発明 Vol.91 1994-9
判例評釈
アスファルト合材の再生処理装置の特許権
につき,職務発明による通常実施権を有す
るとして,原告の請求が棄却された事例
(特許権侵害行為差止請求事件)
〔名古屋地裁平成5年5月28日判決,平成2年(ワ)第304号〕
山田 恒夫
<事実の概要>

1.建設省に26年間勤務し,道路維持管理等に関する職を経た後,被告会社Yのアスファルトプラント等の業務を担当するとの条件で同省を退職して昭和47年11月1日にYに入社した原告Xは,昭和49年2月ころから,Yの機械担当取締役であったAを補佐してアスファルト合材の再生技術について研究開発を始めた。
2.XはYにおいて,Yの就業時間の内外を問わずアスファルト合材の再生技術について研究開発を実施,研究費用はY会社がほとんどすべて負担してきたが,昭和50年10月ころからY代表者とAとの間に対立が生じ,100万円程度の研究費をAが負担した。
3.昭和51年4月12日,Y代表者から,Xの研究開発しているアスファルト廃材の再生装置についてYが事業として行う考えがないので,その研究開発をやめて,本来の業務に専念すべき旨指示された。
4.昭和51年4月8日,AはXの賛同の下,本件技術を事業化のため有限会社Bを設立,XはY退職後の昭和51年5月24日にアスコン再生法という実用新案を出願,これを昭和52年12月7日に特許出願に変更し,昭和58年3月23日に出願公告となり,平成元年5月16日,登録番号第1495470号として登録された。
5.Yは昭和53年8月ころから,上記特許技術と類似のあるいはほとんど同じ技術のアスファルト合材の再生処理装置を所有し,これを使用している。
6.そこでXは,Yの同装置使用禁止及び廃棄ならびに1600万円余りの支払いを求めて訴えを提起したのが本件である。
7.Xの主張は,Yの技術はXの技術と均等であって,Yの装置はXの発明の技術的範囲に属するというものである。
8.これに対してYは職務発明に基づく通常実施権を有すると抗弁している。
 なお,本件に関する技術内容の概要は図1に示すとおりである。


 アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し,これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し,槽底部のフィーダ上へ沈降させ,これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置において,前記溶解槽に複数段の格子枠を内設し,上段側の格子枠の升目を大きなサイズとし,下段側の格子枠の升目を小さなサイズとし,前記格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設し,該蒸気噴射パイプを有する格子枠によって溶解槽を複数室に区画形成し,当該各室に設けた温度検出手段によって各室ごとの蒸気噴射を制御する構成を設け,また槽底部にはエプロンフィーダを設け,当該フィーダの出口側に前記再生素材の通過調整用ゲートを設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。
 本件発明とY装置との相違点は次のとおり。
1. 本件発明と槽底部がフィーダであるのに対し,Y装置の槽底部はスクリューである。
2. 本件発明においては,溶解槽内に複数段の格子枠を内設し.上段側の格子枠の升目を大きく下段側の格子枠の升目を小さくしているが,Y装置においては,一段の格子枠のみであり,格子枠の升目のサイズに大小はない。
3. 本件発明においては,格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設しているが,Y装置においては,格子枠の上部側及び下部側に蒸気噴射パイプを配設している。また,本件発明においては,溶解槽を複数室に区画形成しているが,Y装置においては,そのような構成はされておらず,溶解槽は一室である。
4. 本件発明においては,槽底部にエプロンフィーダを設け,当該フィーダの出口に通過調整用ゲートを設けているが,Y装置においては,フィーダはなく, これに代わるスクリューの出口に通過調整用ゲートは設けていない。


<判旨>
 請求原因について
1)
 原告が本件特許権を有すること,本件発明の特許請求の範囲及び本件発明の構成要件は,当事者間に争いがない。
2)
 また,被告が昭和53年8月ころから被告装置を所有し,これを使用していることも当事者間に争いがない。
と認定して,次のように判断した。
1.本件発明と被告の業務範囲
「・・・・・・,Yは,Xの入社以前から,アスファルト舗装工事,アスファルト合材の製造販売等を業とし,・・・・・・,昭和49年2月ころから,・・・・・・アスファルト舗装廃材を利用してアスファルト合材を再生する技術について研究開発を始めたことが認められ,・・・・・・本件発明が,その性質上,Yの業務範囲に属する発明である」
2.略
3.右(一)(二)において判示した事実を総合すると,取締役AはYの機械担当取締役として,XはYの機械課長として,すなわち,それぞれ,Yにおける職務としてアスファルト合材の再生装置の研究開発を行っていたものと認めることができる(なお,前示のように,本件においては,試作機製作のための費用の一部を取締役Aが個人的に負担したという特殊事情はあるが,それのみでは,当初,Yにおける職務として行われていた研究開発が以後取締役AやXの個人的な行為に変質したとすることはできない)。
 Xは,昭和51年4月12日,Y代表者から,Xの研究開発しているアスファルト廃材の再生装置についてYが事業とし行う考えがないので,その研究開発をやめ本来の業務に専念すべき旨指示されたことが認められるが、その指示によって,それまでの研究開発行為が職務上なされていたということに変動が生じるものではない。
4.本件発明の完成時期
完成時期の判断に当たって認定した事実は次のとおりである。
1)
 Xは昭和50年7月ころ,本件発明の前提となる基礎技術を見いだしたこと。
2)
 訴外C社は,昭和51年2月ころ,本件発明の試作機である試験二号機F型の図面を作成したが,その図面には,すでに本件発明の特徴的構造部分に関する記載がされていること。
3)
 上記F型は,同年2月26日から製作に着手され同年3月9日に部分運転を開始し,同月22日に完成したこと。
 認定した事実,特にXがYを退職してわずか24日後に本件特許の出願(当初は実用新案の出願)をしていることからすると,Xの退職から右出願までの間に本件発明を完成させるための特別の研究開発が行われたことを認めるに足りる証拠のない本件においては,本件発明は,原告の退職の時点で発明として完成していたものと推認するのが相当である(Xは,試験二号機F型が実用機として完成したのはYの退職後の昭和51年8月であり,本件発明はXの退職時には未完成の状態にあった旨主張するが,発明の完成はその発明に基づく実用機の完成を必要とするものではないから,Xの退職時に試験二号機F型が実用機として完成していなかったとしても,そのことは,右推認の妨げとはならない)。
5.職務発明の成否
 右1ないし4において判示したところによると,本件発明は,その性質上,Yの事業の範囲内にあり,かつ,発明をするに至った行為がYにおけるXの現在の職務に属する発明(職務発明)に当たるというべきであるから,Yは,本件特許権につき,特許法35条1項により通常実施権を有することになる。
 以上の判示に基づいて,Xの請求を棄却した。

<評釈>
 本件の特色は,退職してわずか24日後ではあるが,Xの過去の職務に属する発明について,職務発明に基づく通常実施権を認めた点にある。職務発明の成立については,本件発明とYの業務範囲,XがYに勤務した期間,XのYにおける職務,本件発明の完成時期の4点から,詳細に検討されており,本件発明は,その性質上,Yの事業の範囲内にあり,かつ,発明をするに至った行為がYにおけるXの現在の職務に属する発明すなわち 職務発明に当たると結論づけており,至当であると判断する。
 職務発明に当たると結論づけるに至った各要件に若干の検討を加える。

1. 本件発明とYの業務範囲との関係
 特許法35条1項は,職務発明であるか否かを決定する要件として「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し,・・・・・・」と定めている。「使用者の業務範囲」については,わが国において定款を一つの基準としながら,その範囲を発明者の発明権を主体的にみて厳格にすべきであるという説と,実体論的にみて若干弾力的に広く解釈すべきであるという説とに分かれている(江夏弘「英仏における職務発明」285頁以下)。この点については定款等にあまりとらわれることなく,具体的な技術内容で,なされた発明と当該使用者等の業務範囲との関係をケースバイケースで適切に判断するを要すると思うが,同様のことはプログラムの職務著作についても妥当する(兼子一他著「発明」436頁以下,山田恒夫「著作権法第15条第2項について」著作権研究14,P.78等参照)。本件にあっては,Yは,Xの入社以前から,アスファルト舗装工事,アスファルト合材の製造販売等を業としてきており,昭和49年2月ころから,アスファルト舗装廃材を利用してアスファルト合材を再生する技術について研究開発を始めたことを認定して,本件発明が,その性質上,Yの業務範囲に属する発明であることを認めているのであって,定款には何ら触れていない。つまり,過去及び現在において実際に行っていることをもって業務範囲を判断している。過去の業務については,35条1項の業務範囲に包含せしめる必要はないようにも思えるのであって,むしろ何らかの制限,例えば具体化しつつある次年度の業務計画等,将来の業務を現在実施している業務に加えて,同条同項の業務範囲とすべきではないかと思料する、この点につきドイツのGesetz über Arbeitneh・mererfindungen,vom 25.Juli 1957§19は“vorhandeneroder vorbereitetenArbeitsbereich” と表現しており,vorhandener Arbeitsbereich については,事業主の現在の実際的経済的活動,例えば事業主の調達計画で明示されているものを意味し,vorbereitete Arbeitsbereichについては,企業内の命令によって材料を外注する等,部分的に実行に移されている等の,一定の範囲にある実行の決定の具体化を意味するものと解されている(vgl. Bartenbach/Vol.3,Gesetzüber Arbeitnehmererfindungen Kommentar,2.Auflage,S.646)。大阪地判昭和47年3月31日(昭42ワ6537号,時報678号71頁)は「会社の代表取締役として会社経営全般を主宰していた者が,その経営方針にもとづき新製品の生産に着手したところ,技術上の困難から順調に生産できなかったので,右の者が自ら先頭に立って各種研究を行ない,会社の資材を使用し,工員を補助者としてその着想を実験に供し研究を重ね,ついに特許発明を完成したという事実のもとでは,この発明は右の者の会社の業務範囲に属するものであり,・・・・・・」と判示して,経営方針に基づくこと,会社の資材を使用すること等をそのメルクマールとして掲げている点は注目に値しよう(兼子,染野「判例工業所有権法」2113の53頁参照)。

2. Xの職務について
 特許法35条1項は「・・・・・・,かつ,その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明について特許を受けたとき,・・・・・・」と定めている。ここにいう職務というのは,会社における職責上,当然自明のものとして,その職務上の地位が新技術の開発を無視して成立し得ないような場合であって,これは明示でなくても,黙示であってもかまわないと解されている(前掲「発明」447頁)。この点については著作権法においてもおおむね同じに解されているといえよう(中山信弘「ソフトウェアの法的保護」63頁参照)。この点につき判例は旧法(大正10年法律第96号)時代から,研究開発の現場の実情について,特に命令ないし指示がある場合だけが任務に属するとの見解は狭きに失する旨を判示しており(最小判昭43.12.13民集22−13−2972,別ジュリNo.86特許判例百選<第2版>33頁),現行法のもとにおいても,前掲大阪地判昭和47.3.31判時678号71頁(耐圧ホース事件)において「原告は会社の代表者として,経営方針の決定,新製品の開発,生産方法の改良等,会社の業務全般を執行する権限と職責を有していたものであるから,右発明をするに至った行為は,被告会社における同原告の職務に属するものといわなければならない」旨説示している(前掲別ジュリ,同頁)。本件にあっては,認定事実から判断して,アスファルト合材の再生装置の研究開発を行うことがXの職務であったと判断できることは当然,取締役Aの費用の一部負担によって,XのYにおける職務でなくなったということはできず,本判決の判断は至当である。
 次に,Xは4月12日にY代表者から,現在実施中の開発研究を中止するべく指示されたことが認定されている。このことにつき判旨は「その指示によって,それまでの研究開発行為が職務上なされていたということに変動が生じるものではない」と判示しているが,その理由が必ずしも明らかにされているわけではない。この研究中止の指示については,例えば,研究部門に勤務していた者が販売部門に転勤になった後に,前の研究の知見または経験に基づいて,発明を完成させたような場合とか,機械部門にいた設計者が,化学の生産部門に転属された後,前の経験を利用して行った機械の発明などの場合と同様に解すれば,すべて職務発明となる(前掲別ジュリ33頁参照)。

3 本件発明の完成時期について
 完成時期についてのまず第一の問題は,XがYを退職してわずか24日後とはいえ,退職後に本件特許の出願をしている点である。この点につき本判決は,この24日間に本件発明を完成させるための特別の研究開発が行われたことを認めるに足りる証拠がないから,Xの退職の時点で発明として完成していたものと推認するのが相当であるとしている。だとすれば,本件発明がいつ完成したのかの問題が生ずる。認定された事実に基づいて本件発明に至った経緯をたどってみると,まず,本件発明の前提となる基礎技術が開発されたのが50年7月である。51年2月には,本件発明の試作機である試験二号機F型図面が作成され,同図面には本件発明の特徴的構造部分が記載されており,製作に着手したのが2月26日である。部分運転を開始したのが3月9日で,試験二号機F型の完成をみたのが3月22日である。訴外Aが51年4月8日に有限会社Bを設立した時点では,試験二号機F型の試運転の結果,本件発明の事業化のめどがついていたわけで,4月12日にY代表者から,現在実施中の研究開発の中止を指示されたとしても,その時既に本件発明は完成していたとみることができる。ただ,ここで問題になるのは,本件発明と,試験二号機F型との技術的な関係である。本件発明が51年3月22日あるいは判示のごとくXがYを退職するときに,完成していたといい得るためには,本件発明と試験二号機F型とが同じ技術内容であることを認定しておく必要があったのではないかの疑問が残る。
 Xは,試験二号機F型が実用機として完成したのはY退職後の昭和51年8月であり,本件発明はXの退職時には未完成の状態にあった旨主張している。この点について判旨は,発明の完成はその発明に基づく実用機の完成を必要とするものではないから,Xの退職時に試験二号機F型が実用機として完成していなかったとしても,そのことは,退職時点で発明として完成していたとの推認の妨げどはならないと断じている。発明の完成に実用機の完成を要しないことは当然,該技術に関する思想が創作的に表現され,それらが特許要件を満たせば,例え試作品であってもその完成をもって発明の完成とすることができるのであって, この点に関する判示は至極当然のことといわねばならない。実用機の完成云々の問題は発明の実施,すなわち事実行為であるから(名古屋地裁「45.11.29判決,昭和59年ワ第100・号等損害賠償請求事件参照),該発明の完成とは何ら関係ない。

4.職務発明の成否
 以上のごと<,本件発明は,その性質上,被告の事業の範囲内にあり,かつ,発明をするに至った行為がYにおけるXの現在の職務に属する発明(職務発明)に当たるというべきであるから,Yは,本権特許権につき,特許法35条1項により通常実施権を有することになる旨,判示していることは至極当然の判断であり,特に問題はない。ただし,判旨はこの後,結論として,よって,Xの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとし, ・・・・・・と結論づけているが,本件は特許権侵害行為差止請求事件であるから,何らかの形で,通常実施権を有することになるので,Yの本件特許発明の実施はXの特許権侵害となるものではないことを明言すべきではないかと思料する。

5. 本件に関する若干の考察
 (1) 本件は侵害行為とならないことを,職務発明の成立に基づく通常実施権の存在の面から明らかにした。これはYの実施がXの特許請求の範囲に属する技術であれば,職務発明に基づく通常実施権が存すれば侵害とならず,特許請求の範囲に属さない技術であれば当然に侵害とならないから,職務発明の成立を明らかにしておけば足りるとの判断に基づくものと思われる。然りながら,判旨はこのことには何ら触れていない。Xの主張は均等技術についてがほとんどすべてであって,職務発明についてはYの抗弁として出されたものである。法的判断からすれば,技術的判断は不要である場合であっても,技術者サイドからみると,Yの技術が,Xの特許技術と等価値な技術であると,土木関係専門技術者は判断できる等の,技術に関する判断が若干ほしかったようにも思える。本件にあっては,Xは技術者であって,代理人も立てていないのであるから,判決理由の中に若干なりとも技術に関する判断が含まれていてもよかったのではなかろうか?

 (2) 職務発明について,使用者でない者が特許権を有するに至ったときには,これについて使用者は通常実施権を有することになるが,この通常実施権の発生は,一般の通常実施権の場合と同様に,特許権の設定登録の日からである。そうなると,それ以前の実施行為については,どのような根拠に基づくかの問題が生ずる。この点については,特許を受ける権利については実施権はないが,仮保護中のものについては,当然,仮実施権があると考えるべきであるという見解(吉藤,前掲「発明」472頁),潜在的実施権とする見解(兼子,同上473頁),解除条件つきの実施権とする見解(内田,同上同頁)などが述べられている。いずれにしても,仮保護の権利に基づく実施権は存するので,仮保護の権利に基づいて差止請求をすることは,権利の濫用になるとされている(同473頁)。この点については権利の濫用ではなく,実施権の対抗を受ける結果,差止請求権自体が存しないのであるとする考えも示されている(同474頁)。
 いずれにしても,本件における実施期間の大半は仮保護期間中の実施であるから,当事者の主張がないからとか反対説がないから問題とするを要しないとして事足れりとすることなく,法条文中に明定されていない点については,若干なりとも言及して判示しておくことが,今後の参考となるのではないかと思料する。


(やまだ つねお:東京理科大学教授)