判例評釈 |
コンピュータプログラムの著作物に対し著作権法119条 1号の罪が成立するためには,プログラムの具体的な内容 や権利者を知る必要はなく,プログラムであること,権利 者が存在することの認識があれば足りるとされた事例 |
〔著作権法違反・公務執行妨害・傷害各被告事件 有罪(控訴)判例タイムズ080号,241号〕 |
生駒正文 |
<事実の概要> |
Y(被告人)は,東京都に本店,大阪市に大阪本部を置いて,マーズ・マーケティング・カンパニーの名称で,パーソナル・コンピュータのプログラムやマニュアル等の輸入・販売業を営み,2000種類におよぶIBMのパソコンおよびIBMの互換機に使用できるソフトウエアの複製品を取り扱っているが,しかし,Yは単独または大阪本部の責任者Aと共謀のうえ,法定の除外事由がなく,かつ著作権者の許諾を得ずに東京で無断複製したうえ,別紙のとおり,昭和61年2月〜昭和62年4月4日まで14回にわたリ,顧客12名に対し,IBMが著作権を有するロムチップあるいはフロッピーディスクに記録されたプログラムの著作物等合計8点,言語の著作物であるマニュアル等合計12冊が同社の著作権を侵害したという事案である。他に,著作権法違反事件について捜索差押許可状の執行をしようとした2名の警察官に傷害を負わせた公務執行妨害罪・傷害罪の点もあるが,特に検討すべき点はないと思われるので省略する。 |
<判 旨> 有 罪 |
(1) 著作権侵害の罪が成立するには,行為者がプログラムの具体的内容を知ることを要するか否かについて,「著作権法119条1号は著作権等を侵害した者を処罰する旨規定し,同法10条1項9号は,著作物を掲げ,同法2条1項10号の2はプログラムの意義として,電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいうと定めている。とすれば,プログラムの認識の程度は,当該侵害の対象とされているものがプログラムであるとの認識があれば十分であり,さらに付加して個々のプログラムごとにその具体的内容を他のプログラムと識別できる程度に認識していることまでは不要であるというべきである。なぜなら,弁護人主張のように解すると,数種類のプログラムの複製品を販売した者は処罰できるものの,Yのように2000種類ものIBMのパーソナル・コンピューター及びIBMパソコンの互換機に使用できるソフトウエアの複製品を販売するとして扱っている者は,同人が相当のマニアでない限り,個々のプログラムの具体的内容を他のプログラムと認識できる程度に認識していることは難しく,したがって処罰できなくなる場合が多くなるという不都合が生じ,著作権法はかような不合理を甘受してまで,プログラムの著作物について厳しい事実の認識が必要であることを要求してはいないと解するのが相当であるからである。そして,本件においてYが販売したロムチップ及びフロッピーディスクは,プログラムが全く記録されていない,いわゆる生のロムチップあるいはフロッピーディスクとしてではなく,コンピュータ−を稼動させるためのプログラムが記録されたものであるとして販売したことはYも自認するところであり,この点について認識があったことは関係証拠上も明らかである。」
(2) 次に,著作権侵害の罪が成立するには,行為者が権利者を誰か知ることを要するか否かについて,「著作権法119条1号により著作権を侵害した者を処罰するためには,行為者が当該著作物の権利者は具体的に誰かとの認識までは必要ではなく,権利者が存在するとの認識があれば足りると解すべきところ,前記1で認定した事実を総合すれば,Yは,ロムチップで,フロッピーディスク及びマニュアルのいずれについても権利者の存在する著作物であると認めるのが相当である。」 (3) さらに,著作権法違反の罪が成立するには,Yが合法複製品でないことを知って,あえてこれを侵害したかどうかについて,「以上の事実及び前記第2で認定した事実を総合すれば,フロッピーディスクの販売については,Yの弁解どおりであったとしても,権利者の許諾なくして複製して販売した行為自体が著作権の侵害に該当し,したがって,弁護人らの主張は採用し得ないのみならず,Yは合法複製品でないことを知りながら本件ロムチップ,フロッピーディスク及びマニュアルを販売したものと認めるのが相当である。」 |
<評 釈> |
1 わが国の場合は,各企業とも無形の経営資源であるコンピュータ・プログラムを一般に軽視する傾向があり,特にプログラムに対して,著作権法にいう創作的な表現形態の著作物として,昭和61年1月1日から著作権法による権利保護が行われた。
ことに本件は,コンピュータ・プログラムの著作権犯罪における故意を論じた最初の問題であるが,故意が成立するためにはプログラムの具体的内容や権利者を知る必要はなく,プログラムという著作物であること,当該プログラムについて権利者が存在することの認識があれば足りるとした判決として注目された。また,今後,同種事件の発生が予想されることから,本件は先例として重要な価値をもつこととなろう。 本件著作権侵害の保護客体であるロムチップに記録されたプログラム,フロッピーディスクに記録されたプログラムであるパーソナル・エディター,トップ・ビューおよびディスプレイライト3は,著作権法2条1項10号の2にいう「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう」プログラムに該当し,かつ著作権法2条1項2号にいう思想または感情を創作的に表現した著作物であることが明らかで争いがなかった。 また,本件著作権侵害の保護客体であるプログラムの例示規定(著10条1項9号)以外の精神的,知的所産,すなわち,コンピュータ全体の機能が最大かつ効果的に発揮できるような人や仕事の組み合わせ,情報の流れや処理の仕組みを設計するシステム設計書,情報処理の分野で使用されるマニュアル,IBM・パーソナル・コンピューター・XT・ハードウエア・リファレンス・ライブラリ・テクニカル・リファレンス,ディスク・オペレーティング・システムリファレンス,トップ・ビュー,パーソナル・エディターの4種類も,著作権法2条1項2号にいう思想または感情を創作的に表現した言語の著作物に該当することが明らかで争いがなかった。 これらプログラムやマニュアルの著作物性については本件の研究外とし,本稿ではYの本件行為が著作権侵害の罪を成立するか否か,特に故意の内容を争った点について検討する。 2 著作権法119条1号はいかなる行為が罪になるかを定め,犯罪の要件のうちの一つである構成要件を定めただけである。従って,犯罪となるべき著作権侵害行為とは,刑法総則が適用されるため,「著作権法119条1号の構成要件に該当する違法有責な行為」である。これが処罰の対象となる。 そこで,まずYの本件行為は,著作権法119条1号に該当する著作権の侵害であるかどうかである。 本判決の事実によると,Yは,法定の除外事由がなく,かつ,著作権者の許諾を得ずに複製されたものであることの情を知りながら,または,著作権者の許諾を得ずに複製したうえ,IBMが著作権を有するロムチップあるいはフロッピーディスク,マニュアルの複製品を販売譲渡し,もって同社の著作権を侵害したというのである。YがIBMの各著作権を侵害したとする本判決は正当であろうが,(3)の判示の点においても,Yの侵害行為の事実認定・根拠づけが明確でない。何故ならば,フロッピーディスク,ロムチップ,マニュアルの各品目ごとの侵害行為の判断が行われていない点で当を得ないものとなろう。すなわち,フロッピーディスクについては,Yが台湾から輸入した無断複製品をそのまま頒布するのではなく,それをマスターフロッピーとしてYの店でIBMの許諾なく複製したものであるから,IBMの著作権の無断複製として著作権法21条の複製権を侵害するものである。 このフロッピーディスクについては,権利者の許諾なくして複製して販売した行為自体が著作権の侵害に該当するとして販売を中心に判断されている誤りがある。また,ロムチップ,マニュアルについては,Yが台湾から輸入した無断複製品をそのまま頒布したものであるから,著作権者の経済的利益を害するために必要である著作権法113条1号,2号の著作権侵害とみなす行為に該当するものであると判断されなければならない。(3)の判示から,この点についても,輸入,頒布に関する著作権侵害とみなす行為という113条1号・2号が明確に理論づけられていないことは残念である。このように本判決の事実として各品目ごとの侵害行為の特性を踏まえず判断が行われているが,しかし,Yの本件行為が著作権法119条1号に定める著作権侵害罪の客観的構成要件を充足することは明らかである。 なお,著作権法119条1号には,罪刑法定主義を明定した憲法に違反するおそれがあるため,著作権法113条の著作権侵害とみなす行為(輸入,頒布,取得)が含まれないとする考えがある。しかし,輸入,頒布に関しては,形式的には著作権の侵害に入っていないが,実質的には権利の中身じゃないかという意味で,すなわち本来的な侵害行為であるため,罪刑法定主義の角度からみて著作権法119条1号の客観的構成要件に入れてよいであろう。取得に関しては問題があろう。 3 著作権法119条1号は過失を罰する規定がないので,Yの本件行為は違法有責な行為,すなわち,故意があったかどうかという点が問題となろう。 争点(1)について検討する。本件侵害の対象となっているロムチップあるいはフロッピーディスクに記録されているものがプログラムであるとの認識があれば十分であるとする本判決は故意の内容としては正当である。従って,侵害の対象となっている個々のプログラムごとにその具体的内容を他のプログラムと識別できる程度に認識していることを要求しないものとされることは,著作権法119条1号の著作権を侵害した者を処罰する規定から当然である。そこで,本判決によれば,「Yが販売したロムチップ及びフロッピーディスクは,プログラムが全く記録されていない,いわゆる生のロムチップあるいはフロッピーディスクとしてではなく,コンピューターを稼動させるためのプログラムが記録されたものであるとして販売したことはYも自認するところであり」と判示しているごとく,侵害コンピュータ・プログラムが生のフロッピーディスク,ロムチップでないことの認識は,コンピュータ操作指令を含んだプログラムであるという認識があり,ある程度の具体性を持った認識であると考える。 また,商標権侵害罪の故意の内容についても,「行為者が他人の登録商標であることを認識しながら,これを,その指定商品と同一または類似の商品に使用する意思があれば足り,必ずしも積極的に,商品の信用,価値を損し,あるいはその出所について誤認混同を生ぜしめようとする意図を必要とするものではない」(東高判昭33年4月21日・高刑集11巻3号114頁)とされている。このようにみてくると,本判決が「弁護人主張のように解すると,数種類のプログラムの複製品を販売した者は処罰できるものの,Yのように2000種類ものIBMのパーソナル・コンピューター及びIBMパソコンの互換機に使用できるソフトウエアの複製品を販売するとして扱っている者は,・・・・・・処罰ができなくなる場合が多くなるという不都合が生じ,著作権法はかような不合理を甘受してまで,プログラムの著作物について厳しい事実の認識が必要であることを要求してはいないと解するのが相当であるからである。」と根拠づけた点はまったく不要であり,区別できなければ著作権侵害の故意がないとするのはおかしく妥当でない。 争点(2)について検討すると,著作権犯罪の故意があるためには,対象となっている著作物の権利者が具体的に誰かとの認識を必要とするかどうかが問題とされている。 この点,本判決によると,Yは,本件ロムチップがIBMのパソコンのハードウエアの内部に組み込まれて使用するものであることを認識していたこと,本件フロッピーディスクに記録されたプログラムはIBMのパソコンに使用できるソフトウエアである旨を店のカタログにおいて表示していたこと,本件マニュアルは文字による著作物であって,著作権者が存在するであろうことは容易に知っていたこと等の事実認定から,「行為者が当該著作物の権利者は具体的に誰かとの認識までは必要ではなく,権利者が存在するとの認識があれば足りる」と判示している。しかし,ある意味で権利者が存在するという認識は他人の著作物であるという認識とイコールと考えてよい。この点を考慮して,判示(1)(2)は妥当する。 このような意味からして,著作権侵害罪の場合,他人の著作権の存する著作物であることを認識しながらあえてこれを侵害すれば,故意が成立する。 4 故に他人の著作権の存する著作物を知って,あえてこれを侵害するときは著作権侵害の罪が成立する。 さらに,この点について,争点(3)について検討する。弁護人らは,本件ロムチップ,フロッピーディスク,マニュアルは,いずれもYが仕入先から合法複製品である旨告げられて,これを信じて販売したものであるから,著作権法違反の犯意がないと主張した。これに対して,本判決は,「以上の事実及び前記第二で認定した事実を総合すれば,フロッピーディスクの販売については,Yの弁解どおりであったとしても,権利者の許諾なくして複製して販売した行為自体が著作権の侵害に該当し,したがって,弁護人らの主張は採用し得ないのみならず,Yは合法複製品でないことを知りながら本件ロムチップ,フロッピーディスク及びマニュアルを販売したものと認めるのが相当である。」と判示しているが,前述2のごとく事実認定の記載にも不明瞭な点が見受けられる。特に,ロムチップは前記第二で認定した事実を総合すればというだけでなく,もう少し明確な説明がほしいところである。何故ならば,ロムチップ,マニュアルは,複製権の侵害とされない限り,著作権法113条1号,2号の立証・根拠づけが必要となろう。まさに,Yの本件行為ではこの点に関して問題があるから,情を知りながら頒布したことについて明確にすべきであった。 思うに,以上の事実および前記第二で認定した事実として,Yは,フロッピーディスクについては仕入値が1点1500円であり,真正品に比べ非常に安い値段で仕入れて,それをマスターフロッピーとしていること,ロムチップについては(前記第二の認定)IBMのパソコンのハードウエアの内部に組み込まれ,ロムチップ単独では販売されていないものであることを認識,マニュアルについては文字による著作物であるから著作権者が容易に推測されるものであること等から判断すれば,本件ロムチップ,マニュアルについてはYが台湾から輸入した違法複製品と知りながら頒布した著作権法1号,2号の著作権侵害とみなす行為に該当し,本件フロッピーディスクについてはIBMの許諾なくして無断複製した著作権法21条の複製権の侵害行為に該当するところから,プログラム等を反復的に取り引きするYには著作権法違反の犯意があったものと認めざるを得ない。 5 本判決は,コンピュータのプログラム,マニュアルの無断複製品を繰り返し侵害した場合の著作権法119条1号違反の罪の罪数の処理について執務の参考となる点を含んでいるので紹介しておく。 本判決の罪数の処理は,以下のとおり各著作権の数を列挙している(公務執行妨害の点は省略する)。 「(一)別紙番号1及び11のパーソナル・エディターのフロッピーディスクを販売した点は包括して著作権法119条1号 (二)別紙番号2,6及び11のトップ・ビューのフロッピーディスクを販売した点は包括して同法119条1号 (三)別紙番号3,5,7ないし10,12,14のテクニカル・リファレンスのマニュアルを販売した点は包括して同法119条1号 (四)別紙番号及び11のディスプレイライト3のフロッピーディスクを販売した点は包括して同法119条1号 (五)別紙番号11のロムチップ並びにDOSリファレンス及びパーソナル・エディターの各マニュアルを販売した点はいずれも同法119条1号 (六)別紙番号11及び13のトップ・ビューのマニュアルを販売した点は包括して同法119条1号」以上のうち,(l),(2),(4)は同種のフロッピーディスクを無断複製した行為として包括的一罪とされ,(3),(6)は同種のマニュアルを輸入・頒布する行為として包括的一罪と解される。また,(5)については異種のロムチップとマニュアルの著作権であるから,いずれも著作権侵害とみなす輸入・頒布の行為として,一個の罪が成立すると解した。 このように包括的一罪と解される根拠は,侵害行為間に密接な関係がある場合において,被害法益が一つの著作権を何回か複製しても実質上同一の場合であると解せられる。 6 本件全体を通じて,罰条,量刑の事情を含めて,販売の点がとらえられているが,著作権侵害は販売にあるのではなく複製にあるのであって,はっきりとマニュアル,フロッピーディスク,ロムチップの違いを意識した判決があってほしかった。 |