に消費する料理物品については,商標法上の商品に該当する。《3》量産可能性を有すること(商1条,2条1項)。すなわち,商標法上の商品については,業として同一商品に同一商標を付して,商品を市場に供給するために,ある程度生産可能なものでなければならない。書画,骨董品等は,量産可能性がない場合は商標法上の商品ではない。《4》動産でなければならないこと(《2》,《3》の概念に吸収することができる。)。不動産(土地,建物等)は量産可能性がないため,商標法上の商品ではない。ただし,組立家屋,組み立て式スタンド,橋等は商品たりうる。《5》有体物でなければならない(商2条3項)。商標法上の商品については,動植物,薬剤,ガスライター,時計等のように有体物に限られる。したがって,電気,無形のサービス,ガス,熱,無体財産等のような無体物は商標法上の商品ではないが,ガスライター用のガスであっても容器に収めて取引されるときは商標法上の商品に該当する。そうすると,本件の通信講座用のテキストの商品性について問題点をいえば,無体物にすぎないテキスト教材の内容(著作物)にあるのではなく,有体物としてのテキスト教材に認められなければならない。そして,テキスト教材の出所とは,テキスト教材の製本,販売をする出版社を表示するものとなる。ただ,本件では,通信指導というサービスも含まれているため,その商品性については判決では,経費に占めるテキスト教材,ビデオテープ教材の製作費の割合は90パーセントに達し,通信指導のための費用の割合は10パーセントにすぎず,Yの通信講座の実体は,被告商品およびビデオテープ教材の販売であって,その後の通信指導は,アフターサービスあるいはその販売を促進するための副次 的なものにすぎないものとして,商標法上の商品としたことについては異論はないといってよいであろう。
 (2)裁判所は,(1)のごとく,被告商品は商標法上の商品であるとしたうえで,被告標章が書籍の題号としての使用には,商標権の効力(商26条1項2号)が及ばないから,Xの本件商標権の侵害とはならないとして,Xの請求を棄却した。当該判決の結論には異論がないが,問題はその理論構成ということになろう。
 従来の裁判例をみると,登録商標と同一または類似の標章が自他商品識別機能を有しない態様で商品に使用されている場合に,商標権侵害を構成しないとするためには,《1》商標法2条1項には,当然に自他商品識別機能が前提とされ,このような機能を有しない態様で使用される標章は商標には当たらないとする(龍村事件,東京地判昭和51年9月29日・判例時報867号・74頁)。《2》自他商品識別機能を有しない態様で使用されている標章でも,商標法2条1項にいう商標の使用であることを肯定したうえで,商標法の諸規定からみて,商標の本来的使用といえないものについては,商標権を侵害しないとする(テレビマンガ事件,東京地判昭和55年7月11日・判例時報977号92頁,通行手形事件,東京地判昭和62年8月28日・判例時報1247号125頁)。《3》前記《2》を踏襲しながら,出所表示機能を有しない商標の使用若しくは出所表示機能を有しない態様で表示されている商標の使用は,商標法25条(出所表示機能を有する商標を使用する権利が前提),37条にいう登録商標の使用またはこれに類似する商標の使用には当たらず,商標権侵害を構成しない(POS事件,東京地判昭和63年9月16日・判例時報1292号142頁)として条文上の根拠について詳細に明示している。本判決は,被告商品であるテキスト教材の内容を端的に表すものとして,すなわち,商標法26条1項2号の商品の品質を普通に用いられる方法で表示しているにすぎず,同条1項の規定により商標権の効力が及ばないと条文上の根拠を明示した点において,《3》の条文上の根拠と異なっている。しかし,本判決の条文上の根拠となると,雑誌,新聞等の定期刊行物の題号,編集物である辞典,辞書等の題号の法的解決や,この問題一般に関する法的解決としては不自然さが生ずることは否定しえない。学説では,「民法総則」,「日本経済学」のような書籍等の題号として使用される商標について,その題号が著作物を表示するものとして一般世人に認識されるもので,かつそのようなものとして容易に使用されがちのものについて品質,効能を表示する商標に準じて26条1項2号の適用を認めるとする。しかし,登録が認められる「吾輩は猫である」,「坊ちゃん」,「どん底」等のように著作物の内容を表示するものとして使用されないものについては慣用商標に準じ,26条1項3号により商標権の効力が及ばないとしている(網野誠・商標〔新版再増補〕184頁〜185頁)。しかし,商標法における商標の保護は,1条,2条,3条,25条からみて,自己の業務に係る商品を他の商品と区別するための識別標識として,商品出所表示機能を有する商標を違法に妨害する行為から法律上保護されることを意味する。よって,26条,36条,37条の法意には,自他商品識別標識として,登録商標の出所表示機能を果たしていない態様で使用されていると認められる場合には,商標本来の機能が妨害されていないのであるから商標権侵害にはならないと考える(前記POS事件の見解を踏襲)。すなわち,26条1項2号,3号に該当しない商標でも,自他商品識別標識として,登録商標の出所表示機能を果たしていない態様で使用されていると認められる商標には,商標権の効力が及ばないと判断するのが妥当であろう。このことにより,商 標権者の不当な権利行使から一般人は制約を受けることなく,商品取引秩序の維持を図ることができる。
 本件においても,被告標章は,Yのテキスト教材の表紙等に題号として表示されているものであっても標章であって,書籍という商品について使用するものであるから,商標であり,また,その使用行為は,書籍という商品に標章を付するものであるから,商標としての使用行為である。被告書籍の題号は,出版社である被告商品の識別標章の商標であるとして付されたものでなく,単なる書籍の題号として表示されているから,出所表示機能を有しない態様で被告書籍に使用されていると判断し,Xの本件商標権の侵害が否定されるとする法律構成が妥当するであろう。

(いこま まさふみ:東海産業短期大学助教授)