判例評釈 |
プログラム著作物の創作性(著作権侵害差 止仮処分申請却不決定に対する抗告事件) |
東京高裁平成元年6月20日判決,平元(ラ)第327号 |
山田恒夫 |
<事実の概要> |
抗告人(債権者)Xの業務に従事する代表取締役であるAおよび取締役であるBが,Xの発意に基づいて,昭和56年3月ころまでにMICプログラムを,昭和60年9月ころまでにZA−FMII暫定版プログラムおよびZA−FXII暫定版プログラムを,また昭和61年3月ころまでにCA−7IIプログラムをいずれも職務上作成した。また,XはMICプログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した画像処理法最小発育阻止濃度(MIC)測定装置を昭和56年12月ころに,ZA−FMII暫定版プログラムおよびZA−FXII暫定版プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着したゾーンアナライザーシステムZA−FMII(暫定版)およびZA−FXII(暫定版)を昭和61年2月ころにそれぞれ販売して,各プログラムを自己の著作の名義の下に公表した。 |
<判 旨> |
一部認容。一部却下。
1)「Yらは,本件プログラムはY1の発意に基づいてY1の業務に従事したXの技術者らが職務上作成したものであるからその著作権はY1に属し,仮にこれが認められないとしても,本件の装置は,Y1が費用を負担して開発したものでXはY1の指示に基づきその製造を担当したにすぎないところ,本件プログラムは本件装置のためにのみ作成されたものであるから,Y1は本件装置をXから譲り受けたことによって本件プログラムの著作権も譲り受けたというべきであると主張する。しかしながら≪証拠略≫によっても,Xの代表取締役であるA及び取締役であるBがY1の業務として本件各プログラムを作成したこと,あるいは,XとY1との間で本件プログラムの著作権の譲渡が黙示的にせよ合意されたことについての疎明の心証を得ることはできないから, この主張は採用できない。」 2)「Yらが過去においてROM装着の装置を頒布等したことは明らかで,将来においても,頒布等をするおそれがあることは,直ちに否定し難い。この点についてYらは,Yら間で締結されたプログラムの開発委託契約書を提出しているが,本件プログラムの著作権を侵害するものでないことが全く疎明されていない以上,単にYら間においてプログラムの開発契約が締結されたとの一事のみをもって,Yらが本件プログラムの複製あるいは翻案をするおそれ等が消滅したと判断するのは早計というべきである。」 3)「YらがCA−9プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した各装置を頒布し,又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないところ,Xは,CA−9プログラムはCA−7IIプログラムを翻案したものであると主張する。 しかしながら,あるプログラムがプログラム著作物の著作権を侵害するものと判断し得るためには,プログラム著作物の指令の組合せに創作性を認め得る部分があり,かつ,後に作成されたプログラムの指令の組合せがプログラム著作物の創作性を認め得る部分に類似している事が必要であるのは当然であるが,CA−7IIプログラムのうちXが指摘する部分には,指令の組合せに創作性を認め得ることは疎明されていないというべきである。 すなわち,プログラムはこれを表現する記号が極めて限定され,その体系(文法)も厳格であるから,電子計算機を機能させてより劾果的に一の結果を得ることを企図すれば,指令の組合せが必然的に類似することを免れない部分が少なくないものである。したがって,プログラム著作物についての著作権侵害の認定は慎重になされなければならないところ,≪証拠略≫によれば,コロニーアナライザーCA−9Aなどの装置においては計測モード切替え,キーボード入力,計測エリア設定,計測及び共有メモリ書込みの機能はすべてハードウエアが行い,CA−7IIプログラムあるいはCA−9プログラムが相当すべき作業はプリンタ部分(計測データ等が共有メモリに書き込まれるのを待ってこれを読み出し,プリンタ用コードに変換して出力する)のみであること,『本体側よりデータ入力後の処理ルーチン』の指令の組合せは,ハードウェアに規制されるので本来的に同様の組合せにならざるを得ないこと,『プリンタ制作不能時の処理ルーチン』(すなわち,プリンタ待ちの処理ルーチン)は,CA−7IIプログラムもCA−9プログラムも共に極めて一般的な指令の組合せを採用していること,及びCA−9Aなどの装置においては4000H以降がRAMエリアであるから,サブルーチンのスタックを区切りのよい4100Hにセットすることは常識的であることが一応認められる。なお,プログラムにおける『処理の流れ』自体は,アルゴリズ厶,すなわち著作権法第10条第3項第3号に規定されている『解法』であって著作物としての保護を受けない部分であるから,プログラムの創作性とは無関係である。 以上のとおり,CA−7IIプログラムのうちXが指摘する部分の指令の組合せに創作性を認めることは困難であることに加え,CA−7IIプログラムが12キロバイトであるのに対しCA−9プログラムは763バイトであり,しかもXが両プログラムの類似部分として挙げるのは極めてわずかなバイトにすぎないことをも併せ考えれば,CA−9プログラムがCA−7IIプログラムを翻案したものであるとの疎明の心証を得ることは到底できない。」「そして,相手方らがCA−9プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着したCA−9Aなどの各装置を頒布し,又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないこと前示のとおりである以上,相手方らにおいてCA−7IIプログラムを複製あるいは翻案するおそれ,及び,これを収納したCA−9Aなどの装置を頒布し,又は頒布のための広告ないし展示をするおそれは,もはや消滅したと考えるのが相当である。」 |
<評 釈> |
判旨は基本的に妥当であると判断する。著作権侵害か否かの判断を著作物の創作性にかからしめた事件は従来から存するが(1),プログラム著作権侵害か否かの判断を原プログラムの類似個所に創作性が認められるか否かにかからしめた判例としては,恐らくはじめてのケースであり,今後の判断におけるアプローチの仕方として興味あるものといえよう。
(1)判旨1)について Yらは,Yらの発意に基づいてY1の業務に従事したXの技術者らが職務上作成したものであるから,その著作権はY1に帰属する旨を主張している。しかしながら,外注プログラムの権利が受注者側に原始的に帰属することが原則であることは一般的に認められているところであり(2),この点に関する判旨は妥当である 。 次に,著作権が譲渡できることはいうまでもないが(3),プログラム著作権の譲渡と,プログラムを何らかの形で内蔵した装置等の譲渡とが異なることは,プログラム以外の著作物の場合と同様である(4)。装置等の譲渡とともに著作権の譲渡をも受けようとするならば,そのことについて,当事者間で何らかの意思表示が必要であって(民法第176条),そのことが疎明されない限り,装置等の譲渡をもってそこに組み込まれたプログラムの著作権についても譲渡されたとみることはできない。この点についてのYらの主張に原審が触れていないことは不具合であって,本決定が明示したことは当然のことといえる。 (2)Yら間における開発委託契約の認定について Yらは過去において,本件プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した装置を頒布等しできたことは事実である。ただ,Yらは,本件プログラムの複製は既に中止し新規なプログラムに変更する予定であると主張し,Yら間において代替プログラムの開発契約を昭和63年12月20日に締結したことの証拠を提出した。 原審は,この認定を覆すに足りる疎明資料はないとして,Xのプログラムについて保全の必要性を認めなかったのに対し,本決定は,本件プログラムの著作権を侵害するものでないことが全く疎明されていない以上,単にYら間においてプログラムの開発契約が締結されたとのことのみをもって,Yらが本件プログラムの複製あるいは翻案をするおそれ等が消滅したと判断するのは早計というべきである,と判示して,ZA−FMII,ZA−FXII,MICの頒布等を禁止した。 本件プログラムは昭和56年3月,昭和60年9月,昭和61年3月に作られたものであって,長いもので8年,短いものでも既に3年を経過しており,プログラム技術の日進月歩の状況を勘案すると変更を余儀なくさせられているとも考えられるが,装置自体を改造するわけではなく,新しいプログラムか,せめて新しいプログラムのアルゴリズムだけでも証拠として提出されていれば別段,単にプログラムの開発委託契約を締結しただけでは,原プログラムが再び複製・翻案されるおそれなしとは判断できない。 (3)プログラムの創作性について CA−7IIとCA−9については,原審,本決定ともに,類似性を認めうる部分について,指令の組み合わせに創作性が認められないから,著作権侵害は生じないと判示している。そこで,このプログラムの創作性について若干の考察を試みなければならない。 判旨にも示したごとく,CA−7IIプログラム全体の創作性が認められず,CA−7IIプログラムが著作物たり得ないと判示しているわけではない。あくまでも,Xが指摘する部分には指令の組み合わせに創作性が認められないということである。そして,Xの指摘する部分とは,Xの主張からも明らかなとおり,本体側よりデータ入力後の処理ルーチンである。この処理ルーチンはCA−7IIプログラム全体からみれば,ごく一部であろうと思われる。Xが同ルーチンのみについて主張したわけは,同ルーチンがCA−7IIプログラムにおいては主要な部分でないためにほかならないと考えられる。ZA−FMII,ZA−FXIIおよびMIC各プログラムについては, ROMをそのまま用いているから,著作権を侵害されたことを疎明するに,オブジェクトコードをソースコードに変換して法廷で開示するを要しなかったが,CA−7IIプログラムについては, Yらが部分的に変更してCA−9プログラムとして使用したために,著作権侵害を疎明するにあたり,オプジェクトコードをソースコードに変換しなければならないが,CA−7IIプログラムの主要な部分については,ソースコードを法廷で開示することを避けたかったがために,処理ルーチンについてのみオブジェクトコードをソースコードに変換して,その創作性を明らかにせんと試みたものと推察できる。かかるが故に,本判例は,プログラム著作物についての著作権侵害事件における法廷での技術に関するノウハウあるいは企業秘密の開示という問題も暗に示しているとみることもできる。 この点については後述するとして,まず,CA−9プログラムがCA−7IIプログラムを翻案したものに当たるか否かの判断について,YらからのXへのアクセスがあったか否かを判断するのではなく,CA−7IIプログラムの処理ルーチンについての創作性の有無にかからしめた点は原審,本決定ともに共通しており,本件の場合は妥当なアプローチである。 一般に,著作物の創作性については,作品になんらかの知的活動の成果つまりクリエーティブなものが存すること(5),あるいは,著作者の個性が著作物の中になんらかの形であらわれていれば足りる(6)と解されているが,プログラムの創作性については,通常のエンジニアであるならば容易に作成しうるようなものは保護すべきでなく,創作性の概念の中に,特許法における進歩性のような考え方を導入する必要があり,そうしないと,他の技術保護法との比較上,平仄のあわない極めて不都合な結果となる(7)とか,何らかの質的な創作性が必要であろうとかいわれている。だとすれば,プログラムの創作性有無の判断に際し勘案されるべき進歩性あるいは質的創作性とは,どのようなものであり,どの程度要求されるかが問題となるが,現在のところまだ明らかでない。本決定も,創作性判断の基準を示しているわけではなく,単に,CA−7IIあるいはCA−9プログラムが相当すべき作業はプリンタ部分のみであって,「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」の指令の組み合わせはハードウェアに規制されるので本来的に同様の組み合わせにならざるを得ないこと,「プリンタ制作不能時の処理ルーチン」は,CA−7II,CA−9プログラムともに極めて一般的な指令の組み合わせを採用していること等を理由に,CA−7II処理ルーチンの創作性が認められないとしているのみである。 わが国著作権法第2条第1項第1号は「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」が著作物であることを規定している。プログラムは学術的思想を創作的に表現したものに当たることは,昭和60年6月14日法律第62号による法改正前の判例でも示されているとおりである(8)。また,オペレーティング・システムについても,著作権法上の保護の対象となることについても,上記法改正による改正法が適用される前の事件であるが,東京地判昭和62年1月30日で明示されている。同判決は,パーソナル・コンピュータ用のオペレーティング・システムについて「本件著作物は,プログラムの構成,ルーチン,サブルーチンの活用法,組合せ方法等につき,プログラム言語に関する高度な専門的知識を駆使して作成されており,プログラム作製者の学術的思想が表現されたものであるので,学術の範囲に属する著作物ということができる」と判示した(9)。本件CA−7IIプログラムのうちXが指摘する部分については,極めて一般的な指令の組み合わせを採用しているから,プログラム言語に関する高度な専門的知識を駆使して作成されたものとはいえず,創作性が認められないということのように解される。CA−7IIプログラムの創作性が認められなければ,保護されるべき著作権の生ずる余地はないのであるから,たとえXが翻案権侵害を主張したとしても,翻案については言及する必要はないようにも考えられる。それをあえて翻案についても言及したわけは,Xが示したソースコードがCA−7IIプログラム中の一部のみであって,その点についての創作性の否定だけではYらがCA−7IIプログラムの著作権を侵害していない理由として不十分な面があるのではないかとの懸念があったものと推測できる。 この点に関しては,現在,東京地裁に懸案中の本件プログラムの著作権侵害による損害賠償請求事件に対する判決が待たれるところである。 いずれにしても,コンピュータが極めて一般的に使用されるようになった今日,近い将来におけるニューロ・コンピュータの登場を斟酌すると, コンピュータ・プログラムの創作性について改めて検討すべき時期にきているように思われる。 最後に,プログラム著作物についての著作権侵害事件における法廷での技術に関するノウ・ハウ,あるいは企業秘密の開示という問題に若干触れてみたい。この問題はプログラム著作物に限られるわけではなく,技術に関する権利侵害事件に共通した問題である。 特許や実用新案にかかる権利に関する事件,ノウハウに関する契約とその違反や製造物責任に関する事件の裁判においては,ノウハウや企業秘密になっている技術の開示を迫られる場合が少なくない。これは当事者にとっては極めて不具合なことであって,裁判を避けようとする方向に向くことも考えられる。その一つの表れとして、最近,法工学(Forensic Engineering)なる学際領域においては,現在のところ,主として製造物責任について,法律的知識をもった技術者が仲裁人となって,裁判によらず,仲裁によって問題を解決する方策が検討されつつある。この傾向は製造物責任のみにとどまらず,特許やノウハウ,場合によってはプログラム著作権にも及ぶことが考えられ,その波はわが国へも少なからぬ影響を及ぼすようになるかもしれない。 しかしながら,仲裁はあくまでも仲裁であって,法廷における法律判断を回避することになる。法廷における企業秘密の開示という困難な問題を直接解決したことにはならない。今後さらなる検討が重ねられるべき重要な問題の一つであろう。 |
例えば,富山地裁昭和53. 9.22無体例集10巻2号454頁。 |
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拙稿「著作権法第15条第2項について」著作権研究14,73頁以下,中山信弘著「ソフトウェアの法的保護(新版)」61頁等参照。 |
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著作権法第61条第1項。 |
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半田・紋谷編「著作権とノウハウ」136頁参照。 |
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加戸守行著「著作権法逐条講義」(旧版)17頁。 |
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半田・紋谷編,前掲22頁。 |
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中山,前掲104頁。 |
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東京地判昭57.12.6無体裁集14巻796頁,判時1060号18頁,判タ482号65頁参照。なお,この判例についての解説はジュリスト昭和57年重要判例解説に掲載されており(紋谷「コンピュータ・プログラムと著作権」),同解説中に,例えば斉藤博「電算機プログラムの無断複製,販売をめぐる損害賠償請求事件」法律のひろば36巻3号32頁などの重要な参考文献が示されている。 |
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判時1219号48頁参照。なお,この判例についての解説は判例評論345号に掲載されており(阿部浩二「ソースプログラム<オペレーティング・システム・プログラム>について著作権の成立を認めた例」),さらに,判タNo.634の判例評釈にもみられる(中山信弘「基本プログラムを逆アッセンブルして出版した事例」) |