発明 Vol.88 1991-1
判例評釈
引用例を示し進歩性のないことを理由とする
拒絶査定に対する審判手続において,同一の
考案であると判断した場合に改めて拒絶理由
通知を要するとされた事例
〔東京高裁平成元年5月31日判決,昭和62(行ケ)225号,判例時報1332号124頁〕
盛岡一夫
<事実の概要>

 原告Xは,名称を「磁気カード送り装置」とする考案(以下「本願考案」という)につき,昭和53年9月14日実用新案登録出願をし,同57年8月31日に審査請求をしたが,審査官が同58年2月8日に,出願の考案は実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができないとして3つの引用例を挙げ拒絶理由通知(同57年12月20日付拒絶理由通知書)した。
 Xは同58年3月22日に意見書を提出し,本願考案は,強制駆動の送りロールを対向設置することによって,カード送りにおける摩擦によるロスやスリップを未然に防止し,確実に等速でカードを送ることを可能にした。これに対し,拒絶理由引用例は強制駆動の送りロールを対向設置する点について全く示唆するものはないとの趣旨の主張をした。これに対し,審査官は,同59年2月21日に拒絶査定(同59年1月9日付拒絶査定謄本)をしたが,その理由は,紙葉類等を搬送する技術分野において,強制駆動の送りロールを対向設置する技術手段は周知であり,本願考案は拒絶理由引用例に示された磁気ヘッドの近傍に設けたローラ対により磁気カードを挾持搬送する磁気カード装置に転用したにすぎないというものであった。
 そこで,Xは昭和59年3月16日に審判請求をし,拒絶理由引用例はいずれも駆動ローラと案内ローラを対向して送り装置を構成しているのに対し,本願考案は強制駆動のカード送りロールを対向設置している点が相違していること等を主張し,次いで,同年4月11日付で手続補正書を提出し,出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲に「強制駆動のカード送りロール」とあったものを「送りロール」と補正した。
 これに対し,審判官は,本願考案と引用例記載のものとを対比すると,両者はともに「磁気カード送り装置」であって,本願考案における「送りロール」がXの主張のような「強制駆動の送りロール」に限定されるとは認められず,引用例記載のものにおける「圧着ローラ」と区別することはできないから,その構成上において実質的な差異はなく同一の考案である。したがって,実用新案法3条1項3号の規定により実用新案登録を受けることができないとし,Xに新たな拒絶理由の通知をしないまま昭和62年10月8日「本件審判請求は成り立たない」との審決をした。
 Xは,《1》本件審決の「送りロール」が「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められない旨の判断は誤っていること,《2》改めて拒絶理由通知を受けていれば,Xとしてはこれに対応する手段を講じることができたこと,本件の場合は東京高判昭和59年9月26日のいう「特段の事情」があったものと認められる。したがって,実用新案法41条の規定により準用される特許法159条2項によって準用される同法50条に違反しているとして訴えた。


<判旨>
 「実用新案法第3条第2項所定の『その考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが,前項各号に掲げる考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができた考案』は,本来右『前項各号に掲げる考案』とは別の概念であるが,実際には『「前項各号に掲げる考案」から出願時の技術水準や技術常識に基づいて,当業技術者がきわめて容易に考案することができた考案』と,『出願時の技術水準や技術常識に基づいて判断して,「前項各号に掲げる考案」と実質的に同一と認められる考案』との差異は必ずしも明らかではない場合がある。このような場合,具体的刊行物を挙げて,当該刊行物に記載された考案に基づいてその出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものがきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから,実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない旨の拒絶理由の通知があれば,出願人は,出願に係る考案が出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に記載された事項からきわめて容易に考案をすることができたかどうかを検討するとともに,必然的に,出願に係る考案が出願時の技術水準や技術常識に基づいて判断して引用例に記載された事項と実質的に同一と認められる考案か否かをも検討することになり,その結果に基づいて,意見書の提出等の対応をすることができるはずである。したがって,その後に,出願に係る考案が,右と同一の引用例に記載された事項と同一であるから実用新案法第3条第1項第3号に該当する旨の拒絶理由の通知がされても,出願人に実質的に新たな内容の意見書を提出する等の対応を期待することはできないであろう。
 してみれば,審査段階で引用例を挙げて実用新案法第3条第2項に該当する旨の拒絶理由通知がされていれば,拒絶査定に対する不服の審判手続において,改めて同法第3条第1項第3号に該当する旨の拒絶理由を通知することもなく,前記引用例に記載された事項と同一であるから同法第3条第1項第3号の規定により実用新案登録をすることができない旨の審決をすることが許される場合があることは明らかである。
 しかし,引用例を挙げて実用新案法第3条第2項に該当する旨の拒絶理由通知がされていても,出願人が,その拒絶理由には,挙げられた引用例に記載された事項と出願に係る考案とが同一であることも実質的には含まれていることを理解することが期待できない場合や,引用例に記載された事項と出願に係る考案との同一性が,拒絶理由通知後の補正により初めて問題となった場合等,出願人に対して,審決が実用新案登録を拒絶する理由である同法第3条第1項第3号の規定に該当するか否かについて検討しその結果に基づいて意見を述べる等の対応をする機会が与えられていないことになる場合には,前記のような拒絶理由通知の省略は許されない筋合である」
 「本件の場合,請求の原因四2(一)の(2)の拒絶理由通知がされた時点では,本願考案の実用新案登録請求の範囲は,前記1(二)認定のとおり7項からなり,その第1項には『録音ヘッドの下方に強制駆動のカード送りロールを対向設置してなる磁気カード送り装置』が記載されていたのに対し,成立に争いのない甲第4号証,甲第9号証,甲第10号証によれば,前記拒絶理由引用例には,強制駆動のカード送りロールを対向設置することの記載がないことが認められるから,客観的にみて,それらの拒絶理由引用例に記載されたものと,右時点での本願考案との間に,実質的な同一性があると解される可能性があったとはいえないから,Xが,通知された拒絶理由には,それらの拒絶理由引用例に記載された事項と本願考案とが同一である旨の拒絶理由も実質的には含まれていると理解することは期待できなかったというべきである。
 しかも,本件審決が本願考案の実用新案登録を拒絶する理由とした,引用例に記載された事項と本願考案との同一性は,審査手続における拒絶理由通知(昭和57年12月20日付通知書)の後の審判手続中に,前記1(三)認定のとおり,昭和59年4月11日付手続補正書で実用新案登録請求の範囲を全部補正し,実用新案登録請求の範囲が3項からなるものとし,その第1項を『録音ヘッドと送りロールとを並列し,この両者に,共通の駆動軸に取付けたロールを対向設置してなる磁気カード送り装置』と補正したことにより初めて生じた問題であり,Xに対して,本件審決が実用新案登録を拒絶する理由とした,『本願考案における「送りロール」がX主張のような「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められず,引用例記載のものにおける「圧着ローラ」と区別することができないから,本願考案と引用例記載のものとは同一の考案である』旨の判断の当否について検討しその結果に基づいて意見を述べる等の対応をする機会が与えられていなかったといわなければならない。
 そうすると,本件の場合,前記のような拒絶理由通知の省略は許されず,Xに対し新たな拒絶理由を通知しないままにされた本件審決は,実用新案法第41条の規定により準用される特許法第159条第2項の規定によって準用される同法第50条の規定に違反するものであり,その違法は本件審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから,本件審決は取り消されなければならない」

<評釈>
 1.本審決は,引用例を示して本願考案が実用新案法3条2項の規定に該当する旨を理由とする拒絶査定に対する審判手続において,該引用例と同一の考案であり同法3条1項3号に該当する考案である旨の理由により,審判不成立の審決をする場合には,改めて拒絶理由通知を要さないものとしている。従来,特許庁の実務では,このように運用されてきたものと思われる(審判基準61−03)。
 本判決は,審査手続において,引用例を挙げて3条2項に該当する旨の拒絶理由通知をしていれば,拒絶査定に対する不服の審判手続において,改めて3条1項3号に該当する旨の拒絶理由通知をすることなく,引用例に記載された事項と同一であるから3条1項3号の規定により実用新案登録をすることができない旨の審決をすることが許される場合があるとしているので,特許庁の実務を全く否定しているものではない。
 しかし,引用例を挙げて3条2項に該当する旨の拒絶理由通知がなされていても,《1》引用例に記載された事項と出願に係る考案とが同一であることも実質的には含まれていることを出願人が理解することが期待できない場合や,《2》引用例に記載された事項と出願に係る考案との同一性が,拒絶理由通知後の補正により初めて問題となった場合等,出願人に対して同一性につき検討し,意見を述べる等の機会が与えられていないことになる場合には,拒絶理由の通知の省略は許されない旨判示している。妥当な判決であろう。
 2.拒絶をしようとするときは,拒絶理由を通知しなければならない(実13条・特50条,実41条・特159条2項)が,常に拒絶理由通知をしなければならないのであろうか。本件の場合のように3条2項に該当する旨の拒絶理由通知がなされているときには,改めて拒絶理由通知をすることなく,3条1項3号に該当する旨の理由により実用新案登録を受けることができない旨の審決をすることが許されるのであろうか。そこで,拒絶理由通知制度について考えてみよう。
 拒絶理由通知制度は,審査官(審判官)が出願に係る考案が拒絶理由に該当するものであるという心証を得た場合においても,なんら弁明の機会を与えずただちに拒絶査定をすることは出願人に対して苛酷であり,また審査官(審判官)も全く過誤なきことは保証し得ないので,出願人に意見書を提出する機会を与え,かつ,その意見書を基にして審査官(審判官)が再審査をする機会ともしようとする趣旨であり,また,必要があれば手続補正書の提出の機会も与えるものである〔特許庁編・工業所有権法逐条解説160頁,小島庸和・特許法50講<第3版>(紋谷暢男編)131頁以下,山口洋一郎・注釈特許法(紋谷暢男編)150頁参照〕。したがって,拒絶理由の通知をしても,拒絶理由に対する意見書提出の機会を与えることなく拒絶査定(審決)をしても,その拒絶査定(審決)は違法である〔橋本良郎・注解特許法第2版上巻(中山信弘編)512頁参照〕。
 拒絶理由の通知書にはどのように記載すべきかについて,実用新案法に何の定めもない。拒絶理由通知制度の趣旨より考えると,出願人は,拒絶理由通知を受けると意見書を提出し,あるいは明細書を補正することによって,自己の出願が拒絶されることのないように防御する機会を与えたものであるから,拒絶理由通知書の記載に基づいて出願人が防御することができる程度に記載されていなければならない(竹田稔「拒絶理由通知−その1」発明87巻4号60頁,同・特許審決等取消訴訟の実務128頁以下参照)。したがって,拒絶理由通知書には,その根拠条文を記載することが必要である。
 拒絶理由通知書には,拒絶理由となった根拠条文を示し,引用した刊行物等が記載されているので,この拒絶理由通知を受けた出願人は,その根拠条文,引用例等について検討し,適切な対応をすることになる。したがって,拒絶理由通知書に示された条文や引用例と異なる理由によって拒絶する場合には,改めて拒絶理由の通知をすることが必要である。
 3.しかし,審査手続において,引用例を示して3条2項による旨の拒絶理由通知がなされていれば,審決において,3条1項3号に該当する旨の理由により拒絶するときでも,改めて拒絶理由通知を必要としない場合があると考える。
 東京高判昭和59年9月26日(無体集16巻3号638頁)は,「引用例を示し,特許出願にかかる発明が右引用例記載の発明と同一であるとする拒絶理由通知がなされる場合においても,右引用例に特許出願にかかる発明がその明細書の特許請求の範囲記載の文言そのままに記載されていることは少ないから,出願人が右拒絶理由の当否を検討するには,多くの場合,出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に右出願発明と同一の技術思想が実質的に記載されているかどうかの判断が必要である。一方,同じ引用例から容易に発明できたとする拒絶理由通知がなされる場合には出願人としては出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に現実に記載されている事項から出願発明が容易に発明できたかどうかの判断が必要であることはいうまでもない。そうすると,拒絶理由通知として引用例をあげて特許法29条2項に該当する旨が示されていれば,通常は,改めて同条1項3号該当の旨の拒絶理由通知をしても,出願人から実質的に新たな意見が提出される等の対応を期待することはできないから,このような場合に改めて同号による拒絶理由の通知を要しないとする取扱いは首肯しうるところである」と判示し,特許庁の実務を原則として認めている。
 しかしながら,「特許法29条2項の拒絶理由通知がなされた場合においても,出願人が,右拒絶理由において,そこにあげられた引用例に同項該当の根拠となる発明とみられるばかりでなく出願発明と同一ともみられうる発明も記載されている旨の示唆があると理解することのできない特段の事情があるときは,前記のような取扱いは許されないものといわなければならない。けだし,このようなときには,出願人に同条1項3号該当の拒絶理由を通知すれば,これに対する意見書の提出あるいは明細書の補正等適切な対応を期待することができるからである」と判示し,例外として,特段の事情があるときは,改めて拒絶理由通知が必要であるとしている。
 この東京高判昭和59年9月26日は,改めて拒絶理由通知を必要としない場合が原則であり,その通知を必要とする場合が例外であるとしているのに対し,本判決は,改めて拒絶理由通知を必要としない場合を原則とするものでもなく,拒絶理由通知を必要とする場合を例外とするものでもない。
 拒絶理由通知は,出願人に意見書の提出あるいは補正の機会を与えるものであるから,出願人の意見書の提出および補正の機会を不当に奪うことがない場合には,改めて拒絶理由通知をすることなく,審判請求を排斥することが許されてもよいと考える。
 引用例を挙げて出願に係る考案が3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない旨の拒絶理由通知があったときには,出願人は,該引用例に記載された事項と出願に係る考案とが同一と認められるものであるか否かについても検討することができ,その結果に基づいて,意見書および補正書を提出することができる。したがって,このような場合には,審決において改めて拒絶理由通知をすることなく,該引用例に記載された事項と出願に係る考案と同一であり3条1項3号の規定により実用新案登録を受けることができない旨の審決をすることが許される場合があると解する。
 しかし,3条2項に該当する旨の拒絶理由通知がなされていても,その引用例に記載されている事項と出願に係る考案とが同一であることを出願人にとって理解することが期待できない場合や拒絶理由通知後の補正によって初めて同一性が問題となる場合等がある。このように,出願人に対し,3条1項3号の規定に該当するか否かについて検討し,その結果に基づいて意見書の提出あるいは補正等の適切な対応をする機会が与えられていない場合には,改めて拒絶理由通知をすることが必要である。
 審判手続において,改めて拒絶理由通知をする必要があるか否かの基準は,3条2項に該当する旨の拒絶理由通知に挙げられている引用例に,3条1項3号に該当する拒絶理由が含まれていることを出願人が理解し,これに適切な対応をすることができるか否かである(竹田稔「拒絶理由通知−その2」発明87巻5号25頁参照)。
 なお,Xが意見書において本願考案の特徴である強制駆動の送りロールを対向設置する点が引用例には示されていないと主張したのに対し,審査官が,紙葉類等を搬送する技術分野において,強制駆動の送りロールを対向設置する技術手段は周知であるとし,別の文献を引用例としていることは問題である。


(もりおか かずお:東洋大学法学部教授)