発明 Vol.86 1989-9
判例評釈
拒絶理由の引用例とされた登録商標の連合商標(本件商標)の
取消し審判において,本件商標は,審判請求人の件外出願に対し
具体的かつ直接の障害となっていないから,審判請求人は,審判
請求につき法律上の利益を有しないとして請求を却下した審決が
取り消された事例
東京高裁平成元年1月28日判決,昭和63年(行ケ)第84号,審決取消請求事件
特許ニュースNo.7618,特許と企業No.243(1989・3)50頁
久々湊 伸一
<事実の概要>

 X(請求人,原告)は,キューピー人形の図形と文字の結合商標(件外商標@),同図形商標および同文字商標(それぞれ件外商標AおよびB)の権利者であり,いずれも相互に連合商標である。Xは,前記商標と連合するB商標(キューピー人形の図形)の登録出願(件外出願)をしたが,YのA商標(キューピーコーワ・引用例@)および他社のキューピー人形の図形と文字の結合商標(引用例A)により拒絶理由の通知を受けたので,A商標(医療補助品)につき不使用取消し審判を請求した。その後,YがA商標の指定商品中「医療補助品」を放棄したので同審判請求は却下されたが,他方,件外出願は,「医療補助品」のほか,「化学品」,「薬剤」を指定商品としていたので,最終的には,引用例@およびAにより拒絶査定を受けた。そこで,Xは,拒絶査定不服審判を請求する一方,同審判中で,A商標の連合商標である本件商標(Q.P.KOWA)が引用例とされることを考慮し,同商標の指定商品中「医療補助品」につき不使用取消し審判を請求した。しかし,本件商標は,件外出願に係るB商標に対し現実に引用例とされているわけでもないところから,本件商標は,Xの件外出願に対し,具体的かつ直接の障害でないとして,Xの請求を却下する審決がなされた。同審決に対する取消し訴訟が本訴である。



<判 旨>
 原審決取消し。
 「本件商標がA商標と連合商標であること・・・・・・両商標が少なくともその称呼を共通にするものであることは明らかであるが,このように本件商標とA商標が類似する場合に,更に,A商標とB商標の間の類似性が肯定されたからといって,必ずしも本件商標とB商標が類似するものといい得るものでないことは被告主張のとおりである。しかしながら,本件商標,A商標及びB商標の間に右のような関係が認められるときは,少なくとも本件商標とB商標も類似であると判断される蓋然性が高いものということができる。」  「キューピー人形がわが国において周知のもので,その形状も極めて特徴的であり,キューピー人形の図形から直ちに『キューピー』との称呼を想起し,逆に『キューピー』という称呼から直ちにキューピー人形を連想する程度に一般に親しまれているものであること,・・・・・・A商標は『キューピーコーワ』との片仮名八文字から構成されるところ,簡易迅速を旨とする取引界の実状に照らせば,これを簡略化して,『キューピー』のみ又はその余の『コーワ』のみの称呼により取引等されることもあり得るものと考えられることに徴すれば,A商標からは『キューピー』又はキューピー人形の称呼,観念が生じないとはいえないから,被告主張のようにA商標とB商標との間には類似性がないと断ずることは相当ではなく,類似と判断される可能性を否定することはできない・・・・・・。」
 「次に,本件商標とB商標との類似性を検討するに,・・・・・・A商標とB商標の類似性に関し説示したところは,本件商標とB商標との間にもほぼ当てはまる。」
 「また,件外出願につき未だ拒絶査定に対する不服審判請求が特許庁に係属している・・・・・・右審判手続において,今度は本件商標がB商標の指定商品のひとつである医療補助品に使用するものとして引用されるおそれがないと断定することはできないところである。そしてB商標の出願人である原告がこのような立場にある以上,本件商標につき,その不使用を理由とする登録取消しを求める法律上の正当な利益を有するものと認めて差支えない。」




<評 釈>
 1. 判旨は,不使用取消し審判の請求人は,審判請求につき「法律上の正当な利益」を有する者に限るとする判例に沿ったものであり,先例では,次の事案において「法律上の正当な利益」が認められている。
 @ 審判請求人が件外商標登録出願をしており,被請求人(商標権者)の,取消し審判の対象である商標(以下,本件商標という)による拒絶理由通知を受け,審査中の場合〔東京高裁昭和60年7月31日判決,昭和59年(行ケ)第256号,無体裁集17巻2号358頁;東京高裁昭和60年5月14日判決,昭和57年(行ケ)第67号,判例タイムズ567号257頁(1985・12・15)〕。
 A 審判請求人の件外商標登録出願が本件商標により拒絶査定を受け,その不服審判が係属中の場合〔東京高裁昭和60年7月30日判決,昭和59年(行ケ)第103号,判例タイムズ615号121頁(1986・11・6)〕。
 B 審判請求人の件外商標登録出願が本件商標との類似性のゆえに拒絶される可能性があり,かつ,審判請求人が件外商標登録出願中の商標を使用しているため,その取引先が,被請求人(商標権者)から商標権侵害の警告を受けている場合〔東京高裁昭和54年11月21日,昭和53年(行ケ)第188号,無体裁集11巻2号615頁〕。
 なお,審判請求人が件外商標登録出願をしておらず,他になんら利害関係の主張をしていない事案では,審判請求人は法律上の正当利益を有しないとされる〔東京高裁昭和55年11月12日,昭和55年(行ケ)第146号,無体裁集12巻2号678頁〕。
 本件の事実関係は,前記Bのそれに類似しており,原審決は,本件商標により拒絶される可能性の除去を,法律上の正当利益と認めなかった点で,前記Bの判旨に反しているといえよう。
 2. 判旨は,本件商標とB商標の間の類似性が否定できない場合に,審判請求人に法律上の正当利益を認めているが,判決理由としては,この表現が,類似性を否定も肯定もできない場合を含むと解することはできないから,その類似性を肯定した場合と同意と解するほかはない。
 類似性の有無を判断するに当たり,判旨は,本件商標とA商標の類似性,およびA商標とB商標の類似性から,本件商標とB商標の類似性を推論しているが,キューピー人形の周知性と取引界の実態を考慮する本判決の用いた判断方法によれば,本件商標とB商標を直接に対比して,その類似性を認定できたのではないかと思われる。
 3. 現行法は,不使用取消し審判の請求人適格について明文を欠くが,「利害関係人及審査官」にのみ請求人適格を認めていた旧法(22条2項)をこのように改正したのは,「請求の利益」の存否をめぐる争いに時間が費やされるのを避けるためとされており,その意味では,「何人も」という形式の規定と共通の目的を有するという一面もある。しかし,何人にも請求人適格を認める,誤認混同による取消し(商標法51条)や異議申立(商標法17条)と,その保護利益等について比較検討すると,不使用取消し審判の請求人適格を「法律上の正当利益」を有する者に限る,一連の判例には,制度の濫用防止の必要性という意味で合理性が認められる。
 誤認混同による取消しの保護利益は,誤認混同により損害を被った商標権者の私的利益,および取引者・需要者の利益(公益)であり,他方,誤認混同を生じる使用がなされた商標の商標権者には,故意または過失という主観的違法要素が認められる。これに対し,不使用取消し審判の保護利益は,他人の商標選択の幅の拡大であるが,それが一般的抽象的な意味で公益であるとしても,商標選択の幅は本来広いものであって,既存の商標を取り消してその使用を他人に認める必要性がそれほど高いとは考えられない。なお,商品の流通秩序の確立など商標制度の目的に反する状態の除去を,不使用取消し審判の保護利益とみることもできるが,その抽象性のゆえに,具体的な利益考量には適さないので,私見では,比較考量の枠外としている。また,主観的違法要素についてみても,商標権者の使用義務違反は,誤認混同の故意・過失よりも違法性の程度は低いと考えてよさそうである。さらに,不使用取消し審判の請求人は,不使用の主張をすればよく,商標権者が使用の証明責任を負っているので,制度濫用の危険性は,誤認混同による取消し審判の場合と比べてより大きいといえる。
 異議申立との比較においても,異議申立人は登録要件の不備を証明する責任を負っているので,濫用の危険性は,不使用取消し審判の請求の場合と比べて,より小さいといえよう。


(くくみなと しんいち:東洋大学法学部講師)