判例評釈 |
職務発明に関する対価請求権の 消滅時効の起算点と相当な対価の額算定について (職務発明・考案による特許を受ける権利の譲渡対価支払請求控訴事件) |
〔大阪高裁平成6年5月27日判決,平5(ネ)第723号,第763号〕 |
山田 恒夫 |
<事実の概要> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1.原告Xは昭和46年に研究開発部門勤務者として被告Y会社に入社,昭和60年1月31日,自己都合により退職した。
これらはYの業務範囲に属し,Xの職務発明(特許法35条)及び職務考案(実用新案法9条,平成5年法律第26号による改正前のもの)に当たる。 3.被告Y会社は合成繊維を原料とする釣糸の製造販売を目的とする会社で,釣糸「ホテロン」((2)考案)を昭和53年から,釣糸「フロートライン」((5)発明)を昭和54年から,釣糸「マスターキング」「アクアキング」「鮎ごころ」((10)発明)を製造販売してきており,その他の発明・考案については実施していない。 4.Xの在職当時,Y会社に職務発明に関する規定はなかった。 本件は,Xが特許を受ける権利をYに譲渡したことに対する特許法35条3項,4項に規定の相当な対価として1634万7416円の支払いを請求した第一審の判決が,合計106万6209円の支払いを被告Y会社に命ずるものであったので,X,Yともにこの額の算定を不服として控訴したものである。 争点は,次の5点である。 1.(2)考案,(5)発明について特許を受ける権利等の譲渡対価請求権は時効消滅したか。 2.X退職時にYがXに退職金以外に支払った50万円の趣旨。 3.(3)発明,(4)考案及び(5)発明について,Xは発明者又は考案者か否か。 4.Yにおける(10),(13),(18)の発明の実施品は何か。 5.相当な譲渡対価額。 争点2.3.及び4.については事実認定の問題であるので省略する。争点1.と5.についてのX及びYの主張は次のとおりである。 争点1.について X──消滅時効の起算点は,登録補償は登録時,出願補償は出願時,実施補償は実施により使用者が利益を享受した時点である。 (2)考案,(5)発明の出願補償以外は時効期間が経過していない。 Y──仮に,特許を受ける権利等の譲渡対価請求権が発生していたとしても,Yはそれらの各出願日以前にXから登録を受ける権利を承継しており,出願日からそれぞれ10年の時効で消滅しているので,これを援用する。 争点5.について
「特許権,実用新案権には実施権と禁止権がある。実施権は,本件発明・考案が職務発明などとして,Yが無償のものを有するから,特許権,実用新案権の譲受により,Yが有するに至った権利は,禁止権のみである。特許権,実用新案権の価値は,何よりも,禁止権,差止請求権であるといわれている。この禁止権は実施料請求権ではなく,差止請求権を本質とする。この権利があるゆえに,Yは売上をすることができたのであり,この売上は,実施権を有することのみの結果ではなく,実施権と禁止権との競合の結果による。したがって,第三者との間に実施契約を締結した実施料のみが禁止権の対価とすることは特許権の本質をみないものである。 このようにみると,この禁止権の価値は,原判決が認定したような売上総額の三分の一などというものではなく,売上総額の三分の二とみるべきであり,少くとも二分の一とみるべきである」
(2) X主張の職務発明・考案の実施補償金の料率0.3〜0.2%は「国家公務員の職務発明等に対する補償金支払要領(59特総第1366号)」とも大きく乖離し,本件事案においてこのような高率の補償を認めるべき特段の理由はない, (3) 退職時に支払済の50万円は,支払うべき補償金額から控除する,等である。 表2 請求認容一覧
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<判旨> |
判決は,YがXに対し166万4846円の支払いを命じた。(Yの控訴は棄却)。
1.特許を受ける権利の承継の対価請求権の時効消滅の成否について 「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」は,特許権,実用新案権とは別個の独立した権利として規定されており(特許法35条,同条を準用する実用新案法9条2項),「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」を使用者に承継させることに対する対価が,特許法35条4項,実用新案法9条3項で定められている。そして,この特許・実用新案登録を受ける権利を承継させることの対価は,承継の時において一定の額として算定し得るはずなので,従業者がした職務発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利を使用者に承継させた時に,相当の対価の請求権が発生し,契約・勤務規則に特段の定めがなく,その他対価請求権の行使を妨げる特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に対価請求権を行使し得るものと解するのが相当である。したがって,右請求権についての消滅時効は,特段の事情のない限り,その承継の時から進行するものというべきである。」 2.請求し得る対価補償額について 「特許法35条4項(実用新案法9条3項)は,対価の算定につき,『その発明により使用者等が受けるべき利益の額』を考慮すべきことを定めているが,この利益とは,『受けるべき利益』とされていることからも明らかなように,その発明により現実に受けた利益を指すのではなく,受けることになると見込まれる利益,すなわち,使用者等が権利承継により取得し得るものの承継時における客観的な価値を指すものである。対価は,出願補償,登録補償と実施補償に分けて算定される場合が多いし,後記のとおり,本件もそのような手法で認定することになるところ,出願・登録・実施の有無は,権利承継させた時における『相当の対価』を評定するに当たり重要な参考資料となるものの,これが直接の算定根拠となるものではないので,この認定手法が採られることのあることをもって,右の判断が左右されるものではない。」 「相当な対価の支払請求権は,契約,勤務規則に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に発生し,対価の額はその時点における客観的に相当な額を定めるべきであるが,承継時より後に生じた事情,例えば,特許・実用新案権の設定登録がなされたか否か,当該発明・考案の独占的実施又は実施許諾によって使用者が利益を得たか否か,得た場合はその利益の額等も,右時点における客観的に相当な対価の額を認定するための資料とすることができるものと解するのが相当である。 なお,被告は原告のした職務発明・考案については当然に無償の通常実施権を有するので,前記法条にいう使用者が『受けるべき利益』とは,被告がその発明・考案を実施することによる利益を意味するものではなく,それを超えて,権利を承継したことにより得られる権利を独占すること(特許法等により法律上他者に対してその発明・考案の実施を禁止し,又は許諾し得る場合と,その技術を秘匿して事実上その技術を独占し得る場合とがある)による利益を意味する。」 「特許・実用新案登録を受ける権利を承継した職務発明・考案を被告が実施して商品を製造販売している場合,その製造販売をすることができる法的根拠は,被告がその権利について無償の通常実施権を有するからではあるけれども,それだけの製造販売の実績を上げることができた経済的理由は,被告の企業努力はもちろんであるが,それ以外にそれを超えて,被告が権利を承継してその発明・考案の実施権を独占することができたことに起因する部分があることは明らかである(すなわち,被告の販売実績は法定の通常実施権を得ての企業努力に基づく部分と独占権に基づき他企業の製造販売を禁止することができた結果に基づく部分の合計と考えられる)。」 「実施料相当額」 右売上総額のうち,同発明につき特許を受ける権利を承継したこと,すなわち同業他者に対し同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分が,法定の通常実施権を得たままであった場合との対比で,いかなる割合なのかを明確にし得る事実関係を認めることはできない。そうすると,同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分は,売上総額の2分の1を超えるものとも,これに満たないものとも認めることができず,結局,2分の1に相当するものとしか認めることができない。したがって,右部分は6億337万538円となる。 次に,同発明を第三者に実施許諾したと仮定した場合の実施料率を考えるに,これを直接認定するに足りる証拠はないが,社団法人発明協会研究所が平成4年4月ころ行った実態調査によれば(「技術取引とロイヤルティ」発明協会研究所編,発明協会発行),実施料率における料率分布では,最も多かった料率は3%以下2%超であること,同発明が特に優れたものとは認められず,同発明の延伸倍率を外れた近似の延伸倍率でも同程度の製品の製造が可能であり,現実にも原告在職当時に前記認定のとおり同発明の延伸倍率に該当しない延伸倍率を適用して製品(「鮎ごころ」「アクアキング」)を製造販売したことがあること,他方において,被告は,継続して同発明を実施してきており,工業的に無意味なものとも認められないことなどを考慮すると,同発明の実施を第三者に許諾すると仮定した場合の実施料率は2.5%と認めるのが相当である。そうすると,同発明につき特許を受けることができる権利を譲り受けたことにより被告が受けるべき利益に相当する,同発明を第三者に実施許諾した場合の実施料相当額は,次の算式のとおり1508万4263円となる。 603,370,538×0.025=15,084,263 同発明の発明者は4名なので,その4分の1に相当する377万1066円が原告持分に相当する部分ということになる。 「対価相当額の認定」 本件発明当時Xは部長待遇の研究開発室室長の職にあり,同発明は原告の職務の遂行そのものの過程で得られたものであること,同発明は,Y被用者の協力を得たうえ,Y作業現場に蓄積された経験等を利用して成立したいわゆる工場考案の色彩が濃厚であり,Xとしては,Yの設備及びスタッフを最大限活用して発明したものであること,その他本件に現れた諸事情を総合考慮すると,同発明についてYが貢献した程度を考慮すれば,右(三)認定のYが受けるべき利益の持分分の40%に相当する150万8426円をもって同発明につき特許を受ける権利の承継に対する相当な対価と認めるのが相当である。 「その余の発明・考案関係の相当対価額と,(10)発明の出願補償,登録補償相当分の相当対価額。 社団法人発明協会研究所が昭和61年に実施した実態調査の結果によると(「職務発明と補償金」発明協会研究所編著,発明協会発行),相当部分の企業が権利承継させた従業員の職務発明について,出願時と登録時に補償金を支払っていること,特許発明の出願時補償金額は,一律定額の場合最低900円から最高15,000円で平均4,514円であること,その登録時補償金額は,一律定額の場合最低3,000円から最高50,000円で平均l2,220円であることが認められる」 「右調査時点よりの物価上昇等を考慮すると,X主張のとおり,出願補償は特許5,000円,実用新案3,000円,登録補償は特許15,000円,実用新案10,000円と認めるのが相当」である。 |
<評釈> |
本判決は,職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者が取得する対価請求権の消滅時効の起算点についての判例法理を確立させたことに意義がある。
相当な対価の額算定については,ケースについての事例にすぎないが,検討に値する点も散見される。 1.職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者が取得する対価請求権の消滅時効の起算点について 本判決は,この対価請求権の消滅時効の起算点について,特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時から進行する旨を明示している。これは「職務発明について,特許を受ける権利を使用者に承継させたときは,発明者である従業者は相当の対価の請求権を取得するが,特許法35条3項の解釈上,右請求権の発生するのは,特許を受ける権利の承継の時であると解するのが相当である。これは同法において,『特許を受ける権利』が特許権とは別個の独立した権利とされており(同法33条)右の対価が『特許を受ける権利』を承継させることに対する対価である以上,当然のことであるというべきである。したがって,右請求権についての消滅時効は,その行使をすることができる時,すなわち承継の時から進行する」と判示した,東京地裁昭和58年12月23日判決〔報酬請求事件(東京地裁(ワ)第11717号,無体裁集15巻3号844頁,判時1104号120頁)〕と同趣旨である。 この点につき,Xは次の理由を挙げて上告した。 「原判決には,判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反がある─民法166条1項の解釈・適用の誤り。 (一) 民法166条1項には『消滅時効ハ権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス』と規定している。右の『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』とは,単にその『権利の行使につき法律上の障害がないと言うだけではなく』,その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要とする(最大法廷判45.7.15民集24−7−771)。 (二) 原審の判断は,あまりにも形式的抽象的で,現実に権利行使が期待できない。 (三) 原判決の,承継の時に一定の額として算定し得るはずであると判断しており,これは単なる希望的観測にすぎない。この点については,原判決・一審判決ともに,右の一定の額として,時後に発生する登録補償,実施補償を前提として認定判断している。この点は職務発明に関する従来の下級審判決と同様,重要な参考資料となるが,直接の算定根拠となるものではないと判断している。直接の算定根拠となるのは何であるかについての判断がなされていない。 (四) 被上告人が全く対価の支払をしない場合,上告人が在職中の身でありながら被上告人に対して訴を提起することは事実上全く不可能であることは,我が国の所謂『会社社会』の実態からして明らかであり,そこで,上告人は,退職後速やかに本件訴を提起したもので,正に退社時が権利を行使することが出来る時である。 (五) 特許権は公告後15年(出願後20年),実用新案は公告後10年(出願後15年)の存続期間を有しており,その権利の価値は権利終了時において初めて客観的に明らかとなるのである(例えば,我々人間の価値が棺を覆って初めて決まるのと同様である)。それを譲受時に客観的な価値が決まっているというのは全く理屈に過ぎない(例えば,赤子の時に人間の価値を決めるようなものである)。そこで,原判決にも『算定し得るはずであり』,『受けることになると見込まれ』と判断しているのであるが,そのようなことは全く不明である。蓋し,年間多数の特許(実用新案登録)出願がなされ,そして,その間約4割5分のものの出願が権利として登録される。然しながら,実際に実施せられる権利はその内のほんの何割に過ぎないと言われている。この様な場合,承継の時に,一定の額として算定せられるのは,実施を前提としているか,登録を前提としているのか明らかでなく,ましてや登録せられないことを前提としていることはないと思われる。このような場合は,一律に算定して報酬を支払うことは却って正義に反するものであり,出願補償,登録補償,実施補償と三つに分けて支払うのがもっとも合理的であ,原判決も右以外に承継の時に算定し得る合理的な計算式を示すべきであり,之を示すことが出来ない以上従来も現在も各企業が採用している職務発明規定を遵守すべきであり,殊に,本件のような職務発明規定のない被上告人に対する上告人については,それよりも,より不利益な立場に立つべきでないことは言うまでもない」。 これに対して最高裁第二小法廷は「原審の適法に確定した事実関係の下においては,所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない」と判示して,上告を棄却した。したがって,特許法35条3項の「相当の対価請求権」の時効の起算点が,特許を受ける権利を承継した時であるという判例法理が確定したことになる。 したがって,消滅時効の起算点について,Xが主張しているような,登録補償については登録時,出願補償については出願時,実施補償については実施により使用者が利益を受けた時点(特許期間経過後)というような考え方は成り立たない。仮に算定ではこのように分けていても,勤務規則等に特に定めがない限り,どの補償についても,消滅時効の起算点は特許を受ける権利を承継した時ということになる。勤務規則や社内規定等で,それぞれの補償について明定していれば,それぞれの補償に関する権利発生の時点が消滅時効の起算点となること当然である。本件において大阪高裁は,「特許法35条4項の『受けるべき利益』は使用者等が権利承継により取得し得るものの承継時における客観的な価値を指す。対価は出願・登録・実施の各段階に分けて算定する場合が多く,本判決でもそのようにしているが,これはあくまでも相当な対価評定の参考資料にすぎない・・・・・・」と判示しており,前出の昭和58年12月の東京地判では「対価を登録報酬,実施報酬とに分けて種々論じているが,特許を受ける権利を承継した使用者が,出願するか否か,実施するか否かは,譲受人たる使用者の自由であるから,原告のような解釈をとると,出願も実施もしない場合には対価の請求をすることができなくなり,不合理である。また,特許を受ける権利という一個の権利の一回的譲渡の対価は,譲渡時において一定の額として算定しうるはずのものであるから,後に登録になったか否か,実施により利益を生じたか否か等の事情によって,対価の額がその時点で初めて定まると解するのは,相当でない」と判示して,登録,実施等と分けて時効の起算点を考えることはあり得ないことを明らかにしている。 なお,本件では特に問題となってはいないが,時効期間が5年か10年かという問題もある。すなわち,従業者と使用者との契約関係を商行為であるとみると商法522条にもとづき時効期間は5年ということになる。 労働法の適用を受ける賃金の一種であるという見方をとれば,時効期間はさらに短く2年ということになってしまう(労働基準法115条)。 特許法35条の使用者と従業者との関係は労働法の定めに従うも,相当な対価については労基法の定める賃金には含まれないとすれば,時効期間は10年ということになる。 特許法35条についての消滅時効期間は10年と考えるのが相当であろう。 2.請求し得る対価補償額について 対価補償額についての考え方に対する判示内容は前出昭和58年12月の東京地判で示された「職務発明について特許を受ける権利を譲渡した対価の額を定めるに当たり考慮すべき『その発明により使用者等が受けるべき利益』とは,使用者等が発明を実施することにより受けることとなると見込まれる利益を指すのではなく,発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得することにより受けることになると見込まれる利益を指すと解すべきであるので,右売上額自体もしくは右売上額から材料費,一般管理販売費等の必要経費を差引いた営業利益をもって,職務発明により使用者が受け取った利益としこれに基づいて譲渡の対価を算定することは,相当でない。 これに対し,職務発明について特許を受ける権利を従業者から譲り受けてこれにつき特許権を得た使用者が,この特許発明を他者に有償で実施許諾し実施料を得た場合,得た実施料は,職務発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得したことによりはじめて受け取ることができた利益であるから,この額を基準に使用者の貢献度その他諸般の事情を考慮して譲渡の対価を算定することは十分に合理的である」とする考え方に沿うもので,十分に妥当である。 3.実施料相当額について 判旨に示したのは(10)発明についての判示内容である。上記,同業他者に対し同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分と法定の通常実施権を得たままであった場合との対比割合を50%ずつの売り上げであるとしている点は,やむを得ないかもしれない。 実施料率については,(10)の発明につき2.5%と認めるのが相当としている。基本的には前出東京地判昭和58年12月に依拠しながら,0.5%アップさせて認定している。これは発明協会研究所の実態調査結果を踏まえて,発明そのものは技術的に特に優れたものとはいえないが,工業的に若干の意味があるから,2.5%を相当としており,まァ妥当な判断といえよう。 4.対価補償額について 職務発明についての相当の対価の妥当性については,ケース・バイ・ケースで裁判所の判断によらざるを得ない。判示された額が妥当か否かを云々することは困難であると言わざるを得ない。企業の経営状態,発明に至る使用者の貢献度,該製品販売についての営業努力等を勘案して,該ケースに対する妥当な額を算定することになる。 ドイツのように,会社が破産した場合にも,従業者発明の補償請求権を優先的破産債権としたり,破産管財人が破産財産を処分する場合に従業者のした特許発明の実施権についての先買権を発明者に認めたりして(Gesetzüber Arbeitnehmererfindungen§27(1),(2))補償請求権を厚く保護しているならば格別,我が国の現状にあっては,国家公務員の職務発明等に対する補償金支払要領(59特総1366号,昭59.10.1)等を参照して,社内規定をあらかじめ作っておくことが望ましい。 社内規定もなく,在勤中に相当な対価に相当するものが何も支払われずに,退職後,特許法35条3項,4項に基づく相当な対価を請求する場合には,裁判所の判断によらざるを得ないであろう。 |