発明 Vol.91 1994-4
判例評釈
工作機械の設計図の著作物性
(大阪地裁平成4年4月30日判決,昭和61年(ワ)第4752号損害賠償等
請求事件,知的裁集24巻1号292頁,判例時報1436号104頁)
久々湊 伸一
<事実の概要>

 原告Xは,金属加工用機械(圧延機)の設計製作,販売を事業内容とする会社で,丸棒矯正機の設計図を作製した。丸棒矯正機とは,特殊形状の2本以上のロールを用いて,金属の丸棒製作工程中に生じた丸棒材の曲がりを真っ直ぐに矯正するとともに表面切削後の荒れた表面を磨いてつややかにする機械である。
 Xの従業員は,Xの発意に基づき昭和60年12月頃までに,職務上,Xが製作販売するKVS −135型丸棒矯正機の設計図を作成した。7月作成したクラウンフレーム図(以下図1という),ベッドフレーム図(以下図2という)及びサイドフレーム図(以下図3という)を含む。
 被告Yは丸棒連続皮むき機の国産機の100%に近い市場占有率を有するメーカーで,昭和60年11月に丸棒矯正機の設計図の本体上部ベッド図(以下図4という)及び本体下部ベッド図(以下図5という)を,又その頃サイドフレームの部品図を作成し,昭和61年5月までにYは矯正機を1台製作して米国の会社に販売した。
 X設計図とY設計図を比較すると,まず図1と図4の対比において,クラウンフレーム本体の外形寸法(幅2300ミリ),上ロール軸受部を装着するための突出部分の寸法(外径1480ミリ,内径1400ミリ,突出高さ190ミリ,内部仕切部までの高さ550ミリ)が同一,四隅のステーシャフト受入部の中心とフレーム外面との距離(175ミリ)及び中心間距離(正面・背面1950ミリ,両側面1700ミリ),ステーシャフト受入部の内寸(上から順に直径147ミリの部分が高さ120ミリ,直径250ミリの部分が高さ560ミリ,直径147ミリの部分が高さ110ミリ,ズレ防止リング受入部直径195ミリ高さ30ミリ),三条構造の油溝の寸法が同一(図1に赤色と青色で示す)である。又図2と図5の対比において,ベッドフレーム本体の外形寸法(幅奥行はクラウンフレームと同じ,高さ650ミリ),ステーシャフト受入部の中心とフレーム外面との距離及び中心間距離(クラウンフレームと同一),ステーシャフト受入部の内寸(上から順にズレ防止リング受入部直径195ミリ高さ30ミリ,直径147ミリの部分が高さ70ミリ,直径250ミリの部分が280ミリ,直径147ミリの部分が100ミリ,直径270ミリの部分が高さ170ミリ),ベッドフレームとサイドフレームを締結するボルト用の孔の個数(6個)と位置寸法(フレーム側面からの距離75ミリ,孔間距離270ミリ)が同一(図2に赤色と青色で示す)である。
 更にXは(1)ハイドロナットを使用してステーシャフトをクラウンフレームに締めつけたこと,(2)サイドフレームの三層構造,(3)クラウンフレーム内の三条構造の油溝,(4)ベッドフレームの油回収の一部開放機構,(5)上ロールの上下調整システムにウォームとウォームホイール方式を採用したこと,(6)ロールの角度調整システムに油圧モータを採用したこと,(7)四山にバイオネット構造を採用した点が同一であることを主張し,Xは寸法,形状,構造において独自の学術的思想を創作的に表現したX設計図がY設計図により盗用複製され,その設計図に基づいて機械を製作することが設計図の複製となり,企業秘密に属する設計図を複写してそのまま用いることが不法行為に該当し,Yの著作権侵害乃至不法行為によって生じた損害は3000万円を下らないと主張したのに対し,Yは丸棒矯正機の如き工作機械は,特許権等により保護される機能に関する部分ではなく構造上の支持部分の図面は格別思想又は感情を創作的に表現した学術的性質を有するものとは言えず著作権保護の対象とならず,最も重要な部分は2個のロールの形状であり,フレーム部分は枢要部分でなく,基本的には構造的に確固としたものであればよく機械製造メーカーであればほぼ同様な設計となり,同一寸法,同一形状であっても機能に関して異なる思想に基づいて作成されているから複製の問題は生じないと反論した。


<判旨>
1.設計図の著作物性
 「X本件設計図は,Xの設計担当の従業員らが研究開発の過程で得た技術的な知見を反映したもので,機械工学上の技術思想を表現した面を有し,かつその表現内容(描かれた形状及び寸法)には創作性があると認められる・・・・・・。したがってX本件設計図はそれぞれ丸棒矯正機に関する機械工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面(著作権法10条1項6号)たる著作物にあたるというべきである。但し,Xの主張中の,ハイドロナットの使用や,サイドフレームを使用した三層構造を採用したこと,クラウンフレーム内における油溝を三条構造としたこと,ベッドフレームにおける油回収に一部開放機構を採用したこと,ロールの角度調整システムに油圧シリンダーと油圧モーター方式を採用したこと,バイオネット構造において四山を採用したことに関し,それらの構造を採用するという技術的思想そのものは,要件を満たした場合に特許法ないし実用新案法により保護さるべき性質のものであり(その意匠が意匠法により保護される場合もある),著作物として保護されるのは,その表現(図示された形状や寸法)であると解される。」
2.複製行為の存在
 「複製とは原著作物を有形的に再製するものである(著作権法2条1項15号)ところ,再製とは,必ずしも原著作物と全く同一のものを作り出す場合に限られず,多少の修正増減があっても,著作物の同一性を変じない限り,再製にあたると解されるがY上部ベッド図は,Xクラウンフレーム図と前記の点で同一ないし類似する寸法,形状が記載されているがロールの角度調整機構,バイオネット構造の形状,吊り手の有無,フレーム内部の諸寸法等の点で異なっており,全体としてはXクラウンフレーム図と同一性を有するとは認められない。Y下部ベッド図も,Xベッドフレーム図とは,吊り手の有無,油回収機構の寸法,具体的形状,フレーム内部の諸寸法等の点で異なっており,全体としてはXベッドフレーム図と同一性を有するとは認められない。Yサイドフレーム図は,その詳細は不明であり,Xサイドフレーム図と同一性を有すると認めることはできないうえ,Y設計担当が同図に接し,これに依拠して作成したと認めるに足る証拠もない。右以外のY設計図中にX本件設計図と同一性を有する設計図が存することを認めるに足りる証拠もない。
 しかしながら,Xクラウンフレーム図とXベッドフレーム図についての,各フレームの外形寸法(Xクラウンフレーム図の上ロール軸受部装着のための突出部分の寸法を含む),ステーシャフト受入部分の中心とフレーム外面との距離,中心間距離及び内寸,油溝部分の寸法,ボルト孔の位置の寸法等,別紙図面1及び2に数字を赤色及び青色で示した寸法やこれらの寸法に基づき図示された形状部分は,クラウンフレームとベッドフレームの基本的構造に関するものであり,そうした基本的構造の寸法は,それだけでもX設計担当者らの機械工学上の技術思想を表現した面を有し,その表現内容(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)には創作性があると認められる。そして,Y設計担当者のIは,Y上部ベッド図はXクラウンフレーム図の,Y下部ベッド図はXベッドフレーム図の右基本的構造に関する表現(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)をそのまま引用したものであり,同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという事情によって説明しうる範囲を超えているから,Y上部ベッド図はXベッドフレーム図を,それぞれ右指摘部分につき部分的に複製したものであり,Xが各設計図の右指摘部分について有する複製権を侵害する。」
3.機械の製作が設計図の複製に当たるか
 「著作権法において,『複製』とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいう(著作権法2条1項15号)のであり,設計図に従って機械を製作する行為が『複製』になると解すべき根拠は見出し難い。Xは,それに基づいて製作することが予定されている設計図については,複製に建築に関する図面に従って建築物を完成することを含む旨規定する著作権法2条1項15号ロを類推適用すべきである旨主張する。しかしながら,右規定は,思想又は感情を創作的に表現したものであって学術又は美術の範囲に属するものであれば,建築物はそれ自体が著作物と認められる(著作権法10条1項5号)から,それと同一性のある建築物を建設した場合はその複製になる関係上,その建築に関する図面に従って建築物を完成した場合には,その図面によって表現されている建築の著作物の複製と認めることにするものであるが,これに対してX矯正機の如き実用の機械は,建築の著作物とは異なり,それ自体は著作物としての保護を受けるものではないしそれと同一性のある機械を製作しても複製にはならないから,Xの右主張は採用できない。」
4.企業秘密の不正使用
 「Yの設計担当の従業員Iが,Xと共通の外注先においてX矯正機の部品を加工中であることを奇貨として,右外注先においてXクラウンフレーム図及びXベッドフレーム図をXに無断で調査し,記入された寸法を写し取り,前記指摘の部分においてそのまま引用してY上部ベッド図とY下部ベッド図を作成し,これらの資料を参考に上部ベッドや下部ベッド部分の図を含むその他の設計図を完成し,その設計図に基づきY矯正機を製作,販売したものであり,このような手段によって他企業の製品についての公然知られていない情報を入手し利用することは,企業間の自由競争の限界を逸脱し違法と解され,故意によりXの財産上の権利を侵害して損害を発生させたものであるから,不法行為を構成する。そしてIはYの事業の執行に際して,右行為を行ったものであるから,Yは,Xに対し,その損害を賠償すべき責任を負う。」

<評釈>
 知的財産権戦争も究極にきた感がある。本件は,工業製品の設計図(Konstruktionszeichnungを)模倣して設計図を作成することが著作権侵害であるとされた事件で,私の知る限り判決集登載の事例として最初のものである。
(1)機械設計図の著作物性
 Xの丸棒矯正機を製作するための設計図は,機械工学上の技術思想を表現して,描かれた寸法や形状としての表現内容に創作性が認められれば学術的な性質を有する図面(著作権法10条1項6号)として著作物性を有すると認めた。正当である。この類型としては,条文が最初に例示しているように,地図が代表的なものであり,その事例も多いが(大阪地裁昭和26年10月18日判決,下民集2巻10号1208頁;名古屋高裁昭和35年8月18日判決,高刑集13巻6号507頁;東京地裁昭和39年12月26日判決,下民集15巻12号3114頁;東京地裁昭和44年5月31日判決,判例時報580号92頁;大阪地裁昭和51年4月27日判決,無体例集8巻1号130頁;富山地裁昭和53年9月22日判決,判タ375号144頁),設計図でも建築設計図はすでに著作物性が確認されている(東京地裁昭和52年1月28日判決,無体例集9巻1号29頁;大阪地裁昭和54年2月23日判決,判例タイムズ387号145頁;東京地裁昭和54年6月20日判決,無体例集11巻1号322頁;東京地裁昭和60年4月26日判決,判例タイムズ566号267頁)。その中で特に技術的思想の利用に関する件として冷蔵倉庫事件がある(上記大阪地裁判決)が技術的性質を有するものとして代表的な機械製造のための設計図に関する事件は報告されていなかった。これに対し,ドイツにおいては機械製作の設計図に関する判例として「ラインメタル−ボルジッヒII」事件(BGHGRUR1956,284),「武器掃除棒」事件(RGZ172,29頁),「空港設計図」事件(BGH GRUR 1979,464),「計算尺」事件(BGH GRUR 1963,633),「電極プラント」事件(BGH GRUR 1985, 129)がある。
 図形の著作物においては,美術の著作物とは異なり,表現する内容は意味を持ったもので,その内容に創作性がある場合と内容は既存のものを図形として表現した点に創作性がある場合が考えられ,表現される設計思想が創作的であるかどうかは重要ではないとされる。設計思想の保護は著作権法ではなく,技術的所有権の課題であるとされる(Ulmer,Urheberrecht 3Aufl.§22II1,S,138)。天体図,学術上の図解,表,医学上又は自然科学上の図面,武器,貨幣が保護される。視聴覚教育用の絵本又は塗絵本,手芸指導用ひな型刷,体操及び体位図,価格表及びカタログもこの種類に入る。
 わが国の文献では,設計図一般を図形の著作物として認めるものは多いが(萼優美「条解著作権」昭和36年49頁;山本桂一「著作権法」昭和44年197頁;榛村専一「著作権法概論・改訂版」昭和11年70頁;勝本正晃「著作権法(日本評論社・新法学全集・諸法II)」昭和14年74頁;加戸守行「著作権法逐条講義」昭和49年72頁),明確に「各種機器の設計図」を図形の著作物として認めているもの(久々湊他「全訂著作権法」1990年44頁)は少ない。
 学術的図形の著作物は,ドイツ著作権法に範を取った概念であるが,このドイツにおいては,旧法では,文学と音楽の保護に関する文学著作権法(LUG)と美術と写真の保護に関する美術著作権法(KUG)に二分されていた。そしてこの図形の著作物は,文学著作権法に規定されており(法1条1項3号),美術の範疇には属さず,むしろ文書著作物乃至は言語の著作物と考えられていた。
 本判決がXの設計図を機械工学上の技術思想を表現した学術的な性質を有する図面(著作権法10条1項6号)に当たる著作物と認定した点に誤りはないというべきである。
(2)複製行為
 次に判決は,Y設計図がX設計図を複写したことは確認できないが,少なくとも一致部分にかかる形状,寸法を詳細に記録し,その結果に基づいて図示するものの形状,寸法を決定したと認定した。数値が偶数とするには不自然なまでに一致しているとして,Y設計図がX設計図に依拠しているものと認定し,クラウンフレームとペッドフレームのXY設計図を対比して図面全体の同一性は認められないが,両フレームの基本的構造に関する表現が引用(狭義の著作権法32条の引用と解するのは困難である)されていると認定し,設計図の指摘部分の複製権の侵害があるとした。
 先に指摘した冷蔵倉庫事件判決は又「一般に1個の著作物の部分引用は,当該引用部分が原著作物の本質的な部分であってそれだけでも独創性または個性的特徴を具有している部分については, これを引用するものは部分複製をしたものとして著作権侵害を認めるべき」ものと判断している。この部分も本件判決に影響を与えており,本件では複製が多少の修正増減があっても同一性を維持していれば成立するが,設計図を対比すると同一性が認められないから全体として複製は成立しないと認定した上で,それにも拘らず上下フレームの基本構造が引用されているとして,「そうした基本構造の寸法は,それだけでも,X設計担当者らの機械工学上の技術思想を表現した面を有し, その表現内容(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)には創作性がある」と認定している。
 判決はX設計図の著作物性を認めながら,その図面が示しているハイドロナットの使用,サイドフレームを使用した三層構造その他の技術的内容は,技術的思想として要件を満たした場合に特許法ないし実用新案法によって保護されることはあるが,著作物として保護されるのは表現(図示された形状や寸法)に限られるとする。
 これに対しては,私見はやや観点を異にする。その図面に示された技術的思想のそれぞれはもちろん著作権の対象ではなく,それを表現するある一般的な部分図は,著作権保護を受けないが,判例が著作権を認めた部分との相関関係を認めるべきであると考える。上下フレームの基本構造が寸法及びその寸法に基づく形状にある創作物を,ハイドロナットの使用,サイドフレームを使用した三層構造等同一な特徴の多数を共通にする同じ丸棒矯正機に引用したことが,著作権侵害となるものと考える。判決が認めた寸法と形状が,指摘された技術思想の大部分を共通にしないもの,あるいは丸棒矯正機ではないものに利用されていても著作権侵害が成立するかどうか。設計図を対比して同一性が認められる程のものであれば,一方が丸棒矯正機であったものが,これを別の機械に利用した場合にもその侵害した事実に影響を与えない場合もあろうが,本件はそのような場合に該当するとは思われない。その程度に応じて相対的に判断されるべきものと考える。なる程Xの指摘した上下フレームの基本構造の寸法及びその寸法に基づく形状以外のいくつかの特徴は,著作権を認めた部分が存在しなければ著作権侵害は生じないが,技術的思想の組合せも又著作権成立に寄与しているという考え方は成立しないであろうか。市庁舎陶壁画事件(東京地裁八王子支部昭和62年9月18日判決・判例時報1249号105頁)においては,多数の共通性を列挙して,複製権の侵害とは言えないかも知れないが著作権侵害になるというような判断をしており(両壁画は赤色系の特殊な大型楝瓦タイルを使用している,デザイン7種のうち3種を使用している,タイル内に各市の地名を焼込んでいる等々),表現そのもの以外の共通性を要件に加えている。サザエさん事件(東京地裁昭和51年5月26日判決,無体例集8巻1号219頁)においても,単に漫画の登場人物のキャラクターを示す頭部画の著作権侵害を認定したが,その当時そのような態様の違反現象は相当に存在しており原告の認容し難い点は,その人頭画がその著作物の題名「サザエさん」(「サザエさん観光」という形で)と組合せて使用された点の不正競争行為があったところにあると考える(もっともこの判決によりその後すべてのキャラクターの不正使用の現象が抑止された法政策的な意義を認めないわけではないが)。
 前記市庁舎陶壁画事件,最近の事件では測定顕微鏡事件(東京地裁平成4年4月27日判決,知的裁集24巻1号230頁)と同様に本件はノウ・ハウを熟知する下請企業が介在又は当事者となっている。推測などはしてはならないのかも知れないが,真相はYのフレーム部は,自己又は下請がXの設計図に従って製作し,設計図は著作権侵害にならないように表現を変えて製図したが,侵害の残査が裁判所の発見するところとなったとも考えられる。私見が難解と思われる論理を固執するのは,著作権法上の設計図の個性的な表現の複製を直ちに認めることが出来ないとする理由として上述の如き不正行為の存在を予想するからである。
 判決が著作権侵害を認めた設計図の同一(引用)部分以外のX指摘の共通部分は,引用部分の著作権侵害を確実にする意味連関をもたらすものとして妥当であるかどうかはなお疑問である。むしろYが丸棒矯正機の最も重要な部分は2個のロールの形状にあるとした点に注目して,丸棒材の最大寸法125ミリと135ミリ,ロールの長さが800ミリで共通している点でYの主張を反駁し,基本的に同一の丸棒矯正機を製造するための設計図に個性的表現を示す判決指摘の著作権侵害が成立するものと考える。この点で結論に賛成であるが上述の通り視点について疑問を抱く。もっとも法理論を構成することの極めて困難な事例であることは認める。
(3)機械の製作は設計図の複製であるか
 設計図に従って機械を製作する行為は,「複製」とはならない。建築物は実用的なものであるが, しかし美的観賞の対象ともなっており,著作物と認められる。建築物が創作物でなければ,著作権のある設計図に従ってその建築物を完成しても著作権法(2条1項15号ロ)上の複製ではない。建築に関する著作権の事例はいくつかあるが(前記判例参照),いずれも建築設計図の著作権を認めた事例であって,建築著作物である建築の著作権侵害を認定したものではない。第2条1項15号ロを適用して著作権侵害を認めるには建築物が著作物であることを認定しなければならないと考える。
(4)その他の問題
 判決はなお本件設計図が法人著作にかかわるものであると認定している。この点でも民事事件では初めての判断を示したものであるが,通説によったものである(阿部浩二「不正競争防止法と著作権」特許研究11号1991年14頁及び注2及び3参照)。私見では職務著作については一般的に法人が著作物の利用に関して権利行使ができ,法人著作を認める必要があるのは,著作者人格権の問題でかつ著作者と法人との間に争いがある場合に限られると解する。未公表の間は著作者人格権の問題は生じない。職務著作についての著作権問題は,契約の解釈で処理出来る筈である。著作者がその設計図に従った製品の製作に同意していれば,別段の取決めのない限り製造会社たる法人はその著作権を排他的に行使する権限を有するものと解する。
 企業秘密の不正入手は,不正競争防止法改正前の事件であるから,民法709条に基づく不法行為と認定したわけであるが,損害額を見るとこの不法行為による損害は著作権侵害と合わせてもわずかであると認定したことになる。
 なお本件判決に対しては半田教授の判例評釈が既にあり(判例評論416号62頁,判例時報1464号224頁),著作権法の一般原則についての説明があるので,本論はそれを基礎にして論じた。
〔図省略〕


(くくみなと しんいち:小樽商科大学教授)