発明 Vol.87 1990-9
判例評釈
登録実用新案の実施品の取替え用部品の
製造,販売行為が間接侵害に当たるとされ
た事例(製砂機ハンマー判決)
大阪地判平成元年4月24日,昭和60ワ)6851号,判例時報1315号120頁,判例タイムズ709号
243頁,特許と企業246号61頁,特許ニュース7633号,7634号,7638号,7643号
角田政芳
<事実の概要>

 X(原告)は,考案の名称を「製砂機のハンマー」と称する考案につき,昭和50年3月11日実用新案登録出願し,昭和53年5月6日出願公告を経て,昭和54年1月30日に登録された実用新案権(登録第1270373号)を有する者である(以下においては,この権利を「本件実用新案権」,これに係る考案を「本件考案」という)。
 本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づく本件考案の構成要件は,以下のとおりである。

a)前側面に案内溝を長手方向に形成し,この案内溝の溝底面に係上田部を数段形成し,この係止凹部に対応して案内溝両側板に取付穴を数段形成したアームと,

b)上記案内溝に直角に挿入し,係止凹部に適合する内端部を下段の係止凹部に係止させ,中間部の取付穴と上記両側板の取付穴とに止め杵等などを挿通して着脱自在に止着し,かつ,先部をアーム前側面から突出させた取付体と,

c)
イ.
長い厚板状に形成し,上部後側面の中央に凹部を形成した打撃板であって,
ロ.
凹部を上記取付体の突出部に取外し可能に嵌合固着し,かつ,上部をアーム先端から突出させた打撃板と

d)からなる製砂機のハンマー。
そして,本件考案は,従来の製砂機のハンマーの欠点を改良・除去したもので,アームに取付体を介して打撃板を装着し,打撃板を消耗の都度アームから段階的に繰出装着でき,打撃板が完全に消耗したときは打撃板のみ簡便に取替えできるなどの目的および作用効果を有するものである。
 これに対して,Y(被告)は,本件考案の実施品のハンマーの打撃板の取替え部品と,その形状,寸法がまったく同一である,物件目録(一)記載の打撃板(イ号物件)を,本件考案の実施品のハンマーの取替え部品として,業として製造,販売している。
 そこで,Xは,Yの行為は,実用新案法28条にいう登録実用新案に係る物品の「製造」に「のみ」使用するものを製造し,譲渡することに該当し,間接侵害に当たると主張し,損害賠償請求権の消滅時効により消滅する以前の期間につき,実施料相当額の不当利得返還と,それ以後の期間につき,逸失利益または実施料相当額の損害賠償を請求した。
 一方,Yは,本件考案に係るハンマーの打撃板を新品と取り替える行為は,実用新案法2条や28条にいう「製造」には当たらず,実用新案権の用尽効果などによりYのイ号物件の製造,販売行為によっては間接侵害は成立しない,実施料相当額の損害の賠償を定めた実用新案法29条2項は間接侵害には適用がない,などと主張した。


<判 旨>
 一部認容,一部棄却。
1.「イ号物件の製造,販売行為が本件実用新案権の間接侵害行為てあるといえるためには,イ号物件が本件考案に係るハンマーの『製造』に『のみ』使用するものてなければならない(実用新案法28条)。そこで,まず, イ号物件を本件考案に係るハンマーの取替用打撃板として使用することが,本件考案に係るハンマーを『製造』することに当たるか否かを検討する。」とし,原告が本件考案に係るハンマーの必須構成部材であり,主要構成部材である打撃板をそっくりイ号物件と取り替えることは、本件ハンマーを「製造」することに当たるとの「原告主張のような観点だけからは,何が前記法条にいう『製造』に当たるかを決定することは困難である。しかるところ,右法条は実用新案権の排他的効力に関するものであるから,何が右法条にいう『製造』に当たるかを決定するに当たっても,実用新案権の排他的効力との関連において,これを考察することが相当であると考えられる。
 そこで,こうした観点からみてみると,実用新案権者は業として実用新案を実施する権利を専有している(実用新案法16条本文)。そして,この実用新案権の排他的効力は,競争者による模造品の製造,使用,譲渡若しくは貸渡し又はこの模造品の譲渡人若しくは借受人による使用等の行為を排除するが,実用新案権者等が製造,販売した実施品の正当な購入者の使用行為や転売行為,借受人の使用行為等(以下『購入者等の使用行為等』という。)は排除しない。これは一般に実施品の販売等により実用新案権が用尽されたからであると説明されたりするが,その実質的根拠は,右の購入者等の使用行為等が実用新案権者等に支払った対価を回収する行為であり,これを認めることこそが,実用新案権者等の独占的利益の源泉を確保することになるからであるということができる。仮に,購入者等の使用行為等にも実用新案権の排他的効力が及ぶとすれば,実用新案権者等に対価を支払って実施品を購入等する者はまずいなくなるであろうから,実用新案権等の利益はかえって害されることになる。このようにみてくると,機械,装置の部品の取替行為についても,右のような実質的な観点を加味して考察するのが相当である。そして,こうした観点からみると,購入した機械,装置が予定された使用目的を達成する前に故障し,購入者等が,実用新案権者等に支払った対価を予定どおり回収できなくなったために,右の故障した機械,装置の機能を回復すべく故障した部品を取り替えるような場合は,支払った対価の回収行為の範囲に属するといえるから,それは修理行為として許されるということができる。しかし,購入時に予定されていた使用目的を達成し,実用新案権者に支払った対価を予定どおり回収した後に,新たに部品を取り替えて機械,装置を使用するような場合は、取替えの結果,実用新案権者等に支払った対価を超えて新たに考案を利用することになるから,そのような行為は当然に許されるものではないというのが相当である。購入者等が実用新案権者等に支払った対価を超えて考案を利用するのは,本来,実用新案権者等に確保されるべき独占的利益を害することになると考えられるからである。これを前記法条にいう『製造』との関係でいえば,部品の取替えも,これにより実用新案権者等に支払った対価を超えて考案を利用することになる場合は,もはや単なる修理行為とはいえず,右法条にいう『製造』に当たると解するのが相当である。 ・・・・・・(省略)・・・・・・本件考案に係るハンマーを備えた製砂機を販売することにあたって,当面必要な打撃板を販売し,その後は,購入者等の注文に応じて予備の打撃板を販売していくというのが,本件考案の特質に即した販売方法であり,実用新案権者等の独占的利益を確保する方法として許されてよいものであるということができる。以上のとおりとすると,上記のような販売方法によって販売された本件考案に係るハンマーを備えた製砂機を購入した購入者等が,実用新案権者等から新たに打撃板を購入し,これを適宜取り替えて使用することは,支払った対価の回収行為として当然許されることであるといえるが,実用新案権者等から購入した打撃板を使用し終わった後に,実用新案権者等以外の者から新たに打撃板を入手する等して使用することは,実用新案権者等に対して支払った対価を超えて本件ハンマーを使用することになり,当然に許されることではないというのが相当である。」
2.「イ号物件は,その構成からみた場合のみならず,これを実際の製品としてみた場合も,寸法,形状等からみて本件考案の実施品であるK製ハンマーが摩耗・消耗した場合の取替部品として使用する以外には商業的,経済的に実用性のある用途はないものであったと認められる。そうすると,イ号物件は,少なくとも本訴において損害賠償及び不当利得返還請求が問題になる前記期間中は,本件考案に係るハンマーの製造に『のみ』使用する物であったといえる。・・・・・・そして,既に判示してきたところと,K製製砂機が元来営業用の製品であることからすれば,右製砂機の購入者等が摩耗・消耗したK製ハンマーの打撃板をイ号物件に取り替えて使用することは,本件考案に係るハンマーを業として製造し,使用することになると解される。・・・・・・Xの間接侵害の主張は理由があるというのが相当である。」
3.「いわゆる間接侵害の成立を認める以上,実用新案権者であるXが,侵害者に対し,差止請求権と損害賠償請求権を行使できる立場に立つことは,明らかである。そして,このような立場に立つXが,侵害者との間で間接侵害を構成する部品の製造,販売について間接侵害を理由とする差止請求権及び損害賠償請求権を行使しないことを合意することは当然可能であるから,間接侵害を構成する部品を製造,販売しようとする者との間で,対価を得てこれについて右差止請求権や損害賠償請求権を行使しない旨合意すること,換言すれば対価(許諾料)を徴して右部品の製造,販売を許諾することも,不可能ではない(ただし,一般の場合のようにこれを登録する方法はない。)。そして,このような間接侵害を構成する部品の製造,販売は,法律上,実用新案権者であるXの許諾なしには適法に実行できないものであるから,右許諾料を支払わずに,間接侵害を構成する部品を製造,販売した者は,法律上の原因なく右許諾料相当額を利得し,これにより,実用新案権者だるXは同額の損失を被ったものとして,その返還を請求できると解するのが相当である。」
4. Kの逸失利益相当額につきXがした損害賠償請求は認めなかったが,「許諾料と一般の実施料の性質の類似性(いずれも,実質的には権利者の有する差止請求権及び損害賠償請求権の不行使に対する対価であるといえる。)や実用新案法29条2項の立法趣旨に照らすと,右の許諾料についても同条項が類推適用されると解するのが相当である。」

<評 釈>
1.はじめに
 本件判決は,間接侵害の成立につき,考案の実施品の購入者における部品の取り替えないし修理との関係で問題とされた最初の判決である。また,この部品の取り替えが,直接侵害たる「製造」に当たるか否かを間接侵害の前提として捉えその判断基準およびその根拠をいわゆる特許権(実用新案権)の用尽理論に求める旨判示した点,さらに間接侵害にもとづく不当利得返還請求および損害賠償請求に関して,間接侵害の成立要件たる「のみ」の時的判断基準を示し,対象物たる部品の実施許諾料相当額を損失と認めた点でも最初の判決である。また,損害賠償額につき実用新案法29条2項の類推適用を認めた点も注目すべきものである(1)
 このように,本件判決は,多くの論点について初めて判示したものであり,その意義および影響は非常に大きいものであって,その結論には賛成であるが,間接侵害の成立には直接侵害が成立しなければならないとの前提に立っている点,そのために部品の取り替えの侵害性を判断し,またその根拠として用尽理論を採用した点など,理論構成には後述するようないくつかの疑問がある。

2.判旨第一点について
 判旨第一点は,実用新案権の間接侵害の成立には,実用新案に係る物品の購入者における直接侵害を要するとの前提に立ち,そのために購入者がその物品の部品を取り替える行為が直接侵害たる「製造」に該当しなければならないものと考えたために,その詳細な検討を行っている。そこで, ここではその二点に分けて検討するものである。
(1) 間接侵害と直接侵害との関係について
 実用新案権の間接侵害に関する実用新案法28条の規定が,その成立要件として「登録実用新案に係る物品の製造にのみ使用するもの」であることを要求していることから,対象となっているイ号物件のエンドユーザーにおける使用行為,ここではハンマーの打撃板の取り替え行為が,ここでいう「製造」に該当するか否かの判断が必要であるとの立場に立っている。また,後述の判旨第二点において, そのエンドユーザーの打撃板の取り替え行為が「業として製造し,使用することになる」と言及していることからすれば,間接侵害の成立には直接侵害の成立が必要であるとの立場に立っていることが明白である。
 しかしながら,間接侵害の成立には,このような判断は不要なものであり,判旨第一点は間接侵害の成立要件に関する誤解に基づいているものと考えられる。すなわち,間接侵害に関する上記の規定中の「製造にのみ使用するもの」との要件は,エンドユーザーにおける「製造」が侵害行為を構成するかどうかを問題としているものではないものと解されるのであって,むしろ特許製品などの「使用」や,「譲渡」や,「貸渡し」などに「のみ使用するもの」を排除しており,その排除の意味するところは,登録実用新案の構成要素以外のものについて間接侵害の成立する余地を排除したものと解されるものである。
 例えば,カメラの本体だけについて特許が認められている場合において,エンドユーザーがその本体に装着するために交換レンズなどを購入して「その本体を」「使用」をするために第三者が交換レンズを製造,販売しても間接侵害の問題は生じ得ないのである(交換レンズは特許発明の構成要素ではないのでその装着行為は特許発明に係る物の「生産」行為に当たらない)。また,間接侵害に関する上記規定および特許法101条の規定が間接侵害の成立要件として,直接侵害を要するものとしているとは解されない。この問題は,いわゆる間接侵害の成立に直接侵害の発生を要するかに関する,いわゆる「独立説」と「従属説」といわれてきた見解により議論が行われてきた。しかしながら,前述のようにわが国の間接侵害規定は,直接侵害の存在を要するものとはしておらず,ただ,その解釈においては,直接的実施の蓋然性ないし存在までも不要としているとは解されないものである(2)
 さらに,判旨が,「本件ハンマーの必須構成部材であり,主要構成部材である打撃板」の取り替えは「製造」に当たるとのXの主張を否定したものであるか否かは,必ずしも明らかではないが,「実質的な観点を加味して考察するのが相当である。」と述べていることからすると,結局間接侵害の対象物を実用新案や特許発明の主要な構成要素に限るとの結論を導くことにもなり疑問である。けだし,間接侵害が特許製品などの部品を製造し,エンドユーザーに供給する場合に問題とされるのが通常であるのに,このように考えるときには,間接侵害の成立要件にもう一つ要件を加えることになるからである(3)



(2) 部品の取り替えの侵害性について
 したがって,判旨が,間接侵害の成立にはエンドユーザーにおける直接侵害たる「製造」行為がなければならないとの立場に立っていること自体誤りというほかないが,さらに,部品の取り替えが「修理」に当たるか,侵害たる「製造」に当たるかの判断の基準として,用足理論を採用している点,およびその用足理論の実質的根拠を,実施品の購入者だるエンドユーザーが権利者に支払った対価の回収行為であることに求めている点は疑問である。
 判旨によれば,実用新案権者などが製造,販売した実施品の正当な購入者の使用行為や転売行為には,実用新案権の排他的効力は及ばないとされる,いわゆる実用新案権や特許権の用尽理論の実質的根拠は,購入者の使用行為などが,実用新案権者などに支払った対価の回収行為であるからであるとする。このような観点から,実用新案に係る物品を購入した者がその部品の取り替えを行う場合,それが,その機械・装置の使用目的達成前における支払った対価の回収行為としてのものであれば「修理」となり,使用目的達成後の回収後の取り替え行為は「対価を超えて新たに考案を利用することとなる」とする。そして,本件考案の特質に即した販売方法で,「当面必要な打撃板を販売し,その後は,購入者等の注文に応じて予備の打撃板を販売していく」ことは,「実用新案権者等の独占的利益を確保する方法として許されてよいものである」として,購入者が,実用新案権者などから新たに打撃板を購入し,取り替えて使用する行為は「支払った対価の回収行為として当然許される」ものであるとする。これに対して,実用新案権者など以外の者から新たに購入し,使用する行為は「支払った対価を超えて本件ハンマーを使用することになり,当然に許されることではない」としている。 したがって,判旨は,無体財産権法における一般 的法原則(Allgemeine Rechtsregel)ともいわれる(4)特許権等の用尽理論により,実施品の購入者の部品取り替えの侵害性の問題を取り扱っている。 特許権などの用足理論は,判旨がいうように,適法に製造され,販売された特許製品などのその後の使用,転売行為には,もはや特許権などの効力は及ばないとの原則である。しかしながら,その根拠については,とくに西ドイツにおける学説・判例によって議論が展開されてきたが(5),自由競争ないしは取引の安全を確保するために,特許権者などと一般公衆の利益の調整を,特許製品が流通に置かれる時点て考慮するものである(6)。判旨が用尽理論の根拠としている内容のものは,西ドイツにおいて初期に主張されたJosef Kohlerの「利用行為の連続説」(Theorie vom Zusammenhang der Benutzungsarten)そしてそれに続く「報酬理論」(Belohnungstheorie)とほぼ同一のものとおもわれる。前者によれば,特許製品の購入者の「使用」や「転売」などの行為は,特許権者などの使用行為の連続にすぎず,また後者によれば,特許製品の販売により適正な報酬を得たからだとするが,いずれの見解も説得力を欠いており,現在では採用しえないものである。けだし,購入者の使用や転売が権利者の使用行為であると擬制することは困難であり,また適正な報酬があったか否かの判断も同様に困難であるからである。
 判旨においては,購入品の「耐用期間」と「対価回収の有無」が判断基準とされている(7)。部品の取り替えが,実用新案権などの侵害だる「製造」に当たるか否かの判断基準を用足理論に求め,上記のような理解に基づくときは,このような論理を採用せざるを得なくなる。しかしながら,この問題の解決を用足理論に求めること自体そもそも不当である。けだし,判旨も述べているように,特許権などの用足理論の適用範囲は,特許製品などの購入者の「使用」や「転売」(再販売)に対するものであって,その「製造」行為とは関係がないものだからである。製造行為に用尽理論の適用が認められるならば,特許製品の購入者はそれと同一の製品の製造が許されるとの結論とならざるを得ない。したがって,特許製品またはその一部に特許権の排他的効力が残存しているか否か(本件では,使用目的達成の有無)を考慮し,また権利者に対する対価が適正であったかどうか,そしてその対価が回収されたかどうかを考慮することは,無用のことであるばかりか, これらの判断が可能かどうかは, きわめて疑わしいことである。
 さらに判旨は,実用新案権者から部品を購入し,取り替えることは,対価の回収行為であり,第三者から部品を購入し,取り替えることは対価を超えて本件ハンマーを使用することになり許されないとの結論を導いているが, これでは対価の回収のために部品が消耗するたびに何回でも部品の対価を権利者に支払わなくてはならなくなり不当である。
 特許製品などの部品の取り替えが,特許権などの侵害だる「製造」に当たるか否かめ間題については,学説も判旨と同様に,用足理論を根拠として(8)いるようである(8)
 しかしながら,上記のように,この問題は用尽理論とは関係がなく,これを根拠として結論を導くことは不当である(ただし,部品の取り替えを用尽理論との関係で説明し得るとすれば,購入者における部品の取り替え行為が「使用行為」に該当するとの構成をとれば,この行為に特許権などの効力が及ばないということはできよう。)。結局,特許発明などの構成要素たる部品の全面的取り替えと評価できる場合以外には購入者における特許権などの侵害だる「生産」ないしは「製造」には該当しないものと解される。
 部品の取り替えが,特許権などの侵害を構成するか否かの問題は,従来学説において,取り替えられる部品が,特許発明の主要部分であるか否かにより,また本件におけるような消耗品であるか否かによって考察されてきたように思われる。しかしながら,特許発明の主要部の全部取り替えを侵害とすることは,結論においていわゆる不完全利用論を肯定することと同様となり疑問である。また,学説には,消耗品などを含めて一部の部品の取り替えは,間接侵害に該当する場合を除いて侵害にはならないとするものがあるが(9)間接侵害行為は,法律上「製造(生産)」や「譲渡」などの行為のみとされており(実29条,特101条),その「使用」は排除されているから,特許製品などの購入者が,第三者から部品を購入して取り替える行為(使用行為)についてはそもそも成立しないものである。したがって,部品の取り替えに関して間接侵害が問題となるのは,特許製品の購入者がみずから部品を製造して取り替える場合か,その者への部品供給者においてである。

3.判旨第二点について
 判旨第二点は,イ号物件が,本件実用新案権の間接侵害を構成するものであるかに関する。判旨は,イ号物件の構成および製品としての寸法,形状などからみて本件考案の実施品の「取り替え部品として使用する以外には商業的,経済的に実用性のある用途はないものであった」として,間接侵害を構成する物であると判断している。イ号物件が間接侵害を構成する物であるか否かについては,わが国の従来の判例は,これを厳格に解釈してきており,その判断の手順としては,第一段としてイ号物件が特許発明などの直接的実施に使用し得る物であるか否かの判断と,第二段として「他の用途」の有無を判断する方法を採用してきており,この「他の用途」がないことを要するとする点においては,学説も同様である。そして,判例・学説ともに,この「他の用途」の存否については,「経済的,商業的ないしは実用的使用の可能性」という観点から判断すべきもので,かつ, その可能性のないことの立証責任は,原告にあるものとされてきた(10)。このような見解は,わが国最初の判決とされている大阪地判昭和36.5.4の「スチロピーズ判決」以来強力に支持されてきており,学説においても「他の用途」の判断時期について,それが発見された後は間接侵害にはならないとする見解も現れている(11)
 判旨は,このような従来の判例および学説における支配的見解にしたがって,上記の結論を導いたものであり,その結論においては賛成するものである。しかしながら,従来の判例・学説のこのような理解に対しては,間接侵害対象物につき全面的に「他の用途」があることを暗黙の前提としているようであるとの批判がなされているように(12),わが国の特許法などにおける間接侵害規定の解釈としては疑問の点が多い。間接侵害を構成する物であるか否かの判断は,その対象物が製造された目的,構造,機能および取引方法(販売力法,価格,数量など)を実質的かつ総合的に判断されるべきものである。とくに本件におけるように,イ号物件が実用新案の実施品の取り替え用部品として製造,販売されているとの認定がなされている場合には,このような観点から間接侵害を構成するものであると結論することに問題はない。したがって,判旨が,商業的,経済的に実用性のある「他の用途」がないとした点は不要であったし,さらには,「他の用途」が出現するまでの期間中にかぎって「本件ハンマーの製造に『のみ』使用するものであったといえる」とした点も疑問である。上記のような実質的,総合的判断によれば,たとえ「他の用途」が出現したとの一事をもって間接侵害の成立が否定されることとなるのはあまりにも形式的すぎることとなる。

4.判旨第三点について
 判旨第三点は,間接侵害に基づく不当利得返還請求に関する。
 判旨は,間接侵害を構成する物,とくに部品について,特許権者などが第三者に対してライセンスすることができるかについて初めて判示し,これを肯定したうえで,その対価(許諾料相当額)を間接侵害による不当利得の額として返還請求できるものとしている。
 この点,学説においても,特許発明や実用新案におけるような登録の方法はないが,このライセンス自体は認められており(13),また,直接侵害に関するように「特許権の侵害があれば,特別の事由がない限り,常に実施料相当額につき不当利得が成立する」(大阪高判昭和57.1.28,無体集14巻1号41頁)といえるかは疑問がないわけではないが,同様に考えてよいものと解される(14)。判旨は正当である。

5.判旨第四点について
 判旨第四点は,間接侵害に基づく損害賠償請求に関するものである。この点に関し,従来の判決例には,方法特許の実施にのみ使用する装置のライセンス契約におけるロイヤリティー額を,消滅時効にかからない期間の損害金とし,それ以前の不当利得金として認めた事例があるが(15),本件判決は,実用新案法29条2項の類推適用を明確に認めた点で注目すべきである。学説においては,差止請求や,不法行為に基づく損害賠償請求および前述の不当利得返還請求が認められるべきこと自体に関しては異論はないようであるが,侵害者の利益額および相当実施料額の損害賠償を認めた実用新案法29条(特許法102条)の規定を間接侵害に適用し得るか否かについては,見解は分かれている。とくに,特許法100条〜106条の民事的救済規定が直接侵害を前提としたものであることを理由にして,これを否定し,民法719条の共同不法行為として考慮する見解や(16),共同不法行為として考慮しながらもこれらの規定の適用可能性を肯定する見解もあるが(17),間接侵害自体独立して損害賠償を認める見解はないように思われる。しかしながら,特許権などを共同で侵害する場合(18)の共同不法行為者に対して連帯して賠償責任を負わせる場合とは異なり,判旨第三点において正当にも述べられているように間接侵害自体に基づく損害賠償ないし不当利得返還の請求が認められるべきであり,この際には,相当実施料額のみならず利益額を損害ないし利得とできないかの問題が残されている。


(すみだ まさよし:関東学園大学法学部助教授)

<註>

 本件判決に対する評釈としては,松尾和子「実用新案に係る物品(製砂機のハンマー)の消耗部品である部品(打撃板)を製造,販売する行為が,物品の製造にのみ使用するものを製造,販売する間接侵害行為であるとされた事例」判例評論372号57頁,同「間接侵害の成立とその効果」ジュリスト957号(平成元年度重要判例解説)248頁,なお,紋谷信男「無体財産権法判例の動き」ジュリスト957号(平成元年度重要判例解説)242頁参照。
 この点に関しては、わが国の「独立説」および「従属説」は不明確である。拙稿「特許権の擬制侵害(間接侵害)−直接侵害との関係を中心として」日本工業所有権法学会年報第13号1頁以下参照。
 この点,アメリカ特許法271条C項が「発明の主要部分(amaterial point)」とし,西ドイツ特許法10条1項が「本質的要素に関する手段」としているのと異なる。
 BGH,1980.11.7,GRUR1981,416.
 小島庸和『工業所有権と差止請求権』53頁以下,拙稿「無体財産権法における属地主義と用尽理論」国士館法学18号59頁以下などを参照),自由競争ないしは取引の安全を確保するために,特許権者などと一般公衆の利益の調整を,特許製品が流通に置かれる時点で考慮するものである(拙稿「無体財産権法における属地主義と用尽理論」国士館法学18号59頁以下を参照)。
 拙稿・前掲論文・国士館法学18号59頁。
 米国においては,特許製品の継続的使用のために必要な行為としての部品の交換や修理は,「製造」ではないとされ,その判断基準としては,「耐用年数」と「価格」が挙げられているが,かかる基準が妥当であるか否かは検討の余地がある。チザム著(紋谷監訳)『アメリカ特許法とその手続き』244頁以下,川口博也『アメリカ特許法概説』58頁以下参照。
 たとえば,吉藤幸朔『特許法概説〔第8版増補〕』337頁以下がそうであり,本件におけるXとYの主張は双方がこの著書の見解に基づいているように思われる。また,江口順一・『特許法50講〔第3版〕』(紋谷編)245〜246頁もほぼ同様と思われる。/div>
 吉藤幸朔『特許法概説〔第8版増補〕』338頁,江口順一・『特許法50講〔第3版〕』(紋谷編)245頁。
 東京地判昭和50.11.10,無体集7巻2号426頁−オレフィン重合用触媒事件判決−他参照。判例の検討は,拙稿「間接特許侵害の対象物」日本工業所有権法学会年報第11号61頁以下参照。
 吉藤幸朔『特許法概説〔第8版増補〕』357頁,江口順一・『特許法50講〔第3版〕』(紋谷編)240頁参照。
 中山信弘「特許法101条の間接侵害の成否」ジュリスト820号97頁参照。
 吉藤幸朔『特許法概説〔第8版増補〕』360頁,江口順一・『特許法50講〔第3版〕』(紋谷編)240〜241頁参照,なおアメリカ特許法271条d項はこのような権利行使は権利の濫用とはならない旨規定している。このようなライセンスについては,独禁法上,いわゆるタイイング(抱合せ)の問題がある点を除けば,少なくとも特許法上の問題はないものと思われる。
 馬瀬文夫「工業所有権と不当利得」注釈民法(18)577頁は,共同侵害の場合に準じて認めうるものとされている。
 大阪地判昭和56.3.27,特許管理別冊判例集(56年)62頁。
 松本重敏・中山編『注解特許法〔上巻〕(第2版)』856頁。
 渋谷達紀・紋谷編『注釈特許法』246頁は,直接侵害者と間接侵害者は連帯債務者の関係に立つと解されている。
 たとえば,大阪地判昭和57.8.31,特許と企業166号34頁。