判例評釈 |
泥砂防止用マットの機能的形態につき, 混同防止のために適切な手段が採られていた として,その模倣を許した事例 |
〔不正競争行為差止請求控訴事件,東京高裁平3(ネ)4363号,平6.3.23民13部判決,取消・請求棄却(上告), 判例時報1507号156頁原審東京地方裁判所昭63(ワ)99119号ほか,平3.11.27判決 参照条文不正競争防止法(平成5年法律47号による改正前のもの)1条1項1号〕 |
渋谷 達紀 |
〔事実の概要〕 |
被控訴人(原告)X1,同X2および控訴人(被告)Y2は,ビル,店舗,学校等の通行量の多い場所の出入口等に敷き,泥砂が屋内に入ることを防止するために用いられる泥砂防止用マットを販売してきたが,X1らは,X1らの製造販売するマット(X製品)の形態が商品表示として広く認識されており,Yのマット(Y製品)の形態が右商品表示と類似しているため,Y製品の製造販売行為は,X製品と出所の混同を生じさせ,不正競争防止法(改正前)1条1項1号に該当するものであると主張して,Yに対して,その行為の差止め等を求めた。 |
〔判旨〕 |
原判決取消し,請求棄却。
「本件商品形態を不正競争防止法1条1項1号の『他人ノ商品タルコトヲ示ス表示』として保護する場合には,この種マットを泥砂防止用に用いるため製造販売等する第三者の営業行為をすべて禁圧することにつながり,同法条が本来的な商品表示として定める『他人ノ氏名,商号,商標,商品ノ容器包装』のように,商品そのものではない別の媒体に出所識別機能を委ねる場合とは異なり,同法条が目的とする出所の混同を排除することを超えて,商品そのものの独占的,排他的支配を招来し,自由競争のもたらす公衆の利益を阻害するおそれが大きいといわなければならない。 このことは,もとより,商品表示としての周知商品形態を模倣し,これに化体された他人の信用に只乗りする不正競争行為を放置することをいうのではなく,不正競争防止法が保護する商品表示主体の正当な利益を害しない限度において競業行為を許容し,公衆が期待する自由競争による利益を維持するために必要な要件の検討をいうのであり,この要件は,機能的周知商品形態の持つ自他商品識別力の強弱を,競業者が採っている自他商品の混同防止手段との相関のうちにおいて観察し,後者が混同を防止するために適切な手段を誠実に採り,前者の自他商品識別力を減殺して,混同のおそれを解消する場合において具備するものと解するのが相当である。」 「コイル状マットの市場においては,X製品,Y製品,その他の製品を問わず,その製造元からコイル状マットをいわば原材料として仕入れ,これを施工販売もしくは規格品として加工販売するにつき,自社製品として自社の商標の下に,独自の商品名を付して販売することは,X1らが本件商品形態の周知性が確立されたという昭和62年4月より前のX製品の形態がいまだ取引者及び需要者に違和感を与えていた時点である昭和55年以降現在に至るまで普通に行われている販売方法であるのであるから,商標や商品名が本来的に商品の出所表示機能を有するものであることと,本件商品形態がマットの種類を示す特徴であるとの事実に照らせば,このような市場の状況において,コイル状マットに接した取引者及び需要者は,この商品の出所をその商標の主体であると認識し,商品としてのマットの原材料の出所にまで思いを致さないのが通常であると認められる。すなわち,商標や商品名が持つ本来的な商品識別機能は,X製品の販売開始までは本件商品形態を持つマットは我が国に存在しなかったこと,この構造のマットがX製品以外にはない状態が長く続いたこと,その間,X1らが宣伝広告に努めたこと等X1らが主張する事実を考慮にいれても,マットの種類を示す特徴としての本件商品形態の商品識別力に勝ると認められる。 このことからすれば,Y製品について,昭和60年末ごろ,Aが『リスダンコイルマット』の名称で販売し始め,昭和61年4月以降,Yがこれを引き継ぎ,その後,『リスダンコイルカラーマット』の名称で販売し・・・・・・ていることは前示のとおりであり,この商標や商品名はX2の商標である「ノーマッド」と類似するものではないから,これにより,X製品との出所の混同を避ける手段としては,十分であるというべきである。」 |
〔批評〕 |
判旨替成。
1.X製品の形態は,判旨の認定によれば,従来の製品にはない優れた機能的効果を奏するので,機能的なものとされている。そのような機能的形態を商品表示として不正競争防止法に基づいて混同招来行為から保護すると,これに対して半永久的な独占権を与える結果となり,発明に対する独占に期間制限を設けた特許法等の精神に反することになるのではないか,自由競争がもたらす利益を公衆から奪うことになるのではないか,との疑問がある。本件のように,商品の形態がその製法によって必然的に決定されるものであるときは,製法自体にも半永久的独占を与えることになる。そのため,不正競争防止法に基づく機能的商品形態の保護の是非に関しては,周知のとおり,これを是とする機能的形態包含説と,非とする機能的形態除外説が学説・判例上対立している。 本判決は,それらの解釈とは異なる第3の立場を打ち出したものといってよい。本判決の立場は,競業者が混同を防止するために適切な手段を誠実に採り,商品形態が有する自他商品識別力を減殺して混同のおそれを解消するときは,機能的形態を模倣することは許されるというものである。この解釈は,機能的形態包含説と除外説の間のいわば水掛け論的な対立を克服しようとしたもので,大いに評価に値する。 私見では,このような解釈は,不正競争防止法の解釈として当然のものではないかと思われる。なぜなら,旧不正競争防止法1条1項1号が立証を求めているのは,最終的には商品出所の混同のおそれであるところ,この事実の有無は,単に商品の形態のみならず,当該商品のその他の表示や,さらには表示の使用状況等を総合的に観察することにより判断すべき問題と考えられるからである。 現に従来の判例の中には,表示の類否とその使用状況等を総合的に観察することにより,表示の類似性は肯定しながら,混同のおそれが認められないとして,結論において表示使用者側の請求を棄却した事例(天正菱大判決定=大阪地決昭和45.12.21無体裁集2巻2号654頁,大阪大ーホテル判決=大阪地判昭和48.9.21無体裁集5巻2号321頁,マクドナルド第一審判決=東京地判昭和51.7.21無体裁集8巻2号296頁)が見られる。 同様の考え方を表示に対して適用するならば,同号所定の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」とは,当該商品に使用されている表示が複数あるときは,それらの全体を指すものと解され,また,混同のおそれが認められるか否かは,それらの表示を総合的に観察することにより判断すべき問題と考えられる(拙稿・判例時報1126号218頁。伝票会計用伝票(甲)控訴審判決=東京高判昭和58.11.15無体裁集15巻3号720頁の評釈である)。登録商標権の侵害事例においては,登録商標と同一類似の標章を含む複数の表示を冒用者が使用している場合においても,それらを総合的に観察するのではなく,原則として登録商標と同一類似の標章のみに注目して侵害を肯定すべきであるが,不正競争防止法の場合は,そのような形式的判断はなじまない。 本判決は,この考え方を商品の機能的形態が類似する事例に適用したものといえる。判旨は,Yが採の製品について使用する商品名や商標の自他商品識別力は,商品形態が具えている識別力に勝るとして,それらの商品名等の使用は,Yが採るべき適切かつ誠実な混同防止手段として十分なものであると判断しているが,そこでは,類似する商品形態と識別力に富む商品名等を総合的に観察するという方法が採られている。私見では,このような判断方法は妥当であると思われる。 2.以上のような表示の総合的観察の方法は,本件のように商品の機能的形態が類似する事例に適用が限られるわけではない。意匠的形態が類似する事例にも,等しく適用されてよい方法である。 ただ,商品の機能的形態が類似する事例に固有の問題として,他の表示と合わせて総合的に観察してもなお,混同のおそれが残存する場合にどうするか,という問題がある。形態が意匠的であり,他に選択の余地がある場合は,混同のおそれが残存する以上,その形態の冒用は許されないのは当然というべきであるが,形態が機能的であり,他に選択の余地がない場合は,適切な混同防止手段が誠実に採られている限り,形態の模倣は許されてよいものと解する(拙稿・前掲218頁)。 わが国の不正競争防止法の解釈として,前述した表示の総合的観察の点は問題がないとしても,私見のように,混同防止のため期待可能な手段が採られる限り,混同のおそれが残存していても可とする点は,規定の文言から見て,若干の無理が感じられるかもしれない。しかし,不正競争防止法と特許法等との調整のあり方としては,これが最良のものと考える。 この問題について本判決がどのように考えているのかは,必ずしも明らかでない。判旨から憶測すると,本件は,Yが使用する商品名等により,混同のおそれが完全に解消されていた事案のようである。したがって,判旨としては,混同のおそれが残存する場合につき特段の解釈を述べる必要はなく,また,現に述べていないようにも見受けられるからである。 なお,ある商品形態が機能的であるか,意匠的であるかの判別は,必ずしも容易でないことがある。X製品の形態についても,原審判決は機能的形態ではないとしている。これに対して,本判決は,在来品と異なるX製品の機能的効果として,優れたクッション性と泥取り効果,掃除の容易性などに注目することにより,形態の機能性を認定している。商品にとって本質的でない機能を機能的効果として捉えると,実質は意匠的形態にすぎないものを機能的形態と見ることになり,適切な混同防止手段が採られている限り,形態の模倣が許されてよいことになるので,慎重な判断を要する。 3.本件には,通常の事例に見られない特殊事情がある。それは,《1》X製品が複数の販売店により,それぞれ独自の商標や商品名の下に販売され,《2》Y製品の販売についても同様の事実が認められ,《3》Y製品以外にもX製品と同一または類似の形態を具える製品が7例,別個の商標の下に販売されている,という市場の状況である。 本判決は,前述したように表示の総合的観察の方法を採るのであるが,その際,Y製品に用いられている商標や商品名の自他商品識別力とX製品の商品形態が有する識別力との優劣を判定するに当たり,これらの市場の状況を考慮に入れている。すなわち,X製品の商品形態の識別力を弱める事情として,これらの市場の状況を考慮している。 本判決のように,表示の総合的判断の方法を採っているわけではないが,従来の判例の中にも,他社に対して製造許諾がなされたり,他社製品が存在したりする事案について,商品形態が識別力の不足または喪失を来したことを主要または補助的な理由として商品形態の保護を否定した事例(蚊取線香燻器判決=大阪地判昭和55.5.20特許と企業140号67頁,セイフティ・キャビネット決定=大阪地決昭和55.9.19無体裁集12巻2号535頁,CDレンタル業務関連商品判決=大阪地判平成3.9.30判例時報1417号115頁,プラスチック・コンテナ判決=東京地判平成5.12.22判例時報1484号121頁)が見られる。 それらの事例と比較すると,本件の場合は,Y製品を含む他社製品の販売例や,X製品が販売店の固有の商標の下に販売されていた例が相当多数にのぼる。その点が本件事案の特色といえる。したがって,本件は,従来の判例のように,単純に商品形態自体の識別力の喪失や不足を理由としてX1らの請求を棄却する方法を採っても,何ら問題のなかった事例ではないかと思われる。 なお,機能的商品形態の識別力が失われたというためには,別個の商品名等を付された他社製品等の販売例が多数にのぼることは必要でない。機能的商品形態は,本来は自他商品識別力を有せず,これを有するとしても,それは二次的に獲得されたものにすぎないため,本来の商品表示や意匠的商品形態と比較すると,その識別力はきわめて脆弱なものである。本来の商品表示等であると,それが慣用化されるまでは,識別力を一応維持するものと考えられるが,機能的商品形態が識別力を失うには,それが慣用化されるに至っていることまでは必要でないと思われる。本判決が他社製品等の販売例を多数引用しているのは,認定のあり方として非常に手厚いといえる。 また,他社製品等の販売例が存在したという事実は,機能的商品形態が識別力を失ったことを認定するための必須の事実でもない。本件についていえば,かりにそのような事実が存在しなくても,Yが識別力の強い商品名等を使用するならば,商品形態の具える識別力は希釈化され,混同のおそれは除去される。このように解することは,商品形態の最初の模倣者に対しても,その行為が許容される余地を与えるために必要なことである。 4.本件のような商品形態の模倣の事例については,改正後の不正競争防止法の下では,商品形態の保護に関する同法2条1項3号の適用が問題となりうる。同号の適用要件は,《1》他人の商品の形態を模倣すること,《2》商品が発売後3年以内のものであること,《3》商品の形態が「通常有する形態」でないこと,などである。 本件のX製品は,アメリカ合衆国における最初の販売日から3年を超えているので,本件について同号を適用する余地がないことはいうまでもない。このことは,わが国における最初の販売日を起算日と解する説に従った場合も同様である。 かりにX製品が最初の販売日から3年以内の商品であると仮定すると,同号の適用が可能であり,その際,商品の機能的形態については同号を適用除外すべきではないか,という問題がある。この問題については,見解が分かれている。 改正法の起草者は,機能的形態は,商品が「通常有する形態」に当たるとして,模倣可能と解している(通産省知的財産政策室監修・逐条不正競争防止法41頁)。しかし,私見によると,たとえば発表当時のルービック・キューブのように,全くのパイオニア商品の場合は,それまで同種の商品や代替商品が存在しなかったわけであるから,同号所定の同種の商品等が「通常有する形態」というものをそもそも観念することができない。また,機能的形態を保護しても,保護期間は商品の発売後3年までと比較的短期であるから,技術独占の弊害も生じないか,生じても小さいといえる。したがって,起草者の解釈のように,機能的形態を一律に保護から排除することは妥当でないと考える。 X製品も,発売当時はパイオニア商品であっったようである。したがって,その当時であれば,現行不正競争防止法2条1項3号に基づいて,発売日後3年までの期間は,他人による模倣行為を禁止することができたはずである。 5.以上に述べたところをまとめると,本判決の意義については,次のようにいうことができる。第1に,本判決が提示した理論は,従来の判例に見られなかったものであり,その点が新しい。ただし,その理論は,不正競争防止法の解釈としては当然のものと考えられる。第2に,本判決の結論は,その理論を採らなくても,従来の判例のように,X製品の形態自体の識別力の欠如または不足を問題にしても十分に導くことができるものであった。第3に,適切な混同防止手段を講じてもなお混同のおそれが残存する場合に,機能的商品形態の模倣を許してよいかという問題については,本判決の射程は必ずしも及んでいないと考えられる。 なお,本件はX2によって上告された。上告理由は,機能的形態包含説を採るべきこと,X製品のようなパイオニア製品については機能的形態除外説を適用すべきではないこと,そもそもX製品の形態は機能的形態に該当しないと見るべきこと,独自の商標でX製品を販売しているX2の特約販売店はごく少数に限られること,商品形態の類否が問題となっている本件においては,結論を導くに際して商品形態以外の要素である商標の非類似を考慮に入れるべきではないこと,などを主張したが,上告は棄却されている(最高判平成6.12.22,平成6年(オ)1660号)。判決は,上告理由に直接応答することなく下された,いわゆる例文判決である。 |