判例評釈 |
特許権者とともに専用実施権者または独占的 通常実施権者が請求し得る損害賠償の範囲 |
〔東京地裁昭和63年4月22日民29部判決,昭和62年(ワ)6521号, 特許権損害賠償請求事件,判例時報1274号117頁〕 |
盛岡一夫 |
<事実の概要> |
原告X1は,風力推進装置について特許権を有し,原告X2に専用実施権(昭和56年3月28日から同59年8月20日まで,および,昭和61年1月28日以降)または独占的通常実施権(昭和49年8月20日から同56年3月27日まで,および昭和59年8月21日から同61年1月27日まで)を設定していた。 |
<判 旨> |
「X2は,Yがイ号物件を販売して本件特許権を侵害したことにより,X2製品の販売数量がイ号物件の販売数量と同数だけ減少し,したがってX2製品販売による販売利益が右数量分だけ減少したことによる損害の賠償を請求していること並びにX1は,X2に対し,本件特許権の独占的実施権(すなわち専用実施権及び独占的通常実施権)設定の対価としてX2製品の正味販売価格の6パーセントに相当する実施料の支払を請求する権利を有していることがX1らの主張自体から明らかであり,更に,X1自らが,右実施料相当損害金の支払をYに求めていることは記録上明らかである。したがって,X2は,X2製品を発売した場合であっても,これにより得た利益の中から,X1に実施料を支払う義務があるから,この実施料相当額を控除した残余の額を自己の利益として取得することができるにすぎない。そうするとYのイ号物件販売によりX2が被った損害の額は,Yのイ号物件販売により減少したX2製品の販売利益から,X1に支払うべき実施料相当額を控除した額であるというべきである。」
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<評 釈> |
1 本判決は,特許権者たるX1は,実施料相当額を損害金として請求することができるし,また,専用実施権者または独占的通常実施権者たるX2の損害額は,Yのイ号物件販売により減少したX2製品の販売利益からX1に支払うべき実施料相当額を控除した額であるとしている。
そこで,特許権者が専用実施権を設定し,また,独占的通常実施権を許諾している場合において,当該特許権が侵害されたときに,特許権者または専用実施権者もしくは独占的通常実施権者はいかなる範囲について損害賠償を請求することができるかについて検討する。 2 まずはじめに,特許権者が専用実施権を設定している場合について検討する。 特許権者または専用実施権者は,故意または過失により特許権または専用実施権を侵害した者に対し,民法709条により損害賠償を請求することができるが,そのためには,故意・過失,損害の発生,侵害行為,および侵害行為と損害との相当因果関係を立証しなければならない。しかし,これらを立証することは困難であるので,特許法は,過失の推定(特103条)のほかに,損害額の算定の困難を救うために,次のような特別規定を設けている。 すなわち,特許権者または専用実施権者が侵害者に対し,損害賠償を請求する場合において,侵害者がその侵害行為により利益を受けているときは,その利益の額を特許権者または専用実施権者が受けた損害の額と推定している(特102条1項)。また,特許権者または専用実施権者は,侵害者に対し,その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求できるとしている(特102条2項)。 特許権者とともに専用実施権者が損害賠償を請求する場合に,それぞれいかなる範囲について請求し得るかについて次のような見解がある。 名古屋地判昭和58年3月18日(判例タイムズ514号291頁)は,実用新案権者は,侵害者に対し特段の事由の存しないかぎり,実用新案法29条2項の実施料相当額を損害賠償として請求し得ることは明らかであり,専用実施権者は、侵害行為により減少した製品の販売利益から実用新案権者に支払うべき実施料相当額を控除した額を請求し得るとしている。 東京地判昭和43年7月24日(判例タイムズ229号231頁)は,専用実施権者には特許法102条1項により侵害者の受けた利益額を損害額と認め,特許権者には実施料相当額を損害額としている。これは,侵害者の受けた利益額から特許権者に支払うべき実施料相当額を控除しないで,専用実施権者の損害額を認定したものである。 これに対し,特許権者については特許法102条2項の適用ができないとの見解がある。その理由として,特許権者は専用実施権を設定した後は,特許発明を実施することができないから,通常実施権を設定することができず,期待利益もないからであるという(八掛俊彦・工業所有権法の基続<中山編>147頁)。また,同条2項は,権利者が特許発明を第三者に実施させる権限を有していることを前提としていると考え,「特許権者又は専用実施権者は」と定めている意味は,「実施についての専有権を有しているそのいずれかは」ということであると解すべきであるとし,そのように解さないと,特許権者と専用実施権者双方が同条2項に基づいて請求してきた場合に,侵害者は双方に実施料相当額を支払わなければならないことになって不当な結果になるという(吉原省三・裁判実務大系9工業所有権法<牧野編>368頁)。 特許権者は,専用実施権の範囲内において実施することはできないが,侵害者に対する損害賠償請求まで否定するものではないと解する。特許法102条2項の趣旨を考えても,特許権者には同条2項の適用を認めるべきである(盛岡「特許権の侵害における特許権者,専用実施権者および通常実施権者の損害額」東洋法学32巻1号133頁)。したがって,特許権者は特許法102条2項により実施料相当額を損害額として請求できるし,専用実施権者は特許法102条1項により侵害者の受けた利益額を損害額として請求できる。 特許権者に実施料相当額を損害額として認めるのは,実績実施料による場合である。特許権者は専用実施権者の利益額に応じた実施料を受け取ることができたはずであるが,侵害行為により専用実施権者の利益額が減少し,その結果,特許権者の受け取るべき実施料が減少するからである。したがって,一括支払いの場合には,特許権者に損害は生じないので,訴えの利益はないことになる(大隅建一郎「技術提携」経営法学全集11企業提携82頁)。 専用実施権者は,特許法102条1項により,侵害者が侵害行為により受けた利益額を自己の被った損害額として請求することができる。しかし,同条1項は推定規定であるから,侵害者は専用実施権者の被った損害額を立証することによって推定を覆すことができる。侵害者は,特許権者から実施料相当額を請求されている場合には,その実施料相当額分を控除するように請求することができる。したがって,特許権者から実施料相当額を損害金として請求されている場合における専用実施権者の損害の算定については,侵害行為によって侵害者の受けた利益額を専用実施権者の被った損害と一応推定し,この額から特許権者に支払うべき実施料を控除した額を損害額として認めることになる。 特許法102条1項の侵害者が受けた利益は,荒利益をいうか,それとも純利益をいうか問題となるが,純利益をいうものと解すべきである(東京地判昭和48年5月25日無体集5巻1号128頁,渋谷達紀・注釈特許法<紋谷編>248頁,畑郁夫・判例特許侵害法<馬瀬文夫先生古稀記念>745頁)。荒利益をいうと解すると,特許権者等を過剰に保護することになるからである。しかし,この純利益説をとると,権利者のほうで広告宣伝費等を立証しなければならないが,これらの必要経費を立証することは困難であるという問題がある。 そこで,大阪地判昭和60年6月28日(無体集17巻2号311頁)は,商標法38条1項の適用にあたって,被告の純利益を把握し得たときはこれによるべきであるが,その場合原告側が荒利益について一応の立証を遂げていれば,純利益を算出するためのこれを減額する要素は,被告側にその主張・立証責任を負わせるのが相当であるとしている。その理由として,原告側には,被告が得た利益を立証するために文書提出命令の申立てをすることができるが,これにより立証できるのは,侵害品の製造・販売数量,販売価額,製造・仕入原価等の荒利益額を把握できる資料にとどまることが多く,そうした場合,被告の得た利益額の立証責任が原告にあるからといって,さらに原告側に被告の利益となる純利益額算出のための減額要素の挙証義務を負わせ,その資料の提出がないからといって,損害額についての立証がないとしたのでは,かえって商標権侵害訴訟における原告の損害額の立証の困難性を緩和するために特に設けられた右推定規定の活用が著しく困難となり,右推定規定が設けられた立法趣旨にも反する結果となるからであるとしている。 特許法105条による文書提出命令申立権を利用しても,専用実施権者が必要経費を正確に知ることは困難であると思われるので(高林克己・特許・意匠・商標の法律相談〔新版〕<吉藤=紋谷編>516頁参照),専用実施権者が立証しなければならないのは荒利益とし,必要経費については侵害者に立証させるのが妥当であると考える。必要経費について,侵害者が立証することは,専用実施権者が立証することに比較してそれほど困難ではないと思われるからである。 本件において,X1は特許法102条2項を,また,X2は特許法102条1項の規定の適用をそれぞれ求めていないようである。これはX2が専用実施権と独占的通常実施権とを区別することなく,両実施権に基づいて一緒に損害賠償を請求したからであろう。したがって,民法709条のみ適用することになる。本判決は,X2はその製品を販売した場合であっても,これにより得た利益の中からX1に実施料を支払う義務があり,この実施料相当額を控除した残余の額を自己の利益として取得することができるにすぎないから,Yのイ号物件販売によりX2が被った損害の額は,イ号物件の販売により減少したX2製品の販売利益から,X1に支払うべき実施料相当額を控除した額であるとしており,妥当である。 3 特許権者が独占的通常実施権を許諾している場合について検討する。 通常実施権者は,実施契約の対象である特許発明を無権限で実施している第三者に対して損害賠償を請求することができるか否かについて見解が分かれている。通常実施権は債権の性質を有していると解されているが,債権侵害が不法行為になるか否かは侵害行為の態様を考えあわせて決めなければならないと解されている。その第三者の債権侵害の態様としては,(イ)債権の帰属自体の侵害,(ロ)債権の目的たる給付の侵害,(ハ)債務不履行への加担があげられている(加藤一郎・不法行為法〔増補版〕118頁以下,於保不二雄・債権総論〔新版〕81頁以下参照)。 第三者が無権限で実施することが,これらの3つの類型に該当するのであろうか。まず,非独占的通常実施権の場合について考察する。(イ)無権限の第三者が実施契約の対象である特許発明を実施しても,非独占的通常実施権者は当該特許発明を実施することができるので,債権の帰属自体の侵害とはならない。(ロ)特許発明は無体財産権であるから,非独占的通常実施権者の場合には目的たる給付の侵害ということはあり得ない。(ハ)非独占的通常実施権は,実施する権利を専有するものではないから,第三者が無権限で実施しても債務不履行に加担したとはいえない。 このように,第三者が無権限で実施しても債権侵害のいずれの態様にも該当しないから,非独占的通常実施権の侵害があったとはいえない。したがって,非独占的通常実施権者は不法行為に基づく損害賠償を請求することができない(中山信弘・注解特許法上巻601頁,盛岡・「通常実施権者の差止請権」日本工業所有権法学会年報8号65頁以下)。 しかし,独占的通常実施権は,特許権者が実施権者に対して当該特許発明の実施を他の者に許諾しないことを約する実施権であるから,無権限の第三者が実施することは,実施権者の独占性を害し,形式的には目的たる給付の侵害があったといえる。したがって,独占的通常実施権者は,不法行為に基づく損害賠償を請求することができる(中山・前掲78頁,盛岡・「通常実施権者の差止請求権」前掲67頁)。 このように,独占的通常実施権者は民法709条により損害賠償を請求することができるのであるが,さらに特許法102条の規定を類推適用することが妥当なのであろうか。判決例は,類推適用を認めるものと,これを認めないものとに分かれている。 類推適用を認める大阪地判昭和54年2月28日(無体集11巻1号92頁)およびその控訴審である大阪高判昭和55年1月30日(無体集12巻1号33頁)は,実質上専用実施権者と同視して差支えのない独占的通常実施権者の損害額を算定するにあたり,実用新案法29条1項を類推適用して,侵害者が侵害行為により受けた利益額を独占的通常実施権者の被った損害額と一応推定し,この額から実施料相当額を控除した額を損害額としている。また,実用新案権者の被った損害額の算定にあたっては,同条2項によって実施料相当額を損害額として請求するのが相当であるとしている。 類推適用を認めない東京高判昭和56年3月4日(無体集13巻1号271頁)は,独占的通常実施権には意匠法39条1項の適用ないし類推適用を認めるべきではないとし,また,大阪地判昭和59年12月20日(判例時報1137号132頁)は,独占的通常実施権者の損害賠償請求については民法の一般原則にゆだねているとしている。 独占的通常実施権者の立場は,特許権者が実施していないときには専用実施権者と同じような立場ではあるが,専用実施権は設定の登録によりその効力が生じる(特98条1項2号)のに対し,通常実施権の場合には,登録は第三者に対する対抗要件にすぎない(特99条1項)のであるから,特許法102条の類推適用を認めるべきではなく,民法709条のみ適用すべきである(小島庸和・特許・意匠・商標の法律相談〔新版〕<吉藤=紋谷編>492頁,佐藤義彦・特許法50講〔第3版〕<紋谷編>181頁)。 特許権者が実施していない場合には,特許権者には特許法102条1項は適用されず,同条2項が適用され,独占的通常実施権者には民法709条が適用されることになる。したがって,独占的通常実施権者は不法行為に基づく損害賠償の立証責任を負い,侵害行為と相当因果関係にある損害額から実施料相当額を控除した残額が独占的通常実施権者の実損害額となる。これと同じようにX2の損害額を算定した本判決は妥当である。 なお,特許権者も独占的通常実施権者もともに実施している場合には,特許権者には特許法102条1項または2項が適用され,独占的通常実施権者には民法709条が適用される。この場合,特許権者が特許法102条1項の適用をし,侵害者の受けた利益の額を立証して自己の被った損害額であると主張し,同時に,独占的通常実施権者が民法709条により自己の被った損害額を立証したときに,それぞれの損害額をどのように算定したらいいのだろうか。この点については,特許権の共有者による損害額の算定が参考になる(東京地判昭和44年12月22日無体集1巻396頁は,各自の挙げている利益額の比率により,また,大阪地判昭和62年11月25日判例時報1280号126頁は共有者の持分権の割合によって按分した額をもって当該共有者の被った損害額であるとしている)。特許権者および独占的通常実施権者がそれぞれ立証した損害額について,侵害者が支払わなければならないと解するのは妥当でない。両者の損害額をどのように分配するか困難な問題であるが,各自が販売している製品の売上高の比率に比例して決めるのも一つの方法であろう。 |