発明 Vol.91 1994-12
判例評釈
国際出願における指定国を「朝鮮民主主義人民共和国」,
としたのは「日本国」の明白な誤りであるとして行った米国
特許商標庁の訂正の許可が,その許可の通知が特許協力
条約に基づく規則所定の期間の不遵守により効力を有しな
いことを理由として,特許庁長官がした指定国を「日本国」
とする国際出願関係書類の不受理処分を適法とした事例
〔東京地裁平成2年7月30日判決,昭和63年(ウ)193号,判例時報1368号118頁〕
生駒 正文
<事実の概要>

 X(原告)は,米国法人であって,1985年7月23日,米国特許商標庁(以下「受理官庁」という。)に対し,特許協力条約(以下「条約」という。)に基づき,優先日を1984年7月23日とする優先権の主張を伴う国際出願をし,これに対して,受理官庁はこの日を国際出願日と認めた。
 Xは,本件国際出願における願書には,オーストラリア,デンマーク,朝鮮民主主義人民共和国,欧州特許条約の締結国が指定国であることを表示するチェックをした。
 Xは,1985年9月13日,受理官庁に対し,朝鮮民主主義人民共和国の表示は日本国の表示の明白な誤りであるから,日本国の表示に訂正する旨の請求を行い(条約に基づく規則第91規則の「書類中の明白な誤り」参照),これに対して,受理官庁は当該訂正を許可した。
 国際事務局は,1986年2月13日,本件国際出願の国際公開を行った。受理官庁は,同月27日,国際事務局に対し,本件訂正の許可の通知を発送し,同通知は,同年3月4日,国際事務局に到達し,これに対し,国際事務局は,本件国際出願について,指定国として日本国を含んだ願書を「訂正版」として国際公開した。
 Xは,1986年3月24日,Y(日本国特許庁長官)に対し,本件国際出願に基づき,特許法184条の5第1項の規定による明細書その他所定の書面(以下「本件書面」という。)を提出したが,Yは,同年7月31日,本件書面について,「客体なし。(注)国際出願日における願書の指定国欄に日本が指定されていない。」との理由で不受理処分をした。
 そこで,XはYに対して,次の3点を基に当不受理処分の取消しを求め,本訴を提起したものである。
 第1は,第91規則に基づき,朝鮮民主主義人民共和国の表示は日本国の表示の明白な誤りであるから,受理官庁が訂正を許可したものである。第2は,指定官庁が,受理官庁が許可した訂正の効力について,逐一その具体的妥当性を検査し直すならば,条約の趣旨とするところが没却されることになる。第3は,優先日から17カ月経過後(第91規則1(g)参照),受理官庁の許可の通知が公開後に国際事務局に到達しても,受理官庁の過誤または怠慢によって生じたものであるから,本件訂正の許可はその要件を充足している。また,国際事務局は,受理官庁から訂正の許可の通知を受領後,この訂正の許可を有効とするため,Yに条約20条の送達を考慮するよう要請する旨,通知し,訂正後の指定国名を記載した国際公開を行う等の諸手続を行っている。
 これに対して,Yは,第1について,国際出願日(条約11条)の認められた後に,指定国を追加または変更することは,条約上認められていない。第2について,指定国は,受理官庁と独立して,再審査することができる。本件訂正の対象は,国際出願の指定国の記載であるが,指定国を指定する意思表示は,願書に指定国を記載することによって行うことが必要な要式行為であるから,願書の記載のみに従って判断されるべきである。第3について,理由のいかんを問わず,期間を徒過した訂正の許可の通知は,その効力を認めることはできない。と主張して争った。


<判旨>
 まず,本件訂正の許可の効力の有無について,この点に関する第91規則に照らして判断してみるに,「規定によれば,本件訂正の許可のように受理官庁が行う訂正の許可は,国際事務局に対する当該許可の通知が優先日から17箇月を経過する前に国際事務局に到達する場合には効力を有し,また,優先日から17箇月を経過した後であっても,国際公開の技術的な準備が完了する前に国際事務局に対する当該許可の通知が国際事務局に到達する場合には,当該許可は効力を有するものとし,当該訂正は当該国際公開に含める,と定めるところである。そこで,右規定内容に照らして本件訂正の許可の効力の有無についてみるに,前示当事者間に争いのない事実によれば,本件訂正の許可の通知は,優先日から17箇月を経過した後に国際事務局に到達したというのであり,また,国際事務局は,本件訂正の許可の通知が国際事務局に到達する前に本件国際出願の国際公開を行ったというのであって,本件訂正は右国際公開に含められていないことが明らかであり,したがって,本件訂正の許可は,第91規則の規定上,その効力要件を欠くものであって,その効力を有しないものといわざるをえない。
 また,条約及び規則は,本件訂正の許可の場合のように期間が遵守されなかった場合について,一定の条件が満たされたとき期間は遵守されたものとみなす規定及び遅滞を許す場合についての規定を設けているが(条約48条,第82規則),本件訂正の許可の通知が右規定の適用を受けるものであるとの主張立証はない。したがって,本件訂正の許可は,右規定の適用によりその効力を有する,ということもできない。
 なお,条約及び規則の各規定を通覧してみても,他に本件訂正の許可は効力を有するものと解すべきことを理由付けるような規定はなく,かえって,右各規定によれば,第91規則『書類中の明白な誤り』の訂正の許可は,条約及び規則が適用される一連の手続の中の一つであって,その後には国際公開その他の手続が続いているのであるから,期間の遵守等をその効力要件とし,また,期間が遵守されなかった場合についても,一定の条件が満たされたときに限り期間は遵守されたものとみなす旨の規定等を設けているものと解されるところである。
 以上によれば,本件訂正の許可は,その効力を認めるに由なく,本件訂正は行うことができないものであるから,本件国際出願は,日本国を指定国の一つとするものということができず,したがって,本件書面について,『客体なし。(注)国際出願日における願書の指定国欄に日本が指定されていない。』との理由でした本件処分は,適法であるというべきである。」とされた。
 さらに,本件訂正の許可の通知の遅滞は,受理官庁の過誤または怠慢によって生じたもので,このことによる不利益をXに負わせるのは,条理に反するものであるから,本件訂正の許可はその要件を充足しているものとして扱われるべきか否かについて,「受理官庁は,1986年2月27日,国際事務局に対し,本件訂正の許可の通知を発送し,同通知は,同年3月4日,国際事務局に到達したというのであるから,X主張のように,受理官庁が,1985年10月31日の本件訂正の許可と同時に,あるいは,遅くとも3,4週間後までにその通知を国際事務局に行っていたならば,右通知は,優先日から17箇月を経過する前に国際事務局に到達していたであろうことは,十分考えられるところであり,また,本件訂正の許可の通知の遅滞は,X主張のように,受理官庁の過誤又は怠慢によって生じたものである可能性も考えられなくもない。しかしながら,たとえ,右のとおりであるとしても,前示第91規則の規定の趣旨に照らすと,本件訂正の許可は,その効力要件を欠き,その効力を有しないとすることが,条理に反するということもできない。」とされた。
 また,国際事務局は,本件訂正の許可を有効とするため,Yに条約20条の送達を考慮するよう要請する旨通知したり,訂正後の指定国名を記載した国際公開を行う等の諸手続を行っているから,本件訂正の許可の通知について,期間に関する要件を充足したものとして扱うことによる実質的不都合がないか否かについて,「国際事務局は,1986年3月27日,本件国際出願について,指定国として日本国を含んだ願書を『訂正版』として国際公開したというのであるが,<証拠略>によれば,右の『訂正版』は,条約21条に規定する国際出願の国際公開ではなく,したがってまた,前示第91規則1(gの2)にいう国際公開でもなく,かえって,前示当事者間に争いのない事実によれば,国際事務局は,受理官庁が国際事務局に対して本件訂正の許可の通知を発送する前である1986年2月13日,本件国際出願について,条約21条に規定する国際公開を行ったというのであって,その国際公開においては,その内容(第48規則2)の一つである指定国に日本国は含まれていなかったのであるから,国際公開の効果(条約29条)一つを考えてみても,たとえ,右のような『訂正版』がその後に発行されたりしたからといって,実質的な不都合がないと認めることができず,」とされた。

<評釈>
 1.本判決は,XとYの争点,すなわち,《1》国際出願日の認められた後に(条約11条),指定国についての誤記訂正が許されるか,《2》指定国は受理官庁と独立して,国際出願が条約または規則に定める要件を満たしているか否かについて再審査できるか,《3》本件では第91規則の規定に反し,国際公開の技術的な準備が完了した後に,訂正許可の通知が国際事務局に到達した場合にも,訂正許可を有効と解しうるかどうかのうち,《3》について判断してXの請求を棄却した。
 特許協力条約は,同一発明について多数国に出願する場合における出願人および各国特許庁の重複労力を軽減することを主目的とする出願方式の統一条約であり,パリ条約の特別取決めである(パリ条約19条)。そして,国際出願制度は特許協力条約の根幹をなす制度で,1の出願を1カ所にすることによって各国国内出願の束としての効果を有することができるものである(条約11条(3))。
 国際出願が遵守すべき方式要件はすべて特定され(条約3条),願書の要件も記載され(条約4条(i),(ii)),国の指定は願書においてなされ(条約4条,第4規則4.9),各指定国は異なった方式要件を課すことができない(条約27条(1),なお,規制緩和することの有無が問題ともなろう)。また,指定国の明白な誤りの訂正許可の期間についても,第91規則で,訂正を承認する機関の管轄,権限の範囲の特定や期間に至るまで詳細に規定している。すなわち,本件では,指定国の明白な誤りの訂正は願書であるから,誤りの訂正許可は受理官庁が行う((e)(i))。その訂正許可の効力を有するためには,国際事務局に対する当許可の通知が優先日から17カ月を経過する前に国際事務局に到達すること(gの1(i)),国際事務局に対する当許可の通知が優先日から17カ月を経過した後であっても,国際公開の技術的な準備が完了する前に国際事務局に到達すること(gの2),このことは本判決も引用している。また,本件のように訂正の許可の期間が不遵守の場合における例外的取扱いとして,その期間が郵便業務の中断または避けることのできない郵便物の亡失もしくは郵便の遅延によって遵守されなかった場合であり(条約48条,第82規則),そのほかには期間の不遵守の場合の例外的取扱いはないとも本判決が言及している。それゆえに,本件においては,受理官庁の行った訂正許可の通知が優先日から17カ月を経過し,また国際公開後に国際事務局に到達している点で,上述した第91規則が指定国の明白な誤りの訂正許可を与えることができる期間的な制限を明確に定めているから,本判決の示すとおり,「本件訂正の許可は,その効力を認めるに由なく,本件訂正は行うことができないものである。」というほかない。よって,本判決は,この点については正当で,特許協力条約が出願方式の統一条約である点から異論がないであろう。
 2.本件では国際事務局が指定国として日本国を含んだ願書を「訂正版」として国際公開されているわけであるが,この訂正版の特許協力条約上の取扱い・効力はどうか問題があろう。この点について,国際出願を受理する権限は所定の受理官庁(条約2条(xv)が有しており,受理官庁は,条約および規則の定めるところにより,国際出願を点検しおよび処理することになり(条約10条),国際出願の手続において中核的な役割を果たす国際事務局にはないため,受理官庁から送付された国際出願をそのまま公開することになる(条約21条,第91規則(f))。また,願書の訂正を許可する権限も受理官庁が有しているので(第91規則(e)(i)),受理官庁の許可した訂正願書を国際事務局が否定することは当然にできない。よって,国際事務局は,訂正された願書が送付された場合には,それに従って国際公開されることになる。
 国際出願は,指定国についての国内出願の束としての性格を有し(条約11条(3)),条約26条(指定官庁における補充の機会)は条約または規則に定める要件を国際出願が満たしているかどうかの最終的決定権が指定官庁に属しているので,受理官庁が許可した訂正についても指定国の権限を有する国内特許庁,裁判所の当該判断の対象とされているのである(後藤晴男「新特許法の視点と解説(29)」特許ニュース5253号1〜10頁参照)。ちなみに,わが国では,願書の翻訳文を要求していた当時には,国際出願日における願書の翻訳文を要求し(昭和60年法改正前の特許法184条の4第1項),その翻訳文を特許法36条1項の願書とみなしていた(同法184条の6第1項)。
 3.第91規則は,国際出願または出願人が提出した他の書類中の明白な誤記の訂正について定めているが,この点について考えてみたい。この明白な誤記の訂正は,「特許協力条約において規則に明示的にゆだねられている事項でもなければ所定の事項であることが明示的に定められている事項でもない。PCTの草案者は,特許協力条約の規定を実施するために有用な細目(details useful in the implementation of the provisions of this Threaty)であると考えたようである。厳格な解釈からは疑問が残るところであるが,明白な誤記が訂正できるのは,手続一般原則上自明の理であるとすれば,その訂正はその限度に止めるべきものであり,不当に拡張することは許されないものといわなければならない。」(後藤「前掲」特許ニュース6022号9頁)として,現行規則は,出願人が提出した国際出願その他の用紙における明白な誤記の訂正のみを許している。しかし,訂正できる要件としては,訂正として提出されるものが「訂正以外のいかなることをも意図したものでないこと」が求められるだけでなく,そのことが「いかなる者も直ちに認識することができる」意味においての明白性の要件が求められている((b))。本件の願書に,指定国を「朝鮮民主主義人民共和国」の誤りから「日本国」と訂正することは,出願人が日本国以外のいかなる国をも意図したものでないことをいかなる者も直ちに認識することができる程明白性があるかについては,肯定することには疑問が残るであろう。
 国際出願は,国際出願日に各指定国への実際の出願日とされる国内出願としての効力を有するから,出願人がその国際出願について保護を求めようとする指定国のすべてを出願の際,願書に記載しなければならない(条約4条(1)(ii))。そのため,出願後の指定国の取下げは可能であるが,出願後の指定国の追加等は認められない(国際出願日に発生する効果があるので,後から追加した国に国際出願日を遡及させると第三者の利益を害するからである)。したがって,本件の判例批評中,国際出願日が認定された後,指定国についての誤記の訂正が許されるかどうかの点に関して,松尾和子氏は,「出願人が出願後直ちに(たとえば,1,2週間以内に),社会経済情勢の変化のない状況下において,日本国への訂正を請求するときは,願書の他の記載に表現されていないところの全体的状況からみて,何人も,日本国が出願人により本来明らかに意図された指定国であったと認識できるのではないだろうか」(判例時報1385号200頁,判例評論390号56頁)と判断されている。確かに指定国の誤記の訂正であっても,「訂正以外のいかなることをも意図したものでないこと」が,「いかなる者も直ちに認識することができる」場合に限り,それら指定国の誤記訂正に関する許可の判断は,第91規則(e)(i)により受理官庁である米国特許商標庁に委ねられている。また,松尾氏は,これを指定国の官庁が再審査することは,条約および規則の予定しているところではないと考えられている。しかし,前述1のごとく,国際出願は,指定国についての国内出願の束としての性格を有し,国際出願が特許協力条約・規則に定める要件を満たしているか否かの最終の判断権限は指定国に属しているので,受理官庁が許可した訂正についても,指定国の権限を有する国内特許庁,裁判所に訂正の有効・無効の判断をすることができる(同見解は,橋本良郎『特許協力条約逐条解説』発明協会614頁参照−第91規則は,許可が有効であることを述べたもので,その訂正が有効であることまでも規定したものでないことに留意すべきであるとしている)。
(後記 本件に関する参考資料の提供,ご助言下さった後藤晴男先生に御礼申し上げます)。


(いこま まさふみ:京都外国語大学講師)