判例評釈 |
加勢大周出演禁止等請求事件 |
〔東京地判平成4年3月30日,平成3年(ワ)第10522〕 |
大家 重夫 |
<事実の概要> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
被告Y1(人気タレント)が,所属していた原告X(プロダクション)から脱退し,別の被告Y2(プロダクション)と専属契約を締結したところ,Xは,契約の存続を前提として,Y1が「芸名」を使用することの禁止,Y2との契約の禁止などを求めて訴えた事件である。
原告Xは,芸能プロダクションX((株)インターフェイスプロダクト),被告Y1(川本伸博)は,芸名を加勢大周という者で,被告Y2は,芸能プロダクション((株)フラップ・プロモーション,代表者はYの母)。
争いのない点 原告Xと被告Y1が,平成2年6月1日,専属契約(以下,本件契約)を締結したことは争いがない。 被告Y1と被告Y2が,専属契約を結び,Y2が契約に従い活動し,Y1がY2のために芸能活動をしていることは,争いがない。 被告の主張 次の理由で却下すべきだ。
裁判所の判断
|
<評釈> |
判決に賛成する。
両者の争点,従って裁判所のこれに対する判断は多岐にわたっているが,要するに原告Xと被告Y1との間に,締結されている専属契約が存続しているか,解除されたかの争いである。 存続していれば,X,Y1間の契約条項第2条にある「甲は,乙の芸名,写真,肖像,筆跡,経歴等の使用を第三者に許諾する権利を有します。乙は,これらのものを第三者に使用させることはできません。」という条項−芸名等の使用の許諾の窓口の一元化,一本化条項とでもいうべきもの−により,甲は「芸名」の使用許諾を自由に行え,乙は,第三者に使用を許諾することはできないということになる(1)。 そういう意味でこの事件は,昭和38年9月,新たにレコード会社日本クラウンが発足した際,日本コロムビアの専属歌手であった五月みどり,北島三郎が日本コロムビアとの契約延長を拒絶し,契約終了を主張,日本コロムビアは,契約存続を前提に,五月みどり,北島三郎,日本クラウンを債務者とし,ア.五月みどり,北島三郎が歌唱した日本クラウンの新譜レコードを執行吏への引渡し,イ.これらのレコードの発売等の禁止,ウ.五月みどり,北島三郎が日本クラウンのために歌唱し,歌唱を提供することの禁止を求めて仮処分の申請をした事件と同じである。この時,裁判所は,五月みどり,北島三郎が契約の定めるところにより,契約期間延長拒絶の意思表示をしたものとして, 日本コロムビアの申請を却下している(2)。 本件では,裁判所は,原告の請求を認容し,契約は存続していると解した。 1. ただし,被告Y1が被告Y2との間に締結した専属契約も有効であるとして,X,Y1間の契約に基づいてY1,Y2間の専属契約締結の禁止を求める部分の訴えは,却下した。訴えの目的は既に失われている,訴えの利益はないとして,却下した。すなわち,債権的効力の契約が二重に成立し,それぞれ有効であることからすれば当然である。 2.被告Y1は,芸名を使用して,音楽会等へ出演してはならないとの不作為請求は,内容が不明確と主張したが,裁判所は,社会観念上,当該行為が右表現に含まれる行為であるか否かの判断はできるから,原告の請求が特定を欠いたものとはいえないとしている。 なお,判決主文第1項で認められているが,「芸名を使用して」といい,「芸名」に力点をおいた点が,この事件での注目すべき点である。 3. 判決は,原告が,別紙記載の芸名等の使用許諾権を有することを確認した。 被告は,芸名「加勢大周」の使用禁止(不作為給付請求)を求めているため,確認請求はできないと主張したが,「給付請求の基本たる権利の存否については,講学上の即時確定の利益が認められる限り」確認の訴えは許されるとしたのである。これにも賛成する。 ここで,判決は,「芸名等の使用許諾権」について,社会的評価,名声を得ている芸能人の氏名・肖像等を商品に付した場合に,当該商品の販売促進の効果をもたらすことは公知の事実で,「被告川本の芸名である『加勢大周』も原告によって商標登録がされている」,「芸能人の氏名・肖像等の有するこのような効果は,独立した経済的利益ないし価値を有するものであり,このような芸能人の氏名・肖像等は,当然に右経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利の一つに該当するものというべきである。そして,芸名等の使用許諾権とは,芸能人の右財産的権利の使用を許諾する権利を意味するものである」「権利の意味が不明確ないし未成熟であるとはいえない」, としている。 私は,ここは,単に,原告と被告の契約書第2条に基づくからだ,第2条が公序良俗違反で無効ならばともかく,そうでなければ,契約に基づいてかかる権利がある,とするだけでよかったと考える。 しかし,ここに述べられた「氏名」「肖像」が経済的価値を有しているとの指摘は正しいし,判例もマーク・レスター事件以来認めているところである(3)。 すなわちパブリシティ権を認めたものであるが,本事件では,今までの事件と違い,肖像ではなく「氏名」に力点をおいている,前面に出したものであることが注目される。 しかし,「氏名」そのものが帰属,あるいは基となる権利については,互いに直接触れられず,「氏名」の「使用許諾権」について,争いになっている。この点については,後にふれる。 なお,この判決文で,「被告川本の芸名である『加勢大周』も,原告によって商標登録がされている」とあるが,これは,裁判所のミスで,商標登録出願がなされたのみで,設定登録はなされていない(第26類「印刷物(文房具に属するものを除く),書画,彫刻,写真,これらの付属品」を指定商品として,原告から1991年5月1日付で出されている。平成3年商標登録願第45342号という出願番号がつけられている(4)。 4. 契約の更新について。 この事実関係からみれば,判決のいうように,被告Y1が「本件契約第5条にいう契約の更新を欲しない旨の通知には該当しない」と考える。 以下,第6条について公序良俗違反による無効,第5条も同じく無効と主張するが,「正当な理由がなく契約更新拒絶」の場合の規定であり,この適用は無理がある。そして,判決のいうように,仮に6条が労働基準法違反としても,6条のみの無効であり,5条も無効になるわけではない。 5. 被告は,原告が音事協の一員でないのに,音事協の契約書を用いていたことなどを理由に,詐欺による取消し,錯誤による無効を主張したが,判決もいうように,原告が被告Y1を欺罔する目的をもって本件契約書面を使用したわけでなく,またY1も契約を締結するに際し,原告が音事協に加入しているかどうか,本件契約が音事協の統一契約と同じ内容かどうか,を重要視していたとは認められないとして,原告の詐欺,被告の錯誤を否定している。当然である。 6. 契約7条は,名誉信用を傷つけた場合,相手は,契約解除できるという規定で,Y1は,Xのオーディションの実施が,応募者から金銭受領の営利目的で,原告のタレント探しに利用されたもので,Y1の名誉信用が害されたと主張したが,裁判所は,直ちに応募者を騙すものであったということはできない。オーディションについての責任は第一次的に原告が負うもので,被告Y1の名前が使われたからといって直接責任追及はない,Y1の名誉及び信用を著しく害するものとまではいえないとした。これも,被告の主張に無理がある。 7. この事件では,判時1440号98頁のコメントもいうように,原告は,本件契約上の権利をもととして,本件契約2条の契約内容の確認を求めていると解され,一般的なパブリシティ権にいて判示する必要はなかったと思われる。 しかし,この判決は,芸名等の使用許諾権の意味について論じているので,芸能人の氏名の有する利益について触れる。 氏名については,氏名権として判例や学説がこれを認めてきた(5)。 芸名についても,竹田判事は,「その分野において周知となったときは,氏名権の保護をうける(6)」とされ,斎藤博教授は,「変名が通常の氏名と同じように保護されるためには,その変名が特定の個人を連想できるほどになっていなければならない」とされる(7)。 先に述べたように,氏名,肖像は,人格権としての面と財産権としての面をもつ。 氏名のうちの氏は,婚姻,養子縁組それぞれの取消し,離婚,離縁によって,また,戸籍法によって,氏は「やむを得ない事由」があれば改姓しうるし,「正当な事由」があれば,改名できる(8)。婚姻中に著名になった女性が,離婚後も婚姻中の姓を用いることを希望するのは,経済的価値が生じているからであるが,このように氏名が変更されることを承認しなくてはならない。芸名はより自由に変更できる。 そこから,氏名,芸名は,権利主体を表象する外皮ではあるが,一面,外皮として権利関係の客体になる。 氏名,芸名は,まず,使用している者が,その氏名,芸名につき法律上の利益を有するが,たとえば,契約により,氏名芸名を処分することもできる。 錦織淳弁護士は,この事件は,若柳流事件に類似しているとされる(9)。筆者も同感である。姓,芸名ともいえ,称号でもある「若柳」を氏名,芸名と同視するならば,若柳流の規約(10)は当事者間の契約であり,退流後も拘束し,退流ののちは,若柳と称することはできない。若柳流事件判決は,家元と名取の間には,「右『氏名』の授与(貸与)を介して,一種の契約関係を生じ」たとして,退流した元名取に対して「流名」等の使用の差止請求を認容したものである(11)。 歌舞伎や相撲の世界において,氏名というより,看板というべき名跡,しこ名は,まさにそれぞれの一門あるいは部屋が暗黙のうちに,その権利を有しているのであると説明できる。これらの氏名に財産権としての性格が強く現れている。 錦織淳弁護士は「今後は(芸名の)権利はすべてプロダクションが持って芸能人に貸与し,契約終了後は芸名を返却するか,芸能人が買い取るといった取り決めが盛り込まれていくだろう(12)」とされるが,理論上成り立つ考えであり、その可能性はあるといわねばならない。 これに対し,岡邦俊弁護士は,芸名は,「実演家にとっては,財産権以前の人格権としての性格を有する」とされ,「裁判所は,専属契約に違反したという川本に対し,「原告の許諾なく,第三者に対し,芸能に関する役務の提供をしてはならない」と命じることができるにとどまり,「加勢大周なる芸名を使用してはならない」という『芸名使用禁止判決』を下すことは許されないはずである。」(芸団協1992年6月号3頁)とされる。岡弁護士は,川本氏が「加勢大周」という芸名を使用し,人々に知られた以上,ちょうど仮面が顔に付着してしまい,もう取り外すことはできない,人格権とは財産権以前のもので,このほうが優先するといわれるのであろうか(13)。 しかし,筆者は,肖像と同じく,氏名も人格権と財産権の両面の性質をもち,後者は,客体として契約の対象ともなると思う。 この事件では,本件契約の中に,XとYの契約期間が終了した場合には,「Xが使用させた芸名をYは使用できない」あるいは「Yは芸名をXに返却するものとする」といった若柳流事件のような条項(10)を入れておけば,より明瞭になっていたのではないだろうか。 (なお,この事件の二審東京高裁平成5年6月30日判決は,本件契約は,平成3年6月1日以降更新されたと認められるとし,次に本件契約がその期間満了の日である平成4年5月31日に終了したかどうかについて判断し,この原告Xの起こした訴訟で,Y1が書面により本件契約の終了したことを前提にXの主張を一貫して否認してきたこと,これは,本件契約の再度の期間満了の日である平成4年5月31日の3カ月前までに,書面により,契約更新拒絶の意思を表示したものというべきで,本件契約は同日をもって終了したとし,原判決のうち控訴人Y1敗訴部分を取り消した。Y1は,平成4年6月1日以降の本件契約関係のないことの確認を求め反訴を起こし,判決はこれを認めた。) |
かなり古くから,日本のレコード会社は,アーチストとの間に次の条項の入った契約を締結していた。「アーチストは,本契約期間中前項に定める者(レコード会社)以外の第三者が販売する録音物または録画物の付帯品並びにその宣伝物等にアーチストの氏名,芸名,肖像,筆跡,経歴等を(レコード会社の)承諾なく使用許諾しないものとする。」。これについて故久松保夫氏は,「要するにレコード会社側は,アーチストの芸名から写真,筆跡から経歴まで自由に利用することができるが,アーチスト側は第三者にそれを許可してはいけない」ということだ(芸能人判例百題164頁)といわれる。 |
|
東京地裁昭和39年3月30日判決判時369号28頁判タ160号145頁。 |
|
氏名・肖像の財産的価値を認めたものとして,つぎの判例がある。マーク・レスター事件(東京地裁昭和51.6.29判決判時817号23頁,王選手肖像メダル事件(東京地裁昭和53.10.2決定著判集2−2 660頁),藤岡弘事件(富山地裁昭和61.10.31判時1218号128頁),中森明菜事件(東京地裁昭和61.10.9決定判時1212号142頁),おニャン子クラブ事件(東京地裁昭和61.10.6決定判時1212号142頁),おニャン子クラブ事件(東京高裁平成3.9.26判時1400号1 頁判タ772号246頁),(芸能人の氏名・肖像がもつかかる顧客吸引力は,当該芸能人の獲得した名声,社会的評価,知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価値として把握が可能。当該芸能人は,かかる顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有する。この財産的権利に基づき,差止請求権,侵害物件について廃棄請求権をそれぞれ有する),「BOφWY」「光GENJI」等肖像等使用事件(東京地裁昭和63.10.17決定著判集7集372頁)(氷室京介尾崎豊の氏名を使用),「BOφWY」「光GENJI」等肖像等使用事件(東京地裁平成元.9.27判決著判集8集412頁)(パブリシティ権の言葉を用いた。パブリシティ権の帰属主体は,氏名・肖像の有する独立した財産的価値を積極的に活用するため,自己の氏名・肖像につき第三者に対し,対価を得て情報伝達手段に使用することを許諾する権利と解した),サニーペット顧客広告事件(東京地裁平成元.8.29速報60号著判集8集406頁),(人がその意思に反して氏名を使用されず,また肖像を他人の目にさらされずにいられる自由は,法的保護に値する利益である),土井晩翠事件(横浜地裁平成4.6.4判タ788号207頁),(「パブリシティの権利とは,歌手,タレント等の芸能人が,その氏名,肖像から生ずる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値に対して有する排他的財産権であると解される。このような権利が認められる根拠は,・芸能人の特殊性,すなわち,大衆に広くその氏名,肖像等を知らしめて人気を博することにより,氏名,肖像自体に顧客吸引力を持たせ,それをコントロールすることによって経済的利益を得るという点にあると考えられる。」「しかるに」「晩翠の氏名,肖像等についてパブリシティの権利が発生するとは到底認められない。」(この判決については,阿部浩二・判評411号191頁),なお,物について,大型サロンクルーザー事件(神戸地裁伊丹支部平成3.11.28判時1412号136頁),(ホテルのシンボルとして使用していた大型サロンクルーザーの写真を無断で雑誌に掲載されたため,所有者たるホテルの信用及び名誉が侵害されたとし,損害賠償100万円が認容された。判時のコメントは,「本判決は本件クルーザーがホテルのシンボルであったとしているのであり,パブリシティの権利と親和性があると思われる。」とする。判例批評として阿部浩二・特許管理43巻7号881頁)。氏名権侵害事件の例としては、氏名の不使用の合意の違反である中島事件(東京地裁昭和39年9月29日判決判時396号13頁),22年間他人氏名冒用事件(神戸地裁昭和56年12月1日判決著判集3集676頁),酷似した他人の氏名を使用した「政治家の夜と昼」事件(東京地裁昭和62年10月21日判決判時1252号108頁)などがある。 |
|
小谷武「加勢大周事件に『商標』を考える」法セ463号18頁。 |
|
氏名権については,最高裁判例が次のように述べる。「氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成する・・・・・・から.人は.他人からその氏名を正確に呼称されることについて.不法行為法上の保護を受ける人格的な利益を有する・・・・・・。しかし・・・・・・,氏名を正確に呼称される利益は,氏名を他人に冒用されない権利・利益と異なり,その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえない・・・・・・。」(最高裁昭和63年2月16日民集42巻2号27頁判タ662号77頁)。川井教授は,「氏名権とは,人がその氏名につき有する法律上の利益をいう。」(川井健「氏名権の侵害」現代損害賠償講座2巻223頁)とされる。氏名,芸名,団体名は,現在,おおむね氏名権か不正競争防止法によって保護されている。氏名権についての判例を概観したものとして,大家重夫「氏名権について−判例による氏名,芸名,団体名称の保護」久留米法学16,17合併号99頁(1993年3月)。 |
|
竹田稔「プライバシー侵害と民事實任」190頁。 |
|
斎藤博「人格権法の研究」238頁。 |
|
民法750条(婚姻の際,夫か妻の氏を選択),同751条1項(生存配偶者の復氏),767条(協議上離婚の場合の復氏,3カ月以内届出により婚姻中の氏を使用できる),810条(養子縁組による氏の変更),816条(離縁による復氏,離縁から3カ月以内届出により縁組中の氏を使用できる),808条2項(婚姻取消しの場合,816条準用)。 |
|
錦織淳「『芸名』誰のものか−加勢大周事件とパブリシティの権利の新展開」民事法情報69号(1992年6月)4頁。 |
|
判時1306号107頁によれば,日本舞踊若柳流規約26条「当流の名取とは,第39条に依り受験合格し宗家又は宗家任命に依り家元が出席の上名取式を行い免状を授与された後にその資格を得たるものとする。但し当流の名取は,当流の固有の名称である若柳という流名を宗家より貸与せられたるものであり,如何なる理由があろうとも当流を退流した者は,それ以後若柳の名称を使用することができない。」 |
|
大阪地裁平成元年4月12日判決判時1306号105頁。 |
|
1992年5月2日日経産業新聞。 |
|
(4)の小谷武弁理士は,商標法4条1項8号が人格権保護規定ということから出発し,「使用され,それなりの信用や価値が化体した芸名は,その芸能人に専属すると考えるのが妥当と思われる。」とされるから,岡弁護士と同意見であろうか。また,前出若柳事件判決に対し、規約26条の拘束力を認めた判旨結論に反対される中島弘雅助教授も同意見と思われる。 |