判例評釈 |
意匠類否判断の対比観察に一定の距離を 必要とするか、また類否判断は一般需要 者の立場から美的印象を判断すべきか |
〔東京地裁昭和61(7)7242号,平成元年3月10日判決〕 |
播磨良承 |
当事者 |
原告 株式会社川島織物(以下原告Xという) |
被告 株式会社サンゲツ(以下被告Yという) |
<事実の概要> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1. Xの本件登録意匠(一)昭和56年4月27日出願,昭和59年2月29日登録,同本件意匠(二)昭和56年4月27日出願,昭和58年5月23日登録,物品(一)(二)ともに壁張地(Yの物品も同様)。
故に,対比の結果,次のことがいえる。 《1》 本件意匠(一)とY意匠(一)Aを対比すると,平板な壁張地である点で物品が同一であること,一定幅の均一なレピート形成の横縞模様であることやこの幅の相違程度では美感に影響なく差異はないこと,さらに横縞模様の線の幅も美感に差異はなく,地模様も同一であり,色彩もともに陰形を形成して同一色彩である。 《2》 本件意匠(一)とY意匠(一)Bを対比すると,また 《3》 本件意匠(二)とY意匠(二)との対比においても類似であると主張した。 3. 被告Yの主張 (1) 原告Xの上記主張に対し,被告Yの主張は次のごとくである。 《1》 本件原告Xの意匠(一)(二)は,長さの方向は無限に連続しているが,被告Yの意匠は,96cmの長さで完結している壁張地であること。 《2》 本件原告X意匠(一)は縦縞模様である。なぜならば,図面代用見本には台紙上に凸点縞模様が縦方向に貼付されていることや意匠公報の訂正でも縦縞模様に訂正したことからうかがえるからである。 《3》 色彩の点からみれば,縦縞模様は明るいベージュ色であり,地模様はやや暗いベージュ色をしている点で異なる。 《4》 本件意匠(二)との対比であると被告Yの意匠の抽象模様は,上部,中部,下部に分かれていて,上部は,正三角形に積み上げた丸い草の実の玉7個があり,中部は開いた扇状の葉からなり,下部は葉をつけた紅葉小技3本を右,左,中央に各1本ずつ下向きに垂らした形をし,傾きには2通りあり,下部の中央小枝が右下方向の模様は上部が草の実の頂点で右上方向に傾き,下部中央小枝の左下方向の模様は上部草の実の頂点で左に傾いている点で均衡ある模様とした点に創意工夫がある。 《5》 さらに本件意匠(一)(二)は意匠登録出願前公知であり,本件意匠(一)(二)の要部において審美的効果を異にすると反論した。 (2) 被告Yの主張する被告意匠
したがって,対比観察をすれば,対比観察は,40cm〜50cm離れて観察すべきであり,特許庁の審査官も同様の方法で行っている。この立場から被告Y意匠(一)Aと本件意匠(一)とを対比すれば,縦縞模様と横縞模様との相違があり,前者は整序感が縦の線に求められ,後者は同じく整序感を多数の短い横線にみられる点で審美感が異なる。 本件意匠(一)は縞模様の線に凸点が特徴とされ,凸上面が不規則であるので,重厚感があり,被告意匠(一)Aは凸点に丸みをもっていて簡明淡白感がある。地模様についても本件意匠(一)は弁自体浅く重厚感があり,被告意匠(一)Aには弁目深く,新鮮軽快であり淡白感がある,と主張した。 本件意匠(一)と被告意匠(一)Bについてもほぼ同様のことが主張され,本件意匠(二)と被告意匠(二)とを対比してみると,前者の抽象模様の形状は菱形・扇形の植物図形であり,均衡感があり,被告意匠(二)は全体形状が逆五角形のつりがね風の花弁で優美感がある,などの主張がみられる。 |
<判 旨> |
1. 裁判所は本件意匠(一)の構成については,原告Xの主張とほぼ同様に認定し,被告Yの主張に対しては,本件意匠(一)の物品の長さ方向について,無限連続と主張するが,願書の「意匠の説明」からすれば,図面代用見本がどのような物品から切り取られたものかが説明されているにすぎないので,限定して判断すべきものでない。
2. 本件意匠(一)の縞模様が縦縞模様であるというが,願書添付の図面代用見本から計測して,18.0cm×20.3cmの長方形の約18.0cmの辺幅のある横方向とみるべきである。この事実からすれば, 「本件登録意匠(一)の縞模様は縦縞模様である旨主張するが,前認定の願書の記載及び願書添付の図面代用見本によると,意匠の構成は横縞模様であるのに,図面代用見本はその構成とは異なった方向に貼付されているにすぎないことが認められるから,図面代用見本の貼付の仕方から縞模様は縦縞模様であるとすることはできず, また,<証拠略>によると,本件登録意匠(一)の訂正前の意匠公報(昭和59年5月26日発行)には,登録意匠が願書添付の図面代用見本の向きと異なって記載されていたため,願書の記載に合わせるため,これを訂正し,登録意匠の向きを願書添付の図面代用見本の向きに合わせるとともに,訂正前の意匠公報の説明文を削除し,そこに願書の「意匠の説明」の欄の記載をそのまま記載する内容の意匠公報の訂正がされ,その旨の意匠公報(別紙意匠公報(一))が発行されたことが認められ,右認定の事実によると,訂正後の意匠公報の内容は,右願書の内容と同様であって,その記載によると,縞模様は横縞模様であると認められることは,前説示のとおりであるから,右意匠公報の訂正の事実から縞模様は縦縞模様であるということもできない。したがって,被告の右主張は,いずれも採用の限りでない。」 と判示した。 3. 被告Y主張のように,公知意匠(商品見本帳等)を参酌して本件意匠の構成を限定的に解釈する要部認定は採用できない。 4. 本件意匠(二)の構成についても原告主張をほぼ認め,被告意匠(一)A,(一)B,(二)の構成についても原告主張とほぼ同様な構成認定を行っている。 5. 意匠類似(否)判断の観察距離について, 「(一)原,被告は,それぞれ類否判断のための観察距離について主張するが,本件登録意匠(一),(二)に係る物品が壁張地であることに照らすと,観察距離は,一律に何メートルあるいは何センチメートルであると断定することはできない。すなわち,取引者又は需用者は,壁張地の取引に関与する場合,見本帳あるいは現物見本を手にとり,その模様や色彩等を眺めることによって壁張地を選択することがありうるものと思料されるところ,その場合でも,これが居室等の壁に張り付けられるものであることから,張り付けられた後の状態を十分に意識したうえで選択することもありうると考えられ,また,壁に張り付けられて展示された壁張地を,近づいたり離れたりしながら眺めて選択することもありうるものと考えられるから,類否判断のための観察距離は,数メートルの場合も含まれるものと解するのが相当である。」 と判示した。 6. 意匠の類似判断基準について, 「(一)本件登録意匠(一)と被告意匠(一)Aとの類否 (1) 形状 両意匠とも,紙によって裏打ちされた布製の平板な壁張地である。 (2) 模様 ア 縞模様 両意匠とも,一定幅の均一な間隔をもって形成された横縞模様を有し、横縞模様を形成する線は,やや縦長の隆起させた点状突起を,近接させて横に並べたものからなり,この突起は,概ね直線に近い1本の線を構成しうる程度の規則的な並べ方となっていて,線の幅が2ないし3ミリメートルである点で同一である。横縞模様の間隔の幅は,本件登録意匠(一)が約23ミリメートル,被告意匠(一)Aが約20ミリメートルである点で異なるほか,前記両意匠の構成の認定に供した前掲各証拠によれば,個々の点状突起の間隔が,本件登録意匠(一)より被告意匠(一)Aの方がやや広く,したがって被告意匠(一)Aの方が隣接する突起と接触しているものの数が少ないことが認められる。 イ 地模様 両意匠の地模様は,前認定の構成において同一である。ただ,右認定に供した前掲各証拠によれば,本件登録意匠(一)は,被告意匠(一)に比べて緯糸がやや太く,太さむらの生じている部分が多く,また,升目が顔料によって多少埋まっている感じが強いけれども,その差異は,40センチメートル程度の距離を置いて観察した場合においても,判然としないことが認められる。 (3) 色彩 両意匠とも,横縞模様を形成する線は,光沢のある明るいべージュ系の色であり,地模様は,光沢のないベージュ色である点において同一であるが,被告意匠(一)Aの横縞模様を形成する線の方がピンクがかっており,また,地模様が明るい点において異なる。 (4) 以上のとおり,両意匠は,形状,模様及び色彩のいずれの点においても類似点が多く,その相違点は,壁張地という物品の意匠としては,いずれも微細なものというほかないものであって,両意匠を全体的に観察すると,両意匠は,美感を共通にするものであり,したがって,類似するものというべきである。 (二)本件登録意匠(一)と被告意匠(一)Bとの類否 (1)形状,模様は,右(二)(一)及び(2)と同様である。 (2) 色彩 両意匠とも,横縞模様を形成する線は,光沢があって,地模様よりも明るい色であり,地模様は,光沢のないやや暗いべージュ色である点において同一であるが,横縞模様を形成する線の色が本件登録意匠(一)は明るいべージュ色,被告意匠(一)Bは白色である点において異なる。 (3) 以上のとおりであるから,色彩についての相違点を考慮してもなお,右(二)の場合と同様の理由により,両意匠は,類似するものというべきである。 (三) 本件登録意匠(二)と被告意匠(二)との類否 (1) 形状 両意匠とも,裏打紙に顔料を配合したビニル樹脂組成物を塗工した平板な壁張地である。 (2) 模様 ア 抽象模様 両意匠とも,縦約19ミリメートル,横約15ミリメートルの下ぶくれの略菱形内に納まる植物風の抽象模様が,一定の角度をもった方向に等間隔に散在させてプリントされている点及びこの抽象模様は上中下の三つの部分からなり,その下部が3本の小枝風の模様が左右と中央に下向きに垂れ下がっているものである点において同一である。もっとも,両意匠は,抽象模様を散在させた角度が約2度弱,模様の間隔の距離が約2ミリメートル異なっているほか,抽象模様の上部,中部及び下部の構成に前認定の相違点があるが,右相違点は,40センチメートル程度の距離から観察した場合においても,必ずしも明確に認識できるものではない。 イ 地模様 両意匠の地模様は,前認定のとおり,同一である。 (3) 色彩 両意匠の色彩は,前認定のとおり,同一である。 (4) 以上のとおり,両意匠は,形状,地模様及び地模様の上に描かれた抽象模様の散在のさせ方並びに色彩が同一であるうえ,抽象模様が双方とも植物風であって大きさ,形状がほぼ等しいのに対し,その相違点は,抽象模様の中の微細な点に関するものであるから,40センチメートル程度の距離から観察した場合においても,その相違点は,必ずしも明確に認識しうるものではなく,いずれも微細なものであって,両意匠を全体的に観察すると,両意匠は,美感を共通にするものであり,したがって,類似するものというべきである。 三 以上によれば,被告意匠(一)A及び(一)Bは本件登録意匠(一)の範囲に,被告意匠(二)は本件登録意匠の範囲にそれぞれ属するものといわなければならない。」 と判示した。 |
<評 釈> |
(1) 判示1の点については,異論はない。
(2) 判示2については,被告Yの主張にみるように,本件登録意匠(一)は,願書添付の図面代用見本からみれば,縦縞模様であるが,判示は,「上記根拠をもって,すなわち,願書添付の図面代用見本から計測して,18.0cm×20.3cmの長方形の約18.0cmの辺幅のある横方向とみるほかになく」,という前提のもとで,判示のいうとおりの判断が妥当と考えられる。 (3) 判示3についても疑問の余地はない。 (4) 判示4の意匠類似判断の観察距離については,判示のとおり,物品により異なるものである。本件では,40cmの距離から判断しても類似であるという。この点にも異論はない。 (5) 最後に,意匠の類似判断基準について,本件と関係する範囲で考えておきたい。 意匠法のもとで,類似という文言が用いられているのは,同法3条1項3号の意匠登録出願時の「類似」の判断と,同法23条の意匠権侵害時の「類似の範囲」の判断に注目しなければならない。 この両者の関係を全く関連のない類似の概念であるとみるのは妥当でない(清水利亮「意匠の類否」裁判実務大系9,401頁以下)とする考えに賛同したい。 この前提にたって「類似」の考え方の判断をすると,同法3条1項3号は,特許庁の審査,審判時の判断であり,同法23条は侵害訴訟時の裁判所の判断である点の相違をどのように説明するかにかかってくる。また,前者では「意匠」そのものの場における類似判断であり,後者は侵害という行為がともなうので「意匠の実施」の場における類似判断ではなかろうかということで,意匠類否判断状況が異なるのではないかという疑問である。 実際問題として,特許庁の審査・審判官が意匠登録出願の願書全体からみて,意匠物品が実際の取引界において取引される状況を判断して類似を決定することは困難なことであることも否定できない。 それがため,意匠の類否判断について創作的な意匠の美感を主とする創作美の判断に終始することになりやすい。 けれども,審決取消訴訟においては,上記の創作美のみで判断する判例ばかりではない。すなわち「同条1項3号は,意匠権の効力が登録意匠に類似する意匠すなわち登録意匠にかかる物品と同一又は類似の物品につき一般需用者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも,及ぶものとされている(法23条)ところから,右のような物品の意匠について一般需用者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し・・・・・・」(最高裁判所昭和45年(行ツ)45号,同49年3月19日判決)と判示している。 この最高裁の判断は,今も変わっていない。 この点から,審査時においても,創作的美を通して美的印象のみで同法3条1項3号の判断をすべきでないことは当然であろう。 この点は清永判事も指摘するように,意匠は,意匠の実施を予想して,その類否判断をする必要があると考えられよう。 他方,侵害時の意匠の類否判断は(本件判決にも示すように),一般需用者の立場から,意匠の創作美の類否を判断する点で妥当なことと考えられる。 最後に,多くの判例(登録時の類否判断にしても,侵害時の類否判断にしても)にみられる「看者の立場」からして類否かどうかを判断するという点である。 「看者」とは,意匠創作美にたずさわる者(特許法にいう当業者のような者)と解するのか,一般需用者のことを指すのかどうか必ずしも明らかでない判旨もあり,今後の課題の一つでもあろう。 なお,一般需要者の立場から意匠類否(似)を判断するということは,創作された意匠が実際の取引の場において,混同が生ずるかどうかという判断内容を指すことはいうまでもない。 本件判決での公知意匠の参酌については,与えられた誌面をはるかに超えているので,ここでは立ち入らない。 |