発明 Vol.92 1995-7
判例評釈
いわゆる著作者人格権に基づく
差止請求事件における訴訟の目的の価額
〔訴状却下命令に対する抗告事件,東京高裁平5(ラ)989号,平5.12.7民6部決定,取消し(確定)
原審東京地方裁判所平5(ワ)13071号,平5.10.18命令・判例時報1489号150頁,
参照条文民訴費用法4条I・II,民訴法22条,著作権法20条・112条〕
石川 明
〔事実の概要〕

 事実関係については第一審の訴状却下命令を入手できなかったので確たることは不明であるが,本件決定理由2からうかがい知ることができる。事案は以下のとおりである。
 本件記録によれば,《1》本件訴訟は,コンピュータ用ゲームソフトの制作販売を業とする株式会社である原告(抗告人)が「三国志III」と題するコンピュータ用シミュレーションゲームプログラム(以下「本件著作物」という)を創作したが,これは,原告が中国の古書「三国志演義」より得た思想・感情に基づき,登場人物の能力を知力,武力等6つの要素に分け,その各能力値を1から100の範囲で数値化し,ユーザーがその範囲で各登場人物の能力値を本件著作物に含まれるデータ登録用プログラム(チェックルーティンプログラム)を用いて設定してゲームをすることができるようにしたものである。ところで,被告は,オリジナルキャラクターエディタと称するプログラム(以下「被告プログラム」という。)を製造して記憶媒体に記憶させ,これを書籍に添付して販売しているが,被告プログラムは,本件著作物に含まれる前記データ登録用プログラムに代わる別個のデータ登録用プログラムで,これを用いれば100を超える能力値の設定が自由に行えることになり,原告が維持しようとした思想・感情を無意味にするものであり,本件著作物の同一性を侵害するとして,著作権法20条の同一性保持権(著作者人格権の一部)に基づき,被告プログラムを記憶させた記憶媒体の製造,頒布の差止めを請求したものであること,《2》原審裁判所裁判長は,本件訴訟の訴訟物の価額を480万円(製造,頒布の差止めの対象である被告プログラムの記憶媒体の1年間の製造,販売により被告が得ると認める利益額)と認定し,平成5年9月27日,手数料として収入印紙2万3400円の納付を命ずる補正命令を出し,所定の期間に補正に応じなかったとして本件訴状を却下したものである。


〔判旨〕
 1 訴えを提起するに要する手数料の算出の基礎となる訴訟の目的の価額は,訴えをもって主張する利益によるものとされ(民事訴訟費用等に関する法律4条1項,民事訴訟法22条1項),財産権上の請求でない請求(非財産権上の請求)に関わる訴えについては,訴訟の目的の価額は95万円とみなされる(民事訴訟費用等に関する法律4条2項)。ここに,財産権上の請求とは,その請求が認容され,その内容が実現されることにより,原告が直接経済的利益を受けることを目的とするものをいう,と解するのが相当である。

 2 著作権法20条の同一性保持権は,著作者人格権といわれるが,そもそも,「著作者人格権」というのは,著作権法が18条の公表権,19条の氏名表示権と20条の同一性保持権の三権を指称する単なる定義用語にすぎないものであり(同法17条),その用語から直ちに,同一性保持権が生命権,名誉権等と同じく講学上いわれる人格権であるとして,それに基づく差止請求権を非財産権上の請求であると結論づけることはできないが,同一性保持権は,著作者がその思想または感情を創作的に表現した著作物をその意に反して改変を受けない権利であるから,その権利は,名誉権あるいは思想・表現の自由権等に類する人格権であるということができる。

 3 そして,人格権は人格的属性をその対象とし,第三者の侵害からこれを保護することを内容とするものであって,経済的利益を受けることを直接の内容とする権利ではない。したがって,人格権に基づく差止請求によって原告が直接得る利益は,第三者による侵害から人格を保護し得た利益であり,特別の事情の認められない限り,これによって直接経済的利益を受けるということはできない。

 4 これを本件についてみると,原告は本件著作物の同一性保持権に基づいて被告プログラムの記憶媒体の製造,頒布の差止めを請求することにより,本件著作物の改変を防いでその同一性を保持し,ユーザーをして原告がその思想・感情に基づき設定した登場人物の能力値の範囲内でゲームをさせるという利益を得るにすぎず,それを超えて直接経済的利益を得るという特別の事情は認められない。もっとも,前記《1》によれば,原告の本訴請求が理由ありとされるときは,被告プログラムの記憶媒体の製造,頒布は本件著作物の同一性保持権を侵害すると同時に原告の有する著作財産権の侵害を生ずる可能性があるといえるが,著作財産権と著作者人格権とは,それぞれ保護法益を異にし,かつ,法的保護の態様を異にするものであって,訴訟物を異にするから,著作財産権をも侵害することを理由に,著作者人格権に基づく本訴差止請求をもって原告が直接経済的利益を得ることを目的とする請求ということはできない。
 したがって,同一性保持権に基づく本件差止請求は,財産権上の請求ということを得ず,本件訴えは,非財産権上の請求に関わるものとして,その目的の価額は95万円であり(民事訴訟費用等に関する法律4条2項),その提起の手数料は8200円となるものである(同法別表第1・1)。

 5 よって,補正命令に関わる訴え提起の手数料2万3400円の納付のないことを理由に本件訴状を却下した原命令は違法であるから,これを取り消すこととする。

〔批評〕
 1 本件判決の判例法上の位置づけについては,判例時報1489号151頁に指摘されている。すなわち,以下のとおりである。
 民訴費用法別表第一において手数料の額の算出の基礎とされる訴訟の目的の価額は,訴えをもって主張する利益により算定する(同法4条1項,民訴法22条)。いわゆる非財産権上の請求については,訴訟の目的の価額は95万円とみなされる(民訴費用法4条2項)。ここに非財産権上の請求とは,経済的利益を直接内容としない請求であって,身分権や人格権を目的とする訴えがその例である。
 しかし,人格権を目的とする訴えであっても,人格権侵害を理由とする損害賠償請求のように経済的利益を内容とすることが明らかな請求もある。したがって,人格権侵害事件であっても,それが財産権上の訴えか非財産権上の訴えかという点については,具体的事件に即して区分する必要がある。
 本件では,コンピュータ用シミュレーションプログラムについて著作者(原告)が有する著作物の同一性保持権に基づく侵害物件たるプログラムの記憶媒体の製造,頒布の差止請求が非財産権上の請求に当たるかが問題とされた。
 同一性保持権は,公表権,氏名表示権とともに著作者人格権として著作権法により保護されているが,本決定は「人格権に基づく差止請求によって原告が直接得る利益は,第三者による侵害から人格を保護し得た利益であり,特別の事情の認められない限り,これによって直接経済的利益を受けるということはできない」とし,本件にあっては,特別の事情は認められないから,本件訴えは非財産権上の請求に当たるとした。この点に本判決の意義が認められる。著作財産権と著作者人格権とは保護法益を異にし,かつ,法的保護の態様を異にするから訴訟物として別個であることは,最二判昭61.5.30判例時報1199号・26頁のいわゆるパロディー事件の第二次上告審判決が判示するとおりである。
 本件決定は著作者人格権に基づく差止請求事件における訴訟物の価額の算定基準を示したものとして判例法上の意味をもち,実務の参考になるものと思われる。

 2 判旨について
 判旨に疑問を感じる。
(1)ところで,判旨2は一般論を述べた部分であり,特に批評の余地はない。
(2)判旨3も特にコメントすべき事柄ではないといってよい。若干問題があるとすれば,一方で同一性保持権は人格権であって非財産権であるとされ,人格権に基づく差止請求によって原告が直接得る利益は第三者による侵害から人格を保護し得た利益であり,特別の事情が認められない限りこれによって直接経済的利益を受けるものではないとしている。他方でそれに基づく差止請求権を非財産権上の請求であると結論づけることはできないとしている点である。これら2つの判断は一見矛盾しているようにも見える。両者を統一的に理解しようとすれば,以下の説明になるのであろう。すなわち,人格権に基づく差止請求によって原告が直接得る利益は人格保護の利益であって,財産権的・経済的利益ではないが,特別の事情があれば差止請求も財産権上の請求になることがある,との理解がこれである。もっとも本判決では特別事情がいかなるものであるかについて言及していないし,それを推認させる記述もない。
 ここで,判旨4は,本件の場合,差止請求が著作者人格権に基づくものであって著作財産権に基づくものではなく,差止請求によって直接経済的利益を得るという特別事情が存しない旨判示しているのである。
 したがって,判旨の論理からすると,問題は著作者人格権に基づく差止請求に直接経済的利益を得るという特別事情が認められるか否かという点であるが,この点,判旨が消極に解していること既述のとおりである。
(3)判旨5は,差止請求が著作者人格権によるのかあるいは著作財産権によるのかによって,保護法益を異にし,法的保護の態様を異にし,訴訟物すなわち訴訟上の請求を異にすると説く。そして,本件の場合,著作物の同一性保持権という人格権を基礎にする差止請求なので,この請求は原告が直接経済的利益を得るということを目的とするのではなく,財産権上の請求ということはできないとするのである。
 たしかに,旧訴訟物理論や実務の立場に立てば,差止請求が著作財産権か著作者人格権かのいずれによるかによって訴訟物を異にするということが正当な見解であるといえる。すなわち両者が侵害されまたは侵害の危険があれば,両差止請求権の関係を実体法上の請求権競合の関係とみる場合,訴訟上の請求もいずれによるかによって異別になると解すべきであろう。そのうえで,本件の差止請求は財産権にあらざる人格権に基づく差止請求であるから,直接経済的利益を得るという事情がない以上,財産権上の請求といえないとしているので,その論理は極めて明快である。
 たしかに,本件の製造・販売の差止請求は人格権に基づいてなされたものではあるが,その差止めによって著作者人格権が保護されると同時に,論理必然的に著作財産権も保護されることになるのではないか。特に本件の場合,被告は既に侵害製品の販売をして利益を得ているのである。とすれば,著作者人格権に基づく本件差止請求によって,それに伴って原告の受ける経済的利益が認められるのではないか。人格権的差止請求によって保護される人格的利益を超えて直接経済的利益を得るという事情がないとはいえないのではないか。
 判旨は人格権による差止請求が財産権上の請求かあるいは非財産権上の請求であるかの振り分けについて,直接経済的利益を得るという特別事情の存否を問題にしている。そして,それがあれば訴額の算定について財産権上の請求とし,それがなければ非財産権上の請求とするのである。しかしながら,既述のとおり,人格権による差止請求が通常同時に著作財産権の保護につながり経済的利益をもたらすとするのであれば,論理は判旨のそれと逆転する。判旨は人格権による差止めには原則として経済的利益がなく,例外的に特別事情がある場合に訴額の算定につき財産権上の請求とみると解する。これに対し,人格権による差止請求も差止請求である以上それは同時に著作財産権による差止請求としての機能も有するのが原則であって,例外的にそのような事情がない場合に限って非財産権上の請求と解すべきではないかと考えるのである。
 そうであるとすれば,判旨が訴訟物によって訴額算定につき場合分けをしたのは極めて明快な論理と思われるものの,この点,実質的にみて問題がないわけではないといえる。
 仮に,新訴訟物理論によった場合,判旨を貫くことは困難になるのではないか。その根拠が著作者人格権によるかあるいは著作財産権によるかは別にして,侵害行為の差止請求という点で訴訟物は一本化されているので,差止請求の理由として人格権のみを挙げている場合でも右請求を著作財産権によっても理由づけることができるとすれば,その訴額の算定については著作財産権の侵害による損害のほうが人格権による差止請求の看做訴訟物額95万円より以上である場合は前者によるものと判断せざるを得ないのではないかと思われる。
 判旨の立場を理由づける根拠を既述の旧訴訟物理論のほかに別に探すとすれば,裁判所へのアクセスの問題を論点とすることもできる。すなわち,非財産権上の訴えとして訴額の95万円とするのと,財産権法上の訴えとして訴額を480万円とするのとでは,裁判所へのアクセスという点のみからみれば前者の解釈のほうがはるかに適切であることはいうまでもない。かような観点からすれば,前者の解釈論を支える論理として本件高裁判決の理論構成も評価できないわけではない。
 それにもかかわらず,実質上,差止めにより480万円の利益を得ながら人格権上の請求であることを理由にして訴額を95万円と評価することは,背理であると思われる。
(4)原審の判断について
 (イ) 出版の前後による異なる取扱いについて
 原審(東京地裁)が判示したように出版の前後で取扱いを区別し,出版前は人格権上の請求として,出版後は財産権上の請求とすることの当否いかんが問われることになる。すなわち,著作者人格権に基づく差止請求が通常の場合は非財産権上の請求であるとしつつ,出版後は被告が出版行為で利益を上げ,その分原告も損害を被ることになるので,著作権に基づく差止請求と同様の算定をすべきであると解することの当否が問題とされる。
 (ロ) これに対して,抗告理由は差止請求を出版の前後で区別して取り扱うことについて反対して,この点に関する原審判断を以下のように批判している。
 (a) 抗告理由3,1第一文段は,著作者人格権は出版の前後で変容しない旨主張している。すなわち,著作者人格権はあくまで非財産権である「人格権」であり,それが「出版前」であるか「出版後」であるかという偶然の事実によって,権利の性質が非財産権から財産権へ変容することはないとする。
 (b) さらに,抗告理由3,1第二文段は,出版の前後を区別できるのは損害賠償であって差止請求ではないことについて,以下のように説いている。すなわち,原審である東京地方裁判所が「出版前」と「出版後」を区別するのは,「出版前は(不法行為に基づく)損害賠償請求ができないが,出版後は損害賠償請求ができることになるので,その差止請求の法的性質についても非財産権上のものから財産権上のものへと変わる」との考えによるものと思われる。たしかに不法行為に基づく損害賠償請求は権利侵害行為が具体的になされて初めてできるものではあるが,しかし「損害賠償請求」と「差止請求」は要件も異なり(損害賠償請求権が発生するためには故意・過失の存在が必要である),差止請求があれば直ちに損害賠償請求できるものではなく,ましてや「差止め」が損害賠償請求権発生のための要件ともいえないのであるから,「出版前」と「出版後」とでその差止請求の法的性質が変容することもありえない。したがって,「出版前」と「出版後」で,訴額算定において異なった取扱いをする合理的理由は何ら存在しない,と説いているのである。
 その説くところ必ずしも明らかではないが,推測するに,差止めと損害賠償とでは要件を異にするので差止めができても損害賠償ができるとは限らず,両請求は異別のものと考えるべきで,損害賠償ができない状態からできる状態に変わったからといって,それが差止請求の性質に影響を与えることはなく,本件は人格権に基づく差止めなのであるから,そのような差止めとして訴額を評価すべきであるというのであろう。
 (c) 抗告理由3 2は以下のように主張する。すなわち,原審のように,一方では著作者人格権自体は非財産権であることを認めつつ他方でその差止請求をする場合には被告の損害額が訴額となるとの見解は,「著作者人格権の侵害に対しては金銭による損害賠償請求ができ,その侵害行為の差止めによって侵害行為を防ぐことができるのであるから,結局損害賠償請求できる金銭分の利益を取得することになる」と考えて初めて成り立つものである。右の考え方によれば,財産権に基づくものであれ非財産権に基づくものであれ,およそ差止請求の場合にはすべて財産権上の請求となり,民事訴訟費用等に関する法律第4条2項の適用はあり得ないことになる。しかし,人格権侵害に基づく損害賠償請求における「損害額」というのは,過去の人格権侵害を慰謝するに相当な額という意味であって,それ以上のものでもそれ以下のものでもありえない。すなわち人格権の侵害行為の差止めが認められたとしても,それによって得られる利益は人格権的利益であって,決して右「損害額」分の財産的利益を取得することはないのであると説いている。
 要するに,右の抗告理由によれば,非財産権である人格権による差止請求の訴額が慰謝料相当額(侵害された人格的利益相当額)ではなく損害賠償請求における損害額が訴額になるとすると,およそ差止めにあって民事訴訟費用法4条2項の適用はありえないことになり,不都合であるとするのである。
 (d) 抗告理由3,3は以下のように主張する。すなわち,原審判断によれば,出版後は被告が出版により取得した利益分原告が損害を受けることを前提としている。しかしそれは著作財産権のことであり,著作者人格権の侵害による損害は著作財産権の被害とは別であり,後者を人格権の損害額とすることはできない旨説いているのである。
 (ハ) それでは右の地方裁判所の判断ならびに控訴理由は正しいであろうか。私見はそのいずれにも消極的である。
 出版後に具体的に著作財産権が侵害され損害が発生する。しかしながら,だからといって出版の前後によって訴額を変える取扱いは正当であるとはいえない。出版前でも出版により受けるであろう損害(その損害額の算定をどうするかについては問題のあるところであるが)の発生を予防するという点では,請求により受ける経済的利益は存在するのである。しからば右経済的利益が訴額になってよいと考えられるのである。仮にその算定が困難というならば,同じ困難は著作財産権に基づく差止めの場合にもある。したがって,困難なるがゆえに出版前にあっても右経済的利益をもって訴額算定の基準となしえないということはできない。
 しかし,だからといって抗告理由が説得力をもつわけではない。抗告理由(a)すなわち著作者人格権が出版の前後により変化するものではないとの主張は至極当然のことを述べているので,特に取り上げる必要がないと思われる。抗告理由(b)には問題がある。差止めの要件と損害賠償の要件とが異なることは認めるが,第一に本件の場合,既に出版という侵害行為があって,それについて不法行為の要件が具備されていれば,差止めは人格権に基づくものであっても同時に不法行為による損害発生の予防にもつながるのであるから,後者の予想される損害額が訴額を決める基準となってもよいのではないかと思われる。ちなみに,抗告理由は損害として不法行為の損害のみを考えているようであるが,損害ではなく準事務管理による利益引渡請求権や不当利得の利得返還請求権等をも一考する余地があることを指摘しておきたい。
 抗告理由(c)には賛成できない。人格権の侵害の差止めによって護られる利益は人格的利益であるが,それが同時に論理必然的に財産権をも護るものであれば,そこで護られる利益は単に前者に限定されるのではなくその双方である。そのように解したからといって民事訴訟費用法4条2項の適用の余地がなくなるわけではない。著作権における著作者人格権と著作財産権との関係にみられるように,人格権と財産権が並行的に認められる人格権と,さに非ざる人格権とがある。名誉権は後者の典型である。これらの人格権においては民事訴訟費用法4条2項が適用されることになる。
 抗告理由(d)の主張それ自体は正当であり,著作者人格権と著作財産権それぞれの損害は別個に考えるべきである。しかしながらそのことは,人格権による差止請求が同時に論理必然的に財産権の侵害差止の機能を有することを否定するものではない。したがって両者の損害の異別性を説いたからといって,そのことが人格権による差止請求について財産権の損害を訴額算定基準とすることの障害にはならないというべきである。

 3 終わりに
 著作者人格権と著作財産権とが併存するとき,本件判旨の立場に立てば,差止請求の原告は原則として前者によって主張し後者によることをしないということになる。そのほうが訴訟費用を節約できるからである。既述のとおりそれが裁判へのアクセスを容易にするというメリットをもつことがあるかもしれないが,そのことは実質上費用法の潜脱にあたるという危惧はないであろうか。
 以上の理由から,結論的にいえば私見は,原審判断にも,さらには本件判旨にも反対である。人格権による差止請求が同時に財産権による差止請求の機能をも併有し財産権の保護にもなる場合,民事訴訟費用法4条2項ではなく,当該財産権の価値を判断の基準とすべきである。そのことは,著作権についていえば,出版の前後を問わないと解すべきである。ちなみに人格権侵害による損害賠償請求は財産権上の請求であるから,損害を基準として訴額を算定すべきであることはいうまでもない。

 4 以上に述べた諸点に加えて,若干の問題点を紹介しておきたい。第一は,判旨中(2)で「同一性保持権が生命権・名誉権等と同じく構学上いわゆる人格権であるとして,それに基づく差止請求権を非財産権上の請求であると結論づけることができない」としている点である。すなわち,人格権に基づく差止請求を非財産権上の請求とすることができないとの判断の理由は何か,必ずしも明らかではないという点である。第二に,「同一性保持権は,著作者がその思想または感情を創作的に表現した著作物をその意に反して改変を受けない権利であるから,その権利は,名誉権あるいは思想・表現の自由権等に類する人格権であるということができる」としている点である。すなわち,この表現が,人格権が上位概念としてあり,その下位概念として思想・表現の自由権や同一性保持権があるというのか,あるいは同一性保持権は思想・表現の自由に準ずる権利というのかという点が,必ずしも明らかではないというのである。同一性人格権を侵すことは著作権で保護さるべき思想および表現の自由権の侵害につながる点からみて,右の記述は後者の意味に用いられているのではないかと私は考えたい。

(いしかわ あきら:慶應義塾大学名誉教授・朝日大学大学院教授)