判例評釈 |
特許権侵害の幇助者が,直接侵害による 全損害の賠償を命じられた事例 |
(東京地裁平成3年2月22日判決,昭和62(ワ)6869号 ,工業所有権関係判決速報No.190p.9) |
川口博也 |
<事実の概要> |
原告Xは部分かつらの特許権者で,被告Y1は,そのかつらに用いる止着部材を訴外Sから単価600円で560個購入し,それをY2・ Y3 (本訴共同被告,Xと訴訟上の和解により訴訟は終了。Y3はY2の代表取締役である)に単価1000円で販売した。Y2・ Y3は, その止着部材167個を同社製の部分かつらに取り付け被告製品40個を製造し単価30万円で販売し,その他の止着部材は単体で,卸しまたは小売り販売をした。Y1は,Y3から止着部材の購入申し込みを受けた際,その止着部材を使用した部分かつらはXの特許権の技術的範囲に属するおそれがある旨告げて,かつ,その販売によって生じる責任を負わない旨断って,その止着部材を販売している。 |
<判旨> |
1 被告製品は,本件発明の全構成要件を充たし本件特許の技術的範囲に属するとしたうえ,Y2・Y3の被告製品の製造販売行為についてのY1の幇助行為は本件特許権を侵害するものであるから,Y1は右侵害行為について過失があったものと推定される。そして,Y1は,共同不法行為者として,Y2・Y3と連帯してXに加えた損害を賠償する義務がある。
2 Xは,右侵害行為によりY1らが得た利益の額を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ,前認定判断によれば,Y1は,被告製品40個の販売行為について得られた利益の額について賠償責任があるとする。すなわち,利益額=30万円(単価)×40個(販売数)×16%(利益率)=192万円の限度で賠償請求を認容する。 |
<評釈> |
1 判旨は,特許法103条の「侵害行為」には幇助行為も含まれるとの解釈に立ち,同条の適用により,Y1の過失を推定している。しかし,直接侵害行為とその幇助は別個の法律概念であること,および,共同不法行為は民法上の制度であるから民法の特別規定である特許法103条は共同不法行為には適用がないと解されることからも,特許法103条の「侵害行為」には幇助行為は含まれないと解するほうが,論理的には整合性があるように思われる。
また,事実認定の問題であるが,所与の認定事実によれば,Y1の過失を認定できたのではないかと思われる。 Y1は,本件止着部材の販売により最大限22万4000円の利益を得ているに過ぎないのに,共同不法行為者であるとの理由で,本件和解により訴訟当事者の地位から逃れた直接侵害者Y2・Y3が得た利益の額の賠償を命じられている。 Y1・Y2・Y3が負担する損害賠償債務は,いわゆる不真性連帯債務であるが(最判昭和57年3月4日,判時1042・87,株券の購入依頼者と受任者からその指示を受けた証券会社従業者が共謀して受任者に代金相当額の損害を与えたという事実関係。判旨は,不真性連帯債務には民法434条の適用がないとの理由で, その証券会社に対する賠償請求訴訟の提起によりその依頼者の損害賠償債務の消滅時効は中断せず既に消滅しているので,同理由により,受任者の依頼者に対する損害賠償請求を棄却した原判決は正当であると述べている),X−Y2・Y3間の和解(免除の内容を有するものと仮定する)の効力がY1に及ぶか,すなわち,民法437条の類推適用があるか否かについては,学説は,肯定,否定,折衷説と意見は分かれている(四宮和夫,『不法行為』(現代法律学全集)790頁)。下級審判決では,不真性連帯債務には民法437条(免除の絶対的効力)の適用がないとするものが見受けられる〔東京地判昭和37年3月1日,下民集13・3・327。姦通した妻に対して賠償義務を免除したとしても,その効果は相手方の男に及ばない。ただし,妻に対する免除の意思表示は認定していない。東京地判昭和42年6月7日,判時485・21。タクシー運転手の過失による傷害とその治療に当たった医師の過失の競合に起因する症状の悪化を理由とする慰謝料請求について,タクシー会社との示談(私法上の和解−賠償請求権の放棄を含む)によっては,その医師の使用者である国の賠償債務は影響を受けないとされている〕。 前記学説中の折衷説は,和解により免除を受けた共同不法行為者の負担部分が他の共同不法行為者のそれに比較して著しく大きい場合に例外的に肯定し,同等もしくは少ない場合に否定する(山口和男・交通事故訴訟における和解『実務民事訴訟講座3巻』338頁,同旨,四宮,前出同書)。本件の場合,Y1−Y2・Y3間の免責の合意を含め,Y2・Y3の負担部分がY1のそれに比べて著しく大きい場合に当たるので,前記学説の肯定説,折衷説によれば,前記和解(免責)の効力はXに及ぶと解し得る。この場合,前記和解が,本訴の口頭弁論終決後に成立しているときは,Y1はXの執行に対して請求異議の訴えを提起することができる(民執35条2項)。 前記下級審判決の立場に立つと,Y1はXの執行を免れることはできない。いずれの場合でも,賠償を支払ったY1は,Y2・Y3に対しその負担部分に応じた求償をすべきこととなる。 2 事実関係に記載のとおり,Y2・Y3は,Y1から購入した本件止着部材393個を第三者に転売しているが,それによるXの損害については請求がないので判断が示されていないからその点について検討する。 本件止着部材は,前記認定事実によると,本件特許発明の要部に当たると解されるが,それが本件部分かつらの「生産にのみ使用する物」に該当すると仮定すると,Xはその転売を差し止めることができることとなる(特許100・101条)。そうすると,Xはその差止請求権放棄の対価として実施料類似の許諾料を請求できるはずであるから,Y2の無許諾転売によりXはその許諾料相当の損害を被ったことになる(このような論理により,実用新案登録を受けた製砂機用ハンマーの部品である打撃板の製造・販売による損害賠償請求が認容されている。そのハンマーは,アーム,取付体,打撃板からなり,その耐用年限は,それぞれ,1〜2年,2〜3年,3〜7日くらいとされている。大阪地判平成1年4月24日,判時1315・120)。 |