発明 Vol.86 1989-7
判例評釈
脱退組合員に対して組合のサービスマーク
である個人タクシーの表示灯の使用の禁止
と取り外しを求める請求が認められた事例
〔新潟地裁昭和63年5月31日判決,昭和60年(ワ)66−7号,
営業表示撤去等請求事件,判例タイムズ68号,185頁以下(確定)〕
清水幸雄
1 協同組合規約の効力
2 不正競争防止法における営業主体
3 営業表示としてのサーピスマーク
<事実の概要>

 原告は新潟市およびその近郊を営業区域として「個人タクシー」の営業を行っている者たちが集まって,昭和45年1月に中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合である。原告組合は,自動車および燃料,部品等の販売斡旋,整備等個人タクシーの営業に関する事業,観光,厚生福利,運行管理,保険代行等に関する事業を行い,さらに原告組合独自のタクシーチケットの発行,各カード会社,全国個人タクシー連合会=個人タクシーの全国組織の一つ(以下「全個連」という)や新潟市のハイヤータクシーセンター発行のタクシーチケットの換金の取り扱い,近時には無線センターを中心として無線によるタクシーの呼び出しを行っている。原告協同組合は,その設立前は「個人タクシー協会」として活動を行っていたものであるが,昭和44年3月に全個連に加盟し, その際各構成員である個人のタクシー車両の屋上に全個連専用の統一表示灯(訴外Aによって商標登録)を設置するよう告げられ,「個人タクシー協会」構成員は各自の費用負担でこの表示灯を設置し営業を継続してきた。
 被告らは,いずれも上記個人タクシー協会の構成員であり原告組合設立時には組合員であったが,その後組合の運営等に意見を異にするに至り,組合を脱退(被告のうち一人は少なくとも事実上脱退)したものであるが,脱退後も上記表示灯(もしくは同種の表示灯)の設置を継続し,その他ステッカーを貼付して営業を続けている。
 原告は,主請求として,原告組合の定款に基づく運営規則に『本組合員は,組合員たるを証する一切の表示をしなければならなない。本組合を脱退したときは,その時限をもって取外し,又は返還すべきものは返還しなければならない』と規定されているところから,被告らの各営業車に設置されている表示灯が,この規約の「組合員たるを証する表示」に該当するとして,表示灯の使用の差止めとその取り外しを請求し,予備的請求として被告らが本件表示灯の使用を継続する行為は,本件表示灯が全個連専用の統一表示灯であり,各個人タクシー事業者は全個連加盟に伴いその使用を強制されるものであり,各構成員は組合のシンボルマークとして表示灯を設置し営業を続けているものであり,本件表示灯または類似の表示灯は,全国的規模での個人タクシーの連合体の表示として認められてきたものであることから,不正競争防止法1条1項2号に規定する「他人の営業たることを示す表示と同一のものを使用して他人の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしむる行為」であるとして,表示灯の使用の差止めとその取り外しを請求した。
 これに対し被告らは本件表示灯を原告組合設立前より使用しており,また本件表示灯は専ら防犯目的で陸運事務所の行政指導によって設置されることになったものであり,組合が組合構成員に対しその使用を強制するものではないこと,さらに被告らは昭和48年4月に原告組合とは別の訴外組合を結成しており,その後も同表示灯の使用を10年以上継続しているものであること, また組合脱退時に原告組合が表示灯の返還を求めなかったことから,組合運営規約上の組合員だろを証する表示に該当するものではないことを主張し, さらに予備的請求に対しては,個人タクシーの営業主体は個々のタクシーの運転手であり,本件表示灯は会社タクシーか個人タクシーかを識別するものであっても特定の営業主体としての原告組合を表示するものではなく,一般乗客にとって個人タクシーの営業全体を原告組合のものであると認識するものではないこと,従って一般乗客は個人タクシーの利用に当たって原告組合の営業するタクシーであると認識するものではないので「営業の混同」は生じないこと,また被告らは6〜16年間本件表示灯を使用しており,その使用が開始された昭和44年ころは,少なくとも「広く認識せらるる」表示にはなっていないこと等を主張した。


<判 決>
主位的請求棄却,予備的請求認容
 《1》運営規約の効力について
 「各被告らの設置している各表示灯が,原告組合の所有に属するものてあるならば,その返還を求め,もしくは,その取外しを求めることは肯定できるけれども,右各表示灯は,各被告が各自の費用で設置したものであり,しかも原告内部の運営規約は,原告組合内部において,構成員に対する私的なしかも自発的な内部規律でしかないのであるから,右規定があることから,直ちに,原告組合として,同組合を脱退した被告らに対して,各自の費用で設置してある各表示灯の使用の禁止とその取外しを求めることはできない」
 《2》営業表示の主体について
 「原告組合は,組合自体として,いわゆる営業を行うものではない。本件において保護の対象として不正競争防止法による救済を求めるのは,原告組合の構成員の各自の営業である。・・・・・・原告組合は,個人でタクシー営業を行う構成員によって,中小企業等協同組合法に依って設立された法人であり,同法の目的とする協同して事業を行うために必要な組織として作用することからすると,各構成員の利益保護のため,各構成員を代表して,本件においては不正競争防止法の保護を受けうる営業主体と解するのを相当とする」
 《3》表示について
 「本件表示灯はいわゆる標識で・・・講学上のいわゆるサービスマークと認め(られ)・・・法1条1項1号の要件を充足する場合には,同条によって,当然保護の対象になるものというべきである」
 《4》周知性について
 「弁論の全趣旨から・・・各タクシーを利用する顧客としては・・・個人タクシーの集団として営業を行っているものと認識して利用しているものであり・・・本件表示灯と同一又は類似の表示灯を設置してタクシー営業を行っている車輌は・・・原告組合の構成員の車であろうと認識し,それによって本件表示灯は広く周知性を有しているというべきである」
 《5》混同について
 「本件表示灯と同種の表示灯は,個人タクシーとして表示され,その営業の内容において,取扱うチケット類の相違等により,一般人としては,混同の危険が存すると認め(られる)」
 《6》先使用権について
 「(被告らは)原告組合の運営方針に反対して脱退したものであり,本件表示灯が原告組合の標章であるとすると,右被告らについては・・・先使用権を主張しうる立場にはない」

<評 釈>
 組合の内部規約の効力が「私的なしかも自発的な内部規律でしかない」という理由のみで,しかも目的物の所有権の帰属によって否定された例は他に類をみることができない。本件表示灯が当該規約による「組合員だろを証する・・・表示」に該当するものであるとすれば,被告らが当該組合を脱退した以上『その時限をもって取り外し,返還すべきものは直ちに返還しなければならない』とする規約に服するのは当然のことであろう。当該規約は組合員がその組合を脱退するに際して初めて拘束力を持ち得るものであり,これが内部規律であることを理由に法的保護の対象にならないとすれば,かかる合意が債権的にも意味を持たないことになり妥当ではない。
 判旨は,表示灯の所有権の帰属によって請求の当否を判断しているようにも見えるが,原告の請求が表示灯にかかる引き渡し請求であれば,当該表示灯の所有権の帰属によって判断されるべきことは当然であろうが,本件における原告の請求は使用の差止め(撤去)を求めているものであって, そこにおける契約(内部規律)の効力の判断にあたって所有権の帰属は判断材料になるべきものではない。事実認定の問題ではあるが,被告らは昭和48年4月から同55年12月までに原告組合を脱退しており,本件訴えの提起のあった昭和60年までに相当の期間が経過しているところから,もはや内部規約としての効力は及ばない,あるいは請求権の消滅時効を考える,若しくは被告らが現に設置している表示灯は原告組合脱退時に撤去もしくは返還すべき表示灯とは同一性がなく (すなわち表示としては同一であるが別個の物と考えて),従って内部規約による取り外しの対象となる目的物ではないと考えるのであれば格別として,所有権の帰属の有無をもって直ちに内部規約の効力が当事者間に拘束力を持たないとする判旨には疑問がある。問題の規約が,当該組合を離脱した者に対して,組合員たることを示す一切の表示を禁止して競業的行為を排除することを目的とするものであるといえるか,にわかに判断できるものではないが,表示の性質から単に組合の所有に属する物の返還のみを定めたものとはいい難く,表示の取り外しを返還請求とは別個に定めているところからすれば,率直に規約に従って競業的表示の使用の差止めを認めてもよいのではなかろうか。ただし,本件の表示灯は原告組合の表示であると同時に全国組織としての全個連の表示でもあるため,原告組合を離脱した被告が全個連に直接加盟した場合にまで禁止の効力が及ぶかという問題がないわけではないが,本件事案においては少なくとも表示灯の所有権を理由に内部規約の効力が否定されることは理由がないというべきであろう。
 原告組合が,不正競争防止法の保護を受ける営業主体といえるかという点につき,「各構成員の利益保護のため,各構成員を代表して」いることから営業主体と認められるとした判断は,従前に比べ保護主体を拡張するものとして意義があろう。
 不正競争防止法のいう「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞ノアル者」については,従前より実体法上の要件と解するのが通説的見解であるが(豊崎=松尾=渋谷・コンメンタール37頁),ここで「営業」は不正競争防止法の目的が経済活動における公正な自由競争の確保にあるところから「市場経済の構成単位をなす事業者」であれば足り(江口=満田,工業所有権法学会年報8号116頁),営利を直接の目的としない自由業,教育業,消費生活協同組合等も含まれると解されている。判例も「単に営利を目的とする場合のみならず,広く経済上その収支計算の上に立って行われるべき事業をも含む」(東京地裁昭和37年11月28日判決,下民13巻11号2395頁「京橋中央病院事件」)としており,中小企業等協同組合法に基づく組合についても既に営業に該当するとした例がある(大阪地裁昭和60年3月20日判決,無体集17巻1号78頁「コード・プロテクター事件」)。本件をこれらと比較検討すると, コード・プロテクター事件においては組合自体が契約主体となって需要者と取引をしているのに対し,本件原告組合はそれ自体として営業を行うものではないことに特徴がある。渋谷教授はコード・プロテクター事件に関して中小企業等協同組合法に基づく組合は組合員が事業主体であり,かつ組合は独立の事業主体である組合員の個別経済に対し助成を行うものであって,組合自体が営利を追求することは許されないことから,協同組合を本来の意味での営業者とみることは困難と指摘したうえで,組合が組合員の営利行為の一部を肩代わりする態様で助成事業を遂行する組合の行為は外形的に営利行為にほかならず,政策判断として不正競争行為を効果的に防止するため組合自身に原告適格を与えるべきものといわれている(渋谷「事業協同組合の営業者性」ジュリスト921号102頁)。不正競争防止法においては経済的対価を得る目的があれば非営利であっても企業化していれば足り(満田「京橋中央病院事件・判例研究」ジュリスト336号125頁),資本的な計算や収支の方法によってその適用範囲を決定することが重要な要素になるものではないと思われるが,本件では原告組合自身が独自のタクシーチケットを発行していることや無線によるタクシー呼び出しの事業を行っていることに着目して,独自の営業行為があるとみればコード・プロテクター事件とは形態を異にするものではあるが,外形的には同じく営利行為をしているとみることもできるのではなかろうか。また仮に対顧客との関係では外的に直接の営業活動を行ってはいないとみると理論的には本来の営業者ではないということになろうが,最終的な営業利益の帰属先は組合の構成員たる個々のタクシー事業者ということになろうから,政策的には組合自体に原告適格を認めても不正競争防止法の理念にもとることはないといえよう。なお,本件の場合は組合の構成員たる個々のタクシー事業者にも当然に原告適格が認められようが,組合員個人のレベルでは実質的に権利行使は困難であることも,政策的判断の一材料になろう。もっとも判旨は「構成員の利益保護のため,各構成員を代表して」営業主体となり得るとしているもののようにもみえ,いわゆる団体理論に基づき,団体ないし団体構成員を保護するため原告組合に営業主体としての適格を認めているようにもみえる。そうだとすると,組合自体の営業行為に対する不正競争行為の成立を必ずしも認めているとはいえないのかもしれない。判旨のこの部分は結論としては肯首できるが,「組合自体として,いわゆる営業を行うものではない」ことを前提としているので,いかなる論理によるものか必ずしも明確ではなく,結論が先行した論理であるようにも思われる。
 なお,原告適格の問題については,協同組合が実体法上の営業主体と認められなくとも,第三者の訴訟担当として考えることもできよう。
 本件表示灯がいわゆるサービスマークであることについては異論はない。サービスマークは商標と同じくその標識の形態において視覚を通じて表現される平面的形象の形をとり,それに業務上の信用(グッド・ウイル)が化体され,出所表示,品質保証,広告宣伝機能を有するものであり,本件個人タクシーのような運送業も経済上収支計算の上に立つサービス業であるから,「営業」として本法によって保護対象になることはいうまでもない。なお,結論に関係はないが,判旨は「サーピスマークは,わが国の法律上承認されている用語ではない」としている。これは,恐らく実定法として明文がないという趣旨であると思われるが,周知のとおりわが国でも昭和50年4月20日に発効している「1967年4月17日にストックホルムで署名された世界知的所有権機関を設立する条約」第2条では, 「サービスマーク」の用語が用いられており,狭義の「法律」ではないが既に法的にも承認されている用語であるといってよいはずである。
 次に周知性については,不正競争防止法において当該営業表示に要求される周知性は必ずしも全国一般に知られていることが必要であるわけではなく,また営業者が一般消費者にとって特定されることが必要であるわけでもなく,当該営業表示によって当該業界における消費者が特定の営業もしくは出所を惹起するものであれば足りるというべきものである。問題は,営業表示の有する顧客吸引力を不当に利用したか否かという点にあるのであって,その意味では本件では特定の地域において消費者が個人タクシーの営業を,個人タクシーの集団として営業を行っているものと認識して利用しているとの事実認定の下においては,本件表示灯に周知性があるとした判断は妥当であろう。もっとも,一般消費者のレベルで果たして個人タクシーが集団として営業を行っているものと認識があるか否かは疑問の余地がないわけではない。先例には周知性について,当該標章について相当永年の使用による世間一般人の感得が必要であるとの上告理由を否定して周知性を認めた事例があり(「マクドナルド事件」最高裁昭和56年10月13日判決・民集35巻7号1129頁,満田重昭「判例研究」工業所有権法学会年報5号),その意味では消費者のレベルで混同の事実が認められるか否かによって判断されたものであると考えたい。本件では,原告組合発行のタクシーチケット等の使用・流通,あるいは無線によるタクシー呼び出し等の点で混同が生じたのかとも思われるが,判旨では必ずしも消費者のレベルでの不都合は示されておらず,この点は明確に示す必要があったのではないだろうか。消費者が原告組合発行のチケット等の利用を被告らに求めたときは原告組合の構成員をして換金等がなされている事実が認定されているが,これが仮に原告組合の構成員にとって不利益であるとしても消費者のレベルでの不利益は直ちに明らかになるものではないといえないだろうか。
 最後に不正競争防止法2条1項4号の先使用について検討する。同号は先使用者の使用表示の利益の保護と周知表示者の利益の調整を図る規定であるが,周知性獲得時期については周知表示の周知性の獲得以前から不正競争防止法の目的なく使用されていたこと(従って先使用者の善意,「不二コロンバン事件」東京地裁昭和41年8月23日判決・不正競業法判例集889頁)のみが要件とされており,当該表示が周知表示より先に使用されていたかを問うものではない。本件では,被告らが原告組合を脱退した時点で少なくとも善意とはいえず,仮に脱退後に本件表示灯が一般に「広く認識せらるる表示」として周知となったものであるとしても,その使用開始時に善意であるとはいい難く,またその時点で善意であったとしても原告組合脱退時には善意とはいい難いといえるので,先使用権を否定した判旨は結論として妥当であろう。


(しみず ゆきお:駿河台大学法学部助教授)