判例評釈 |
意匠登録商品製造販売禁止等請求事件 (着物の帯の図柄につき美術の著作物性が否定された事例) |
〔京都地裁平成元年6月15日判決,昭和60(ワ)1737号,判例時報1327号123頁〕 |
生駒正文 |
<事実の概要> |
原告Xと被告Yは,袋帯を主とした各種織物の製造販売業等を目的とする競業会社であり,X,Yともに西陣織工業組合に加入している。 |
<判旨>(一部認容) |
第一の本件図柄甲が周知商品表示に該当するか否かについて,「帯の図柄は一年間に約100,000件出まわっており,日本染織意匠保護協会に帯の図柄として保全登録を申請されるものが年間10,000件から13,000件あること, ・・・・・・保全登録をした図柄も・・・・・・保全登録済みの証紙を申請者において該当商品に貼付することができるに過ぎず,当該図柄じたいを一般に公示する方策は何らとられていないこと,特に奇想天外で独創的な特徴のある図柄を除けば,商品である帯を見てその図柄じたいからその出所を識別することは困難であること,以上の事実が認められる。本件図柄甲が帯の図柄として特に奇想天外であると認めるに足りる証拠はない。また,いずれの時期であれ,Xが本件袋帯甲をXの商品であると取引者に周知させるため特段の広告宣伝をしたとの主張・立証もない。」として,本件図柄甲自体がXの商品であると取引者間に周知になったものとは認められないとされた。
第二の本件図柄甲が美術著作物として保護されるか否かについて,「本件図柄甲のうち,枝垂れ梅の部分はこれが枝垂れ梅とすればこれまでに実例を見ない新規の題材をとりあげたものといえるが,本件図柄甲の形状,色彩からみるとこれを枝垂れ桜と見受ける余地が多分にあり,枝垂れ桜の図柄は他に事例が多いので,この部分が新規独創の図柄というには疑問があること,丸紋をこの大きさで五個一組の組合せとしてこのような位置関係に配置したことは新規であり,組合せ,表現,構図にすぐれ,独自性のあるものの,本件図柄甲のうち二重桧垣,丸紋じたい, 丸紋内の菊,椿,菖蒲もしくは 第三の点は,Yの本件袋帯乙の製造販売行為が不法行為を構成し,謝罪広告の請求および損害賠償の請求が認められるか否かについて,「Yは本件袋帯甲を問屋の展示会で見てその図柄を スケッチし,能衣装の図柄の本等も参考にして図案家に依頼して本件図柄乙を制作したもので,本件図柄乙は本件図柄甲の模倣であること,・・・・・・本件図柄甲に類似していること,また本件袋帯甲は全部が正絹から成っているのに対し,分析検査によると,本件袋帯乙からはクラフト加工剤が検出されており,Yは本件袋帯乙の製造にあたり正絹を増量するためクラフト加工した絹糸を一部に使用しているにもかかわらず,本件袋帯乙に西陣織工業組合の制定した正絹の証紙を貼付し,正絹ではあるがクラフト加工糸を使用している旨の同組合制定の証紙を貼付していないこと・・・・・・もっともYの本件袋帯乙の製造コストは一本約25,000から30,000円であり,Yの1本62,000円の販売単価は不当な廉売とまではいえないこと,しかし,Xは,Yの本件袋帯乙の製造販売により,問屋からXが本件袋帯甲に類似した品質の劣る袋帯を安価で別途に販売しているように誤解されて多数の苦情を受け,本件袋帯甲に関する営業活動及びXの営業上の信用を侵害されたこと,以上の事実が認められる。」として,Yの本件袋帯乙の製造販売行為は不法行為を構成するとした。そこで,謝罪広告請求については,「Yは西陣織工業組合の制裁を受け,このことは同組合の速報に登載され,同組合員の知るところとなったものということができるが,右製造業者間における措置であり,帯の取引に関与する問屋の関係でXの被った信用毀損の無形損害がこれによって回復されたことにはならない。・・・・・・繊維製品取引の業界新聞の一つである織研新聞に別紙三記載の謝罪広告を別紙三記載の掲載条件で一回掲載させるのが相当である。」として,Xの謝罪広告の請求は一部認めることとした。次に,損害賠償請求については,「Yの本件袋帯乙の販売量,販売期間,製造販売をとりやめた時期,問屋からの製品の回収及び封印凍結,西陣織工業組合の制裁及びその速報への登載による公表等の事実に照らすと,昭和60年7月以降においてXが本件袋帯甲を製造販売しえない合理的な理由が明らかでなく,Xの本件袋帯甲の製造販売の断念がYの前示認定の不法行為によるものと解するには根拠が乏しく,・・・・・・また,Xは,本件図柄甲を創作するに要した費用をも有形損害として主張するが,・・・・・・本件袋帯甲を単価12,3万円で少なくとも182本は製造販売し,それ相応の利益を挙げたものと考えるから,右費用をYの不法行為による損害とみることはできない。」として,Xの損害賠償請求が認められなかった。 |
<評釈> |
1.本件袋帯甲に施した本件図柄甲が,不正競争防止法1条1項1号の商品表示として周知になったものと認められるかどうかである。
本法1条1項1号の趣旨については,周知性のある他人の商品表示を用いることによる商品出所混同防止の結果として,その周知商品表示の主体が有する営業上の信用を保護するとともに,取引者や需要者の安全をはかって,公正な競業秩序を維持することである。本件として,本号の保護をうけるための要件としては,本件袋帯に施した本件図柄甲が商品表示に該当し,かつ商品表示として周知性を獲得することが必要である。 そこで,本法1条1項1号の「其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」(商品表示)とは,特定人の商品であることを識別化するものであって,本来のものは商標のみであるが,それ以外のものも,特定人の商品であることを識別化する出所表示の機能を備えるかぎり本号の商品表示となることは,確定的な判例,通説である(「オレンジ色戸車事件」大阪地裁昭41年6月29日判決・判例時報477号32頁,「トロピカルライン事件」大阪地裁昭58年12月23日判決・判例タイムズ536号273頁,満田=今村成和他編・注解経済法(下)839頁,紋谷暢男・無体財産権法概論20頁)。よって,商品の模様・図柄も,現実に使用されることによって商品の識別化を帯有する商品表示として肯定されている(「ロンシャン図柄事件」大阪地裁昭56年1月30日判決・無体財産関係民事判例集13巻1号30頁,「ルイ・ヴィトン事件」東京地裁昭59年3月12日判決・判例タイムズ519号259頁)。 本件図柄甲の商品表示性については,判決が特に奇想天外で独創的な特徴を除けば,商品である帯をみてその図柄自体からその出所を識別することは困難であると判示したが,帯の図柄だけが前記判例や通説の場合と異なり,奇想天外でなければならないとする識別条件を課すことはいいすぎであろう。 さらに,商品の模様・図柄が商品表示として周知性を獲得するためには,商品の形態周知の場合と同様に,「形態が一定期間使用されたというだけでは足りず,更に,その形態が同種の商品の中にあって排他的,独占的に使用されてその形態のもつ特色(個別性)が取引者又は需要者間に認識されることを要するというべきである・・・・・・」(「ワイヤレス・マイクロフォン事件」東京地裁昭40年8月31日判決・判例タイムズ185号215頁),また,「商品の形態自体は本来商品の出所を表示するものではないけれども,ある形態が永年継続して排他的にある商品に使用され,または短期間でも強力に宣伝され,あるいはその形態自体が出所表示の機能を備えるに至った場合には,これを商品表示のなかに含ませて差支えない」(「組立式押入タンスセット事件」東京地裁昭41年11月22日判決・判例時報476号45頁)として,同一商品表示を特定の企業の商品に継続的,排他的,独占的に使用されているか,または,短期間でも強力に宣伝,広告されていることが必要とされている。 |
本件図柄の周知性の獲得についても,Xが本件袋帯甲をXの商品であると取引者に周知させるための特段の広告宣伝をしなければならないと判示し,従来の判例を踏襲して周知性は否定されている。もっとも,パリ条約10条の2は,営業上の信用や取引の安全を国際的に保護するため,周知性の有無を問わず,競争者の営業所,商品または工業上若しくは商業上の活動との混同を生じさせるようなすべての行為を不正競争行為として取締まっているのであるから,わが不正競争防止法の公正な競業秩序の維持をはかるためにも周知性に関する解釈を緩和すべき配慮が必要となろう。本件の場合,商品の取引事情(問屋等の展示会)から,問屋や一般需要者に対する助言等メーカーや問屋等の役割が大であるときは,西陣織工業組合の組合員間や問屋間がどの程度,お互いに本件図柄甲を施した本件袋帯甲を積極的に知っていたか否かによるべきであろうが,Xの主張立証が不十分であったために,その点の判断が定かでない。
2.本件袋帯甲に施した本件図柄甲は著作権法によって保護される美術の著作物に該当するかどうかである。 本件袋帯甲の本件図柄甲のように工業所有権法と著作権法との重複する実用品に応用された美術の保護は,現行著作権法上最も困難な問題の一つである。わが国は著作権法改正(昭46年1月1日施行)の際にその取扱いが期待されたにもかかわらず,応用美術品については何ら触れるところがなかった。その改正著作権法の制定の経緯から明らかなことは(文部省「著作権制度審議会答申説明書」昭41年7月,7頁以下参照),一品製作の美術品(壺,壁掛け)が美術著作物として保護されることを確認するにとどめたこと,また,図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについても,それが純粋美術としての性質を有するものであるときは,美術の著作物として取り扱われるものとすること等の点である。このことから,意匠法の保護を受けない本件図柄甲等についても,著作権法上の保護をうけることが可能となろう。 これに対して,裁判所としては,@博多人形「赤とんぼ事件」において(長崎地裁佐世保支部昭48年2月7日決定・無体財産関係民事判例集5巻1号18頁),2条2項の美術工芸品が一品製作であることを要件として規定されているわけではないので,意匠法にいう物品である量産された彩色素焼人形の原型に応用美術の著作物性を認めたもの,A「天正菱大判事件」において(大阪地裁昭45年12月21日決定・無体財産関係民事判例集2巻2号278頁),既存の天正菱大判に模した純金製大判は著作物に当たらないとされたが,応用美術であっても高度の芸術性を備えているときは著作権の対象となりうる場合があると認めたもの,B「アルファベット・デザイン書体事件」において(東京地裁昭54年3月9日判決・無体財産関係民事判例集11巻1号114頁),アルファベット装飾文字をデザインした書体の著作物が否定されたが,応用美術とは実用的製作意図を一応捨象して観察し,美術鑑賞の対象となるものに限定されると認めたものがある。更にこの立場を採った「ティーシャツ事件」において(東京地裁昭56年4月20日判決・無体財産関係民事判例集13巻1号432頁),本図案は客観的,外形的にみて,ティーシャツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく,「専ら美の表現を追求」して製作されたもので,著作権法上,美術の著作物として保護されると認めたもの,C「仏壇彫刻事件」において(神戸地裁姫路支部昭54年7月29日判決・無体財産関係民事判例集11巻2号371頁),工業上画一的に生産される量産品の模型あるいは実用品の模様として利用されることを企画して制作された応用美術作品も原則的に専ら意匠法等の保護の対象になるが,紋様および形状の仏壇彫刻が形状・内容および構成などにてらし純粋美術に該当すると認めうる高度の美術表現を具有するときは,美術の著作物として保護される。このように従来の裁判例においては,実用目的として大量生産された場合でも,それ自体が美術の著作物としての「美的鑑賞の対象」たる性格を充たすかぎり,美術の著作物としての保護を受けることができるものと解する。本件判例も同様,純粋美術と同視しうるか否かの基準としては,対象物を客観的にみてそれが実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術品として美的鑑賞の対象となりうるものであるか否かの観点から判定することは妥当である。 ただし,この基準が肯定される場合には,本件図柄甲が純粋美術としての絵画と何ら質的にかわるものではないといいうるからである。本件の場合,美的鑑賞の対象となるかどうかについては,本件図柄甲各部分を新規性の観点から評価して,本件図柄甲それ自体を全体的に判断して判示しているが,新規性の用語の使い方には問題があろうが,それを除けば妥当するであろう。したがって,本件図柄甲について,帯の図柄としてはそれなりの表現力,考案性を有するが,特徴とされる枝垂れ梅としての部分には独創性がなく,帯の図柄は主として組み合わせの点にある創作物(本件図柄甲が保全登録に公知限定登録されている)のために,創作者の個性が十分にうかがうことができないから,それ自体では専ら美的表現を目的とする純粋美術と同じ高度の美的表現を有するものではないと評価して,本判決は美的鑑賞の対象となりうるほどのものではないと判示したのである。 3.Yの本件図柄乙を施した本件袋帯乙の製造販売行為が不法行為を構成し,謝罪広告の請求および損害賠償の請求が認められるかどうかである。 本判決では,YはXの本件図柄甲を模倣し,それに類似する本件図柄乙を施した本件袋帯乙を製造販売した。本件袋帯乙はクラフト加工であるのに西陣織工業組合の制定した正絹の証紙を貼付し, また,本件袋帯甲よりも半値で販売したことなどから,Xが品質の劣る袋帯を安価で別途販売したと問屋間に誤解を与え,本件袋帯甲の営業活動およびXの営業上の信用を侵害したとして不法行為にあたるとした。Xの社会的名誉の毀損に対する回復については,繊維製品取引業界新聞の織研新聞に謝罪広告の掲載を認めたが,製造業者間の日本繊維新聞や一般紙である京都新聞には認めなかった。2紙に謝罪広告を認めなかった理由は,Yが西陣織工業組合から制裁を受け,このことが同組合に速報とし登載されていること,かつ,本件袋帯乙の製造販売を中止して4年余を経過していることを考慮されている。しかし,それによって,Xの社会的名誉の低下が取引者間等に十分に回復されているかどうかは定かでなく,疑問の残るところである。 損害賠償請求については,Xが合理的根拠のない昭和60年7月以降3年間の得べかりし利益を喪失した旨主張したが,Yの本件袋帯乙の製造販売の20本についての主張を,何故しなかったのであろうかと思われる。 なお,本件について,日本染織意匠保護協会に登録された保全登録の意匠を基本とする侵害行為につき不法行為が認められたが,今後,この法的根拠のない図柄・模様等が完全に模倣されるような行為は,民法709条の分野において,その成否が論ぜられるべき問題となろう。 |